ろってぃーさんより小説「眠れ戦場の華よ」
序曲
荒れ地の中。
フリージアは槍を携え、1人の男と向かい合っていた。
「…覚悟は決めたか ? 」
「…はい ! 」
フリージアが力強く答える。
男は姿勢を低くし、フリージア目がけて走り出す。
フリージアも槍を構え、走り出した。
2人の距離はたちまち縮まり、そしてぶつかり合う。
「チェストォォ ! 」
「はああぁっ ! ! 」
… …
フリージアはがばっと、ベッドから跳ね起きた。
視界には、今ではもう見慣れた、ハンターベースの寝室の風景があるだけだった。
「…夢…か……」
フリージアは静かに呟く。
「なんであんな夢、見ちゃったんだろう…」
「どんな夢 ? 」
はっと振り向くと、同室を使用しているパレットが既に起きていた。
「あ…ええと……」
「ははーん…さてはラットグ君と、何かいやらしいことをする夢でも…」
「ち、違うよッ ! 」
フリージアは顔を真っ赤にして否定する。
「あはは、冗談よ。フリージアってからかい甲斐ある〜」
「も、もうっ、パレットったら ! 」
……この日は、ラットグ、フリージア、カーネル、アイリスの4人が休暇だった。
なのでソニアを入れて5人で、旧レプリフォースの戦死者墓地へ行くことになっていたのだ。
「……お師匠さんと戦う夢を見た ? 」
ハンターベースの玄関。
フリージアの隣に腰掛け、ラットグは聞き返した。
「う、うん…」
…フリージアはキリノに、兄2人を殺された。
兄達はシグマ軍に加入し、敗戦後もゲリラとしてテロ活動を行っていた。
フリージア自身はシグマ軍に入っていたわけでもなく、シグマの顔すら知らなかった。
そもそも、戦場とは全く縁のない生い立ちだったのだ。
それ故、兄達の死を受け入れることはできなかった。
ラットグ達の出会いにより、フリージアは変わった。
自分の『騎士道』を見つけ出そうと、考えるようになったのである。
そしてシンジケート・コスモとの戦いが終わったとき、フリージアはキリノに、
いつか自分と戦ってくれるように約束した。
「オイラも昔、見たことあるぜ」
「え…本当に ? 」
「ああ」と、ラットグは頷く。
「何回か切り結んで………最後に、オイラがお師匠さんを殺しちまうんだけどな…」
「………」
ラットグはフリージアに、軽く笑って見せた。
「…で、その日はなんかその夢のことが気になってさ、稽古にも身が入らなくて…
お師匠さんから何かあったのかって訊かれたから、話してみたんだけど…」
「どうなったの ? 」
「……お師匠さんにも、経験があったんだってよ…それも夢じゃなくて………」
「……現実で ? 」
ラットグは頷きながら、腰に提げた袋を1つ開けた。
そして中身の金平糖を数個摘むと、口に運んだ。
金平糖は白が最も美味で、2番目に美味いのはピンク色……と、ラットグは言い張っている。
他の者達には、この味の差が全く解らないのだが。
「…そのことを話してくれた後、『飲んで忘れちまえ ! 』って焼酎勧められてさ」
「うわぁ……」
「お師匠さんも一緒になって飲みまくって大騒ぎして、気がついたら朝になってた。
そして今度は二日酔いで死にかけたってオチ。お師匠さんはケロっとしてたけどな」
(……キリノさんって、そういうキャラだったっけ ?
