ろってぃーさんより小説「双風の来訪」
第一部
第一話・突如にして
ハンターベースへと続く喧騒の道を、2人のレプリロイドが歩いていた。
1人は蒼い髪の毛に黒曜石のような瞳の、端整な顔立ちの少年で、白地の服を羽織っている。
もう1人は、長い茶髪の少女。
同様に白服を羽織り、左手に刀袋に入れられた刀剣らしきものを握っている。
「さてと、ようやく日本についたね」
少女の方が言う。
高い声だ。
「ああ。三師兄は元気にしてるかな……結構出世したみたいだけど」
少年は冷めた声でそう答えた。
話に興味がないのではなく、そういう性格のようである。
「あの人の部下になる物好きもいる、ってことかしら」
「ついでに会っていこうかな、その物好きな連中に」
……
…………
ハンターベース第3会議室
「ではこれより、女性隊員委員会の理事会を行います」
レイヤーが、大型モニターの前で言った。
イレギュラーハンター女性隊員委員会。
それはシグマ大戦以前、現在と比べて人数が極端に少なかった女性隊員達が、
横暴で好戦的な男性隊員達(全体から見れば一部分に過ぎないが)による差別と圧迫から、
自分たちの権利を守るために結成した組織である。
隊内における男女差別を問題視したレギュラーハンター上層部も、その活動を公認。
戦闘部隊の女性隊員のみならず、救護班、情報部、オペレーターなどの非戦闘員も加入するようになった。
その後、シグマの度重なる反乱により、前線で戦っていた男性隊員の多くが殉職、
或いは離反したため、現在では女性隊員の人数が大幅に増加。
かつてのような差別は無くなった。
また、ハンターベース総司令官に女性が就任したこともあってか、
時として連邦政府の軍事政策に影響を与えるほどの、影の権力組織となりつつある。
ちなみに、その会長が何者かは一切不明で、非戦闘要員の中にいるとか、
実は連邦政府の女性議員ではないかとか、様々な憶測が飛び交っている。
そのため、会長から理事長へEメールで司令が送られ、
それを元に会議が行われるというシステムで活動している。
「では、本日の議題に入ります。理事長」
「はーい」
理事長・エイリアが起立する。
「えーと、議題の前に、新しい理事を紹介するわ。「おめで隊」こと独立多目的小隊の、フリージア副隊長よ」
「よ、よろしくおねがいします…」
フリージアが起立して、軽くお辞儀をする。
理事には、各部隊からそれなりの階級を持つ女性隊員が選ばれていて、
「副隊長のポジションにある女性隊員ならば理事にすべき」との意見から、フリージアもメンバーに勧誘されたのだ。
(副隊長って言っても、隊員は英鴻さんを除いて私とラットグの2人だけなんだけど……)
「で、議題だけど……今期の予算がちょっと危ないから、
ハンターベース内の有名隊員の写真を撮って売ればという意見が出たの。
本人の許可を得た上で、だけど。それについて審議しましょ」
「有名隊員っていうと、やっぱりゼロ隊長やエックス隊長 ? 女性受けするのはやっぱりゼロ隊長の方かしら」
「エックス隊長だって、負けてませんよ」
「アクセルを忘れちゃだめよ」
「確かにアクセルも可愛いけど……そうだ、レノンもいいわよね」
「そういえば、レノンを女性隊員委員会の名誉会員に、って話があったけど、あれ結局どうするの ? 」
「言い出した人の気持ちはわかるけど、いくら何でも駄目でしょ」
「男性に限らなければ、アイリスさんとかは ? 」
「アイリスさん……いろいろ危ないんじゃないの ? 一応人妻だし」
「そう言えば今日、彼女来てないわね」
「ゼロ隊長が新型戦闘機のテストをするとかで、付き添いですって」
「全天候対応複座戦闘機・F-680シルバーレディだっけ ? 」
「そう、アイリスは後部座席でナビゲーター」
各々が自分の意見を述べる。
その時。
轟音と共に、部屋が振動した。
「な、何 ! ? 」
《緊急事態 ! 緊急事態 ! 》
アナウンスが鳴り響き、その場にいる全員が、反射的に立ち上がる。
《第3格納庫にて、空対空ミサイルが暴発 !
付近の隊員は、ただちに負傷者の救出、及び消火作業に当たってください ! 繰り返します……》
「ミサイルが暴発 ! ? 」
「大変だわ、行くわよ ! 」
彼女らも、非常事態となればハンターの顔になる。
我先にと会議室から飛び出していった。
…………
格納庫内部は、惨憺たる状況だった。
機械類の残骸が転がり、重傷を負った作業員たちが呻いている。
「消火班、早くしろ ! 」
「負傷者を急ぎ医務室へ ! 担架 ! 担架 ! 」
駆けつけた分隊長クラスのハンター達が、部下へ指示を出す。
そのとき、格納庫に1人の女性が現れた。
このような光景の中には似合わない、10人中全員が振り返るであろう美女だ。
「あっ、司令官 ! 」
それに気づいた若手の隊員が、彼女に敬礼をする。
ハンターベース総司令官・ジルバその人であった。
「敬礼してるヒマがあったら、さっさと火を消す ! 他の爆発物に引火したらどうなると思ってるの ! ? 」
「はっ、はいっ ! 」
「ライフセイバー ! ダグラス以下技師たちを呼んで ! 事故の原因を調べさせなさい ! 」
「了解 ! 」
凛とした声で、部下達に自ら指揮を下す。
その姿に見とれる者もいる。
もっとも、次の瞬間には、
「ボサッとしない ! 」
「す、すみません ! 」
……と、なるのだが。
………そのころ、ハンターベース玄関付近では……。
「やれやれ、事故か」
独立多目的小隊……通称「おめで隊」隊長・ラットグはため息をついた。
「敵はイレギュラーだけじゃないんだよねー、僕ら」
「俺等も、手伝いに行った方がいいだろうな」
側にいたアクセルとレノンが言う。
「おう、怪我人の搬送くらい手伝おうや」
三人がエレベーターへ向かおうとしたとき。
玄関の前で騒ぎが聞こえた。
「……だからさぁ、総務課のチャオって人に会いたいだけなの ! 」
