ZZZさんより小説「ロックマンツルギ」


現代日本が舞台の特撮風味のロックマン小説です。
所々のXシリーズネタが魅力の1つです。

第1話「OPENING STAGE」 

 西暦2023年7月中旬、日本・東京。 「逃げろ!逃げて、はやく!危ないぞ」「なに!?なに!?どうしたの?」「なんか、あの!ロボットみたいのが戦ってて・・・」  新宿駅東口前、新宿通りは大騒ぎとなっていた。鳴り響く衝撃音と、ざわめきの声。パトカーのサイレン音。群衆の視線の先にあったものは・・・ ドゴオオオオオオオオン!!!!!  激しい格闘戦を繰り広げる、2体のロボットであった。 一方は5m程の全高で薄紫色のカラーリング、猛禽の嘴を思わせる鋭角的な頭部を持ち、短い円筒形の胸部に、やや丸みを帯びた箱型の腰部、四肢は円筒形、 それに工具のペンチのような両手を備えている。 もう一方は人間サイズで、白い装甲を纏い、発光する刀剣のような武器を持っている。 「はあっ!!」  小さい方がビルの壁を蹴って跳び上がり、武器を振るい、5mの方の左腕を切り落とした。小さい方は、よく見るとロボットではない。 人間だった。人間、それも少年がパワードスーツのような装甲服を着こみ、巨大なロボットと戦っているのだ。 「どうなってるんだ…神崎…」  群衆から少し離れた路上で、一人が呟いた。やや大柄な、高校生くらいの少年だ。彼と装甲服の少年は、どうやら知り合いであるらしかった。 大柄な少年は、新宿通りで繰り広げられる戦いをじっと見つめていた。  いったい、なぜこんなことが起きているのか?事の起こりは、2週間ほど前に遡る。  2023年7月初め。日本は、特に首都・東京は、一つのニュースで盛り上がっていた。 【東京上空に、2つのUFO現る!!】  7月1日土曜日の23:00頃、東京湾沖上空に2つの謎の飛行物体が出現した。 一つ目は都心部上空まで飛行したあと姿を消し、数分後に出現した二つ目も同様に飛び、やがてこちらも姿を消した。  突如として国内上空に現れた所属不明の飛行物体に対し、航空自衛隊による捜索が行われた。しかし、何も発見できなかった。 この飛行物体がどこかへ着陸したのか、墜落したのか、それとも空中で爆発したのか。 そして飛行物体が何処の国のものか、そもそも航空機であったのかどうか。「何処へいったのか?」「何者だったのか?」を突き止めることが出来なかったのだ。  このことは当然ニュースとなり、翌朝からの東京は何処もかしこもUFOの話題で持ちきりとなった。 そしてそれは、都内某所に校舎を構える、< 東京都立稲舟(いなふね)高等学校>でも同様であった。  7月3日、月曜日。 「このUFOさ、どう思う?怖くない?なんだかさ」 「どう思う…って言ってもな。自衛隊っていうプロにも、何なのか分からないんだぜ」 「うーん…”分からない”っていうのがまた怖いんだよ」 「そんなビビった顔するなよ。怖いことなんてありゃしないって」 「そうかな…そういわれると安心するけど…やっぱちょっと怖い」 「怖い怖いってばっかり思ってたら、ほんとに怖いことが起きるぜ。楽しいこと考えとけよ」  UFOの話題で盛り上がる教室、その丁度真ん中あたりで、2人の男子生徒が談笑していた。 一人はなかなかに端正な顔立ちで、着席して頬杖をつきながら喋っており、もう一人、怖いと連呼している方は180㎝台の長身で、机に手をついて屈みこみ、 ニュースサイトを表示したスマホの画面を、相手に見せながら話している。2人は友人であるようだ。 「神崎さ、全然怖がってないんだね。何年か前に外国から毒アリが入ってきた時なんか普通に怖がってたのに」  長身の方、怖いというセリフを繰り返していた”桜井 劾(さくらい がい)”が、スマホの画面をスクロールしながら言う。 「そうか?気のせいだろ、気のせい。いつもと一緒だよ」    端正な顔、神崎と呼ばれた方の少年”神崎 剣(かんざき つるぎ)”が、笑いながら言う。 「うーん、でも妙に自信ありげな感じが・・・」  言いながら、ちらりとスマホの時刻表示を見る劾。授業開始の時間が近づいていた。 「っと、そろそろ授業始まるな。席戻んなきゃ」 「居眠りすんなよー。」 「うっさい」  剣はテキストとノート、筆記用具を机の上に並べ、劾は自分の席へ戻っていく。剣が一瞬、神妙な表情になったことに、去り際の劾は気づかなかった。  そして放課後、下校時間。剣と劾は、帰り道のコンビニに寄り道していた。 「UFOの話な…学校ではああ言ったけど、実は俺もちょっとドキドキしてるんだ」  雑誌を立ち読みしながら、隣で同じく立ち読み中の劾に言う。 「やっぱり怖いなーって感じなの?」  劾が、雑誌から剣へと視線を移して答える。 「怖いというよりも…妙なことが起きたら嫌だな、と思うな」 「妙なこと、かぁ。UFOが起こす妙なこと…地球侵略!とか?」 「さあな…何事もなけりゃいいんだけどな」 「?」    剣の言葉はいささか変であった。まるで”何か起きかねない”と考えているような、というより半ば確信しているような。 ”うわーUFO怖いなー”などといった野次馬的な様子とは違うのだ。劾がキョトンとしていると、剣は雑誌をパタン、と閉じてラックに戻した。 「じゃ、俺は帰るわ。不安で寝れなくなったりすんなよ、桜井」 「うん、じゃあね。バイバイ」 コンビニから出て、帰っていく剣。曲がり角で見えなくなるまで、その姿を劾は何となく見つめていた。  そして4日後、7月7日。「妙なこと」は、起きてしまった。  千代田区丸の内、東京駅前。 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ‥‥  突如として、放電音のような異音が辺りに鳴り響き始めた。路上を行き交う人々は、何事かと周りをキョロキョロと見まわし、空を見上げる。 そうしているうちに、何もない空中に突如として閃光が走った。人々は思わず目をつぶり、あるいは顔を逸らす。1秒とかからず光は収まった。そして代わりにそこにあったのは、 「……。」  全高5m程の機械。薄紫色のカラーリング、猛禽の嘴を思わせる鋭角的な頭部を持ち、短い円筒形の胸部に、やや丸みを帯びた箱型の腰部、 四肢は円筒形、それに工具のペンチのような両手を備えている。それはまさしく、「ロボット」であった。 「え…何…」  偶々、ロボットの足元にいた乗用車から、運転者である中年男性が降りてきた。急に目前に現れた謎の存在を前に、どうしていいのかわからないという様子だ。 男性がぽかん、と口を半開きにしてロボットを見上げていると… ゴシャッ!! 「ひっ!?」  ロボットが突然屈みこみ、そのペンチ状の手で乗用車を掴んだ。屋根がひん曲がり、フロントガラスが砕ける。ロボットは立ち上がると、掴み上げた乗用車を真横へ放り投げた。 ガッシャアアアン!  投げられた乗用車が、ビルへ窓ガラスをぶち破って突き刺さった。ガラス片が散乱し、ビルの中からは悲鳴が聞こえてくる。 そしてロボットは、車を掴んでいた方の手をぐるぐると回転させたり2、3回開閉した後、東京駅へ向かってのしのしと歩き出した。   ここまでで40秒程、謎のロボットの出現にあっけにとられていた人々は、ようやく我に返り、逃げまどい始めた。 その中には先ほど、愛車を潰され投げられた中年男性も混じっている。路上に列をなす乗用車たちは、バックや旋回でなんとかロボットから離れようとするも、 銘々が勝手に、慌てて動いたために列のあちこちで衝突事故が起き、もつれ合い、多くの車が身動きできなくなった。 それらの車に乗っていた人々は、やむを得ず車を捨てて逃げ出す。残された無人の車の群れを、蹴とばし踏みつぶし、ロボットは歩いていく。 やがて、東京駅丸の内口前のロータリーまで到達すると、歩みを止めた。    群衆が、遠巻きにロボットを見つめる。ある者はスマホのカメラ機能でロボットを写真に撮り、またある者は連れ合いと何事かを話し合う。 そして、まるで数十分にも感じられるような1~2分が経過した時、ロボットは不意に180度向きを変え、踏みつぶしてきた死屍累々の乗用車たちを見据えるように、仁王立ちになった。 人々が身構える。今度は何をするのか。どこへ行く気なのか。 カッ!!  またもや閃光が走った。今度もやはり、1秒ほどで光は収まる。そして。  ロボットは、忽然と消えていた。外回り中のサラリーマン、外国人観光客、親子連れ、高校生ほどの少年少女。 さまざまな人々がこの”事件”の目撃者となった。    翌日、7月8日、土曜日、朝。例のロボットの姿は、新聞・TVのニュースのみでなく、居合わせた人々の撮影した画像、動画がSNSで拡散されたことで瞬く間に知れ渡り、 様々な議論を呼んだ。特に取り沙汰されたのが、ロボットの出どころである。  あれ程のサイズで、しかも2足歩行をはじめとする各種動作を難なくこなす。そのような機械を製作出来る技術は、未だ世界のどこにもない。 ただ大きいというだけならば、東京・お台場には数年前から、白い巨大ロボットがある。 しかしそれは歩行できる機械ではなく、立ちっぱなしで動かない「立像」なのだ。出来ることといえば首を左右に振ったり、全身各部のギミックを動作させるのが精々である。 故に例のロボットの実在さえ疑う者も少なくはなく、拡散された動画を、CGによるフェイクだと根拠なく断じる者すら出てくる有様であった。 7日から東京駅前の通りに敷かれた交通規制は、既に一部解除され、破壊された乗用車の片付けもとうに完了していた。 車の突っ込んだビルの前にはクレーン車が停まっており、車の撤去作業が慎重に行われている。その作業を眺める野次馬たちの中に、劾の姿もあった。 「あのUFOと、何か関係あるのかな?これ…」 劾は、SNS上のロボット画像と、目の前の現場の光景を見比べながら一人、呟いた。 『妙なことが起きたら嫌だな』 『何事もなけりゃいいんだけどな』  剣の言葉が頭をよぎる。彼はもしかして、何かを知っているのだろうか。彼があのロボットに関与しているなどとは流石に思わないが。  休日が明けて、劾は何度か剣と喋る事があった。だが、UFOやロボットの話題になることは無かった。 剣の方からその話を振ってくることは無かったし、劾も劾で、そういう話を振ることが出来ず。TV番組や、週刊誌の連載漫画など、他愛無い話に終始するばかりであった。 そして終業式の日、7月15日を迎える。 「どうなってるんだろうなぁ…なんなのかな…」 朝から一人、悶々とする。UFO、ロボット、剣の言葉。UFO、ロボット、剣の言葉。UFO、ロボット、剣の言葉。UFO、ロボッ‥‥ 「桜井っ!!!」 「はいッ!?」  桜井を怒鳴りつけたのは、隣席の女子生徒。出身中学が劾と同じの、”沖藍 玲(おきあい れい)”であった。むすっとした表情で、プリントを劾の方へ差し出している。 列の端の席の生徒が教師からプリントの束を受け取り、自分の分を1枚取って隣席に回す。受け取った生徒も自分の分を1枚取って隣席に回す…というプリント配布方法だ。 玲が劾にプリントを渡そうとしていたのに、劾が悶々としていて気づかず、玲を怒らせたのだった。 「あっ、ごめん沖藍!」 慌ててプリントを受け取り、自分用を取って次へ回す。 「配りものの時にボーっとしないでよ。」 「ごめんね。うん、ごめん…」  プリントに目を通しているうち、いつの間にか劾は再び、悶々とした状態に戻っていく。 やがて時限が終わり、日直の生徒が発した「起立」の号令に気づかず、先ほどと同様の姿を晒してしまう劾であった。  そして終業式が終わり、放課後。教室の中で生徒達が、夏休み中の予定などを話題とする雑談に花を咲かせている。 「ねえ神崎くん、夏休み中どっか行くの?」 「海行かない、海?」 「課題大変そうだわぁー、見てくれないかな神崎クン?」  荷物をまとめている剣のそばに、3人の女子生徒が集まっている。一部の男子生徒が剣に憎々しげな視線を送っているのは内緒である。 「すまん、俺この夏はちょっと忙しくてな。」 「えー、残念」 「神崎クン忙しいのかぁー。ちなみにどんな用事?聞かせて聞かせて」 「それは内緒。あ、でも誘ってくれてありがとうな。じゃあな」  剣は教室を後にする。そんな剣に視線を送る男が、もう一人いた。劾だ。そしてその劾の様子に何かを感じ取ったのが、玲であった。 「何か心配事でもあるの、桜井」 「ん?…ああ、ちょっと…ね」 「あのUFOとかロボットの事考えてる?桜井、そういうの好きそうだもんね」 「いや好きだけどさ…ちょっと違うんだよな」  考えていた、という点は図星だ。それに劾はUFOはともかく、ロボットは実際好きである。 中学生の頃から、劾がロボットの話をするのをよく目にしていた玲は、そのことを知っていた。 ただし劾が好きなのは物語の中で活躍するロボットであって、例のロボットのような「害獣」まがいの存在ではない。 「神崎がね…変なこと言ってたんだ。」  劾は、剣がUFOに関して妙な言動をとっていたことを、玲に語った。もしかしたらロボットの事も何か知ってるのではないか、という事も。 後者はただの妄想であると付け加えた上で、である。 「神崎がそんなことを、ねえ…。まあ、考え過ぎじゃないかな。桜井はビビりだもん、ヘンな方向に考えすぎなんだよ多分」 「言ってくれるなー…ビビりは気にしてるんだぞ、僕も」 「っていうか、それより先にビビることがあるよね桜井?」 「?」 「課題でしょ、か・だ・い!毎年毎年、間に合いはするけど最終日ギリギリで、私とか、去年は神崎に泣きついて…中学ン時から直ってないね」 「うっ…分かってるよ!今年は大丈夫だって、多分…うん多分大丈夫」  痛いところを突かれはしたが、おかげで劾の気分は、和らいだのであった。  7月17日、昼。新宿駅東口前には凄まじい人だかりが出来ていた。 劾も、その中にいた。東口前のファッションビル、その中のスタジオで公開生放送が行われる人気TV番組に、 とあるハリウッド俳優が出演するというので、出待ちをしていたのである。劾はとくにその俳優のファンという訳ではなかったが、なんとなく見てみたいと思ったのだ。 「しかし、すごい人だかりだな。黒服もあんなに沢山…」  ファッションビルの1階入り口には、黒いスーツをびしっと着込み、黒いサングラスをかけたボディーガードが何人も、ずらりと並んでいた。 「そろそろ番組終わって出てくるらしいけど、この人の多さじゃ見えないかも…」 ヴヴヴ… 「ん?」  雑踏の、幾重にも重なり合った会話の声に混じって、震えるような音が聞こえた。スマホに着信か通知があったのかと思ったが、劾のスマホは振動をしていない。 それに音は、少し遠くの方から聞こえてくる。 「なんだこの音」 ヴヴヴヴヴヴ…… 「…はっ!」  劾は思い出した。SNSで目にした、東京駅前の事件の目撃証言。放電音のような異音が聞こえ、次に閃光が走り、ロボットが出現した、と ― カッ!!  東の方に光が見えた。劾も、群衆も、黒服のボディーガードたちも、思わずそちらを向く。 皆が目を向けた時にはすでに光が収まり、そして幾人もの視線の先、数百m離れた路上には。 「「 ………。」」  東京駅前の事件を起こした、例のロボットの姿があった。 「あれ!あれ東京駅に出たロボットじゃない!?」「ちょっと、ヤバいよ…」「ロボット!?ロボット出たの!?」  例のロボットは左腕を上げ、前へ突き出す。前腕のシャッターが開き、筒形のパーツがせり出してくる。そして、筒の奥に光が灯り… バシュンッ!!!  光の弾丸が発射され、ファッションビルの屋上看板の上半分を吹き飛ばした。火の粉や細かい破片がビル周囲に降り注ぎ、辺りは一気に大騒ぎとなった。 「うわああああ!?」「熱い!ちょっと…危ない!!」「すいませんどいて!子供が!」  例のロボットが東京駅の時と同様に、ゆっくりとした足取りで進行を開始する。 更にロボットの周囲に複数の光球が出現し、光球が消えると、そこには2m程度の小さいメカ達がいた。  丸い胸部に、両腕の代わりに箱型のパーツが付き、人型のそれに近い下半身を備えた物。  胴体に頭部と両腕、翼を備え、脚を持たず空中に浮遊する物。  小ぶりな胴体に、タカアシガニのような細長い6本の脚、サソリのような持ち上がった尻尾を持つ物。  という、3種のフォルムである。小型メカ達は、ロボットよりも先行して飛び出し、暴れ始めた。だがその動きには凶暴さがあまり感じられない。 車をわざわざ避けたり飛び越えたり、逃げる群衆を、人の走るスピードに合わせるような遅さで追いかけたりと、なにか遠慮しているかのような変な暴れ方であった。 対してロボットの方は、車を蹴り壊したり、街灯を引き抜いて放り投げたり、光弾を発射して付近のビルを攻撃したりと、前回出現時と似たような行動をとっている。  劾は、しばらく動けなかった。どうしていいか分からなくなってしまったのだ。数百m向こうでロボットの腕に光が迸り、劾の頭上から爆発音が響く。 近くのビルの屋上看板が、ロボットの光弾で破壊され、破片がパラパラと落ちてきた。劾は、その場にへたり込んだ。 「桜井。」 「!」  不意に名前を呼ばれた。声の方を見ると、そこにいたのは剣であった。馴染みのある顔を目にして、劾の心は落ち着きを取り戻す。 「立てるか?」 「あ…うん」 「早く逃げろ。危ないからな」 「えっ…君はどうするんだ?」  まだ若干振るえる脚で立ち上がりながら、劾は疑問を口にした。「逃げよう」ではなく「逃げろ」とは一体?それに、なぜ剣はここにいる? 「いいから逃げとけ。俺は大丈夫だから」  そう答えた剣の左腕には、大ぶりな腕時計のような機器が巻かれていた。 剣はスマホを取り出し、何かのアプリを起動した。 画面を指でなぞり、表示された9つの点を「上段右→上段真ん中→上段左→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」の順に結んでパターンを描くと、 「ラァン!」という音声が鳴った。更にそのスマホを、左腕の機器に差し込む。カチリ、という固定音と共に、「レディ」という電子音声が発せられた。 僅かに間があき、3DCGのワイヤーフレームのようなものが、剣の体を包む。ワイヤーフレームの表面全体が発光し、剣の全身が光に包まれる格好になる。 続いて光が、体の前側から順に消えていくと、そこにはメカニカルな装甲服に身を包んだ剣の姿があった。 「えっ…!?」  あっけにとられる劾をよそに、剣は再び左手の機器を操作する。右手に、先ほどの「変身」と同様のプロセスを経て、大ぶりな刀剣(ブレード)のような武器が出現した。 更に刃の部分に何らかのエネルギーが充填され、刀身が光を帯びる。 「アイツらをなんとかしてくる!」 そう言うと、剣は跳躍した。暴れ続ける小さいメカのうち、一番先行していた浮遊メカの前に躍り出ると、ブレードを振るう。 「「ガ‥‥」」 浮遊メカは一撃で両断され、続けざまに剣が繰り出したアッパーによって上空へと跳ね飛ばされた。 そのまま、空中で爆発四散する。周囲の人々が、困惑と安堵の入り混じった視線を剣に送る。 「っ!」  他のメカ達が剣の存在をみとめ、襲い掛かってきた。腕なしメカは、箱型パーツの前部をオイルライターの蓋のように開き、中から小さなミサイルを発射する。 サソリメカは尻尾の先端から、小さなエネルギー弾をマシンガンのごとく連射してくる。 空中からは、2つの飛行メカが迫る。 先ほどまでの遠慮しているかのような様子とはうって変わり、明確に「戦っている」と言っていい行動である。 剣は、サソリメカの光弾をブレードで切り裂いて消滅させ、間髪入れずミサイルへ向かって「走り出す」。    足を交互に前へ出す、単なる「疾走」ではない。クラウチングスタートの走りだしの瞬間のような体勢で、滑るように高速移動(ダッシュ)しているのだ。 ミサイルの下をくぐるように突っ込んでいき、すれ違いざまにミサイルを斬り捨てる。 爆散するミサイルの余波によって、剣に迫り、掴みかかろうとしていた飛行メカまでもが破壊された。 この「ダッシュ」は無限に続けられるものではないらしく、ミサイル破壊の一瞬後に速度が落ち、通常の疾走へと移行する。 しかし剣はすぐさまダッシュを再発動し、一番近いサソリメカとの距離を詰める。サソリメカを横薙ぎに斬りつけて破壊すると、ダッシュの勢いのまま跳躍。 爆散するサソリメカを一気に跳び越えて、後続の別のサソリメカへと迫り、ブレードを振り下ろしながら着地した。斬られたサソリメカが、その場にくずおれ、爆散しかける。  その時、やや離れたところにいる3機の腕なしメカ達が、ミサイルの第2波を放とうとしていた。 「そんなの食らうか!」  剣は、サソリメカを思い切り殴り飛ばした。腕なしメカの方へと吹っ飛んでいったサソリメカは、空中で爆散する。 その爆炎を剣はダッシュで突き抜け、腕なしメカのうち1機を、ブレードの一閃で破壊する。 残る2機が放ったミサイルを、先ほど同様にすれ違いながらの斬撃で処理すると、腕なしメカの1機を斬りつけ、 更に蹴り飛ばしてもう1機の方にぶつけることで、2機まとめて破壊した。  1分と経たずに、3種複数の小型メカは全て破壊された。残るは例のロボットだけだ。 「逃げろ!逃げて、はやく!危ないぞ」「なに!?なに!?どうしたの?」「なんか、あの!ロボットみたいのが戦ってて…」  いつの間にか到着していたパトカー達のサイレン音と、群衆のざわめきを背に、剣はロボットへと挑む。 連続ダッシュで急接近する剣に対して、ロボットは大きく左腕を振りかぶった。 ドゴオオオオオオオオン!!!!!  剣を目掛けて、その巨大なペンチ状の拳を叩きこむ。 剣はそれを横方向へのダッシュで回避すると、近くのビルへ向かってジャンプし、跳ね返るように外壁を蹴り、ロボットへ跳びかかる。 「はあっ!!」  掛け声を発し、ブレードを振るい、ロボットを斬りつけた。突き出した左腕にもろに斬撃が入り、その巨大な腕は上腕から切り落とされ、地面に転がる。 続いて、剣が、ロボットの股下をダッシュで潜り抜けながら右脚へ一太刀入れる。 勢いを生かしてジャンプし、さらに空中で方向転換してから着地した。 ロボットの方も、斬られた右脚を引き摺りつつどうにか180度方向転換したことで、両者は再び対峙する格好となる。 「どうなってるんだ…神崎…」  群衆から少し離れた路上で、劾が呟く。あのロボットといい、剣が「変身」して戦っていることといい、訳が分からない。 分からないが…人々に害をなす存在(イレギュラー)を、剣は倒そうとしてくれているのは間違いない。やがて、彼の心を占めていた困惑は、安心感へと少しずつ置き換わっていく。 劾だけではない。他の群衆も同じであった。  ロボットが右腕の砲門から光弾を連射するも、剣はその全てを左右ジグザグに跳んで回避する。ロボットへと迫りながら、ブレードの機能のひとつ、「チャージ」を開始した。 甲高い唸りとともにブレードのエネルギーが高まり、刀身が輝きを増していく。剣が再びロボットの足元へ到達するのと、チャージの完了は、ほぼ同時であった。 「終わりだッ!!」  ダッシュと同時のジャンプでロボットの胸の高さまで跳ぶとともに、ブレードのエネルギーを開放し、同時に下から上へと振りぬく。 眩い光の刃がロボットの胴体を逆袈裟切りに切り裂いた。剣が着地した少し後、ロボットの右腕が、力なくだらりと垂れ下がった。仕留めた…そう思った瞬間。 「「なかなか、…やるな」」 「!」  突如として、ロボットから何者かの声が聞こえてきた。 「「君はあの人の…博士の、仲間なんだろう?伝えておいてくれ。次を楽しみにしていてください、とね」」 「…ああ」  ロボットを中心として、閃光が走った。剣は思わず目をつぶる。次の瞬間、ロボットの姿はやはり、消えていたのであった。  剣は、左腕の機器を操作した後、腕ごと口に近づけると、何者かとの通話を開始した。 「済んだよ、シェリー博士…じゃあ、転送頼む」  今度は剣の体を中心に光が迸る。そして、剣の姿も消えた。劾は、剣のいた場所を、しばらくの間見つめていた。

第2話 「RAIDEN GIRAFFIGHG STAGE」

 7月17日、16:30頃。劾と玲は、稲舟高校の近くの、乃梓(のあず)公園にいた。 『乃梓公園に来てほしい。昼の事件の事で、話があるんだ』  剣が劾に対して、無料メールアプリでメッセージを送ってきた。新宿の事件から3時間ほど後のことだ。1人だとなぜか少し心細かった劾は、玲も誘うことにした。 新宿駅前にロボットが出現して暴れたこと、剣が”変身”してロボットを撃退したこと。 それら一連の事情を電話で話した後、「剣に呼び出されたので一緒に来てくれないか」と頼んでみた。結果は、2つ返事でOKだった。 「神崎の様子がヘンって桜井が言ってたし、そこへきて新宿の事件だもん。丁度神崎に何か訊きたいと思ってたのよ」  というのが、玲の弁である。かくして、劾と玲は乃梓公園で合流し、ひと気のない中、ベンチに座り剣の到着を待っているのであった。 「あっ、神崎だ」  玲が言った。劾もつられて見てみると、歩いてくる剣の姿を、公園外周を囲うフェンス越しに見ることができた。 「よっ」  気さくな調子で挨拶をしてくる剣。呼んでいないはずの玲がいることには、特に訝る反応を見せない。しかし表情の方は仄かに緊張の色があった。 「沖藍にも来てもらったけど、良かったかな?」  劾が申し訳なさそうな顔をしつつ、話を始めた。それに対し剣は笑顔で返す。 「いや、逆に助かったよ。こっちもな、誰かもう1人呼べないかなって思ってたんだ」 「…?それで、話っていうのは?」 「と、その前に。場所を移すか。ちょっと脅かしちまうかもしれないが、我慢してくれ」  言いながら剣が左腕を胸の前に持ってくると、その左腕には”変身”の際に使ったあの機器が巻かれていた。 「あっ、それ…」と反応する劾、キョトンと首を傾げる玲には構わず、剣は機器を操作すると、機器に向かって、 「博士、桜井劾と合流したよ。あともう1人、沖藍玲って女の子が加わってるから。じゃ、転送(ワープ)でそっちに戻る」  と発言した。先ほどから頭にクエスチョンマークが浮かびっぱなしの劾らをよそに、機器を操作しながら周囲を見回し、 「よし、人はいないな…っと。転送開始」  と言い放つと、機器のボタンを押した。直後、3人の体が光に包まれる。思わず目をつぶる劾、そして玲。一瞬の後、3人の姿は公園から消え失せた。  劾たちが恐る恐る目を開けてみると、そこはどことなくオフィスを思わせる空間であった。 飾り気のない長方形の部屋、その中央には6人掛けの会議テーブルと椅子が置かれている。 「「ここは?」」  劾と玲が、期せずしてハーモニー状態で剣に問いかける。 「ここは地下およそ50m、”タイムマシン”の中さ」 「は?地下?タイムマシン?」  玲が思わず聞き返す。劾はふと、部屋に2つの、自動ドアらしきものがある事に気づいた。 プシュッ!  不意にその”ドア”の1つが開き、ドアの向こうからは、白衣を着こんだぱっと見40代ほどの、外国人らしき女性が現れた。 白衣の女性は劾と玲の前まで来ると、微笑みながら流暢な日本語で挨拶をしてきた。 「はじめまして。シェリー・ブロッサムです」 「あ…どうも、桜井劾です。」 「沖藍玲です。」  劾と玲が、思わず挨拶を返す。 「神崎、この人はどういう方…なのかな?」  劾が、剣に視線を移し、質問を投げかけた。それに対し、剣が答える。 「この人は科学者で、そして…未来人だ。西暦2129年から来た」 「何っ!?」 「えっ!2129年っていうと…100年後から、ってこと!?」  驚く劾、そして玲。 「にわかに信じられないだろうけど、本当なんだ。な?シェリー博士」  剣が、シェリーへと話をバトンタッチする。 「ええ。ここは私が開発したタイムマシン……の隣に”増築”した、部屋の中よ。」 「いやその…タイムマシンとか未来からとか…本当なんですか?」  シェリーの言葉に対し、怪訝な顔で返す玲。シェリーは、白衣のポケットから小さなマグライトのようなものを取り出し、端のスイッチをカチリ、と押した。すると。 「わぅ!?」  玲の立っていた場所の床が発光し、玲の体がふわりと浮遊した。玲は慌ててスカートを押さえるが、シェリーが再度スイッチを押したことで浮遊は終わり、ストン、と着地する。 「これで、信じていただけたかしら」 「…シェリー・ブロッサム博士、でしたっけ。一体どういう目的で、この時代、2023年に来られたんですか?」  目を丸くし、まだ信じられないという顔で質問する劾。剣に促されて一同がテーブルに着席してから、シェリー博士は話しはじめた。 「…”デルタ”を止めるため、です。 先ほども申し上げた通り、私は科学者。そしてデルタというのは、私の助手を務めていた”レプリロイド”です」 「”レプリロイド”?」  耳慣れない単語に、玲が思わず聞き返す。博士は「あっ、その説明はまだだった」とでもいうような表情をし、答える。 「私が開発した、人間に限りなく近い自我を搭載したロボット…それがレプリロイド、デルタよ。テストと教育のために、私の研究所で一緒に生活していたの。 知識や教養は、はじめからインプットするのではなく、私や研究員が触れ合って教える。やがて彼は私の研究を手伝いはじめ、ついには私と同等までに成長した。 …嬉しかったわ。私、結婚はしているけど子供ができなかったのでね。まさに息子が出来たようだった。でも…」  一瞬うつむく。 「彼はある日、豹変した」  再び正面を向き、ちらりと剣たちを見回した後、博士は話を続ける。 「その直前まで、私の研究所ではタイムワープマシンの開発を行っていてね。デルタの助力もあって、完成を迎えることが出来た。 けれどその数日後、研究所のシステムが突如として乗っ取られた」 「その犯人がデルタ、だったんですか?」 「そう。彼のところへ行こうにも、警備ロボットや電子ロック等に阻まれて不可能だった。そして、私の携帯端末に、デルタからの短いメッセージが送られてきたの。 『2023年 7月1日 23:00』と」 「UFOが出た日時だ」  劾が、ハッとした表情を浮かべて言った。隣の玲も同様だ。 「過去の日付を記したメッセージを見て、嫌な予感がしたわ。直後に研究所のシステムも元に戻ったので、タイムマシンの格納庫へ行ってみると… テスト機である1号機と完成型である2号機のうち、1号機が消えていた。私はデルタが何をしたのか理解したわ。タイムマシンの2号機を起動し、研究員たちに後を託して… そして、2023年7月1日の23:00へと跳んだ」 「東京上空に現れた2つのUFOの正体は、博士とデルタがそれぞれ乗ったタイムマシンだった、って訳なんだ。そして」  剣が、説明の補助を挟んだ。博士は軽くうなずく。 「私は、転送装置でタイムマシンを地中に隠した後、東京の地上に降り立ったの。そして、ツルギ君と出会った。それ以来、彼にはお世話になっているわ」 「っていっても、ちょっとしたお使いとか、現代の事をちょっと教えたくらいなんだけどな。このテーブル買ってきて組み立てたりとか」  シェリーの言葉に対し、剣がテーブルを指でトントンと叩きながら付け加えた。博士の話は、巨大ロボットの話題へと移る。 「そして1週間ほどして、事件が起きた。東京駅前に突如ロボットが出現し、路上の車を破壊しながら歩き、そして消えた事件…あれがそうよ。 この時代に、あんな物を作る技術はまだない。あれがデルタ製の機体であること、彼がこの時代で何かするつもりである事を…理解した。  もしデルタを無視すれば、何をするか分からない。私は、彼を止めねばならなくなったのよ。 が…一刻も早く戦力を用意したかったけど、同規模の戦闘ロボットを作るとなると、1日2日では難しかった」 「で、俺が提案したんだ。ロボットじゃなくて強化スーツにしたらどうだ?俺が着るから、って」  凄い提案をさらりと言ったな…と、劾と玲は思った。それは当時の博士も同様だったようである。 「一度は却下したわ。危険だし、強化スーツを使うにしても、着て戦うのは私自身がやるべきだと…。」 「でも、もしそれで博士が倒れたら、デルタを止められる人がいなくなる。それにな、博士は…えっと…」  後に続くセリフを発するにあたり、慎重に言葉を選んでいる様子の剣。それに対し、博士がフフッ、と笑顔になりながら言う。 「”年”だからね。正直に言ってしまうと49。…まあそれは置いておいて、ツルギはこうも言ってくれたのよ。 『協力するって言ったろ?あんたの大事なデルタを、一緒にとめよう』と。 まもなくして強化スーツ、”ロックスーツ”が完成し、再度出現したデルタのロボットを撃破することに成功した」 「それが、今日の新宿の事件なんですね」  テーブルに肘をついていた玲が、ため息をつきながら椅子の背もたれに体を預ける。彼女も、劾も、当初の半信半疑な様子はすっかり消え失せていた。 「でも、アレで終わりじゃないだろうな。きっと次がある。」  剣の言葉に、劾ら2人も同感という様子だった。次が有るかもしれないというのは、確かに懸念事項である。 「更に言うと、俺があのロボットを倒した直後、デルタのものらしき声が聞こえた。”次を楽しみにしていてください”と…おそらくデルタ自ら遠隔操作していたんだ。」 「遠隔(リモート)にせよデルタ自身が出張って来るにせよ、次はきっとあるわ。 アレとタイプの違うロボットを繰り出してくる可能性もある…ツルギ君に着て貰ったロックスーツとは別に、タイプの異なるスーツも開発中よ。…使わすに済んで欲しいけどね」  博士が、両手を軽く組み、すまなそうな顔になる。 「そういえば神崎はどうして、僕にこの話を聞かせようと思ったの?普通なら内緒にしようとするとこじゃないかな…無断で沖藍を誘った僕が言うのもなんだけど」    剣のほうを向き、疑問を述べる劾。 「ああ…お前には不安を与えちまった気がしたからな、話しといた方がいいと思って」 「私がいても何も言わなかったのは?」  玲も質問をかぶせてくる。 「桜井はちょっと怖がりだからな。更にもう一人くらい仲間がいれば、桜井が安心しやすいかな、って考えたのさ」  心配してくれてありがとう、と苦笑しながら言う劾であった。  そのあとは、博士と劾・玲が改めての自己紹介をし合い、やがて雑談に近い質問タイムへと移行した。 博士が現在どこで生活しているのか、どうやって収入を得ているのかは、劾たちの気になるところだ。  博士によると、会議テーブルの部屋「会議室」に更に隣接して、ワンルームほどの居住スペースを”増築”し、そこで生活しているという事であった。 劾たちは中を見てみたいと思ったが、博士曰く「散らかってるから駄目」であるとして、見学は叶わず。 収入については、株取引で得ているとのことであり、「未来人の知識で株取引やるのってマズいんじゃ?」という玲の心配に対しては、「100年前の株価の変動なんて知らないわ。 だから大丈夫」という、答えに成っているような成っていないような返事が返ってきたのであった。  そして、18:00頃。  ひとしきりの話を終えて、再び転送装置で地上に戻ってきた剣たち3人。劾と玲には、剣が変身と通信に使った機器”ロックコマンダー”のスペアが渡されていた。 剣曰く「持っといてもらった方がたぶん便利だから」という理由である。 「今日はありがとう、神崎。スッキリした」 「そういって貰えて俺も安心したよ、桜井。重ね重ねだが、不安にさせて悪かったな」 「私も付いてきて良かった。ビックリするような話も聞けたしね」  集合時と同じ場所で、集合時とは逆の安らいだ表情で語らう3人。もしまた事件が起きたら、”基地”たる博士のタイムマシンに集まろう、と約束して、解散したのであった。 7月19日、19:00頃。  帰宅ラッシュで込み合う新橋駅・西口広場。夏場故にまだまだ日が落ち切らない時間帯であるが、あちらこちらの灯りが既にともっている。 だがそれらの光が突然、しかも一斉に消えた。街の灯りだけではない。新橋一帯の照明という照明が、消灯してしまったのだ。  駅付近の家電量販店で、買い物をしていた人々は、前触れなく店内が真っ暗になったことに驚いた。「なんだ、停電か?」そんな声がちらほら聞こえる。 目が慣れない中でスマホを取り出し、画面の明かりで周囲を照らそうとする者もいる。だが数秒経って、再び照明が点いた。 よかった、直ったか… 店内の人々は安堵したが、その矢先にまたもや明かりが消えた。更に今度は、全照明が激しく消灯と点灯を繰り返しはじめたのだ。  これはおかしい。ただの停電ではない。店内の人々は皆そう思った。そしてその頃、外では別の騒ぎが起こっていた。  新橋駅とその周囲数100mの範囲では、街灯、店舗の看板、駅の照明等が、不規則なペースで明滅を繰り返していた。 それもリズムが揃っているわけではなく、てんでんバラバラである。 密集したいくつもの明かりが、ずれたタイミングで点灯・消灯をくり返すことで、新橋一帯はさながらロックバンドのライブ会場のごとく、激しい光の点滅のなかにあった。 「デルタが何かしてるのかな、博士?」  ”基地”タイムマシンの中、新宿の事件から2日と数時間。剣は、新たな事件をとらえたシェリー博士からの連絡を受け、基地へと来ていた。 「決めつけたくはないけれど…」  会議室、2人の前に置かれたモニターには、博士が送り込んだ偵察ロボットからの映像が映し出されている。 異常な光の点滅に包まれる新橋の街。電力供給が正常に行われない為、電車の運行もストップしてしまっている。 信号機もまともに動かない為に、警官が交通整理に駆り出されているものの、範囲が広い為に人手がとても足りず、車両の通行もままならないようだ。 「博士!」  劾と玲も、転送装置を用いて基地へ到着した。 「ひどいなこれは・・・」  モニターを見て、思わずつぶやく劾。物の破壊こそまだ無いとはいえ、迷惑度でいえば新宿や東京駅の事件に引けをとらない。 「デルタの仕業だとしたら、何がしたくてこんなことを…」 「何がしたいかも気になるが、やめさせるのが先決だな。博士、新橋に行ってくる」 「分かったわ。転送準備を開始します、ロックコマンダーを起動して頂戴」 博士が、会議室からタイムマシンへと移動、コクピットシートに座る。キーボードを操作して、転送システムを起動。転送先を新橋駅付近のビル屋上に設定する。 「「転送先設定OK。転送スタンバイ完了。転送実行の操作権を、ツルギくんのロックコマンダーに移行します」」 会議室のスピーカーから、博士の声が響く。 「転送開始」 剣がロックコマンダーを操作し、転送が始まる。剣の体が光に包まれ、一瞬ののちにその姿が消え去った。  剣は新橋に到着すると同時に、周囲を見渡してみた。 道路の交通状況こそは、追加で動員されてきた警官たちの奮闘で幾分かマシになっているが、電車やモノレールは依然として運行がストップしている。 照明や電飾が好き勝手に明滅するロックフェス状態は、相変わらずどころか悪化していた。電圧の方にも異常が生じているのか、各所で小さな火災が発生してきている。  「さて、どうするか…ん?」  荒れ狂う光の点滅の中に、妙なものを発見した。新橋駅と有楽町駅の中間あたりにある、北新橋地下変電所の直上に位置するビル、その屋上に何者かが居た。 ぱっと見は人間のようなシルエットだが、変に角ばっている。デルタのロボットか…?そう思った剣は、コマンダーの通信機能をONにし、博士に繋ぐ。 「博士、デルタのロボットらしいのが居るな。スーツを装着して、見に行ってみるよ」 「「分かったわ。周囲にも警戒してね」」  剣はスマートフォンを取り出す。これはただのスマホではない。剣のスマホに博士が改造を施し、ロックコマンダーの連動機器へと生まれ変わらせたものだ。 アプリケーション「ROCK SUIT」を起動し、表示された9つの点を上段右→上段真ん中→上段左→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」の順に結んでパターンを描くと、 「パラァン!」という音声が鳴る。更にそのスマホを、左腕の機器に差し込む。カチリ、という固定音と共に、「レディ」という電子音声が発せられた。 僅かに間があき、3DCGのワイヤーフレームのようなものが、剣の体を包む。ワイヤーフレームの表面全体が発光し、剣の全身が光に包まれる格好になる。 続いて光が、体の前側から順に消えていくと、ロックスーツに身を包んだ剣の姿があった。更に、コマンダーを操作する。 右手に、先ほどと同様のプロセスを経て、大ぶりな刀剣のような武器、「ロックブレード」を出現させた。刃の部分に何エネルギーが充填され、刀身が光を帯びる。 「ハッ!」  ビルの屋上から、隣のビルの屋上へと飛び移る。ダッシュとジャンプを駆使して、障害物を跳び越え、ビルからビルへと跳ぶ。 途中、ビル間の距離が遠く、ジャンプの飛距離が足りなそうな場所があるものの、剣は構わず飛ぶ。 到達する先は当然、ビルの屋上ではなく外壁だ。飛び蹴りのようにビル外壁に足を着け、壁を蹴る。  普通ならこのまま壁から離れて落ちるところだが、ロックスーツは違う。 胸部アーマー背面のパーツとスーツの足裏がかすかに発光し、剣の体が空中で小さな弧を描いて、少し上の壁に”戻った”のだ。    これはロックスーツで出来るアクションの1つ、「壁蹴り」である。    「ダッシュ」は、スーツの背中と足裏から発生させるエネルギーで、地面より少し浮遊しつつ推進力を生み、前へ向かって高速移動する仕組みである。 この”前へ向かう推進力”を、壁を蹴って跳び上がりながら発生させる事で、少し上の壁へと”戻り”、また壁を蹴って上に跳び、少し上の壁にまた戻る、また上に跳ぶ。 この繰り返しで、垂直の壁も難なく上っていけるのだ。  そうして剣は、変電所の付近のビル屋上まで到達した。伏せながら見下ろしてみると、やはり間違いなくロボットがそこに居る。 おおむね人間的なフォルムだが、すらりとした長い手足、首が長く、小さめの頭、黄色いカラーリングと、まるでキリンのような姿をしている。 バチッ!  キリン型ロボットの両脚から時折、青白い放電が起こる、やはりあのロボットが”犯人”だと見てよさそうだ。剣はビルから飛び降りて、キリン型ロボットへと迫る。 「そこまでだ、デルタ!」  着地と同時にロックブレードを構え、キリン型ロボットに呼びかける。ロボットは剣の方へと向き直り、言葉を発した。 「シェリー博士の友達の少年か。結構早く来たな」  何か呑気な口ぶりに、剣は思わず怒気を含んだ口調で返す。 「早く来たな…じゃ無いだろ。一体ここで何をやっている?」 「オレの任務は、東京の電力供給を混乱させることだ。手始めに、この地区を襲った訳だよ」 「え?」  こいつ今、「任務」と言ったか?  キリン型ロボットの放った言葉が、剣に違和感を与えた。そして、この会話は、ロックスーツのセンサーを通して基地内にも聞こえている。 剣の行動をモニターしていた博士と、横でその様子を見ていた劾、玲も、同じ違和感を感じていた。 「任務ですって?…まさか」  表情が険しくなる博士。そして剣は、キリン型ロボットに対し疑問をぶつけた。 「任務ってなんだ?お前、デルタなんだろ?どこかからそのキリンみたいなロボットを、遠隔操作して…」 「違うぞ。オレの名は『ライデン・ジュラファイグ』。デルタにより造られた、『デルタナンバーズ』の1号機だ」  博士が両手を握りしめ、目を見開き、絞り出すように言う。 「やはり、アレはレプリロイドだわ…!」  玲も、驚愕の表情で反応を返す。 「レプリロイドであるデルタ自身が、レプリロイドを作り上げたって事ですか!?」 「デルタなら出来てもおかしくないわ。5年足らずで立派な科学者へと成長した、デルタなら…」  狼狽しつつも、どこか喜びが混じったような声色で言う博士。それをヘルメット内のインカムで聞いていた剣は、対峙するジュラファイグへと、更なる質問を投げかける。 「お前が、デルタの生み出した”ひとりの”レプリロイド、ってことは分かった…ならお前らの、デルタの目的はなんだ!?」 「この時代、21世紀にレプリロイドの世界を築く。この東京にな」 「そんな事はさせん!」  ブレードを今一度構え直す剣。それに対し、ジュラファイグもファイティングポーズをとる。 「邪魔するというなら、叩きのめすだけさ。行くぞ!!」  言うが早いか、ジュラファイグは地面を蹴り、剣の頭上を跳び越える。剣の背後に着地すると、その脚を振るって、後ろ回し蹴りを叩きこんで来た。 「ぐぁ!?」  強烈な踵の一撃がもろに背中に入り、たまらず吹っ飛ぶ剣。スーツのおかげで肉体へのダメージこそ無いが、慣性と衝撃は殺しきれず、アーマーの背面が少しへこんでしまった。 なんとか体勢を立て直すも、ジュラファイグが更に跳び蹴りを繰り出してくるのが見えた。 「でぇああっ!!」 「喰らうか…!」  あんな蹴りを何度も受けるわけにはいかない。剣は咄嗟に判断し、ダッシュを発動。高速でジュラファイグの方へと突っ込んでいき、下を潜り抜けることで跳び蹴りを回避する。 丁度ジュラファイグの後ろをとったところでダッシュを解除し、振り向きながらブレードを振るう。 「さっきのお返しだ!」  斬りつけるブレードの刃が、ジュラファイグの左腕に刀傷を刻む。着地したジュラファイグは、切り裂かれた装甲をちらりと見た。 「やるな。だがオレとやり合うなら、腕を攻撃しても仕様がないぞ」  言いながら、ビル脇の道路の方へと顔を向けるジュラファイグ。そして、体も道路の方へ向けると、一気にジャンプした。 「待て!お前っ!」  剣もダッシュで飛び出し、そのままビル屋上の端から飛び降りる。先に飛び降りたジュラファイグが、南…新橋駅方面へ向かって駆けていくのが見えた。逃がすわけにはいかない。 連続でダッシュを行い、ジュラファイグの後を追う。    外堀通り、新橋駅日比谷口前交差点。依然として正常に働かない信号機にはもはや誰も目もくれず、警官たちの丁寧な交通整理によって、秩序を持って車両の通行がなされている。 だが、そこへ飛び込んでくる新たな異変。 「おい、なんだあれ?」  通行人の一人が北を指さし、叫んだ。それを聞いて視線を向けた人々の目に飛び込んできたのは、猛然と走ってくるジュラファイグの姿だった。 「ロボット!?また!?」  誰かが声を上げた。街を包む異変の中で現れた機械人形の姿は、新宿の事件を人々に連想させる。 「邪魔だ!」  交差点へ向かって列をなす数台の自動車を前に、ジュラファイグは疾走の勢いのままジャンプする。 ビルの外壁を設置された看板ごと蹴って、三角跳びの要領で車の列を跳び越え、交差点へと出た。そのとき、ジュラファイグの蹴りにより破損した看板が、ぐらりと揺れる。 「あっ!嫌っ…」「ママ!」  看板の下にいた母子が、看板が外れかかっている事に気づき、逃げ出そうとする。だが一瞬遅かった。バキッ、という音を立てて、細かい破片と共に看板が落下してきた。 若い母親がとっさに、子供をかばうべく抱きかかえる。 ガッシャァン!! 「っ!‥‥‥‥あれっ?」  破壊音が響くも、看板が母子を襲うことはなかった。ジュラファイグを追って現れた剣が、背中で看板を受け止めて、母子を守ったのだ。 母親は、メカニカルなスーツに身を包んだ剣の姿を見て、一瞬身構えた。「ロボットがもう一体来たのか?」そう思ったようだ。 だが剣の顔が人間のものであることに気づくと、警戒を解いた。剣は背に乗った看板を下ろすと、母親に声をかける。 「大丈夫ですか?」 「あ…はい、有難う…」  見たところケガもなく、大丈夫そうだ。剣は再びジュラファイグを追うべく、駆け出そうとする。 「あの…!あなたは一体」 「…。」 「お名前を、聞かせてください!」  母親の声に、立ち止まる剣。 「俺は……」  新橋駅西口広場。そこに、ジュラファイグは居た。電力の混乱の中にあっても、少なくない人通りのあった新橋の街であるが、この広場だけは人の姿がない。 実際には、駅の出入り口や付近の歩道、周辺店舗など、広場の「ふち」にあたる所に相当数の人がいた。 しかしそれらの人々はいずれも怯えているか、好奇心交じりの表情でジュラファイグの姿を見ていた。    「ジュラファイグ!」  広場に、追いついてきた剣の声が響く。ジュラファイグが振り返る。剣が母子を助けている間に距離が開いてしまったが、ここに再び対峙する両者。 「追いつかれたな。撒こうと思ったがそうもいかないか」 「嘘つけ、突っ立ってただろ。何か企んでるんじゃないのか?」  剣は、周囲の人々の怯えようを警戒していた。おそらくジュラファイグは、どうにかして”人払い”をしたのだろう。 変電所でのジュラファイグの行動…両脚から放電し、閃光が走る様子を思い出す。アレと似たようなことをして、広場の人々を追い払ったのではないか…と、剣は想像した。 「その通りだ。こういう所でなければやり辛い、オレの…」 ジュラファイグの右脚、ふくらはぎ部分のプレート状パーツが発光し始め、更にひざ下全体が青白い稲光のような放電に包まれた。剣の想像は、果たして当たっていた。 「本気の蹴りを、受けてみろッ!!」  左足で地面を蹴り、跳び上がるジュラファイグ。空中でくるりと宙返りし、稲妻を纏った右脚に、回転の勢いと落下の勢いを乗せた「踵落とし」が繰り出される。 剣はすぐさま後ろへ飛びのいて、これを回避する。5m程の距離が開いた。だが。 「それじゃ避けたことにならんぞ!喰らえッ!!」  空振りしたかと思われたジュラファイグの右足が、地面を打った瞬間。蓄えられたエネルギーが解放され、青白い電撃が地面を駆けて、剣に襲い掛かってきたのだ。 視認してから避けるには、電撃のスピードが速すぎた。そのまま、激烈な電流の直撃を喰らってしまう。 「うわあああっ!?」  電撃が生み出す熱と痛みが、一瞬ではあるがスーツ越しに剣の体を襲う。ジュラファイグはそこへ向かって、容赦なく次なる攻撃を繰り出してくる。 今度は跳び蹴りだ。剣はダッシュジャンプでそれを跳び越えると、すれ違いざまにジュラファイグの背中を蹴りつける。「うぐ!」ジュラファイグの口から声が漏れる。 剣のほうは、その勢いで更に跳躍した。滞空中から着地にかけての間、剣は考えを巡らせる。  奴の蹴りと電撃は脅威だ。ロックスーツがあるから「痛い」「熱い」程度で済んでいるが、スーツの耐久力も無限ではないのだ。どうにかしなければ……  蹴りはともかく、あの電撃を防いだり避けられると考えては危険だということは、さっきの一撃で分かった。ならばどうにか、電撃を封じる事は出来ないか。 あるいは、電撃のエネルギーをどこかよそへ逃がせれば…そのとき、剣の脳裏にジュラファイグの言葉が浮かんだ。  ”こういう所でなければやり辛い、オレの” ”本気の蹴りを、受けてみろ”  こういう所…広場でなければやり辛い、とはどういうことか。電撃を放っても、それを吸収しやすいものが近くにあれば、電撃はそちらへ向かってしまい、標的へは届かない。 最初のビルの屋上で、奴は電撃を使ってこなかった。ビルの屋上にある、電撃を吸収するものといえば…避雷針だ。 「避雷針…そうか!それなら!」 剣は、自身とジュラファイグの位置関係を確認する。剣と対峙するジュラファイグ。そのジュラファイグの背後には新橋駅、そして、電車のいない山手線内回りのホームがある。 この、「駅のホームの間近で戦っている」という状況こそが、勝利の鍵であった。 「勝負だ、ジュラファイグ!」 剣は、2連続のダッシュで「く」の字の軌道を描いてジュラファイグの背後に回り込む。 そして片足を踏ん張って制動を掛け、ブレードで斬りかかった。それを振り向きざま、放電状態のハイキックで受け止めるジュラファイグ。 電撃とブレードのエネルギーが反発しあい、体の軽い剣の方が、軽く跳ね飛ばされる。しかし剣の攻撃は止まらない。 すぐさまダッシュで再接近、剣の猛攻が始まる。下から上、突き、左から右、右から左と、あらゆる方向の斬撃を繰り出す。 そのすべてを捌き、いなすジュラファイグであったが、剣の勢いの前に、後ずさりせざるを得ない。 「くそ、鬱陶しい!斬りまくってれば何とかなると…思うなよ!」  ジュラファイグがブレードを裏拳で跳ねのける。剣は衝撃で少しのけぞり、構えが崩れた。 そこへ、下からジュラファイグの蹴りが迫る。ガードする間もなく胸を蹴り上げられ、後ろ斜め上へ吹っ飛び、新橋駅5番ホームへと突っ込み、転がった。 「いてて…だが、これで」  これで良かった。これが剣の狙いなのだ。ジュラファイグの仕業によって電車は停まっているため、ホームに電車が来るという「邪魔」が入る心配はない。 倒れ込んだ剣の体の下には、線路がある。顔を上げると、ホームからも見える新橋駅前交番、その屋根にジュラファイグが飛び乗る所が見えた。 「こいつでとどめだ、黒焦げにしてやる!」  そうジュラファイグが言うと同時に、彼の右脚、ひざ下全体が先程の「踵落とし」のときと同様、青白い稲光のような放電に包まれた。 ジュラファイグは交番を半壊させる程の勢いで足元を蹴って、剣へむかって跳ぶ。 「スパーク・スマッシュ!!」  最大パワーの電撃を纏った、まさに電光石火の跳び蹴りが剣に迫る。電流迸り、光り輝く右脚が、突き刺さろうとしたその時… 「もうそれは喰らわない!」 「何っ!?」  剣がすんでのところで起き上がり、体勢を整え、上へジャンプした。そしてジュラファイグの跳び蹴りは、剣が居た場所、電車の軌条(レール)へと叩きこまれる。 「しまった!電撃が、逃げ…」  電撃のエネルギーは、鋼鉄製のレールを伝わり、完全に発散してしまった。そして入れ替わりに、剣が再度着地し、全力でジュラファイグの胴体を殴り飛ばした。 「うおおっ!!」  ホームから西口広場へと転落していくジュラファイグ。剣は既に、ロックブレードのチャージを開始していた。 ダッシュジャンプで飛び出し、空中でジュラファイグへと迫り、ブレードを振るう。 「終わりだ、!」  ジュラファイグは、完全にバランスを崩していた為にガードがままならず、まともにチャージブレードの一撃を受けた。 剣はダッシュジャンプの勢いによって、空中でジュラファイグを追い越し、一足先に着地した。 剣の背後に落下したジュラファイグは、胴体から小さな爆発を起こし、そのまま沈黙したのであった。 「はあ、はあ…」 ブレードを地面に突き立て、片膝立ちの姿勢で呼吸を整える剣。やがて立ち上がると、大の字になって倒れているジュラファイグに歩み寄り、ロックコマンダーを操作した。 基地へと、通信を繋ぐ。 「博士、ジュラファイグは制圧できたよ。…それで、どうする?」  博士の返事が返ってくるまでには、少し間があった。 「お疲れ様、ツルギ君。そして…」  新橋から、基地の会議室へと帰ってきた剣。”土産”もあった。ジュラファイグのボディだ。 博士は剣に労いの言葉をかけながら、安堵とも悲しみともつかない顔で、ジュラファイグを見つめている。 「『この時代にレプリロイドの世界を築く』…か」  劾が、ジュラファイグの言っていた言葉を呟いた。デルタがそれを本気で企んでいるというなら、これからも「任務」を帯びたレプリロイド達が、送りこまれてくるだろう。 博士が生み出したデルタ、そしてそのデルタが生み出した新たなレプリロイド。それはいわば博士の孫のようなものだ。 そんな存在が、人々に迷惑をかけているというのは、博士にとって心苦しいものがあった。   「大丈夫だよ、博士。前にも言ったろ、『デルタを一緒に止めよう』って。それにな、デルタは自分の心を持ってるんだろ?なら、いけないのはデルタだ。 博士を責める気なんて、俺には無い」 「ツルギ君…」  剣の言葉に涙ぐむ博士。劾と玲も、口を開く。 「俺”達”には無い、だろ、神崎。僕も…そう思う」 「デルタには、博士に謝って貰わなくちゃいけないよね。あと、ジュラファイグもね。『おばあちゃん』を泣かせるような事をして…」  言ってしまってから玲は、アッ、と口を押えた。 「おば…おばあちゃん!?なんてこと言うのよ、レイ!!!」 「あーっ!ごめんなさい、その…ごめん!」  泣き笑いになりながら、博士が玲の頭をポカポカと叩く。失言ではあったが、結果的に博士の心をほぐすことになった。 劾はその様子を見ていて、終業式の日、悩んでいた気分を玲に和らげられたことを思い出す。沖藍ってこういうところがあるよなぁ、と、劾は思った。  そして、剣の優しさに対して、劾も玲も、思うところがあった。  翌朝。ジュラファイグの起こした事件は、各新聞やニュースサイトにて報じられていた。 剣たちもそれを目にしたのだが、一応事件の関係者ゆえに、報道内容自体にさして驚きはなかった。 それよりも3人…というより劾と玲が気になったのは、いずれの記事にも言い回しは違えど、以下のような見出しがあったことである。 「正体不明のヒーロー?『ロックマン』、怪ロボットを倒す」  3人は乃梓公園に集まった。そこで剣の口から語られたのは、ジュラファイグとの戦闘の途中で起きた出来事について、であった。    変電所から新橋駅へとジュラファイグを追う途中、剣はジュラファイグが蹴り壊した看板、その下敷きになりかけた母子を助けた。 「あの…!あなたは一体」 「…。」 「お名前を、聞かせてください!」  母親の声に、立ち止まる剣。 「俺は……」  名前を明かすわけにはいかないが、黙って立ち去るのも何か嫌だった。そんな中でとっさに思いついた名前は、自身の着込んでいる「ロックスーツ」から浮かんだものであった。 「俺は……『ロックマン』、です」