あ、でも日本人って普段は大人しくて働き者でも、お酒飲むと凶暴化するらしいし……)
フリージアは次第に、自分の憎しみの意味が分からなくなってきた。
そこへ、ソニアを伴ったアイリスとカーネル、ゼロがやってくる。
「お待たせ」
「あ、ゼロの旦那も行くので ? 」
ラットグが尋ねると、ゼロは面倒くさそうに答えた。
「ああ、怪我は一応直してもらったし、戦闘任務に出ようかと思ったんだが、ジルバの奴が…」
「一仕事終わったのだから、羽伸ばしてこい、と言ってな」
カーネルが苦笑しつつ言う。
「ジルバさん優しいから、お父さんのためにそう言ったんだよ ! 」
ソニアが言う。
「ま、家族さーびすって奴も必要だからな…」
「もう、ゼロったら…」
「でもジルバの旦那、自分が大怪我した時は『ああ、平気平気』とか言って戦いそうっすよね」
ラットグの言葉に、思い当たる節のあるカーネルは激しく頷いた。
「ああ、あいつはそういう奴だ」
「間違いなくそうだな」
…その時フリージアは、ゼロとカーネルの背後に立っている人影に気づいた。
「あ、ジルバさん…」
「え ! ? 」
「なっ ! ? 」
「げ ! ? 」
「…噂をすれば影、って言うでしょ ? 」
口をへの字に曲げたジルバが、カーネルの後ろから言った。
「い、いつの間に…」
「っていうか誰 ? さっき『げ ! ? 』って言った奴」
「す、すんません、丁度噂してるところに出てこられたもんだから…」
ラットグが頭を下げる。
「まったく…この分だと、私がいないところではどんなこと言ってるのかしら… ? 」
「と、とりあえず出発しましょう」
アイリスが助け船を出した。
「そうね、行きましょう」
まずはレプリフォース大戦以前の、戦死者墓地に向かう。
徒歩で行ける距離だ。
「…本当に、いつになったら終わるのかしら…」
アイリスが小さな声で言う。
「……さあな。できる限りのことをするしか、俺たちに手はないさ…」
ゼロが、何処か切なげな目をしていた。
「戦争には明確な終わりのルールなど存在しない、って言いますしねぇ」
「……その台詞、何処かで聞いたような…言ったような……」
ラットグの言葉に、ゼロは何か感じたらしい。
「ほら、あれでしょ。『中の人』が同じじゃない」
と、ジルバ。
「ああ、そうか。そう言えば『中の人』が、ゼロの旦那と同じでしたね」
「そうそう、『中の人』よ」
ラットグとジルバはそれで通じているらしいが、他の者達には全く意味がわからなかった。
「お母さん、『なかのひと』ってなーに ? 」
と、ソニアが無邪気な瞳で尋ねても、アイリスは「さあ…何の事かしら… ? 」と答えることしかできない。
そんな2人に、ジルバは優しい笑顔と共に「知らなくていいのよ」と言った。
…このような風景で、フリージアは自然と笑みがこぼれた。
(そっか…こういう人たちだから、私も一緒にいるんだよね…)
…やがて、一行は墓地へ到着した。
戦死した隊員達の名前、階級、功績などが墓石に刻まれ、整然と立ち並んでいる。
一同は静かに目を閉じる。
少しの間、静寂が辺りを包んだ。
その時、何か笛の音色が、辺りに響いた。
緩やかな、和風の音楽だ。
「…これは…」
ラットグはその音が聞こえる方へと歩き始めた。
他の者達もついて行く。
やがて、将官クラスの戦死者が葬られている場所まで、一行は辿り着いた。
その中にある1つの墓の前に、彼は座っていた。
「お師匠さん……」
ラットグが呟く。
…キリノはそのまましばらく、尺八を吹き続けていた。
そしてそれを止めると、ふと息をついた。
「……奇遇だな、これはまた」
キリノは墓の方に視線を合わせたまま、そう言う。
かつてレプリフォースの、通称「人斬り部隊」の隊長として闇世界を駆け、
その卓越した剣術と神速の抜刀術により、敵味方双方から恐れられた男。
人は彼を“武神”と呼び、自らもそう名乗っている。
しかし彼には、どこか飄々とした、風流な雰囲気があった。
「准将…このお墓は… ? 」
ジルバが尋ねる。
フリージアは前に出て、墓石に彫られた名前を読んだ。
『Kali lieutenant general』と彫られている。
「……カーリー中将 ? 」
「ああ。死んだときは准将だったがね」
「あの方の……」
と、カーネルが呟く。
「……どんな人…だったのですか ? 」
フリージアが尋ねると、キリノは目線をフリージアに向けた。
「まあ……俺の師と言ってもいいだろうな……」
「名前は聞いたことがある」
ゼロが言う。
「“闘神”…だったな。レプリフォース鐵鋼兵旅団を率いていた……」
「ああ…」
「キリノさんは、どういう風にその人と会ったんですか ? 」
フリージアの質問に、キリノはふとため息をついた。
「…聞くか ? 少し長くなるが」
「私は聞きたいわね」
ジルバが答えた。
「貴方の昔話を聞ける機会なんて滅多にないし…せっかくだから、ね ? 」
「…お願いします」
「わかった、なら話すとするか……」
「……オイラは結構です」
突然そう言って、ラットグはキリノに背を向けた。
「…どうせ話が終わった後、また『飲んで忘れちまえ ! 』って言うんでしょ ?