茶髪の少女が、玄関口の警備員に訴える。
「ですから、現在非常事態でして、関係者以外の立ち入りは……」
「もうっ、わからないな ! こうなったら強行突破……」
「やめろって、レラ」
連れらしい青髪の少年が、あきれ顔で少女を制止する。
「僕たちは喧嘩しに来たんじゃないだろ ? 」
「でも、サリフ〜 ! 」
レラと呼ばれた少女は、頬を膨らませて抗議する。
その光景を眺め、アクセル、レノン、ラットグの3人は顔を見合わせた、
「総務課のチャオ、って言ってたよな」
「うん、確かに」
「チャオって、やっぱ趙(チャオ)か ? 」
「……話、聞いてみるか」
ラットグは玄関へと向かった。
……その後、ダグラスら技術班によって、ミサイル暴発の原因が調べられた。
消火作業を終えた格納庫で、ジルバや手伝いに来たカーネル、エックス、フリージア、
そしていつの間にかひょっこりと現れた、総務部総務課・趙 英鴻(チャオ イェンフォン)らが集まり、
技術士の1人から調査報告を受けていた。
「検査を行った際に、発射時の機体側パイロンの電流が、信管に流れたようです。絶縁不良かと」
「そのミサイルは、先週購入したもののようですネ」
と、英鴻。
「新品で絶縁不良、とんだ欠陥品だわ……製造元にやかましく抗議してやらないと ! 」
「死者がでなかったのが、不幸中の幸いか」
「同時期に購入されたミサイルは、残り29本……その所在は……」
技術士が小型の機器を操作する。
そして、画面に表示された情報を見て顔色を変えた。
「た、大変です ! 現在太平洋で演習中の新型機・F-680シルバーレディの012号機が、
そのミサイルのうち4本を搭載しています ! 」
「何ですって ! ? 」
ジルバが叫ぶ。
全員の顔色がさっと変わる。
「……知らずに発射して、暴発したら………」
フリージアが言う。
「木っ端微塵……」
エックスも、背筋に冷や汗が流れた。
「その機に乗っているパイロットは誰ですか ? 」
英鴻が尋ねる。
「操縦士は……。ゼ、ゼロ隊長に……後部座席のナビはアイリスさんです ! 」
「何だと ! ? 」
……太平洋上空……
「さすが新型機、馬力が違うな」
戦闘機のコクピット内。
ゼロは晴れ晴れとした顔で、操縦桿を握っていた。
銀色の機体が、陽光に煌めいている。
「それに、反応速度もいい。ピッタシの呼吸でついてくる」
《複座式っていうのもいいわ》
後部座席から、アイリスの声が聞こえてくる。
《おかげで、私もゼロと一緒に空を飛べるし》
「……できればお前には、ハンターベースで帰りを待っていてほしいが……」
《ゼロがいる限り、私は死なないわ。そうでしょ ? 》
それを聞いて、ゼロは「やれやれ」と呟いた。
「さて、あと30分したら、ミサイルの発射テストだな。さっさと済ませて帰ろう。ソニアが待ってる」
……再びハンターベース……
「駄目です、012号機、応答しません ! 」
レイヤーが叫ぶ。
「通信機が使えなくなった状態を想定しての、特殊な演習プログラムを組んでいたようですネ……」
「使える機体を出せ ! 私が救出に行く ! 」
カーネルが怒鳴るが、ジルバがそれを制した。
「落ち着きなさい ! そんな興奮状態で、戦闘機に乗ったら危険よ ! 」
「その通りです。しかし、通信ができないとなると、
向こうから視認できる距離まで近づいて、発光信号か何かで伝えるしか……」
その時、英鴻の携帯通信機が鳴った。
「おっと失礼……」
英鴻は輪の中から離れ、通信機の通話ボタンを押す。
《英鴻兄ぃ、ラットグだけど》
「ああ、どうした ? 」
《英鴻兄ぃの弟弟子だっていう連中が、来てるんだけど》
それを聞いて、英鴻の目が微かに光った。
《“大旋風”、“小旋風”って名乗ってるぜ》
「………渡りに船、か」
《え ? 》
「至急、その2人をコントロールルームへよこしてほしい。許可はワタシが出すからネ」
《ほい、了解》
通信を切り、英鴻はジルバらの側に戻った。
「司令、こういう状況にうってつけの人材が現れましたヨ」
「うってつけの人材 ? 」
「何者だ、一体 ? 」
問いかける周囲に、英鴻は不敵な笑みと共に答えた。
「手のかかる……けれど電脳戦の腕は一流の、妹弟子ですヨ」
第二話・“双風”、出陣
「ふーん、つまりラットグさん、あの人の直属の部下なんだ ? 」
エレベーターの中で、“小旋風”の名を冠する少女が言った。
「ああ。遊撃隊 兼 雑用係さ」
「で、僕らはどんな厄介ごとを押しつけられるわけ ? 」
“大旋風”ことサリフが尋ねる。
「さあな、何を企んでいるんだか」
玄関まで一緒にいたレノン、アクセルは今はいない。
ラットグがレラとサリフの2人から事情を聞いている間に、ゼロとアイリスが危機に陥っていると知らせが入り、一足先に司令室へ向かったのである。
「でさ、英蘭さんに勝ったんだよね ? 」
「……まあな」
「何で殺さなかったの ? 」
「興味ないから、さ」
ラットグが面倒くさそうに答えた時、エレベーターの扉が開いた。
「そら、こっちだ」
そして司令室の前で名を名乗ると、ドアが開く。
中にはジルバ、シグナスを始めとし、エックス、アクセル、カーネル、レノンなどのハンター達が詰めかけていた。
「うわー、司令室って思ってたより明るいのねー」
レラが能天気な声を出した。
サリフが溜め息をつく。
「やあ、よく来てくれたネ」
英鴻が前に出た。
「英鴻さん、久しぶり〜」
「元気そうだね、三師兄」
「2人こそ、元気そうで何より。……さて、久しぶりに会ったというのに何だが……レラ、ちょっと頼まれてほしい」
英鴻は2人に、現在の状況を話した。
ミサイルの暴発事故、そしてその異常のあるミサイルを積んだ戦闘機が、無線機を切った状態で訓練中ということなど……。
「……ふーん、なるほどね」
レラは合点が行ったようだ。
「で、私の力を借りたいってこと ? 」