第3話 「SUNSHINE LADYBYDE STAGE」

7月22日、夏真っ盛りの太陽が、燦燦と降り注ぐ晴天。日本各地の海水浴場が大きな賑わいを見せる時期。TVでも、海水浴客でごったがえす浜辺の様子が報じられている。 「海水浴かー。そういえば私、海へ泳ぎに行ったことあんまり無かったのよね」  博士が頬に手を添えながら言う。基地の”会議室”では、劾と玲、剣、そして博士が、TVの音声をラジオのように聴きながら、持ち寄った昼食を摂っていた。  100年後だと、海水浴ってあんまり流行ってないんですか?と尋ねる劾に対し、いや、そういう訳じゃなくてね、と答える博士。 「ただ単に私が、泳ぎに行かなかっただけよ。行ったのは子供のころに数回…かしらね。その数回も、泳がないでビーチで日光浴してただけだったわ。」 「ねえ博士、お台場に行かない?」  玲が唐突に言い出した。 「お台場海浜公園にはビーチがあってね。遊泳禁止だから潜ったりはできないけど、水着でビーチに出たり、腰ぐらいまで浸かったりはOKだから、海の気分は味わえると思うよ。 行ってみない?」 「それいいわね!…んー、でも…」  思案顔の博士。 「ごめんね、行けないわ。ジュラファイグの解析と、新しいロックスーツの調整で忙しくって。」 「あら」 「お友達と言ってくると良いわ。それに私、水着とか着るにはちょっと体形が恥ずかしくって」  その体形で言うか?と、玲は思った。博士は結構背が高く、脚も長い。劾が身長185㎝だが、博士もそのぐらいはある。 それに白衣越しでも分かる、結構メリハリのあるプロポーションであり、これで「恥ずかしい」とはちょっと贅沢じゃない?と、言いたくなる。 しかし、人のコンプレックスはそれぞれなのだ。「贅沢な悩み」だなどと、簡単に言うのは良くないと、玲も分かっていた。 「うーん、残念。じゃあ博士の言う通り、友達誘っていこうかな。たしかルミとソノコが暇だって言ってたっけ…」  そんな会話を横で聞いていた劾。彼も口を開く。 「海か―。僕も海行こうかな。神崎はどう?」  劾の発言は、「じゃあ一緒に行く?」と、玲から誘われることを期待してのセリフである。玲が結構”良いもの”を持っているため、水着姿を見てみたい!と思ってしまった、 年相応のスケベ心である。剣に声をかけたのも、顔の良い剣とセットなら誘われやすくなるかも…と考えたからであった。 「俺か。俺は泳ぎたいからなー、お台場よりも、ちょい遠いけど八景島あたりに…」  行きたいな、と言いかけた剣を遮って、玲が若干ドスのきいた声で言った。 「桜井くん。」  玲の声色と、”くん”をつけて呼ばれたことに怒気を感じ、笑っていた劾の顔が真顔に戻る。玲は席を立ち、劾の隣まで来た。 「いい、桜井?なんでアンタが毎年毎年、課題が仕上がるのがギリギリなのか。なんで私とか、ほかの人がそんな事にならないのか」 「あ…課題…ね」  玲の言葉に対し、緊張した顔で相槌を打つ劾。 「私はただ課題をこなしていただけ。桜井は課題をやらなかった、ただそれだけの事なのよ」 「はい」 「課題やってる?」 「なんとか…」 「ちゃんと課題やってね。また怒られる事になるでしょ」  短い説教を終え、玲はスマホを取り出して、電話をかけ始めた。 「あ、もしもし、ルミ?明日お台場ビーチ行こうかと思ってるんだけど」  その後ろでは、剣が劾の肩をポンと叩いていた。 「ま、課題やってこうぜ。早めに片付けよう」  玲は友人達に誘いの電話を掛けた後、転送で地上へ戻った。そして劾と剣は、博士と共に、基地内の整備・開発用スペース「研究室」に居た。  長方形の部屋である会議室には、2つドアがある。ひとつは、片側の短辺の向かって左端近くにあり、その短辺と接する長辺の中央に、もう一つのドアがある。 短辺のドアは、短い通路を挟んでタイムマシンに繋がっており、長辺のドアが「研究室」に繋がっているのだ。  ちなみに、タイムマシンへつながる通路の中央には更にもう一つドアがあり、これが博士の生活用スペースの出入り口となっている。 会議室と隣接はしているが、直接繋がってはいないという訳である。    研究室の一角には、新橋で回収したジュラファイグのボディがあった。 傾いたベッドのような台に乗せられ、各部の装甲が取り外され、頭部、胸部に幾つものコードが繋がれている。 外した装甲は台の脇に置かれており、胸の装甲には、ロックブレードによって刻まれた刀傷がついたままになっていた。 溶解して、デコボコとした形で固まっている切り口が、チャージブレードの威力を物語っている。 そしてジュラファイグの台の近くに置かれた小さな机では、博士がパソコンの画面を睨んでいた。 「何かわかりそうですか、博士?」  博士に、劾が声をかけた。画面にはジュラファイグの3DCGモデルと、素人目には複雑怪奇な文字の羅列にしか見えない、データの文字列が表示されている。 ソースコード…というのだろうか? 「やはり、彼の構造にはデルタと共通するところがあるわね。デルタの設計をベースに、アレンジを加えたものだと言っても良い」 「ってことは…」 「ええ。これで本当に、正真正銘…各事件がデルタの仕業だというのがハッキリしてしまったわ」  博士はやはり、息子同然であるデルタが人間に牙をむくなどとは、思いたくなかったのであろう。 その悲しみは、「自分の”作品”が人に迷惑をかけた、不味いぞ…」という、保身的な思いから来るものではない。子供を案ずる親の感情そのものであると言えた。 「ただ、気になるところもあるんだよな」  剣はデルタの行動について、どうせ過去に来るのなら、なぜもう少し前の時代を選ばないのか?という点、東京を乗っ取ろうとしているような事を言う割に、 やることが少し回りくどい点、テスト機と完成型の2機あったタイムマシンのうち、動作に不安の残るであろうテスト機を選んだ事、 なにより、わざわざタイムトラベル先の日時を博士に伝えて来た点を、疑問として挙げた。  過去にやってきたのは、元の時代だと警察や軍隊によってすぐに邪魔が入るからだろうと想像できた。 だがどうせなら、大正か明治時代あたりの方が、活動が楽になるのではないか?それに、邪魔されたくないから過去に来たのだとしたら、完成型のタイムマシンに自分が乗り、 テスト機は爆破でもして破壊してしまい、移動先の日時も当然伝えない…という具合に行動した方が、より確実に目的を達せられるだろう。なぜそうしないのか? 「そうは言っても、1900年代あたりとなると、この2020年代ほどは工業や素材が発達していないわ。東京を制圧するための戦闘メカも、満足に作れなくなってしまうでしょうね…」 「それだけかな?」  劾が、博士の言葉の直後に言った。メカの素材だけを理由にこの時代を選んだ訳ではないのでは、と思えたのだ。 「どうしてそう思う?」 「わからない」  剣から問われても、明確な理由は答えられなかった。何となく”そう”思えたからである。 「もしジュラファイグから何か訊き出せたら、そこらへんも分かるかも…って言っても、この通り壊れてるしな。……まあ倒して壊しちまったのは俺なんだがな」 「それは仕方ないわ、ツルギ君」 「で…話変わるけど、新しいロックスーツはどういう風になってるんだっけ?」  剣の言葉に対し、博士はパソコンの画面を切り替えてから答える。 「これを見て」  そこには、新たなスーツである「防御型ロックスーツ」の3DCGモデルが映し出されていた。 「防御力を重視して、装甲を強化しているわ。武装は”ロックバスター”、射撃タイプの武器よ」 「装甲を強化…ってことは、その分足が遅かったりするんですか?」 「その通りなの。まあ、遅いとは言っても、攻撃型スーツと比べての話だからね。『ノロマ―!』なんて言われるほど遅くはないわよ」  劾の質問に、なぜか頭に手を当ててウサギのジェスチャーをしながら答える博士。「ウサギとカメ」のイメージだろうか。 「なるほど…ん」  剣は腕時計を見た後、劾の肩を叩く。 「さてと、帰るか、桜井。お前んちに行くぞ」 「なんで…あ、課題か。母さんに連絡しとこう」  劾は、スマホの無料メールアプリで、「神崎が家に遊びに来るからね。今一緒に帰ってるとこ」というメッセージを母親に送る。程なくして、 「わかった。気を付けて帰りなさいね。」という返信が返ってきた。劾と剣は、じゃあね、と博士に軽く挨拶をしてからドアをくぐり、会議室に移った。 そして2人共に、ロックコマンダーを操作する。  ロックコマンダーの転送機能による移動には、2通りの使い方がある。詳細に転送位置を決める場合、博士による座標指定の操作が必要であるが、 「あらかじめ設定しておいた転送先ポイントに基地内から移動する場合」と、「どこか基地の外から基地内へと移動する場合」… 要するに、ただ単に基地内外を出入りする場合には、ロックコマンダーからの操作のみで移動が出来るのだ。 そして2人が移動した先は、幾つかある転送先ポイントのひとつ、桜井家が住んでいるアパートの屋上である。 「ただいまー。」 「こんにちはー、お邪魔します」 「あらこんにちは、神崎君」  劾の後に続き、桜井家の玄関を挨拶と共にくぐった剣を、劾の母親である桜井 孝美(さくらい たかみ)が出迎える。この母親も、劾より少し低いが長身であり、183㎝ある。 剣も175㎝という充分高い身長だが、8㎝の差は圧倒的なのだ。  自室の机で、険しい顔で課題と格闘する劾、そして横から時折アドバイスを出す剣。飲み物を持ってきた孝美の「ごめんねー神崎くん、見てもらっちゃって」という声かけに 「いやー、気にしないでください」と剣が答えたり、途中でつい漫画など読んでしまったり、 なぜか窓の網戸で始まった蜂とカブトムシの格闘に2人して見入ったりしつつ、課題を進めていく。 しばらくして、ふと時計を見ると午後4時頃。課題の進み具合も丁度、切りの良いところであったので、切り上げることにした。  劾が課題の問題集やノートをブックスタンドに仕舞い、机上に散らばった消しゴムのカス等を掃除している横で、剣はスマホ片手に窓から外を眺めている。 後片付けが終わったところで、剣が口を開いた。 「妙なことっていうのは、デルタの行動だけじゃないんだ」 「どういう事?」   劾の返事に対し、剣がスマホの画面を見せてくる。ニュースサイトだった。 表示された記事中では、ジュラファイグ事件について報じられており、北新橋地下変電所が複数のロボットに襲われたという作業員の証言と、 電力異常が収まったのは20:00過ぎであったことが書かれていた。 「新橋の変電所にイタズラをして、電力異常を起こさせたって事だよな。だがジュラファイグの奴は、地下に居ないでビルの屋上に突っ立っていた」 「それは変だね」 「まあ多分、新宿の事件の時みたく、別の雑魚メカを引き連れて変電所を襲ったんだろう。で、”イタズラ”は雑魚メカに任せて、ジュラファイグ自身は… うーん、街でひと暴れでもする気だったのかな… そしてもう一つ。俺がジュラファイグを倒したのは夜7時半過ぎだ。覚えてるだろ?」 「ああ、それは覚えてる。」  剣は、ジュラファイグを倒した後に起きたことを思い出す。戦いを終えてジュラファイグを基地へ転送してもらった直後、街の明かりが全て消え去った。 街灯、看板、信号を問わず、真っ暗になったのだ。そして、剣は付近のビル屋上へ移動し、屋上から屋上へ跳んで、再び変電所へ向かおうとした。 すると突然、街の明かりが元に戻った。数分ほどしてまた停電状態になったものの、20:00過ぎになって再び、街の明かりが点いたのであった。 剣が転送で基地へ帰ったのは、20:30頃のことであった。 「変電所の人の証言だと、変電所を襲ったロボットは7時半過ぎにいきなりパッと光って消えたらしいんだ。記事によるとな。」 「雑魚メカがいなくなって電力が元に戻って…それから安全確認のために一旦停電して…で、8時過ぎに電力供給を再開した、って感じかな?」 「なんでジュラファイグが倒れたと同時に、電力をいじるのをやめちまったんだろうな?」 「ジュラファイグが雑魚メカを操ってたとか?」 「かもしれない。だがそれなら雑魚メカは、コントロールを失ってぶっ倒れたまま、新橋の地下においてきぼりの筈だ。 デルタが雑魚メカを遠隔操作してて、転送で引上げさせたにしても…ジュラファイグが倒れたからって雑魚メカまで撤退する必要は無さそうなんだが…」 「うーん…意味が分からないね。デルタは何がしたいんだろう…」  ああでもないこうでもないと、想像や仮説を語り合う劾と剣。”やっぱり、訳が分からない”それがひとまずの結論(?)であった。  7月23日、新橋駅。  この日は快晴であり、雲一つない青空が東京の上に広がっている。  汐留口付近でスマホを操作している玲。前日に、別クラスの友人2人に、お台場に行かないかとの誘いをかけたところ、返ってきた返事は2人とも「OK」であった。 そして彼女は今、誘った側として早めに待ち合わせ場所を訪れ、2人の到着を待っているのである。  ふとスマホから目を離し、周囲を見渡してみた。ジュラファイグ事件の混乱が嘘のように、無数の人々が行き交い、賑わっている。だが、すべてが元通りではない。 電力異常によって破損した電飾付き看板が幾つかあるが、小さなものは取り外され、ビル屋上に設置された大型のものは、作業用の足場とシートで覆われている。 一方で、西口広場の中央や、5番ホーム線路脇の柵など、剣とジュラファイグの戦闘で破損した所は、いずれも壊れたままにしておくと危険であった為、すでに修繕が済んでいた。 「おはよ~!」 ピンクのシャツを着て、ぴっちりした黒いデニムパンツを穿き、髪を襟足でお団子にまとめた女の子が挨拶をしてきた。玲の友人、傘原 留美(かさはら るみ)だ。 玲はスマホを仕舞って、挨拶を返す。 「おはよう!あれ、ソノコは?」 「ソノコはトイレ行ってるから。もう来ると思うよ」  3分ほど経った頃に、もう一人の女の子が現れた。やや色黒で、腰辺りまである長い髪、紫色のワンピースを着たこの女の子は、留美と同じく玲の友人の、 河田 園子(かわた そのこ)である。 「ごめんごめん、お待たせ。さあ行こうよ。」  玲、留美、園子の3人が、階段を上り向かった先は、新橋駅から豊洲までを結ぶ特殊交通機関、「ゆりかもめ」の駅だった。 この「ゆりかもめ」、パッと見はモノレールに似ているのだが、実際には外から電力供給を受けつつ、 ガイドレールに囲まれたコンクリート製通路の中をゴムタイヤで走行していくという、電車と自動車の中間のような仕組みである。3人は切符を買い、乗車する。 新橋を出発し、汐留、竹芝、日の出、芝浦ふ頭と通過していき、お台場海浜公園駅で降車する玲たち。そして。 「ほら玲、いくよー!!」 「よし来い!」  海浜公園内のビーチに隣接した、「アクアハウス」という施設のロッカールームで水着に着替え、持参したビーチボールで遊ぶ3人。 留美はピンクのフリルビキニ、園子はブラウンのワンピースタイプの水着、そして玲はホルターネックタイプのビキニで、ブラ部分が赤でパンツ部分が白という組み合わせである。 膝まで海に浸かり、3人でトスを回し合う。 「うりゃっ!」 「ちょっ…わぁ!?」 バッシャーン!  突如として玲に向かってアタックを繰り出した留美。玲は慌ててバランスを崩し、水しぶきを立てながら尻餅をついてしまう。 「あらー、こけちゃったぁ」1人砂浜に陣取っていた園子が、口元に手を当て笑う。 「留美ー!アタックは無しでしょ!」  ボールを拾い、尻についた砂を払いながら立ち上がり、笑いながら抗議する玲。そこへ留美がバシャバシャと水を蹴りながら駆け寄り、 「うっさいわそんなもんぶら下げて!こうしてやる!」  玲の胸をペシペシと叩き始めた。結構グラマーな玲に対して、留美はスレンダーな体系。留美の「胸」の内に、密かな妬みの炎が燃えていることは想像に難くない。 「ほれアタックだアタック!」 「やめっ、ちょ…園子の方がデカいじゃない!?」  身をよじりつつ、園子を指さす玲。確かに園子のサイズは、玲よりも更に上を行っている。だが留美は構わずに、玲を羽交い絞めにする。 「園子はワンピース水着だから許す!あんたはそうやってビキニなんか着てきて…」 「何よそれぇ」  キャッキャと戯れる3人。玲たちの他にも、周囲では親子連れ、カップルなど、多くの人々が海を楽しんでいる。これで後、遊泳禁止でなければ良いのだが。  カッ!! 「ん?」  道路とビーチの間に生えた樹木の更に向こう、建物の立ち並ぶ方から、何か強い光が発せられた事に、園子が気づいた。 「ねえ玲、何だろあれ…?」 「やめてってば留美…え?何?」  留美とじゃれていた玲が、園子に肩を叩かれ振り返った。園子の指さす先には、とあるTV局の本社ビルがある。球形の展望台が特徴的なそのビルの屋上に、「何か」が佇んでいた。 人型だが所々が角ばっていて、色は赤が主体。全体的にはややずんぐりとしたフォルムである。 (えっ…?アレって…まさか)  玲の心が嫌な予感に包まれ、それは瞬時に確信へと変わる。デルタの送り込んできた、ジュラファイグに続いて2機目…いや、”2人目”のレプリロイドだ。 「出えええええええええええええええぇぇぇぇぇて、来おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉいいいいいいいいいいいいい!!!!  ロックマアアアアアアアアアアアアアアアァァァンンン!!!!」  レプリロイドの、凄まじい叫び声が辺りに響き渡った。 そして次の瞬間、レプリロイドの胸、背中、肩、両前腕、両脚に黄色い光が迸り、”彼”の周囲のコンクリートを吹き飛ばす。 突然の大絶叫と破壊行為のコンボに、ビーチの人々は唖然としていた。 「ちょ、ちょっと何今の!?何アレ!?」 「………????」  慌てふためいてキョロキョロと周りを見回す留美と、ぽかんとした顔で固まっている園子。だが玲は、慌ててはいなかった。 砂浜に敷いた小さなレジャーシートの上に置いた鞄から、財布や3人分のロッカーキーといった荷物を掻き分け、パーカーとロックコマンダーを取り出す。 ロックコマンダーを腕に巻いた後、パーカーを羽織って袖でロックコマンダーを隠し、博士に通信を繋いだ。 「博士!今お台場だけど、デルタのレプリロイドが出たの!」 <<分かっているわ、さっきこちらでも転送反応をキャッチした。今からツルギ君に、そちらへ向かってもらう>>  博士からの応答が返ってくると同時、 「どうしたんだあああああああ、何故ええええええええええ出てこないいいいいいいい!!! この、オレのお!!最、強、のっ、熱線をおおおおお!!いっぺん浴びてみろおおおおおお、ロックマンンンンンンン!!!」  またもや絶叫が響いた。見ると、赤いレプリロイドはいつの間にか、テレビ局ビルのはす向かいにある商業施設の、その屋上へと移動していた。 周囲を破壊しながら移動したのか、最初に破壊されたテレビ局屋上に加えて、テレビ局ビルの壁面、付近の別のビル、道路等からも黒煙が上がっている。 さっきは遠くて気づかなかったが、赤いレプリロイドの体には、各部に青いレンズのようなパーツがある。 おそらくそこから、何らかの攻撃…おそらくエネルギー弾のたぐい、を放ったのだろう。 レンズは胴体・腕・脚などの部位ごとに2~4個づつ備えられているため、斑点模様のようにも見え、 赤いカラーリングと相まってまるでテントウムシのような外観を形成している。 「うええええええええええええええい!!!!」  更なるテントウムシ型レプリロイドの絶叫。今度は言葉ですらなく、もはやただの奇声である。彼の全身各部のレンズに再び光が迸り、商業施設の屋根を破壊した。 焼けた破片が飛び散り、粉砕されたコンクリートが灰色の粉塵と化す。ここに至って、ビーチの人々はようやく、”テントウムシ”を危険な存在と認識し始めた。  ”テントウムシ”はジャンプし、商業施設とアクアハウスを結ぶ歩道橋の中ほどに着地した。どうやら次に破壊する標的を、「アクアハウス」に定めたようだ。 (やばい…!!)  玲は青ざめた。「アクアハウス」はロッカールームの他に、レストランや展望スペースを備えた施設であり、外装の内かなりの部分を窓ガラスが占めている。 ここを攻撃されたら、四方八方に飛散したガラス片が、無防備な水着姿の人々を襲うことになる。みんな逃げて!!そう叫びかけた瞬間。 「ぐわぉっ!!!!!!?」  いきなり、”テントウムシ”の体が吹っ飛んだ。なにか強い衝撃が加わったらしい。歩道橋から下の遊歩道へと落ちて、ゴロゴロと転がっていく”テントウムシ”。 そして代わりに、歩道橋の上に居たのは。 「そのへんにしとけよ。あんまり好き勝手やるんじゃない」  ロックスーツに身を包んだ剣であった。”テントウムシ”はおそらく彼に殴り飛ばされたか、跳び蹴りを叩きこまれたのだろう。 剣は歩道橋から飛び降りると、倒れ伏して動かない”テントウムシ”を横目に見つつ、ビーチへ向かって大声を張り上げる。 「みなさん、逃げてください! 危ないですから!!」  先ほどまで暴れていた”テントウムシ”に一撃を加えた剣、その剣本人から避難を促されたことで、ビーチはある程度、落ち着きを取り戻した。 だが、剣の事をも警戒する人も、ちらほらとではあるが居る。その様子を見た玲は、軽く一芝居打つことにした。 「ロックマン!来てくれたんだ!」  よく通る、若干わざとらしい声色で、両手も組んで、「ヒーロー」が現れた事への安堵感を表現してみせる。 「あれがロックマンなの!?」    玲の言葉に反応する園子。彼女も、「ロックマン」のニュースは目にしていたようだ。留美も、話に加わってくる。 「そうだ、あれきっとロックマンだよ!私SNSで見たもん、鎧を着込んだヒーロー、だって」  この会話は周囲にも伝播した。「ロックマンってホントに居たのか!」「結構ロボットっぽい見た目なんだね」「新宿や新橋でも危ないロボットを倒してくれたんだって…」等、 あちこちで、噂をしあう声が聞こえる。剣の事を警戒する会話は無くなった。玲の行為は、果たして十分な効果を発揮したと言える。  だがその時、”テントウムシ”が再び動いた。 「やあああああああっと来たなあああ!!ロックマアアアアアァァァァン!!」 むくりと起き上がり、剣の方へ怒鳴る”テントウムシ”。機械(レプリロイド)とはいえ、これだけ叫びっぱなしでよく疲れないものである。 「お前、デルタのレプリロイドだな?今度の任務はなんなんだ」  右手にロックブレードを出現させる剣。刀身が眩しい日光を反射し、ギラギラと光り輝く。 「俺はああああああぁぁ!!デルタナンバーズ2号機ィ、『サンシャイン・レディバイド』!!!! 任務は何だ、だと!?」  立ち上がりながら叫ぶレディバイド。レンズが、強く発光し始める。ただし、その光り方は先程までのものとは違う。 今までは「全ての」レンズが発光していたが、今度は右腕のレンズの内1個のみが発光しているのだ。 「俺の任務は! ロックマン、お前を倒すことだあ!!喰らえ、サンブラスターああああああああ!!!」  レディバイドが右腕を構えるとともに、蓄えられたエネルギーが解放された。黄色い直線状の熱線が剣に襲い掛かる。剣はとっさに横へ跳び、熱線を躱す。 路面に着弾した熱線の激烈なエネルギーが、アスファルトを融解させた。剣は今一度、ビーチへ向かって、さっきよりも強い口調で避難を呼びかける。 「早く逃げるんだ!危ないぞ!!」  言い終わると共に剣は、ダッシュでレディバイドに迫り、ブレードを振るう。 「おっとぉ!!」 だが、レディバイドの反応も素早い。ジャンプで飛び退いてブレードをかわすと、「サンフラッシュ!!」と叫び、全身のレンズから熱線を放射した。 射程こそ、発射口たるレンズ部から数10センチ程度と短いが、まるでハリネズミの針のごとく熱線を纏うその姿は伊達では無い。 レディバイドが着地するとともに、足元のアスファルトが溶融し、吹き飛ぶ。先ほどはこの技で、商業施設やテレビ局ビルの外装を破壊したのだ。  剣は空振りしたブレードを構え直しチャージを開始すると、レディバイドに問いかけた。 「俺を倒すのが任務、だって?東京を乗っ取りたいんじゃなかったのか、お前ら」  剣は、ビーチの方をちらりと見た。ビーチにいた人々は、ちらほらとでは有るが、避難を始めている。   「デルタにぃ!!ロックマンを倒して来いって言われてなぁああ!!お前は、デルタの行動の邪魔になるからなぁあああああああ!!」  ”サンフラッシュ”を纏ったまま、剣に跳びかかってくるレディバイド。それを、チャージブレードが迎え撃つ。 光る斬撃と黄色い熱線が火花を散らして反発し、剣は少し後ずさり、レディバイドは数メートルほど弾き飛ばされる。 だがレディバイドは、すかさず熱戦のモードを切り替えて、”サンブラスター”と呼んだ直線状の熱線を発射してきた。 「ふっ!!」  剣はその熱線を、先程同様にチャージブレードで受けとめた。と同時、あることに気付く。熱線が「先程よりも少し細かった」。熱線の威力が落ちているのだ。 「おっとおお!?エネルギーが減って来たなぁぁあああ…」 「あれだけ派手に熱線撃ってたり無駄に叫んだりしてたら、そりゃガス欠にもなるだろ」  若干テンションが落ちた様子のレディバイドに対し、やや呆れ気味に突っ込みを入れる剣。しかし。 「そう思うかああ!?このままエネルギー切れで倒れるって思ったら大間違いだぜ…見ろっ」  レディバイドは、照り付ける太陽を仰ぎ見て、両腕を握りしめる。一瞬の間を置いて、もう何度目か分からない絶叫を上げた。 「チャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーージ!!!!!!!!!!!」  全身各部のレンズの色が、ウィーン…という作動音とともに青から黒に変化する。続いて、レディバイドの全身がオーラのごとく白く光り始めた。 明らかに、エネルギーが高まっているのが見て取れる。 「何をしている?」  剣の言葉に対し、天を指さしながら答えるレディバイド。 「俺の体はあああああぁ…日光を吸収してぇ!!充電を行うことが出来る!!!」 「何だと…じゃあこの天気なら」 「そうだ!!真夏!真っ昼間!!快晴!全ての好条件を兼ね備えた今!!俺のエネルギーは!!」  各部のレンズが黒から青に戻る。 「尽きなぁぁぁぁあああああああああい!!!!」  発射されたサンブラスターが、剣に襲い掛かる。 ダッシュで回避し、ブレードで斬りかかろうとする剣。しかしそこへ、レディバイドの次なる攻撃が放たれる。 「サンショット!!」と叫びながら、少し出力の低い熱戦を、腕・脚・胸のレンズから連続して放ってきたのだ。  出力を落として一発当たりの威力を下げた分、連射が利くようになっている。剣はダッシュで回避し、あるいはブレードで防ぎ、なんとかレディバイドに近づこうとするが、 ”サンショット”の連射を前に、思うようにいかない。何発かは喰らってしまい、脚や肩などのアーマーが歪み、あるいは融けてしまう。  また、問題は敵の連射性能だけではない。彼が熱線への対処に難儀しているのには、別の理由があった。   周囲に人がいないなら、ダッシュやジャンプを駆使して熱線を自由に回避し、隙を突いてレディバイドに食らいつくことも出来るだろう。だが、そうではないのだ。 ビーチを含む海浜公園にはまだ人が残っている。剣が大きく動き回ると、熱線の「流れ弾」が公園内の人に当たってしまう恐れがあるのだ。 せっかく逃げる体勢に入った人々も、サンショットやサンブラスターの流れ弾を恐れて尻込みしてしまい、避難が進まない。   避難が進まないので人が減らず、人が減らないので剣の動きも制限される。なのでレディバイドに有効打を与えられず、故にレディバイドの攻撃も止まない。 止まないので避難も進まない… というループが完成してしまっていた。 「このままじゃ埒があかない…」 基地内で、偵察ロボットの映像とロックスーツのセンサで戦闘をモニターしていた博士が、眉間にしわを寄せる。隣で一緒に画面を睨んでいた劾が、博士に問いかけた。 「博士、防御型スーツはどのぐらい出来上がってるんですか?あれの防御力と飛び道具(ロックバスター)があれば、どうにかなるかも…」 「スーツ本体もロックバスターも完成してるし、ツルギ君のスマホにはすでにスーツの転送装着プログラムが入ってるわ。ただ…」 「ただ?」 「スーツを着替えるには、一旦変身を解除する必要があるんだけど、この状況でそれは危険だわ。どこかに隠れて変身しなおそうにも、その間は公園の人たちに危険が及ぶし…」 「…じゃあ…」  劾は、ポケットからスマホを取り出し、博士の前に差し出す。 「僕が防御型スーツを着ます…このスマホを変身用に改造してください」  博士は目を丸くして、劾の顔とスマホを見比べる。 「有難いけれど、良いの、ガイ君?」 「良いんです!あの熱線がちょっと怖いけど、スーツの装甲を信じることにします」  言った後で劾は、「装甲頼りで、ちょっと情けないな…」と思った。だが今の状況をひっくり返すにはこれしかないと思うと、気弱な劾の心も、少しは燃えてくる。 博士の瞳を、まっすぐに見つめ返した。 「わかったわ。スマホを借りるわね」  博士は劾のスマホを受け取ると、「研究室」に向かった。 海浜公園で繰り広げられる、剣とレディバイドの戦い。 時間そのものは大して経っていないが、相変わらず元気に叫びながら好き放題に熱線を撃ってくるレディバイドを前に、剣の顔にもわずかに疲れが見えてきた。 と、そこで、剣のロックコマンダーに通信が入る。 「「ツルギ君、そちらへガイくんが行くわ! 防御型スーツは、彼が着る」」 「桜井が?そうか、分かった」  剣が返事を返している頃、当の劾本人は、すでに転送でお台場に到着していた。建物の屋上から、レディバイドの姿を確認すると、ロックコマンダーで玲と剣に通信を繋ぐ。 メインの通信相手は玲だ。 「沖藍、今どこに居る?まだお台場なの?」 <<桜井? うん、まだお台場だよ。>>  コマンダーから、玲の声が聞こえて来た。 小声で話しているらしく、若干聞き取り辛い。多分、近くに友達がいて、怪しまれないように小声で通信してるんだろう…と、劾は思った。 「大丈夫か?逃げれたのか?」 <<駄目、まだビーチに居る。あのサンシャイン・レディバイドとかいう奴がやたらに熱線を撃ちまくってて、危なくて逃げるに逃げられないの。>> 「わかった。僕は今から、新しいロックスーツで神崎に加勢するよ。」 <<え、桜井が!?>> 「沖藍は、ビーチの人たちに避難を呼びかけてくれ。僕らがレディバイドを抑えてる間に避難するんだ」 <<……。>> 「…ん?どうしたの?」 <<その…桜井、大丈夫なの?ビビらずに出来る?>> 「大丈夫。…だと思う」 <<それじゃこっちが不安だってば!『大丈夫だよ!』って言いきって!>> このやりとりに、剣が助け船を出す。 <<そう言うなって。なあ桜井、大丈夫だろ?>> 「大丈夫だよ」 <<…頼むね、桜井>>  玲の声色には明らかに不安がにじみ出ていたが、劾はそれを「ちゃんとやれよ!」という釘差しと捉える事にした。 通信を切った後、博士によって変身用へと改造されたスマホを取り出す。 剣のスマホを改造した際に製作しておいた予備部品の流用、そして既に一度同じことをやっていたが為の、博士自身の「慣れ」によって、 改造はごく短時間で完了していたのであった。   アプリケーション「ROCK SUIT」を起動し、3×3で表示された9つの点を、指で「上段左→中段真ん中→下段右」、続いて「上段右→中段真ん中→下段左」の順になぞって繋ぎ、 画面に「X(エックス)」の字を描く。パターン入力完了を示す「パラァン!」という操作音が鳴る。 更にそのスマホを、ロックコマンダーに差し込む。カチリ、という固定音と共に、「レディ」という電子音声が発せられた。 僅かに間があき、3DCGのワイヤーフレームのようなものが劾の体を包んだ後、ワイヤーフレームの表面全体が発光し、劾の全身が光に包まれる格好になる。 そして光が、体の前側から順に消えていき…   「そろそろ大人しく倒されたらどうだあああーー!?ロックマン!!」  レディバイドが両腕のレンズを剣に向けた。日光のエネルギーを蓄えたレンズが、眩い光を放つ。 だが、剣はレディバイドの方を睨んだまま、防御どころか、回避の構えも取らない。 「諦めたか!?ならそのままァ!!ぶち抜いてやる!!!!」  そして、サンショットが発射されんとしたその時。何者かが、剣の頭上を跳び越えてきて、剣とレディバイドの間に、割り込むように着地した。 サンショットはその「何者か」に命中し、剣の体を襲うことなく霧散した。レディバイドは驚き。剣はニヤリと笑う。  そこには、防御型ロックスーツを装着した劾の姿があった。 概ね、剣のスーツと似た外観だが、胸・背中・肩のアーマーがより重厚なものとなっており、太腿部にもアーマーが装備されている。 カラーリングは、白を基調とする剣のスーツと異なり、青が主体となっている。 「‥‥あ~っ!ビックリした…」  劾が、若干引きつった顔で言う。スーツ各部の装甲は、真正面から熱戦を受けたにも関わらず、融けるどころか過熱した様子すらない。 「助かったぜ、桜井」  剣が歩み出てきて、劾の肩をポンと叩く。 「なんだお前は!?お前もロックマンか!?」  怒鳴ってくるレディバイド。劾はロックコマンダーを操作して、専用武器「ロックバスター」を呼び出す。 右手に出現したロックバスターの下半分のパーツが、ガシャッ、と音を立ててスライドし、上部パーツとの間で右下腕を挟み込むことで、右腕に半分固定されたような状態となる。 「そ…そうだ!お前を止める!」 「面白れぇ、やってみろおおおおおおおおおお!」  レディバイドが、サンブラスターの発射体勢をとる。発射口は脚のレンズだ。 「サンショットには耐えたようだがああああ!!サンブラスターならどうだーーーーッ!?」 「!」    劾は、ロックバスターの側面の大ぶりなダイヤル状パーツを時計回りに90度ひねった後、バスターを構え引き金を引く。 すると銃口の下にある長方形のパーツが発光し、赤い光の壁、「シールドショット」が出現する。 レディバイドが放ったサンブラスターは、シールドショットによってあっけなく弾かれた。 「何ィ!?!?」  驚くレディバイド。シールドショットが消えると同時、劾はロックバスターのダイヤルを再度回して、バスターモードへと切り替え、ぐっと踏ん張り、引き金に指をかける。 「今度はこっちから行くよ…レディバイド!」  引き金を引き、発射されるエネルギー弾。、レディバイドはサンフラッシュを展開し、エネルギー弾を相殺しようとした。 だが、多少威力を削がれながらも、エネルギー弾はレディバイドに命中し、装甲に損傷を与える。 「ぐあ!?…くそ!この野郎!」  焦ってサンショットを連射するレディバイド。先程、サンショットが効かなかった事は忘れてしまっていた。当然、劾の装甲はそのすべてをはじき返す。 レディバイドは苛立ち、唸る。  ロックスーツは、単純な装甲の強度だけで防御力を発揮しているのではない。 剣のスーツの場合、装甲のないアンダースーツ部分や、一見むき出しの顔面部分は「ウェアーバリア」という防護エネルギーで守られているのだが、 劾のスーツは装甲が強化されている事に加え、スーツ「全体」がウェアーバリアに包まれている。この構造が、高い防御力を生んでいた。 「うおおおお!!」  劾が、再び発射したロックバスターは、サンショットをかき消しながら、レディバイドの左脚に命中した。装甲がえぐれ、怯むレディバイド。 その隙を見逃さず、剣がダッシュで飛び出し、斬りかかった。次から次へと繰り出されるロックブレードの斬撃。 サンフラッシュで受け止められ、有効打にこそならないものの、レディバイドの攻撃を制限することには成功していた。これをチャンスと見た劾は、玲に通信を繋ぐ。 「今だ、沖藍!皆を逃がして!」   <<沖藍!皆を逃がして!>> 「わかった!」  玲は応答を返した後、ビーチに向き直った。レディバイドの絶叫に対抗する気持ちも多少込めつつ、力いっぱい声を張り上げる。 「みなさーーーーーーーん!ロックマンが、あの赤いレプ…ロボットを抑えてますっ!今のうちに逃げましょうーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」  新たなロックマンの出現、優勢から一転してダメージを受けるレディバイドの姿、そして玲の声がとどめとなり、逃げる機会を伺っていた人々の心に踏ん切りをつけさせた。 皆が、一斉に避難を開始する。 「アンタらも逃げるの!早く!」  留美と園子に対しても避難を促す。玲は、ビーチから人が居なくなったのを見届けると、剣と劾に通信を繋いだ。 「神崎、桜井!みんなもう逃げたよ!」 <<よし!>> <<分かった!>>  私も今から逃げる…と玲が言いかけたところで、突如としてサンブラスターが発射された。 ビーチと道路の間に生えている木を一本吹き飛ばし、そのまま次々と木々を薙ぎ払う。思わず伏せる玲。倒れた木を跳び越えて、レディバイドが飛び出してきた。 劾と剣がその後を追って、ダッシュジャンプでビーチに現れる。 「あ…沖藍!?」  ビーチに伏せている玲の姿が、劾の目に入った。 (『みんな逃げたよ』って言ってたけど…しまった!沖藍自身はまだだったのか!)  一方レディバイドはと言うと、玲には目もくれずに、日光による充電を開始していた。レディバイドの全身から火花が散り、ボディが白い光を帯びる。 「ちょっとイライラしてきたな…、こうなりゃこっちも奥の手、出すぜ!!!」 胸のレンズが、今までの熱線使用時よりも遥かに強い光を発した。レンズの光が、黄色から白へと変化していく。 何かやばい…そう直感で捉えた劾は、ロックバスターをシールドモードへと切り替える。 「フルパワー・サンブラスターーーーーーーーーーーーー!!」  発射されたのは、これまでのサンブラスターと異なる、レンズの径よりも極太の熱線。まるで太陽そのものを切り取って来たようだ。 「うわっ!?」  劾は、シールドショットを展開し、これを受け止める。凄まじいエネルギーであった。 びりびりとした振動が、バスターを構えた右腕に伝わり、砂の地面で踏ん張りの効かない劾を、じりじりと押しやっていく。 シールドショットをかき消されそうになりながらもなんとか耐えたが、今度はサンショットの乱射が飛んできた。 「あれに耐えるとは本当、大したもんだな!だが休ませやしねえぞおおおおお!!」 「神崎、沖藍を頼む!」 「ああ!」  劾が装甲でサンショットを受け、剣はダッシュで玲のもとへ向かう。肩を抱いて玲を起き上がらせると、 「沖藍、逃げるぞ!掴まってろ…」  そう言って玲を抱えた時、 「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」  レディバイドは、右腕のレンズを発射口として、2度目のフルパワーサンブラスターの発射体勢に入った。 胸のレンズは、凄まじい出力に耐え切れなかったのか、レンズの周囲ごと融けて、歪んでいた。 「喰らえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」  発射されたフルパワー・サンブラスターを、シールドショットで受けようとする劾。だが標的は劾ではなく、剣だった。 熱線は、剣のいる位置よりも1メートルほど海側を通過して波打ち際に当たり、水蒸気爆発を起こす。出力を上げ過ぎて狙いがぶれてしまったらしい。 「くっ!」  立ち込める水蒸気の中、玲を抱きかかえてダッシュを発動する剣。 「逃がさんっっっ!!」 レディバイドが腕を動かして熱線の軌道を変え、剣の後ろを追うように、熱線が砂浜を薙いでいく。 劾は熱線を受け止めるべく、シールドショットを展開したまま、ダッシュでレディバイドに突っ込む。だが熱線は、劾が射線に割り込むより先に、剣に迫り… 「!?」  急に熱線が途切れた。レディバイドが、ガクン、と片膝をつく。 「な…なんだあああッ!?力が入らない…パワーダウン?バカな…まだエネルギーは充分あった筈…!!!」  全身の無事なレンズから、ウィーン…ウィーン…という作動音が鳴る。日光による充電モードへと切り替える際に聞こえて来た、あの音だ。 だが、充電が出来ている様子はない。うろたえ、快晴の空に浮かぶ太陽を見上げるレディバイド。 「エネルギーチャージもできない!?なんでだ!!こんなに天気がいいのに!!」 「…桜井、やれ!!」  剣が、劾に攻撃を促した。だが劾は、直ぐに撃つことが出来なかった。レディバイドの急な弱りっぷりを前に、攻撃をためらってしまったのだ。 「もしこのあとパワーダウンから回復されたら、やばいぞ!撃つんだ!」 「…分かった!」  劾は、ロックバスターをバスターショットモードへ戻し、チャージを開始した。銃身が甲高い唸りを上げ、エネルギーが高まり、銃口が青緑色の光を放つ。 発射されたエネルギー弾はレディバイドに着弾し、爆発を起こした。 ズドオオオオオン… 装甲の破片を散らし、黒焦げになって、レディバイドは沈黙したのであった。  ビーチから脱出した人々は、警察の誘導で、500m離れた公園へと避難していた。水着姿であった人は、警官が持ってきたタオルケットを羽織っている。 その中には、留美と園子の姿もあった。 「留美ー!園子!」  そして、彼女らのもとへ駆け寄ってくる人影が一人。玲であった。水着の上にそのまま服を着て、手には鞄を携えている。 ここに来る前、ロッカールームに寄って取り出して来たのだ。 「あー!玲!よかった、無事だったんだね!心配したよ…」 「玲ったら、逃げろって言っといて1人はぐれちゃうんだもん」  留美は喜んで手を振り、園子も少し涙目になりつつ、玲の無事を喜んでいる。 「ごめんね、急に腰が抜けちゃって…でも、ロックマンが助けてくれたよ」  そのロックマン2人は、玲より少し遅れて、公園に到着した。とうに変身を解除し、留美と園子の荷物をそれぞれ持っている。 「あら、神崎くん?それに桜井くんも」 「それ私たちの荷物」 「3人分荷物運んでるときに、ばったり会ってさ。持って来るの手伝ってもらったよ」  玲が留美らに説明をしていると、拡声器越しの警官の声が、辺りに響く。 暴れていたロボット…レディバイドが居なくなった事、付近一帯の安全が確認され、鉄道やゆりかもめの運航が再開されたことを伝えてきた。 劾と剣は、留美と園子に荷物を返す。彼女らがその場で服を着た後、5人はそのまま揃って帰路につく事にした。剣たちが転送を使わないのは無論、留美らに怪しまれない為である。  公園からお台場海浜公園駅へと歩いていく道中、劾はテレビ局ビルを横目で見ながら、剣に向かって呟いた。 「レディバイドはどうして急に、パワーダウンなんか起こしたんだろう?」 「わからんな。ただ、おかしいのは確かなんだ。レディバイドだって自分のスペックや仕様は知ってたはずだ。 人間みたいに、機体(からだ)の不調に気づかず活動し続ける、ってことは無いと思うが…」  同じく、テレビ局の方を見ながら返事を返す剣。そこへ、玲も話に加わって来る。 「でも人間だって、例えば内臓の動きは無意識でしょ。あいつも案外、故障には気づかなかったのかも」 「ねえねえ、何の話?」 「ん?ロボットが怖かったなー、って話」  留美が話に反応してきた。それに対し、剣が誤魔化す。  やがて5人は駅に到着し、新橋へと帰り着く。解散した後、剣ら3人は、それぞれ別々に転送によって基地へと向かった。 「お疲れ様。レイも大変だったわね」  研究室で、博士が3人を出迎えた。 「本当、楽しいビーチがあんな事になるなんて…でも、神崎と桜井のおかげで助かりました」  苦笑いしつつ言う玲。 「ね、桜井?ちょっとカッコよかったよ、熱線に飛び込もうとしたりとか」 「博士が作ったスーツのお陰さ。神崎も居たし…ていうか殆ど神崎が戦ってたよね」 「でも、来て助けてくれたのは変わりないじゃない」  玲が劾の肩をポンポンと叩く。劾は、照れ笑いを浮かべた。 「さて、後は”アレ”だな…」  剣が視線を移した。ジュラファイグの隣に、レディバイドが寝かせられている。戦闘終了後、ジュラファイグの時と同様に転送で基地へと送ったのだ。 博士はレディバイドのそばに立つと、少しの間レディバイドらの方を見てから、言った。 「ツルギ君、ガイ君、貴方たちのロックコマンダーを、一旦預けてもらえないかしら」 「ロックコマンダーを?」  コマンダーを締めた左手首を胸の前に持ってきながら、劾が聞き返す。 「ちょっと改良というか、改修したいところがあってね。大丈夫、なるべくすぐ済ませるわ。…それと」  レディバイドの頭にそっと手をやり、顔を見つめながら、博士が言う。 「私、ジュラファイグとレディバイドを直してみるわ。戦闘能力のない新しいボディに、頭脳ユニットを移すの」 「それは…”取り調べ”のためですか?」  劾は、昨日剣が言った、「もしジュラファイグから何か訊き出せたら」という言葉を思い出す。博士は、レディバイドらを見つめたまま、答えた。 「それもあるわ。そして…やっぱり彼らを、ただ敵として倒しっぱなしにしたくない…そう思ったのよ」