また二日酔いになるのは御免ですよ…」
何処か辛そうな顔をして、ラットグは去っていく。
「ラットグ……」
「ま…あいつはもう、聞きたくないのだろうな……」
“武神”は語り始めた。
恩師、戦友……
そして、過去の自分のことを………
第一話・狂戦士
「…あれぇ ? まだ息があるの ? 」
血だまりの中に伏す若者を見下ろし、女は笑った。
「しぶといわね、雑魚のくせに……」
「…雑魚じゃ……ねぇ……」
血と砂を吐き出しながら、若者は呻いた。
手には、折れた刀が握られている。
それが、若者の心の状態を表しているようだった。
「馬鹿ね。『お前を殺して俺が“闘神”になる』…だっけ ? 起きたまま寝言言うからこうなるのよ」
「く…そ……」
怒りと屈辱に満ちた瞳で、若者は女を睨む。
「こ、殺せ……」
若者の口から、そんな言葉が漏れた。
「……は ? 」
「殺せよ… ! …負けて……生きているくらいなら…… ! ! 」
「ふうん……」
女は屈み込み、若者に顔を近づけた。
そして手に握ったビームナイフを、若者の頭に垂直に突き立てる。
「… ! ! 」
若者は痛みを感じなかった。
それもそのはず、そのビームナイフはホログラムによる玩具だったのだ。
しかし、自分が死んだと思った。
その時、女の声が耳に響いた。
「……いい玩具、見つけた…」
……数年後
レプリフォース軍港要塞。
海軍の軍船が何隻か停泊し、弾薬や兵器類が運び込まれていく。
「潮の香りに火薬の香り、か……」
それらを眺めながら、若者は呟いた。
整った顔立ち、特殊強化布で作られた濃紺の羽織、そして腰に差した日本刀。
一見時代劇に登場する若武者のような姿だった。
その隣には、西洋の騎士のようなアーマーを纏った若者が付き添っていた。
彼も金属製の剣を携帯していたが、それは持ち主の身の丈ほどもある、両手持ちの長剣だった。
ツーハンデッドソード、ドイツ語でツヴァイハンダーと呼称される物だ。
「それにしてもブリッツェン、ジェネラル将軍も物好きだよな……」
「全くだ。先天将校共のために、わざわざ我々の旅団長を呼ぶとは……」
騎士型の方…ブリッツェン大佐が頷いた。
レプリフォースはレプリロイドのみの軍隊。
兵卒は量産型の戦闘レプリロイドで大半をまかなっているが、
一般からの志願も受け付けていて、士官学校もある。
…余談だが、准尉(准士官)は少尉より1つ下の階級ということで下っ端と見られがちだが、
本来は兵卒から下士官を経て叩き上げで昇格してきたベテラン階級であり、
士官学校卒業生は大抵少尉に任命される。
レプリフォースでも、下士官や准士官などは
兵卒(戦闘用量産型の者も含む)が経験を積み、昇格して任命されている。
しかしレプリロイドのみで構成された軍隊であるため、少尉以上の将校は士官学校卒業生だけとは限らない。
最初から将校(尉官ではなく佐官の場合もある)になるために作られ、
一通りの訓練を済ませると、予定されていた階級すぐに与えられるレプリロイドもいるのだ。
こういったレプリロイド将校達を俗に「先天将校」と呼んでいる。
叩き上げの軍人や、士官学校をきちんと出ている将校達は、この先天将校のことをあまりよく思っていない。
単に嫉妬しているだけではない。
軍用レプリロイドとして作られたからには、電子頭脳のファイティング・システム(戦闘機能全般を司る部分)に、
あらゆる戦略・戦術のデータが詰め込まれている。
しかし教科書通りに戦いを進めれば勝てるのなら、誰も苦労はしない。
「実戦と実践」を知る者達が、先天将校に命令されるのを不満に思うのも、無理のないことだ。
「……だから実際に修羅場をくぐってきた猛者を招いて、稽古を付けさせる。
それは賛成だけどよ、うちの旅団長じゃ…なあ ? 」
「うむ、明らかな人選ミスだ。訓練というより、拷問や処刑遊技の様を呈しているだろうな……」
「うちの旅団の渾名、知ってるか ? 」
「どうせ“狂戦士と愉快な仲間達”とか、そんなところだろう」
ブリッツェンがそう言うと、武士風の若者は首を横に振った。
「いや。SOK旅団だとよ」
「SOK ? 」
「“世界を大いに騒がしくするためのカーリーの旅団”…って意味だそうだ」
「……元ネタがわかってしまうのが悲しいな…」
「…わかるのかよ」
「ドイツでは割と有名だ。読んだことはないがな」
その時、第三の人物が、2人に近づいてきた。
背中に亀甲型の盾と短槍を背負って、大柄なレプリロイドだ。