「そういうことだヨ。君の電子戦能力なら、対象の戦闘機のデータにハッキングして、通信回線をこじ開けることもできるだろう」
「構わないけど、今太平洋を飛んでるんでしょ ? いくらなんでもここからハッキングするのは無理だよ」
「大丈夫、複座敷戦闘機の後部座席に乗って、追いかけてもらう」
英鴻がそう言うと、レラは嬉しそうに笑った。
「やったー、戦闘機〜♪ 計器とか思いっきりいじくっちゃお〜♪」
「……壊すなよな」
サリフが静かに言った。
「で、戦闘機の操縦は誰が ? 」
「エックス隊長にお願いしましょう」
レノンの問いに英鴻がそう答える。
「よし、わかった。それじゃあ……」
「ま、待て ! 」
カーネルが叫んだ。
「頼む、私に行かせてくれ ! 」
「ちょっと、カーネル」
ジルバがたしなめるが、カーネルは尚も叫んだ。
「頼む ! 私がこの手でアイリスを助けに行きたいんだ ! 私はアイリスの兄なんだ ! 」
「いや、カーネルさんでは駄目というわけではないのですがネ……」
英鴻は困ったような顔をする。
「ぶっちゃけ……カーネルさんはレラと気が合いそうにないぁ、と……」
「あー、あたしもぶっちゃけ、生粋の軍人さんはちょっとぉ〜」
と、レラ。
確かに、ノリの軽いレラは、カーネルとは相性が悪いかも知れない。
「そ、そんなことは問題ではない ! 第一、戦闘機の操縦技術では…… ! 」
その時、見かねたサリフが口を開いた。
「まあまあ、そんなこと言ってる場合じゃないんだろ ? こうしている間に、あんたの妹が吹っ飛んで死んだらどうするのさ ? 」
……その言葉に、司令室が一瞬静まった。
(……こいつの言っていることは間違っちゃいない。むしろ正論だ。……けど……)
ラットグが心の中でぼやく。
……デリカシー、無えっ ! ! ……
全員がそう思った。
カーネルは再び何か言おうとしたが、後ろからジルバが羽交い締めにして片手で口を塞いだ。
「んぐっ ! ? 」
「その作戦を許可するわ。第2飛行場の戦闘機、ファルクス改を使いなさい」
「はっ、これより緊急発進(スクランブル)で出撃します ! 」
エックスはさっと仕事の顔になる。
「それじゃ、転送装置へ」
エイリアが素早く機器を動かし、エックスとレラの2人は転送装置へ入った。
「じゃあサリフ、あたしがいなくても寂しがらないでね♪」
「へいへい、羽伸ばさせてもらうよ」
やがて光が走り、2人の姿は消えた。
イレギュラーハンターの保有する、飛行場の1つに転送されたのだ。
「パレット、ゼロ達との合流地点、及びそこへの最短空路を大至急割り出し、エックスに伝えなさい」
「了解っ ! 」
パレットが大急ぎで計算を始める。
「さて、と……カーネル、少しは落ち着いたかしら ? 」
ジルバはようやくカーネルを放した。
「……。すまない、迷惑をかけてしまった」
「本当なら、俺だって行きたいところだけどな」
と、レノン。
「信じて待つしか、ないってことだね……」
……イレギュラーハンター 第2飛行場滑走路……
《そ〜ら〜を超〜えて〜♪ ラララほ〜し〜のか〜なた〜♪》
戦闘機の後部座席で、レラが声高らかに唄う。
前部座席のエックスは、英鴻がカーネルとレラを組ませたくなかった理由がよくわかった気がした。
(緊張感が殺がれていく……)
その時、通信機が鳴った。
《エックスさん、聞こえますか ? 》
「パレットか。聞こえる」
《ゼロさん達との合流予定ポイント、及びそこへのルートを送ります !
このルートを全速でぶっ飛ばして15分。
けど、それでもゼロさんがミサイルの発射テストを行う予定の時間を凡そ20秒オーバーしてしまいます ! 》
それを訊いて、エックスは舌打ちした。
ゼロとアイリスが現在乗っている新型機・シルバーレディと比べて、イレギュラーハンターの現主力制空戦闘機・ファルクス改は、
最高速度はほとんど違わないが、そこに至る加速力、速度の持続力に差がある。
《多分、その前にあたしのハッキング圏内に入るから、大丈夫だと思うよ》
レラが言う。
「こうなったら、後は風任せか……。可能な限り、アフターバーナーを全開で行く ! オペレーション宜しく頼む ! 」
《任せてください ! 帰りには燃料が足りなくなると思いますので、空母を手配します ! 》
ファルクス改が動き始めた。
ブースターに点火され、轟音と熱風を巻き起こしながら、滑走路を加速していく。
《……V1 ! VR ! V2 ! 》
「テイク・オフ ! ! 」
機首が上がり、機体が宙に浮く。
そして、蒼穹へと吸い込まれていった。
(間に合ってくれよ…… ! )
……ハンターベース……
「エックス機の離陸を確認しました」
「位置をしっかり捕捉しておいてね」
その時、エイリアが叫んだ。
「G-15開発地区でイレギュラー発生 ! 作業員が数名、取り残されています ! 」
「えー、こんな時に ! ? 」
アクセルが声を上げる。
「仕方ないわね……敵の数は ? 」
「レプリロイド18体 ! 重機関銃を装備したレプリロイドが1体、ショットガンを装備した者が3体、
残りは軽火器・ビームソードで武装している模様です ! 」
「アクセル、レノン、ラットグ、フリージア ! 出撃して ! 」
「ま、じっとしているよりは気が晴れるよね」
と、アクセル。
「そうだな。それに親父がいる限り、母さんは無事だろう」
と、レノン。
「んじゃ行こうや、フリージア」
と、ラットグ。
「う、うん ! 」
と、フリージア。
「………サリフ、ついでだから、君も行ってくれないかネ ? 」
「僕が ? 」
サリフは意外そうな顔をする。
「ああ、退屈だろう ? 」
「……へへっ、いいよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、サリフも転送装置へと向かった。
「じゃ、宜しく。邪魔にならないようにするからさ」
「……おう」
第三話・鎮圧