第4話 「STRING SILKYGA STAGE」

「沖藍~!頼む、宿題うつさせて!!」 <<もー、人の写してばっかじゃだめでしょ!?>>  電話口で、玲に泣きつく劾。夏休みの最終日を間近に控えているというのに、課題を全てやりきるという”ゴール”にはまだほど遠い。 <<…しょうがないな、これっきりだからね。…去年も言った気がするけど>> 「ありがとう、恩に着る!」  玲が、呆れ気味に承諾の返事をしてきた。助かったとばかりにため息をついて、左手に掴んだ数学の課題の表紙に目をやる劾。 と、そのとき、彼の目にありえない文字が飛び込んできた。 【”中学2年”夏季課題テキスト 数学】 「中学……!!??」  そんなはずがない。僕は稲舟”高校”に通う、17歳・高校二年生の筈だ。いや僕だけじゃない、沖藍も、そして神崎も… そう心中で喚きながら、劾は慌てて、玲に再度電話を掛けた。 「ねえ、僕ら今、高2だよね?」 <<は?何言ってるの、中2だよ私たちは>> 「ええ!?」  思わず、受話器を持ったまま洗面所へ駆け込む。そして鏡を見て、劾は目を丸くした。そこには、良く知っている自身の顔よりも数年分幼い、14歳の桜井劾の顔があった。 「なんで中2なんだぁ!!     ……はっ!?」  気が付くと、劾は新宿の路上に居た。周りは大騒ぎだ。何やら妙な姿の機械― ロボットが、街を破壊し、人々が逃げまどう。 ロボットが腕から放ったエネルギー弾が、劾の近くのビルに着弾し、看板が吹き飛ぶ。破片や火の粉がパラパラと落ちて来た。劾は脚がすくみ、やがてその場にへたり込んだ。 「桜井!」 「あ…」  後ろから、剣が声をかけて来た。剣が劾に、逃げるよう促す。「君はどうするんだ」そう問いかけた劾に対し、剣は微笑んで答えた。 「俺は大丈夫」  剣の体が光り、そして白い装甲に包まれた。暴れるロボットを、右手に持った刀のような武器で切り裂いて撃破する。劾が剣の表情をよく見ようと、目を凝らすと…  ピピピピピピピピピ!!!  けたたましいアラーム音が鳴り響いた。次の瞬間に劾の目に映ったのは、”天井”だった。彼は夢を見ていたのだ。 「……。」  自室の布団の上で、寝ぼけ眼をこする。時計は、午前8:00を指していた。そういえば今日は予定があったんだっけ…そう思いながら、劾は歯を磨きに洗面所へと向かった。  午前9:30、渋谷駅・ハチ公前広場。劾は、玲と待ち合わせをしていた。と言ってもデートなどではなく、博士の為に内緒でプレゼントを買いに来たのだ。  プレゼントと言えども、誕生日プレゼントではない。雑談の中で聞いたところによると、博士の誕生日は5月13日。もう2か月余りも過ぎているし、 第一、2023年にはまだ博士は生まれていない。生まれていない人間に誕生日プレゼントを贈るというのも妙な話である。では一体、何のプレゼントだというのか。  一言でいうなら、癒しの為であった。  博士が心血を注いで完成させた、自我を持つロボット「デルタ」。 通常のロボットと一線を画す存在として”レプリロイド”という分類名を与えられた彼は、子供のいない博士にとって、まさに息子同然の存在だった。  しかしそのデルタは、突如として博士に反抗し、100年前の過去…劾たちから見た現代、2023年へと渡り、そこで「レプリロイドの世界」の創造を目論み、行動を起こした。 デルタ自身が新たなレプリロイドを作り出し、東京征服のための任務を与え、送り込む。街を破壊し、電気を奪い、熱線を乱れ撃つ。    肝心の行動内容が今一つ回りくどいというか、合理性があまり感じられないのが不可解ではあったが、 それでも、デルタが人々に迷惑をかけ、街に被害を与えているのには変わりがない。このために、博士はだいぶ辛い思いをしていると言えた。  そんな博士の心を少しでも癒してあげたい…と、剣、劾、玲の3人は考えた。    相談の結果、博士に何かプレゼントを贈ることに決めた。博士本人には内緒で、である。 善は急げとばかりに、翌25日にプレゼントを選びに行くことに決めたのだが、その日、剣は父とともに、地方から遊びに来る親戚の東京観光に付き合う事になっていた。 故に剣は、渋谷での買い物には同行しない事になったのであった。  待ち合わせ時間は10:00の約束だったが、劾は少々早く着きすぎていた。ハチ公像前のパイプベンチに腰掛けて、スマホを操作する。 芸能関係や政治などのニュースに混じって、レディバイド事件のニュースを幾つか見ることが出来た。 ジュラファイグを倒した白いロックマンに続く、青いロックマンの出現を報じているものもある。ロックマンのことは知られていても、その正体は知られていない。 青いロックマン当人が今ここで、スマホをいじりながら座っているなどとは、誰も知りはしない…その事は、劾の心に、イタズラ心にも似た妙な興奮を覚えさせた。  「ロックスーツがあれば…僕は」  いざというときにも怖くない。あれを着れば強くなれる。熱線にも耐え、ひと跳びで何メートルも跳べて、世界記録も目じゃないスピードで走れて…それから…  そんな事を考えているとき、劾の肩にポン、と手が置かれた。玲が来たのかと思い、顔を上げる。しかしそこに居たのは玲ではなかった。 劾と同年代くらいで、無精ひげを生やし、なにやら英語が黄色でプリントされた紫のタンクトップを来て、ゆったりしたジーパンを腰で穿き、 アルファベットのTの字型のチャームが付いたネックレスをかけ、厳つい腕時計を巻いた、いかにも”不良”な出で立ちの男であった。 「間違ったらわりいけどなァ~、桜井劾…だよな?お前」 「えっ…はい…」  劾は困惑しつつ返事をする。誰だか即座には分からなかったが、顔には見覚えがあった。そして、目の前の男が誰なのか、じわじわと思い出して来た。 劾は、若干冷や汗をかく。 「俺だよ、馬場だよ。久しぶりだなぁァ~桜井!?」 「あ、あー、うん!覚えてるよ。いやー久しぶり、元気だった?馬場」  表情と口調こそ明るく繕いつつも、劾の心中はあまり穏やかではなかった。この男の名は「馬場 丁司(ばば ていじ)」。 劾と同じ中学に通っていたのだが、彼ははっきり言ってガラの悪い人物であった。 いじめをやったりはしないものの、他の生徒に絡んで泣かせたり、人の弁当を半分ぐらいつまみ食いしたり、休日に同級生と遭遇すればその場でカツアゲをしたり、 食事を(強引に)奢らせたりと、やりたい放題であった。  そして、そこまでしているにも関わらず、馬場は孤立することがない。 時々妙に優しい性格に変化し、他の生徒が忘れ物をしたり、授業内容が分からなくて困っていれば、自分の教科書を貸してやったりアドバイスをしたりする。 カツアゲした生徒に対し、気まぐれに逆に飲み物などを奢ってやる。偶にそういう一面を見せる分、周囲の生徒たちは彼を嫌いになれなかったのだ。  馬場は、飴と鞭の使い分けをする男といえた。  しかし、いくら優しい時があるといっても、馬場は基本的に「怖い人」である。小心者の劾からすれば、どうしても怖い部分のほうが目についてしまうのだった。   「てめー、えらく背が伸びたよな~。ちょっとビックリしたぞ」  「ははは…」  とはいえ、中学の時の話である。もうお互い高校生。少しは丸くなって、カツアゲなどしなくなっているのではないか…と劾は期待を抱いたが、 「ところでよ、ちょいとカネ貸してくんねーかなー?財布持ってんだろ?なぁ?」  そんなことは無かった。 「いやちょっとそれは…僕もこれから買い物が」 「いーいじゃねえか、ちょっとぐらい!こっちも金欠なんだよ、頼むよ、ホラ」  ポケットに入れた財布をスルリと奪い取られ、中身を物色される。馬場は4000円を抜き取ると、財布を押し付けるように返して来た。劾は憮然としつつも、財布を受け取る。 「ところで馬場、これから何処行くの?」  劾が、馬場に質問をする。彼の行き先に興味はなかったが、再度の鉢合わせを避けたかったのだ。馬場は先ほどの4000円を自分の財布に仕舞いつつ、あー、と唸ってから答える。 「”ヒカリア”だよ、シブヤヒカリア。彼女と一緒にな~。4000円サンキューな」  笑顔で、軽く手を振りながら去っていく馬場。それを、愛想笑いをしながら見送る劾。馬場の姿が雑踏の中に消えた後、劾は中身の減った財布を見つめて、ため息をついた。 駅の東隣りに位置する、商業施設”渋谷ヒカリア”の建物を見つめていると、また肩を叩かれた。 叩かれた肩の方を見ると、そこには玲が居た。赤いシャツに白いスカートという、割合に目立つ服装である。 「おまたせ、桜井!…なんか表情暗くない?どうしたの?」 「…さっき、馬場と会ってね」  劾は、4000円を取られてしまったことを、玲に話す。話を聞いた玲は、怒り出した。怒りの矛先は馬場ではなく、劾であった。 「何おとなしくお金とられてるの!カツアゲはそりゃ馬場が悪いけど…アンタもそんなデカい体の癖に、ビビってちゃだめじゃない」 「やっぱ怖くって…」 「ていうか、取られたっていう4000円!大事なプレゼント代でしょ!?しっかりしてよホントに…」 「ごめん…」  劾は、玲に怒られながら、無意識に左手首をつかんでいた。お台場でロックスーツを着て戦った感覚が、脳裏に浮かんでくる。その仕草を見た玲が、劾の思考をおぼろげに察した。 「ねえ、桜井…今ひょっとして『ロックスーツがあったら馬場なんか怖くなかったのに』…とか思ってない?」 「えっ!?…うん、ちょっと思った…ね」 「あれは、デルタ達を止めて、人を守るためのものだから…桜井個人が強くなるためのものじゃないんだよ。」 「うん、そうだな… 神崎だってそもそも、博士の為にロックスーツを着たんだもん、な…」  劾は、一旦うつむいて、ほんの少しの間黙り込む。そして、再度玲の顔を見つめ、少しはにかんだ顔で口を開いた。 「ゴメン。僕、ヘンな事考えたね。神崎にも怒られるかな」 「どうかな?あいつは優しいから…その神崎は今日は来れないんだし、神崎の分も気合入れてプレゼント、選ぼうね」 「うん」  2人は気をとりなおし、プレゼントを選びに行くべく、道玄坂の路上を歩き始めた。  スクランブル交差点を渡り、西へ向かって歩く。何処の店に行こうか…という事までは決めずに来たため、まずは2人して「店の品定め」を行う。 劾の目に、大型家電量販店の看板が目に入った。 「家電か…そうだ沖藍、ヘアアイロンとかどう?」 「あー、ヘアアイロンね!いいかも… あ、いや…どうかな」 「ダメかな?」 「ダメというか、今のヘアアイロンって博士から見たらレトロ過ぎじゃないかな…100年前だし。」  玲の指摘に、言われてみればそうだな、と納得する劾。 例えば自分が大正時代のレコードプレーヤー(当時なら『蓄音機』だろうか)を貰ったとしたら、物珍しさこそあれど、使い勝手などの点で少々困ってしまうかもしれない。 「そう考えるとな…家電と、それから…同じ理由で、コスメの類は無しだね」    2人はいろいろと相談した末に、ファッション関係のものが良い、と結論付けた。 使い方に困るということはないだろうし、全てが解決して博士が未来に帰るとき、”100年前の衣料品”は良い土産になるかもしれない。  方針が決まれば、あとはモノを選ぶだけだ。劾と玲は、渋谷駅から400mほど離れたデパートへと向かうことにした。  そしてその頃…青山通り沿いのビルの屋上で、何かが蠢いていた。  デパート内で、売り場を色々と見て回る劾と玲。劾がカツアゲされた分、2人の所持金額の合計はそう多くない。 高価なものは選べないが、かといってちゃちな安物を選ぶわけにもいかない。買える範囲で、なるべく良いものを贈りたかった。  棚の商品を順番に見ていく劾。やがて、白いハンドバッグを見つけた。これといった装飾のないシンプルな外観。 内部には細かいポケットや仕切りが幾つか設けられていて、使いやすそうだ。 「沖藍、これどうかな?」  近くで別の棚を見ていた玲に、声をかける。劾が手にするハンドバッグを見て玲は、へえ、と言った。 「これ…いいかもしれないね。上品な感じで」  劾は、真っ白なバッグから、剣のロックスーツを思い出していた。同じく白主体のカラーリングで、博士が最初に作ったスーツ。 博士はもしかしたら、白が好きなのかもしれない。 「ただこれ、ちょっと大ぶりな気もするのよね」  玲が言う通り、そのバッグはややサイズの大きいものだった。レディースバッグではあるものの、いわゆるリーマンが持っているようなビジネスバッグに近いサイズである。 「そうだ、桜井。ちょっと、いろんな持ち方をやってみてよ」 「僕が?…あ、そうか。僕と博士は身長一緒だもんね」 「そういうこと。デカい人に持たせたら丁度いいサイズかも」  劾は言われるまま、バッグを普通に手に提げて持ってみたり、腕を曲げて肘の近くに取っ手を掛ける「モデル持ち」にしてみたりと、色々と持ち方を変えてみる。 玲はそれを、少し離れた位置からチェックする。 はたから見ると、「女物のバッグを持つ彼氏」と「バッグが似合うかチェックする彼女」という、少々妙な絵面に見えるかもしれない。  そして、玲が決断を下した。 「うん!いい感じだと思う。あとは、値段なんだけど…」  劾が値札を見てみると、そこには「¥8000(税別)」と表記されていた。2人の所持金からいっても、充分買える額である。レジに直行し、会計を済ませる。 紙袋に入れられた商品を受け取ると、劾と玲は、売り場を後にした。 「博士、喜んでくれるといいね」 「そうだね、…あっ」 「ん?」  デパートの出入り口へ向かう道すがら、劾は急に立ち止まる。おもちゃ屋の、通路に面した棚に並べられたぬいぐるみ。 その中の、ペンギンのぬいぐるみが、劾の目に留まった。劾は棚に近づいて、ぬいぐるみを手に取る。 「これも買って行こうかな」 「ぬいぐるみかー。でも、なんで?」  玲が劾に尋ねる。不満があるのではない。なんとなく気になっただけである。 「なんでって言うか…博士が喜びそうな気がしてさ」  本当のところは少し違った。博士が喜ぶかもと思ったのも事実だが、それ以前に劾自身がペンギンが好きなのだ。 そしてそんなことはつゆ知らず、玲もぬいぐるみを手に取り、くるくると向きを変えながら眺めている。 商品のタグに印刷された、このペンギンのキャラクター名らしきロゴがチラリと見えた。 「”ギーゴくん”っていうんだコレ。かわいいね、良いんじゃない桜井?」  玲も、ぬいぐるみの追加に賛成した。かくして、博士へのプレゼントは2品となったのであった。  1階へ降りて、出入り口まであと20m弱というところまで来て、劾と玲は、外が何か騒がしいことに気づいた。 交通事故でもあったのか?そう思いながら店外へと出た2人の前… 正確には、2人の”数100m”前方には、奇妙な光景があった。  渋谷駅の至近から、先程渡ったスクランブル交差点のあたりにかけて、街が真っ白になっていた。そして、路上では、多くの人々が何かから逃げている。 劾と玲は、異変の正体を知るべく、駅方面へ向かって駆けだした。 「これは…!?」  スクランブル交差点に到達した2人は、街の様子を見て、たじろいだ。いくつもの建物が、謎の白い糸によって、上から下まで包まれ、さながら「繭」のようになっている。 また、建物だけでなく路面も糸だらけとなっており、まるで駅周辺が、巨大な虫の巣となってしまったかのようであった。 「また、デルタのレプリロイド!?」 「多分ね…こんなの普通じゃないよ!」  と、その時。前方から、女性的な高笑いの声が聞こえて来た。 「おぉーーーっほっほっほっほっほ!!」  2人は置き去りにされたトラックの陰に隠れ、声のした方を見る。笑い声の主は、駅の方から、両手を広げて歩いてくる。それは案の定、レプリロイドであった。 蝶の羽を思わせる翼をもち、頭には櫛のような触角がある。配色はクリーム色と薄い灰色のツートン、全体的には蚕(カイコガ)を思わせる外観である。 「真っ白に染まった街は美しいですわぁ~!このストリング・シルキーガにふさわしい景色ですわねぇ!」  変なお嬢様口調を操るシルキーガの周りを、コロネに手足を生やしたような形の、白いロボットが取り巻いている。 「さぁて、キャタピロンのみなさん!この調子でどんどん、街を繭に包んでいきますわよ。 東京の街を繭に閉じ込めて、人間の活動など出来なくしてさしあげますわ~!おほほほほほほ!」  キャタピロンというのはどうやら、取り巻きの白いロボットたちを指すようだ。 シルキーガは高笑いを上げながら、キャタピロンを引き連れて、劾たちが来た方角へ向かって歩いていく。 「ストリング・シルキーガか…あいつ、なんて事を」 「どうする、桜井?」 「どうするって、変身して戦っ…… あ!ロックコマンダー無いんだった!」  2日前に、改修のために博士に預けたロックコマンダーは、まだ劾たちの手元には戻ってきていなかった。 変身アイテムの片割れであるスマホはあるが、これだけでは当然、ロックスーツの装着など出来はしない。 「沖藍、コマンダー持ってる…?」 「ごめん、わたしのも預けてる…」 「そっか…」  劾は、どうしていいのか分からず、とりあえず近くにあった糸を指先で触ってみた。かなりの粘着性がある。次に周囲を見回す。 辺りの建物は、見事なまでに繭と化していた。一帯の建物の中で最も巨大な”渋谷ヒカリア”も例外ではない。 西新宿には”コクーンタワー”というカゴのような外観の建物があるが、今のヒカリアはまさに文字通りの「コクーンタワー(繭の塔)」と言えた。 「しかし、ヒカリアまで包んでしまうなんてとんでもないな… …ん?ヒカリア?」  劾は、思い出した。駅での待ちあわせ中にあった出来事を。彼の表情がかすかに強張る。ただならぬ様子を察して、玲が声をかける。 「桜井?」 「ヒカリアの中に、馬場が閉じ込められてる…彼女さんと一緒に!」 「馬場が!? 」 「あいつから聞いたんだ。『彼女とヒカリアに行く』って」 「助けに行かないと…」 「分かってる…でも」  劾の中には、放っておきたい気持ちもあった。ほんの少し前に、嫌な気持ちにさせられたばかりの相手。それを助けるために、こっちまで怖い思いなんかしたくない… というのが、正直なところであった。 「桜井、ヒカリアの中にいるのは馬場だけじゃないんだよ!それに、もし神崎だったら…」 「…ああ。神崎だったら…」  劾は思う。剣だったらどうするだろうか。博士に手を差し伸べた、あの剣なら…  …………中学3年の頃だった。とある日曜日の午後、劾は父・宏樹と出かけていた。 街を歩いているとき、突如として前から「泥棒ー!!」という叫び声が聞こえ、バッグを握りしめた若い男が走ってくるのが見えた。 その後ろから、中年女性が男を追って駆けてくる。 「ひったくりか!」  誰も男を捕まえようとしない中、宏樹が男を捕まえるべく、駆け出そうとしたその時。一人の少年が猛然と走ってきて、後ろから男の襟首をつかんだ。 抵抗する男の顔面に肘鉄を叩きこんで怯ませ、その隙に関節を極めて組み伏せる。時間にして5秒ほどの、鮮やかな手際。  整った顔のその少年は、女性から礼を言われ、名前を聞かれるも、「気にしないでください。じゃあ俺はこれで…とだけ言い残し、去っていった。  数か月後、稲舟高校の入学式の日。劾は同級生たちの中に、見覚えのある顔を見つけた。ひったくり犯を捕まえた、端正な顔の少年。 彼の名は…「神崎剣(かんざき つるぎ)」といった。    こんなこともあった。  高1三学期の中間テスト期間、稲舟高の近くにペット探しの張り紙が張り出されていたことがあった。茶色い毛並みの、かわいらしい子犬。 劾をはじめとして、クラスの生徒たちも、多くがそのポスターを目にした。 だが皆、当然ではあるがテスト勉強を優先していて、子犬の事を心配こそすれ、探し出してやろうとはしない。  しかしそんな中、剣は一人、子犬を探し始めた。 ポスターを張り出した人物を訪ね、その犬の癖・好物・散歩でよく行く場所などを改めて詳細に聞き出した後、チラシ配りや聞き込みをやりだした。 そんな剣の姿は勿論、稲舟高の生徒たちや、教師にも目撃される。 「勉強を優先しなさい」と担任から注意を受け、クラスの(主に女子)生徒からも心配される剣だったが、彼は「大丈夫だから」と、あっけらかんと言い放った。 翌々日には… 件のポスターの上に、「無事、見つかりました。ご協力ありがとうございました」というメッセージが、重ねて貼り付けられていた。 そして剣はというと、中間テストの結果で、学年2位の成績を出したのであった。  クラスの、あまり素行の良くない生徒が、学校にゲーム機を持ってきたことがあった。 剣がその生徒に注意したところ、相手が逆切れし、剣は横っ面と腹に拳を叩きこまれてしまった。 1か月後、例の生徒が体育の授業中に足を捻挫、しばらく松葉杖を突くはめになったのだが… その生徒の代わりに、学食に昼食を買いに行ってやったり、リュックを背負うのを手伝ったりなど、一番甲斐甲斐しく世話を焼いていたのが、剣であった。  劾は、ジュラファイグ事件の後で、剣に聞いてみたことがある。  「(言い方は悪いが)得体の知れない、未来人と名乗る女性に対して、何故すんなりと協力する気になったのか?」「どうして、博士のかわりに戦おうと思ったのか?」と。  返事はシンプルで、しかし簡単に真似のできないものであった。 「嘘なんか言ってないなって、何となく思えたから」「本当に困ってるんだなっていうのが、分かったから」 そう、剣は語った。 ………… 「沖藍、僕やっぱり、助けにいくよ」  劾は、繭の塔を睨むように見据えて、呟いた。 「…中の人たちを?」 「馬場もだ」 「よし、私も行く」    2人は渋谷駅北側のガード下を通り、糸だらけの道路を、糸を踏まぬように注意しながら横切って、ヒカリア1階の正面入り口へと向かう。 だがそこも、糸によってびっしりと覆われていた。 「どっか他の入り口は…」  他の入り口の方へと回ってみるが、いずれも糸によって強固に封鎖されてしまっている。これでは、とてもではないが突入できない… かと思えたその時。 「そうだ!渋谷駅との連絡通路だったらどう?」  渋谷駅とヒカリアの2階を空中で結ぶ連絡通路を指さして、玲が言う。 「そうか、そっちなら」  2人は、工事現場を横切りながら一旦渋谷駅に入り、駅構内を通って連絡通路へと向かった。ビンゴであった。 駅からヒカリア2階への通り道が、阻むものなど何もなく続いている。 「行こう、桜井」 「待った!沖藍は、ここに居て。どっちか1人は残った方が良いと思う」 「でも、1人で怖くないの?」 「大丈夫。…博士に、僕がヒカリアにいるって連絡入れといて」  劾は、まっすぐ前を見て、ヒカリアの方へと歩を進めていく。 どちらか1人は残った方がいい…というのは、建前であった。玲の姿が見えないところまで来てから、劾は1人呟く。 「1人じゃ宿題も何も出来ないとか、ロックスーツ無しじゃダメだとか…そんなのは嫌だからな」   劾は、ヒカリア内部の様子について、お化け屋敷の様に暗くなった空間を想像していた。確かに、多少薄暗くはあった。窓ガラスが全て糸に覆われているからだ。 しかし電力供給まで断たれた訳ではないので、照明は全てきちんと点灯しており、まるで異常なく営業しているかのような明るさを保っていた。  劾は多少拍子抜けした。だが安心はできない。明るさが保たれているとはいっても、例の糸があちこちに、クリスマスの飾りつけのごとく張られている。 おそらくキャタピロンも、このヒカリアの中に相当数潜んでいるのだろう。    少し進むと、洋服店があった。 「武器があったほうがいいな…」  劾は、店内のハンガーラックの1つに近づくと、掛かっている洋服を一つづつ丁寧に取って近くの棚に置いていき、それから横棒を外した。1m程度の、金属製のパイプ。 ロックスーツより心細いが、丸腰よりずっと心強い。 「ハンガーラックの横棒をお借りします、っと…」  レジにあった店員用のペンとメモ紙を使って、さっきのハンガーラックの傍に書置きを残すと、劾はラックのパイプを構えて、ゆっくりと歩く。 商品棚などの物陰にも警戒しつつ、先へ進んでいく。大きな柱の傍を通過したとき、ふと横を見ると…そこに、1体のキャタピロンがいた。 「うおっ!!??」  思わず飛び退いた。プルプルと震える手でラックパイプを構える劾に対し、キャタピロンは糸を射出してきた。劾はそれを、とっさに体をひねって躱す。 飛んで行った糸は、劾の背後にあった店舗の棚にかかり、並んでいた商品を糸まみれにした。 劾は、ラックパイプを振るってキャタピロンに殴りかかるが、腕でガードされ、間髪入れずに振り払われて、逆に跳ね飛ばされる。 「くそ…」  体勢を立て直して、ラックパイプを構え直す。 「1人じゃ何も出来ないとか、ロックスーツ無しじゃダメだとか…そんな事無い…よな」  劾は、意を決してキャタピロンに挑んだ。。  ヒカリアの5階。雑貨店が多く入居しているこのフロアに、馬場をはじめとして、多くの人が残っていた。 馬場は、レジカウンターに隠れながら、少しだけ顔を出して周囲の様子を伺っている。 「丁司くん、あの変なロボット、まだウロウロしてるの?」  一緒に隠れている馬場の彼女、天音(あまね)が、不安げな顔で馬場に問う。天音は、靴を片方履いていなかった。 どこかで糸を踏んでくっついてしまい、そのまま靴を捨てて来たようだ。 「ああ、エスカレーターの方に居やがるなぁ…くそったれッ」    小声で言う馬場。せっかくのデートが、こんな訳の分からない事態になってしまったことで、彼はかなり気分を悪くしていた。天音も同様である。 「う~っ、もう嫌!靴も無くなるし!楽しみにしてたデートなのにぃ~っっ」 「アッ馬鹿! 声出すんじゃねえって!見つかる…」  泣きべそをかきだす天音。あわてて制止する馬場だったが、遅かった。声に気づいたキャタピロンが、彼らのいる方へ向かって歩いてくる。 「だあ言わんこっちゃない!!静かにしろ天音…!」  馬場が、手で天音の口をふさぐ。キャタピロンは、レジカウンターの方へ接近してくる。近づいてくる足音は、やがて遠ざかっていく足音に変わった。 「行ったか…?」  2人が安堵しかけ、馬場がレジカウンターからそっと顔を出してみると…キャタピロンがこちらを向いており、ちょうど目が合うような格好となった。 「やっべ!立て天音!逃げないと…」  走る馬場と天音。背後から、キャタピロンの糸が何本も飛んでくる。並ぶ商品棚の中を潜り抜けて通路に出て、ひたすら逃げる。 「ごめん丁司くん、ごめん!」 「いいから走れって…わっ!」  エレベーターの近くまで来たところで、後ろに居たキャタピロンが、また糸を飛ばしてきた。馬場が、天音を伏せさせると同時に自身も伏せたことで、糸に絡まることは免れた。 だがキャタピロンは、なおも近づいてくる。馬場が、チッ、と舌打ちをした瞬間。劾が飛び出して来た。ラックパイプで、キャタピロンの顔をフルスイングで殴り、破損させる。 キャタピロンは、視界が利かなくなったのか、おぼつかない足取りでふらふらと遠ざかっていく。 「馬場、大丈夫!?」 「桜井…?桜井か?お前、どうしてここに」 「ヒカリアに残ってる客を、逃がしてたんだ。…2階から5階までだけ、だけど」  天音を抱き起しながら訪ねる馬場に対して、劾は呼吸を整えながら答える。と、その時。エレベーターの方から、ピンポーン…というチャイムが聞こえて来た。 「上から、誰か逃げて来たのか?」 「わからないけど…」  劾と馬場が、エレベーターの方へ行ってみると。 「「!?」」  3つのエレベーターから、何体ものキャタピロンが同時に降りて来た。劾に攻撃されたキャタピロンが、他の階の仲間を呼び寄せていたのだ。 劾、馬場、天音は、エスカレーターの方へと逃げる。走って、2階の連絡通路の方へ向かおうとするが、エスカレーターと連絡通路の中間にも、数体のキャタピロンが出現していた。 エスカレーターの上からも、ゆっくりとではあるがキャタピロンが迫る。3人は、下りエスカレーターへと駆け込み、下へ、下へと逃げていった。     ヒカリアは、2階連絡通路の他、最下層である地下3階でも渋谷駅と直結している。そちらの方へ逃げられることを期待したが… 「くっそ!ここもダメかよ!」  馬場が唸る。地下鉄の方へ続く出入り口も糸だらけで、通れたものではなかった。大勢のキャタピロンがじりじりと迫って来る。 劾が「やってやるしかないか…!」と呟き、ラックパイプを構えた時。 ズバババッ!!!  キャタピロンたちがまとめて切り裂かれた。 倒れ伏す群れの後ろから現れたのは、白い装甲を纏った少年。 「無事か、”君たち”?」  ロックスーツを装着した剣が、そこにいた。馬場と天音は、ポカンとした顔になっている。 「ロックマンだよ。来てくれたんだ」 「ロックマン…これが」  劾のフォローに、馬場は納得した表情を浮かべた。彼も、ロックマンの噂は知っていたのだ。 「あのロボットたちはもういない。上の方の階も、避難は済んでる。俺は外に出て、”虫”を片付けるから」  剣は、劾にこっそりと、あるものを渡して来た。改修が済んだロックコマンダーだ。前面に、見慣れないスロットが増設されている。剣は、小声で劾に言った。 「お前は、1階から地下3階までの人たちを逃がしてくれ。頼んだぞ」  剣はそれだけ言うと、エスカレーターを駆けあがって行った。剣の姿が見えなくなった後、馬場が劾の肩をポンと叩く。 「俺さ…お前からカツアゲしたばっかりだろ?なんでさっきは助けてくれたんだよ?」 「”あいつ”だったら、君を助けに行くだろうって、思ったんだ」 「あいつって誰だ?…さっきのロックマンか?」  それは図星であり、ある意味ではハズレでもある。 「誰だろうね」 「なんだよそりゃ」 「…僕は、残った人に避難を呼びかけてくるよ。馬場と、彼女さんは、外へ逃げて」 「待て」  行こうとした劾を、馬場が呼び止めた。 「俺も手伝う。 …っと、天音。お前は先に逃げといてくれ」  多少時間は掛かったが、ヒカリアに残っていた人々はすべて避難させることが出来た。劾は馬場と別れ、玲の元へ向かう。 「桜井!よかった、怪我ないみたいだね」 「ああ。神崎のところに行こう、外でシルキーガと戦ってるんだ」  渋谷駅から出てみると、キャタピロンの残骸があちらこちらに転がっている。剣が破壊していったようだ。遠くから、キィン!! ガキン!!という音が聞こえる。 2人で音のする方へ向かってみると、そこは渋谷のシンボルである、商業施設「109」の玄関先であった。  戦いはどうやら剣が優勢らしく、無傷の剣に対して、シルキーガは装甲が所々破損している。 「ストリングバインダー!!」  シルキーガの腕から射出された糸を、剣はロックブレードで切り捨てる。 しかし、続けざまに放たれた次なる糸が、剣の右腕に命中した。絡みつく糸が、西部劇の投げ縄のごとく、剣を拘束する格好となる。 「とうとう捕まえましたわよ、ロックマンさん。このまま雁字搦めにしてさしあげますわ!」 「それはどうかな?」  剣のロックコマンダー、その前面のスロットには、あるものが装填されていた。「SPARK SMASH」と書かれた、かなり大ぶりなメモリーカードのようなものだ。 「スパークスマッシュ!!」  叫ぶと同時、剣の右腕に電流が迸った。電撃は糸を焼きながら伝わっていき、シルキーガに直撃した。ボディ各部からかすかに煙が上がり、火花が散る。 「あれって…ジュラファイグの技か!?」  これが、ロックコマンダーとロックスーツに盛り込まれた新機能、”特殊武器”であった。 ジュラファイグの電撃、そしてレディバイドの熱線は、いずれも強力な攻撃手段であった。博士はこれらを解析し、ロックスーツの武器として再現、行使することを考え付いた。  ロックコマンダーを改修したのは、この為であった。 ”特殊武器(ウェポン)プログラム”をチップに内蔵し、このチップをスロットに装填することで、ジュラファイグ達の技を再現できるようにしたのだ。 「桜井も、変身しないと」 「あ…そうだった」  劾は、玲を物陰に隠れさせた後、スマホを取り出して「X(エックス)」の字を画面に描き、 ロックコマンダーにスマホをセットした。体が光に包まれ、青いロックスーツが装着される。その様子は、シルキーガの視界にも入っていた。 「あなたは…青いロックマン!」 「もうここまでだ、シルキーガ!」  劾が、ロックバスターを呼び出し、シルキーガへ向けて発砲した。だがシルキーガは、背中の羽をはばたかせてジャンプし、ロックバスターを難なく回避する。 劾は続けて何発も撃つものの、シルキーガはそのすべてを、ひらりひらりと回避しながら、剣や劾と距離を離していく。 「そのような遅い弾は当たりませんわよ!かわりにこれでもお受けなさいっ」  シルキーガが、糸を劾の足元目掛けて射出してきた。劾は躱そうとしたが間に合わず、強固で粘りつく糸によって、足を地面に固定されてしまう。 「しまった!?」 「おっほほ、白いロックマンさんには中々当たりませんでしたが、青い貴方は足が遅いですのね!一発で捉えられましたわ」  得意満面の顔で、シルキーガが両手を前に突き出した。 剣が、「防御しろ、桜井!」と叫ぶ。次の瞬間シルキーガは、腕の射出口から、高密度に生成した糸をまるで弾丸のごとく放ってきた。 「受けて御覧なさい!ストリングランス!」 「うぐっ!?」  ストリングランスが直撃し、劾はのけぞる。ロックスーツの防御力は、肉体の損傷こそ防ぐものの、衝撃そのものを消しきるわけではない。 劾はロックバスターをシールドモードへと切り替えようとするも、ストリングランスの連射がそれを許さない。 ”糸の槍”はなおも劾に襲い掛かり、装甲を僅かずつではあるが抉っていく。  スーツを覆う防御エネルギー「ウェアーバリア」は、物理的な攻撃を防ぐのは少々苦手である。加えて、劾のスーツは重装甲ゆえに、スピードでは剣のスーツに劣っていた。 「こうなると当て放題ですわねぇ、青いロックマンさん?弾ものろまで、たやすく避けられましたし」  勝ち誇ったようにストリングランスを撃ち続けるシルキーガ。だがその時、剣が劾の前に躍り出た。迫るストリングランスを、ブレードで全て斬り捨て、劾を守る。 「それなら、速い弾をくれてやろうか? 桜井、これを使え」  剣が劾に渡してきたのは、レディバイドを元に作成された特殊武器のチップだった。 「ロックバスターのスロットにチップを挿すんだ」 「よし、わかった!」  劾が、特殊武器(ウェポン)チップをロックバスターに装填すると、「SUN BLASTER(サンブラスター)」という機械的な合成音声が発せられた。 「いくぞ、シルキーガ!」  引き金を引くと同時、黄色いレーザービーム状の熱戦が、ロックバスターの銃口から発射された。熱線は瞬時にシルキーガを襲う。 狙いがずれ、直撃こそしていないものの、シルキーガの左の羽は半分ほど吹き飛び、熱線の余波が路上の糸を焼く。 「くっ!」  シルキーガは、ひらりと羽ばたいて、付近のビルへ向かってジャンプし、壁を蹴った。蹴った直後、再び羽ばたいて少し上昇しつつ壁へと戻り、また壁を蹴る。 その繰り返しで、ビルの壁を上る。ちょうど、ロックスーツの「壁蹴り」と同じ要領であった。  劾はその後を追うように、ロックバスターを動かし、熱線の軌道を変えていく。だが反動が大きく、素早く動かすことが出来ない。 シルキーガは熱戦に焼かれる事無く、どんどん上方へと逃げていく。 「やっぱり遅いですわ!そんなノロマな攻撃で、わたくしを墜とせるとでも…」 「ああ、墜とせるな!!」  声に反応してシルキーガが振り向くと、シルキーガのいる壁面と道路を挟んで反対側、「109」の外壁を、剣が壁蹴りで駆け上がってきていた。 シルキーガより少し高い位置まで来た所で、剣は一気に、シルキーガ目掛けて跳んだ。 先程ロックコマンダーに挿さっていたウェポンチップは、今度はロックブレードに装填されていた。空中でブレードを振りかぶりながら、剣は特殊武器を発動する。 「スパークスマッシュ・ブレード!!」  雷の刀と化したロックブレードの一撃が、シルキーガに叩き込まれた。限界を超えるダメージを受けたシルキーガのボディは、各部から爆発を起こし、地上へと墜落していった。  シルキーガが撃破されたためか、街を覆っていた糸は、全て蒸発するように消滅した。街は繭の中から解放され、元通りの姿となっていく。    変身を解除した後、劾は剣に、気になっていたことを訪ねた。 「神崎、親戚の人の案内は良いの?」 「あちらさんが原宿に行きたがってな。観光の最中に、お隣の渋谷で騒ぎが起きて、博士からも連絡が来て、コマンダーが転送されて来て… それで、適当に理由つけて抜け出して来たのさ。案内は親父に任せてな」 「そっか、それならまあ心配ないかな…」  劾は、少し複雑な気分だった。助けられっぱなしでいたくなくて、1人でヒカリアに乗り込んだ。馬場を守れはしたものの、結局最後は剣に助けられたからだ。 そんな劾の心情を知ってか知らずか、剣は語る。 「沖藍から、ヒカリアの中に雑魚メカがいるかもしれないって聞いてたんだがな。来てみたら、雑魚メカが全然いなくて、客をすぐに逃がせたんだ。 お前が奴らを引き付けてくれたおかげだよ。」 「そうなの?」 「ああ、お前のお陰で楽になったんだよ。しかもロックスーツ無しでやったんだから、凄いと思う」 「そう…か。」  剣の言葉を聞いて、劾は心の中に、少し自信を感じた。少し離れたところにいた玲の方へ視線を向けてみると、玲も劾の方へ微笑んで、そっと握りこぶしの親指を立てている。 「それじゃ、俺は親戚のとこに戻らないといけないから。またな」  歩いてその場を後にする剣。その背中に、劾と玲は、じゃあね、と声を掛けた。 「博士、実はプレゼントがあるんですけど」 「え、なになに?どうしたの?急に」  劾と玲は基地へと向かい、博士にプレゼントを渡した。 「博士、色々大変そうだから…気持ちのリフレッシュをして欲しくて。開けてみてください。」  玲の言葉に、博士は照れくさそうにしながら、プレゼントを受け取る。 「そんな、私の方こそ皆にお礼したいくらいなのに…こんな私を受け入れて、協力してくれて」 「いいからほら、開けて開けて!」 「ありがとう、じゃあ開けるわね」  博士は、派手に包装紙を破って中身のバッグを取り出す。とてもうれしそうな顔だ。 劾たちは一瞬面食らったが、以前に「欧米の人は包装をビリビリ破くものだ」と英語の授業で聞いた事を、思い出した。 「こっちの小さい包みは…あ!ペンギン!?ありがとう、私ペンギンが大好きなの」  博士がより大きいリアクションを示したのは、バッグではなくペンギンの縫いぐるみであった。 「どうして私がペンギン好きだって分かったの?」 「え?その、僕もペンギンが好きなんで…店で、目に留まったんです」 「あれ、そうだったの桜井?」  思わぬ反応に少し戸惑う劾と、劾がぬいぐるみを追加した真の理由に、納得がいったという顔をする玲。 「それは奇遇ね。嬉しいわ、ありがとう…」 博士はというと、とても良い笑顔でぬいぐるみを抱きしめている。この笑顔が見られてよかったと、劾と玲は思った。  翌日、劾は何となく、渋谷へ行ってみた。シルキーガ事件から1日が過ぎて、街がどうなっているのか、また見てみたくなったためだ。 ハチ公口へ向かう途中、何人もの人間とすれ違う。途中、うまく避けられずに、一人の男と肩がぶつかってしまった。劾は、その男の方を振り返って、謝る。 「すいませ… …あっ」 「あっ」    それは、馬場だった。 一瞬硬直したのち、軽く会釈してそのまま行こうとする劾だったが、「ちょっと待て」と、呼び止められた。少し身構える劾に対し、馬場は、「優しい時」の顔で、口を開いた。 「昨日は…カツアゲして悪かったな。それと、助けてくれてありがとよ」 「ああ…うん、気にしないで。彼女さんも、無事に帰れたのかな?」 「おかげさまでな。…昨日の4000円、返すわ」  馬場は、財布から4000円を取り出して、差し出してきた。劾がそれを受け取ろうとした時…馬場は4000円を頭上にサッと持ち上げた。 「やっぱ返すのやめた!ゲーセンで遊ぼうぜ、この4000円でな。おら、一緒に来いよ」 「ちょ…何だよそれ~!!」  4000円をポケットにねじこみつつ、早歩きで改札から出ていく馬場を、劾は追う。苦笑いしつつも、劾の表情はどこか晴れやかであった。

第5話 「SPRINT WEASERUN STAGE」

 7月29日。     この日は、玲の父方の祖父の命日である。玲は、両親と、叔父とともに、都内某所の霊園へと、沖藍家の墓参りに訪れていた。 「今日も暑いね、親父」  玲の父親、沖藍 竜太(おきあい りゅうた)が、ひしゃくで墓石のてっぺんに水をかけ、お供え物を並べる。玲はその横で、母親の優子(ゆうこ)とともに、花立に花を生ける。 時折吹く風が、周囲の木々をざわざわと揺らす。 「ほらよ、お線香」 「ありがと、叔父さん」  花を生け終わったところで、叔父であり、父・竜太の兄である沖藍 強(おきあい つよし)が、火のついた線香を4本ほど渡してきた。玲がそれを受け取り、墓に線香を上げる。 竜太と優子、そして強も、それに次いで線香を上げていった。  4人そろって墓前で手を合わせた。その中で、一番長く目を閉じていたのは玲であった。直接触れ合った思い出のない、写真でしか顔を知らぬ祖父に対して、玲は…  まるで相談でもするかのように、心中で語りかけていた。 (お爺ちゃん…東京では今、未来から来たロボットが、ある一人の女性を悲しませているの。その人は科学者で、頑張って作り上げた息子同然のロボットに、裏切られて…) やがて目を開いて、合わせていた手を下ろすと、竜太が、玲の頭を軽くポンポンと叩いてきた。 「済んだか、玲?」 「うん。お父さんこそもう良いの?もっと、お爺ちゃんとお話してても良いのに」  玲の言葉に、墓石を見ながら「お話、か…」と目を細める竜太の横で、強が悪ガキっぽい笑顔を見せる。 「俺もリュウも、親父に言いたいこといーっぱい有るからなぁ、まともに話し始めたら多分4,5時間は終わらんぞ?」  そう、笑顔で言う強。この色黒な叔父は、玲にとっては両親と同等に親しい存在である。竜太もつられたかのように笑顔になった。 「4,5時間はねえだろ兄貴。それどころか、丸1日でも喋ってたいって!」  優子が、くすりと笑いながら突っ込みを入れた。 「それは長過ぎよ」 「はは、やっぱそうかな?長すぎか。…さてと、行こうか。手桶とひしゃくは俺が返してくるから、玲と優子さんと兄貴は、入口の方で待ってて…」 「私が返してくるよ、お父さん」  玲が名乗り出た。 「じゃ、一緒に返しに行くか。」  玲がひしゃくと手桶を持ち、竜太がその隣を歩く。よく似た明るい茶色の髪を、時折風になびかせながら、父娘そろって、霊園の倉庫へと向かって歩いていく。  竜太は、玲の事をとても可愛がっていた。子に対する親…というよりも、孫に対する祖父母のような溺愛っぷりであった。    当の玲自身はと言えば、あまり甘えん坊な性格ではなかった事もあり、物心ついた時からは、竜太の態度を鬱陶しく感じることもあった。  少学6年生の頃、母・優子に対して、半ば愚痴のような感じで話を振ったことがある。 「なんでお父さんは、あんなベタベタと私の事可愛がるのかな?」  それに対し優子は、若干思案するような顔をしつつ、答えてきた。 「玲も知ってる通り、お父さんのお父さん…玲のお爺ちゃんは、玲が生まれる前に亡くなっているわ。そこまでは良いわね?」 「うん。」  玲の祖父で、強と竜太の父親である、「沖藍 武(おきあい たけし)」。    側頭部を残して禿げた頭髪と、蓄えた口髭、ワシ鼻が特徴的なこの祖父の事を、玲は仏壇に飾られた遺影と、竜太の語る思い出話でしか知らない。    竜太たちには母親がおらず、武は男手ひとつで、強と竜太を育てたのだという。そして竜太は、玲から祖父の事を聞かれる度、こう語っていた。 「兄貴と違って、自分はろくに親の言うことを聞かない子だった、親父を困らせてばかりだった」と。 「お父さんは、武お爺ちゃんには結構反抗してたって言ってた」 「それは違うのよ。 本当は、お爺ちゃんの事を大事にしていたの」 「えっ?でもお父さんが自分でそう言って…」 「お母さんがお父さんと出会ってお付き合いし始めて、2年程経った頃に、聞いたんだけどね」  そう前置きして、優子は話し出した。 「お父さんと、それから強おじさんは学生の頃、家にお金入れたくて、バイトしてたんだけど…貰ったバイト代をお爺ちゃんに渡そうとしたら、 『いらん!その金で、好きな服買ったり、女の子に奢ってやったりしろ。それはお前らの金だからな』って言って突き返されたんだって」 「突き返された?」 「それでも何か申し訳なくて、光熱費分をこっそりお爺ちゃんの財布に入れたりしてたんだけど、すぐバレて返されたそうよ。」  玲は、少し耳を疑った。竜太自身が語っていた、子供の頃の悪ガキっぷりとは違っていたからだ。 「おじいちゃん、せっかくだから受け取ってくれてもよかったんじゃ…」 「後で強おじさんにも聞いたら、兄弟そろって炊事、洗濯、掃除等、家事を結構やってたそうだから。 そのうえお金まで受け取れない、っていうのが恐らく、お爺ちゃんの気持ちだったんだと思うわ」 「…。」 「そして、叔父さん、お父さん共に成人、就職して、ようやく本格的に親孝行ができるというときに」 「お爺ちゃんが、亡くなった?」 「そう。交通事故でね。やがてお父さんとお母さんが結婚して、そして玲が生まれた時、お父さんは… 『親父に恩返しが出来なかった代わりに、玲を思いっきり可愛がるんだ』って、言ってたのよ」  玲は思い、そして口にした。どうしてお父さんは、「反抗してばかりの悪ガキだった」などと嘘を言っていたのか?と。 それに対し優子は、私の想像だけど、と前置きした上で、語った。 「お爺ちゃんを何処かに連れて行ってあげたり、孫の顔を見せたり出来なかったのが、悔しかったのかもしれないわね。 お爺ちゃんに対して胸を張れないっていう気持ちが、何処かにあるのかも…」  この話を聞いて以来玲は、竜太を鬱陶しがる事をやめた。両親がいて、可愛がってくれるのは決して”当たり前”ではない…そう思えたからだ。 そんな玲だから、デルタが起こした一連の行動には、密かに苛立ちを覚えた。人を助け、守ろうとする剣と、剣を見習おうとする劾。 そして、”親”である博士を困らせるデルタに対し、静かに憤る玲。  家族とともに帰宅した後、玲はリビングでテレビを点けた。渋谷でのシルキーガ事件の様子が、SNS上にアップされた画像も交えて報じられている。 「もう、やめてほしいな…」  呟く玲に対して、竜太も、テレビ画面を見ながら反応を返してくる。「本当、やめてほしいよな。大迷惑だからな…」と。 玲の言う”やめてほしい”は少し意味合いが違うという事を、竜太は知る由も無い。 (今度デルタ達がまた何かしたら、『いい加減にやめなさい!』って言ってやりたい。)  竜太の横顔を見ながら、玲はそう心の中で思った。 「止まれっ!いい加減にっ!!」  7月30日の昼過ぎ。劾と剣は、ロックスーツを装着し、博士の製作したバイク型機動メカ「ロックチェイサー」に乗って、、首都高速道路3号渋谷線を、猛スピードで走行していた。    風を裂いて駆け抜けるマシン、周囲の風景は流れる線の集合体と化し、路上の僅かな凹凸が車体を震わせる。    2人が追いかけるものは、装甲車じみた武骨な外装を備えた異形のトラック。疾走する怪物を思わせるそれは、獣の咆哮のような駆動音を響かせながら暴走していた。  怪物(モンスター)トラックは、車体上部のビーム砲を時折気まぐれのように発砲し、所々に設置された情報表示装置や標識、防音壁を破壊する。 あるいはアスファルトに大穴を開け、派手に瓦礫をまき散らす。    その姿を見たドライバーたちは、皆恐れをなして路肩へと車を寄せ、モンスタートラックをやり過ごす。 しかし、逃げきれない一部の車両は、モンスタートラックに突き飛ばされて、外装をぐしゃぐしゃに破損させられてしまう。  そして博士は、ロックスーツとロックチェイサーのセンサー、カメラを通して、この暴走劇をモニターしていた。 「博士、どうなってるんですか!?」  博士の背後のドアが、シュー…、という音を立てて開き、玲が現れた。 「またレプリロイドが出たって聞いて、転送で来たんですけど…」 「レプリロイドなのかは分からないけど、おそらくデルタの作ったものよ」  博士が語る、状況の経過は、以下の通りであった。     ― 10分ほど前、世田谷区某所に、突如として転送反応があった。 すぐさま最寄りの偵察ロボットを向かわせたところ、そのカメラが捉えたのは、首都高の路上を、破壊行為を行いながら暴走する、モンスタートラックの姿であった。    転送で出現した事と、これまでに出現してきたレプリロイドたちと同種のエネルギー反応を示している事から、博士はモンスタートラックをデルタの放ったメカだと判断。 連絡を受けて基地に駆け付けた劾と剣にロックスーツを装着させ、ロックチェイサーに騎乗した状態で直接、首都高へと転送した。―    そしてそれより少し遅れて、玲が基地に到着した、という訳である。 「博士、私もあのトラックを…」  言いながら玲は、スマホを取り出して、握りしめた。その中には、第3のロックスーツの装着プログラムがある。 「待って、レイ。ロックチェイサーは2台しかないのよ。今はここで、私と一緒に推移を見守ってもらうしかないわ」  博士は、心配げな面持ちで玲を見つめる。    数日前。3つ目のスーツが完成した時、玲は博士に、「私にそのスーツを使わせてほしい」と頼み込んだ。    博士としてはこのスーツは、剣に与えて、既存の攻撃型ロックスーツと使い分けてもらうつもりであった。 スーツを”着替える”際の無防備な時間を、防御型スーツを装着した劾がカバーするという訳である。 また、レディバイド戦の後で玲のロックコマンダーまで改修したのも、玲が参戦するためというより、剣か劾のコマンダーが破損した際の予備という意味合いが強かった。  やや渋っている様子の博士に対し、玲は静かに、しかし力強く、言った。 「私は、デルタを謝らせたいんです。博士の前で。それに…」 「それに…?」 「送り込まれてくるレプリロイドたちも、早く倒せればそれだけ、悪さをさせずに済むんです。デルタたちにこれ以上”悪い子”になって欲しくないから…  だから私にも、手伝わせてください」  渋谷付近で始まったカーチェイスは、港区へと突入していた。 センターラインなど気にせず爆走するモンスタートラックは、上部のビーム砲を格納すると、それと入れ替わるように、 トレーラー右側面の一部を箪笥の引き出しのようにせり出させた。中は細かい正方形の格子状に仕切られ、その四角のひとつひとつに蓋がついている。 「何だ…?」  劾が目を凝らしていると、蓋が10個ほど「カパッ」という音を立てて開いた。中からは、小さなミサイルが顔を覗かせる。”引き出し”は、ミサイルランチャーだったのだ。 「よけろ、桜井!」  剣が怒鳴った。 発射されたミサイルは、白い煙の尾を引き、あるものは真っすぐに飛び、またあるものはやたらと曲がりくねった軌道で、またあるものは大きなカーブを描いて、剣と劾に襲い掛かる。 2人ともに、ロックチェイサーの車体を大きく傾け、激しく蛇行して、どうにかミサイルを躱す。 ミサイルの起こした爆発が、防音壁やコンクリートを砕き、幾重にも重なった爆発音が、轟音となって響き渡った。 「うお…」  劾が爆風に煽られてバランスを崩し、転倒しかける。なんとか体勢を立て直した劾の目に、嫌なものが飛び込んでくる。 ランチャー内の小さな蓋、先程の発射で開いていなかった分までが、全て開いていた。 まるで段ボールに詰められた飲料缶のごとくぎっしりと並ぶミサイル達が、日光を反射してギラリと光る。    劾が冷や汗を流した時、剣が「桜井、スピードを落とせ!」と叫ぶ。 続いて、「バスターを使え!」と、指示を飛ばして来た。劾は、一瞬遅れて剣の意図を理解し、ロックチェイサーのアクセルを緩め、自動運転に切り替える。 猛烈な勢いで流れ、視界の中で無数の流線と化していた、照明、案内表示、防音壁といったものたちが、視認のできる”景色”へと変わっていく。 剣はスピードを緩めず、モンスタートラックの近くを走っている。  劾はロックバスターを右手に呼び出すと、チャージを開始した。そして、剣へ向かってミサイルが発射された瞬間。 「今だっ!!」  剣がロックチェイサーのブレーキを握ると同時、数十発のミサイルの群れが、剣を追尾して飛び始める。 そして、一気にスピードを落とした剣の横を、ロックバスターを構えた劾が追い抜いて行った。 「チャージショット!!」  発射されたエネルギー弾が、ミサイルをまとめて破壊し、モンスタートラックへ襲い掛かる。 ミサイルの爆風によって多少は威力を殺されているが、それでもトレーラーのリア部分を大きく損傷させ、小さな爆発を起こさせる。 「やった!」  劾は軽くガッツポーズをとり、自動運転を解除する。だがそこへ、剣が注意をしてきた。 「喜ぶのは早いぞ、あのトラックはまだ元気みたいだ」  剣の言う通り、モンスタートラックは損傷こそしたものの、未だスピードを緩めない。それどころか更に加速しながら、暴走を続けている。剣は基地へと通信を繋いだ。 「はかせ…博士っ!今どの辺りだ!?」 <<はかせ…博士っ!今どの辺りだ!?>>  博士と玲の居る、基地の”コクピット”に、剣の声が響く。博士がモニターを切り替えると、地図が表示された。 その上に、首都高を北上するモンスタートラックと、それを追う劾たちを示す3つの光点が、重ねて表示される。戦いの場は、既に渋谷線から都心環状線へと移っていた。 博士は、マイクに向かって、返答をする。 「現在位置は、港区の赤坂!間もなく、千代田区に差し掛かるわ。」 「それと!」  会話に玲が割り込んできた。急に相手が代わったことに対して、剣は戸惑った様子を見せず、堂々と会話を続ける。   <<それと?>> 「そのまま行くと霞が関トンネルに入るよ。狭い空間での戦いになるから、気を付けて」 <<了解!>> <<わかった!>>  剣と劾が同時に返事をした時、3つの光点は既に千代田区に入っていた。 「すみません博士、いきなり割り込んで」  玲が、博士に対して詫びを入れる。 「謝る事無いわ、レイ。私はトンネルの事分からなかったから。言ってくれてありがとう」  博士は、玲の肩をポンと叩いた。    首都高の路上では、モンスタートラックとロックマンの猛スピードの攻防が、なおも続く。 霞が関トンネルへと突入した直後、モンスタートラックの外装が、ボォン!という音と、灰色の煙とともに弾け飛んだ。自爆か…?そう思いながら、劾たちは煙を突っ切る。  煙の向こうで再び相まみえたモンスタートラックのトレーラー部左側には、ビームガトリングガンが出現していた。砲身が高速で回転を始め、無数のエネルギー弾がばら撒かれる。 一発あたりの威力は低いものの、弾の膨大さ、それに加えてトンネル内の狭さが、回避を困難にする。 バシュッ!! 「くっ」  エネルギー弾が剣の頭部をかすめ、肩の装甲をえぐる。その直後、ビームガトリングがやや下へ向きを変え、斉射されたエネルギー弾が路面のアスファルトを吹き飛ばし始めた。 剣は「ロックチェイサーのタイヤを狙ってるな…」と呟く。 「神崎、僕の後ろに来て!シールドショットで防御する!」  剣は、チラリと劾の方を見た。劾はシールドショットを展開し、エネルギー弾を防ぎながら走行している。 「早く、神崎!」 「いや、いい!それより、俺が合図したら、奴にむかってロックバスターを撃ってくれ」  言いながら剣は、ロックチェイサーのアクセルを全開にし、更にロックスーツによってダッシュを発動した。 急加速した車体が、同時に大きな上向きの力を得て、空中へと”ジャンプ”する。    路面を撃っていたビームガトリングが、剣を追って角度を変えていく。そして、射線が剣を捉えようとした時。 「今だ、撃て!!」 「よし!!」  劾がバスターの引き金を引く。 剣を撃とうと上へと角度を変えたため、劾への攻撃がお留守になったビームガトリングは、その劾が放ったバスターによって、木っ端みじんに破壊されたのであった。  カーチェイスは、さらに舞台を首都高5号池袋線へと移し、続いていた。 ”犯行車両”たるモンスタートラックはというと、ミサイルランチャーとビームガトリングガンの残骸から黒煙を吹いていた。 だがモンスタートラック自体のスピードと馬力に、未だ衰えは無く、黒煙を吹きながらも依然として暴走をやめない。 「もういい加減に止まってほしんだがな…!」  剣は、ロックブレードを構え、チャージを開始した。モンスタートラックのタイヤを破壊して走行不能にし、強制的に停止させる気だ。 アクセルを握る手に力を込め、加速に移ろうとした時であった。 ガシャッ!  収納されっぱなしだったビーム砲が、突如として展開された。しかし、それは破損し、各部からスパークを起こしている。 ミサイルランチャーとビームガトリングガンの爆発は、ビーム砲にまでダメージを及ぼした様である。 「撃つ気か!?あんなぶっ壊れたものを」  光り始めた発射口を見て、剣が言う。どうやら、敵はこれを発砲する気であるらしい。ビームが発射されんとした時…砲身が、爆発を起こした。剣や劾が攻撃を加えたのではない。 充填されたエネルギーに、傷ついた砲身が耐えられず、自壊してしまったのだ。    爆発は砲身だけに留まらなかった。ビーム砲の本体、そして基部が連鎖するように火を噴き、ついにはトレーラー自体が炎上した。 「ちょっと、これマズいんじゃないか!?」  劾が青ざめた顔でいう。剣も眉間にしわを寄せていた。2人としては、モンスタートラックの走行能力を奪い、爆発など起こさせずに制圧したかったのだが、これでは台無しだった。 しかも当のモンスタートラックは、火だるまとなりながらも未だ走り続けている。   「くっ…」  剣は加速をかけ、モンスタートラックへと接近する。劾も、再度ロックバスターのチャージを行う。 剣が振るったロックブレードと、劾が放ったチャージショットが同時に炸裂し、モンスタートラック本体の6つのタイヤが、全て破壊された。 しかし…暴走は止まらない。劾は、思わず叫んだ。 「なんで止まらないんだよ!?」  剣は、少し舌打ちをし、呟いた。 「トレーラーの方にも動力があるのか…!」  タイヤを失ったモンスタートラックだが、未だ保たれているトレーラー部の走行能力によって、火花を散らしながら池袋方面へ向かって突き進んでいく。 恐るべき馬力である。しかし、流石にコントロールが厳しくなってきたらしく、ふらふらと蛇行を始めていた。  モンスタートラックの進む先には、北へ向かって曲がる大きなカーブがあった。 モンスタートラックはカーブに沿って曲がるどころか、逆に、カーブの頂点に向かって突っ込んでいき、そして…  防音壁を破って、池袋線の高架から、真下の東池袋交差点へ向かって落下していった。  ズドオオオオン!!!!  劾と剣が、防音壁の突き破られたところに停車すると同時、下で爆発が起きた。2人は、ロックチェイサーを転送で基地へと戻すと、ダッシュジャンプで高架から飛び降りる。 中々のしぶとさを見せたモンスタートラックだったが、今や大破し、部品や破片を辺りに散乱させて、炎に包まれていた。 約20分にわたるカーチェイスは、ここに幕を閉じたのであった。 「ここからは後始末か…今まではレプリロイドやロボットだったのに、”トラック”で来るなんて」  モンスタートラックに歩み寄ろうとする劾。だが博士からの通信が、それを制した。 <<待って、ガイくん!エネルギー反応が、まだ消えていないわ>> 「えっ!?」  劾は、ぎょっとして立ち止まった。よく見ると、モンスタートラックの本体部分は、まだだいぶ原型をとどめており、トレーラー部ほどには破壊されていない。 「中に、何かいるのか…?」  剣がロックブレードを構え、モンスタートラックににじり寄る。と、その時。ドアらしき部分が、内側から何かに切り裂かれ、ガシャンと音を立てて脱落した。 「かぁ~っ!やってくれたッスねぇ!オレのトラックをよくもまあ、こんなにシッチャカメッチャカにしてくれて!」  そう言いながらトラクター部の中から現れたのは、劾たちと比べてかなり小柄な、イタチのような姿のレプリロイドであった。 オンロードバイクを思わせる形状の装甲を持ち、太く長い尻尾を生やし、胡桃(くるみ)色のカラーリングに身を包んでいる。 イタチ型レプリロイドは、軽く首を傾げて睨みつける、いわゆる”ガンを飛ばす”仕草を劾たちに向かって行う。 「ロックマンさんよォ、あんま任務のジャマをしないで欲しいんスけどねぇ?トラックも壊されちゃったし、こりゃお仕置きが必要かもッスね」 「デルタからは何を命じられて来たんだ? 『首都高の交通を撹乱して、物流を妨害し、東京の都市機能を混乱させろ』とか…」  劾がロックバスターを構えたまま、”イタチ”に対して問いかける。 「おう、話が早いじゃないッスか。そうッスよ、それがオレこと、スプリント・ウィーゼランの任務ッス。それを邪魔してくれたからには…」  ウィーゼランの両前腕が、青い光を放った。それは一瞬で形を成し、短刀のようなエネルギーの刃、”フラッシャーブレード”となる。 「タダじゃおかないッスよ!!!!」  そう言うと共に、ウィーゼランは地面を蹴り、駆けた。ロックスーツのダッシュを上回る、弾丸のごときスピードで、一瞬にして劾たちの視界の外へ消える。 「速い…!?」  劾が目で追おうとした時にはすでに、ウィーゼランは劾の背後に居た。「何処を見てるッスかぁ!!」という声と共に、フラッシャーブレードで劾の背中を斬りつける。 バチィッ!!  フラッシャーブレードとウェアーバリアが反発し、閃光が走った。更にウィーゼランは劾の背中へ蹴りを入れ、劾を転倒させる。 背中のアーマーには、浅いものではあるが斬りキズがつき、煙を吹いている。 「そこの白いテメーも!!」  ウィーゼランは続けざまに剣へと襲い掛かる。剣は、あえてウィーゼランへと向かってダッシュを行った。 ウィーゼランが剣の背後に回ろうとするより先に、剣の方から距離を詰めたのだ。次の瞬間、ロックブレードとフラッシャーブレードが衝突する。 ウィーゼランは力任せにロックブレードを振り払うと、再び疾走した。 「このっ!!」  劾が立ち上がり、ウィーゼランへ目掛けてロックバスターを撃つ。だが、当たらない。 めげずにロックバスターを撃ち続け、時には見越し射撃を試みる劾だったが、ウィーゼランはそのすべてを悉く回避する。 「当たらないって分からねーッスか!?ノロマがっ!」  劾へと突進し、斬りかかるウィーゼラン。しかし。 ガキィン!!  その刃を迎えたのは、劾の装甲ではなく、剣のロックブレードだった。 ビームを纏う刀身と、光の刃が干渉・反発し、青白い火花が散る。 ウィーゼランは、ロックブレードを力任せに払いのけると、方向転換して、未だ炎上しているモンスタートラックの横をすり抜け、炎を前に足止めを食う乗用車の群れへと駆ける。 先頭の車の屋根に飛び乗ると、まるで遊ぶかのように車の屋根から屋根へ飛び移りながら、北へと進んでいく。 「追うぞ、桜井!」 「ああ」  劾と剣は、連続ダッシュでウィーゼランの後を追った。    ウィーゼランはやがて、池袋のランドマークたる巨大ビル”サンブライトビル”前の交差点まで来ると、足を止め、振り返った。 追いついた劾と剣が、怪訝な顔でそれぞれの武器を構える。 「いやあ、からかうつもりでちょっと逃げてみたら、中々イイ感じの所に来ちゃったじゃないッスか。」  ヘラヘラとした口調で、周囲を見回しながら言うウィーゼラン。劾たちは、すぐにウィーゼランの言っている意味を理解した。 この”サンブライト前交差点”は、重なり合う複数の高架と、それらを支える幾つもの橋桁が、巨大なジャングルジムのような空間を形成している。 高い脚力を持つウィーゼランにとって、ここは… 「済まないッスねえ、一方的にやっちゃうかもしれないッスわ!!」  ウィーゼランは近くの橋桁に向かって跳ぶと、跳ね返るかのようにその橋桁を蹴り、近くの高架の側面部へと跳ぶ。 更にそこを蹴って別の高架の下面…剣の真上10数mへと跳び、また蹴った。フラッシャーブレードが唸りを上げ、まるで疾風のような超高速の刃が、頭上から剣へと迫る。  剣はそれを、チャージロックブレードによって間一髪でいなした。ウィーゼランは到達した地面に、アスファルトを砕く勢いで”跳ね返る”。 地面から橋桁へ、そして橋桁から今度は劾の方へ。目にもとまらぬ速さで、光の斬撃が襲い掛かる。劾の装甲に、2つ目の切り疵が刻まれた。 「これは…」 「速すぎる…!!」  交差点を取り囲む高架と橋桁、今やその全てがウィーゼランにとっては地面のようなものであり、すなわち彼の独壇場である。 前後左右そして空中、まさに四方八方から、自由自在に跳ね飛び斬りかかってくるウィーゼランを前に、剣と劾は翻弄された。  剣の方は、そのブレード捌きによって大きなダメージは防(ふせ)げており、損傷もまだ少ない。だが劾は、スーツのあちこちに斬撃を受けてしまっていた。 スーツの高い防御力によって、なんとか凌げているが、もし装着しているスーツが逆であれば、劾はとっくに撃破されていてもおかしくない。 「結構粘るッスねぇ、ならこれはどうッスか!フラッシャー・ブロウ!!!!」  ウィーゼランは着地すると、後ろから前へと勢いよく左腕を振り抜いた。光の刃が腕から分離し、劾へ向かって飛来する。 これまで接近戦一辺倒だったウィーゼランが繰り出した、予想外の飛び道具。意表を突かれる形となり、劾は反応が遅れた。 「危ない!!」  剣が、劾を思い切り突き飛ばした。一瞬宙を舞い、地面を転がり、そして顔を起こした劾の目に映ったものは、フラッシャーブロウの直撃を受ける剣の姿であった。 「神崎ーっ!」  劾は、特殊武器”サンブラスター”を発射した。飛び退いて離れるウィーゼランへ、更にロックバスターを乱射しながら、剣へ向かって駆け寄る。 「神崎、大丈夫!?大丈夫か!?」 「ギリギリでな…けど、スーツはもうダメか」  剣のスーツの胸アーマー部は、外装部にとどまらず、内部のメカまでもがパッカリと切られていた。 幸いにも、剣の身体までは斬撃が届いていなかったものの、ロックブレードを握る右腕が、プルプルと震えた後ガクンと下がり、ブレードの切っ先がアスファルトに食い込んだ。 ダメージのためにスーツの機能が停止し、重い武器を持っていられなくなったのだ。 その様子を見たウィーゼランが、フラッシャーブレードを展開した両腕を今一度構え、そして言い放つ。 「白いロックマンはもうダメみたいッスねぇ。こうなりゃこのまま、青いロックマンごと始末するッス」  カッ!! 「ん?」  南東の方向から、閃光が走った。振り向きそちらを見たウィーゼランは、キョトンとしたような表情になり、劾は「来たか…」とつぶやく。 剣は、胸を押さえながら、ウィーゼランの方をじっと見据える。  ひとりの女の子が、ウィーゼランの方を睨みながら真っすぐに歩いてくる。それは、玲だった。左手にはロックコマンダーが巻かれている。 「なんスか?お前…」  怪訝な表情のウィーゼランに対し、玲はスマホを取り出し、アプリケーション「ROCK SUIT」を起動しながら、言った。 「デルタには、博士に謝ってもらわなきゃいけないのよ。そして、ウィーゼラン…アンタも」  玲は、画面に3×3で表示された9つの点を、指で「上段左→上段真ん中→上段右→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」の順になぞって繋ぎ、 画面に「Z(ゼット)」の字を描く。パターン入力完了を示す「パラァン!」という操作音が鳴る。    更にそのスマホを、ロックコマンダーに差し込む。カチリ、という固定音と共に、「レディ」という電子音声が発せられた。 3DCGのワイヤーフレームのようなものが玲の体を包んだ後、ワイヤーフレームの表面全体が発光し、玲の全身が光に包まれる。  光が前側から消えていった後、そこには、赤いカラーリングの”高機動型ロックスーツ”を装着した玲の姿があった。  手足のアーマーやアンダースーツ部は既存のスーツと同様の外観だが、肩アーマーは球形に近い小ぶりなもので、 剣や劾のスーツと違って”いかり肩”状のシルエットは形成していない。後ろへ流れるような鋭角的なヘルメットの下からは、玲の後ろ髪が露出している。 「へえ、3人目のロックマン、ッスか」 「デルタを止めるためにも、まず今はウィーゼラン…アンタを止める!」  言いながら玲は、右手に専用武器 ”ロックナイフガン ”を出現させた。 ウィーゼランは「やれるもんならやってみろッス!」と言い、玲めがけて挑みかかった。    彼の目は、玲の姿をはっきりと捉えている。超スピードを誇るウィーゼランにとって、剣や劾との戦闘は、ノロマな相手を一方的に切り刻む楽な戦いであった。 そして、突如現れた新たな赤いロックマンも、簡単にやり込められると思った。 「喰らえッス…」 「喰らうのはそっち!!」  斬りかかろうとしたその時、玲が跳んだ。ウィーゼランの視界から玲の姿が消える。「え?」と目を丸くするウィーゼランの頭上を、玲は宙返りしながら跳び越えていく。 空中と地上、2つの影がすれ違った瞬間、玲がロックナイフガンの引き金を引いた。3点バーストで発射されたエネルギー弾が、ウィーゼランの背中に直撃する。  弾痕が煙を吹き、着弾の衝撃、そして疾走によって得た勢いが仇となって、ウィーゼランは転倒し、かなりの距離を転がっていった。玲は空中で体をひねって、 ウィーゼランの方を向いて着地すると、ダッシュを発動した。それはウィーゼランの疾走に匹敵するスピードであり、数10m開いていた玲とウィーゼランの距離が、一瞬にして詰まる。  ウィーゼランは起き上がり、玲の後ろを取って襲い掛かるべく、カーブを描いて走り出す。 だが玲も当然、後ろを取らせてやるつもりなど無い。連続ダッシュで、ウィーゼランの全力疾走にも、急激な方向転換にも、難なくついていく。 「赤いロックマンの野郎、オレに負けないぐらい速いッス…!!」 ウィーゼランの顔に焦りの色が見え始めた。玲の背後を取ることを諦め、付近の橋桁へ跳び、蹴って更に上へと跳ぶ。先程の剣たちとの戦い同様に、空中から襲い掛かろうというのだ。  玲は、ロックナイフガンの側面のスイッチを押し込んだ。すると、ロックナイフガンの前側半分が下へ向かって折れ曲がる。 同時に、銃口部分が銃身前端を軸にぐるりと回転して、銃身内部へ収納され、ちょうどそれとどんでん返しのように”刃”が出現した。 ロックナイフガンは、銃型の”ガンモード”から、"ナイフモード"へと変形したのだ。    高架下を蹴って、空中より襲い来るウィーゼランを、玲はナイフガンで迎え撃つ。 「せぇっ!!」  掛け声とともに繰り出した、ナイフガンによる斬撃。それがウィーゼランの右腕に入った。斬り飛ばされた腕が宙を舞い、フラッシャーブレードが、スー…と消えていく。  「こんの野郎ォ…!」   優勢から一転して、乱入者によって大ダメージを負わされたことで、ウィーゼランは激昂していた。 「やってやるッス…!!」そう、絞り出すように言うとともに、フラッシャーブレードの刃渡りが少し伸び、幅が広くなった。出力が高まっていることが見て取れる。 右腕の切り口からは、ウィーゼランの感情を表すが如く、火花が激しく散っていた。 「ロックマンンン!!!」 「…ウィーゼランっ!!」  ウィーゼランと玲の両者が、それぞれの刃とともに地面を走り、柱から柱、壁から壁を跳びまわる。赤と胡桃色の疾風が激しく切り結び、辺り狭しと駆け巡る。 ”それ”は、まさに神速の戦いであった。    剣と劾も、その光景に息を飲む。速すぎて、玲たちの表情など読み取れはしない。しかし… 「沖藍もウィーゼランも、なんか…楽しくなってきてるんじゃないか?」  劾がポツリ、と言った。その横で、剣も呟く。 「…かも、しれないな」 ガキィン!!  交差点直上の高架の上で、2人の刃がぶつかり合う。反動でお互いに後ろへ弾かれ、距離を離した状態で対峙する。 「結構、やるッスね…面白いじゃないッスか」 「あんたもね。片腕落としておかなかったら、私は今頃やられてるかも」 「ふん…ハンデやる趣味はないんスけどね」   2人の表情は険しいままだが、声色は先程よりも少し柔らかくなっていた。 「ねえ、ウィーゼラン。アンタはどうして、デルタの言うことを聞くの」  玲はこっそりと、劾、剣、そして基地へ通信を繋いだ後、ウィーゼランに問いかけた。ウィーゼランは左腕の構えを解いて、答える。 「そりゃあ、生みの親だし、それに…レプリロイドは人間の敵、ッスからね。レプリロイドの世界を作るのがデルタの目的ッスから、オレはそのために働くだけッスよ」  玲の眉がピクリと動いた。 「…待って。『レプリロイドは人間の敵』って言った?」 「ええ、デルタからそう教わっ…」 「そうじゃない!言い方が…”逆”じゃないの?『人間はレプリロイドの敵』じゃなくて?」 「細かい事はどうでも良いんスよ。デルタから実際そう教わったんスから」  「どうでも良くなんか…」 「…お喋りが過ぎたッスね。まだ、戦いの真っ最中なんスよ?」  ウィーゼランが、左腕をグッと後ろに引きながら言う。 「勝負ッスよ、ロックマン!」    ウィーゼランは、右腕の分のエネルギーを左腕に回し、フラッシャーブレードの出力を更に増強した。 ブレード発振部がハウリングのような唸りを上げ、刃渡りが当初の2倍を超える、最大出力のフラッシャーブレードが形成される。 「分かった…行くよ、ウィーゼラン!!」   玲がナイフガンのチャージを開始した。にらみ合う2人の間に、一瞬の沈黙が訪れる。 やがて、急に吹いた風をゴング代わりに、最後の勝負の時間が始まった。  お互いが、相手を目掛けて走る。一方は疾走、もう一方は滑走。ウィーゼランは、玲目掛けてフラッシャーブレードを振るう。 玲は、ナイフガンを握った右手を、ウィーゼランの腕の下へと突き出した。前進しながらウィーゼランの腕を上へ押しのける。 やがて、ナイフガンの刃がウィーゼランの胸元近くまで迫った時、玲はナイフガンのエネルギーを開放した。  ここまで、わずか2秒。  緑に輝く刃が、ウィーゼランの胸を深々と切り裂き、焼け焦げ砕けた装甲の破片が、煙の尾を引きながら飛散する。 「強い…っすね、…赤い、ロック…」  ウィーゼランはそう言ったきり、機能を停止した。ガクリとくずおれるその機体(からだ)を、玲が抱きとめた。  「ツルギ君もガイ君も、よく無事で…」  3人が基地へと戻って来た際、博士は、剣と劾の姿を見て、青ざめた顔をしていた。 無理もない。剣の胸の装甲の傷は、もう少し深ければ剣自身の胸が切り裂かれていたというレベルの大ダメージであったからだ。 「博士、スーツこんなに壊してゴメン。修理が大変になるかな」  スーツの胸に手をやりながら謝る剣に対し、博士が少し涙目になりながら、剣の手を握り、言葉を返す。 「謝るのはやめて。無事で本当によかったわ。ガイ君も、レイも…ありがとうね」  そして、剣と劾は変身を解除する。玲は、回収したウィーゼランのボディを、抱きかかえて研究室へと運び込む。 研究室内には、ジュラファイグ、レディバイド、シルキーガが台に寝かせられ並べられている。 その隣にもう一つ台を用意し、ウィーゼランをそっと寝かせた後、玲も変身を解除した。  ウィーゼランを見つめる博士。その横で、玲が口を開いた。 「博士、ちょっと…出かけませんか?」  玲は、博士に気分転換をしてもらおうと考えた。少し前に聞いたところだと博士は、基地内にほぼ籠りきりであるのだという。 100年もの過去の時代、しかも異国の地というアウェーな環境では無理からぬことであった。 シルキーガ事件の後でプレゼントを渡しはしたが、あれだけではやはり、リフレッシュがしきれないのではないか。外へ出て、刺激を受けるのもいいだろう… そう考えたが為の、提案であった。  博士は、玲の提案に乗って来た。やはり、退屈している部分があったのかもしれない。そして、2人きりで出かける先は、博士の希望により中央区・銀座となった。  「この時計台、生で見られるなんて思わなかったわ」  銀座のシンボルである時計台を前にして、博士が言う。それに対し、玲が博士に問いかけた。 「もしかしてこの時計台、博士の時代だと無くなってるんですか?」 「新しい建物に建て替わっちゃってるのよ。確か私が学生の頃だから、この時代からだと…75、6年後かしら?観光名所だったから、結構ニュースになったのよ」 「ちょっと寂しいですね。スカイツリーとか雷門の提灯とか、都庁とか…そういうのも無くなっていっちゃうのかな…」 「浅草の提灯なら、100年後でもあるわよ。あ、でも東京都庁は確か、建て替わってた様な…」 歩きながら、会話に花を咲かせる2人。と、その時。 「ふぇっ、ふええ・・・んぎゃ~~~っ」  付近から、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。横目でちらりと見ると、一組の夫婦が見えた。 男性の方が押しているベビーカーには赤ちゃんが乗っており、母親が赤ちゃんをあやしに掛かっている。 「赤ちゃん・・・か。デルタも、完成したばかりの頃は大変だったわ」  しみじみと、少し切なげに言う博士。「どんな風だったんですか?」と問う玲に対し、博士は、身振り手振りも交えて、話を始めた。 「たとえば・・・機材に興味を示したから触らせて見たら、握りつぶしたり配線を引きちぎったりして、あっという間に滅茶苦茶に壊しちゃったの。焦ったわ」 「腕力とか握力とか、弱めに造っておかなかったんですか?」 「自動車だって、普段出すスピードは時速60kmか、速くても80くらいだけど、実際は180ぐらい出せるようになってるでしょ?そういう感じなの。 強い力が出るように造って、あとは力加減よ。その力加減を、最初からプログラムせずに教育で覚えさせようとしたから、そういうハプニングも起きたのよ。」 「なるほど・・・」 「あと、私や研究員が食事をしているのを真似して、クッキーをかじっちゃった事があってね。口の中を掃除するのは、骨が折れたわ」 「大変・・・だったんですね」  博士は、、空を見上げる。 「そんな事が山ほどあって、けどデルタも、どんどん物事が分かるようになって…世話が楽になっていくのが、何だか寂しく思えたり、ね…」 「・・・。」  玲は、相づちを打たなかった。数秒ほどの間(ま)を経て、やがて玲は博士の方を向く。気になっていた疑問を、投げかける。 「博士、前に聞いた話だと、デルタはいきなりおかしくなった様な感じだったけど…何か前触れというか、兆候はなかったんですか?」  博士は少しの沈黙の後、答えた。 「今にして思えば・・・『あった』わ」  続けて、博士は語り出す。 「タイムマシンの開発中、実験機を使って、十数秒後へのワープ実験を行った時の事だったわ。 テストパイロットに志願したデルタを乗せて、実験機が姿を消し…やがて、予定より長い数分後ではあったけど、実験機は無事に還って来た。ところが…」 「ところが?」 「還って来たデルタは、何かに戦慄したような…おびえた様な顔をしていた。 本人は『機体が一時的に不調になった』と言っていたし、実験機を調べたところ、確かに機体にトラブルが起きていた事が分かった。 だから、流石に怖くて緊張したんだろうと、そのときは思ったの。思った、けど…」 「実験中に、デルタの… ”心”に、何かが起きた…?」 「そうなのかも、しれないわ。」  デルタがいったい何を考えているのか、何がしたいのか、目的は本当に21世紀の東京の征服なのか。 それは博士にも、剣にも、劾にも、玲にも、未だに分からない。だが、その尻尾の先端の、ほんの残り香程度が、感じ取れたような気がした。