……イレギュラー発生の報を受け、現場に向かったアクセル、レノン、ラットグ、フリージア、そしてサリフの5人。
それぞれ武器を手に、突撃の体勢を整える。
「バラダマ(散弾銃)を持っている奴が手前に2人いるから、オイラとアクセルが1人ずつ仕留める。
後は戦術の基本通り、指揮官と機関銃手を優先して始末しようや」
「そして僕はその後、取り残された作業員の保護だね」
「よし、行くぜ ! 」
一同は、建物に挟まれた通路を駆けだした。
ラットグとアクセルは2方向に別れ、残りの3人は真っ正面から突入する。
敵のレプリロイド2人が、ショットガンを構える。
ショットガンの利点との一つに、少人数で道路を封鎖できることがある。
しかしイレギュラーがショットガンを撃つ前に、両側の建物の上から、2つの影が飛び降りてきた。
次の瞬間、左側にいたレプリロイドは降り注ぐバレットの弾丸に撃ち抜かれ、
右側にいた者は頸動脈に相当するパイプをビーム小太刀で切断されて息絶える。
アクセルとラットグの奇襲だ。
さらに進むと、他のイレギュラーが見えてきた。
「イレギュラーハンターだ ! 」
「邪悪なる者だ ! 」
「排除せよ、白き楽園のため ! 」
レプリロイドたちは口々に叫び、銃剣やバスターなどで攻撃を開始する。
「どこぞのカルト教団か ? 」
「そうみたいだね」
ここで彼らは二手に分かれた。
レノンはアクセルと、ラットグはフリージア、サリフと共に、それぞれ別方向へと攻撃をかける。
レノンはまるで草でも刈るかの如く、次から次へと敵を斬り伏せる。
ラットグの棒手裏剣が、戦闘にいた1人の喉に突き刺さったかと思うと、そのまま爆発する。
「白き楽園のため ! 白き楽園のため ! 」
銃剣を手にしたイレギュラーが、連呼しながらフリージアに斬りかかる。
フリージアはさっと姿勢を低くしてかわすと、槍の柄で銃剣を跳ね上げた。
「はあっ ! 」
そのまま、イレギュラーの顎に正面蹴り。
よろめいたところへ、すかさず槍でとどめを刺した。
(もう並の腕じゃ、フリージアには適わないな)
戦いながら、ラットグはそう思った。
(けど、チューンナップしているとはいえ、元々は家庭労働用の体だからな……そのうち無理が出る)
今度戦闘用にボディチェンジすることを勧めてみるか……。
そんなことを考えているとき、ズンと地響きが起こった。
イレギュラーの1人が作業用のライドアーマーを奪い、サリフの前に立ちふさがっていた。
「我が教団の未来のため ! ここで汝を、この鉄の拳にて裁く ! 汝の罪を浄化する ! 」
平然としているサリフ目がけて、ライドアーマーの拳が振り下ろされる。
「避けろ ! 」
ラットグが叫ぶが、サリフは微動だにしない。
次の瞬間、重い音が響いた。
その場にいた誰もが、驚愕した。
サリフは、ライドアーマーの一撃を、左手1本で受け止めていたのである。
「ふーん。で、どうするって ? 」
とてつもない力を涼しい顔で受け止めつつ、ライドアーマーに乗ったイレギュラーを挑発する。
イレギュラーははっと我に返るが、出てきた言葉は……
「あ、抗う気か悪魔が ! 重罪なり ! 我が教団の審判は……」
意味不明、独創性皆無。
その言葉に、サリフは極めて明快な一言で返した。
「うざい」
ライドアーマーの拳が、一気に押し返される。
そしてそのまま、ライドアーマーは後方へ転倒した。
「……すげぇ怪力」
ラットグが苦笑した。
「“大旋風”……なるほど、とんでもない暴風が来やがった」
その時、ザーッという発射音が響いた。
大型のガトリング砲を装備した、巨漢のレプリロイドが前へ出てきたのである。
「散れ ! 」
レノンの叫びで、全員が一斉に散開し、障害物の影に隠れる。
「あいつが親玉か。ガトリング砲と他に、対レプリロイドロケット弾も装備してるみたいだな」
「どうする ? 」
と、フリージア。
「なに、大したことない」
ラットグは、別の障害物に隠れている、サリフに通信を繋いだ。
「ラットグだ。聞こえるか ? 」
《ああ、無事みたいだね》
「当たり前だ。2方向から同時攻撃しようぜ」
《OK。多分僕が仕留めるけどね》
通信機の向こうで、サリフが笑みを浮かべているのが、何となく想像できた。
(なんかこいつは、オイラと似てるな)
ラットグもニヤリと笑みを浮かべる。
「よし、行くぜ ! フリージアは後方から追撃しろ ! 」
「わかった ! 」
ラットグは駆けだした。
同時に、反対の方向からサリフも駆けだした。
どちらも、かなりの高速戦闘レプリロイドと言えるだろう。
しかし、瞬発力ではサリフの方が一枚上手だった。
相手は重いガトリング砲故、ロックオンが間に合わなかった。
結果発射前に、サリフが素手で砲身をへし折った。
さらにラットグの打った、爆薬付棒手裏剣が、ハッチの開いたロケット弾発射口へと突き刺さる。
手裏剣の爆発が、ロケット弾へ引火、誘爆。
悲鳴を上げたイレギュラーを、サリフは容赦なく殴りつけた。
次の瞬間、エネルギーを纏ったサリフの拳により、イレギュラーの頭部が消し飛んだ。
「お見事。けど、死体は黒幕や組織の秘密を喋っちゃくれないぜ」
ラットグの言葉に、サリフは頭を掻きつつ笑った。
「あー、生け捕りにするべきだったか。ごめん、こいつら何か頭くるから」
「ああ、オイラもだ」
そこで、アクセルとレノンがやってくる。
アクセルは作業員たちを保護し、後続部隊に引き渡したようだ。
「他に残っているイレギュラーは ? 」
「えーと、17人始末したから、あと1人だな」
そのとき通信機を通じて、オペレーターの声が聞こえてきた。
ちなみにエイリア、レイヤー、パレットの3人は、洋上のゼロ、アイリス搭乗機の位置捕捉、
並びにエックス機のナビゲートに集中しているため、
《コントロールから先発部隊へ。西の赤い屋根の宿泊棟内部に、レプリロイドの反応をキャッチしました。イレギュラーの1人と思われます》
「了解、これから捕縛するよ」
アクセルが答えて、一同は一斉に宿泊棟へと走った。
中へ入ると、各自手分けして捜索する。
フリージアは宿泊棟の談話室を調べた後、食堂に踏み込んだ。
「…… ! 」
入った瞬間、食堂の中に潜んでいたイレギュラーが、震える手でフリージアに短機関銃を向けた。
外見は、フリージアと同じくらいか、或いはさらに幼く見える少女型のレプリロイドだ。
瞳は恐怖に満ち、顔は引きつっている。
「あ……あ……」
「落ち着いて、銃を置いてください」
フリージアは呼びかける。
それを聞いて、レノンとアクセルも駆けつけてくる。
3人がそれぞれの武器を向けると、少女は震えながら、短機関銃をテーブルの上に置いた。
「落ち着いて、何もしないから。両手をゆっくり、頭の後ろへ……」
アクセルの言うとおりに、少女は手を後頭部へとやった。
口元が、何かを呟いているように見える。
丁度、ラットグとサリフも食堂へ向かってきていた。
しかし彼ら2人は、少女の姿を見た瞬間、疾風の如く駆けだした。
次の瞬間、鈍い音と共に、サリフの拳が少女の腹部を一撃した。
「なっ…… ! 」
どさり、と少女は倒れ伏す。
駆け込んできたラットグが、驚くフリージアたちを余所に、気絶している少女の口の中へ手を押し込んだ。
そして、2センチほどの筒型の物体を取り出した。
「 ! それは……」
「信管だ。自爆装置の……」
ラットグが苦々しげに言う。
「この子、自爆するつもりだったの…… ! ? 」
フリージアが驚愕する。
「こいつからは死の臭いがした」
と、サリフ。
「生きることに何の希望も持てなくなったテロリストか、自分の死で世界が動くと思ってる馬鹿がやることだからな、自爆ってのは。
スラムにいたころ、そんな奴らを何回も見たからな、目の色でわかった」
ラットグも言う。
「そんな……こんな女の子に……」
アクセルも愕然としていた。
「……宗教集団か……厄介な連中が出てきやがったな」
……太平洋上空……
「くそっ……まだ範囲に入らないのか ! ? 」
《せかさないでよ》
ファルクス改が、空を高速で飛ぶ。
アフターバーナーを吹かし、音速を突破している。
「パレット、ミサイル発射まで後何分だ ! ? 」
《残り2分です ! 》
「くそっ、間に合え ! 」
第四話・電脳
「さてと、そろそろミサイル発射テストだ」
F-680シルバーレディの操縦桿を握るゼロ。
軽快な運動性、加速力、どれをとっても満足のいく機体だった。
「アイリス、周囲に機影は ? 」
《レーダーに反応は無いわ》
後部席のアイリスが言う。
「よし、始めるか」
…………
「もうすぐのはずだぞ、どうだ ! ? 」
《ちょーっと待っててね》
洋上を飛ぶ、エックス達のファルクス改。
後部座席で、レラがレーダー類を弄っている。
電子戦レプリロイドであるレラには、レーダー波増幅能力も搭載されていた。
「えーと、近くに反応は……あった ! 」
レラは自分の、ハッキングシステムを起動させる。
「今から、相手のコンピューターに潜り込むね ! 」
《よし、頼むぞ ! 》
レラは機内に持ち込んだ、直刀をぐっと握った。
そして、彼女の意識は電脳空間へと飛ぶ。
………………
「……ふう、到着っと」
F-680戦闘機のコンピューターに侵入したレラは、0と1で構成されるデータをかき分けながら進む。
手には直刀がしっかりと握られていた。
「えーと、通信回線は……向こうね」
突如、目の前に光の壁が現れる。
ファイアーウォールだ。
この時代の兵器は、メインコントロールへのハッキングを防ぐため、このような措置がしてある。
「防壁5枚重ねか……浸透突破するのはちょっとメンドイし……」
レラは直刀を抜いた。
銀色に輝く刃が顔を見せる。
「いくよ、クトネシリカ」
レラが刀を一振りした瞬間、防壁5枚が真っ二つに割れた。
データの結合が、分解されたのだ。
途端に警報が鳴り響く。
侵入者排除システムが起動し、兵士の姿を象った攻性プログラムが出現する。
「うわー、さすが新型機だけあって厳重ね」
斬りかかってきた攻性プログラムを、一太刀で斬り捨てる。
続いてもう1体を斬るが、如何せん数が多い。
「もう、面倒 ! おいで、コロボックル ! 」
頭上に掲げた刀から、5つの光が飛散する。
そしてそれは、小人か妖精のような姿をした、小さなプログラムへと変わった。
支援用AIだ。
「チュプとヌペは周囲にデコイを展開、残りは私の周りに隠蔽防壁を張って ! 」
AIは命令通りに行動する。
レラとそっくり同じ姿の分身が2体出現し、さらにレラを中心に光の壁が形成された。
攻性プログラムはレラの姿を見失ったかのように、分身の方に襲いかかる。
「じゃ、ごゆっくり」
デコイと戦う攻性プログラムを捨て置いて、レラは先へと進んだ。
《よし、長距離空対空ミサイル、発射用意だ》
「照準システム良し、安全装置解除……あれ ? 」
アイリスが機器を操作するが、作動しない。
《どうした ? 》
「安全装置が外れないわ。今非常回線に繋いで発射を……」
と、その時……
《待ったァーーー ! 》
「っ ! ? 」
《な、何だ ! ? 》
スピーカーから大音量の声が聞こえてきた。
ゼロの手元が僅かに狂い、機体が左右にぶれる。
そしてモニターに、レラの顔が映った。
《はい、ストップね。そのミサイル、ぶっ放すと危ないから》
「な、何なの ! ? 」
《ハッキングか ! ? 何処の誰だ、お前は ! ? 》
驚愕するアイリスとゼロに、レラはニヤリと笑った。
《んふふふ、名乗るのもおこがましいが知らざァ言って聞かせましょー、ってね。あたしは……》
が、突如モニターの映像がエックスの顔に切り替わった。
《ゼロ ! アイリス ! 聞こえるか ! ? 》
「エックスさん ! ? 」
《エ、エックス ! ? どうしたんだ、一体 ! ? 》
《よく聞け ! その機体に積んであるミサイルは不良品だ !