第6話「STREAM LEOGOLD STAGE」

 8月1日。  劾と玲は、浅草に来ていた。  基地のシステムが、デルタ関連らしき転送反応とエネルギー反応を東京港にキャッチした。猛スピードで北上し、浅草近辺で動きを止めた”それ”を確かめる為、 2人してやってきたのである。玲がロックコマンダーで基地へと通信を繋ぎ、博士に尋ねた。 「博士、この辺りですよね?」 <<ええ、レプリロイドか、何らかのメカは見えるかしら?>> 「何も異常はないみたい…ですが、ね」  劾が、玲に代わって応答する。彼の言葉の通り、浅草の街には何ら異常な物体は無く、破壊や騒動の起きている様子すらなかった。 <<詳しい位置は分かりませんか、博士?>> 「反応があまり強くなくてね…正確な位置が特定できないわ」  玲からの通信に、博士がモニターを見つめながら返答を返す。モニターに表示されているのは浅草の地図、玲・劾を表す2つの光点(マーカー)。 そして目標物を表す3つ目のマーカー。ただしそれは光”点”ではなく、重なり合った複数の”円”。  姿が見えず、位置がわからなくとも、何かがいるのだけは間違いない。ひとまず劾と玲は、2手に分かれて街中を捜索することにした。 基地のモニターと同様の画面をスマホに表示させ、景色とスマホを見比べながら、ひたすら浅草の街を駆けまわる。 …が、怪しいものは一向に見つけることが出来ない。 「神崎、”何かいそうな所”って、見当つかない?」  劾は、基地に居る剣にアドバイスを求めた。剣のロックスーツは先日のウィーゼラン戦で大きく破損したため、彼は今回は”留守番”であった。 <<反応は確かにあるのに何もいないか…。ずっと上空に居るとか、光学迷彩で姿を隠してるとか…何かの中に隠れてるとか>> 「っていうと、建物の中とか地下鉄とか?」 <<または、もっとシンプルに…>>  剣が、地図上の隅田川を睨む。そして、先程の言葉の続きを放つ。 「水の中とか?」  橋の上で辺りを見回す劾。周囲の景色が順繰りに彼の目に映る。 ビル、川岸、少し離れたところにある吾妻橋、その橋桁、橋の中央真下に漂うピンク色の物体、橋桁、川岸、ビル… 「ん?」 (さっきのはなんだ…?)  劾は、”ピンク色の物体”があった所を二度見した。しかし、あるのは悠々と流れる隅田川の水面だけ。もしや、あそこにレプリロイドが…? そう思った劾は、確かめに行くことにした。 「神崎、さっきの当たりかも。川の中に怪しいものが居た…っぽい」 <<どこに?>>  聞こえて来たのは玲の声。劾は「吾妻橋の下に…」と答えながら、人目に付きにくい川岸へ降りて、スマホを取り出し変身アプリを起動する。 ロックスーツの装着が完了するとともに、すかさず隅田川へと飛び込んだ。ロックスーツを覆うウェアーバリアによって、スーツ内への浸水は防がれ、劾が溺れることもない。 ロックスーツは、潜水服にもなるのだ。 「おっと」  水流に押し流されかけるが、川底にぐっと踏ん張り、吾妻橋の中央真下を目指して進む。やがて劾は、目当てのものに会うことができた。 川底でゆらゆらと揺蕩うように佇んでいたのは、ドレスを思わせる形状の装甲とピンクのカラーリングに身を包み、 推進装置とおぼしき、金魚の尾ひれのようなパーツを備えた女性型レプリロイド。  「沖藍、レプリロイドがいたよ。吾妻橋の真下…」   劾が様子を伺いつつ玲と通信していると、金魚型レプリロイドの方も劾の姿に気づき、ちらりと彼に視線を向けてきた。 「あ、ロックマンだ」  優し気な声で、あまりにも緊張感のない一言を放つ金魚型レプリロイド。劾は若干拍子抜けしつつも、思い切って口を開く。 「君、デルタのレプリロイドだろ?ここで何をやってるんだ?」  金魚型レプリロイドは、くるりと向きを変えて劾と相対する。 「わたしはストリーム・レオゴルド。任務の下見でね~、海辺の街を観察してたんだよぉ。そんでその後ねー、なんとなく川を遡ってたんだ」 「任務… 何をする気なんだい?」 「怒らないでよ~。正直ねぇ、任務とかあんまり興味ないんだ~」 「怒ってないけど…わっ」  レオゴルドが、”尾ひれ”から水流を発生させて推進力を生み、劾の方へと迫る。身構える劾であったが、レオゴルドは特に攻撃などは加えてこず、劾の周りをぐるぐると回る。 「ねえねえ、あなたの方こそ何しに来たの~?」 「いや、何しに来たもなにも…」  劾は、肩透かしを食らった気分であった。レオゴルドには戦意や敵意といったものがまるで感じられず、むしろ友好的な雰囲気さえある。 それどころか「任務とか興味ない」とまで言い放つ。これまで出現して来たレプリロイドとは明らかに異質だった。 「桜井、大丈夫!?」  声に振り向くと、そこにはロックスーツを装着した玲がいた。 劾がレオゴルドから何らかの攻撃を受けていると思ったのだろうか、ロックナイフガンをナイフモードで構え、戦闘態勢に入っている。 「大丈夫だよ。彼女…ストリーム・レオゴルドは、戦う気ないみたい」 「え…何か任務で来たんじゃないの?」 「任務には興味ないって… だよね、レオゴルド?」 「うん。ぜーんぜん興味ないの」  ぽかんとした顔の玲をよそに、レオゴルドは相変わらず劾のまわりをぐるぐると旋回している。 やがて、回っていることに飽きたのか、ひょいと離脱して、劾・玲と合わせて正三角形を描く位置に着底した。 「沖藍…どうしよう?」 「どうするって、このまま帰る訳にいかないじゃない」  顔を見合わせて相談する、劾と玲。本当に敵意が無いことだけは分かったが、玲の言う通り、このままレオゴルドを放置しておく訳にはいかない。 かといって問答無用で破壊するのも忍びない、いっそ基地へと連れ帰って、話を聞いてみるか?  玲が、博士に指示を仰ぐべく基地へと通信を繋ごうとした時だった。レオゴルドが「あ、そうだ」と言って再び2人の方へ接近し、握手するように劾の手を取る。 「一緒に~、泳がない?速いんだよ、わたし」 「え?泳ぐって…」  レオゴルドの尾ひれが、激烈な水流を発生させた。周囲の水が荒れ狂い、制止しようとした玲をはじき飛ばす。 なんとか玲が体勢を立て直した時、すでにそこに劾とレオゴルドの姿は無かった。かわりに下流の方向から、劾の悲鳴がかすかに聞こえてきていた。 <<どうしたの、レイ!?何があったの!>> 「博士…レプリロイドが、ストリーム・レオゴルドが…桜井引っ張って川下りを始めちゃった!」  玲は急いで川から上がり、ダッシュと壁蹴りで隅田川沿いの道路へと出た。突き進むレオゴルドが、川面に凄まじい水しぶきを起こしている。 まるで、目に見えない巨大なジェットスキーが水上を走っているかのようであった。そしてそれは、既に数100mの向こうへと遠ざかっていた。  すぐさま、ダッシュで追跡を開始する玲。スピードそのものは玲のほうがレオゴルドよりも勝っているものの、スタートの時点で距離が開きすぎていた。 コマンダーから、博士の声が響く。 <<レイ、ちょっと止まって!>> 「博士!なんで!?」 <<ロックチェイサーを送るわ>>  続いて、剣の声も聞こえて来た。 <<レオゴルドが何処まで行く気か分からんが、そのまま追い続けると、かなりダッシュを酷使するぞ>> 「…わかった、お願い博士!」  一方、レオゴルドはというと、劾とともに川下りを楽しんでいた。 「どうー!?速いでしょー!?」 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」    …というより、楽しいのはレオゴルドだけであり、手を引かれる劾の方はたまったものではない。 なにしろ碌に先の見えない川の中を、船を躱し、途中途中にある橋の桁をすりぬけながら、魚雷の如き勢いで進んでいるのだ。 「わ…分かった!!速い、速いから!凄いから!凄いから止まってくれ!!」 「えーやだ!まだ物足りないわよー!」  レオゴルドの手を振り払おうにも、非常に強い力でガッシリと握られて、逃れることが出来ない。 物腰こそ優しくとも、そこはレプリロイド。相応のパワーを備えているのである。 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」  劾は、情けない悲鳴を上げながら、ひたすら引っ張られているしかないのであった。  中央区某所、隅田川に架かる橋の上。 車道ではタクシーやトラック、乗用車など種々のクルマが、歩道では若いカップルや部活帰りの中高生、営業か何かだろうか、 ワイシャツを汗で湿気らせた男性、といった人々がまばらに行き交っている。  「わっ、何あれ!?」  誰かが慌てた声で言った。つられて振り向いた人々の目に映ったのは、上流の方から迫って来る猛烈な水しぶきであった。 そして水しぶきの発生源、レオゴルド(と、劾)が橋をくぐり抜けた次の瞬間、橋の上の人々、特に橋の中央にいた人は、巻き上げられた川の水を引っ被ってしまう。  「ひゃあ!?」「ぶわっ… ぺっ、ぺっ!」「なんなんだよ、もう…」「あーーーーーー!ケータイ濡れちゃったぁ…」  びしょ濡れにさせられた人々が、口々に文句を漏らす。と、その時。ロックチェイサーに跨った玲が、車たちの間を縫いながら、橋の上を駆け抜けていった。 「なんだ今の、コスプレか…?」 「ねえ今の、ロックマンじゃない?」 「ロックマン?でもあれって白とか青とかじゃ…」 「私、SNSで見たよ!池袋に現れた赤いロックマン!」 「何?3人もいるの、ロックマンって」  ガヤガヤと言葉を交わす人々を尻目に、玲はレオゴルドを追ってロックチェイサーを走らせる。レオゴルドは既に、勝鬨橋に差し掛かろうとしていた。  もしこのまま進んでいくと、東京港を通過し、やがては東京湾に出るだろう。そんなところへと出られたら、もはやロックチェイサーでは追跡不可能… そんな事を玲が考え始めた時だった。 「あれっ…止まった?」  水しぶきが急激に収まった。波紋は膨大な水の流れにかき消され、墨田川がいつも通りのゆったりとした流れに戻っていく。 玲は、ロックチェイサーを基地へと転送すると、先程水しぶきが消えた辺りを目掛けて、ダッシュジャンプで隅田川へと飛び込んだ。 川底で待っていたのは、へたりこむ劾と、彼の周りを「ごめんごめん、ちょっと速すぎたかなー」と言いながらぐるぐると旋回するレオゴルドであった。 「こういう事はやめて、レオゴルド。橋を幾つかくぐったでしょ?アンタのせいで大勢がずぶ濡れだよ。橋の上とか川沿いにいた人達がね」 「あー… そうだよ… 僕は大丈夫だったけどね…やめようね…」  ぐったりと憔悴した様子の劾を見て、玲は少し吹き出しそうになるが、こらえつつレオゴルドに質問をする。 「…で、レオゴルド、アンタの任務って?」 「それはねー、わたしの尻ひれの水流で、東京港を引っ掻き回す、っていうやつなの」 「東京港の海上交通を妨害して、物流を滞らせるのか」  立ち上がりながら、レオゴルドの言葉を表現を変えて復唱する劾。そんな事を実行されたら厄介だろうな…と、劾、そして玲も漠然と考えた。 具体的なシミュレーションこそ出来なくとも、東京港が使えない事態になったら相当な被害が出そうだという事くらいは、想像ができる。  2016年だったか、とある怪獣映画の劇中で”羽田空港全便欠航+東京湾封鎖”という状況になり、たった数時間の封鎖だけでとんでもない経済的損失が出た、 とかいう描写があったっけ… そう劾は思った。 「そんな感じ。ただ水流出すんじゃなくてね、このストリームフリッパーで…」  レオゴルドが取り出したのは、扇子のような道具。 「水流を曲げるっ!いくよ!」  尻ひれから水流を出すと同時に、ストリームフリッパーを振るう。すると、水流がフリッパーに引っ張られるように曲がった。 大きな弧を描く水流はやがて、辺り一帯の水を根こそぎ巻き込む渦となる。今度は劾だけでなく、玲まで巻き込まれた。 川底にナイフガンを突き立て何とか踏ん張ろうとする玲であったが、あえなく押し流され、洗濯機の洗い物のごとく揉みくちゃにされる。 大柄なうえにスーツも重い劾が流されているのだから、軽量なスーツを着ている玲が流されない訳は無かった。…とはいえ、全くされるがままという訳ではない。 「レオゴルド!やめ…あーもうっ!」  右腰のホルダーから特殊武器チップを引き抜き、ナイフガンのグリップ部にあるスロットに装填する。 <<FLASHER BLOW>>  合成音声がナイフガンより発せられ、その刃がエネルギーを帯びて、青白い光の刃が形成される。 「フラッシャーブロウ!!はあっ!」  振るわれたナイフガンから分離した光の刃が、渦を押しのけるように切り裂いた。光の刃はすぐに減衰する。 だが、かき消された水流が勢いを取り戻して再び渦を形成する前に、玲の次なる一手が繰り出される。 先程の武器チップに代わってナイフガンに装填されていたのは、 シルキーガから作られた特殊武器チップ、「ストリングバインダー」だ。 <<STRING BINDER>>  ナイフガン・ガンモードの銃口に白い光球が出現し、その中から淡く発光する”糸”が飛び出す。糸はレオゴルドの機体(からだ)に絡みつき、その動作を封じた。 「あう…」 「やめてって言ったでしょ、レオゴルド?」  玲はレオゴルドを叱りつけながら、ナイフガンの刃で、糸を切って取り除いていく。切られた糸は、光の粒子となって溶けるように消失した。   「本当、すごいパワーだね…これなら確かに、東京港をしっちゃかめっちゃかに出来そうだ」 「でもねー、人間って水に沈んでると死んじゃうんでしょ?もし船ひっくりかえしちゃったら、大変なことになるよね。そんなのやりたくないな~」  叱られてシュンとしていたレオゴルドが、劾の言葉に反応して明るさを取り戻す。この現金な様子に玲は少しムッとしたのだが、同時に嬉しくもあった。 レオゴルドは人間を傷つけるの嫌がっている…それが分かる発言に、少し安心を感じたのだ。 「本当に人間に敵意ないんだね。そういう人間を心配してくれるセリフ、今までのレプリロイドだったら多分言ってないよ」 「あなた達こそ、人間の事好きなんだね。デルタと一緒で、シェリー博士に作られたレプリロイドなのに、全然違う。青いロックマンも赤いロックマンも」  劾と玲の脳裏に「?」マークが浮かぶ。 「僕達は人間だけど…?」 「にんげん?でもあなた達、装甲が… え?え?」 「私たちは、シェリー博士が作った強化スーツを着てるのよ。中身は人間。」 「えーーーー!?そうだったの!?」  レオゴルドは劾に迫り、彼の顔に手を伸ばす。指で頬を軽く押してくる。「ホントだ、柔らかい」そう言うと今度は、玲の背後へ回り、彼女の尻を手で押してくる。 「ちょっ!そこは…コラ!」 「ホントだ!柔らかい!ロックマンって人間だったんだ!」  レオゴルドは劾らの前へ回って、ぺこりと頭を下げた。 「あんなスピードで引っ張り回したり、渦にまきこんだりして、ごめん」 「いいよ、スーツのお陰で怪我もなんにも無いし。 …でもさ、デルタから何も聞かされてないの? ライデン・ジュラファイグは、ロックスーツの中身が人間だって知ってたみたいだけど」  ―『シェリー博士の友達の少年か。結構早く来たな』― 「んー? わたしはなんにも聞かされてないなぁ… 青いロックマンや赤いロックマンの顔見て、なんかレプリロイドっぽくないな、とは思ったんだけどね」 「そうなんだ」  まあ、聞かされなかったのも頷けるな。というのが、劾がいだいた感想だった。    レオゴルドに何も教えなかったのは… レオゴルドのこの性格では、ロックマンと一戦交える状況になったとしても、まともにロックマンを撃退しようとせず、 任務の遂行自体が出来なくなる可能性が高い。ロックマンが人間だと知っていたら尚更だ…。 と、デルタが考えたからなのだろう。事実その通りであった。 「…ところで僕の名前、桜井劾っていうんだ。”ガイ”って呼んでよ。”青いロックマン”じゃ長いだろ」 「ガイ…ガイっていうんだね。赤いロックマンは?名前なんていうの?」 「私は、沖藍玲。”レイ”だよ。」 「じゃあ、さ… ガイ、レイ。 あなたたちは人間だから… 人間の街の事、よく知ってるんだよね?」  レオゴルドはそう言うと、劾の手を取った。先程の”川下り”の時とは違い、どこか神妙な様子である。 「来てくれる、ガイ?それに、レイも」  劾らがレオゴルドの肩に掴まって移動した先は、竹芝ふ頭の近くであった。レオゴルドは尾ひれの水流を調整し、自身と、そして劾、玲の顔を水面から出した状態に保つ。 「見て、2人とも」  そう言いながらレオゴルドが見据える先は、東京タワー擁する浜松町や、レインボーブリッジ、そしてお台場の街。暮れてきた空と灯り始めた街の明かりが、 そこはかとなく幻想的な雰囲気を醸し出している。 「こうして”海から”街を見るのって、なんだか新鮮かも。地上からだったら、見慣れてるんだけど」  劾が、ため息を漏らしつつ言う。反対側の肩に掴まる玲も、同様の思いだった。 「わたしは逆に、海からしか見られない。」  レオゴルドの声は、少し寂し気であった。 「さっきの川辺とか、このへんから見た街の様子、面白そうじゃない?…東京の街へ、遊びに行ってみたいな。壊しに行くんじゃなくて。…ねえガイ、街って楽しい?」 「楽しいよ、レオゴルド。なんていうか、その…色んなお店とか、博物館とかがあったりするし、繁華街は夜になるとあっちこっちの看板やネオンが点いて、綺麗で賑やかだし、 えっと…展望台に上ってみると、街並みが遠くまで見渡せて面白くて…とにかく、色々なものがあるんだ。 遊びに行けたら、きっと楽しめる」 「…わかった。ありがとう、ガイ」  レオゴルドは、尾ひれの水流を停止させた。沈んでいった海の底で、劾らはレオゴルドから手を離す。 「任務の決行は明日だけど、わたし、来るだけ来てサボるからね。またお話しよ?」  ニコリと笑いながらそう言うと、レオゴルドは閃光とともに姿を消した。       基地の会議室、テーブルについた劾と玲の前へ、剣がマグカップをコトンと置く。中に注がれたコーヒーが、かすかに湯気を立てていた。 「しかし、珍しい感じの奴だったな。あのレオゴルドは。今までの4機…いや、”4人”のレプリロイドとまるで違う」  剣は、モニターに映されたレオゴルドの映像を見つめながら言った。映像は、ロックスーツのセンサーを通して記録されたものだ。 「彼女の任務内容はだいぶタチが悪いものだと思うけど…でも、彼女自身に任務を実行する気が無いっていうのは、有難いね。 レプリロイドにもああいうのがいて、僕ちょっと嬉しいな」 「レオゴルド自身にやる気がないからって、安心はできないな。デルタだって裏切者への備えぐらいはしてる筈だ」  レオゴルドの存在に、ある意味浮かれていた劾であったが、剣の言葉で、少し現実に引き戻される思いがした。  剣の言う通りだ。レオゴルドは確かに人間に友好的だが、それは人間に無害である事とイコールではない。 デルタも、いざとなったら遠隔操作でレオゴルドの自由を奪って、強制的に任務遂行させるぐらいのことはやるかもしれない。 「博士、東京港近辺に偵察ロボットを配置しておこう。レオゴルドが任務を”やらされた”時に備えてな」 「デルタがそこまでひどい事をするとは思いたくないけれど・・・そうも言ってられないわね。 レオゴルドが、人間を傷つけたくないと言ってくれるなら…もしデルタがそれを許さず、レオゴルドの気持ちを踏みにじるなら」 「そうだ。やめさせなきゃいけない。」  劾と玲も、静かに頷く。画面の中では、楽しげに泳ぐレオゴルドの姿が、何度も何度もループしていた。  一方、その頃。  薄暗く、無数の配線や大小さまざまなモニターが設置された部屋。そこにレオゴルドは居た。 彼女の斜め後ろには、細長い体形で、背中に虫の足のような3対のアームを備え、グレーのカラーリングに身を包んだレプリロイドが立っている。 そしてレオゴルドとグレーのレプリロイドの向かいでは、一人の”青年”が金属質な椅子に腰かけていた。   ”青年”はレプリロイドたちの装甲と似たつくりの、鎧のようなものを見に纏っている。 やや下へ切れ込んだ目頭を有する整った顔立ちで、頭髪は軽くウエーブがかかったヘアスタイルだ。 「あまり遊び歩かれると困るよ、レオゴルド。」 「ごめんなさーい」 「下見を入念にするのは良いが…浅草まで行くことは無いんじゃないかな?あそこはどう考えても、任務と関係ないエリアだよね」 「そぉーかな~?別に良いじゃない、ちょっとブラブラするくらい」  ”青年”は、穏やかな口調でレオゴルドに注意をする。 対するレオゴルドは、劾たちと接していた時のようなフワフワとした態度を崩さず、”青年”の話をあまり真面目に聞いていない様子である。 「レオゴルド。明日ノ任務ハ、ワタシトオマエノ共同デ、オコナウ。 勝手ナ行動バカリシナイデ貰エルカ?」  グレーのレプリロイドの口調は、まるで一昔前の音声合成ソフトのようであった。 殆ど抑揚のない如何にも機械然とした喋り方に加え、声の方もかなり無機質であり、人間的だったジュラファイグらとは大きく違う。 「分かってますったら。」  くるりと振り向いて、薄暗い部屋を後にするレオゴルド。”青年”は、グレーのレプリロイドの目を見つめて、言った。 「前にも言った通り、万一の場合の処理は頼んだよ。レディバイドの時の様に…」 「承知シテイル。」  グレーのレプリロイドも、歩いて部屋を後にした。後に残された”青年”の姿を、幾つものモニターの発光が煌々と照らし出していた。  8月2日、昼。    東京港の、盛夏の太陽に照らされてギラギラと輝く海上を、貨物船やフェリーといった、幾つもの船舶が走る。 それらはいずれも、芝浦から台場にかけて”入場門”のごとく架かるレインボーブリッジをくぐって、東京港に出入りをする。  そんな船たちのひとつに、浅草を出発して各所の乗り場を経由し、お台場へ向かうというコースをたどる遊覧船がある。 今日も今日とて大勢の乗客を乗せた遊覧船が、いつも通りにレインボーブリッジに差し掛かろうとした…そんな時だった。 ズ ド ド ド ド ド ド ン!!!! 「きゃあ!?」「なんだっ!?」「ば、爆発…!?」  東京港の海上各所で爆発が起きた。衝撃波が海を、一帯の空気を、そして航行中の船舶たちを激しく揺るがす。 それでも、貨物船やタンカーといった一定以上の規模のものは転覆などせずに耐えることが出来たし、そもそも大多数の船は爆発地点からある程度距離が離れていたため、 小さな船であってもなんとか体勢を保つことが出来た。  しかし、レインボーブリッジに接近していた、あの遊覧船だけは別であった。  レオゴルドの”任務遂行”に備えて基地に詰めていた剣たち3人と博士も、偵察ロボットからの映像を通して、この事態を目撃していた。 モニターには、複数配置された偵察ロボットからの映像が、分割画面で表示されている。 「レオゴルド…デルタに、逆らえなかったのか」  悲しい顔でモニターを睨む劾の横で、剣が博士に問い掛けた。 「博士、転送反応はどうだ?エネルギー反応は?」 「全くキャッチできないわ。」 「キャッチできない?…おかしいな、レオゴルドが東京港にいるとしたら…」 「ええ。昨日もレオゴルドは水中に居たけど、散漫とはいえエネルギー反応自体はあった…何らかの方法でエネルギー反応を隠蔽してるのかも?」 「それは厄介だな… ん? 博士!TP02号からの映像、全画面にしてズームしてくれ」  剣が、何かに気づいたらしい。 「了解、TP02号ね。」  博士がコンソールを操作して表示を切り替え、先程画面右上に出ていた映像が、モニター全体に映し出される。 剣の言う”TP02号”、すなわち芝浦ふ頭に配置された偵察ロボットからの映像だ。 「あれっ、これって…」  玲が声を上げる。ズームインした映像には、遊覧船が映っていた。と言っても、その遊覧船が無事であったならば、玲も声を上げたりなどしない。 問題は、遊覧船が変に傾いているという事であった。偵察ロボットの高精細なカメラによって、船内で乗客が慌てふためいている様子まではっきりと見て取れる。 どう見ても、尋常ではない。 「さっきの爆発の煽りで、どっか壊れたんじゃないか?まずいよこれ、乗ってる人たちを」  助けないと、と劾が言いかけたその時、2度目の爆発が起きた。 1度目とは異なる位置であり、爆発によって激しく荒れた海面が波となって、各埠頭に停泊中の船、1度目の爆発により航行を中断し、状況を探っていた船、そして傾いた遊覧船を襲う。 「桜井、沖藍。済まないが現場に向かってくれ。遊覧船の乗客を救出する」 「わかった。博士、私と桜井を転送お願いします!転送先は…」 「芝浦側アンカレイジの付近だ。あそこから壁蹴りでレインボーブリッジに上がれば、そのまま船の近くまで行ける」   剣と玲の言葉を受けた博士は、キーボードを操作して、転送先を設定する。 「転送先設定OK。転送スタンバイ完了。転送実行の操作権を、ガイ君とレイのロックコマンダーに移行します」 「転送開始」 劾と玲がロックコマンダーを操作し、転送が始まる。2人の体が光に包まれ、一瞬ののちにその姿が消え去った。その様子を見届けた剣が、「ん?」と呟き、再びモニターを睨む。 「待てよ…なぜ”爆発”なんだ?」 「どうしたの、ツルギ君?」 「昨日の桜井たちの話、それから映像見る限り、レオゴルドに出来るのは水流を起こす事だけの筈だ。 …爆発的に強力な水流を起こしたのかもしれないけど、それにしたって複数箇所同時とは…」  レインボーブリッジ・芝浦アンカレイジ付近に到着した劾と玲。 このアンカレイジ(橋台)とは、吊り橋であるレインボーブリッジの両端に位置する、ぱっと見はビルのような構造物であり、橋を支えるワイヤーを強固に固定するものである。  2人はすぐさまロックスーツを装着して、壁蹴りでアンカレイジの壁面を駆けあがり、そしてレインボーブリッジの遊歩道へと飛び込む。 本来なら地上の入り口から、アンカレイジ内を通って遊歩道に入るものなのだが、そんな悠長なことはしていられなかった。 やがて、件の遊覧船が見下ろせる位置へと到達したところで、2人に剣からの通信が入る。先に応答したのは劾だ。 「着いたよ。ここからどうする?」 <<桜井はレインボーブリッジに残って、沖藍が遊覧船に突入するんだ。2人のコマンダーで座標設定をして、乗客を船から橋へと転送する。>> 「分かった。それじゃ私は、船に…」  玲が遊歩道より飛び降りようとしたところで、剣が通信越しに玲を制止した。 <<沖藍、直接船に飛び降りるなよ。沈みかかってる船だ、上からの衝撃は加えたくない>> 「じゃ、どうすれば… あ、そうか。アレがあった」 <<そうだ。頼んだ>>  玲は10数メートルほど戻り、そこから下へ飛び降りた。このままでは、ただ海へ飛び込んでしまうだけである。しかしそうはならない。  玲の脚部アーマーの透明パーツが淡く発光し、ダッシュが発動した。通常のダッシュと違うのは、地上ではなく空中で発動させたということだ。 これこそ玲の言う”アレ”であり、高機動型ロックスーツの目玉。足場も何もない虚空を、まるで飛翔するように高速で駆ける”エアダッシュ”である。  遊覧船に着地した玲は、船体の傾きが、基地のモニターで見た時よりきつくなっている事に気づいた。このままでは、全員を逃がしきれるか不安だ。 「神崎、この船多分あんまり保たないよ!ストリングバインダーで、船をレインボーブリッジに結ぼうと思うんだけど。これ以上沈まない様に」 <<それなら、主塔…一番デカい橋桁に糸を張るんだ。>> 「橋桁?橋の真下じゃダメなの?」 <<そこはダメだ。レインボーブリッジの設計は知らないが、下から引っ張られるような荷重は多分、想定していない。吊るなら橋桁に吊った方がいい>>  玲はナイフガン・ガンモードに、ストリングバインダーのチップを装填し、レインボーブリッジの主塔目掛けて引き金を引く。 射出された糸は主塔に張り付き、遊覧船とレインボーブリッジを結びつける。念のため更に4本、合計5本の糸で船と橋を結びつけた。 これで少なくとも、船がすぐに沈んでしまうことは無い。ひとまずの安心を得て、玲は船内へと向かう。 「わっ、なんだオマエは!?」「赤い鎧…」「もしかして、ロックマン?」  玲の姿を見て、口々にリアクションを返す乗客たち。「皆さんを救助しに来ました…船長さんはどなたですか!」周囲の人々を見回し、大声を張り上げる玲。 救命ボートの準備や救命胴衣の配布を行っていた船員が、玲の声に反応した。少し怪訝な顔をしつつも、耳に装着したインカムで、何者かと会話を交わす。  程なくして、先程の船員よりも一回り程は年上の、男性船員が現れた。 「船長の、真古井(まこい)です。乗客の皆さんを救けに来た、と聞きましたが」 「はい、救出に来ました。船内の皆さんを全員、レインボーブリッジの上へとワープさせますから」 「そんなことが可能なんですか!?」 「ええ、出来ます。それじゃ、まず一人」  玲は、すぐ横にいた女性客の方を向き、そのままじっと立っているように指示をする。 コマンダーに固定されたスマホを操作して、玲の眼前、女性客のいるところを転送ポイントとして指定すると、次に劾へと通信を繋ぐ。 「こっちは準備よし、そっちは?」 <<こっちもOKだよ。僕の前方を転送ポイントに指定した>> 「よし!転送、開始」  玲がコマンダーを操作する。女性客の体を光が包み、そして消えた。途端に、女性客の近くにいた若い男性客が取り乱す。 「ちょ…奈々!おいあんた、オレの彼女どこやった!?レインボーブリッジに送ってくれるってホントかよ!?」 ピリリリ・・・ 「ン…?」  男性客のスマホが鳴った。表示された名前を見るなり、男性客は目を丸くし、食らいつくように通話に出る。 「奈々!?」 <<あっ、もしもし?凄いよ、ホントにレインボーブリッジに送られちゃったよ!>>  まだ目を丸くしたままの男性客をよそに、真古井船長が言う。 「どうやら、大丈夫そうですな。乗客の皆さんをお願いします。 我々は事故時の処置を行う必要がありますので、まだ逃げられませんが…そうですね、次はウチの添乗員を1人逃がしてください。 乗客の皆さんを纏めさせますので。…おーい、陣部(じんべ)!さっきの聞いてたな、お前行ってくれ!」     「軽油が流出してるって?」 「そうなの、ほとんど全量が漏れ出してるって船長さんが」  全乗客、そして船員をレインボーブリッジへ逃がし終えた劾と玲。これで一件落着といきたいところであったが、そうもいかない問題が発生していた。 謎の爆発が遊覧船にもたらしたダメージは、船を沈没の危機に追いやるだけでなく、燃料の流出という事態も引き起こしていたのだ。 船一隻分の燃料とはいえ、れっきとした海洋汚染である。   <<処理の方は、海上保安庁がしてくれるだろうが…その作業の最中に3度目の爆発が起きでもしたら、目も当てられん…”爆発のもと”を始末しないと>>  剣の言葉に、劾は無念さを覚えた。 「レオゴルドを倒さなくちゃいけないか」 <<…それなんだが、桜井。爆発を起こしているのはもしかしたら>>  剣が何か言いかけたその時である。劾と玲、それぞれのコマンダーから通知音が鳴り響き、地図と、レプリロイドのエネルギー反応を示すマーカーがスマホに表示された。  そのマーカーは、点ではなく重なり合った幾つもの円。博士の声が、コマンダーから成り響く。 <<ガイ君!レイ!レオゴルドが東京港に現れたわ。>> 「な…!?それじゃ、さっきまでの爆発は…」 <<ええ、おそらくレオゴルドの仕業じゃないわ>>  レオゴルドの仕業ではない。 その言葉が、劾の心に覆いかぶさっていた重い気持ちを吹き飛ばした。  無理矢理任務を遂行させられた訳でもなければ、劾たちの前で見せた人柄が偽りだったわけでもない。 やっぱり、レオゴルドはレオゴルドだったのだと。劾は、腹の底から絞り出すように言った。「良かった…!!」と。 「桜井、喜んでる場合じゃ…」 「あ、ああ。ゴメン沖藍… ん?レオゴルド…レオゴルドは渦を…それなら…」 「桜井?どうしたの?」 「レオゴルドの力を借りて、燃料を焼却処分するんだ!」  玲は、一瞬困惑した。だが劾の言う「レオゴルドの力」というフレーズから、昨日見たレオゴルドの様子を連想し、そして劾の言わんとする事を理解した。 「レオゴルドに渦を…」 「早くレオゴルドの所へ行って、桜井!アンタの意図は分かった!」  マーカーは、竹芝ふ頭付近の海中のどこかにレオゴルドが居ることを示していた。今の劾にとって、それ以上の手掛かりは不要だ。 昨日レオゴルドと別れた地点…そこに彼女はいるに違いない、劾はそう確信する。    果たしてそれは、的中した。竹芝ふ頭の深い水の中で劾らを待っていたのは、隅田川の時と同じように、ゆったりと揺蕩うレオゴルドの姿であった。 レオゴルドは、すぐ劾に気づいた。嬉しそうに近付いてくるレオゴルドを、劾は抱き留めて制止した。 「レオゴルド、今日は…お願いがあるんだ。僕の話を聞いてくれるかい」  劾は、話して聞かせた。東京港に起きた事件のことを。流出した燃料を始末するために、レオゴルドの力を貸してほしいという事を。 レオゴルドは何かを迷うような表情を見せたが、それもほんの一瞬の事であった。 「分かった。やろうよ、ガイ!すぐ行こう!」  劾は、レオゴルドを伴って再び遊覧船の傍へと舞い戻る。コマンダーを操作し、博士より送信されてきた、流出軽油の漂流拡散シミュレーション画像を表示させる。 「それじゃあ、始めてくれ、レオゴルド!」 「任せて!」  レオゴルドは、海面と海底の中間あたりに浮遊しながら、渦を起こした。   彼女が背部に装備した尾ひれのような装置、テールスラスター。これは、強烈な水流によって高い推進力を生み出す。 更に、この一直線の推進力を渦へと変えるのがストリームフリッパーだ。これは一種の慣性制御装置であり、テールスラスターの水流を引き寄せ、曲げることが出来る。 曲げられ続けた水流は、やがて円の形を成す。これが、レオゴルドの渦なのだ。    一方、玲はレインボーブリッジからレオゴルドの渦を監視していた。 渦の内側に取り込まれた流出軽油は一つに集まっていき、そして渦の余波は外側へ向かう力となり、海上に浮かぶ船たちを押しのけ、危険域から遠ざける。 軽油は纏まるにつれて、周囲の海水と色合いを異にしていく。   ここからは第2段階だ。レオゴルドの真下で待機する劾へ、玲が合図を出す。そして劾が、レオゴルドに指示をする。 「レオゴルド、渦を狭めていってくれ」 「よーっし!」  ストリームフリッパーを振るい、水流の軌道が変わったことで、渦はその大きさを徐々に縮小していく。その中心を成す軽油の、エメラルドグリーンの色彩がくっきりと露になった。 「今だ、レオゴルド!フルパワーだ!」 「はああああああああああああああ!!」  テールスラスターが、最大の出力を発揮する。東京港を丸ごと水流地獄と化せる程のパワーが、ただ一点を囲う渦へと叩き込まれたことで、渦は平面的な円運動の域を超える。 遂に天を目掛けて上り始めたそれは、もはや渦というよりも、竜巻のようである。     「見て下さいあれ!水の竜巻ですよ!」「どうなってんだありゃ…」「写真撮っとこ」「すっげぇー!あんなの初めて見たよ!!」「クジラか?」  突如として生まれた”水の竜巻”は、レインボーブリッジに避難した遊覧船乗客及び船員、東京港各埠頭の作業員、お台場の観光客、 遊覧船船員からの通報で駆け付けた海保隊員など、多くの人々から目撃された。  何のためにそれが起きているのかは皆、知る由も無い。ただ、非日常的で珍しい光景に、多くの視線が注がれていた。  劾は、ロックバスターのチャージを開始していた。レオゴルドの真下で、仰向けに寝転がる格好でバスターを構える。 軽油と海水とのコントラストは、海中からもはっきり見て取ることが出来た。今だ、撃つぞレオゴルド!そう叫んで、一息置いて引き金を引く。 ロックバスターのエネルギー弾は、レオゴルドの横をすり抜け、水中を突き抜ける。水の竜巻に抱かれた流出軽油へと到達し、そして火をつけた。   ズ ド オ オ オ ン!!!  爆発音が辺りに響き渡る。水の竜巻に見入っていた人々は、身じろぎした。爆炎の拡散は水の竜巻に阻まれ、水しぶきが炎に照らされてオレンジ色に輝く。まるで花火のようである。 その様子を見届けた玲は、”焼却処分”の成功を通信で劾に告げるのであった。 「ありがとう、レオゴルド。協力してくれて…ほんとに有難う」 「どういたしまして」 「…あのさ、レオゴルド。僕らの、仲間にならない?」 「仲間に?」  キョトンとするレオゴルド。まっすぐに目を合わせ、劾は語る。 「今まで僕らロックマンと戦ったデルタナンバーズたちは、完全に死んではいないんだ。シェリー博士が、彼らの為の新しいボディを作ってる。 戦闘能力のない、小さなサイズのボディを」 「それが出来上がると、どうなるの?」 「君の分も作って貰えば、その…何か入れ物に隠しながらになっちゃうけど、一緒に遊びに行ったりできると思うんだ。 言ってたよね?街へ行ってみたいって」  「ホントに、いいの?」そう言ったレオゴルドの表情は、歓喜に満ちていた。尾ひれの水流で浮遊することも忘れ、ス…と着底する。  劾は、レオゴルドの背丈が結構小さかったことに気が付いた。今までは基本的に水中に浮かんでいて、地に足をつけることが無かった故に、分かりにくかったのだ。  背の高い劾とはかなり身長差があるために、レオゴルドは、上目遣いで劾を見上げる格好となる。その様子が、劾からすると可愛らしく感じられた。 「わかった。わたし…あなた達の仲間に…」  その時であった。レオゴルドが、ぐわりと目を見開く。胸を押さえて「あ…う…!!」と、呻き始めた。ただならぬ様子を察した劾が、その肩を掴もうとする。 だが、レオゴルドは劾の手を払いのけ、ストリームフリッパーを構える。 「レオゴルド!?」 「は…離れて!!ジ…じば…自爆が…」  レオゴルドの水流が、劾を押し流した。その時劾の目に映ったものは、全身から放電を起こし、装甲の隙間から光を放つレオゴルドの姿。 「が…い…」  か細い声を絞り出した後、レオゴルドは爆散した。衝撃波が劾を襲い、海上では、水柱が上がる。 後には、ピンク色の装甲の破片や、粉々になったメカの残骸といった…”レオゴルドだったもの”が、幾つも散らばり、海中を漂っていた。   「桜井!今の爆発は!?どうしたの、桜井… 桜井?」  しばらくして、玲が劾の元へ来た。呆然と立ち尽くす劾を目にして、玲は戸惑う。 「いったい何が…あれ、レオゴルドは?」 「…。」 「ね、ねえ桜井…レオゴルドは何処行ったの?帰ったの?」 「自爆…した…」 「自爆!?」  劾の足に、何かがコツンと当たった。それは、ストリームフリッパーの片割れであった。それを拾い上げた後、劾はかすかに声を震わせながら、言う。 「神崎がさ…『デルタは、レオゴルドがいう事聞かなかったら、遠隔操作で無理矢理任務やらせるかもしれない』って言ってたよね。それ、アタリだったんだ。 遠隔操作で、任務遂行じゃなく、自爆を…させて…」  言い終わる頃には、劾は嗚咽を漏らしていた。基地へと帰り着き、ロックスーツを脱いだ劾は、目を腫らしていた。 玲も、そして事の次第を聞かされた博士と剣も、その表情は一様に曇っている。 「博士…ジュラファイグ、レディバイド、シルキーガ、ウィーゼラン…あの4人の修復は、進んでますか?」 「CPUの修復は完了してるわ、ガイくん。ミニボディもほぼ完成している。 彼らは、もうすぐ蘇るのよ」 「…彼らと話がしたい。デルタのこと聞きだすのも勿論だけど…友達になりたいんだ。ジュラファイグ達のことを、もっと良く分かりたい」   ―『遊びに行ってみたいな。壊しに行くんじゃなくて。…ねえガイ、街って楽しい?』『わかった。わたし…あなた達の仲間に…』―  レオゴルドの言葉が、劾の胸の中で何度も何度もリピートされた。劾は、ストリームフリッパーを強く握りしめた。