さっきハンターベースで暴発事故が起きた ! 》
「ええっ ! ? 」
アイリスが驚きの声を上げる。
《空母がこっちに向かってるから、それに着艦するんだ ! ミサイルは安全装置かけておけよ ! 》
《了解した ! 危ないところだった、ありがとな ! 》
ゼロが機体を反転させようとする。
しかし、舵が動かない。
《ん ? どうなって……》
すると、モニタに再びレラが映った。
《あたし、なんか機嫌悪くなったから、このピカピカの新型機で遊んじゃうもんねー》
「え ? ちょ、ちょっと ! コントロールを返しなさい ! 」
機体がクルクルと横転し始める。
機体コントロールの中枢を、レラに乗っ取られたのだ。
《そりゃ〜、テール・スライド ! 》
「きゃあ ! 」
……それからしばらくの間、暴発の危険のある長距離ミサイルを積んだ新型機が、
太平洋で曲技飛行を行っていた。
…………
………
……
…
イレギュラーハンター トルコ・ベース
「長官、日本、アメリカ、その他数カ国のハンターベースでも、ミサイルの暴発事故があったようです」
事務服に身を包んだレプリロイドが、ホログラムの書類をデスクに置く。
「事故……か ? 」
デスクに腰掛けるレプリロイドは、長髪で眼鏡をかけていた。
外見はあどけない子供のようにも見えるが、中性的で、性別は分からない。
声は女性に近いように聞こえるが、男とも思える。
「何者かが製造ラインで、ミサイルに細工をしたという可能性は、非常に高いかと」
「だろうな」
「如何いたしましょうか、マリク長官」
マリクと呼ばれたそのレプリロイドは、微かに笑ったように見えた。
「世界規模でイレギュラーハンターをターゲットとした、テロが起きたわけだ。
トルコ・ベースの独断で動くわけにはいかない」
「仰るとおりです。しかし、独自に調査は続けますか ? 」
「ああ。最近モスク(イスラム教の寺院)で時々、妙な宗教団体が騒ぎを起こしているだろう。
状況からして奴らが怪しいと、私は睨んでいる」
マリクは、手元のカップをちらりと見た。
「チャイ」と呼ばれる紅茶が入っていたが、既に冷めてしまっている。
「温め直しのましょうか ? 」
「いや、自分でやる」
そう言って、チャイの表面を人差し指で軽く触れる。
次の瞬間、カップから湯気が立ち上った。
「日本へ、行ってみようと思う」
「総司令官殿にお会いするためですか ? 」
「まだ直接、会ったことは無いからな。それともう一つ……」
マリクはニヤリと笑った。
「あの赤目の馬鹿にも、会いに行きたい」
そう言って、湯気を立てるチャイを一口飲む。
しかし熱かったのか、顔を一瞬歪めて少し舌を出した。
それを見て、事務服姿のレプリロイドは表情を少し崩す。
「……笑ったな ? 」
「申し訳ありません、つい」
事務服の方はそう言いつつ微笑んでいる。
どうやらよくあることのようだ。
「……ふん」
マリクは拗ねたような顔で、今度は少し冷ましてから、チャイをすすった。
第二部
第一話・焔を纏って
ハンターベース 模擬戦闘訓練場
「せやっ ! 」
ラットグの上段回し蹴りが、サリフの頭を狙う。
サリフはそれを最小限の動きで回避し、反撃に転じた。
しかしラットグは持ち前の機動力で、それを見事に回避する。
「2人とも高速戦闘を得意としますが……」
傍らで見物する英鴻が言った。
「瞬発力ではサリフが上、小回りではラットグの方が上のようですネ」
英鴻の隣には、しょんぼりと落ち込んでいるレラがいた。
F-680戦闘機のコントロールを奪い、玩具にしたことについて、サリフからこっぴどく叱られたのだ。
(もっともこの娘の場合、また懲りずに何かやるだろうがネ)
英鴻は心の中で笑った。
「英鴻、あの事件はイレギュラーハンターに対するテロの可能性が高い。何か手がかりは無いのか ? 」
ゼロが尋ねる。
「……同日にテロを起こした、『白い空』が怪しいと思われますネ」
「やはり奴らか……」
と、カーネル。
「『白い空』 ? 何それ ? 」
レラが尋ねた。
「以前はイレギュラーハンターの過剰な取り締まりなどに対して平和的な反対運動を行ったり、
更正の可能性の高いイレギュラーを引き取り、ボランティア活動に参加させたりというまともなNGO団体だったが、
1年前にリーダーが謎の死を遂げて以降、カルト教団と化したのさ。抗議運動もテロ紛いの物となり、
既に世界規模でイレギュラー認定がされているが……されほど驚異的な組織では無かったはずだ。
シンジケート・コスモの事件が無ければ、とっくに殲滅できていただろうヨ」
「イレギュラー組織としてのランクも、Cレベルだったからな。
それがここまで大規模なテロを行ったということは……」
「裏で糸を引いている輩がいるのかもしれませんネ。己の権益のため、
イレギュラーハンターの弱体化を望む政治屋もいるようですし」
「レノンたちが捕らえた少女はどうした ? 」
「検査の結果、電子頭脳の人格プログラム崩壊が進んでいるようで、尋問できる状態ではないそうで。
ひとまずは、収容所行きですヨ」
その時、サリフの腕がラットグを捕らえた。
そしてそのまま、絞め技をかける。
「おっ、決まったか ? 」
「サリフの腕力からは、誰も逃げられないよ」
レラが嬉しそうに言う。
「そうでもないヨ」
英鴻は不敵な笑みを浮かべた。
次の瞬間、ボキボキと異様な音がする。
そして、ラットグがサリフの腕からするりと抜け出した。
「 ! 関節を外したか ! 」
ラットグは瞬時に、サリフの背後へ回り込む。
「そらっ ! 」
肘打ちが入った。
続いて回し蹴りを打ち込むが、これはサリフの腕で止められる。
「やるじゃないか ! 」
叫びつつ、サリフは掌打を繰り出す。
ラットグは両手で受け止めた。
「なぁに、まだこれからだろ ! 」
「ああ ! 」