第7話「BOUSTING SHELLCONE STAGE」

8月3日。  博士は、ジュラファイグら4人のCPUを、戦闘能力のない新たなボディに組み込む作業を行っていた。 よくあるロボットのプラモデルや玩具のような大きさの”ミニサイズボディ”だ。 「シルキーガはこれでよし、と…後はウィーゼランだけね」   デルタナンバーズの基本的な構造は、彼らを造ったデルタ自身と同じ。つまりは、デルタの生みの親である博士にとっても、勝手知ったる構造ということだ。 慎重にそして確実に、手元を狂わすことなく作業を進めていく博士。そしてその姿を、傍らで見つめる者が居た。 「…。」  剣であった。作業に興味津々という風ではない。その目は作業の様子というよりも、どちらかというと博士自身の方に向いている。 やがて作業を終えた博士が「ふぅ、のど渇いた…ちょっと休憩入れるわね」と言いながら振り向いても、剣はどこか呆っとしたように、博士の顔を見つめていた。 「ツルギ君?私の顔に何かついてる?」 「ん?あっ、いや…何でもない」  我に返ったように、慌てて取り繕う。剣の珍しい様子を前に、博士の顔が綻んだ。 「どうしたの、ボーっと人の顔見つめたりして」 「…綺麗だなー、って思ってな」 「えっ!?」 「冗談だよ。…俺も喉乾いたな、ちょっと外出てコンビニ行ってくる。何か買ってきて欲しい物あるか?」 「じ、じゃあ…炭酸水をお願いするわ。ちょっと待って、お金を」 「いいよ、奢るから」  何よもう…と言いながら顔を赤らめる博士をよそに、剣は転送で地上へと出てコンビニへと向かう。 「なんで俺はさっき、博士の事を見つめてたんだ…」  呟いた直後、剣の頭がズキリと痛む。やがてコンビニへと着き、いつの間にか頭痛が収まっても尚、剣の表情は晴れ切らなかった。 (…この前から多いな、頭痛…。 なんなんだ…)    数時間後、デルタナンバーズの修理と再起動準備は全て完了した。剣からの報せを受け、劾と玲も基地へと来る。 3人が見守る中、博士は端末のキーボードに手をかざし、エンターキーに指を触れた。 「それじゃ、いくわね… 起動!」  緊張の一瞬、そしてキーを押し込む音。実際にはとても小さいはずのその音が、やけに大きく感じられた。 画面上で幾つものウインドウが開いては消え、AIの起動状況を示すゲージ状の表示(プログレス・バー)が、0%から徐々に満たされていく。 やがて100%に達したゲージは、画面上から消える。そして。  4人のミニ・レプリロイドが、ほぼ同時にパチリと目を開き、起き上がり、立ち上がる。博士は彼らに呼びかけた。 「ライデン・ジュラファイグ、サンシャイン・レディバイド、ストリング・シルキーガ、スプリント・ウィーゼラン。私が分かるかしら?」  最初に返事をしたのはジュラファイグである。 「…ああ、知っている。シェリー・ブロッサム博士だな。デルタから貴方の顔写真を見せられたことがある。だがこの、から…」 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?どうなっているウウウウウウ!この機体(ボディ)は!」 「サイズが…小さくなっているようですわね」 「どうなってるんスかこれ、一体…」    人間の寝起きと違い、寝ぼけたかのような様子など微塵も無い。閃光(フラッシュ)と共に止まった時間が、再び動き出したかのような…とてもスムーズな目覚めと言えた。 「博士の他にも人間がいるじゃないッスか?って、あれ?ちょっとそこのアンタ」  ウィーゼランの、玲へと向けられた声につられ、他の3人も剣達の存在に気づいた。 「え、私?」 「そうッスよ。オレの見間違いじゃなけりゃアンタは…赤いロックマンっスね!?  アンタ確か、オレの近くに人間の姿で現れて、それからロックマンになってオレと戦ったッスよね」 「うん。私は沖藍玲、赤いロックマンだよ」 「やっぱりッスか。…ちょっと待てよ、博士や赤いロックマンと一緒にいるってことは、もしやそっちの2人は!」  ウィーゼランの言う”そっちの2人”こと剣と劾も、それぞれの姓名と、自分がロックマンであることをミニ・レプリ達に告げる。 自己紹介を黙って聞いていた4人であったが、その表情には不安の色が見て取れた。無理もない。 本来よりも小さく弱くなった機体(ボディ)、そしてここは敵であるロックマンの基地。これらの事から察せられる状況と言えば、普通に考えるなら1つしか無い。 「なるほど、お前達の事は分かった。そして我々は…捕虜という訳か」  いささか悔し気に述べられた、「不安な考え」。しかしそれを、剣と博士が否定する。 「捕虜なんかじゃない。博士や俺たちはな…お前達をただ敵として倒したままにしたくなかっただけだ。生きていて欲しかった、と言ってもいい」 「む・・・」 「それと。貴方達の機体(からだ)には、デルタとの通信機能も残してあるわ。これがどういう事か分かるわね?」 「デルタに連絡取って、オレらを回収に来てもらうことが出来るッスね」 「今この場で、そうさせて頂いても宜しいのですが。」 「おう呼ぼうぜ!!今すぐにいいいいいいいいいいい!!」 「待て」  ジュラファイグが、はやる3人を制した。「いつでも逃げられるというのなら、逃げるのは少し待とう」と言って。 シルキーガとレディバイドは少し不満げであったが、ウィーゼランがジュラファイグに同意した為か、それ以上抗議をすることは無かった。  自分たちはさしあたって、どうすれば良いのか?そう問うてくるミニ・レプリに対し、劾は台の傍に屈み込み、目線の高さを合わせる。 「聞かせてほしいんだ。君たちの事を」  それから、場所を会議室に移して、対話が始まった。剣、劾、玲、博士は席に着き、ミニ・レプリは机の上に立つ。 ロックマン側の4人は、初っ端からデルタに関する情報を訊ねはしない。 ジュラファイグら自身の事、何を思って任務にあたっていたのか、デルタをどういう存在として見ていたのか、ということを主に聞いていく。  思惑はそれぞれ異なる。剣の場合は、警戒心を解いて、本当に必要な情報を聞き出しやすくする尋問のテクニックとして。 玲と博士の場合は、話しやすいことから話させるようにしてやろうという配慮として。劾の場合は、純粋にミニ・レプリ達と距離を縮めたいという思いから。 それに対し、最初はあまり質問に答えたがらなかったミニ・レプリも、僅かながら態度を軟化させていく。  劾は、レオゴルドの件以来気になっていた疑問をぶつけることにした。ミニ・レプリ達を順番に見ながら、「人間と、人間の世界の事はどれほど知っているのかな?」と問う。 「最初にデルタさんから人間について教わったのは、『人間とはレプリロイドを生み出した種族である』という事ですわ。 『異種族はそうそう相容れるものじゃない。人とレプリロイドは対立し争う運命だ』とも、デルタさんは仰っていました」 「それはデルタから聞かされた事だろ。桜井が言ってるのは、おまえたち自身が人間の事をどう思い、どれ程知っているか、だ」  剣の言葉に、ミニ・レプリ全員が考え込む。暫くの間を置いて、それぞれが異口同音に返答をした。  ”正直な所、全然分からない”と。  8月4日朝、新宿駅構内コンコース(大通路)。   「おおう!!どっちを見ても人間だらけだなあああああ!!」 「レディバイド、外では静かにって言ったろ」  剣が、レディバイドに注意をする。この3人だけでなく、劾、玲、そしてジュラファイグ、シルキーガ、ウィーゼランも新宿駅にいた。  これは、劾の提案によるものであった。ミニ・レプリ達に人間の世界を知ってもらおう、という趣旨の”お出かけ”である。 剣&博士はジュラファイグ&レディバイドと、劾&玲はシルキーガ&ウィーゼランと共に、東京の街、中でもこれまでの戦いの舞台(ステージ)となった場所を巡り、 最後は東京駅で合流して帰る、というスケジュールだ。  ミニ・レプリ達をむき出しで連れ歩く訳にはいかない為、ジュラファイグは剣のショルダーバッグに、レディバイドは博士の白いバッグに、 そしてシルキーガとウィーゼランは劾のボストンバッグに入れられている。  劾グループと別れた剣グループがまず向かった先は、シルキーガステージ・渋谷。 駅前のスクランブル交差点では、歩行者用信号機の切り替わりに合わせて、大勢の人々が、横、斜め、追い越しなど、あらゆる向きで交差し互いに躱しあい、 ぶつかることなく歩いていく。 「これは、本当に何の示し合わせもなくやっているのか?」 「よく人間同士でぶつからんなあ!?」 「なんとなくで避けられるんだよ、不思議と」  バッグから顔を出したジュラファイグとレディバイドが、感心したようにスクランブル交差点の光景を眺める。 彼らは、街をゆく人々の多種多様ぶりに驚いていた。 服装だけを見ても、フォーマルなものから、カジュアルなもの、ヒップホップ系や、果ては大道芸人か何かのような奇抜なものまで様々で、 更に老若男女が非常に雑多に入り乱れている。 人間を、人間という種族として大雑把な括りで捉えていたレプリロイドらからすれば、これは新鮮な発見といえた。 「ツルギ、この人間たちは何しにこうして移動している?」 「それは色々あるな。遊びに行くためだったり、仕事だったりとか」 「仕事っつーと、アレか!オレらで言う任務みたいなものか!?」 「そんなとこだな。ただ、ああいう荒事よりも、それ以外の事…製造とか、運輸だとか、芸能とか、報道とか、そういう物のが多いな」  ミニ・レプリ2人は、製造と運輸は分かっても、報道と芸能に関してはピンと来ないようだった。 報道については「情報を広く世に伝えること」という説明で納得したものの、芸能に関しては説明をされればされる程、かえって困惑の色を濃くする。 それはどうしても必要な事なのか?無くても良いのではないか?そう言って、首を傾げる。 「まあ、そこらへんは…人間の思考や感情も絡む話だからな。すぐに分からなくても仕方ないさ」  渋谷の街を一通り回り終え、場所を”ウィーゼランステージ”池袋に移して、社会見学は続く。 「まだまだ他にもあるのよ。電車だって人が操作して動かしてるし、電車がスムーズに走れるように運航の仕方を考える仕事もある。 あ、ほら、あの駅の壁の画面。映像が映ってるわね?あれは『ニュース』って言ってね、報道の一種なの。貴方達とツルギ君達が戦ったことも、ニュースで取り上げられたりしたのよ」 「ツルギ、博士。少し気になる事があるが、質問いいか?」 「どうした?」 「さっきから色々解説して貰ってるが…品物と言い仕事と言い、必需ではないものも少なからず有るように思えるな。何故、そういうものまでしっかり維持されている?」 「あ、それはオレも気になるぞ!色々と意味が分からん!!」  ふむ…と、剣も博士も考え込む。人間の世界が分からないミニ・レプリの為には、余計な情報を挟まず、分かりやすく説明する言い方を考えねばならない。 「なんというか…人間には生活とは別に、やりたい事っていうのがあるのよ。」 「仕事ではない、遊びがそれにあたるのか」 「いや、そうとは限らない。仕事イコールやりたい事っていう場合もあってな。例えばさっき言った『芸能』がこれなんだ。 まあ基本、人は…仕事により手に入れたお金で食事等を得て、体のエネルギーを保つ。但しそれだけじゃ駄目で、やりたい事を出来る範囲でやることで、 心にもエネルギーを得てるんだ。そうすることで生きていける。」 「で…それがまた仕事をこなす原動力になって、他の誰かの命を支える事になったりするの。 誰かの仕事と、誰かのやりたいことがあっちこっちで繋がって絡み合って、人間の世界が出来てるのよ」  回答を聞き終えて、ジュラファイグがぽつりと言った。 「仕事と、やりたい事、か。博士がデルタを造り上げたのは、どっちなんだ?」  博士は少し目を伏せてから、軽く空を見上げて答えた。 「やりたい事…かしらね」    ジュラファイグステージ・新橋。  劾たちから少し離れた路地で、若い男が2人、警官に押さえられていた。「離せよ、オラぁ!!」「大人しくしなさい!!」…そんな声が聞こえる。 ボストンバッグの中から、あれはいったい何なんだ、という顔で見上げて来るシルキーガに、劾は「多分、ケンカか何かだと思う」と独り言のように言うと、 少しの間を置いて言葉を続ける。 「ああして、悪いことをする者もいるんだ。」 「人間が人間に対して、害を与えるのですか?…分かりませんわね、人間同士は仲間ではないのですか」 「仲間ではあっても、それぞれ個別の命や思いがあるからだよ。誰かに不快にされたと感じて、その怒りを我慢できないだとか、 誰かに害を与えてでも、やりたいことをやろうと思ってしまったとか…そんな時なんだ。人間が人間に悪事をはたらくのは」 「人間にも、いろいろ居るんっスね…」  しみじみと呟くウィーゼランの頭を、指先で優しくトントンと撫でながら、玲が言う。 「ともかくね。人間の世界は複雑なのよ。…ちょっと嫌なもん見せちゃったね、次行こうか、桜井」  新橋から、特殊列車『ゆりかもめ』に揺られて向かった先は、レディバイドステージ・お台場。 「こ、これはっ!?オレらの知らない超大型レプリロイド!?」 「違う違う、コレは観光向けの置物なんだ。デルタとは関係ないよ」  お台場南側に立つ、有名ロボットアニメの立像。大音量で流れる音楽に合わせ、各部のギミックを動作させるそれは、周囲に多くの観光客を集めていた。 みなが写真を撮ったり、感心したように見上げている。劾たちは、付近のベンチに座った。 「かんこう?」 「要するに、普段行かない場所を訪れて、そこにある物を楽しむ事だよ。」 「つまりは、遊びの一種ッスか。しかし、人間の遊びってバカにできんッスね。こんなものまで作るとは…大きさだけならギガプライア―よりデカいッスよこれ」 「ギガプライア―って、もしかしてジュラファイグ達より前に新宿で暴れた、あの大型のレプリロイドの事?」 「そうなんスけど、アレは『メカニロイド』つって、レプリロイドじゃないんスわ。オレらと違って自我を持ってないメカなんスよ」 「そういう事か。すると、ギガプライア―と一緒に現れた雑魚メカや、シルキーガが引き連れてたキャタピロンとかいうのも、メカニロイドなのかな?」 「そうッスね。メカニロイドの役割は、オレ達デルタ・ナンバーズの任務を補助…」  その時である。劾たちの前を通過していた恰幅の良い男性に、スマホを操作しながら歩いていた中学生くらいの少女が、追い越すような形でドンとぶつかった。 そして直後、 「あーっ!!!!」  恰幅の良い男性が、狼狽えた。なにやら酷く慌てた様子でしゃがみ込み、地に手を突いて何かを探している。 「沖藍、シルキーガとウィーゼランを見てて。…ちょっとすみません、どうされました?」  声を掛けた劾に対し、男性が答えたところによると。通りかかった誰かにぶつかられた衝撃で、メガネを落としたのだという。 劾が男性の周囲を見てみるが、それらしきメガネは無い。 慌てた男性本人が知らず知らずに蹴り飛ばしたのか、それともぶつかった歩きスマホの少女によってか、ともかく何処かへ弾き飛ばされてしまったようである。 早く見つけなければ、誰かに踏まれて壊れてしまうかもしれない。だが焦れば余計に時間がかかる。 劾は慎重に辺りを捜索し、やがて…付近の植え込みの中に、キラリと光を反射するものを見つけた。 「メガネ、これですか?」 「あー!!ありがとうございます、これです!なんとお礼をしたら…」 「いえ、気にしないでください。」  ベンチへ戻って来た劾に、玲がボストンバッグを押し付けた。キョトンとした顔の劾を置いて、玲は付近の街路樹の陰へと早歩きで消える。劾はボストンバッグを抱えて玲を追う。 街路樹の向こうでは、玲が先ほどの歩きスマホの少女に、注意をしていた。 「貴女がさっきぶつかったオジサン、衝撃でメガネ落として失くしてたよ。もう見つかったけど」 「え、そうなんですか…すいません」 「私じゃなくてオジサンに謝るの。私も付いててあげるから、ほら」  玲は少女の背中を軽くポンポンと叩き、立像を眺めているメガネの男性のもとへ、少女と共に向かう。ぺこりと頭を下げる少女を、男性も快く許したようであった。  しばらくの散策の後、劾らは帰りの集合場所である東京駅へと向かうため、お台場から新橋へと戻る。ゆりかもめに揺られながら、シルキーガが劾に尋ねる。 先程の劾と玲の行動は、やらねばならない事なのか、それともやりたい事なのか…どちらなのかと。 「それは…」 「ちょっと、答えるのが難しいね」 「では、ロックマンでいる事は、どちらにあたるのですか?」 「私の場合は、両方だよ」    劾は答えなかった。返答を促そうとする玲であったが、ちょうど見えてきた東京港の水面(みなも)を、劾が見つめていることに気づき、口をつぐむ。 彼が東京港を見つめる理由を、玲も知っている故だった。 「ジュラファイグ、レディバイド、シルキーガ、ウィーゼラン。今日は、お疲れ様」  東京駅で剣グループと劾グループが再度合流、博士がミニ・レプリ達へ声をかけた。しかし、彼らは一様に、  ― 剣から「おまえたち自身が人間の事をどう思い、どれ程知っているか」と問われた時の様に ― 押し黙っていた。  もしやこのお出かけは、迷惑だっただろうか…そんな心配をいだきながら、博士が再び声を掛けようとする。だがそれに先んじて、ジュラファイグが口を開いた。 「悪いな、博士。思うところがある…という奴だ。俺たちなりにな」 「そう…。 今日は、どうだった?」 「…面白かったとだけ、言わせてくれ。」  そう言うと共に、ジュラファイグは博士から目線を逸らし、そのまま節電(スリープ)モードに入って目を閉じる。レディバイドらも、いつの間にか眠りについていた。  剣達は、ホームを目指して駅構内を進む。しかし途中、劾が「あ、ごめんちょっと待って」と言いながらコンコースの柱のひとつへと向かって行き、そして立ち止まる。 「どうしたのガイ君、慌てて」 「えー…こんなのあったんだ。行きたいなこれ…」  その柱には、『ガネシア・リーフ』というバンドの、ライブの広告が掲出されていた。メンバー2人の顔写真や、曲目として『ELECTRONICS COMMUNICATION』や、 『BRANDNEW ROAD』『Step up Potential』といったタイトルが掲載されている。 「良く分からんが、お前これ好きなのか?」 「好きっていうか…中学の時、この人達の曲を気に入って、調べてみたらさ。バンド自体はとっくに解散してたんだよ。最近再結成したとか聞いたけど…ライブやるのか」 「会場は神奈川で、公演日は…19日!?あと2週間ちょいじゃない。これもうチケット売り切れじゃないの?」  玲が劾の方を見ると、劾は既にスマホで、チケット販売サイトを閲覧していた。 「後ろの方の席はまだ、一般販売分に空きがあるか…安いし、どうしようかな」 「せっかくだから行っとけ、桜井。グズグズして行けなくなったら勿体ないぞ」 東京駅八重洲口に隣接するビルの屋上から、ホームで電車を待つ剣たちの姿を見下ろす者たちが居る。 それは、仄暗い部屋でレオゴルドと共に居た、”青年”と、グレーのレプリロイドであった。    居るとは言っても、その姿は傍(はた)からは殆ど不可視。彼らの周囲にある謎の障壁が、光を捻じ曲げているためであり…  一見すれば、かすかに陽炎の様に揺らめく空間があるだけだ。 「明日も、何処かに連れて行ってみるか?彼らが行きたいと言えば、だけど」 「そうね。もし行くなら…銀座はどうかしら」  青年は剣と博士の会話に聞き耳を立てる。遠すぎる上に周囲の音もあって、普通なら到底聞こえはしない。 しかし青年はその高精度な聴力を持って、会話をしっかりと聞き取っていた。 「こんなところで会えるなんて。…銀座か。ボクも行かせてもらいます、博士」  青年は、剣たちを乗せ走り去る電車を見送ると、何処かと通信を始めた。 「シェルコーン。君の任務だけど…予定変更だ。明日やるよ」 <<はぁ?明日?…あーハイハイ、分かりやしたよ。で、場所は?変更なしですかね?>> 「それは追って伝える。それとこの後、君をちょっと強化改造するよ」 <<強化ですかい。そりゃ良いですけど、なんでまた?俺ァ、今のままで充分強いですがね>> 「ロックマンは、より手強くなっている可能性があるからね。じゃ、切るよ」  通信を終えて青年は、背後のグレーのレプリロイドを振り返る。 「そろそろ帰ろうか」  陽炎は、消えた。    8月5日。 「転送反応!場所は…中央区・銀座!」  それは博士が、会議室に剣たちとミニ・レプリを集め、お出かけの相談をしようとした矢先であった。敵と思しきエネルギー反応は1つではなく、その数12。 間の悪い報せに、剣達も顔をしかめる。 「博士、転送頼む。桜井、沖藍、行こう」 「よし」 「うん!」  銀座で剣達を出迎えたのは、メカニロイドの集団だった。丸い胸部に両腕の代わりにミサイルポッドが付き、人型のそれに近い下半身を備えた機種。 胴体に頭部と両腕、翼を備え、脚を持たず空中に浮遊する機種。小ぶりな胴体に、細長い6本の脚と持ち上がった尻尾を持つ、サソリのような機種。  新宿の事件と同様の3機種であり、各4機、合計12機。暴れるメカニロイドに破壊された車両が黒煙を上げ、あちらこちらの建物が破損し、多くの人々が逃げ惑っている。  3人共に、スマホを取り出してアプリケーション「ROCK SUIT」を起動した。画面に3×3で表示された9つの点を、  剣は「上段右→上段真ん中→上段左→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」と結んで「Σ(シグマ)」の字を描き、  劾は「上段左→中段真ん中→下段右」「上段右→中段真ん中→下段左」の順に結び「X(エックス)」の字を描き、    玲は「上段左→上段真ん中→上段右→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」と結んで「Z(ゼット)」の字を描く。  ロックスーツの装着シークエンスは、瞬く間に完了する。剣達がメカニロイドに立ち向かおうとしたまさにその時、暴れていた当のメカニロイド達がピタリと動きを止めた。  銀座のシンボルである時計台の前で、閃光が迸る。そして…光の中から、それは現れる。鎧を纏い、ウエーブが掛かった薄灰色の頭髪の青年。 彼の姿は、偵察ロボットのカメラに捉えられる。基地のモニターに映し出されるその姿を見て、博士は呻いた。 <<デ… デルタ…っ!!>> 「デルタだと!?」 「あれが…」 「最初の、レプリロイド…」  デルタはその場から動かず、無表情で剣達に視線を向けて来た。そして剣達も、あっけにとられながらデルタを凝視する。 緊張と静寂の十数秒に終止符を打ったのは、その場に居る内の何者でもない。博士であった。 <<ツルギ君!>>  基地で博士は、予備のロックコマンダーを腕に巻く。 「私も、そこに行く」 <<博士、ちょっと待ってくれ!>> 「止めないで、行かせて」 <<そうじゃない!来るなら、ミニ・レプリも一緒に連れて来るんだ>> 「ミニ・レプリを?…ねえ、もしかして」 <<その通りだよ。頼むぞ>>  転送で銀座へ現れた博士は、剣に大きな鞄を渡すと、デルタの方へ歩いていく。 剣はシェルコーンやメカニロイド、そしてデルタへの警戒を劾と玲に任せ、しゃがみこんで鞄を歩道に置いた。鞄のジッパーを静かに開けて、中のミニ・レプリに語りかける。 「すぐそこにデルタが居る。…奴の元へ、戻りたいか?」 「戻りたいと言えば、戻りたいがね」 「なら、そうすると良い」 「何を言ってんだあ!?」 「外では静かにしろって言ったろ、レディバイド。…お前達は、デルタによって生み出され、デルタのために戦った、デルタの仲間なんだ。 だから、奴のもとへ帰りたいのなら帰って良い。止めはしない。」  劾も玲も、剣の言葉に口を挟まない。ミニ・レプリはミニ・レプリで、はいそうですかと一目散にデルタの元へ向かいはしない。 「良いのですか?わたくしたちが去れば、デルタさんの情報も得られなくなりますわよ」 「そんな事は良い。言った筈だ、博士や俺たちは、お前達をただ敵として倒したままにしたくなかった。生きていて欲しかった、だから復活させたんだと」 「それは、そうかもしれねーッスけど…」 「ともかくだ。こちらの都合で、お前達にデルタを裏切らせたくない。…博士だって、息子のようだったデルタに裏切られて悲しんだんだから」  その時。剣が急に顔をしかめ、頭を抱えた。激しい頭痛が彼を襲ったのだ。 「どうしたあ!?」 「大丈夫っスか!?」 「…っ。何でもない…それより、どうする?あまりノンビリと返答を待っては居られないが…」  一方、博士はデルタと対峙していた。 「デルタ…デルタなのね」 「ええ。暫くぶりですね」 「アーマーが、少しくたびれてる気もするけど…元気そうで、何よりよ。」  博士の視線は、デルタの左胸に向かう。そこには黄色い三角形のケースが取り付けられており、中に収められた金属のプレートには、「DBN-001 DELTA」と刻印がされていた。 「デルタ、あなたは何故こんな事をしているの。何故、この時代の東京を襲うの?」 「…。」 「答えて!自分が何をしているか分かってるの!」 「それはボクの言うセリフだ」 「え…」 「博士の方こそ、分かっていませんね。自分が何をしでかしたのか、それがどんな悲劇を招く事なのか」 「何を、言ってるの」 「…いや、違うな。ボクはこんな話をしに来たんじゃなかった」   デルタは博士から視線を逸らし、俯いた。そして再び上げた顔には…不敵で、しかし何処かぎこちない笑みが浮かんでいた。  「ボクは!この東京を征服し!レプリロイドの帝国を築く!邪魔をするものは誰だろうと許さない…!」  デルタを包み込むように、黄緑色の光の筒が発生した。その中で、幾つもの黒いパーツが出現する。 パーツ群は足から下腿、腰、前腕、肩、胸…と、デルタの下から上の部位へと順に装着されていく。最後に頭部へとパーツが装着され、光の筒が消失する。  トレンチコートか軍服を思わせる強化パーツ、『メガアーマー』を纏ったデルタの姿がそこにあった。 更に彼は、右手に武器『デルタセイバー』を呼び出す。白い柄がまず出現し、続いて赤いビーム刃が伸びる。  剣は鞄を置いて、ダッシュジャンプで博士とデルタの間に割って入り、ロックブレードを構えた。    「博士、下がってくれ!隠れるんだ」 「でも、ツルギ君!デルタは…」 「早くしろ!!」 「…っ」  博士は、付近のデパートへと駆け込む。デルタが小声で「よし」と呟いたことに、剣は気づかなかった。 「青と赤のロックマン。君達にはメカニロイドの他にもう一つ、もてなしをしよう」  デルタの言葉と共に、劾と玲の頭上に白い光が閃く。地上10m程の空中に出現した何者かが、巨大な銛を振りかぶって2人に襲い掛かった。 2人が飛び退くと同時に銛が路面を破砕し、アスファルトが毒々しい色の煙を上げて溶解する。  銛の持ち主は、イモガイを模したかのような外観である。紫のカラーリングに身を包み、背丈自体は剣達より小さい。 短い脚に対してかなり大きなスリッパ状の足を持ち、白く卵型に近い”貝殻”を背負っている。銛は片腕だけでなく両腕に装備され、頭部には透明な角を1本有する。   「ほぉ…不意打ちのアシッドハープーンを躱すたぁ、流石はロックマンってところかい。俺はブスティング・シェルコーン。 分かってるだろうが、デルタ・ナンバーズの1人だぜ」  シェルコーンが銛を地面から引き抜くと共に、デルタが指をパチンと弾く。控えるように静止していたメカニロイド達が、一斉に動き出す。 「神崎、メカニロイドとシェルコーンは私たちがやる!」 「デルタを頼む!」  一騎打ちと、2対13の戦いが、同時に幕を開けた。  剣VSデルタ、先に仕掛けたのはデルタだ。ダッシュで距離を詰めながらデルタセイバーで斬りかかる。剣はそれをブレードで迎撃し、斬り結ぶ。 幾度ものぶつかり合いの末、セイバーの一撃がブレードを大きくはじき、剣の構えが崩れた。すかさず繰り出されるデルタの蹴りは、剣の鳩尾にモロに入る。  たたらを踏んで後退しつつも、剣はコマンダーに特殊武器チップを装填していた。ロックブレードを持ち替え、デルタへ投げつける。 それ自体は躱されるが、同時にダッシュジャンプでデルタを跳び越え背後に回り、特殊武器『スパークスマッシュ』の電撃を乗せた回し蹴りを繰り出す。 「ふん…」  デルタは蹴りを難なく受け止め、剣の脚を叩き落して横薙ぎにセイバーを振るう。 剣は立て膝でしゃがみこんで回避すると、後方へ跳んでロックブレードを拾い上げ、ダッシュジャンプと共に斬り下ろした。  シェルコーンの腕に装備された銛が、前方へと瞬時に摺動(しゅうどう)し、その鋭利な先端が煌めく。横っ飛びで回避する劾の足先を掠め、銛が路面を叩き割った。 その部分のアスファルトは、先程の奇襲の時と同様に煙を上げ溶けていく。 「それ…只の銛じゃないな!?」 「あたりめぇよ。このアシッドハープーンはなァ、先っぽの近くから出る酸で、物を砕きながらドロドロに溶かしちまうのさ。 旦那の邪魔をするてめぇらロックマンなんざ、こいつで跡形もなく消してやらぁ」 「ならその前に、アンタを倒す!」  玲が特殊武器・フラッシャーブロウをロックナイフガンに装填し、光の刃を飛ばす。シェルコーンは上体を少し捻って、背の貝殻でこれを受け止める。 「この貝殻(シェルシールド)も、ナメてもらっちゃ困るねェ」  フラッシャーブロウは貝殻に些かの傷も負わせず、虚しくはじけて消えてしまう。 驚愕する玲をよそに、シェルコーンはスキージャンプの様な体勢となって胴体を貝殻で覆い、防御形態へと変形した。 そのままホバー移動で突進をかける。これ自体は容易に回避する劾と玲であったが、今度はそこへ、メカニロイド集団のエネルギー弾とミサイルが飛来する。  メカニロイド相手に長々と苦戦する2人ではない。雨あられと迫りくる敵弾を、劾はシールドショットと重装甲で凌ぎ、玲は高速機動で回避する。 攻撃が途切れた隙を突き、ロックバスターとフラッシャーブロウによって、ミサイルポッド持ちのメカニロイド全機と六脚メカニロイド3機を立て続けに仕留める。  劾はバスターのチャージを行う。編隊を組み向かってくる浮遊メカニロイドを一掃するためだ。その時、爆炎の陰からシェルコーンが飛び出した。 劾が咄嗟に、標的をシェルコーンに変更してチャージバスターを放つが、これも貝殻によってあっけなく防がれる。 ドガァ!! 「うっぐ!?」  シェルコーンの体当たりが、派手な衝撃音と共に劾を地面に転がす。劾を援護すべく、玲は特殊武器・ストリングバインダーを放ち、糸でシェルコーンを拘束した。 続けて、浮遊メカニロイド4機のうち、先頭の一機をナイフガンで撃ち落とすと、付近のビル壁面へと跳ぶ。 壁を蹴って2機目へと飛びかかり、ナイフガン・ナイフモードですれ違いざまに破壊する。更に、エアダッシュによって空中で引き返し、3機目へと掴みかかって刃を叩きつける。  火と煙を噴く3機目は、玲によって蹴り飛ばされて4機目へと激突。そのまま4機目を道連れに爆散した。 「ほら立って!」  着地してすぐさま劾に駆け寄り、彼のアーマーの襟部分をぐいと掴みあげる玲であった。    斬り下ろしを躱し、デルタが後方へ大きくジャンプした。着地と同時に両腕を発光させ、胸の前で交差させてから左右へ広げる。 腕の軌跡に沿って現れた光の弧は、複数に分裂して光の矢へと変わり、四方八方へと放たれた。 あるものは付近のビルの壁面を破壊し、あるものは乗り捨てられた車を吹き飛ばし、あるものは剣の肩や脚をかすめ、あるものは流れ矢となって、立ち上がったばかりの劾に直撃する。  これを皮切りに、デルタの熾烈な連続攻撃が始まる。ビームを帯びた拳で繰り出すパンチ。両掌の間でエネルギーを収束して生み出す、特大かつ手投げのエネルギー弾。 セイバーのビーム刃を一瞬で10倍以上も伸ばすことによる、突き。  剣も翻弄されるばかりではない。時にはスパークスマッシュを乗せた拳で、時にはダッシュを駆使して、時にはチャージブレードで、対抗する。  放たれる2度目の光の矢。剣に迫った矢は、ブレードの一撃で打ち消される。しかし他の矢は初回同様に周囲を破壊し、六脚メカニロイド最後の1機やシェルコーンにまで着弾する。 シェルコーンは貝殻の賜物により、やはり何のダメージも受けていないが、メカニロイドの方はそうはいかなかった。 「ガ…」  倒れ込み爆散する6脚メカニロイドを一瞥した後、剣はデルタを睨み、再度斬りかかった。鍔迫り合いの中、剣がデルタに問う。 「味方もお構いなしか。 …少し聞きたいことがあるんだがな、デルタ」 「何かな?」 「ストリーム・レオゴルドは、お前によって自爆させられたのか?」 「よく知っているね。その通りだよ」 「任務を放棄して、人間側に付こうとしたからか?」 「そうだ。裏切者をタダで済ませるわけにはいかない」  剣の目を見ず、事も無げに言い放たれたその言葉が、劾を刺激する。 「ふざけるな!だからって簡単に殺すのか!?」 「ゴチャゴチャとうるせえや!ソレがどうしたってェんだ!」  シェルコーンは強酸で糸を溶かして拘束から逃れ、劾と玲への攻撃を再開した。 劾を追いかけ回してハープーンを連発しては、道路に次々と大穴を開け、玲が攻撃を仕掛けようとすれば、それに対し強酸をばら撒いてけん制する。 「シェルコーン!レオゴルドは、人間を傷つけたくないって言ってくれてたんだ!」 「だからなぁ!そいつが旦那への裏切りだってのよ!」 「でも!君ら皆デルタの子供みたいなもんだろ!?裏切ったからって殺すなんて…」 「俺が知るかってぇ!!」  ホバー全開で一気に距離を詰めながら放たれる、アシッドハープーン。それは強酸の飛沫を散らしながら劾へ、青い装甲へ迫り、そのまま貫く。…と、思われた。 「っ!?」 「『知るか』で済ませるな…!」    劾はギリギリでハープーンを払いのけた。そのままハープーンを脇に抱えて捉えると、バスターの銃口をシェルコーンの胸へと殴るように当て、ゼロ距離射撃を叩きこんだ。 シェルコーンは吹っ飛ばされ、そして自身の半壊した胸を押さえて狼狽する。 「な…なんで壊れる!?デルタの旦那!俺を強化改造してくれたんじゃなかったのかい!? …ボディの方も、貝殻(シェルシールド)並みに頑丈にしたとかって言ってたろ!?」 「…。」 「旦那、なんとか言っ」  デルタはロックブレードを跳ねのけると、シェルコーンの前へと跳び、顔にセイバーを突き付けた。 機械故に、青ざめることなく青ざめるシェルコーンを見下ろして、デルタは淡々と言い放つ。 「自分の醜態を、ボクのせいにする気かい? 四の五の言わずに戦いたまえ。嫌だというなら今ここで、ボクが君を始末する」 「そりゃあ、無いでしょう!?俺ァ旦那の言葉を信じて…」  デルタが、セイバーでシェルコーンの胸を刺し貫いた。絶句し、そのまま機能を停止して倒れ込むシェルコーン。その頭部を、デルタはセイバーで刺して破壊しようとする。 寸前、劾がセイバーを狙い撃った。弾き飛ばされたセイバーが、ビーム刃を消失させながら地面を転がっていく。 「何をやってるんだよ、デルタ…!シェルコーンはお前を裏切ってないぞ!?」  怒りと戸惑いの入り混じった表情で、劾はバスターを下ろした。 「奴らはいわばお前の子供で、仲間だろう。任務に失敗したとしても、出来る事なら生きて帰って欲しいと思うがな…俺がお前の立場なら」 「ボクはそうは思わないな。命令を聞けない者も必要ない」  剣の言葉にも、悪びれる様子なく答えるデルタ。あまりにあっけらかんとしたさまに、剣達は二の句を継ぐことが出来なかった。 「ロックマン諸君。君達にボクの邪魔はさせない。…また、会おう」  デルタの機体(からだ)が眩い光に包まれる。光が消えた時、彼の姿は無かった。銀座の街には、破壊の跡と、メカニロイドの残骸、物言わぬシェルコーンが残された。  剣達は博士と合流し、置いてきた鞄の所へ向かう。変わらず歩道に鎮座していた鞄の中を、劾が真っ先に覗き込む。しかしその中は空っぽであった。 劾はミニ・レプリの姿を求めて、居ないだろうとは思いつつも周囲を見回した。 「デルタのところへ、帰ったのかな…」  何も見つける事が出来ず、諦めて鞄の方へ再び視線を落とす。しかし、その時。劾の視界の端に、小さな影が映った。思わずその方向を二度見する。 黄色い顔と長い首が、付近の地下鉄入口からチラリと覗いていた。  「ジュラファイグ!」  嬉しさをにじませ駆け出す劾を先頭に、4人が地下鉄入口へ駆け寄る。そこにはジュラファイグを筆頭に、ミニ・レプリ全員が揃っていた。 「俺たちは、デルタの所へは戻らない」 「分かってるさ、ジュラファイグ。君達をあんな奴の所へ戻す訳には…」 「いや…確かに、シェルコーンがやられるところも見ていたが。理由はそれだけじゃない」 「『ボクの生みの親である博士は、ボクの事を知り尽くしている脅威なんだ。』『もし博士と会うようなことがあれば、その時は何をおいても、博士を始末する必要がある』 …そう、デルタさんは仰っていたのですわ」 「でもさっき、デルタは博士に何もしなかったッスよね。それどころか、博士が隠れるのを黙って見送ってたし」 「その上ええ!!裏切ってもないシェルコーンを壊しちまう、無茶苦茶っぷりだあ!!もう意味が分からん!!」  博士も、剣も、劾も、玲も…その話に、困惑する。レディバイドの言う通り、意味が分からなかった。 「胸のプレート…」  博士が呟いた。 「胸のプレート?」 「デルタの左胸に、黄色いケースが付いていたのが分かった?」 「そういえば、何かそういう感じの…丸っこい三角形の物がついてましたね」 「あれは私からデルタへの『1歳の誕生日プレゼント』なの。彼の名前と形式番号を刻印したプレートが、黄色いケースの中に入っている。 …あの子は、プレートを大事にしてくれていた。とても」 「大事にしていた、か。博士を始末するなんて言いながら…」  東京の何処かの地下にある、デルタのアジト。仄暗い、幾つものモニターが煌々と光る部屋の中で、デルタが椅子に腰かけている。 彼は胸から黄色いケースを外し、中のプレートを見つめた。 「博士…」 「ボクは、あなたを守る…」

第8話 「 HYUOGRE MAMMOX STAGE 」

「俺たちは、デルタの事が分からなくなった。」 「あいつにはもう、着いて行けねえ!!それに!!」 「ツルギさんたちが、良い方達であるという事も分かりました。もし御許しを頂けるのなら…もうしばらくあなた方と一緒に、人間の世界を見ていきたいと思うのです」 「そういう訳なんスけど、いいッスか?またあの基地に置いてもらっても」  剣達にとって、ジュラファイグ以下4人の申し出を拒む理由は無かった。かくしてミニ・レプリ達は、ロックマンの仲間として、改めて基地へ迎えられたのであった。  8月12日、午後。  基地の会議室に、剣、劾、博士が集まり、ミニ・レプリを乗せた机を囲んでいる。  ミニ・レプリ達の言によれば、デルタ・ナンバーズは全部で9人存在するという事であった。 これまでに出現したのはジュラファイグら4人と、レオゴルド、そして先日に銀座で戦ったシェルコーンの6人。つまり残りは「3人」という事になる。  シルキーガが、紙とペンを用いて、サラサラと3体のレプリロイドの図を描いていく。 1体目はマンモスのような姿の「ヒュオーガ・マンモックス」、2体目は翼竜型で、巨大な翼を持った「ゲイルツァー・コアトルス」。 3体目はひょろひょろとした細身のプロポーション、頭部には長い触角を、背中には3対6本のアームを有する「リモートロン・グレッゲージ」。  いずれも個性的なフォルムを有している。特にグレッゲージ。劾はこれを、手足の本数はずっと少ないが、ゲジゲジとかその手の虫みたいだな…と感じた。 「マンモックスさんは強力な冷気、そしてデルタ・ナンバーズ最大の巨体を武器としています。 コアトルスさんは、背中の『フォースウイング』によって優れた飛行能力を発揮するのですわ。」 「なるほどね…それで、こっちのグレッゲージって奴はどういう能力があるの?」  劾の質問に対して、シルキーガはなにやら答えに困っている様子だった。他のミニ・レプリにも訊いてみても同様である。 「なんというか、アイツは…分からんのだ。」 「俺たちはデルタを信用してたんでなああ!そのデルタが、特に信頼して傍に置いてるなら、と思ってはいたんだがっっ!!」 「そのデルタの考えも、今や謎に包まれ…。てなもんっスからね。」   ようやくジュラファイグが絞り出した返事に、レディバイドやウィーゼランも同調した。 彼らが言うには、グレッゲージはデルタの付き人的な存在であり、他のデルタ・ナンバーズらと一緒に居ることが殆ど無かった。 そもそも、顔を合わせること自体が少なかったのだという。  これでは元味方といえども、人となりも能力も分かりはしないだろう。 「随分人間に懐いたようじゃねぇか、てめーら」  唐突に聞こえて来た声の主は、シェルコーンであった。そのミニ・レプリとしてのボディは、ジュラファイグら同様に元の外観がしっかり再現されている。 「あら、シェルコーン」 「気安く話しかけんなィ、オレの事勝手にこんなにちっこくしやがって」  博士が、シェルコーンをそっと持ち上げて机に乗せてやる。シェルコーンは外観だけでなく動作まで再現された小さなアシッドハープーンで、博士の手を突いた。 その銛は軟質樹脂製、突き刺さることなくグニャリと曲がる。 「あんまりカリカリするもんじゃないぞ」 「あァ?」  窘めるジュラファイグをも、シェルコーンはハープーンで突き、更にその場の全員に銛を見舞っていく。 本人としては機嫌が悪くて当たり散らしているというところなのだが、なにせサイズが小さいうえに、銛も刺さらず「ポヨン」と震えるばかりで、 剣達からすれば、どちらかというと微笑ましく感じられる光景だ。  やがて飽きたのか、シェルコーンはぶっきらぼうに銛を下ろして大人しくなった。 「人間が好きになったっつーより、敵視しなくなったって感じッスよ。それよか、お前もデルタの事、変だと思わないんスかい」 「そりゃあ確かに、デルタの旦那にはキツい目にあわされたがな。だからって人間どもにホイホイと懐く気もねぇぜ。ましてやロックマン連中なんざ」 「うーん…まあいいや。ここに居りゃ、お前も分かってくるかもッスよ…人間の事」 「ケッ」  そんなやり取りを見ながら劾は、剣が博士を見つめていることに気づいた。 思いつめたようで、どこか愛おしげでもあるその視線を不思議に思い、剣に声をかけようとした時。部屋の片隅が眩く光った。玲が転送で基地へと現れたのである。 「こんにちはー、博士」  挨拶もそこそこに、玲はけだるそうに席に着き、鞄を足元に置く。どうしたの?という劾の問いに対し、玲は苦笑いしながら話し始めた。 「今日ねー、留美と遊びに行ってたんだけど…藤藁(ふじわら)の奴がついて来ちゃってさ」 「藤藁っていうと…傘原さんの彼氏?」 「そうそう。あいつ美形だけど、ナルシストっぽい上に妙に偉そうだから、苦手でね…私にまで、キミのDNAがどうとか言いながら絡んでくるし。」 「藤藁はなぁ…デートがしたいなら、始めからデートとして予定組めば良いのに。沖藍と傘原さんのお出かけに割り込まなくても」 「ホントそう。まあそんなこと言って、こっちも明日はデートなんだけどね」 「ん?沖藍って彼氏いたっけ?」 「いないよ。デートするのは私じゃなくて、うちの両親。1か月ほど遅れたけど、結婚記念日のデートなの。 でもね、お父さんが毎年私を連れて行きたがるから、家族で出かける感じになっちゃうんだ。お父さんが楽しそうだからそれで良いんだけどね」  いつの間にか玲は、藤藁に振り回されたストレスも忘れ、すっかり劾や剣と談笑していた。 ミニ・レプリ達も、机から降りたり、グレッゲージの事についての話を博士と続けたりと、思い思いに行動している。シェルコーンだけは相変わらず不貞腐れた顔であるが。  10分、20分、30分と時が過ぎ、やがて夕方から晩へと差し掛かる頃。 「あ、もうこんな時間か。私、帰るね。」  軽く挨拶をして、玲は転送で基地を去った。その後しばらくして、劾がある事に気づく。 席を立ち、研究室へ移る。数分後に会議室へと戻って来た劾は、今度はコクピットルームへ向かう。程無くして戻ってくると共に、劾は不安げな顔で告げた。 「ウィーゼランとレディバイドが居ないんだけど…」 「…何やってんの、アンタたち?」  沖藍家の一室、玲の部屋。基地から姿を消したウィーゼランとレディバイドは、玲の鞄に紛れ込んで連れ帰られてしまっていた。 「レイの『両親』っていうのがどんな人たちなのか、ちょっと見てみたくなったもんで」 「それになあああ!また街に出かけたくなったんだああ!」 「だからってカバンに勝手に入るなーーーっっ!!!!」  ウィーゼランらを基地へと帰らせるべく、取り押さえようとする玲であったが、小さな体でちょこまか逃げ回る2人を相手に、なかなか上手くいかない。 思わぬ苦戦を強いられた玲は、やむを得ず禁じ手を使うことにした。ロックコマンダーを腕に巻き、スマホを操作し、ロックスーツを装着する。  自室の中でロックマンとなった玲は、ミニ・レプリを静かに待ち構えた。 ベッドの陰からウィーゼランが、机の陰からレディバイドが飛び出して来た瞬間、高機動型ロックスーツの瞬発力とスピードをフルに生かして掴みかかる。 勝負は決した。2人のミニ・レプリは、玲の手の中にしっかりと鷲掴みにされ、捕獲されたのであった。  ひと安心もつかの間、今度は母・優子の声が聞こえてくる。 「玲ー?なんだか騒がしいけど、どうしたのー?」 「やばっ…」  玲は慌ててウィーゼランらを鞄に放り込み、素早くファスナーを閉め、ロックコマンダーを操作する。 部屋のドアがノックされるのとロックスーツが消え始めるのは同時であり、間一髪、優子が入って来る前に変身を解除する事が出来た。   「どうしたのよ、帰ってきてすぐに怒鳴ったりドタバタしたりして」 「あー、あのねっ。部屋の中にイタチとテントウ虫が飛び込んで来ててね、捕まえて逃がしたところなの」 「イタチ!?大丈夫?引っかかれたりしなかった?」 「平気、平気。そんなに乱暴な子じゃなかったから」  内心で緊張しつつも、平静を装う玲。その取り繕いが功を奏し、優子はこれといって怪しむことも無く納得した。 優子が部屋から出て行き、足音が遠ざかっていくのを確かめ、玲は再び鞄を開ける。中のウィーゼランとレディバイドを取り出して、机の上へと乗せた。 「…で、アンタたち。お出かけがしたいって言ってたよね?」 「そりゃ、まあ」 「ダメだってかぁ!?やはりッ!!」 「外では静かにしなさいって。何回も言ってるけど」  玲は、対応に悩んだ。出かけたいと言っているのに、このままにべも無く基地へと帰らせてしまうのは少し可哀想に思えた。 無論、家族での外出にミニ・レプリを連れて行くのは不安が伴う。かといって留守番させたらさせたで、家の中でどんなイタズラをされるやら、という不安があるのだ。  考えあぐねた末に…博士の許可があれば連れて行ってやろう、と決めた。その旨の連絡を入れるべく、ロックコマンダーで基地へと通信を繋ぐ。 「こちら、沖藍」 <<あっ、レイ?大変なの、ウィーゼランとレディバイドが居なくなっちゃって…>> 「大丈夫ですよ。そいつら今、私んちに居ますから。いつの間にかカバンに入り込まれちゃってて」 <<あっ、そうだったの?良かった、あの子たち無事なのね>> 「それで…2人がうちのデートに付いて行きたいって言ってるんです。今夜はうちに泊まらせて、そのまま明日一緒に連れて行こうかと…勿論、ちゃんと隠しますから」 <<そうなの?私としては良いのだけど…ちょっと待ってね>> <<ねえツルギ君、ガイ君…。 >> <<という事なんだけど…。 ……。 ……。 分かったわ。>> <<ツルギ君もガイ君も、良いって。でも、レイの迷惑にならないかしら>> 「これも人間世界の見学ってことで。それじゃ、ウィーゼランとレディバイドをお預かりしますね。はい。失礼します」  玲は2人をじっと見つめ、お出かけの許可が出た事を告げる。更に、今夜も明日も騒がず静かにしているようにと、2人に繰り返し入念に言い含めた。  ウィーゼランはそれ以降、素直に大人しく過ごしたのだが、それと対照的なのがレディバイドであった。 しつこいほど言い聞かせられたにも関わらず、事あるごとに騒いだり、玲がトイレや食事などで部屋を出る際、後ろについて行こうとしたり、部屋の物を弄ったりする。  そんなレディバイドのお守りに悪戦苦闘し、時には変身して拳骨をちらつかせながら、玲の夜は深まっていくのであった。  デート当日、8月13日朝。 「さーて、どこ見るかな?優子さんは何処がいい?」 「もう貴方ったら、決めずに来たの?」 (お父さんとお母さんのこのやりとり、毎年見てるなぁ)  沖藍家の3人が訪れたのは、台東区・上野の、上野公園。美術館や複数の博物館、動物園を擁するこの広大な公園は、東京における定番のお出かけスポットである。  父・竜太と優子が、案内板を前に行き先を相談している。その隙に、玲は鞄を開ける。中にはウィーゼランとレディバイドが揃って収まっていた。 「繰り返しになるけど、静かにね。レディバイド」 「おう!静かにするぞ!」 「まだちょっと声がデカいッスよ」  昨晩の攻防戦により、レディバイドは多少ながら、静かに大人しくすることを覚えていた。玲の顔にうっすら浮かんだクマが「お守り」の熾烈さを伺わせる。  そうこうしているうちに、竜太が玲を呼んで手招きをした。行き先候補が一つに絞れたので、そこで良いのかどうかを、玲に対しても承諾を得ようというのだ。  もっとも行き先が何処であろうと、異を唱えるつもりなど玲には無い。 今日はあくまで「両親のデート」であり、2人が楽しめるのなら自分の希望はどうでも良い…そう玲は考えているからだ。 ただ、その両親も両親で、玲にとって楽しいところに行くようにしよう、と考えているのだが。  ともかく玲は、提示された行き先に賛成をした。 「それじゃあ、決まりだな。行くぞ~、玲!優子さん!」 「あら、はしゃいじゃって」  上野動物公園。此処が、沖藍夫妻の選んだ行き先であった。  入場ゲート脇の壁に描かれた、ペンギン、マンドリル、アルマジロ、タコ、クワガタムシ、カメレオン、ワシ、ナウマンゾウの並ぶ絵が、景観を賑やかにしている。 水族館でもないのに何故か「タコ」の絵が描かれているのが、ややシュールではあるが。 「あっ、可愛い!パンダが笹食べてる!」 「すごいな、一心不乱だ」  竜太と優子は、種々の動物たちを前に、楽しそうである。玲も、鞄を揺らさないように気を付けながら、両親の後に続く。 「あれが、玲の『親』ってやつなんスねぇ」 「『親』ってのはどこでもあんな感じかあ!?」 「そうとも限らないんだけどね。うちのはホントに仲いいのよ。ラブラブなの」 (強おじさんが『おまえもあの位、ラブラブになれる相手見つけないとな』とか言うくらいにね。当のおじさんは独身で、ずっと犬を可愛がってるけど。 …そういえばあの犬、『ペルゴス』くん。可愛かったな。)  園内を一通り、楽しんで回り終えた後、3人は動物園を出た。竜太と優子はトイレへ行き、玲は自販機で紙コップの飲み物を買ってから、広場のベンチで両親を待つ。 飲み物を飲んでいると、ウィーゼランが鞄からひょっこりと顔を出した。 「なんか、済まなかったッスね。2人して『出かけたい』ってワガママ言っちゃって」 「ホントにね。結構迷惑だったんだから」  厳しめの返しをする玲。しかし表情の方には、厳しさは見えない。 「でも出かけたかったって言うのは、人間の世界にそれだけ興味が湧いて、親しめてきたって事…じゃない?ウィーゼラン」 「まあ、そう…ッスね」 「私は、嬉しいかな。アンタたちがそうなってくれて。…敵として出会ったのが嘘みたい」 「そりゃどうも…ちょっと寝とくッスわ。バッテリーが少し減ってきたんで」    ウィーゼランは照れくさくなったのか、ぷいと顔を逸らして、スリープモードに入る準備をする。 「レディバイド、お前も寝といた方が良いッスすよ。昨日の大騒ぎで結構バッテリー減らしてるっしょ?」 「おう。そうするとしよう」 「それじゃ、鞄のファスナーは閉めとくね」    玲が紙コップを傍に置き、ファスナーのツマミに手をやったその時。急に吹いた風が紙コップをさらっていった。 慌てて拾いに行く玲であったが、紙コップはまるで玲から逃げるように、結構な距離を吹き飛ばされていく。 それでも玲は、自分が出したゴミを放置など出来ないと、諦めることなく紙コップを追う。  鞄の中。一足先にスリープモードに入ったウィーゼランの傍らで、レディバイドも眠りに就こうとする。 その時、どこからか歓声が聞こえて来た。これに興味を惹かれ、レディバイドはスリープモードをキャンセルして鞄から顔を出し、声のする方を見る。  付近の路上で、大道芸人がパフォーマンスを行っていた。 「おお?何やってんだ、アレは?」  数分後、コップを回収しゴミ箱に入れ終えた玲が、鞄のもとへと戻って来る。 「あー、疲れた…すっごい遠くまで転がっていくんだもん…」 「玲ー!」 「!」  娘を呼ぶ、竜太と優子の声。鞄を持ちあげファスナーをサッと閉めながら、玲は両親の方へ向かった。 「まだ案外、時間があるな。どうするかな」 「貴方、都立科学博物館に行かない?今、企画展やってるのよ」 「都科博か。玲はどこに行きたい?」 「私の希望はいいの。それじゃ行こうよ、都立科学博物館に」  都立科学博物館。巨大な「地球を転がすフンコロガシの像」が目を引くこの博物館は、動物園と並ぶ、上野公園の目玉である。 「そういえば、どうして像のモデルがフンコロガシなのかしらね?」 「設置当時の館長のアイデアらしいな。名前は確か…須柄備 一郎(すからび いちろう)、とかって」 「シロナガスクジラにする案もあったみたいだけどね」  チケットを買い、揃って入場して、20と数分後。玲は、鞄が中からペシペシと叩かれていることに気づいた。 一体どうしたのだろう…と鞄を開けて覗き込んだ次の瞬間、玲は硬直する。  レディバイドの姿が無かったのである。 「ウィ、ウィーゼラン…レディバイドは?」 「分かんねえッス…オレあいつより先に寝たんスけど、目が覚めたらオレ一人しか鞄の中に居なくて」  玲は、自身が鞄のもとへ戻って来た時の状況を思い出した。あの時、付近でパフォーマーが芸を行っていた。 玲の居ない隙に、レディバイドがあれに興味を惹かれ、トコトコと出歩いていってしまったのだとすれば… 「もーーーー!!!あのバカっ!!」  玲からの連絡を受けた剣と劾は、レディバイドの捜索をするべく、転送で上野へと飛ぶ。玲の方は、急用が出来たと両親に告げて、博物館から退場する。  3人は、公園の南端付近で合流した。 「ごめん神崎、私が目を離したせいで…」 「落ち込むな。お前がどっかに置き忘れたって訳じゃないんだからな。それで、レディバイドはどこで迷子になった?」 「広場の、南西側の端あたり」 「わかった。探すのは僕と神崎、それとウィーゼランでやる。沖藍はご両親の所に戻ってあげた方が良い、急に離れて心配してるだろうから」 「駄目、私も一緒に探す。私がちゃんと見てれば、アンタたちにこんな迷惑かけてなかったんだもん」 「でも、沖藍…」 「それに。レディバイドね、ゆうべに騒ぎすぎて、バッテリーをだいぶ減らしてるみたいなの。 こうしてる間にも、バッテリー切れを起こして倒れてるかも…1人でも多い人数で探して、早く見つけてあげなきゃ」    3人それぞれが、別々の場所に散って捜索を行う。仮にレディバイドが「元の機体(からだ)」であれば、レプリロイド特有のエネルギー反応を基地のシステムで追えるのだが… ミニ・レプリの機体(からだ)はバッテリー駆動である。地道に足で探すしか無い。そんな中、玲の鞄の中からウィーゼランが声を掛けた。 「レイ、他の奴らにも手伝って貰ったらどうかと思うんスけど」 「他のって、ジュラファイグ達の事?」 「そうッス。レイたち3人だけじゃ探すの厳しいッスよ、ミニ・レプリも総出で探したほうが」 「そうか…そうだね」  玲は通信で、ウィーゼランの進言を皆に伝える。剣達と博士の賛成は直ぐに得ることができた。程無くして、4人のミニ・レプリが上野公園へと転送で飛んでくる。 剣、劾、玲、ジュラファイグ、シルキーガ、ウィーゼラン、シェルコーン。総勢7名の捜索隊だ。 「ったくよォ、なんでオレがこんな事しなくちゃならねーんでェ…」 「愚痴を述べている場合ではありませんわよ、早くレディバイドさんを捜し出すのです」  その頃。   「ぬおお…バッテリーが…もう…」  都科博前のフンコロガシ像の根本で、レディバイドは行き倒れていた。玲の心配通りの状況である。 「どうすりゃ良いのだ…玲はいなくなってたし…」  そもそも迷子になった時点では、バッテリー残量にはまだ少し余裕があった。大人しく過ごしていれば、バッテリー切れ寸前にまではならなかったのだが… 1人きりのレディバイドにそれを求めるのは、難しい相談なのだ。  玲とはぐれて不安をおぼえた事も手伝い、やたらに動き回ったことで、エネルギーを浪費してしまった。 今となってはバッテリーは残量は僅か。それもCPUへ優先して電力が回されている為、まるで身動きがとれない状態と化している。 「俺も、これまで…か…」 「いいや、『これまで』なんかじゃないぞ」 「良かった、壊れてはないみたいだね。レディバイド」 「…?」  寝転がるレディバイドの顔を、ジュラファイグとシェルコーンと劾が覗き込んでいた。劾はレディバイドを拾って抱きかかえ、コマンダーで剣と玲を呼ぶ。 真っ先に現れたのは、やはりと言うべきか玲とウィーゼランであった。   「レディバイドっ!!このバカ!!」  玲は合流するなり、レディバイドを奪うように掴み取った。小さな機械の体を、胸にぎゅっと抱きしめ、膨らみの間に埋もれさせる。 玲の中で募っていた苛立ちと不安が、安堵と共に涙へと変わり、彼女の目頭を熱くさせた。 「アンタはホント、騒ぐし迷子になるし…。心配したんだから…」 「うー…済まん、玲…」  劾は余計な口を挟まず、少し遅れて現れた剣共々、黙って玲たちのやり取りを見つめる。そんな”人間たち”の様子もまた、ミニ・レプリ達によって見つめられていた。 「これが、人間かい…デルタから聞いてたのとはイメージが違(ちげ)ぇなぁ」 「人間の中にもクズはいるみたいッスけどね。少なくともアイツらは違うッスよ」  しみじみと呟くシェルコーンに、ウィーゼランが相槌を打つ。ガラの悪いキャラ同士、彼らは割合に波長が合うようだ。   「さて、レディバイドさんも見つかった事ですし。わたくしたちはお暇(いとま)させて頂きましょうか。ツルギさーん?わたくしたちの事、基地へと転送してくださいます?」  シルキーガの言葉を受け、剣が基地へと通信を繋ごうとする。しかし剣のコマンダーは、彼が操作するより前に通知音を発した。    丁度その時。沖藍夫妻が、都科博の出口から早足で出て来た。  2人は先程、玲の様子に何かただならぬものを感じつつも、娘のプライベートを尊重して一度は不干渉を選んだ。 しばらく博物館内を見て回った2人であったが…やはり、心配の方が勝(まさ)ったのである。そして今、玲を追う為に都科博から退場してきたところなのだ。  夫妻は、フンコロガシ像の影に娘の姿をみとめ、駆け寄ろうとする。だが「玲が、少年と一緒にいる」ことに気づき、接近をやめて隠れる。 「急用って…そういう事か。玲にも遂に彼氏が出来たか」 「そんな訳ないでしょ、良く見て。男の子2人居るじゃない。…あの子達は確か、玲の同級生の神崎くん、それから桜井くんだわ。一体どうしたのかしら…」  沖藍夫妻が漫才めいた会話をしている中、剣達の足元で閃光が走った。 「浅草に向かうぞ」 剣の言葉と共に、3人が揃って駆け出す。夫妻も、その後を追った。浅草に向かうと言いながら、逆方向である西へ向かって駆けていく3人を、夫妻は怪訝な顔をしつつ追う。 やがて公園内の一角、植木に囲まれた人気(ひとけ)の無い遊歩道で3人が立ち止まったのを見て、夫妻も足を止める。近くの植木に身を隠して、そっと剣達の様子を伺う。  直後、剣達はロックコマンダーを操作し、転送で浅草へ飛んだ。 「なっ!?」  光に包まれ一瞬にして姿を消した、娘とその同級生。夫妻は、共に目を疑った。 「貴方、今の見た!?」 「ああ、見た…! あの子ら、浅草に行くような事を言っていたな。…浅草に向かってみるか、優子さん」  電車を使おうと、上野駅に駆け込む沖藍夫妻。上野から浅草まで電車で行くのならば、使う路線は東京メトロ銀座線、それ一択。 ところが銀座線・浅草行は、運転を見合わせていた。しかもその理由が、ありえないものであった。    浅草一帯が凄まじい「冷気」に襲われ、駅の施設も一部が凍結。電車の運行が不可能になってしまったというのである。 「今は夏でしょ、凍結ってどういうことなんです!?」 「わたくし共としても信じられないのですが、ともかくそういう状況との事で…」 「貴方、駅員さんに詰め寄ってもしょうがないわ。違う方法で行きましょう」 「く…」  夫妻は駅員に詫びを入れて、駅を出る。タクシーを捕まえて飛び込むように乗り、行き先を「浅草まで」と告げた。  浅草の街は、真夏とは思えない寒さに包まれていた。吾妻橋、雷門の提灯、仲見世の南端、雷門通りの赤い屋根のアーケード…あらゆる所が凍り付き、あるいは霜に覆われている。  この寒さの元凶は、1人のレプリロイドであった。その機体(ボディ)は、ギガプライア―には及ばないながらも大型である。 四肢は太く重厚、装甲を彩るカラーリングは、薄群青色と白のツートン。頭部のスタイルはマンモスそのものであり、長い鼻と、氷でできた牙を備えている。  マンモス型レプリロイドは、ズシンズシンと足音を響かせて、凍った街を闊歩している。寒さに震えていた人々が、彼の姿に恐れをなして逃げ出していく。 「ブルァハハハ!!逃げまどうがいい、雑魚どもオゥ!!」 「おい、そこまでにしろ!」 「むうッ!?」  高笑いをする”マンモス”の前に、剣達が立ちふさがった。 「ほぉウ…貴様ら、さてはァア!ロックマンだなァ?この、ヒュゥオーゥゥガ・マンモックスゥのゥ、邪魔をしようと言うのッかァア?」  歌うような抑揚と、やり過ぎなまでの巻き舌(彼に『舌』はないのだろうが)、異様に迫力のある熟年男性風の声。”マンモス”のキャラの濃さに、剣達は面食らってしまう。 更に言えば、若干困惑してもいる。”マンモス”の姿は、シルキーガが紙に描いて見せてくれた「ヒュオーガ・マンモックス」そのものだったのだが、 彼自身が上げた名乗りは「ヒュオーガ・マンモックス」とは聞こえなかった。 「『ヒューオーウガ・マンモックスー』って言うのか?君の名前は…」  「なァにを言っているゥ!!ワシの名前はちゃんと言うたぞォ、聞こえなかったのか?聞こえンというなら、も一度言ってやァァァる!! ヒュオゥゥッガ・マァンモックスゥ!だッ!」 「え、えっと…」  恐る恐るといった様子で尋ねた劾であったが、レディバイドをも凌ぐ圧をもって放たれる返事に、気圧(けお)されてしまう。そして”マンモス”の名前。 わざわざもう一度名乗ってくれたは良いが、やはり「ヒュオーガ・マンモックス」とは聞こえない。  バラエティ番組でいうところの「グダグダ」な雰囲気が漂いはじめた頃、”マンモス”は先程までと比べれば落ち着いた口調で、3度目の名乗りをした。 「…ワシの名は、『ヒュオーガ・マンモックス』だァ」    普通に言えるのなら最初からそうしろ…と、剣は心の中でツッコミを入れた。 「さてェ?名乗りも済ゥゥんだところで、本題に入るか!。我が任務はァ、街を次から次へと~ォ、氷漬けにして!人間どもの活動を封じてやる事よ!!」 「涼しくするだけなら有難かったんだけどな…」  剣が、スマホを取り出して変身の操作をする。玲と劾も、後に続いた。ロックスーツの装着プロセスを経て、3人はロックマンの姿となる。 「行くぞ!!」 「かかって来るが良い、小童ども!!軽ゥく蹴散らし、一ひねりにしてくれるゥわ!!」  マンモックスは、振り上げた左腕、その袖口にあたる部分から強烈な冷気を発生させる。拳を包む氷は膨れ上がり、巨大な氷のハンマーを形成する。 「『フロスティナックル』ゥゥゥゥゥ!!!!!!」  巨体故のパワーを乗せて振り下ろされる鉄槌、いや「氷槌」。ダッシュで回避しても、それで終わりではない。 砕け散り、つぶてのように襲い来る氷塊を、剣はロックブレードで斬り捨て、劾は装甲ではじき返し、玲は上空へのエアダッシュで回避する。今度は剣達の番だ。 ロックブレード、ロックバスター、ロックナイフガン。それぞれの武器を構え、マンモックスに立ち向かう。  マンモックスは、今度は両腕からフロスティナックルを発動させ、大きく平たい”氷の盾”を形成する。 劾のバスターは氷の盾を容易く破壊するものの、砕けた盾の下層に、新たな盾が控えている。 それを砕いても、下からまた更に盾が現れる為、撃っても撃っても盾を破壊し切ることが出来ない。  ならば…と、劾はロックバスターに特殊武器チップを装填した。 <<SUN BLASTER>>  サンブラスターの熱線が、積層構造の氷の盾をみるみる融かしていく。照射が終わるギリギリのところで、遂に熱線がマンモックスの左腕を焼いた。 もうもうと立ち込める水蒸気の中、劾は目を凝らす。 「大して効いてない…!」 「中々の力業をやってくれるではないかァ、青いロックマンよ。だァが…無駄だ!!!!」  晴れていく水蒸気の中から現れた、マンモックスの左腕。それはほんの少し装甲を焦がしているものの、動作には何の支障もきたしていない様子であった。 マンモックスは、右腕の盾を一旦融かして再構成し、鬼の金棒を思わせる形へと変えていく。”氷の棍棒”だ。 「ブルァアアアアア!!!!!」  振り回される棍棒。玲と剣は回避に成功するものの、劾は防御型スーツの鈍足が災いし、避け切ることが出来ない。 胸に強烈な一撃を受けて吹っ飛ばされ、付近のビルに窓ガラスを破って突っ込んだ。  今度は剣が動いた。棍棒を躱し、壁蹴りで空中に躍り出て、マンモックスの肩を斬りつける。しかしこれも、マンモックスにとってさほどの痛手ではなかった。 装甲が強固で厚いために、内部のメカまで斬撃が届かないのだ。 「シェルコーン程じゃないが、頑丈だな…!でも!」  マンモックスの肩を蹴とばして跳び、着地と同時に再びダッシュをかけた。ロックブレードのチャージは出来ている。 棍棒による薙ぎ払いを回避しつつ距離を詰め、ダッシュの勢いのまま、一気に斬り上げる。右腕のフロスティナックル放出口が破損し、氷の棍棒が融けて消え去った。 裏拳で反撃しようとするマンモックスであったが、別方向からの攻撃がその動きを止める。  玲がマンモックスの周囲を跳び回り、あらゆる方向からナイフガンで銃撃を加えている。 これそのものは有効打にはなっていないが、マンモックスの気を引きつける事は出来ていた。 玲を叩き落とすべく鼻と拳を振り回すマンモックスへ、剣と、復帰した劾が攻撃を仕掛ける。 「「喰らえ!!」」  剣のチャージブレードと、劾のチャージバスターが同時に炸裂、マンモックスの装甲にダメージを与えた。 マンモックスは路面を踏み鳴らして後ずさりつつ、剣を殴り飛ばそうと拳を構えた。だが玲がそれを封じにかかる。 ナイフガンには、特殊武器「ストリングバインダー」のチップが装填されていた。 <<STRING BINDER>>  幾つもの糸で、マンモックスを雁字搦めに拘束する。剣はこの隙に飛び退いて距離をとった。玲も一瞬遅れて、動けないマンモックスのすぐ前に着地する。…と、その時。 糸がブチブチと音を立てて、ちぎれていく。 「っ…!?」 「こォォォんなもので…ワシの動きは、封ゥゥゥじられェェェェん!!!」  全ての糸を引きちぎって放り捨て、マンモックスは左腕に氷のグローブを形成する。繰り出される、文字通りの「結氷した拳(フロスティナックル)」。 玲は雷門通り西端の交差点まで吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられ、砕けた氷の欠片とともに地面に転がる。あまりの衝撃に、スマホがロックコマンダーから外れてしまった。 変身が解除され、スーツが消えていく。  もう一度変身しなければ。剣はまだ向こうで戦っている。玲は這いつくばったまま、スマホを探して顔を、眼を動かす。スマホは見つからないが、劾が走って来るのが見えた。 「玲っ!!」  不意に聞こえて来た竜太の声。空耳か何かかと思い、辺りに耳をすます。しかしすぐに2度目が聞こえ、同時に…玲の前には両親の姿があった。 「お前どうしたんだ、いったい… っ!?」 「そこに居るのは、ロックマン?それにアレは…」    玲に声を掛けた直後、沖藍夫妻はたじろぐ。”青いロックマン”劾の姿、そして数100m向こうで繰り広げられる、マンモックスと剣の戦いを目の当たりにして。 「こっち来ちゃ駄目…逃げてよ」 「馬鹿か!何があったか知らないが…逃げるならお前も一緒だ!」  逃げようというつもりにはなれなかった。玲が変身解除に追い込まれ、それを助けるべく劾まで離脱した為に、今は剣とマンモックスの1対1の戦いになっている。 剣が頼りないなどという事は無い、それどころか頼もしい。 戦闘の余波がこちらへ来ないように配慮して立ち回っており、その上、少しづつでは有るがマンモックスにしっかり攻撃を加えている。 きっと、剣一人でもなんとかはなるのだろう。  …だからといって、逃げる気にはなれなかった。特に親の前では。  「玲、これ貴女のスマホでしょ?」  スマホは、優子が見つけてくれていた。玲はそれを受け取って立ち上がると、変身用アプリ「ROCK SUIT」を再度起動する。玲の意図に気づいた劾が、心配げに問う。 「ご両親の前だけど…大丈夫?」 「良いの。心配してくれてありがとう」 「何を言ってるんだ、玲?青いロックマンと知り合いなのか?」 「お父さん、お母さん。今から私がやる事…内緒にしてくれると嬉しいな」  画面に3×3で表示された9つの点。 それを「上段左→上段真ん中→上段右→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」の順で結び、「Z(ゼット)」の字を描くと、 パターン入力完了を示す「パラァン!」という操作音が鳴る。  更にそのスマホを、ロックコマンダーに差し込む。カチリ、という固定音と共に、「レディ」という電子音声が発せられた。 3DCGのワイヤーフレームが玲の体を包んだ後、ワイヤーフレームの表面が発光し、玲の全身が光に包まれる。  光が前側から消えていった後、そこには、”ロックマン・レイ”の姿があった。 「なっ!玲が…ロックマン!?」 「嘘…」  驚く両親の方を、玲は振り向かない。コマンダーが鳴った。再変身した玲の姿を視認して、剣が通信を繋いできたのだ。 <<怪我は無いのか?>> 「大丈夫、やれるよ!」 <<了解!マンモックスなんだが、このままだとちょっと時間が掛かり過ぎる。一気に奴の装甲をぶち抜く必要がある>>  コマンダー越しの剣からの指示に従い、玲は劾からサンブラスターのチップを受け取り、右腰のチップホルダーに挿す。そして2人の…いや、3人の次なる手。 それを打つのは、剣である。マンモックスから距離をとってロックブレードを装備解除し、新たなる特殊武器チップをホルダーから取り出した。  剣の隙をカバーするのは、劾と玲の役目だ。玲は先程と同様に、跳び回りながらマンモックスへ射撃を加え、劾は沖藍夫妻をガードする。 「お前の武器を使わせて貰うぞ、シェルコーン!」  剣はコマンダーにチップを装填、特殊武器を発動した。彼の右腕にワイヤーフレームで形作られた「銛」が、一瞬の閃光とともに実体化する。 シェルコーンのアシッドハープーンを元に、強酸をオミットして単純な刺突武器へと改造した、「インパクトハープーン」だ。  玲の援護射撃、劾によるガード…2人の力を借りて、剣は駆ける。ダッシュとジャンプの勢いまでも乗せて放たれた鋭利な銛が、マンモックスの青い装甲を貫いた。 同時に、剣はハープーンから手を離し離脱する。  マンモックスが呻き、胸に突き刺さったハープーンを引き抜いて投げ捨てる。 彼の頑強さは流石のもので、装甲にこそ大穴が開いたものの、内部のメカの損傷はごく軽微なもので済んでいる。しかし剣としてはこれで充分であった。 マンモックスを倒す本命は、インパクトハープーンではないのだ。 「今だ、2人とも!」  劾のロックバスターと、サンブラスター装填済みの玲のナイフガン。それぞれのチャージは既に完了していた。 2人並び立ちながら放ったエネルギー弾と熱線は、マンモックスの胸に着弾し、装甲に開いた大穴を抜けて、一気に内部のメカを焼く。 「ぐぬゥおおおおおおおオオオオオオ!!??ガッ、ガ・・・」  マンモックスが、断末魔の唸りを上げながら、ガクガクと痙攣のように機体(からだ)を震わせる。 各部からからスパークを起こし、やがて。ひと際大きな放電と共に、内部から大爆発を起こして四散した。  爆発のあとに、装甲や内部メカの破片が転がる。その中にはマンモックスのCPUユニットもあった。玲がそれを、そっと拾い上げる。 「玲…」  竜太と優子が、駆け寄ってきていた。玲は変身を解除し、コマンダーの通信を基地へと繋いで両親と向き合う。竜太が玲に問い掛けた。 「どうしてお前が、ロックマンをやっている?」 「お父さん。これまでのロボット騒ぎはね、とある子が親を悲しませている、そんな事件なの。私はお父さんとお母さんが大好きだから、その子が許せないの…」 「…そう、か。」  竜太が、ス…と振り向いて、優子の方をちらりと見つめる。優子は無言で、しかし真っすぐな目で見つめ返しながら頷いた。竜太は再び玲の方を向き、言う。 「だったら、ずっと元気でいると約束しろ。それなら、ロックマンでいることを許す。俺の職場や、兄貴…強おじさんにも内緒にする。」 「うん。約束する…絶対に」 「よし」  近くで、親子のやり取りを見守っていた劾と剣が、ホッとした表情を浮かべる。と、その時。 「君たちは、玲の友達なのか?良かったら、そのスーツを脱いでみてくれないか」  劾は、急に話を振られて少し慌てる。スーツを脱ぐこと自体は満更でもない。先程の沖藍親子のやりとりを見た後では、むしろ不安を抱くことの方が困難と言えよう。 「ロックスーツを脱ごう、神崎」 「ああ」  コマンダーを操作する。消えていくスーツの下から現れた、劾と剣の姿を見て、沖藍夫妻は眉をひらいた。 「貴方たちは、玲の高校の…」  「はい。稲舟高校2年の、桜井劾です。」 「同じく、神崎剣です」 「玲には、良い友達がいるのね。…桜井くんに神崎くん。これからもうちの娘の事を、よろしくね。」  竜太が玲の手を取り、目と目を合わせて言う。 「玲も、2人のことを大事にな。『何のために戦っていたんだ』と言って…泣くことが無いようにするんだ。約束だぞ」  デルタとグレーのレプリロイドが、隅田川沿いのビルの屋上にいた。彼らは浅草での戦いを見ていたのだ。 剣達がマンモックスを撃破した時、デルタは静かに笑みを浮かべた。 「そうだ。それで良い」  剣達は基地へと飛んだ。もちろん、玲も一緒である。 「お疲れ様。それと、レイ…ありがとう。せっかくのお出かけだったのに、戦ってもらって」 「気にしないでください。うちの両親も分かってくれたから」 「あの時は通信で聞いてて、正直少し焦ったけれど…不安をおぼえたのが申し訳ないぐらいだったわ」  玲が両親との話の直前、基地へと通信を繋いでおいたことで、話の一部始終は博士にも聞こえていたのであった。 「沖藍のご両親…すごく仲良しだったな。お互いに、凄く…好きそうな…感じ、が…」  剣が、顔をしかめて俯いた。足元がふらつき、机にドンと手を突く。 「ツルギ君、具合悪いの?」 「いや、ちょっと… 頭痛いだけで…」  少し間をおいて顔を上げる、剣。言葉を発さず、身体は硬直している。どこか遠くを見ているように虚ろな目は、その視線は、博士の方へ向いていた。 「どうしたの…あっ!?」  剣が突如として、博士を抱きしめた。玲も劾も、その場にいたミニ・レプリ達も、あっけにとられる。虚ろな目のままで、強く強く博士を抱きしめ、そして…剣は我にかえった。 博士を抱きしめていた両腕を、慌てて解く。   「ご…ごめん、博士。俺は何を…」 「ツルギくん」 「済まない、博…」   「どうして、泣いているの…?」 「え?」    剣の双眸からは、確かにポロポロと涙がこぼれていた。気がついていなかったのか、彼は確かめるように自身の目もとを触る。涙で濡れた指を見て、剣は狼狽えた。 困惑する一同を置いて、逃げるように基地を後にする。涙を拭いながら、町を歩き…やがて駅に行きついて、壁にもたれかかった。   「俺は…どうして…」

第9話「 REMOTRON GLEGAGE STAGE 」 

【8月16日、都内某所】 稲船高から少し離れた所に建つ、とある一戸建ての住宅。 その玄関先に、劾と玲は立っていた。 「…。」 劾が、緊張した面持ちでインターホンのボタンを押す。数秒ほどの間を置いて、スピーカーから応答の声が発せられた。 <<はい>> 「桜井劾です。神崎剣くんに用事があって、伺いました」 <<おお、桜井くんか。剣から聞いとるよ。今開けるから、少し待っていてくれ>>  しばらくして、スキンヘッドで口髭・顎鬚を蓄えた、やや小柄な男性が、玄関を開けて現れる。  この男性の名は「神崎 敬(かんざき けい)」。剣の父親である。 隣には剣もいた。彼に案内されて、劾らは剣の部屋へと向かう。部屋のドアをくぐる時、玲が手に提げたビニール袋が、カサリと音を立てた。 「急に押しかけてごめん。2日間、電話にもメールにも返事がなかったから……心配だったんだ。」 「すまなかった。頭痛がひどくてな…寝込んでいた」  頭痛。そのワードは、3日前の8月13日に起きた事を思い起こさせる。  マンモックス戦の後、基地で剣がとった行動。彼が逃げるように基地から去った後、残された面々はただ、困惑していた。 一体どうして、剣は突然あのような行動に出たのか。どうして涙を流していたのか。  剣が2日ぶりに電話に出てくれた時……あの謎の行動の理由を尋ねることが、劾には出来なかった。  気まずさもあるがそれ以上に、剣の様子に何かただならぬものを感じたのだ。 果たして首を突っ込んでいい事なのかと、気後れし……今この時も、訊いてみようかどうしようかと心の中で迷いながら、当たり障りのない雑談をしている。 「ねえ、神崎。」 「ん?」 「聞いていいかな。どうして、博士を抱きしめたの?どうして、泣いてたの」  劾が出せなかった質問を、玲がぶつけた。  迷いを看破され喝を入れられたかのように感じ、劾がひとりドギマギとする一方で、質問された当人である剣は、落ち着いていた。 「……分からないんだ」 「分からない?」 「頭が痛くなって、一瞬気が遠くなって。その後目に入った博士の姿が……なんというかすごく、懐かしいような感じがして。 それで気が付いたら、抱きしめていた。だが……なぜ懐かしいなんて思ったのか、なぜ抱きしめようと思ったのか、分からない」  懐かしいというのは、昔に交流のあった相手に抱くべき感情である。剣と博士の付き合いは1か月半あまり。 そしてその短い付き合いの中で剣は、毎日とは言わずともかなりの頻度で基地へ顔を出し、博士と交流を持っている。懐かしいなどという思いは、持ちえないはずだ。  剣の心のことなのに剣自身にも分からないという、不可解さ。  黙り込んで考えを巡らせている3人と対照的に、点けられたテレビの画面の向こうでは、出演者らが賑やかにトークを交わしている。 やがてテレビの番組は、ニュースコーナーへと移行する。 <<本日午前8時頃、池袋のサンブライトビル付近にて、乗用車が暴走。数台に絡む事故を起こしました。>> <<警察の調べに対し、運転していた男性は『突然コントロールが出来なくなって、車が勝手にめちゃくちゃに動いた』と述べているとの事です。 警察によれば、事故車両にはレベル・サード相当の自動運転機能が搭載されており、一昨日から複数件発生している、類似の事故との関連を調べて…>> 「……あ、そうだ忘れてた。ハイ、これ」  訪問時に玲が手に提げ、そして今剣へと手渡されたビニール袋。その中身は、差し入れのケーキであった。 白いクリームと、上にかかった紫のブルーベリーソースという組み合わせが、どことなく剣のロックスーツを彷彿とさせる。  偶々なのか、それとも洒落で選んだのかは、玲のみが知るところである。 「それじゃあさ、沖藍。そろそろ帰ろうか。神崎の元気な顔も見られたし」 「うん。」 「2人とも、今日は来てくれてありがとう。それと俺、後で基地に行くよ。博士にも謝らないとな……」  敬と剣に見送られ、劾らは神崎宅を後にする。2人とも、この後の用事は特に無い。ゆえに転送でさっさと帰宅する必要もなく……共に歩いて、帰路につく。 「なんかさ……どうでも良い事なんだけど」  歩きながら、玲が口を開く。 「神崎と神崎のお父さんってさ、雰囲気が全然違うと思わない?」 「ああ、それは確かに」  端正な顔立ちの剣に対して、父親の敬はどちらかというと厳つい顔つきをである。また顔貌だけでなく、体格や骨格もどことなく異なっているのだ。  父親に似ていないなら母親には似ているのか?というと、そうでもない。  1年生の頃の稲舟高学園祭に、母である神崎真弓(かんざき まゆみ)も訪れていた。剣とあまり似ていないな、というのが、真弓の容姿に対し劾らの抱いた印象であった。 「でもさ、今は似てなくても、成長して歳をとればだんだん似てくる、ってこともあるんじゃないかな。それか、親よりもお爺ちゃんお祖母ちゃんに似てるとか」 「ああ、そっちのパターンもあるか。そっか、多分そうだね。神崎は祖父母似……」 「ねえ、沖藍」  玲の語尾を遮って、今度は劾が話を始める。 「神崎ってさ。何かあるんじゃないのかな」 「何か、って?」 「あいつは、博士に手をさしのべた訳を、こう言ってた。『嘘なんか言ってないなって、何となく思えたから』、『本当に困ってるんだなっていうのが、分かったから』ってね……。 でも」 「……。」 「でも、言ったら悪いけど……少し不自然な気がしてさ。あいつにはそもそも、博士に対して何か思いがあるんじゃないかって思って」 「思い、ね……」  立ち止まり、すじ雲の浮かぶ青空を見上げながら、玲は考える。やがて、視線を再び正面へと戻し歩き出しながら、考えた結果を述べた。 「もしかして、好きだったりして…博士のことが。なんてね」 「…32歳も上だよ?」  いつのまにか2人は、乃梓公園に差し掛かっていた。ここからは道が違う。挨拶をして別れ、それぞれの家へと向かっていった。 【8月19日、基地】  マンモックスは修復され、ミニ・レプリとして再起動を果たした。  ジュラファイグら同様、最初こそ戸惑いを見せたものの……すぐに状況を受け入れてしまった。彼の豪放な性格の、なせる業である。 「それでェ!!”うえのこーえん”だったか?そこでロォックマン共とはぐれた後はァァ……何処をどうさまよったのだァ?レェェェェディバイドよ!!」 「ロックマン共と、じゃないなああ〜!玲とはぐれたんだ!!」」 「おおゥ、そォォォうだったな……で?如何にして見つけてもらったのだァ?」  会議室のテーブルの上で喧しく会話を交わす、マンモックスとレディバイド。その光景を、玲が頬杖をついて眺める。 「うるさいのが増えちゃった」 「満更でもなさそうだが」 「まあね」  剣の言葉に、軽く微笑みながら視線を送る。満更でもないというのは確かだ。 「そういえば桜井の奴、前に『ライブに行く』って言ってたよな?あれ確か今日だったはずだが……」 「ああ、それなら。桜井が言ってたけど、チケット取れたってさ。もう会場に向かって出かけてるみたい」 「そうか。なら良かった。」 「後は、何事も起きないでくれたら良いけどね…桜井のやつ、『もし事件が起きたら、ライブは諦めるさ』なんて言ってたから」  何も起きてほしくない時に、何か厄介な事が起きてしまうということはある。  大事な受験の直前に体調を崩したり、天候不順の煽りで、前々から立てていた予定が駄目になってしまったり。寝坊した朝の出勤時に、やたらと赤信号に引っかかったり。  そういうことは、あるのだ。  時は午後6時。通知音が会議室に鳴り響き、モニター上の地図に赤い光点 —レプリロイドのエネルギー反応を示すアイコン— が灯る。 剣と玲がモニターに目を向けてすぐに光点は消え、台東区一帯の地図だけがモニター上に残る。光点が点いてから消えるまでほんの3秒程。 「誤報……?」 「いえ、それは無いわ。転送反応はちゃんとあったもの」 「とにかく、俺と沖藍で現地に行ってみる」  転送を始める直前、剣は博士と玲に告げる。もし戦闘になっても、劾の事は呼ばず、内緒にしておくようにと。 「楽しみにしてた予定に、水を差したくはないからな……あまり」  時をほんの少しだけ遡り、基地でレプリロイド出現が検知された時刻。上野駅前、アメ横商店街北端の付近。 「うわあ!?」  1台の白いセダンが急停止し、これに後続の車両が衝突した。 「わたしじゃない!!車が急に止まったんです、勝手に!!」 「んなことがあるか!どういう言い訳だ…」  降車したドライバー同士が口論を繰り広げる中、近くにいた緑の車の中で、女性が悲鳴を上げる。 「ひゃっ!!何よコレ!?」  男性ドライバー2人は、緑の車に駆け寄る。 「おいお嬢さん、どうしたよ!?」 「分からないんです、車が動かなくなって、そしたら画面がこんな事に……」  女性の「画面」という言葉につられ、男性達は車載ディスプレイを見る。そこに表示されていたものを見て、2人はたじろいだ。 「降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ 降りろ ……」  車載ディスプレイの黒い画面に、おどろおどろしい赤文字でびっしりと表示された”降りろ”という言葉。 「多分降りた方が良い、わたしの車もなんかおかしくなったんですよ!ひとりでに急ブレーキ掛かって」 「てめっ、まだそんな言い逃れを…」  ドライバー2人が口論を再開する中、奇妙な事が起きた。白いセダンが、ひとりでに動き出したのだ。坂道でもないのに、そしてサイドブレーキもかけられていたのに、である。  異変は止まらない。周囲の車たちのうち複数台が、白いセダンと同じように暴走を始める。なんとか車を止めようとする、各車のドライバー。 それをあざ笑うかのように車たちは、    他の車に激突する。  歩道に乗り上げる。  店舗に突っ込む。  バス停留所や街灯に衝突し、破壊する。    緑の車も、スウゥ—……と、動き始める。女性によってブレーキが踏まれたままであるにも関わらずだ。狼狽える女性を、男性ドライバー2人が、慌てて引き摺り出した。 「!? 火が…!!」  暴走車たちが、揃って車体から火を噴き始めた。各車から、ドライバーたちが這う這うの体で逃げ出した直後。車たちが、爆発を起こす。  車のない所からも、火の手は上がった。路面のアスファルトがところどころ高温を持ち、発火する。ビル壁面のディスプレイが、激しくスパークを起こし、直後に爆散する。  短時間のうちに、上野の街は大混乱に陥った。居合わせた人々の反応は、様々だ。怯えて逃げ出す者もいれば、惨事をスマートフォンのカメラにおさめようとする者もいる。 「なんだ、こりゃあ…」 「ひどい…」  最初に事故を起こした男性達と、そして緑の車に乗っていた女性は、ただ呆然としていた。  上野に着くなり目に飛び込んで来た光景に、剣と玲は唖然とした。  周囲を見渡してみても、レプリロイドかメカニロイドらしき姿は何処にも見えない。だがこの、あちこちが破壊され燃え盛っている惨状。 何か普通でないことが起きたのは確かなのだ。 「ちょっとすみません…これは一体」  近くの歩道で突っ立っていた男性2人に、玲が声をかける。 「ああ…そこらじゅうの車が勝手に動いて、暴走しやがったんだ。なんでか分かんねえんだが」 「最初にわたしの車が勝手に急停止して、こちらの方の車がそこへ追突したんです。で、お互い車から降りて話し合ってたら、わたしの車が……無人なのに動き出して。 坂道でもないのにですよ」 「このあんちゃんの車だけじゃねえ。さっきも言ったが、そこらじゅうの車が勝手に動いて暴走しやがった。そっからは滅茶苦茶だよ。 車が火ィ噴くわ、アスファルトが燃え上がるわで」  玲が男性2人の話を聞いている中、近くに居た女性が、話に加わって来る。 「私の車もおかしなことになったんです!なんか、車載モニターに赤文字でびっしり『降りろ降りろ降りろ……』って出たり、ブレーキ踏んでるのに走り出したり」  ひとしきり話を聞くと、玲は剣の方を向いた。彼の顔に困惑の色は見られない。この事態が一体何なのか、あらかた見当がついた……そんな顔だ。 「沖藍。この前うちに来てもらった時に、テレビで流れていたニュース、覚えてるか?」 「ニュースって、何やってたっけ?あの時」 「池袋で車が暴走したっていうニュース」 「あっ」 —<<警察の調べに対し、運転していた男性は『突然コントロールが出来なくなって、車が勝手にめちゃくちゃに動いた』と述べているとの事です。 警察によれば、事故車両にはカテゴリーC相当の自動運転機能が搭載されており、一昨日から複数件発生している、類似の事故との関連を調べて…>>— 「まさか!?」 「今回の敵はおそらく、コンピュータ制御された機械を、遠隔で乗っ取って操ることが出来る。電波か何かでコマンドを送ってな。この辺りの車を何台も暴走させ、爆破したんだ」 「そんなのが、ここに居るなんて……」  2人は、改めて周りを見渡す。新たな暴走車両が発生している様子は見受けられない。 単に、操られる条件を満たす機械が尽きたのか、それとも……敵が、”狩り場”を他所に移したのか。  ロックコマンダーの通知音が鳴り響く。レプリロイドのエネルギー反応を知らせる音だ。連動して、スマホにも地図が表示される。  ……地図「だけ」が表示されている。レプリロイドの居場所を示すマーカーは、無い。 <<ツルギくん、一瞬だけどまたエネルギー反応があったわ!>> 「場所はどこだ」 <<そこから200mほど南よ>> 「南だと?」  南の路上で爆発が起きた。  駆け付けた剣と玲の目前で、駅前での惨状が再現されていく。  そして、やはり。敵の姿を何処にも見つける事が出来ない。 「博士、敵の姿は何処にもない」 <<こちらでも探っているけど……さっき一瞬エネルギー反応があってから、それっきりよ。何もキャッチ出来てな……>>  プツリと、通信が切れた。再度通信を試みる剣であったが、全く繋がらない。  そんな剣の横で、一人の男性が事故の様子をスマホのカメラに収めていた。男性はすぐさま、撮った写真をSNSにアップロードしようとする。 「あれー?ネットに繋がらねー」  ぼやきながらスマホを振る男性を見て、玲は顔をしかめた。 「事故の写真撮って何が面白いのよ、このオッサン……」 「沖藍、どうも通信が妨害されてるみたいだ。周りを見てみろ」 「え?」  見ると、周囲の所々に、スマホを手に首を傾げている人が居る。「繋がんないよ、どうなってんの?」「俺のも繋がらんわ……」などといった声も聞こえてくる。  数秒後、ぼやき声は悲鳴へと変わった。辺りのスマホが一斉に発火し、取り落とされたスマホが、人々の足元で小さな焚き火となっていく。 「この発火も、敵の攻撃……!?なんで私たちのスマホは発火しないの?」 「俺達のは、博士によって特別に改造されているからな。だが……発火はしないにしても、通信妨害は厄介だ。 このまま基地との通信が繋がらないと、ロックスーツの転送・装着は出来ない」 「じゃあ、どうしよう?」 「幾ら変身不能でも、この見えない敵を放置は出来ない。事故に注意しつつ追いかけよう。」  劾は都内某所の駅で、電車を待っていた。バンド「ガネシア・リーフ」のライブの会場へと、向かうためである。  同じホームで電車を待つ人のうち、幾らかは劾と同様にライブに向かう人々であった。 「『ELECTRONICS COMMUNICATION』、生歌で聴ける日が来るなんて思わなかったなー。カッコ良いよなあの曲、サビのところの盛り上がりがさぁ」 「そうそう、『♪邪魔はさせない 誰にも決して 振り返るな 帰る場所は探さずに』ってトコ!」  劾は、周囲からチラホラと聞こえる話し声に、こっそり耳を傾ける。その期待にあふれた内容に共感して、ひとり顔を綻ばせた。   「上野が大騒ぎになってるみたいだな。車が何台も暴走したり爆発したりとか」 「えー、なにそれ?」  別の方向から聞こえてきた、穏やかでない会話。  もしや、レプリロイドが出たのだろうか。劾はそんな不安をおぼえ、スマホのSNSアプリを起動する。 「上野」で検索をかけると確かに、車の暴走騒ぎがあったらしい、という趣旨の投稿を、幾つも見ることができた。 「なんか、又聞きみたいな感じのツイートばっかりだ……上野からの投稿が全然無い」  SNSの閲覧をやめ、ロックコマンダーで基地へと通信をつなぐ。 「博士、上野で何か事件があったみたいですけど。そっちで何かキャッチしてませんか?」 <<……いえ、特にレプリロイドの出現等は確認できていないわ。デルタとは関係ないと思う>> 「そう……なんですか。分かりました」  最初の数秒の沈黙。  劾はレプリロイドやデルタの事に触れていないのに、博士がわざわざ発した「レプリロイドの出現等は確認出来ていない」「デルタとは関係ない」という言葉。  返答に少々の違和感を抱きつつ、劾は通信を切った。  姿の見えぬ敵は、ゆっくりと南下を続ける。  正確に言えば、見えぬ敵がもたらした被害の範囲が、南へ向かって伸びていっている。それは今や、秋葉原電気街の中央へと達していた。 「まずいぞ、このまま行くと」  剣が、焦りの色を見せつつ呟く。 「うん……これじゃ街の被害が広がるばっかりだよ」 「それも勿論だが、もっと大変な事がある」 「?」 「”敵”が南下を続けたとして、その先にあるものは?」  南下を続けた先にあるもの。秋葉原を越え、東京駅、東京タワー、東京港のふ頭……そして。 「……羽田空港!!」 「そんな所で『その辺の機械にイタズラ』をされたら大惨事だ」 「そこまで行かれる前に、何とか変身して敵を見つけて、倒さないといけないって事?」  変身をするには、通信妨害の範囲から抜け出せばよい。 その為に何処まで距離をとる必要があるか定かではないが、この際、敵を完全に見失うリスクを冒してでも、変身しに行った方が良いのではないか。  2人がそう考え始めた、時だった。 「っ! スマホを見ろ、アンテナが立ってる」 「え!?あっ、ホントだ」  この機は逃せぬとばかり、2人はすかさず変身用アプリを起動する。 画面に3×3で表示された9つの点を、  剣は「上段右→上段真ん中→上段左→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」と結んで「Σ(シグマ)」の字を描き、  玲は「上段左→上段真ん中→上段右→中段真ん中→下段左→下段真ん中→下段右」と結んで「Z(ゼット)」の字を描く。  スマホをロックコマンダーに差し込むと、ロックスーツの装着シークェンスが開始される。剣と玲の体は緑のワイヤーフレームに覆われ、白い光に包まれ……  一瞬の間をおいて光は消えゆき、変身が完了する。 「ソコニ居タカ、ロックマン」  無機質で抑揚のない声が、後方から聞こえた。  振り返った2人は、10数メートル離れたところに、陽炎の如く揺らめく丸い空間がある事に気づく。見る間に揺らめきは強まり、次いで放電が空間を取り巻いた。  やがて、1体のレプリロイドが姿を現す。  虚空から滲みだすように、スゥ、と。  グレーのカラーリングに身を包み、頭部には長い触角を持ち、背部から3対(つい)6本のアームを生やした、ゲジゲジを思わせる形態のレプリロイド。 「『リモートロン・グレッゲージ』か?」 「ソウダ。ロックマン、ワタシハオマエ達ト戦イニ来タ」  グレッゲージの背中のアームが、摘み上げられた虫の脚のようにカシャカシャと動いて、ロックマン達の方を向く。 体そのものは棒立ちのままであることが、アームの動作の奇怪さを際立たせた。 「レーザー……」  各アームの先端が、ヴヴヴン……という唸りと共に発光し、次いでピンク色のレーザー光線を放ってくる。  アームの可動によって自在に向きを変えるそれは、反撃を許さぬ波状攻撃であった。 ある1本のレーザーを、躱すなりチャージ攻撃で弾くなりして捌いても、また別のレーザーが襲い来るのだ。  飛び道具というよりは、長大かつ機敏な刃のようであるとも言える。戦いの舞台が、街の広い大通りであるのは幸いと言えた。 もしこれが前後を塞がれた狭苦しい通路などであれば、2人のロックマンはあっという間に、細切れに焼き切られてしまうかもしれない。 「沖藍、奴から一旦離れるぞ!俺の後ろに来い」  剣は特殊武器チップを取り出し、ロックブレードに装填した。マンモックスをもとに作成された、「フロスティナックル」だ。  発動と共に激しい冷気を放ち、見る見るうちに氷の刃と化していくロックブレード。剣はこれを燃える路面に叩きつけた。 濃い水蒸気がもうもうと広がり、6本のレーザーを一気に減衰せしめる。    この隙に、剣と玲は大通りを離れ、付近の高層オフィスビルの陰へと回る。 「ハァ、ハァ……あんなの反則じゃない!?」 「あのレーザーは厄介すぎる…… ん?」 「何あれ?」  上空で、何かがフワフワと飛んでいる。2人はすぐに、それがマルチコプタータイプの、カメラ付き遠隔操作式小型無人航空機(ドローン)であることに気づいた。 「こんな時に……誰が飛ばしてる?」  自分でそう言ってから、剣は”誰が”ドローンを飛ばしているのかに思い当たる。 「ダッシュしろ!どっちの方向でも良い!」  声を張り上げ、玲にダッシュを促す剣。丁度それと同時、空中にさらに別の飛行物体が現れる。グレッゲージの背中についていたアームだ。    アームから降り注ぐレーザーは、路面を焼き、タイルを吹き飛ばしていく。 素早い回避によってレーザーの直撃を免れる剣たちであったが、しかし2人の前方に、あの「揺らめく丸い空間」が生じる。 中から現れるのは、やはりというべきかグレッゲージであった。  玲が、焦ってナイフガンの引き金を引く。アームはグレッゲージ本体に再合体していた。 展開された球形のバリアが、ナイフガンの弾をことごとく打ち消していく。 「銃が駄目なら、コレで……!」 「止まるな沖藍!!」  踏ん張ってフラッシャーブロウを繰り出そうとする玲。その手を剣が引く。  追い討ちのレーザーを精一杯に躱しながら、2人揃って再び大通りへと飛び出した。 「グレッゲージの前で立ち止まるんじゃない!ロックスーツも奴に操られるおそれがある」 「でも、逃げるわけには!」 「逃げはしない。だが一旦隠れて、どうにかして奇襲をかけるぞ」 「本当に、レプリロイドかメカニロイド絡みじゃ無いのかな」  ライブ会場前で入場開始を待ちながら、独り言つ劾。  再びSNSで検索をかけてみる。居並ぶ投稿の内容はいずれも、電車を待っていた時に見たものと大差ない。デルタ絡みなのかそうでないのか、判然としない。 「分かんない、か」  幾つかの検索ワードをお気に入り登録し、スマホの画面を消して懐にしまう。  しばらくして、開場時刻が迫ってきた頃。  マナーモードのスマホが振動をする。再びSNSアプリを開いた劾は、登録ワードに沿って拾い集められた新着投稿群を見て、目を見開いた。 『火事めっちゃ広がっとる!』 『ヤバい、アキバの方でなんかレーザー飛んでます』 『ロックマンとロボットが戦ってるらしい』  画像付きの投稿もある。ロックマンを写したものは確認出来ないが、迸る何本ものレーザーを建物越しにとらえた画像が、相当数あった。  劾は居ても立ってもいられず、その場を離れる。 「只今より、入場の案内を開始いたします」というスタッフの声も耳に入らず、ロックコマンダーを操作して基地へと通信を繋ぐ。 「博士!レプリロイドが出たんじゃないですか!?」 <<いえ、それは無い>> 「じゃあこれは一体」  SNSからダウンロードした画像や、投稿のスクリーンショットを、基地へと送信する。 <<……ごめんなさい。確かに今、ツルギ君とレイの2人が、レプリロイドを相手に戦っているわ。千代田区、秋葉原で>>  「僕も加勢します、秋葉原へ送ってください」 <<でもガイ君、貴方は楽しみにしてた予定があったんじゃ>> 「はい。……だから内緒にしようとしてくれたんですね。でも良いんです」  劾は財布から短冊形の紙を取り出し、何枚にも破くと、それを写真に撮って送信した。 <<これは……。 分かったわ。敵が通信妨害を行っているので、転送先は現場から少し離れた所に設定するわね。>>  劾が破り捨てた短冊形の紙。それはライブのチケットだった。  剣は、裏通りにある古書店の、店舗ビル入口に潜んでいた。玲も、別のところに隠れている。  じっと待ち構えて、グレッゲージが通りかかったところを狙って攻撃するためだ。  コツ……コツ……コツ……  近付いてくる硬い足音に、耳を澄ます。息を飲み、スパークスマッシュの装填されたロックブレードを、握り締める。  足音がすぐそこまで来た、その時。ブレードを振りかぶって一気に飛び出す。 「!?」  そこに居るのは、グレッゲージではない。玲が引きつった顔で立っている。  剣は一瞬キョトンとしつつも、すぐ我にかえる。どうして出歩いているのかと、そう尋ねようとした。だがそれより先に、玲が口を開く。  否、叫んだ。 「私から離れて、神崎!!」  玲がナイフガンを構え、剣に対し発砲した。  剣がダッシュで回避すれば、玲はそれを上回るスピードをもって迫り、ナイフガンで斬りかかる。 「沖藍のスーツが操られてる!?グレッゲージにやられたか、沖藍!」  ロックスーツの激しい機動に邪魔をされながらも、必死に言葉を返す玲。 「違う、ずっと待ち伏せしてた!そしたら、急にスーツが!」 「何処に隠れていた!?」 「ここの……近くのっ、パソコン屋さん、に……」 「『パソコン屋さん』?」  玲、いや、高機動型スーツの猛攻を躱し、ダッシュで裏通りを駆ける剣。  右手に、玲が隠れていたとおぼしきパソコンショップが見えた。通りに面した入り口は狭すぎず広すぎず、待ち伏せの隠れ家には向きそうな店。  そしてその店内には、インカメラ付きのノートPCやWEBカメラなどが、びっしりと陳列されている。 「グレッゲージの奴、ここの商品を使って沖藍を見つけたのか!」 「ソノ通リダ」 「!」  前方に顕現したグレッゲージの、レーザー攻撃。後方より追いすがる高機動型スーツの、銃撃。 (街じゅうのPCやカメラを手あたり次第操って俺達を探し、沖藍の居場所をとらえ……そして沖藍が気づかないうちに、スーツの制御を奪った!)  壁蹴りやダッシュを駆使してそれらを避け、剣は大通りへ出る。  そこへ数台の車が突っ込んで来た。グレッゲージによって操られた、無人の乗用車たちだ。難なく跳び越すも、丁度そのタイミングで車が爆破される。  爆風に煽られつつも、なんとか受け身をとって着地した剣へ、間髪入れず高機動型スーツが飛び掛かる。 ロックブレードとナイフガンの刃が、激しい音をたててぶつかり合った。  鍔迫り合いの中、玲と剣が言葉を交わす。 「ごめん、神崎」 「こっちこそ、済まない!俺が隠れ場所をよく考えなかったのが、不味かったんだ」  ナイフガンを跳ねのけた剣を、再びレーザーが襲う。  剣は秋葉原の南端、神田川に架かる万世橋へ逃れた。直後、グレッゲージのアームが分離し、剣の上空へと飛来する。  またあの、空中からのレーザーか。そう思い身構える剣だったが、実際には違った。  剣ではなく神田川の水面へと向いたアームが、ほんの一瞬「ヴォン」という唸りを上げる。  ズドオオオオオオオオオン!!!!!! 「ぐおっ…!?」  神田川が「爆発」した。万世橋の半分ほどが砕け散り、そこに立っていた剣も吹っ飛ばされ地面に転がされる。舞い上がった水しぶきが、橋の小さな瓦礫が、降りかかった。 (これは……水蒸気爆発?そうか……レオゴルドの時に東京港の水面が爆発したのは、グレッゲージが……)  容赦なく襲い来るレーザー。  更に何台も現れる、無人の車。  フラッシャーブロウ。 「やりたい放題してくれる……」  よろめきながら立ち上がり、回避をしようとした。  その時。万世橋の向こう、神田方面からエネルギー弾が飛来する。  グレッゲージは瞬時にバリアを張って、これを防御した。引き換えのように、無人車たちや高機動型ロックスーツの動きが止まっていく。 「今の攻撃は」  神田川を跳び越えて来た何者かが、剣を助け起こす。  ロックスーツを装着した劾の姿が、そこにあった。 「遅れてごめんよ」 「ライブ、行かなくて良かったのか」 「そんなのは良いよ。レプリロイドを、デルタを……何とかする事の方が、大事だから」 「済まないな。それと、ありがとう。……さて」  並び立つ剣たちと、グレッゲージが対峙する。 「桜井、奴は強力なレーザーを撃ってくるぞ。頑強なバリアもある」 「向こうがレーザーなら、僕はこれでいく!」 <<SUN BLASTER>>  チップ装填とともにロックバスターより鳴らされる、特殊武器発動を示す音声。黄色く眩い熱線、サンブラスターがグレッゲージに迫る。   「ソノ熱線ハ、レディバイドヲ基ニシタ物ダナ。」  鉄壁のバリアは、サンブラスターすら弾(はじ)いた。ロックマン側が有する最大火力の攻撃すらも、グレッゲージには届かないというのだ。 「ソノ威力ヲ私ハ知ッテイル。ソノ熱線デ、私ノバリアハ破レナイ」」 「だが、同時にもう一撃叩き込まれたら、どうなる!」  炸裂する、剣のチャージブレード。 「ソレデモ無意味ダ。破レハシナイ」  同時攻撃を完全に凌ぎきったグレッゲージは、剣を迎撃すべく素早く向き直る。6本のアームが、レーザーで剣を撃ち抜かんと、一糸乱れぬ動きを見せた。  そこへ落ちて来る光の刃。  フラッシャーブロウが、グレッゲージの左腕と、左側のアーム3本を断ち落とした。上空にあったのは、エアダッシュで空中に躍る玲の姿。 「神崎、後お願い!」 「任せろ!!」  剣が再度斬りかかるより早く、グレッゲージが消える。  但し、中途半端に。  ドラマ等で幽霊が表現される時のような、半分ほど透き通った不完全な消え方である。その姿を、剣は当然見逃さない。ロックブレードに再度チャージをかけ、跳躍し斬りかかる。  展開されたバリアは、先程までよりも格段に弱かった。ブレードは激しく反発しつつも、じわじわとバリアの内側へ向かって食い込んでいく。 「思ったとおりだ……その背中のアーム!バリアもレーザーも、機械をコントロールする電波の照射も、それで全て賄っているな!」 「通信妨害モナ」 「だがこれで、もう……!!」  ブレードが遂に、バリアを突破する。  勢いのままに、剣はアームの1本を切り裂いた。残る2本のアームをも、レーザーの照射を許さず、立て続けに斬りつけて破壊していく。  グレッゲージは丸腰となった。  特殊武器スパークスマッシュが、ロックブレードを通して発動していた。飛び退いて逃れようとするグレッゲージへ、電撃を纏った刃が迫る。  「終わりだ!!」  そう。  これで決まりだと、劾も玲も思った。 「終ワリデハ無イ」  破損したアームがポロリと外れ、軽い音を立てて転がる。  直後、閃光と共に出現した新品のアームが、グレッゲージ本体に合体。わきわきと蠢いて、剣の方を向く。  剣の動きが……いや、剣のスーツの動きが止まった。 「どうしたんだ」  劾は困惑し、 「やばい、神崎のスーツが乗っ取られた!」  玲は青ざめる。 「どういうこと!?」 「グレッゲージは、機械を乗っ取る能力があるの!私もさっき、あいつにスーツを操られて、神崎を襲ってた……そして今は、神崎が操り人形に」 「じゃあ助けないと!!」 「分かってるッ!!」  駆け寄ろうとする2人をレーザーが阻む。  劾のシールドショットも、大して意味を成さなかった。分離したアームが、シールドショットをよけてレーザーを撃ってくるのだ。 「だめだ、逃げろ……桜井、沖藍」  剣の、撤退を促す声。  もはや成す術はなかった。それでも諦め切れず、熾烈な攻撃に翻弄されながらも、接近を試みる劾と玲。  そんな足掻きに、グレッゲージが終止符を打った。 「白イロックマンハ、貰ッテ行ク」 「なっ!やめろ、そんな事!!」  叫びも空しく、グレッゲージと剣の姿が光に包まれ、消え去る。  破壊された秋葉原の街に、2人のロックマンだけが残された。  劾がロックコマンダーを操作する。基地への通信は、問題なく繋ぐことが出来た。グレッゲージが居なくなったからだ。 「博士」 <<通信が繋がった!ガイくん、そちらの状況はどうなってるの!?>> 「戦闘の末、グレッゲージには逃げられました。それと」  後に続く言葉を発するのには、少し時間を要した。 「神崎が、攫われました……」 <<え……>>  基地へ帰ってから、劾と玲は事の次第を博士に報告した。  すべて話し終える頃には、博士はわなわなと震え、顔を俯かせていた。 「あの…博士」 「また…人が居なくなった。私のせいで…」 「『また』?」 「ごめんなさい…ちょっと、外の空気、吸ってくる…」  訝る劾と玲を置いて、博士は基地を後にする。  席についたまま黙り込む2人のそばで、ミニ・レプリたちが……騒がしいはずのレディバイドとマンモックスまでもが、黙って、心配げな視線を向けていた。  博士は乃梓公園のベンチで、ひとりうなだれる。  白衣を握り締めて、ぽつぽつと独り言をつぶやいていた。 「”マコト”……私は、どうしたら良いの?あなたに飽き足らず、ツルギ君まで……」  ふと気配を感じ、博士は顔を上げる。  少し離れた前方に、劾と玲が立っていた。 「さっきの、もしかして聞こえてた?」 「ええ、”マコト”とかって」 「”マコト”というのは…私の夫。”マコト・ブロッサム”よ。」  玲が博士の隣に腰掛け、問いかける。 「旦那さんは、どういう方だったんですか?」 「…。」  博士が、いや、シェリー・ブロッサムが。”マコト”との事を、ぽつりぽつりと、語り始めた。  マコトの結婚前の名前は、志熊 誠(しぐま まこと)。シェリーの3つ下で、大学の後輩であった。  彼はある年、博士の務める研究所に、研究員として入所してきた。  能力的にはシェリーに及ばず、見た目も「かっこいい」とは言い難い、恰幅のよい体形だったが、気さくで優しい人柄であった。 シェリーとは気が合う部分が多く、プライベートで飲んだり遊びに行ったりを繰り返し、親密になっていった。  誠はある日、改まった様子でシェリーを誘った。正式な交際の申し込みであった。 「正直な所、大学の頃から好きだった」  誠は、そう言っていた。  やがて、2年の交際を経て結婚。シェリー30歳、誠27歳の時である。  その頃、研究所はタイムワープマシンの開発プロジェクトに参加しており、シェリーと誠も携わっていた。  試作機の起動実験の最中、不具合が原因でマシンが暴走。  全員が退避を命じられる中、シェリーはマシンの停止を試みるが、誠に阻まれる。彼はシェリーを突き飛ばし、マシンから遠ざけた。 直後に轟音と共に起きた衝撃波が、シェリーを襲い、気絶させた。  病院で目を覚ましたシェリーに伝えられたのは、マシンと誠が消滅したという事実。  タイムワープマシン研究は、凍結される運びとなった。  これを境に博士は、個人的な夢であった「自我を持つロボット」の開発に取り組み始める。  14年間の研究を経て誕生したのが、人間的な思考と自らの意思を有するロボット、”レプリロイド”。  デルタと名付けられた彼は、優れた学習能力を発揮し、またシェリーたちと共に過ごしたことで、僅か数年で優れた科学者となっていく。    また、デルタ誕生と時を同じくして、タイムワープマシン開発再開の話が持ち上がっていた。 研究所内では反対意見も少なく無かったが、副所長となったシェリーは、開発再開に賛成。 デルタも開発に加わったことで、人間の視点からは気づきにくかった問題が発見され、解決されていく。  かつて悲劇を引き起こしたタイムワープマシンが、19年の時を経て、完成を迎えた。  その後、デルタはタイムワープマシン試作機を乗っ取り、過去の時代…21世紀の東京へと飛ぶことになる。 「誠とは、子供が欲しいねって話をしていたの。でもその矢先に、あの人は消えてしまった…。私がデルタを創り上げたのは、その無念のせいもあるかもしれない。 私は、デルタを息子のように…いえ、息子だと思っているわ。誠との間に見ることが出来なかった、”子供”……」  話を終えて、シェリーは再びうつむいた。なんと声をかけて良いかわからず、立ち尽くす劾と玲。  しばらくの沈黙の後、シェリーが口を開く。 「ガイくん、レイ。ロックコマンダーのアップデートがしたいの。コマンダーを預けてもらえるかしら?」  話題の急変に若干戸惑いつつも、2人はコマンダーを腕から外し、博士に渡す。 「何時頃、アップデート作業が済みますか?」 「これはもう、あなた達には必要ないわ」  尋ねる玲と、隣の劾を順番に見つめ、シェリーは言う。コマンダーを懐に仕舞いながら、ゆっくりと立ち上がった。 「本当なら私が自分で戦うべきだったのに…あなた達の好意に甘えて、そのせいであなた達を危険な目にも遭わせた。…もう、”ロックマン”はおしまいなのよ」 「そんな…」  抗議する2人から顔を逸らし、シェリーはコマンダーを操作する。  「貴方たちには感謝してるわ…でも、ごめんなさい」  シェリーの姿が、公園から消えた。