2人の少年が、フェアな条件下での闘いを楽しんでいる時、フリージアは商店街に出ていた。
紅茶などの買い出しだ。
「えーと、アールグレイに……あとコーヒーと……」
メモを見ながら、商品を籠に入れ、レジへと持って行く。
(こうしている間だけ、自分がハンターだってこと、忘れちゃいそう……)
何気ない日常に幸せを感じていたとき、店内で叫び声が上がった。
「全員、動くなァ ! 」
1人の男が、手にマシン・ピストルを構え、怒鳴った。
(強盗…… ! ? )
フリージアは戦闘態勢に入ろうとしたが、下手に動けば周囲に危害が及ぶ。
しかも相手のイレギュラーは、明らかに目が理性を失い、口から泡を吹き出している。
電子頭脳がかなりいかれている状態だ。
(うかつには手を出せない……隙を伺って……)
しかしその時、別の声が聞こえた。
幼児の泣き声だ。
見ると、母親に抱かれた乳児が、驚いたのか泣き出していた。
「五月蠅せェ ! 黙れェ ! 」
イレギュラーが、その母子に銃を向けた瞬間、フリージアは飛び出した。
そして母子の前に立ちふさがり、盾となる。
だが次の瞬間、イレギュラーがどさりと倒れた。
そのすぐ背後に、眼鏡をかけたレプリロイドが立っていた。
「……イレギュラーハンターに通報を」
店員にそう告げるのを見て、フリージアは慌てて名乗り出た。
「あの……私、ハンターベース独立多目的小隊の者です。私が連絡を……」
それを聞き、眼鏡のレプリロイドはフリージアをじっと見た。
美しい顔立ちだが、性別の分からない中性的な外見だ。
「……フリージア君、だったか」
「え ? ど、どうして…… ? 」
「敵を倒すのではなく、守るべき者の盾となる。
君の故郷である英国の騎士道、そしてイレギュラーハンターの模範と言える、見事な判断だ」
褒められて、フリージアはドキリとした。
「あ……ありがとうございます……。あの、貴方は…… ? 」
「おっと、名乗るのが遅れたな」
そのレプリロイドはくすりと笑う。
「イレギュラーハンター、トルコ・ベース長官……“月焔刀”マリクだ」
「ちょ、長官…… ! ? 」
フリージアは驚愕した。
「君の上司とは、兄弟弟子の間柄でね。君のことも聞いていた」
「じゃあ……貴方は…… ? 」
「ああ、八傑の1人だ」
……その後フリージアは、近隣をパトロール中だったハンターがイレギュラーを連行していき、
母子に数10回礼を言われた後、マリクを伴いハンターベースへと帰って行った。
……再び、ハンターベース……
「さすが、英蘭さんを倒しただけのことはあるね」
休憩しているラットグに、レラが呑気に言う。
「誰を倒したとか、あんまし興味ないな。ただその時に出せるだけの力を出す、それだけだ」
ラットグの言葉に、隣に座るサリフも頷いた。
「同感だね。お前とは気が合いそうだな」
「オイラもそう思う」
2人は顔を見合わせて笑った。
その時、訓練場にアイリスとソニアがやってくる。
フリージアも一緒だった。
「お、アイリス」
「フリージアちゃんがお手柄よ。イレギュラーから親子を守ったんですって」
アイリスが言う。
「そうか、よくやったネ」
「お疲れさん」
「いや、あの……イレギュラーを捕まえたのは、あの人なんですけど……」
フリージアの掌が示す方向を見て、英鴻は「ほう」と声を出す。
サリフは思わず立ち上がり、レラは短く悲鳴を上げてサリフの後ろに隠れた。
「久しぶり」
“月焔刀”マリクはそう言った。
「やあ、連絡は会ったが、まさかもう来るとはネ」
「ああ、ちょっと驚かせてやろうかと思ってね」
マリクは英鴻に歩み寄ると、その頬にキスをした。
英鴻もキスを返す。
「……もしかしてあの人、英鴻さんの恋人なの ? 」
ソニアが呟く。
「いや、それは無い」
サリフは断言する。
「ってかあの人、女なのか ? 」
ラットグが首をかしげる。
「マリク怖いマリク怖いマリク怖い……」
レラは怯えている。
「えっとね、西洋の国では挨拶代わりに、ほっぺたにキスをする習慣が結構あるから、そういう意味じゃないよ」
今ここにいる少年組の中では唯一西洋人のフリージアが、冷静に言う。
そして英鴻とマリクは、久しぶりに会ったことを喜ぶ内容の会話を交わしていた。
「さて、ではジルバ総司令官にも挨拶に行かないとネ」
「ああ。でも、その前に……」
マリクはおもむろに、英鴻の顔の前に手を掲げる。
「あ、こら----」
次の瞬間、英鴻の頭部は炎に包まれた。
第二話・煉獄の天使
マリクの掌から放たれた炎は、英鴻の頭部を包み込んだ。
「お、おいおいおいおい ! ? 」
「英鴻さん ! 」
ソニアたちが騒ぎ出す。
しかし炎が消えたとき、英鴻はけろりとしていた。
「マリク、いくらワタシが熱に強いからって、会う度に頭を焼くのは止めたまえヨ」
「ストレス発散だ。よくあるだろう、気に入らない奴の写真をサンドバッグに貼り付けたりとか」
「君という奴は……」
頭部から煙を出しながら、英鴻は苦笑する。
「さて、総司令官に挨拶に行かねば」
「その必要は無いわ」
訓練場の入り口から声が響き、全員が一斉に振り向いた。
そこに立っていたのは、ハンターベース総司令官・ジルバその人であった。
「これは総司令官、リアルではお初にお目にかかります。
イレギュラーハンタートルコ支部長官・マリク、参りました」
「アポイントメントは一応あったけど、やけに早いわね」
「急を要する事態と判断しましたので」
「まあいいわ、来て」
ジルバの後について、マリクは訓練所から出て行った。
レラがホッと胸をなで下ろす。
「……とりあえず、またとんでもない奴が増えたみたいだな」
そう言うラットグも、十分とんでもない奴なのだが。
「英鴻さん、大丈夫 ? 」
「ああ、ワタシに熱は効かないヨ」
「相変わらず、えげつないなあ」
サリフが言う。
「しっかし、トルコ支部の長官なんだろ ? それが自ら本部に来たってこたぁ、今回のヤマ……」