第10話「STAGE SELECT」

「返事を……返事をしてくれ」  劾は乃梓公園のベンチに座り、スマホに齧りついていた。 「桜井……今日はもう、帰ろう。」  劾の隣に座る玲が、声をかけた。 「沖藍は、納得出来るの?僕は出来ない。もう一度博士と話を」 「私だって納得いかないよ!でも、そのスマホで基地にメッセージ送ってから、もう一時間……なのにまるっきり無視だよ。これじゃ、話なんかしようも……」 「……くそっ」  項垂れる劾。只でさえ剣がさらわれてしまっているのに、その上シェリーとの繋がりも切れる始末。どうすれば良いのか、分からない。 『突然あんな事を言われても、納得が出来ません。もう一度話をさせて下さい』  煌々と光るスマホの画面には、基地へ送信済みのメッセージが、むなしく貼り付いている。  劾はやがて観念したように、家へと電話をかけ始める。その様子を見て、玲もスマホの電話帳を開いた。    「もしもし、お父さん?ごめんね、連絡しなくて…今から帰るから…うん、それじゃ」   通話を終えるのは、玲の方が少し遅かった。  「お父さんの事、心配させちゃった。ちょっと怒られたよ」  「うちもだ。怒ってはいなかったけど。」  「怒ってないんだ?」  「まあ、僕は男だし。……それでも、僕らはこれから家に帰って、親に顔を見せられるけど。神崎はそうはいかない」  苦い顔でうつむく玲。重苦しい空気が2人の間に流れる。剣は今頃、どんな目にあわされているのか。救出することは出来るのか。 救出の手立てがあったとしても、ロックスーツを取り上げられた今の自分たちに、一体何ができるというのか。 「明日は、日曜日だったね」  劾が、沈黙を破る。 「明日の午前中に、神崎の家に行こう。なんであいつが戻らないか、僕らの口から説明しなきゃ」  東京の何処かの地下にある、デルタのアジト。  その主が、”土産”を伴って帰って来たグレッゲージを、出迎える。 「お疲れ様、グレッゲージ。さて……」  グレッゲージの傍らに佇む”土産”に、デルタが目を向ける。  剣だ。スーツの制御を奪われ、動きを封じられたまま。自由になるのは顔だけである。 「デルタ……もう街を襲うのはやめろ!博士が悲しんでいる……」  デルタは、食って掛かる剣に対し、表情ひとつ変えずつかつかと歩み寄り、その顎をクイと持ち上げて、言う。 「やめるつもりなんて無い。それよりも君には、やってもらう事がある」 「やってもらう事……?」 「なに、ちょっとボクの味方になってもらうだけさ。見てくれ、これを」  近くの机に置かれていたケースの中から、紫色のサングラスの様なものを取り出す。 「これは”ドミネイトバイザー”。これを掛けた瞬間、君の自我は封じられる。完全に僕の操り人形と化すのさ」 「な……!!やめろ!俺を操り人形にして、どうしようって言うんだ」    剣は、あっさりとバイザーを掛けられてしまう。抵抗など出来よう筈も無い。  バイザーの淡い発光と共に、ぐあ…とうめき声を上げた後、剣は押し黙った。  デルタはグレッゲージに命じ、ロックスーツへのコントロールを解かせる。そして、人形のように立ち尽くす剣を前に、何者かへ通信を繋ぐ。  ほくそ笑むでもなく、ただ淡々と。 「コアトルス、僕の部屋へ来てくれ。作戦の説明をする」  しばらくして、デルタの部屋に翼竜型のレプリロイドが現れた。  コアトルスと呼ばれた彼は、壮年男性のような声と落ち着いた口調で、言葉を発する。 「とうとう私の番ですか、デルタ」 「そうだ。作戦内容は」 「その前に、デルタ。貴方が本当は何を企んでいるのか、私にも教えて頂きたいのですがね」 「……何の事だい?」 「とぼける必要は無いでしょう。私はね、貴方の真意が何だろうと、今更になって裏切る気など毛頭ありません。それに……裏切ったとしても、その時は私を始末すればいいだけでは? レオゴルドの時のように」  デルタは、ニヤリと笑った。 「いいだろう。話すよ。僕のほんとの目的は―」 【8月20日】  午前9時半。劾と玲は、神崎家を訪れた。 「おはよう、桜井くんに沖藍さん。待っておったよ。『話がある』という事だったが、どうしたのかな?」 「どうも、朝早くにすみません。剣君はいますか」  もしかしたら、剣はなんとか逃げ出して、家に帰り着いていたりはしないか。  2人の淡い期待は、しかし叶いはしない。 「剣?あの子はなぁ……昨日から帰ってはいないな。いや、わたしと家内もな、あいつが何時になっても連絡も寄越さないから、何をやっとるのかと心配していたんだ。 警察にも届けてはおいたんだが」 「そう……ですか」 「あの、実は私達。その神崎くんのことでお話があって参りました」 「む…? そうか。まあ、上がりなさい」 客間に通される劾と玲。席に着いた2人と敬の前に、真弓が、茶を置いていく。 「で、話というのは何かな?」 「はい。単刀直入に言いますが、剣くんが帰ってこないのは、誘拐されたから……なんです」 「誘拐っ!?桜井くん、それは一体どういう?というか、何故君らがそんな事を知っている?」 「ここからは、だいぶ荒唐無稽で長い話になります。信じるか信じないかは置いておいて、ひとまずは最後まで聞いてください」  劾らは、神崎夫妻にすべてを話して聞かせた。  およそ1世紀先の未来で、ひとりの女性科学者によって造り上げられた、意思を持つロボット”デルタ”。  21世紀の東京に降り立ったデルタが、数々のレプリロイドや戦闘マシンを差し向けて起こした事件。  剣が、デルタを追って来た女性科学者を助けるべく、彼女の協力者となった事。  剣が強化スーツを彼女に代わって着込み、”ロックマン”となって戦っていた事。  劾と玲も同様に、ロックマンとなった事。  レプリロイドたちとの交流。  そして昨日、剣が敵の手に落ちてしまったこと。 「私たちが不甲斐なかったせいで、神崎くんがさらわれてしまったんです。なんとお詫びするべきか……」   劾と玲は謝罪の言葉を述べつつも、「果たしてこんな話を信じて貰えるか?」という不安を抱く。 何しろ内容が内容であるし、しかもそれを喋っている自分たちは高校生。世間的にはまだ子供扱いなのだ。一笑に付されたとておかしくはない、と思った。   だが。 「そうか、剣のやつが……。このところのロボット騒ぎの裏には、そんな事情があったのだね」 「信じて貰えるんですか」 「いつか、こんな時が来るような気がしてたのよねぇ。なんとなく……本当に、なんとなく、だけど」 「え…?」 思わぬリアクションが帰って来た。話を始める前は「神妙な面持ちの劾らと、困惑した顔の神崎夫妻」という図だったのが、今は双方の表情がちょうど入れ替わっている。  「桜井くんも沖藍さんも、初めて儂(わし)らの顔を見るわけじゃないだろう。剣と儂らを比べて、どう思う?失礼かどうかは考えず、ただ率直に言ってみてくれ」  唐突な問いに劾も玲も、少し考え込んだ。2人の心に浮かんだ返答は、確かに失礼といえば失礼なものだったからだ。意を決し、先に答えたのは玲であった。 「あまり、似ていないと思います」 「そう思うだろうな。剣はな、儂らの実の子ではないんだ」  神崎夫妻は、語り始めた。 「剣はもともと、身元不明の孤児だったのよ」 「あの子は2010年に、都内で発見された。推定4才程度の幼児の体格に比して、やたらとサイズの大きな服を、ローブか何かのように纏ってさまよっており、 市民の通報で警察に保護された……そう聞いている。名前は答えられなかったものの、日本語で受け答えが出来る事から、保護者が日本人である可能性は高かった。 だから身元の方も、すぐ判明するだろうと考えられた……らしいのだが」 「何日、何週間経っても、両親らしき人物は見つからず…結局、あの子は剣(つるぎ)と名付けられ、児童養護施設に預けられる事となったわ。 そして後に、私たち夫婦があの子を引き取ったの。」 「剣は、元気で良い子に育った。いつも、笑顔を見せてくれた。しかしふと見ると、何か打ちひしがれたような顔をしていたりもするんだ。 …ある時、言ってみた。辛いことがあるのなら話してみなさい、吐き出すことで楽になれる場合もある、とね。すると剣はこう言った。」 『よく分からないけれど、何だか寂しいんだ……』  いつの間にか、時刻は11時を回っていた。  お茶を淹れ直しに行っていた真弓が、慌てた様子で敬に声をかける。 「ちょっとお父さん、大変よぉ大変!テレビを見て」 「テレビだって? 」  敬がリモコンを手に取り、客間のテレビを点ける。  普通ならバラエティ番組やワイドショー等が放送されているような時間帯だ。  実際に放送されていたのは、報道特別番組であった。 《都庁を中心とする半径約3㎞のエリアに、原因不明の強力な電波障害が発生している模様です。 えー、更に、エリア外縁には正体不明の障壁が発生しており、エリア内外の行き来や通信は一切不可能との事です。都庁や新宿警察署、鉄道・地下鉄各駅とも通信が途絶しています。 また、エリア内に正体不明のロボットが多数出現している模様です。7月から都内で散発的に発生している、ロボットが出現し破壊を行う事件との関連は、現在の所不明です…》  アナウンサーがひとしきり喋り終えると共に、画面が切り替わる。  テレビ画面に映し出されたのは、空撮でとらえられた新宿副都心の街並み。 《はい!見えますでしょうか!?現在わたくしは、えー、ヘリに乗って原宿上空に居るのですがっ、ご覧下さい! あのように!都庁を中心に、半径約3キロの範囲が、正体不明の、巨大な光のドームにっ、覆われてしまっています!》    カメラがズームアウトし、街に覆い被さるドームの全容を映し出す。  完全な半球状ではなく、深めの皿を伏せたような扁平な形であり、揺らめきながら輝くその表面は、さながらオーロラのようである。  そして、ドーム越しに見える街の中には、数多くのメカニロイドの姿があった。 メカニロイド達はただ現れただけでなく、当然……と云うべきか、暴れまわったようである。街の至る所に、破壊の跡を見てとることが出来た。  テレビの画面は、四谷(よつや)の路上からの中継に切り替わる。 《えー、ご覧下さい!この、謎の光のドーム!此処に、こうやって物を当てて見ますと……》  リポーターは喋りながら、木製バットをドームに押し当てる。するとドーム”壁面”の、バットとの接触点を中心とした僅かな範囲が、波紋のように揺らぐ。  それだけだった。リポーターが幾ら力を込めようが、バットはドームの中には進入しないし、バットが破壊される事もない。 《このようにー!通過不可能な光のドームが、都庁を中心に半径3キロのエリアと、その外を、分断してしまっています!……え、何ですか?あっ!あー!!》  ビルの影から、あるいは空中から、複数機のメカニロイドが現れていた。  何かが破壊される音とともに、画面がガクガクと揺れ動く。悲鳴が聞こえる。 《うわああ!半径3kmの外には、ロボット居ないって言ったじゃないっすかぁ!!ひいっ!!》  メカニロイドの群れが、中継クルーを追いたてているらしかった。やがて、カメラマンがカメラを落としたのか、テレビ画面はアスファルトの路面を映したまま動かなくなる。  数秒後、バキッという音と共に映像が途絶えた。  再び切り替わった画面の中で、ぽかんとした顔を晒していたアナウンサーは、すぐに凛とした顔を作って、原稿を読み上げ始める。   《……げ、現場からの中継でしたっ!引き続きお伝えします、都庁を中心とする半径約3㎞のエリアに、原因不明の強力な電波障害が発生して……》  目をぱちくりさせる神崎夫妻。  しばし唖然とし、そして徐々に表情を険しくしていく劾と玲。 「デルタの奴、こんな大がかりなことをやるなんて」 「それに、こんな事件が起きてるなら、きっと……」  2人は、シェリーの言っていた事を思い出す。 ―『本当なら、私が自分で戦うべきだったのに』 ―   シェリーの言葉、今の状況。  2人は、瞬時にそれぞれの心に浮かんだ考えに基づき、これからどう行動するかの提案を言い放つ。  お互いがお互いの方を殆ど同時に振り向き、そして殆ど同時に、一言一句同じ言葉を発した。 「「博士を探しに行こう」」  劾と玲は、自転車で”エリア”まで向かうつもりであった。  本当なら電車なりタクシーなりを使うべき距離だ。 だが新宿の異変が、その範囲を拡大しない保証が果たして有るか。 例えば電車に乗っている最中に雑魚メカの進攻にあい、立ち往生でもしてしまえば、シェリーを探すどころではなくなるのだ。  各々の家へ戻り自転車を取って来るため、2人は共に駆け足で往く。 「自転車持って来たら、公園で落ち合おう!」 「で、2人揃ったら出発ね!」  乃梓公園前で別れようとする劾と玲。そこへ、声をかけてきた者がいた。 「おう、桜井じゃねーか!沖藍も一緒かよォ、どーしたんだよ2人して走って?」  濃い紫の原付に跨がったその人物は、馬場であった。 「なんか大声で自転車がどうとか言ってたがよ、アレかァ?サイクリングデートか?」  劾が、息を切らしつつ返事をする。 「新宿へ行くんだ」 「は?かなり距離あるぞ、自転車で行く気かよ?っていうか新宿はお前、デンパショーガイやらロボットやらで大騒ぎだろうがよ」 「行かなきゃいけないんだよ、僕らは」 「……へぇ、行かなきゃいけねぇってか。どういう訳か知らねーが……」  馬場が、スマホを取り出して通話を始めた。誰かを呼び出している様子だ。  話を終えた後、馬場は劾らの方へ向き直る。 「お前ら、このまま10分ほど待っとけ」 「いや、僕ら急いでて……」 「まあ、待ってろや」  優しげながらも凄みのある口調に圧され、劾はつい怯えてしまう。  仕方なく、馬場の言うとおり待つことにする。その様子を、玲が若干呆れ気味に見つめた。  馬場が電話をかけてから、丁度きっかり10分後。1人の女性が、後部に2つのヘルメットをくくりつけた、明るい茶色の原付に乗って現れる。馬場の彼女の天音だ。 「お待たせー、丁司くん♪」 「天音さん!? え、馬場、どういう事?」 「乗せてってやるよ。桜井は俺と、沖藍は天音と2ケツだ。……帰りの事は知らねーがな。」  かくて足を得た劾と玲は、およそ一時間半の道のりを経て、エリアに程近い中野に到着する。  新宿方面に目を向けると、建物の合間から時折見えるものがある。野良犬か何かの様に街を闊歩する、メカニロイドの姿だ。  人々の姿は確認できない。逃げられる者はとっくに逃げ、そうでない者は建物の中に隠れ潜んでいるのだろう。  馬場と天音に礼を言って別れ、劾らはいよいよシェリーを探しにかかる。 「さて、半径3㎞…ざっと18㎞の円周を辿るわけね。メカニロイドからは隠れながら」 「うん。あのメカニロイド連中は、只うろついてるだけだ。でもその中にもし、ドンパチやってる奴が居たなら…そこに居るハズだ。ロックスーツを着て、戦いを挑んでる博士が…」  渋谷の路上を徘徊するメカニロイドが、近づいてくる人影を感知して攻撃の構えを取る。  その人間は、白衣を着た背の高い女性……シェリー。  シェリーは、スマホ程の大きさをした板状の機器を取り出すと、左腕のロックコマンダーに差し込み、防御型ロックスーツを装着する。  メカニロイドたちへ目掛け、ロックバスターを発砲した。直撃を受けた1機が爆散するも、そのほかの複数機が散開してシェリーに挑みかかった。  攻撃を連続ダッシュでなんとか躱しつつ、シェリーは北へ進む。 「私がなんとかしなきゃ……私が!デルタのところへ…」  建物から、砲撃型のメカニロイドが飛び降りてきた。放たれた大口径のエネルギー弾を、シェリーは咄嗟の横っ飛びで回避し、バスターで砲撃型メカニロイドを返り討ちにする。 しかし、その隙に飛行型メカニロイドがシェリーに迫る。  鈍足の防御型スーツのままでいるより、高機動型スーツで一気に突っ切った方が良い……シェリーはそう考えた。手近なビルに駆け込み、コマンダーで変身解除の操作を行う。  ザッ……  シェリーの背後で物音がした。振り返ると、フロアの奥からメカニロイドがヌッと現れ、銃口を向けてきている。 「しまっ……」  砲撃を受けて吹っ飛ばされるシェリー。変身が解除され、コマンダーから抜けて外れた板状機器が地面を転がった。  倒れ込んだシェリーが、機器をなんとか拾おうと手を伸ばす。だが、機器はメカニロイドによって踏みつぶされた。もう変身はできない。 歯噛みするシェリーの双眸には、涙が滲んでいた。 「何も、出来ない……何も……!」  敵が足音をたてて迫る。這いつくばって、ポロポロと悔し涙を流しながら、シェリーは死を覚悟した。  ……その時。飲料缶が飛んできて、メカニロイドの一体に当たる。跳ね返って落ちた缶がたてる、カランカランという音に続いて、怒鳴り声が響いた。 「こっちを見ろ、そこのメカニロイド!!」  怒鳴り声の主である玲が、反転して逃げていく。  シェリーに迫っていたメカニロイドが、玲を追ってガシャガシャと走り出す。他の機も後に続いた。立ち上がりながら声を出しかけるシェリーの腕を、今度は何者かがそっと掴んだ。 「ガイくん!?」 「しっ! 逃げましょう、こっちです」  劾とシェリーは、路地を走った。  途中で2人は、メカニロイド達が急に踵を返すところを目撃した。どうやら”彼ら”は、玲を深追いする気は無いようだった。  2人は構わず走り、道玄坂、109前で玲と合流する。 「博士、どうして一人であんな無茶を」 「……前にも言ったでしょう。本当なら、私が自分で戦わなきゃいけなかったのよ。」 「だからって、あんな……僕らを追い払うような真似をしなくても!」 「何度も言わせないで! 私がデルタを造ったの、そのデルタが皆に迷惑をかけているの、だからそれを止めるために戦うのも傷つくのも、私自身じゃなきゃ―」 ガシッ!! 「博士っ!!」  劾がシェリーの両肩を力いっぱい掴み、そしてシェリーの目を真っすぐに見つめた。  気圧され黙り込むシェリー。劾は、構わず続ける。 「僕だって……いや僕らだって!神崎を助けたいし!デルタを止めたいし!博士達には、笑顔で未来へ帰って欲しいし! デルタナンバーズ達にも、幸せに生きていって欲しいと思ってるんです!それに……それに」  言葉に詰まる劾。それと入れ替わりに、今度は玲が口を開く。 「確かに私達は、ロックマンとしての戦いで、危ない目にも遇いましたよ。でも今更除け者にするのは、違うでしょう!……コマンダーをもう一度下さい、博士。」  沈黙。シェリーは俯いて、ひときわ大粒の涙を流すと、それを拭いながら再び劾たちに顔を向けた。 「もう一度、あなた達の力を貸して。”ロックマン”」  基地では、ミニ・レプリ達が劾らを出迎えた。  一度”クビ”になった後の事だけに、劾と玲にとっては、まるで凄く久しぶりに会えたかのように嬉しく……自然と、顔が綻ぶ。  基地に来る前に買っておいた弁当で昼食を摂るシェリー、劾、玲。 シェリーが少し先に食べ終わり、遅れて完食した2人がゴミを片付けたタイミングで、シェリーは部屋のモニターを点灯させた。 「2人とも、これを見て」  モニターには新宿一帯の3Dマップと、”エリア”の範囲及び光のドームを表す3Dモデルが、重ねて表示されている。  その中心である、新宿副都心の東京都庁・第一本庁舎。シェリーによれば、電波障害や雑魚メカの大量出現が起きる直前、 デルタとおぼしきエネルギー反応を此処にキャッチしたのだという。 「デルタは都庁に居ると考えて間違いないわね。問題は、どうやってここまで向かうか。 電波障害のせいで、エリア内へ転送で行くことは出来ないから、エリア外で変身してから都庁まで行く必要があるの」 「あの光のドームは、どうやって突破するんですか?」 「これを使うわ」  シェリーが、一枚の特殊武器チップを取り出す。 「『バリアキャンセラー』。グレッゲージが秋葉原に残したアームを基に作ったものよ。これでドームに穴を開ける事が出来る」 「グレッゲージの特殊武器ですか」 「正確には、対グレッゲージ用特殊武器といったところね。新宿を覆うドーム、あれはグレッゲージのバリアと同じものなの。 ロックスーツに記録された戦闘データと、偵察ロボットによるドームの観測データを照らし合わせた結果、それが分かったわ。」  光のドームを破ってエリアに突入する手だては、これで整った訳である。あとは、いかにして都庁まで向かうのか、だ。 「一番敵メカの数が少ないところって、何処ですか?」 「エリア内にはこちらの偵察ロボットが入れないから、確実には言えないけど」  シェリーが手元の端末を操作すると、モニターのマップ上に、メカニロイドを示す大量の赤い光点が表示された。  エリアの外縁付近にしか光点が出ていないが、これは中まで入って調べる事が出来ないからだろう。 実際にはエリア全域に各種のメカニロイドが、大量にうろつき回っていると考えて間違いない。 「一番手薄なのはここね。ただ……」  そう言いながら、シェリーはマップ上の一区画を拡大表示する。  それは渋谷の付近。先程、シェリーがエリア内への突入を試みた場所だ。劾も玲も、眉間にしわを寄せる。 「ここって、道が入り組んでて、見通しもあまり良くありませんでしたよね。」 「そう。ここから行っても、さっきの私のように不意打ちを食らって、返り討ちに遭うかもしれないわね」 「だったら、いっその事……博士、ちょっとここ映してください」  玲は席を立ってシェリーの傍へ行くと、端末の画面を指さした。それを受けたシェリーの操作で、先程とは別の場所が拡大表示される。 「四谷?」 「そう。ここから行くの。ロックチェイサーでね」  エリアの淵と新宿通りが交わる地点、四谷。ここから真っ直ぐに突っ走って、都庁を目指そうというのだ。 「なるほど。ねえ、君達はどう思う?」  劾は、机の上のミニ・レプリ達にも意見を求めた。最初に口を開いたのはジュラファイグだ。 「アリだと思うぞ。メカニロイド連中はあまり高度な連携はできんからな……広い道を、一気に突っ走っていくのが良いだろう」 ウィーゼランやシルキーガ、レディバイドも後に続く。 「まあロックチェイサーも、オレの元のボディのスピードには敵わないと思うッスけど」 「そういう自慢ンンはァ、せんで良いのだァ……と、それは置いておいてだな。飛行型ァ~のォ、メカニロイドにはァ気を付けた方が良いぞォ!それと…」 「グレッゲージに出くわすと厄介だぞおおおお!あと!!ゲエエエエエイルツァー・コア……」 「うるさいですわ!お静かになさい!!…おほん、失礼しました。コアトルスさんが、おそらくエリア内の何処かで待ち構えている筈ですわ。 わたくし達も実は、あの方の詳しいスペックは分かりませんゆえ、あまりアドバイスは出来ませんが……ともかく注意してください」  姿を消せる上に、ロックスーツを支配下に置くことすら可能なグレッゲージ。その厄介極まる、やりたい放題な戦いぶりを思い出し、玲は眉間に皺を寄せる。  そしてもう一つの脅威、ゲイルツァー・コアトルス。デルタナンバーズ最後の1体であり、如何にも空中戦の得意そうな翼竜型レプリロイド。   「ありがとう、皆。気を付けるよ」 「それじゃ、まとめると…… 『まず転送で四谷へ向かい、変身。バリアキャンセラーでエリア内に進入して、ロックチェイサーで新宿通りを西へ直進、西新宿交差点で北へ転進して都庁に向かう。 途中、グレッゲージやゲイルツァー・コアトルスの襲撃に注意』と。こんな感じかな?」 「それでいこう、沖藍」  話はまとまった。シェリーがポンと手を叩き、劾と玲の視線を自身に引き寄せる。 「決まりね。私は今から、各装備の整備をするわ。2人は、そうね……休んでいて」 「装備のメンテで、私達に何かお手伝いできる事無いですか?」 「今は手伝いよりも、ゆっくりしていて欲しいの。大丈夫、完璧な状態にしておくわ」 「用事があって、今日は帰らない……って、どういう事だ?」 「『帰りは早くて明日中だけど、もっと延びるかもしれない』って。ダメよそんなの。いったい何をしに行くの?」 「ごめん、何の用事かは今は話せない。でも大事な用事なんだ。心配しないで、父さん、母さん。悪い事する訳じゃないし、きちんと帰って来るよ。……それじゃ、行ってきますっ!」 「劾、待ちなさい!劾!」 「お父さん、いないんだね」 「新宿の騒ぎで、お父さんの部署も駆り出されていてね。それより、玲。あなたも気をつけて」 「わかってる。それじゃ行ってくるね、お母さん」 「頑張ってね、”ロックマン”。お父さんとの約束通り……元気で帰って来るのよ」  “作戦会議”から数時間。  整備作業は完了した。いつでも、デルタの陣取るエリアへ……”デルタステージ”へ、突入することができる。 《転送先設定OK。転送スタンバイ完了。転送実行の操作権を、2人のロックコマンダーに移行します。》 「転送開……」  劾と玲がまさに、コマンダーを操作しようとした時だった。  通知音が鳴り響く。何者かが、基地へと通信を入れてきたのだ。 「デルタかな……?」 「いいえ、これは……ツルギくんのコマンダーからよ!」  全員が固唾を飲んで、通信に耳を澄ました。  しばらく無言のままだった通信相手は、やがて苦しげな声で話し始める。 《リー……シェ……リー》 「ツルギくん!」 「神崎!」 「無事なの!?」 《桜井も……沖藍、も……居る、のか……》  剣の声だった。消え入るようにか細く、途切れ途切れの話し方だったが……紛れもない、剣の声だった。 《デルタを……死な、せるな……。彼に……勝って……彼を、救うん……だ。シェリーの、ため、にも》 「デルタを、救う……」 《…………》 「神崎!神崎!」  剣は、何も言葉を発しなくなった。シェリーらの呼び掛けもむなしく、数十秒が過ぎ、数分が過ぎる。  結局、唐突にブツリと通信が切れたことで、通話は終了した。 「神崎……。分かってる、デルタを死なせて終わりなんかにはしない」 「博士の前に引きずり出して、ごめんなさいって言わせるんだから」  劾と玲は、改めてコマンダーのボタンに指をかける。 「頼んだわよ、ガイくん、レイ」 「「はい!」」  2人の体が光に包まれ、そして一瞬にして四谷へと飛ぶ。  街は昼間よりも、少し涼しくなっている。夜空は晴れて、星々がよく見えていた。 「行こう、デルタのところへ」  新宿通りの路上で西を睨みながら、2人はスマホを握りしめた。

第11話「 DELTA STAGE 」

8月20日 深夜】  新宿一帯の街は未だ、光のドームと呼ばれるバリアに囚われていた。  テレビにおいては、とある局がアニメやバラエティ番組を放送しているのを除いては、いずれも朝と同様に報道特別番組が放送されている。  四谷や青山の大通りからの中継や、局に寄せられた視聴者提供の動画、街頭インタビューなどが、代わる代わる画面に映し出された。 《後輩がね、ちょうど光の壁のすぐ内側あたりにあるコンビニへ、トイレしに行ってたんですよ……で、あの光の壁がこう、シュパーって。 ほいで、ロボットとかが暴れ始めるのが見えて》  そんなTV放送を、劾の両親も家で観ていた。母・孝美が、ため息をつきながら言う。 「いつになったら解決するのかな、このロボット騒ぎ。こんな時だっていうのに劾は出かけてしまうし」 「心配かけやがってな、あいつは。でも、劾があんな真剣な顔をするのは久しぶりに見たな。高校受験の時以来……いや違うな。あの頃以上に真剣な顔だ。 ほら、あいつは余り覇気のない子だろ。でも出かけていく時の劾はなんだか、別人みたいだった」 「私に言わせて貰うとね……しばらく前から、劾の顔つきは変わってた気がするの。上手く言えないけれど、やりたいことを見つけたっていう感じの」 《あっ、何だ!?》 リポーターが突如として上げた素っ頓狂な声に、話し込んでいた桜井夫妻の目がTV画面へと引き戻される。そこには、新宿通りの路上で眩い光を放つ、2つの人影が映し出されていた。 《何あれ…え、”ロックマン”!?…あ、えー、ロックマンです!ロックマンがここ、四谷に現れました!!》  画面に見入る桜井夫妻。2人とも、ニュースなどの画像でロックマンの姿を目にすることはあった。しかし、こうしてリアルタイムで目にするのは初めてだったのだ。 「ロックマンか。彼らを心配したり帰りを待つ人も、何処かにいるんだろうか」 「いるよ。あの人たちが人間だとしたら、きっと」  ロックスーツを装着した劾と玲。続けて2人は、それぞれロックチェイサーを呼び出して騎乗し、スロットルを捻る。 「行くよ!」 「ええ!」  動力ユニットが唸りを上げ、走り出す車体。  劾はロックバスターにチップを装填し、特殊武器を発動させる。 《BARRIER CANCELLER》  発射された、虹色に輝く光弾。それがバリアに着弾した次の瞬間、着弾点を中心とした半径数メートルに渡り、バリアに孔が空く。 「よし、成功だ」  見事に開いた孔は、しかしみるみる狭まっていく。劾と玲は加速し、一気にそれをくぐり抜けた。  2人の姿を認めたメカニロイド達が、迎撃の構えをとる。地上の機体からはミサイルが、飛行型の機体からはエネルギー弾の掃射が襲い来る。 「ほらっ、こっちだよ!」  そんな中、玲がスピードを上げて前へ出た。集中する敵弾を、玲は右、左、また右と目まぐるしく蛇行し躱していく。何機かのメカニロイドが、業を煮やしたように直接挑みかかる。 格闘戦を仕掛けようとしているのだ。  劾が、それらの全てをロックバスターで撃ち落とす。更に、前方に群がるメカニロイドへバスターを向け、チャージを開始する。 特大のエネルギー弾、チャージバスターが、メカニロイドたちをまとめて吹き飛ばした。  デルタはアジトの中で、劾と玲の進撃を観ていた。 「そうだ。その調子で進むんだ」  多数のメカニロイドをちぎっては投げとばかりに撃破していく、2人のロックマン。その姿をモニター越しに見つめながら、デルタは呟く。 「そして……倒すんだ。”悪”を」   四方八方から集まって来るメカニロイドをやりこめながら、劾と玲は走る。  予定のルートではこの後、すぐ先の四谷4丁目交差点を通過し、長さ約800mの新宿御苑トンネルを抜け、そして新宿駅南口前を通過し、西新宿へ至ることになる。 「もうちょいでトンネルに……って、」 「アレじゃ通れない!?」  トンネル入口には、大量のメカニロイドがずらりと、それも1列のみでなく複数列待ち構えている。 集合写真の並びの如く、奥へ行くほど大型のメカが配置されており、全メカの銃口とミサイルが無駄なく構えられていた。 「ルート変更だ、靖国通りから行こう!」  劾は4丁目交差点に突っ込むと、路面に倒れ込むのではないかというほど車体を傾け、北へ向かって交差点を曲がる。 後に続く玲は、曲がる直前で、特殊武器"フラッシャーブロウ"を置き土産よろしくトンネルへ放った。数機のメカニロイドが切り裂かれ爆発、周囲の機体も巻き添えで破壊される。 「次の次の信号、”富久町西"を左!」 「よし!左ね!」  メカニロイド達の強襲は続く。また、襲い来る飛行型に混じって、異なる種類の機体が出現していた。それは軽自動車ほどのサイズで、ブースターを吹かして空を飛んでいる。  3機のブースター型は機敏に飛び回りながら、機体下面から砲を展開してエネルギー弾を撃つ。弾速は遅いがその威力は大きい。 路面に着弾すれば大穴が開くし、直撃を受けた自動車は跡形もなく吹き飛ぶ。 「くっ…厄介だぞ、あいつ」 「桜井、あれは私がやる!」  言うが早いか、玲はロックチェイサーを自動運転に切り替えて飛び降り、ダッシュジャンプと壁蹴りとエアダッシュを駆使して、付近のビルの屋上へ上がる。 道路と平行に連続でダッシュし、ビルからビルへと跳んで渡りながら、ナイフガンで飛行型を次々と撃ち落とした。  雑魚を片付けると、迫るブースター型へ向かって大きくダッシュジャンプしながら、チャージガンでブースター型の1機目を撃ち抜く。 火を噴き墜ちていく1機目を踏み台に、また跳ぶ。  2機目へフラッシャーブロウを放つ。更に、その向こうに居た3機目へ目掛けてエアダッシュをし、すれ違いざまにチャージナイフを見舞う。  ほぼ同時に爆発四散する、3機のブースター型を尻目に、玲は再びロックチェイサーに飛び乗った。  劾と玲は歌舞伎町に差し掛かった。200m程向こうには新宿駅北の高架線路、通称”大ガード”が見えている。  と、その時。追っ手のメカニロイド達がいつの間にかいなくなっている事に、2人は気づく。ビルの上や路地からメカニロイドが飛び出してくることもない。  2人は嫌な予感をおぼえ、ロックチェイサーを停めて周囲を見渡す。 「変だ、静か過ぎないか?もしかしてこの辺、何か罠が仕掛けてあるのかな……?」 「なら、トンネルを通れなくしたのはここに誘い込……ッ!?」 「うわ!?」  突如として吹き荒れる突風。身をかがめて耐える2人の上空を、何かが通り過ぎていく。  やがて風が止み、顔を上げる2人。その目に、空中に浮かぶレプリロイドの姿が飛び込んで来た。 それは巨大な翼や嘴を有し、足には鋭利な爪を持ち、白とエメラルドグリーンのツートンカラーに身を包んだ、翼竜型の機体。 「お前は、ゲイルツァー・コアトルス?」 「如何にも。私がコアトルスだ」   コアトルスは落ち着き払った物腰で、劾の問いに答えた。 「言うまでもないと思うが。私の役目は、君たちと戦い撃退することだ」 「悪いけど、邪魔されてやる訳にいかないのよ!デルタを止めなきゃいけないんだから」 「そして同時に、私の望みは……君たちがデルタに”勝つ”ことだ」 「は…?」  思いもよらぬ言葉に、劾と玲は困惑した。前半はもちろん理解できる。だが後半は不可解に過ぎた。敵であるロックマンが、主であるデルタに勝つ……そんな事を望むというのは。 「とはいえ役目は役目だ、本気でいかせてもらう。君らも……手加減は無用だ、本気で来い!」 「待て!今のはどういう……くっ!!」  劾の問いかけに構わず、コアトルスは急上昇した。 後方へ向かってぐるりと大きく宙返りすると、口腔内のエネルギー砲”プテロカノン”を撃ちながら、地面と平行に猛スピードで突っ込んで来る。  玲は北へ、劾は南へ向かって、横っ飛びでコアトルスを躱す。 後に残されたロックチェイサーは2台ともプテロカノンの餌食となり、そのままコアトルスの起こした風に飛ばされながら爆散した。   「やるしか無いか!」  コアトルスの言葉の意味を気にする余裕は無い。それに向こうも「本気で来い」と言っているのだから。  玲がビルの壁面を駆けあがり、コアトルス目掛けてナイフガンの引き金を引く。 コアトルスも玲に狙いを定め、プテロカノンを撃つ。自在に飛び回る翼竜と、ビルからビルへと駆ける赤いロックマン。その間で激しい銃撃戦が展開される。  「沖藍ばっかりをやらせない!」  地上の劾が、チャージバスターで援護射撃を行う。しかしコアトルスは、螺旋の軌道を描いて横回転する、戦闘機でいう”バレルロール”の動きで易々と回避する。  コアトルスは大きく旋回しつつ高度を下げ、玲へ目掛けて一直線。プテロカノンの出力を絞って連射速度を早め、エネルギー弾を大量にばら蒔いた。 「くっ」  玲はギリギリでナイフガン・ナイフモードを振るって、どうにかエネルギー弾をいなす。 しかし体勢を崩してしまい、コアトルスが飛び去った後の突風に煽られて、ビルから真っ逆さまに転落した。  頭から地面に叩きつけられるその前に、エアダッシュで付近のビルへと飛び、壁蹴り、そして宙返りで体勢を立て直して着地する玲。 それと入れ替わるように、今度は劾が手近なビルを駆けあがる。 「チャージバスターは躱されたけど、サンブラスターなら!」  劾がバスターに特殊武器チップを装填した時だった。数百メートル離れた空中で、コアトルスがピタリと静止し、機体を地面と平行にして劾の方へ向き直った。 左の翼を前へ、右の翼を後ろへ向かって傾け、凄まじい勢いで横回転をしながら、劾の方へ突進をかける。 「ライフリング・ゲイル!!!」  傾いた翼はいわば扇風機のプロペラ、モーターはコアトルス自身。巻き起こる激烈な風は、瞬く間に”横向きの竜巻”となって劾を直撃する。 劾は踏ん張る間もなく吹っ飛ばされ、後方のビルに窓ガラスを破って突っ込んだ。 「う……」  ビルの中で目を回しながらも、劾は考えた。コアトルス自身がプロペラとなる、あの竜巻攻撃の事を。 (プロペラか……だったら)  ムクリと起き上がり、ロックコマンダーを操作する。 通信障害のただ中ではあるが、この近さなら……コマンダーを使った”ヒソヒソ話”は可能なはずだ。そう劾は考えた。  果たしてその考えは当たっており、玲と通信を繋ぐ事に成功する。 「沖藍、ちょっと聞いて欲しい。僕に考えがあるんだ」 「どうした…もうお終いか?青いロックマン」  歌舞伎町の空を、ぐるぐると旋回飛行するコアトルス。その目が、ビルから出てくる劾の姿を捉えた。  劾はダッシュを繰り返して進みながら、空中のコアトルスへとバスターを撃つ。 「そうこなくてはな!」  心なしか嬉し気な様子で、プテロカノンを放つコアトルス。劾のスーツにはあまりダメージを及ぼさないが、消しきれない着弾の衝撃が、幾度となく劾を転ばせかける。  それでも劾はひたすら進み、歌舞伎町の中で最も高い”新宿キネマビル”へと向かう。たどり着くと、全速で壁面を駆け上がり、屋上に陣取る。 「何のつもりだ?わざわざそんなところに行くとは」  コアトルスが訝るのも当然だった。辺りで最も高いということは、隠れる場所も逃げ場もないということ。 飛行能力と射撃武器を持つ者を相手に”そんなところ”に陣取るというのは、普通に考えれば自殺行為である。 (赤いロックマンは…姿が見えんな。逃げたか?それとも、何かあるのか?)  ロックバスターを躱し、弧を描いて飛びながら、コアトルスは思案する。地上を見渡すその目に、赤いロックマンの姿は映らない。 代わりにあるのは、乗り捨てられた車や、割れた窓ガラスなどが散乱する路面、所々が破壊され黒煙を上げる歌舞伎町の街並み……そういったものばかりだ。  劾の方へとコアトルスが視線を戻すと、ちょうど劾も、コアトルスの姿を探して振り向いていた。お互いがお互いを見つけ、目が合った時。 コアトルスは決めた。 「いいだろう、見せてみろ!一体どういう作戦なのか!」  両足の爪が発光する。それまでの戦闘機めいた機動から一転、獲物を狙う猛禽の体勢で、劾を攻めにかかる。 劾の右肩に爪の一撃が見舞われた。 ロックスーツのウェアーバリアにいくらか威力を殺されるものの、それでも肩のアーマーを鋭く抉り取る。  衝撃に、劾が呻いた。 「うっ!……まだだ」  コアトルスが、彼方で大きく旋回して再び襲い来る。今度は爪ではなくプテロカノンによる攻撃だ。 連発されたエネルギー弾が劾の足元を吹き飛ばし、胸に直撃して劾をのけぞらせ、さらにもう1発が肩に着弾した。 バランスを崩したところへと、追い討ちの爪攻撃。転がり這いつくばりながら、劾はコアトルスを睨む。 「欲しい攻撃は、”それ”じゃない!」  コアトルスが再び竜巻を起こし始めた。先程よりも回転速度を増した、最大威力のライフリングゲイルが発動される。 「来たっ!」  劾はロックコマンダーを操作し、左腕を顔に近づける。木の葉のように飛ばされ、スーツごと身体が千切れそうなほどの風圧を全身に受けながら、力の限り叫んだ。 「今だあああああああ!!沖藍いいいいいいいいいいいいいいっ!!!!」  コアトルスがキネマビルを通り過ぎた瞬間、玲が同ビルの窓ガラスを破って飛び出してきた。  玲はエアダッシュでコアトルスの真後ろに躍り出た。すると、その体が一気にコアトルスへ向かって引き寄せられる。いや、”吸い込まれる”。  扇風機の前に居れば、プロペラの起こす風を受けられる。逆に、後ろ側には空気を吸い込む力が発生している。それと同じなのだ。 玲は追い上げるようにコアトルスへ迫り、その胴体をチャージガンで撃ち抜き、更にエアダッシュで加速する。 「せぇあッ!!」  追い抜きざまに胸板へ叩き込む、チャージナイフ。コアトルスは、急激に勢いを失って墜ちていく。  玲は再度のエアダッシュで体勢を立て直し、劾は特殊武器”ストリングバインダー”を用いて、それぞれ安全に着地を果たす。   「コアトルスは!?何処へ落ちた!?」 「あっち!」  墜落したコアトルスは、街の一角で大の字になって倒れていた。駆け寄ってくる劾と玲を、コアトルスは虚ろな目で見つめる。 (私の技を、ライフリングゲイルを逆に利用するとはな……。青いロックマンが屋上に陣取ったのは、私の注意を"上"に引き付ける為か。 その隙に赤いロックマンがビルに入り込み、そして青いロックマンの足下で、攻撃のチャンスを伺っていた。やるじゃないか)  劾がコアトルスの傍に座り込み、問いかけた。 「さっきのはどういう意味だったんだ。僕らに、勝って欲しいだなんて」  コアトルスは答えず、眠るように機能を停止していく。 (勝てよ、ロックマン。勝って、デルタを救ってくれ………) ―「私の望みは……君たちがデルタに”勝つ”ことだ」―  コアトルスの言葉が、劾と玲の心にこびりつく。 「あいつ、一体どういうつもりだったんだろう」 「確かに、あの言葉は気になるけど。今はそれよりも、デルタの所へ向かわなきゃ」 「うん、分かってる……」  2人は南へと走った。歌舞伎町のシンボルである、”歌舞伎町一番街アーチ”が見えてくる。  メカニロイドに破壊されたのか、それともプテロカノンの流れ弾の為か、半壊し明かりの消えたアーチをくぐって、2人は靖国通りへ出る。   「!何かいる」  一機のメカニロイドが路上に佇んでいた。反射的にそれぞれの武器を向けた2人の前で、メカニロイドは聞き覚えのある声を発する。 《よくここまで来たね、2人とも》 「デルタ!!」 《せっかく来て貰って悪いけど、それ以上攻め込まれたら流石に困るのでね。迎え撃たせてもらうよ。昨日新たに手に入れた、”手駒”で》 「手駒って、まさか」 大ガードの付近に閃光が走る。消えていく光の中から姿を現した物……いや、”者”を見て、2人は目を丸くする。 サングラス状のバイザーで目元が隠れているが、しかし見間違え様など無い。 剣であった。   「やっぱり神崎か……」  玲が眉間に皺を寄せる一方で、劾はメカニロイドに視線を向ける。 「手駒呼ばわりはないんじゃないのか、デルタ」 《何が悪いのかな?負けて拐われる方がいけないんだよ。……さて、彼にはせいぜい働いて貰わないとね。あのポンコツどもよりは役に立つだろう》 「お前は……シェルコーンの時といい、どうしてそんな」 《ボクに文句を言ってる場合じゃないと思うけど?》  剣が、ロックブレードを構えゆっくりと歩み寄って来る。 《行け、ロックマン・ツルギ》 「わかった」  剣はボソリと呟くと、ダッシュで距離を詰めて斬りかかって来る。  咄嗟に、シールドショットでブレードを受け止める劾。 「うっ……」 「やめて、神崎!」 《呼び掛けても無駄さ、今の彼は”ドミネイトバイザー”で自我を封じられている。サングラスのような物がそれだ。 バイザーを破壊すれば彼を正気に戻せるよ?まあ、無理だろうけどね》   嘲笑うような口ぶりに苛立ちつつも、劾と玲はふと疑問を抱いた。なぜわざわざ、”攻略法”を教えてくるのか?と。   そして2人の疑問などお構い無しに、剣は攻撃をしてくる。シールドショットを跳ねのけて劾に一太刀浴びせ、跳び退いたかと思うと今度は玲に襲い掛かる。 「スパークスマッシュ」  ブレードより放たれた電撃が地を駆けた。玲はそれを回避して剣へ迫り、ナイフガン・ナイフモードを振るう。狙うはバイザーの破壊。 デルタの言を信じるならば、それで剣は元に戻る筈なのだ。     キィン!  ナイフガンはあっさりと受け止められる。めげずに何度となくナイフガンを振るうも、切り結ぶばかりで、バイザーに刃を当てる事が出来ない。  やがてブレードの一撃によって、逆に玲の方が構えを崩させられた。ほんの一瞬無防備になった胴体へ、剣の鉄拳が叩き込まれる。  怯む玲。間髪入れず振り下ろされるブレード。 「危ないっ!!」  劾が飛び出した。背でブレードを受け止めて玲を庇うと、背後の剣へ脇越しにバスターを撃つ。この一発が剣に直撃し、彼を吹っ飛ばし後退させる。  それでも尚、剣は止まらないし隙が無い。先程のバスターは不意打ち故に当てる事が出来たが、そんな都合のいい事は何度も続かない。 バスターもナイフガンの銃撃も、悉く捌かれてしまう。  また、別の問題が劾と玲を苦しめる。   (バスターやチャージガンなら) (ロックスーツのウェアーバリアを突破して、バイザーを壊せるだろうけど!)  そう、破壊はされるだろう。バイザーだけでなく、その向こうにある剣の頭部も。  だから2人とも、射撃は牽制や陽動にとどめ、ナイフガン・ナイフモードでのバイザー破壊を狙っていた。 だが、とるべき行動が分かるかどうかと、それを実行出来るどうかは別の話なのだ。  諦めずに攻撃を仕掛け続ける2人だが、ついに”その時”は来てしまう。大量のメカニロイドやコアトルス、剣との戦闘……そうして刃を酷使した結果が。  ガキイィン!! 「あっ!!」  ナイフガンの刃が、折れた。 「こうなったら、ロックスーツを脱がせるしか……!」  ロックスーツを脱がせる、すなわちロックコマンダーの破壊。残された手はそれだけだ。  玲が、劾の傍へ跳ぶ。   「ねえ桜井。ひとつ”頼み事”をするね」 「何をすれば良い?」 「私が神崎の動きを止めるから、そうしたらチャージバスターでコマンダーを壊して。いい?”私が神崎の動きを止めたら”チャージバスターだよ。」 「……ああ、絶対にやる!」 「よし!頼むよ!」  剣へ向かっていく玲。その目は剣を真っ直ぐに睨む。彼が、右手に握るブレードをどう振るって迎撃して来るか。それを見極める為に。 (どう来るの?横一文字か、縦か、突きか) 剣の腕が向かって右へ動き、腰が反時計回りに捻られる。   (横……いや!)  刃筋を跳び越えんと、玲が地面を蹴る。瞬間、ブレードの切っ先が下へ傾く。横薙ぎと見せかけてのフェイント、掬い上げるような斬り上げの一閃が、空中の玲へと迫る。  一瞬。ほんの一瞬だけのエアダッシュで体の位置をずらし、玲はブレードを回避した。慣性で剣と横並びになるタイミングで、再度のエアダッシュを行い”下”へ向かう。 「うぉりゃあ!!」  落ちるより早く大地に達する、それ迄のほんの一瞬で、全力で身を捻って脚を地面に向ける。剣の背後に着地し、そのまま剣の振り向きを許さず羽交い締めにする。  玲と剣の動きが止まった。バスターを撃つ事を、劾はほんの少しだけ躊躇った。 「”絶対にやる”っていう約束だ」  ほんの少ししか躊躇わなかったとも言える。  チャージバスターによって剣のコマンダーが破壊され、白いロックスーツが消えていく。ロックブレードは剣の手を離れ、ガランガランと音を立てて転がった。  玲のコマンダーも、同様に破壊されていた。 「何度も攻撃してごめん、神崎」  劾が2人に駆け寄り、剣からバイザーを外す。ガクリと脱力した剣を、玲が抱きかかえて支えた。 「気絶してる……」 「しばらくは、そっとしておこう」  慎重に、剣を地面に寝かせる。 《まさか、勝ってしまうとはね》  メカニロイドから聞こえる、デルタの声。  劾はバイザーを握り潰し、バスターでメカニロイドを破壊すると、しゃがみ込んで玲と目線を合わせた。 「ありがとう、沖藍」  玲も、微笑みながら返した。 「こっちこそ。ちゃんと撃ってくれて、ありがとう。……それと、ごめんね。ロックマンを桜井ひとりにしちゃって」 「心配しないで。デルタの事はきっと、どうにかしてみせるから。」 剣のことを玲に任せ、劾は走る。西新宿の高層ビル街を駆け抜け、そして辿り着く。  東京都庁第一本庁舎へと。  踏み込む前に立ち止まり、想いを巡らせる。博士の悲しみ、デルタに対する疑問の数々、デルタナンバーズの運命。それら全てに、此処で決着がつくのだろうか。 「デルタ……」  意を決して、踏み出した。 …………… ”悪”に勝て。”幸せ”のために。

第12話「 DELTA 」

「どういう用事だったのか追及はしない。劾、お前は言ったな。『今は話せない、でも大事な用事なんだ』って」 「それに、こうも言ったわよね?『悪いことする訳じゃない』って。」 「お前が帰って来る少し前にな……父さんと母さん、話し合ったんだ。劾を信じようって。お前は怖がりだけど、悪い子じゃないから」 「無理に話す必要はないの。話す踏ん切りがついたら……いえ、話したくなったら、明かしてくれれば良い。何年後でも、何十年後でもね」  劾は、足を踏み入れた。都庁舎と都議会議事堂の間にある、都民広場へ。  昼間ならば、行き交う観光客の姿がチラホラと見えるこの場所。それも深夜という時間では、静けさと妙な寂しさが支配する、只広い空間となる。  静かであるという事だけを見るなら、それは普通の事であり、この場所の日常だ。だが今は、今ばかりは。ここが静かである理由は、違っているのだ。 「……」  広場を見渡す劾。デルタの姿は見えない。グレッゲージの姿もだ。 (四谷から都庁まで進む間に、何処かでグレッゲージが襲って来るんじゃないか……って、予想したけど)  その予想こそは外れたが、別の可能性も残っている。  デルタに代わりロックマンを迎え撃つべく、都庁で待ち構えている、という可能性が。 (グレッゲージが、ここに居るのかな?また、姿を見えなくして……)  都庁舎が、天を覆うバリアの妖しい光をバックにそびえ立っている。建物自体の、どこか城塞めいた外観も相まって、不気味さと荘厳さが醸し出されていた。  ”敵の親玉”の待ち受ける場所として、似合っているような気がする。そう、劾は思った。 「!」  広場の西端付近より、閃光が走る。  グレッゲージが来るのか?と、劾は一瞬考えた。しかしすぐに思い直す。目の前の光景は、玲から教えられた、グレッゲージの出現の仕方とは違っていたからだ。  なんとなれば、眩い光の中から現れるものは”彼”でしかありえない。 「デルタ!」 「よくここまで来れた……と言っておこうか、ロックマン。いや、桜井劾」  デルタは、堂々とした立ち姿を晒していた。その顔にまるで焦りの色が見えない事が、劾を不安にさせる。  機械であるがため、人間程の微細な表情変化が無いだけなのか。それとも何かしらの逆転の手 ―新宿のみならず東京一帯に大破壊を巻き起こすもの― でも、隠し持っているのか。   「こんなことはもうやめろ、デルタ。お前の部下は、もう」 「いいや。前にも言っただろう?君たちに僕の邪魔はさせないと。……『僕は目的を果たす』と」   デルタは、”メガアーマー”の装着シークェンスを開始した。  彼の周囲に出現したパーツ群が、彼の機体(からだ)へと順次合体し、スマートで優しげなシルエットが、厳つく威圧的なシルエットへと変わっていく。 「部下なんて、また作り直せばいいのさ。ジュラファイグ、レディバイド、シルキーガ、ウィーゼラン、マンモックス、コアトルス……あんな役立たず達よりも、更に強力なものを。 そして、裏切ろうとしたレオゴルド、怖じ気付いたシェルコーン……あんなクズ達よりも忠実なものを、いくらでも作り出せば良い」  冷徹な笑みを浮かべた口元より、吐き出される暴言。自分が造り出し、自分の為に働いてくれた者達への、罵倒。  劾の心が刺激される。彼は胸中へ静かに沸き上がる怒りを、言葉に出してぶつけた。 「なんでそんな酷い事を言えるんだ!?取り消せ!」   パーツ群の最後の一つ、頭部装甲。デルタは今まさに自身の頭部へ装着されようとしているそれを、パシ、と手で掴んで止めた。 「どうして君が怒るのかな?ボクもあのポンコツ共も、君達の……いや、人間の敵じゃないか」 「!」   デルタが、ゆっくりと頭部装甲を被りながら言う。 「それに、そうやって怒ってる場合かい?君は僕を……」   右掌に出現させたセイバーからビーム刃を伸ばし、そしてデルタは跳ぶ。 「倒しに来たんだろう!」  斬りかかるデルタに対し、劾はとっさにバスターを構え、シールドショットでビーム刃を受け止めた。エネルギーの激しい反発が生む閃光に、劾は思わず目を細める。  飛び退いたデルタが両腕を発光させ、胸の前で交差させる。続けて勢いよく腕を広げると、その軌跡に沿って、弧状の光の帯が生じる。  光の帯が幾つにも分裂し、光の矢となって飛ぶ。 「やるしか、ないのか……!」  劾はダッシュで光の矢をかわしながら、バスターを握りしめ、銃口をデルタへ向ける。  放たれる光弾。デルタはセイバーでそれを打ち消すと、すかさず切っ先を劾に向けた。一瞬にして10倍以上もの長さに伸びたビーム刃が、劾の腿の装甲を抉る。 「く……」    劾はチャージバスターやシールドショット、サンブラスターで対抗する。 しかし彼の攻撃が、回避されたり弾かれたりと余り効果を挙げないのに対し、デルタの攻撃は少しずつ確実に劾の装甲を削っていく。  “少しずつ”、だ。 「どうした、ロックマン?その程度の力で、このボクを阻むつもりか」  デルタの煽り文句が響く。だが、劾が苛立ちをおぼえる事は無かった。彼の心の中で、やられっ放しの悔しさよりも、前に出てくるものがあったのだ。 (デルタが、さっき言ってた事……『ボクもあのポンコツ共も、君達の……いや、人間の敵じゃないか』って)  それは聞き覚えのある言葉だった。  劾は、玲から聞いていた。池袋での事件の折、ウィーゼランが「レプリロイドは人間の敵」だと発言した、と。   (ミニ・レプリになったデルタナンバーズから、いろいろ話を聞いてみた時も、彼らは言ってたな。同じような事を)  逆ではないのか?と、問うてみた事もある。なぜ「人間はレプリロイドの敵」ではなく、「レプリロイドは人間の敵」という言い方をするのか、と。  そうデルタから教えられた、というのが彼らの言い分だった。 「スーツの耐久力も無限じゃないだろう?スーツが完全に壊れたらおしまいだ、そして死んでしまう!」  デルタが放つ、2度目の”光の矢”。劾へ命中するコースにあった物は、全てバスターで相殺され、そのほかは流れ弾となって周囲を破壊する。 「お前は一体何がしたいんだ、デルタ」 「なに?」  劾の呟きに、デルタが動きを止めた。 「東京を征服するなんて言って、やることは狭い範囲で暴れるような事ばっかりで…… ウィーゼランやレオゴルドの任務は割と大がかりだったけど、それにしたって、物流を妨害するぐらいのことで」 「……。」 薄ら笑いを浮かべていたデルタの、その口元がわずかに引き締まる。 「かと思ったら、いきなり新宿を占拠なんかして……こんな事が出来るなら、なんで始めからしなかったんだ? 山ほどのメカニロイドを用意できるのに、ギガプライアーみたいな大物も作れるのに。お前は本当に、人間に勝と……」 「黙れ!」  殴りかかるデルタ。その光る拳を側頭部に、続けて胸に受け、劾は仰け反る。よろめいて完全にガードが崩れたところへ、今度は回し蹴りが見舞われる。  吹っ飛ばされて転がる劾へ、デルタが言う。 「人間なんて、か弱い存在だ。それなのに色々と厄介な道具を創り出しては、自分の首を絞める!!このボクが……このボクがっ!! そんな存在に生み出されたかと思うと、我慢がならないのさ。人間などとるに足らない!この地上に必要なのは、人間じゃなくてレプリロイドの世界さ!ええ!?」  その口調は明らかに、また突然に、先程までよりも荒くなった。  再開された攻撃も、口調に比例するが如く激しさを増していた。やたらめったらに斬りかかり、撃ち、殴りかかる。  その分だけ隙も大きくなった。熾烈にして粗雑な攻撃の間隙を縫い、劾は反撃する。バスターの弾やサンブラスターが、デルタの装甲にダメージを与えていく。  そして。  劾の心の中の違和感は強まる。  猛攻をかけながら捲し立てる、デルタの口ぶり。大袈裟で、殊更に悪者ぶったような態度。  こんな大袈裟さは、劾も身に覚えがある。何か誤魔化したいことがある時や恥をかいた時。 そんな時には、平静を装い取り繕おうとして、かえって不自然な態度になってしまうものだった。 (何を隠してるんだ?)  デルタがセイバーを振り下ろす。  劾は回避をしなかった。ビーム刃が左肩のアーマーに食い込み、激烈なエネルギーの奔流が装甲を融かす。  デルタが何故か焦った顔をする一方で、劾は機械の右腕を力いっぱいに捕らえる。ロックバスターの銃口を、デルタの胸へと殴るように当て、撃った。  衝撃で後退するデルタ。その胸からは煙が上がり、吹き飛んだ追加装甲の破孔から、彼自身の胸部外装が覗いていた。 「何を誤魔化そうとしてるんだ、デルタ!」 「言ってる意味が分からないな……」 「分からないなんて事、無いだろ」 「分からないと言ってる!!」  デルタが繰り出す突きを、劾は横っ跳びで回避した。  脚をかすめるビーム刃をチラと見ながら、彼は思う。自分がこれを避けられるのも、本当ならばおかしい。 シルキーガやウィーゼランやマンモックスの攻撃は、かわせなかったのに。……と。  劾は特殊武器チップを取り出し、バスターとコマンダーの特殊武器チップスロットに ―バスターには、ストリングバインダーを。 コマンダーには、スパークスマッシュを― 装填する。   《STRING BINDER》  バスターから何本もの糸を放ってデルタを拘束し、更にその糸を掴んでスパークスマッシュを発動した。  強烈な電撃が、糸を伝ってデルタを襲う。青白い放電光が彼を取り巻き、激しい放電音が都庁の窓ガラスを揺らす。真っ先に音を上げたのはセイバーの柄だった。 バチバチと放電を起こし、デルタの手から離れると同時に、粉微塵に爆散する。  そしてこれ程の電撃では、それを伝える糸も無事では済まない。次々と焼き切れていく。 糸が全て焼けて電撃が途切れるのには、10秒も掛からなかったが、その頃にはメガアーマーは各部から爆発を起こし、装甲の小さな破片を幾度も飛び散らせていた。  デルタが、ガクンと前のめりになる。  彼の鎧にして武器であるメガアーマーは、完全に破損し、もはや使い物にならない。 やがて頭部装甲が脱落したのを皮切りに、各部の装甲が次から次へと、力尽きたが如く剥がれ落ちていった。   「ぐ……」  メガアーマーの残骸たちの中心で、丸腰のデルタが膝をつく。彼自身の機体(からだ)も、各部が焼け焦げ、あるいは煙を吹いている。ダメージを負っているのは明らかだった。 「ここまで、か……もうバリアなど無駄だろう。」  彼は、劾が気にしていた者の名を呼ぶ。 「バリアを解除しろ、グレッゲージ」  それと共に、空を覆っていたバリアに変化が生じた。  都庁の真上、バリアの中心にあたる部分から、激しい揺らぎが波紋の如く広がる。一瞬輝きを増したバリアが、中心から順に薄れていく。 どこか幻想的にも見えたそのさまに、劾はつい目を奪われた。  やがて視界から、バリアは完全に消え失せる。 「やっぱりあの光のドームは、グレッゲージのバリアだったのか」 「彼だけでは無理さ。大量に配置したメカニロイドは、兵隊であると同時に、中継・増幅装置でもある。」  やや噛み合っていない会話であったが、劾はとくに訂正などは考えなかった。 「グレッゲージは何処にいる?」 「それはすぐに分かるよ。ボクが答えなくても」  デルタは俯いた。劾に対して表情を見せないまま、少しの間をおいて言う。  君達の勝ちだ、とどめを刺せ。と。  その言葉だけならば、勝負に敗れた者としての潔さと取れる。”それだけ”ならば。劾がバスターを構えないでいると、デルタはせかすように、もう一度攻撃を促してきた。 「このボクを、跡形もなく吹き飛ばすと良い」  劾はデルタを見据え、背筋を少しだけ伸ばした。 「お前を殺す訳にはいかないんだ!それじゃ、博士が笑顔で未来へ帰れなくなる。そんなの勝ちじゃないんだ……負けなんだ」  そうなのだ。  今の劾たちにとって、デルタは退けるべき敵であると同時に、取り戻すべき目標でもある。デルタを完全に破壊してしまうのは、彼をシェリーから永遠に奪うという事だ。  彼を説得せねばならない。真意を問い質さねばならない。劾は、デルタへと歩み寄ろうとした。  その時、俯いていたデルタが顔を上げた。機械の双眸が、激しい苛立ちを湛えて劾を睨みつけている。 「馬鹿か、君は……悪にとどめも刺せない弱虫が」  デルタの背後に何かが転送されてくる。  グレッゲージではない。彼どころか、デルタナンバーズいちの巨体であったマンモックスよりも、明らかにサイズが大きい。  また、見覚えのあるフォルムだった。 猛禽の嘴を思わせる鋭角的な頭部を持ち、短い円筒形の胸部に、やや丸みを帯びた箱型の腰部、四肢は円筒形、手には工具のペンチのような爪を備えている。  紛れもなくそれは、デルタナンバーズに先んじて街を襲った大型メカニロイド。一か月と少し前、この新宿で ―正確には、ここ西新宿ではないが― 剣と戦った機体。   「ギガプライア―!?」  劾は思わず、少し後ずさった。あの時の怖さが蘇る。突如として現れた謎のロボットが街を破壊する、そんな事件の場に居合わせたという体験。 光弾で破壊される看板といった光景や、頭上から響く爆発音は、忘れられない。  ロックマンとして戦い始めてからは、更に衝撃的な光景を目にしたし、メカニロイドも恐怖の対象ではなくなった。 だが怖くなくなった後でも、怖かったという思い出だけは残るものだ。 「殺したら負けだなんて、そんな甘いことを言える余裕を……吹き飛ばしてあげるよ」  劾の視線がデルタへと引き戻される。  両の手をぐっと握り締め、デルタは叫んだ。 「ギガアーマー!!」  ギガプライアーの外装各部の分割線に、血流の如く光が走る。機体が、スゥー……と空中に浮遊し、続いて上半身が左右へ真っ二つに割れた。  あっけにとられる劾をよそに、トランスフォーメーションは続く。 機体全体が前へ180度回転しながら、上半身だった部分は脚となり、脚だった部分は腕となり、腰だった部分は胸となる。  胴体のキャノピー(窓)が下端を軸に展開し、頭部がせり出す。胸にぽっかり開いた空間へデルタが納まり、キャノピーが閉じられることで、”それ”は完成した。  ドゴオオオオオン……  突如として鳴り響いた轟音に、玲は反射的に都庁の方を向く。彼女はメカニロイドの襲撃を警戒しつつ、未だに目を覚まさない剣を見守っていた。 「今の音は!?……桜井、大丈夫かな」  いけない。音に気をとられているうちに、そのあたりの路地からメカニロイドでも出て来てはいないだろうか。そう思って周囲を見渡してみる。  すると離れた所から、なにやら背の高い影が此方へ向かってくるのを見つけた。一瞬身構える玲だったが、すぐにそれが人間である事に気づく。 彼女は安堵すると同時に、その人物を案じた。もしやメカニロイドに追われでもしているのか?と。  実際、その人を後ろから追いかける物はあった。ただしそれは、玩具のように小さい。 「博士!それに皆も」 「レイ!レイなのね!」  シェリーと、ミニ・レプリの面々であった。バリアが無くなった為に通信障害が解消され、よって彼女らは転送で新宿へ来ることが出来たのである。  玲は、何故シェリーらが都庁ではなく此処へ来たのかが、ふと気になり、尋ねた。  シェリーが答える。 「バリア消失直後に、両方のコマンダーの反応をキャッチ出来たの。でも、片方は反応が弱いうえに途切れ途切れで……そちらの持ち主の無事を、先ずは確かめに来たのよ」  玲は左腕のコマンダーを見遣る。大きく破損し使用不能にこそなったが、完全に機能が死んだ訳では無かったのである。  今どうなってるのかを教えて、レイ。そう頼んでくるシェリーに、玲は状況といきさつを一通り説明した。 「じゃあ今は、ガイくんが一人でデルタと戦っているのね」 「その筈ですけど、何か様子がおかしい気もするんです」  思案する2人。天を覆うバリアが消失したことからも、何か状況に変化が起きたのは明白だった。問題は”どちらの意味で”変化したのかということだ。 デルタが劾に降参したのか、それとも劾がデルタによって葬られてしまったのか。  と、その時。またもや大きな物音が響いた。それは先程の轟音とは少し方向が違い、西の方から聞こえた。 「レイ、見て!」  離れた所にあるビルの影から、灰色の粉塵が舞い上がった。更に、青いものが道路へ飛び出してくる。劾であった。 「桜井だ!何かと戦って……え、何あれ!?」  劾に続いて姿を現した、巨大な人型ロボット。その威容に玲もシェリーも目を丸くする。 全高8mはあろうかというサイズであり、頭部に備わった”顔”は、デルタのそれよりは作り物然としているものの、人間的な造形である。  2人の足元で、ジュラファイグが声を上げた。あれは”ギガアーマー”だ!と。   「ギガアーマー?」  聞き返す玲に対し、シルキーガ、ウィーゼラン、レディバイドが、口々に語る。 「ギガアーマーというのは、ギガプライア―の別形態ですわ」 「アイツを動かしてるのは、まず間違いなくデルタっスよ!ただ……」 「ギガプライア―はもう用済みだからって、処分したって話だったんだがなあああ!!デルタが言うにはあああああ! !」  話している間にも、ギガアーマーは劾を攻め立てている。飛び道具といえば、手の甲より放つエネルギー弾ぐらいのもので、あとは蹴りやパンチといった肉弾戦が主である。  地味なようだが、機敏に動く巨体から繰り出されるそれは、かなりの脅威だといえた。  ズバンッ!! 「うわ!?」  エネルギー弾で足元を吹き飛ばされ、爆風に煽られて、劾は転倒しかける。  そこへ迫る、ギガアーマーの大きな手。 劾は成す術なく掬い上げられ鷲掴みにされ、ギリギリと締め上げられた上、ブンと放り投げられ、路面に叩きつけられ、勢い余って何メートルも転がってしまう。  グロッキー状態の劾を見下ろして、デルタが高笑いを上げた。 《アハハハハハ……人間達なんて、このボクが一人残らず駆除してあげるさ!!……キミはさっきなんて言ったかな、劾?ボクが死んだら”博士が笑顔で未来へ帰れなくなる”だって? 笑顔でなんか、帰らせてなるものか!!ハハハハハハ……》 「ぐ……う……っ!」  黙って見ていることは出来ぬとばかり、玲が駆け出した。這いつくばっている劾の傍らにしゃがみ込むと、彼の肩を揺する。 「桜井!しっかりして!」 「あ……沖藍?離れててくれ、危ない」 「アンタも大丈夫じゃ無いでしょう!?」  劾のスーツにはダメージが蓄積している。  それに加え、ロックバスターも悲鳴を上げ始めていた。外装が所々欠落し、また火花を散らしてもいる。  ギガアーマーがエネルギー弾をばら蒔きながら迫る。劾らに当たる弾は無かったものの、周囲のアスファルトに大きな弾痕が幾つも刻まれた。 広がる砂煙がシェリーや玲を咳き込ませ、ミニ・レプリ達の小さな機体(からだ)を覆い隠した。   「ゴホ、ゴホ……。あ……!」 《博士……!》  デルタとシェリーの目が合った。デルタは直ぐに目を逸らし、また劾へ向かっていく。 「とにかく、離れてるんだ!なんとかするって、言ったろ……!」  ギガアーマーと劾の戦闘が再開される。  玲は、戦いながら遠ざかっていく両者を見送ると、剣の傍に転がっているものに目を遣った。 「桜井、あんたにばっかり頑張らせはしないから」  気がつけば劾は、新宿駅東口前まで追いやられていた。 《何時まで遊んでいる気なんだ?ボクにハンデでもくれているのか》  ギガアーマーの手でキャノピー越しに自身を指差しながら、デルタが言った。  よく透き通ったキャノピーは、ギガアーマーの本体たるデルタを、ここを狙えとでも言わんばかりにさらけ出していた。 それは特別頑強な訳では無いらしく、ここまでの戦いの衝撃で出来たと思われるヒビや割れが、よく見ると所々にある。  そこを叩いたらお前は死ぬじゃないか。劾は心の中で呟きつつ、ダッシュでギガアーマーの蹴りをかわす。軽く跳んで方向転換し、後ろをとった。 「聞いて、ガイ君!デルタを攻撃しないで!」  駆け付けたシェリーが、大声を張り上げた。劾も、同じぐらいの大声で返す。 「分かってます!」 「デルタじゃなく、ギガアーマーの頭部を破壊するのよ!そうすればギガアーマーは止まる!!」 「頭を!?……分かりました!」  特殊武器フロスティナックルをバスターから発動し、超低温のエネルギー弾を何発も撃ち出す。ギガアーマーの膝や足首、腕を凍結させ、その動きを鈍らせた。  次いで用いるのはサンブラスターだ。ギガアーマーが再び動き出さぬうちに、その頭部へ銃口を向け、バスターを持つ右腕へ左手をぐっと添えて、引き金を引く。  ギガアーマーは右腕を、駆動部に氷を巻き込みながらも、強引に右腕を動かして熱線を防いだ。装甲が焼かれ融解していく。その一方で、バスターの耐久性も遂に限界に達した。  撃つものと受けるものとが爆発を起こすのは、ほぼ同時だった。ギガアーマーの側は、余波でキャノピーのガラスが吹き飛び、デルタがむき出しとなる。  劾の側はといえば、コマンダーが破損してしまっていた。スマホの方は画面が少し割れる程度で済んだが、これでは変身を維持する事が出来ない。 ロックスーツが消えていき、やがて完全に変身が解除されてしまう。  しかし。コマンダーならば、この場にもうひとつあるのだ。 「博士っ!博士のコマンダーを下さい!!」  シェリーはコマンダーを外し、劾へと投げ渡した。 「ありがとうございます!」  劾はそれをキャッチし、早口で礼を言いつつ腕に巻く。続けてスマホを操作し、変身用アプリ「ROCK SUIT」を起動した。  画面に3×3で表示された9つの点を、指で「上段左→中段真ん中→下段右」と「上段右→中段真ん中→下段左」の順になぞって結ぶ事で、画面に「X(エックス)」の字を描く。 パターン入力完了を示す「パラァン!」という操作音が鳴る。 更にそのスマホをコマンダーに差し込むと、「レディ」という電子音声が発せられた。  光のフレームが、劾の体を囲んでスーツの形を成した後、その”表面”全体が発光する事で、劾の全身が光に包まれる格好となる。  最後に、体の前側から順に光が消えていく。ロックスーツに身を包んだ劾の姿が、そこにあった。   「武器は無いけど、こうなったら直接殴っ……」 「桜井ーーー!!ハア、ハア………これ!ハア、ハア……これ使って!」  徒手空拳で戦おうとする劾のもとへ、武器を届けに来た者が居た。  玲だ。玲が、ロックブレード運んで来ていた。数十キロもの重さが有るそれを、歯を喰い縛り、顔を真っ赤にし、汗だくで、息を荒くして、必死で引きずって来たのだ。  劾が玲のそばへ跳ぶと、玲は気が緩んでか、ブレードを取り落としてへたり込んだ。 「ありがとう、沖藍」  玲の背を抱きつつ、その目を見て感謝を述べる劾。今度は早口でなく、普通の口調でだ。 そしてブレードを拾い上げ、構える。ギガアーマーの方も丁度、全ての氷を砕いて自由を取り戻した所であった。 「行くぞ、デルタ!」  一連の戦いの嚆矢である、剣とギガプライアーの戦い。その舞台となった場所にて今、昇り始めた朝日に照らされて、劾とデルタとが対峙する。  睨みあう両者。先に動いたのはギガアーマーだ。左拳を突き出し、エネルギー弾を連射する。  劾は左右ジグザグにダッシュをし、弾幕を掻い潜ると、ロックブレードに特殊武器チップを装填する。 《FLASHER BLOW》  大きく振り抜いたブレードから、光の刃が飛ぶ。それはギガアーマーの左拳に直撃、更に手首そして前腕へと一瞬にして食い込んだ。  斧で割られる薪が如く切り裂かれ、もはや動かぬ腕は、エネルギー弾の発射装置としては愚か、鈍器としてすら役に立たない。  劾が連続のダッシュから、勢いのままに付近のビルへ跳び、壁面を駆け上る。同時にブレードのチャージも行っていた。甲高い唸りとともにエネルギーが高まり、刀身が輝きを増していく。  劾がギガアーマーの頭より上へ達するのと、チャージの完了とは、ほぼ同時だった。 「これで、終わりだッ!!」  壁を蹴って大きく跳躍し、ギガアーマー目掛けて突っ込みながら、エネルギーを開放する。  劾の体重、  スーツとブレードの重量、  渾身の跳躍。  それらの生み出した勢いを乗せ、光迸る刃は、巨人の額へ深々と突き刺さる。 劾がブレードを手放し離脱した直後、ギガアーマーの頭部は激しく放電を起こし、ブレード諸共に爆発を起こした。  首なしとなったギガアーマーが、機能を停止し跪く。その胸から投げ出されたデルタが、ドサリと音を立てて地面へ落下した。 「デルタ、もうここまでだ」  地べたに座り込むデルタへ、劾が言う。玲やシェリーも歩いてくる。 「どうして分かったんですか?頭部を壊せばギガアーマーが止まると」  デルタの声に、シェリーが立ち止まる。それに倣って、玲も足を止めた。 「その前に私の質問に答えて、デルタ。あなたは何故、この時代の東京を襲ったの」  シェリーが問うた。デルタはしかし、答えない。 「……。」 「デルタ」  繰り返し問われても、デルタは何も言おうとしなかった。誰とも目を合わせようとせず、ただ黙りこくる。 「言いたくないなら、俺が代わりに言おう」  沈黙を破ったその声の主は、剣であった。心配する劾らに対して、大丈夫だと微笑みを返すと、剣はデルタへ目を向ける。 「デルタ。お前はあのバイザーで、俺の意識を封じたつもりでいたようだが……違ったんだ。心は目覚めたまま、身体だけがお前の言いなりになっていた。 だから聞いていたんだ。お前が東京を襲う訳も、何を体験したのかも、全て」 剣はさらに進み出て、劾らとデルタの中間あたりで足を止めると、劾らの方を向いて言い放つ。 「デルタの目的は、人間の敵になって殺される事だ。シェリーに、レプリロイドへの忌避感を植え付ける為に……シェリーがもう、レプリロイドを造ろうと思わないように」  剣は続ける。  タイムマシンの実験中に起きた、機体の誤動作。それによってデルタは、とある世界を覗き見たのだと。 「その世界……デルタは仮にX(エックス)世界と呼んでいたが……この世界とX世界との関係は分からない。 この世界の未来なのかもしれないし、あるいは平行世界(パラレルワールド)というものだったのかもしれない。ともかく、彼はX世界の歴史を垣間見たんだ。それは」 「それは、悲劇の歴史だった」  とうとう、デルタが口を開いた。 「そこから先はボクが話すよ。ばらされてしまったのでは仕方がない」  朝焼けの空を見上げ、ぽつりぽつりと語り出す。  X世界にも、人間的な思考と感情を有するロボット、すなわち”レプリロイド”が存在していた。人間を補助し、生活を支え、力なき者の矛となり盾となる。 それがX世界のレプリロイドの役目だった。  だが、ある日。一部のレプリロイドが、人間社会に反乱を起こした。争いが起きたのだ。これ自体はさして長引かずに終結したが、しかしその後も戦乱は後を絶たなかった。  最初の戦いからわずか半年後に起きた、2度目の戦い。  邪悪なウイルスに中てられた、科学者レプリロイドの暴走。  レプリロイドの軍隊によるクーデター、スペースコロニーの落着による大破壊。遂には、人類の6割が死滅し、レプリロイドの9割が失われるという大戦争さえ起きた。  時が流れ、レプリロイドを弾圧する人類と、野に下り人間に抵抗(レジスタンス)するレプリロイドとが争った。  劣等感に苛まれたレプリロイドの、暴走。  人間の生存圏を人間が滅ぼそうとする、狂気の戦い。  やがて、争いを乗り越えた人とレプリロイドが、再び手を結んで共に歩む時代も到来したが……それも、長い長い時の流れの中に、埋もれていった。  何百、何千年という時を経て、訪れたのは。人類に代わって、レプリロイドとも異なる人造人間が日々の暮らしを営み、歴史を紡ぐ世界。   人類は姿を消した。人造人間たちに、世界を譲り渡して。 「これが、X世界の歴史だ」  話し終えたデルタへ、剣が言う。 「お前は、この世界がX世界に繋がることを恐れ……そうならないよう行動を起こしたんだな。」 「そうだ。博士がボクを追って来ることも、ボクを迎え撃ってくるのも、すべて想定通りだった。 予想外だったことと言えば、博士の用意した装備が強化スーツだった事ぐらいだ。……あとは”自作自演”をするだけだ。デ ルタ・ナンバーズを騙して送り込み、博士達に倒させる。万が一勝ってしまいそうな時は、遠隔操作で機能障害を起こさせ、負けに追い込む。」  ちょっと聞いて良いかな?と言って、劾が会話に割り込んだ。 「どうしてわざわざ、100年も過去の時代へ来た?」  デルタは質問に質問で返してみせた。100年も前の街を征服しようとする行動に、君ならどんな理由を想像する?と。 それに対し劾は、神崎の受け売りだけど、と前置きして答える。 「『過去の人類相手なら、楽に勝てるから』、とか」 「もしその通りだったとしたら、それに対しどういう感想を抱く?」 「ずるくて、タチが悪いな……って思う」 「そういう事だ」 「悪質さをアピールしたかった、って事なのか。じゃあバイザーで神崎を操ったのも……」 「ボクに対する"殺意"を煽るためだった。そうして最後にはボク自身が倒される。……筈だった。筈だった、のに……」  劾、玲、シェリーが、一様に渋い顔をする。  デルタの話を疑っているのではない。X世界とやらの真偽こそ不確かだが、デルタの様子は、嘘を語っているとはとても思えない物だった。  では何を気にしているのかと言えば、それはデルタが造り出した者たちのことであった。3人を代表するように、劾が疑問をぶつける。 「レプリロイドが居ちゃいけないと思うなら、どうして新たなレプリロイドを……デルタナンバーズを作ったの?」 「博士の危機感を煽る為だ。放置すればレプリロイドは仲間を増やし、人間の脅威になるぞ、と。……レプリロイドの振りをしたメカニロイドでは駄目だった。 分析されればバレてしまう」 「って事は、レオゴルドを破壊したのは」 「レオゴルドが人間に友好的だったのは分かっていたよ。でもそんなレアケースが何になるんだ。博士や君たちが間違った期待をしたら困るから……だから自爆させた。」  シェリーが言う。 「間違った期待なんかじゃないわ」    みんな出て来て。彼女がそう合図をすると、植え込みの影に隠れていたミニ・レプリ達が、ゾロゾロと歩み出て来た。  デルタが驚愕の表情を浮かべる。 「まさか、デルタ・ナンバーズ?」 「そうよ。ギガアーマーの弱点も、この子たちが教えてくれたの」 「なぜ彼らを修復したんですか、博士!倒しておきながら!!」  愕然とするデルタへ、ミニ・レプリ達が語る。  人間にあまり友好的でなかった自分たちに対して、シェリーらは優しく接してくれたのだと。人間の世界の事を色々教えてもらって、話もして、そして仲良くなった。 友達になったのだ、と。 「オレだけはまだちょいと、打ち解けきれてねえんですがね」 「はてェ?そうなのかァ、シェェェルコォォォォォンよォ。ワシはこの間見たぞォ、お前が劾の奴と一緒に、えぇとォ、”すみだがわはなびたいかい”だったか? アレの映像を面白そうに観とったのを」 「あっ、てめェ!!何バラしてくれてんでェ、マンモックス!!」  2人のやり取りに、シェリーや玲も、くすりと笑う。 「隠さなくったって良いじゃない。趣味や楽しみは、自由なのよ」 「そうだよ、シェルコーン。9月に調布で花火大会があるけど、それ観に行く?」 「うるせえ、ノッてくんなィ!」  ミニ・レプリ達までも笑い出し、その輪の中でシェルコーンが、人間であれば頬でも赤らめていそうな表情で、ぶんぶん腕を振り回す。  和気藹々とした様子を、ぽかんとして眺めるデルタ。そんな彼に、シェリーが穏やかな声で語り掛けた。 「この子達みんなが、私達と仲良くなってくれたのよ。それだけのケースで安心しちゃうのは、甘いのかもしれないけど……思いたい。いや、思えるのよ。 この世界に、レプリロイドは生きていて良いって。この世界の未来は、X世界にはならないって」  それを聞いて、デルタは目を伏せた。黙ったままではありながら、険しかった表情は少しずつ和らいでいく。やがて、彼は再びシェリーと目を合わせた。 憑き物が落ちたような顔だった。 「ボクの、負けです」  その言葉と共に、グレッゲージが転送で現れた。彼の方をちらと見て、デルタは言う。 「グレッゲージには、指示を出していたんです。ボクが倒された後で投降し、後始末を手伝ったのちに自爆するようにと。でも、こうなったのなら……彼ももう死ぬ必要はない」  劾が、変身を解除する。 「じゃあ立ってくれ、デルタ」  彼はデルタの傍へ行くと、その手を引いて立ち上がらせる。つるりとした丸い肩に手を添え、ほんの少しだけ力を込めて、シェリーの方を向かせた。 「行ってあげるんだ。”お母さん”のところへ」  真っ直ぐにシェリーを見つめる、機械の瞳。シェリーとデルタの視線が結ばれ、やがて。 機械の足が、動き出す。一歩また一歩と縮まる距離に比例するように、シェリーの胸の高鳴りは、増していく。  やがて”親子”は、向かい合う。  見つめ合った。何も言えずにいた。  シェリーの胸には万感の思いが満ち。デルタは、今の自分が発するのを許された言葉が何であるかを、迷って。 「デルタ。博士に何か、言うことがあるでしょ」  玲の言葉は厳しいようで、その実は助け船。デルタは言葉を紡ぐ。 「ごめんなさい。」  シェリーは、デルタをぐっと抱きしめた。 「おかえりなさい」  親子の抱擁。そして、祝うべきものはもうひとつある。  玲が、剣へと歩み寄り、声を掛けた。 「気がついて良かったね、神崎」 「神崎じゃ無い」 「え?」  奇妙な返答に、玲はもちろんの事、劾やシェリーも目を丸くする。 「神崎剣じゃない。マコト……志熊誠(しぐま まこと)。それが俺の名前だ」  誠って、それ博士の旦那さんの名前じゃ?  と、劾が尋ねる。 「知っているのか?」 「博士が話してくれたんだ。旦那さんをタイムマシンの実験で亡くした、って」 「そうか。でも俺は死んでない。実験中の事故によって、2010年の東京に流れ着いて、神崎剣として生きてきたんだ」  シェリーの方へ向き直り、剣は話を続けた。 「俺は、剣として初めて君と会った時、凄く懐かしく感じたんだ。その後も時々、そんな気持ちになった。どうして懐かしく思うのか分かった……いや、思い出した。 俺はかつて、シェリーのそばに居たんだ」  シェリーが、疑いと期待の入り交じった顔で問う。貴方がマコトだと言うなら、どうして”17歳”なの?と。  剣の推測はこうだった。タイムスリップの際に、おそらく時空の歪みに嵌まった。その為に肉体の時間が巻き戻って、幼児にまで若返った。 同時に誠としての記憶も失ったのだろう……と。  少しの沈黙の後、シェリーは意を決して、質問をし始める。剣も、そのひとつひとつに答えていった。 「出た大学は?」 「シェリーと同じ、ローバート工科大学工学部電子工学科。俺の方が3年後輩だった」 「前の貴方は、どんな見た目だった?」 「太ってたし、ひげ面だった」 「交際の申し込みは、どちらからだった?」 「俺からだ」 「ハネムーンの行き先は、何処だったかしら?」 「行けてない。結婚した辺りから忙しくなっていたからな。ただ、君は東京に行きたがっていたが」 「プロポーズの言葉は」 「っ!?ここで言うのは少し照れるが……そうだな、言おう。『俺と結婚して下さい、先輩』だ。緊張し過ぎて『先輩』と言ってしまったんだ、あの時は」  シェリーが、ポロポロと涙をこぼし始めた。拭っても拭ってもとどまる事の無いそれが、化粧気のない顔を幾度も流れ落ちていく。 「じゃあ……じゃあホントに、マコトなのね」 「ああ。急に居なくなって、済まなかった」  ”夫婦”のやりとりを見つめながら、劾が呟く。 「神崎は、博士の旦那さんだったのか」 「ん……?って事はさ」  玲が何かを思いつき、ポンと一発、手を叩いた。 「デルタのお母さんが博士で、その博士の旦那さんが神崎なら、じゃあ神崎はデルタのお父さん?」 「そう……なるのかな?ちょっと違わない?」 「そうなるよ。」 「そうなるか。……そうか」 「博士の家族が、揃ったんだ」

最終話 「 ENDING 」

「ボクは君たちへ……例え八つ裂きにされたとしても仕方の無い事をしてしまった。本当に、済まなかった」  事件の後始末は、デルタの謝罪から始まった。  基地の会議室で、机上のミニ・レプリに対し深々と頭を下げる。   「顔を上げてくれデルタ。俺達は、貴方を憎んでなどいない」  さして間を置かず、ジュラファイグが口を開く。他の者達も、それに続いた。 「難しいことはよくわからんがなぁぁぁぁ、あんたは世の中の為にやったんだろお!?」 「確かにわたくし達は、初めから殺されるために生まれた……ソレそのものは悲しいですわ。しかし、悲しいだけではありませんのよ」 「そうッスよ。アンタに生み出されたお陰で、レイ達に出会えた訳ッスから」 「まあ色々、面白ぇ思いも出来やしたんでね」 「だァかルァなァァ……少なくともワシらに対してッはァ、あんンンンまり気に病むコトは無~いと思うぞォ」  レディバイド。  シルキーガ。  ウィーゼラン。  シェルコーン。  マンモックス。  彼らはそれぞれの言葉でデルタを許した。劾らと触れ合い、人間の世界に触れた彼らには、デルタの思いが理解できた故だった。  デルタが顔を上げるのとほぼ同時に、通知音が鳴り響く。基地へと通信が入って来たのだ。  シェリーの操作によって通信が繋がると、抑揚のない機械然とした声が聞こえてくる。 《コチラハ、グレッゲージ。各種メカニロイド、ギガアーマー、コアトルス、コレラ全テノ回収ヲ完了シタ》  ひとまず、デルタが送り込んだ物の片付けは完了したという訳である。  ギガアーマーをはじめとしたメカニロイドに関しては、撃破され動かない機体も多数あった。しかし健在な機体がそれらを回収し、共に転送で引き上げたのだ。 「了解だ、グレッゲージ。」  会話を終えたデルタへ、入れ替わりのようにシェリーが声を掛ける。  「デルタ。」  シェリーは表情を引き締め、デルタに語り掛けた。  デルタ・ナンバーズは赦してくれたが、話はそれだけでは終わっていないのだ、と。    「あなたは東京の街に幾つもの被害を出したし、多くの人に迷惑をかけた。人類を案じてくれての事であっても……"そこ"は揺るがない」 「償いはします。ボクに出来る事があるのなら、どんなことでも」 「なら」  表情を緩め、優しい声で告げる。 「メカニロイドやアジトの後始末を、一緒にやって頂戴。それがさしあたっての”お仕置き”よ」  拍子抜けしたように、デルタは困惑の表情を浮かべる。そんな彼の肩を、誠がポンと叩いた。 「少し忙しくなるな、デルタ」 「はい」  返事の後、デルタは何か言いたげな顔で誠を見つめる。 「どうした?」 「あなたのことは、なんと呼べば良いのでしょう」  小さいながらもややこしい問題が、ひとつ見つかってしまった。 "あなた"なんて堅苦しいのはよせ、と誠は言うが、デルタはどうにも割り切れない様子である。  無理もない事ではあった。相手が実は父親ともいうべき存在だと、いきなり分かってしまったのだから。  誠は思案する。 「じゃあ、あまり深く考えずに答えてみて欲しい。デルタにとって一番呼びやすい呼び方は何だ?」 「今のところは"ツルギさん"でしょうか。」 「ならその呼び方が良い。だが口調も呼び方も、いつでも何度でもデルタの好きな様に変えてくれて構わないからな」  便乗するように、劾と玲も口を開く。 「僕らも君のことを、剣……神崎剣って呼んでいいかな?今迄通りに」 「私たちにとってはやっぱり、志熊誠じゃなくて神崎剣だからさ」  もちろんだ、と”剣”は笑顔で返した。志熊誠としての記憶こそ取り戻したが、彼には神崎剣として生きてきた思い出もある。  彼にとっては嬉しかったのだ。その名をポイと捨ててしまわずに済んだことが。  劾と玲が、最後までシェリーの戦いに付き合い、結果デルタを救ってくれたということも。 「なあ、2人とも。ありがとう」  劾と玲は、微笑んで言葉を返した。 「礼を言われる程じゃないさ。ただ」 「博士の家族が揃って、良かったよね」  一方シェリーは、早速とばかりにロックコマンダーの修理に取り掛かっていた。  剣と別れ玲と分かれ、暑い中を家へ帰りついて、劾はおそるおそるといった様子で家の玄関をくぐる。  コマンダーを尻のポケットに仕舞い、靴を脱いで土間から床に上がると、廊下の奥のドアがガチャリと開いた。  父・宏樹と、母・孝美が、劾を出迎えた。 「おかえり、劾。帰って来て早速だが……」 「ちょっとこっちへ来なさい」  ろくに説明しないで飛び出したから、やっぱり怒られるだろうな。  そう心の中で呟きながら、劾は両親に続いてリビングへと入り、そして両親と相対する。 「劾よ」  宏樹の声色は、劾が思っていたものよりもずっと穏やかだった。少し拍子抜けをしながら劾は、両親の顔にあまり怒りの色がない事に気づく。 「どういう用事だったのか追及はしない。劾、お前は言ったな。『今は話せない、でも大事な用事なんだ』って」 「それに、こうも言ったわよね?『悪いことする訳じゃない』って。」  劾はその言葉を受け、両親の瞳を見つめ返して力強く放つ。 「うん。」  宏樹と孝美は、再び言葉を紡いだ。 「お前が帰って来る少し前にな……父さんと母さん、話し合ったんだ。劾を信じようって。お前は怖がりだけど悪い子じゃないから」 「無理に話す必要はないの。話す踏ん切りがついたら、いえ、話したくなったら、明かしてくれれば良い。何年後でも何十年後でもね。」 言い終えると孝美は劾の後ろに回り、その背中を軽く叩いた。 「分かったらお風呂入ってきなさい。髪がちょっとテカテカしてるわよ」  翌々日からデルタとシェリーは、メカニロイドやアジトの設備を処分する作業を開始した。  処分とは言うものの、家電のようにゴミに出す事は当然ながら出来ない。かといって、解体してその辺に棄てるなどというのも以ての外。  ならばどうするのかといえば、答えはひとつ。焼いてしまうのである。  用いるのは、グレッゲージの予備アームとロックバスターのパーツを流用した焼却装置。 対象物をバリアで囲み、そこへ向けてサンブラスターを照射する事で滅却するという仕組みだ。  メカニロイドに関しては、動力を停止させた上で一機ずつ焼いていく。しかし機種によっては、そのままではサイズが大きく焼ききれないものもある。 例えばギガアーマーがその筆頭であった。  そういったものは適宜解体し、複数回に分けて処理していった。 「結構時間かかるんだな」 「壊せば良いって訳じゃないもんね」  ある日の格納庫で、劾と玲が呟いた。  最後の戦いから約一週間が過ぎ,既に夏休みも終わっていた。しかしメカニロイドの処分すら完了せず、未だ多数の機が残されている。  戦いの中で劾らは、メカニロイドを概ね短時間かつ一撃のもとに撃破してきた。しかしそれは、機体の一部ないし大部分を破損させ行動不能にしただけのこと。  この作業とは訳が違うのだ。 「やあ、劾。それに玲も」  デルタが二人に気づいた。  その、幾分か爽やかさの増した表情を見て、劾は思う。 (X世界を目にする前も、こんな顔で博士と過ごしてたのかな。でも……どことなく陰りがあるような)  シェリーも、劾らに気づく。 「いらっしゃい、二人とも。」 「こんにちは。何かお手伝いできればと思って、来てみたんですが」    するとデルタが、慌てて劾らを制止にかかる。 「待ちたまえ、これはボクがする事なんだ。君たちに仕事を投げる訳には」 「デルタ、そんな勢いで止めることは無いでしょう?好意で言ってくれてるのだから」  シェリーにたしなめられて、デルタはすまなそうな顔をする。  ひと呼吸置き、デルタは劾に尋ねた。 「ツルギさんは来ないのか?」 「後で来るって言ってた。ところで、後片付けの進み具合はどう?」 「正直、進捗はスピーディーとは言えない」 「そうか。……でも、いつかきちんと終わるよ。進めてるんだから」  そう。いつか必ず終わる。  その後も劾は玲と共に、あるいは剣とともに、またあるときは3人揃って、基地を訪れた。  ミニ・レプリとなったコアトルスに会う為であったり、何とは無しに様子を見に来たり、又はミニ・レプリを遊びに連れて行ってやる為であったり。  来る旅にアジトの中は少しずつ片付いていき、やがてメカニロイドだけでなく設備の処分も平行して行われるようになっていた。  メカニロイドが数を減じていく様は、さながら別れの日へと続く日めくりカレンダーのページが、一枚また一枚と減っていくようであった。  それが劾らの心を、ほんの少しだけ締め付ける。  全てが片付けば、デルタやシェリーらが現代に留まる理由は無いのだから。  9月も下旬に入る頃には、アジトの処分作業は終わっていた。  次いで行われるのは基地の"増築"部分の撤去作業だ。片付けるものが少ない為、さほどの日数は要さず、同月の末を待たずに全ての作業が完了した。  あとは、シェリーらの帰還を残すのみ。  未来へ帰る日がついにやって来た……そんな日の昼前に、デルタは急に皆を街へと誘った。 「デルタ、話って?」 「歩きながら話しましょう、博士。」  場所は新宿。  メカニロイドやギガアーマーによって破壊されたところは、概ね修復がなされ、電車も定められたダイヤの通りに走っている。  サラリーマン風の人や家族連れ、警察官に、観光客や学生。若者、老人、中高年。  道という道には多様かつ沢山の人が行き交っているし、そうした人々の気を引かんとする騒がしいアナウンスが、あちらこちらの店舗から聞こえてくる。  街は、すっかり日常を取り戻していた。   「処分作業が"お仕置き"だと、博士は言っていましたが……そんな事で済むんでしょうか」  街を眺めながら、デルタは言葉を続ける。その目に苦悩の色を浮かべながら。 「済んだとは思えない。ボクは人々に本当に迷惑を掛けた。きっと、命も奪ってしまった」    新橋では電力を乱し、  お台場では熱線によって混乱を起こし、  渋谷では街を糸に包み、  モンスタートラックで首都高を蹂躙し、  東京港に水蒸気爆発を起こし、  銀座を混乱させ、  浅草を氷漬けにし、  上野から秋葉原にかけて大量の車を暴走させ、  新宿をバリアに閉じ込めて、大量のメカニロイドを暴れさせた。  デルタの言う通り、多くの人々が迷惑をこうむったのは確かだ。これだけの事をやって、誰も何も困っていない筈が無い。  だが。 「それなんだけどね、デルタ。アンタは東京を征服する気なんか無くて、悪者を演じてただけだったでしょ?」 「それはそうだが」  本気で取り組まなければ、良い結果など出はしないものだ。  いい加減なテスト勉強をしていては良い点は取れないし、ろくに墨出しもしないような雑な作業で、しっかりした立派な家が建つ訳が無い。  人間を排除し東京を征服する、という事に"本気で取り組まなければ"、"良い結果"など出はしない。 「よく聞いて。アンタは死人も重傷者も、一切出してないの」  玲はきっぱりと告げた。  デルタは驚き、半信半疑と言った面持ちで訊く。 「本当なのか?」  玲が、ニコリと笑う。 「本当だよ。うちのお父さんに頼んで、人的被害を調べてもらっててね。で、結果を今朝教えてもらったの。」 「……でも!死者がいないからといって……そんな偶然で」  デルタが"泣きだした”。  涙を流すという機能こそなく、鼻が赤らむ事もない。  それでもその顔は、表情は。紛れもなく泣いていた。 「勿論、死人がいないから良いって訳じゃない。でも」 「偶然でも何でも、命を奪ったのと奪ってないとでは、大違いなんだよ。」 「それにデルタ。シェリーからお前への"お仕置き"がアレだけだったのは、どうしてだと思う?」  劾、玲、剣が、慰めるように言った。  デルタは尚も晴れない表情のまま、剣に問う。 「何故ですか?」 「将来のお前に、つらい事を託してしまうからだ」  言いながら剣は、シェリーに目配せをする。それを受けてシェリーは、デルタの正面へ進み出た。 「最後の戦いの後で私が言ったことを、覚えてる?」 「はい。この世界にレプリロイドは生きていて良い、この世界の未来はX世界にはならない……と」 「そうね。ただ、それはあくまで希望的な考えでもある」  警察、産業、介護。未来の様々な分野において、働き手としてのレプリロイドが求められるようになること、 それに伴い、シェリーの手によらぬレプリロイドが多く生まれて来ることは、想像に難くない。   「だからあなたに見守っていってほしいの。人間とレプリロイドの関係を。」  老いというものがないデルタは、生き続けることになる。故にデルタの役目は長く、永く続いてゆく。  シェリーや剣がこの世から去った後も。 「過酷かもしれないけれど、でも。X世界の悲劇を知るあなたなら、この希望を確かなものにできる」 「……ボクは」  皆を、ゆっくりと順に見回しながら言う。 「やってみせます。きっとボクは……やってみせる」   静かで力強い宣言は、確かに届いた。  夜の乃梓公園にて、劾ら現代組と、シェリーら未来組が向かい合う。  シェリーらの背後には、タイムマシンの姿がある。 「ガイくん、レイ。今まで本当にお世話になりました。……どうか、元気で」  機体後部のハッチ ―基地だった頃は、タイムマシンと"会議室"を結ぶ廊下の扉として、用いられていたもの― が、プシュウと音を立てて開いた。 「それじゃあみんな、行きましょう」    シェリーの号令と共に、搭乗が開始される。  まずはミニ・レプリ達が、列になり小さな足でトコトコと歩を進め、乗り込んでゆく。次いでデルタが乗り込む。最後にシェリーが乗り込み、そしてハッチが閉じられた。  劾らの視線を受けながら、タイムマシンは空中へと浮きあがる。周囲の空間が揺らぎ、青白い光が機体を包み込む。  光が一瞬強まり閃光となると、次の瞬間にはタイムマシンは姿を消した。  未来へと飛び立っていったのだ。   「君が未来へ帰るのは、29年後か。」  そう言う劾の視線の先には、剣が居た。 「ああ。西暦で言って2052年だな」  剣は、居残る事にしたのである。  何故帰らなかったのかといえば、それは。 「もう一度博士の3歳年下になる頃に、迎えに来てもらう……か。」 「待ち遠しいが、もしかしたら意外と短いものかもな」  剣とシェリーは、本当なら同じ時間を過ごし、共に年を取っていた筈だった。  帰る日をずらすことで、また本来の年齢差に戻ることが出来るのだ。   「桜井、沖藍。明日は学校だし、早めに寝ろよ」  剣は一足先に公園から出ていった。   最愛の人を29年も待つことになる男とはとても思えない程の、あっけらかんとした言葉を置き土産にして。  劾と玲は、しばらくの間公園から出なかった。 「思い返して見ると……」  劾が、先程までタイムマシンのあった空間を見つめながら、言う。 「夢かウソみたいだね。東京駅と新宿にギガプライアーが出て、デルタナンバーズ達と出会って……一緒に出掛けたりもして、色んな事があって、それから。 新宿が占拠されて、戦って……デルタが本当は人間の味方だって分かって、デルタと博士が仲直りして」 「デルタは人間の味方だったけど、"敵"は有ったと思うよ。」  劾は、玲の言いたい事がすぐには分からなかった。しかしデルタの行動目的を思い出す事で、理解に至る。デルタの心を支配した不安と恐怖こそが、除くべき敵だったのだと。 「勝てたんだよね?僕らは」 「きっとね。」  きっと、勝てたのだ。 西暦2052年、立冬。  隅田川の川岸に座り込む、高校生ほどの一人の少年が居た。  彼は物憂げな表情を浮かべ、明るい茶色の髪を風に揺らしながら、流れる水面(みなも)を眺めている。    「ん?何だ……」  何者かが水の中から顔を出していた。  その昔多摩川にて起きたという逸話のように、アザラシでも現れたのか?と、少年は思った。  だがその考えは即座に引っ込む。なぜなら顔を出しているのはアザラシなどではなく、ピンク色の髪をした女性だったからだ。 「この辺はあんまり変わってないなぁ」  そんなことを言いながら辺りを見回していた”ピンク髪”は、やがて少年の姿に気づく。  彼女はあろうことか、イルカよろしく水を蹴って跳びあがった。そのまま柵を越えてストンと上陸すると、少年の目の前にしゃがむ。  そして少年の顔を覗き込みながら、”ピンク髪”は言う。 「ガイ?」 「ガイじゃないです」  困惑しつつ答える少年の顔を、"ピンク髪"はまじまじと見つめる。 「ホントだ、ちょっとガイと違う。でも似てるなぁ、ねえ貴方なんていうの?」 「俺は桜井陸(さくらい りく)って言います。ガイっていうとうちの父さんですが。……てかお姉さん、川の中で何やって」 「え!貴方ガイの子供なんだ!あのね、わたしね。ガイとは友達なんだ。一緒に遊びに行く約束もしてたの」  陸の頭の中に、おびただしいクエスチョンマークが浮かんだ。 (友達って……父さんと比べてずいぶん若い感じだけどな、この人。それにこの格好は)  女性のいでたちは特異であった。  ぴっちりとしたボディスーツ状の装いは、水中から現れた事もあってウエットスーツの類いに見えたが、良く見ると違う。 肩や膝、手首足首といった要所要所にはプロテクターらしきものがあるし、耳に至っては円形のカバーに覆われている。  全体的にはメカニカルな印象があった。   (これって、まるで)  こういった特徴を有するものを、陸は一つ知っている。 「なんだかお姉さん、ロックマンみたいですね」 「ロックマンを知ってるんだ?」 「ちょっと有名な話なんで。昔、東京の街が何度もロボットに襲われて、騒ぎになったけど、鎧の少年"ロックマン"がロボットを退治してくれたっていう。 ただ、うちの父さんと母さんが言うには、ロボットたちは只のワルモノじゃ無かったらしいですけどね。本当はそいつらは、未来を救おうとしてくれていたんだって」  どうしてそんな事を知ってるのかと聞いてみたら、「それは内緒」と言われた。  そう陸は付け足した。 「リクのお母さんは、なんていう人なの?」  問うてくる"ピンク髪"の声色は、興味からのものというよりは、何かを確かめるような雰囲気があった。 「"レイ"。桜井玲です。旧姓は沖藍」 「そっか、レイなんだ。」 「母さんの事も知ってるんですか」 「まあね。ところでガイとレイの子供は、貴方一人だけ?」 「2人ですね。真希(まき)っていう姉が居るんです。」  答えながら陸は、ひとつの出来事を思い出していた。  真希には現在交際中の男性がいるのだが、それを始めて家族に紹介して来たときの出来事だ。  娘の恋人とはいかなる人物なのかと、両親は期待と緊張が入り交じった表情で、話に耳を傾けていた。  恋人の名は"ライト・ブロッサム"といった。  両親は、聞いて最初の数秒はポカンとし、そして次には驚いていた。あまりに激しい驚きぶりが逆に、陸と真希を驚かせるほどに。  ひとしきり驚いた後は、何故か笑顔で涙ぐみ始めた。   (なんで涙ぐむのか訊いたら、『嬉しくて』って言ってたっけ。でも今思ったら嬉しさだけじゃなくて、なんつーか、他にも何かありそうなんだよな。 ”何か”ってなんなのかは分からないけど) 「そっか、2人姉弟(きょうだい)なんだ。リクのお父さんとお母さんは、良いひとだね」 「えっ?……ええ、まあ」  脈絡なく両親を褒められて、陸は戸惑う。  しかし悪い気はせず、照れくささから自然とはにかんできた顔を、"ピンク髪"から逸らして隅田川の方へ向ける。  そして流れる川面が目に映ることで、陸は一つの疑問を思い出した。 「そういえば訊きそびれてたけど、お姉さん川の中で何やってたんですか?」 「私は今日は、ガイとレイに会いに来たの」 「父さんと母さんに会いに?それでなんで川の中に」 「リクの方こそ、ここで何してたの?ねえねえ」  "ピンク髪"は無邪気な調子で質問を返して来る。  陸は、少し押し黙った後に、答えた。 「今日は近所のおっさんが、故郷へ帰る日なんです。」  両親の高校生時代からの友達であり、真希や陸とも家族同然に付き合ってきた"おっさん"との思い出を、リクは語り出す。 「俺も真希姉ちゃんも、おっさんにはお世話になってて……小さい頃には時々おっさんの所に預けられてたし、遊びに連れていってもらったり勉強見てもらったりもして」  陸が悪さをして母親に叱られ、不貞腐れて"おっさん"の家に逃げ込んだ際などは、"おっさん"は懇々と陸を諭した上、彼が母親に謝るのに付き合ってくれた。  中学時代、校内マラソンの順位の低さに悩んでいれば、何故か両親をも付き合わせつつ特訓をつけてくれた。  好きな異性が出来た等といった、恥ずかしく人に相談しづらい話や、人間関係の悩みも親身になって聞いてくれたし、 高校受験を控えた頃には、両親ともども進路相談に乗ってくれたりもした。 「本当に良くしてもらったんです。俺たち姉弟にとってはおっさんは、両親のほかに親がもうひとり居るみたいな、あるいは友達でもあるような、そんな感じの人でした」  そして。 「半年ぐらい前だったかな……父さん母さんとおっさんが改まった様子で、『聞いてほしい事がある』って」  "おっさん"はもうすぐ故郷に帰らなければならないのだと、両親は告げてきた。 「『ちょっと寂しいけど、何処に帰ろうが会いに行けない訳じゃないだろ?』って思ったんですよね。でもなんか話がおかしくて。 おっさんの故郷っていうのは未来、それも67年後の西暦2129年の世界だって言うんです。何言ってんだ?って感じだったけど……でも……」 話しながら陸は、目を少しずつ伏せてゆく。 「でもきっと本当の話なんだ。」  伏せた目を少し潤ませて、陸は言う。  両親には冗談めかしたような雰囲気が全く無かったたし、"おっさん"も同様の態度だった、と。  そもそも両親にしろ"おっさん"にしろ、自分や真希に嘘を吹き込んでからかってきた事など一度も無かったのだ、と。  だから今日できっと本当に、自分も真希も父も母も"おっさん"とお別れになるのだろう。 67年後と聞くとまた会えそうに思えるが、67年後まで自分が「絶対に」元気で生きていると言い切れるのか、と。 「本当なら今日はうちの家族みんなで、おっさんを見送る事になってたんです。 でも別れの場に立ち会わなかったら、『またいつでもおっさんに会える』つもりでいられる気がして。だから……逃げて来ちゃったんすよ」 「それはダメだよっ!」  "ピンク髪"は陸を一喝した。彼が喋り終わるや、間髪入れずに。 「大事な人とさよならする時は、きちっとしなくちゃ。デルタだってそうしたんだから」  デルタって?と訊く陸だったが、"ピンク髪"はお構い無しに、陸の手をグイと引いて立ちあがらせる。 「教えてリク!どこで"おっさん"とお別れするの」 「レインボーブリッジ遊歩道の、芝浦側入り口。……そこで挨拶をして別れた後、橋の反対側からおっさんの連れが迎えに来るって」 「あの橋か。よーし、私が連れてってあげるから!」  声を張り上げるや否や、光の枠線(フレーム)が"ピンク髪"の体を囲み始めた。  それはなにやら鎧のような形を成していき、次いでその表面全体が発光する事で、"ピンク髪"の全身が光に包まれる格好となる。  最後に、体の前側から順に光が消えていく。  変身を遂げた"ピンク髪"の姿がそこにあった。ドレスにも似た装甲や尾ひれのような装置を身にまとい、そのカラーリングは髪色と似たピンク色。 全体的には金魚を思わせる外観である。 「ほら行くよリク!」 「えっ、えっ!?」  "ピンク髪"は有無を言わさずにひょいと陸を抱き上げると、そのまま隅田川へ飛び込んだ。  陸は慌て、次の瞬間にはポカンとしていた。  口を閉じる暇もなく川に突っ込まされたにも関わらず、水が全く口に入って来ない。 また肌に水が触れている感触もないし、水中の様子も視界がボヤける事なくクリアに見えている。 「どうなってんだコレ、なんで溺れないんだ!?」 「ウェアーバリアっていうんだよ、すごいでしょ?私に触ってれば溺れないよ!」 「ウェアーバリアってなに……」  "ピンク髪"の背に装備された尾びれ型装置が、作動する。  それが起こす凄まじい水流は、強烈な推進力をもたらした。 「いくよーーーーー!!」  "ピンク髪"と陸は、やや濁った水の中を猛スピードで突き進んでいく。  船をかわし橋桁をかわし、水上へ派手に水飛沫を起こしながら。 「うわーーーーーーあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」  陸が情けない悲鳴を上げるのも致し方ない事である。この超高速の川下りは、凡百の絶叫マシンなどより余程怖いアトラクションと言えた。  浅草から芝浦埠頭までの道のりは、車であればどうしても20分はかかる。しかし、   「着いたよ、リク!」 「ひいっ」  しかしふたりは怒涛の勢いで隅田川を下り、わずか3分程の間に到着してしまったのであった。  "ピンク髪"はレインボーブリッジ・芝浦側アンカレイジ付近へ回り込み、陸を抱えたまま水中から飛び出し再上陸した。  地面に下ろされた陸は、アンカレイジを見遣る。ふらつく足で若干たたらを踏みつつも、眼だけは、両親と姉そして"おっさん"の居るであろう場所をしっかりとらえてていた。   「……ありがとう、お姉さん。行ってくるよ」  "ピンク髪"に礼を述べ、陸はアンカレイジに向かっていった。 「向こうに帰っても、元気でな。シェリーにもよろしく」 「あなたの事は、絶対に忘れないから」 「元気でね、おじさん」  レインボーブリッジ遊歩道の入口前で、3人と1人が向かい合っている。  "3人"の方は、背が高い中年男性と明るい茶髪の中年女性、そして20代程で長身の女性、という組み合わせ。  "1人"の方は白いジャケットを着た、整った顔立ちの中年男性である。  「それじゃあな。桜井、沖藍、真希……」  白ジャケットの男性が、遊歩道入口をくぐろうとした時だった。 「おっさん、待って!!」  響く大声が、白ジャケットの男性の足を止めさせる。  背の高い男性と茶髪の女性と長身の女性も、声のした方へ振り向いた。 「陸!来てくれたのか」  背の高い男性が、声を上げた。 「ハア、ハア……行きたくないなんて言ってごめん、父さん」  陸は世の高い男性に向かい、息を切らせつつ言葉を返した。  そして茶髪の女性と目を会わせ「母さん」と呼び、続いて長身の女性と目を合わせ「真希姉ちゃん」と呼ぶと、息を大きく吸い込んで言葉を続けた。 「やっぱ俺も、おっさんにきちんとお別れをするよ」  "おっさん"と呼ばれた白ジャケットの男性は、歩み寄るリクへと声をかけた。 「来てくれてありがとう、陸。」 「……あのさ!おっさんの故郷が未来だっていうのは……本当に本当なんだよね?」  "おっさん"は陸の目を見つめ、一言「そうだ」と告げた。  陸は一瞬だけ目を伏せると、直ぐに顔を引き締めて"おっさん"を見つめ返した。 「じゃあ俺……体鍛えて、健康にも気をつかって生きるよ。元気な体で長生きして、それで……未来へ帰ってきたおっさんに、会いに行くから。絶対に」  "おっさん"は微笑み、陸の頭をポンポンと叩いた。 「また会おう、陸。」  去りゆく"おっさん"の姿を、桜井家の面々が見送る。  名残惜しさを滲ませた表情で、静かに、ただ静かに見送るのであった。 「陸、頼む!もう一度言ってくれ。どうやってここまで来たって?」 「浅草で出会ったお姉さんが、金魚のロボットみたいな格好に変身してさ。で、俺の事抱き抱えて川を下って、此所に」  陸の言葉を聞いて、父・桜井劾と、母・桜井玲が顔を見合わせる。 「"金魚のロボットみたいなお姉さんと川下り"って、それじゃまるで」 「ええ、"彼女"の事としか思えない」  劾と玲は、揃って再び陸の方を向く。  そして劾が、居ても立ってもいられないとばかりに陸の両肩を掴み、訊いた。 「"お姉さん"とどんな話をした?何か気になるようなことは言ってなかったか」 「言ってた!あの人は、父さんと母さんに会いに来た……らしい」  埠頭の南側で別れたこと、もしかしたらまだそこに居るかもしれないことをリクが告げると、劾はすがり付くように言った。 「父さんと母さんをそこへ案内してくれないか、今すぐ!」    かくして、陸に先導されて劾と玲は走り出す。姉・真希も、話が分からず困惑しつつも付いて行く。 「ねえお父さん、お母さん!一体どうしたの」 「陸を連れてきてくれた人に、お礼を言いに行くんだ!」  真希の問いに答える劾の顔は、期待に弾んでいた。玲も同様だった。  タイル張りの歩道を駆け抜け、フェンスの扉をくぐり、埠頭の南端を目指してひた走る。  そして。  「!!」  佇む"ピンク髪"の姿を、劾と玲は認めた。  走る車たちがレインボーブリッジを震わす中、"おっさん"は遊歩道を往く。  吊り橋部分を渡り終え、高架橋部分に移ると、彼は少し歩くスピードを緩めた。  振り返れば東京の街並みと、先程桜井一家と別れた芝浦埠頭が見える。 「さて」  もう少し、ほんの少しだけここに長居していたい。そんな気持ちをこらえ、"帰り支度"に入った。  手に提げた鞄から黄色い機器を取り出すと、それを腕に装着して操作する。  機器を顔に近づけて、一言発した。 「行こう、シェリー」  "おっさん"から少し離れた空中で、空間が陽炎のようにゆらめく。 「久しぶり。ガイ、レイ」  "ピンク髪"の声に、劾は涙ぐむ。 「やっぱり、君なのか。レ……」  その時。  レインボーブリッジの高架橋部の傍で、青白い光が閃いた。  劾も、玲も、陸も、真希も、そして"ピンク髪"も、その方向を見遣る。 「神崎……」    いち早く顔を向けた劾が、涙を拭いながら呟く。  一同が視線を向ける頃には、光は既に弱まり始めていた。  一組の家族が帰ってゆく。  晴れ渡る青空と、もう一組の家族に見送られながら。   ロックマンツルギ  完
ELITE HUNTER ZERO