「大きな戦いになるかも、ってことだよね……」
フリージアが、拳を握りしめた。
…………
その後行われた会議は、シグナス、ジルバ、マリク他、
ハンターベースの首脳陣により行われ、その内容はまだ公開されなかった。
「ふうむ、また我々おめで隊の出番が来そうだネ」
物置を改造した小さな事務室で、英鴻は不敵な笑みを浮かべた。
「例の教団の拠点なんかを、調べるんですか ? 」
フリージアが尋ねる。
「ああ、そんなところだろうネ。そういえば、悪ガキ共はまだ訓練場にいるのかい ? 」
「それ、ソニアちゃんも含まれてますか ? 」
少し間が空いた。
「………いや、含まない」
「……多分、ラットグは屋上にでもいると思います。
サリフさんとレラさんは、少し街を見物に行きたいって……」
「ふむ。もしかしたらあの2人、マリクが来たから逃げるつもりかな」
「八傑って、みんな仲が良いわけじゃないんですか ? 」
フリージアの問いに、英鴻は苦笑した。
「いや、仲は良いヨ。ただ、あのマリクは……やり方が少々えげつなくてネ、
年少組からは怖がられているのだ」
「ああ……確かに」
いくら耐火性が強いとはいえ、英鴻に火炎放射を浴びせたのをフリージアは見ていた。
ストレス発散、などと言っていたが……
「ワタシが怨まれているのは、推測ではあるが……
初めて会ったとき、ワタシは彼女がイスラム圏の出身ということを知らずに、豚肉関係のものを食べさせてしまってネ……
そのことが起因しているのではないかと……」
「……それは怒られても仕方ないですね」
「まあトルコはとっくの昔に政教分離しているから、戒律もろくに守らない人と、
しっかり守る人が共存している面白い国でネ。
外国へ行ったときには平気で豚肉を食べる人もいるようだ」
「……」
「とはいえ、あくまでも『そういう人もいる』という話だからネ。悪いことをしてしまった。
まあ、単にワタシが嫌いなだけかも知れないがネ」
何故か楽しそうに、英鴻は笑っていた。
……その頃ラットグは、屋上で空を眺めていた。
「……ホタルよお……」
かつて守れなかった少女の名を、ラットグは呟いた。
「今なら、大切なもん護れる力はある……」
その時、近くに人の気配を感じた。
振り向くと、“月焔刀”マリクがそこにいた。
「……ラットグ君、だったか」
「へい」
「英蘭を倒したと聞くが、なかなかの手練れのようだな」
「いえ、まだ勉強中の身でさぁ」
マリクは微かに笑い、唐突に次のことを口にした。
「君は、何のために戦う ? 」
「は ? 」
「私は昔、ある強敵と戦い、敗れた。その時以来、大抵の者は目を見ただけで、考えが分かってしまう。
しかし、君は何を望んでいるのか分からない。
例えばシンジケート・コスモとの戦いの時、君は何故戦った ? 」
「奴らが気にくわねぇからです」
ラットグとしては、極めて正直に答えた。
「手前勝手なことを言いながら、関係無い奴を巻き込みやがる。そういうのが、嫌いでしてね」
「……それは、君の経験からか ? 」
言い当てられ、ラットグは素直に「はい」と答えた。
「まあ、自分が正義の味方になろうとは思わないけど、
自分と同じ境遇の奴が増えるのは……何か嫌なんで」
「そうか……」
……その時だった。
街の方で、轟音と共に建物の一部が崩壊した。
煙が立ち上り、ラットグは懐から取り出した小型のスコープで、その付近を注視する。
確認できるのは、武器を持った多数のレプリロイドと、メカニロイド……イレギュラーだ。
「ちっ、ハンターベースのお膝元で、大胆なことをしてくれるぜ ! 」
ラットグは頭に鉢金を装着し、エレベーターに向かおうとした。
しかしマリクが、彼の腕を掴んだ。
「もっと早い方法があるぞ」
「えっ…… ! ? 」
軽快な音と共に、マリクの背中から二つの光の幕が現れた。
そして、翼のような形を形成する。
「行くぞ」
「なっ……うおぉっ ! ? 」
ラットグをぶら下げて、マリクは宙に浮き上がった。
そして現場を睨み、一直線に飛んでいった。
……
「このままハンターベースへ進軍するのだ ! 」
「白き楽園のため ! 白き楽園のため ! 」
イレギュラー達は辺りの物を手当たり次第に破壊しながら進む。
メカニロイドや、ライドアーマーまで持ち出していた。
住民達は、大半が地下シェルターに避難していた。
ハンターベースの近くに住んでいるだけに、有事に備えての訓練もよくされているのだ。
「フハハハ……ん ? 」
ライドアーマーに乗るレプリロイドがふと上を見上げた。
何かが、自分に向かって落ちてくる。
そして一瞬光が見えたかと思うと、『それ』は彼の頭を真っ二つに割っていた。
無論、ひとたまりも無く絶命する。
「な、なんだ ! ? 」
「何者だ ! ? 」
『それ』は残骸と化したレプリロイドを操縦席から放り落とす。
「初めての空挺降下で成功したんだ、拍手してくれよ」
『それ』……すなわちラットグは、ニヤリと笑った。
「だ、誰だ貴様は ! ? 」
「何かの間違いで現代に蘇った……モリアーティ教授さ ! 」
フリージアに勧められて読んだ、有名ミステリー小説の敵役の名をかたり、ラットグは操縦桿を倒した。
ライドアーマーの巨大な腕が、イレギュラー数人をまとめて薙ぎ払う。
「お、おのれ ! 」
イレギュラー達は反撃しようとするが、彼らの頭上に赤い光が走った。
ラットグの目には、直前に何か霧状の物が薄く降り注ぐのが見えた。
「 ! 」
その瞬間、3人のイレギュラーが炎上した。
直後、空から一体のレプリロイドが舞い降りる。
マリクだ。
……マリク。
それは地獄を監視する、イスラムの天使の名。
罪人に責め苦を与える者達を統率し、命乞いにも冗談でしか答えない。
「地獄の業火……味わってみろ」
天使は、笑みを浮かべた。
ELITE HUNTER ZERO