「よう、キリノにブリッツェン、なげえさやあ(久しぶり)」
「おっ、ニヌファじゃねぇか。なげえさやあ」
武士風の男……キリノが、同じ方言で返す。
アクセントは多少間違っていたが。
「“暴れ馬”と“狂犬”……海軍の方にまで名の聞こえるデストロイヤー2人が、何を憂鬱そうな顔しとる ? 」
「……聞かねばわからぬか ? 」
「りょ・だ・ん・ちょ・う・だ・よ ! ! うちの ! 」
キリノの言葉に、ニヌファ海兵隊大佐はポンと手を打った。
何かを思い出したようだ。
「そうそう、さっき、おたくらの旅団長が新しい先天将校共を訓練してるのを見てきたんだが…」
「……」
「……」
キリノ、ブリッツェン、共に沈黙した。
次にどのような言葉が出てくるか、予想がついたのだ。
「早く止めにいかんと、死人が出るぞ」
次の瞬間、キリノとブリッツェンの2人は脱兎の如く走り出した。
すれ違う兵達が驚きの視線を投げかける。
「はっはっは、大変だな、あいつら」
楽観を決め込んだニヌファは、2人の後ろ姿を見ながら笑っていた。
レプリフォース第11鐵鋼兵旅団 第1連隊長・キリノ。
卓越した剣術は向かうところ敵無しと評される。
しかし、戦闘中にロックミュージックを聴いたり、命令を無視して敵に殴り込みをかけること数知れず。
ついた渾名は“暴れ馬”。
第11鐵鋼兵旅団 第2連隊長・ブリッツェン。
ツヴァイハンダーを持たせれば右に出る者無し。
普段は温厚で紳士的。
しかし戦場では、一度食らいついた獲物は絶対に放さず、“狂犬”の渾名を持つ。
……が、そんな彼らの、更に上を行く人物が1人いた。
旅団長・カーリー准将。
戦場に出れば必ず敵の首を取り、陣営・要塞を攻めれば必ず陥落させる。
指揮能力も優秀で、集団対集団の戦いでもほぼ無敗。
異名は“闘神”。
「……こりゃ……」
「………」
訓練場内部の様子を見て、2人は絶句した。
壁や床には無数の穴、ひび割れ、クレーターなどができていて、
さらに先天将校と呼ばれているレプリロイド達が、白目を向いて倒れていた。
一応、死んではいないらしい。
そして中央部には、女性型のレプリロイドが立っていた。
長い茶髪、暗い赤の瞳をした、美しい女性だった。
背には銃剣を背負い、腰にはやや長めの日本刀を天神差しにしている。
「あーあ、弱い奴ばっかねぇ。せっかく稽古つけてあげに来たのに……」
彼女はため息をつく。
残された1人のレプリロイドが尻込みしていると、彼女はキリノとブリッツェンの方を向いた。
「ねえ、こいつら弱いのよ」
「あんたが加減を知らないんだろうが ! 」
キリノが怒鳴る。
「カーリー准将、訓練なのですから、多少手加減を…」
「手加減はしてるわよ。殺すまではやってないし」
そんな事を言いながら、“闘神”の異名を持つその女性軍人は、訓練場の出口へと向かっていく。
「後はあんた達に任せるわ。あたしはシャワーでも浴びてくるから」
「……無責任な…」
キリノは1だけ無事でいるレプリロイドに視線を移した。
「名前は ? 」
「は、はい、カーネルであります ! 」
「カーネル…ってことは、階級は俺たちと同じで大佐か。いつ起動した ? 」
「は、5ヶ月前に起動し、2ヶ月前から士官候補生となりました ! 」
カーネルがそう言うと、キリノは懐から鉄扇を取り出した。
日本・中国の武術に伝わる、隠し武器の一種である。
「かかってきな。俺は“暴れ馬”キリノと呼ばれてはいるが、うちの准将ほど無茶苦茶なことはしねぇ」
「は、はい ! 宜しくお願いします ! 」
カーネルも訓練用の、出力を抑えたビームサーベルのスイッチを入れ、キリノと向かい合う。
「1つ、お聞きしたいのですが」
「なんだ ? 」
「先ほどのカーリー准将殿の動き、私の知る如何なる格闘術の動きとも異なります。
どうしても見切ることができませんでした。あの動きは一体… ? 」
キリノはふむ、と言いながら、鉄扇を持った右手を、真っ直ぐ前に突き出す。
「この扇を刀だと思いな。そして俺に隙ができたと思ったら、打ちかかってこい」
そう言うなり、キリノは歌い始めた。
「さくら さくら やよいの空は」
口ずさみつつ、キリノはそのリズムに合わせて舞い始める。
柔らかく、優雅な動きだ。
「見渡す限り 霞か雲か」
カーネルはサーベルを構え、機を伺う。
「匂いぞ出ずる……」
「はああっ ! 」
カーネルがビームサーベルによる刺突を繰り出した。
完璧な角度とタイミング……の、はずだった。
……消えた ! ? ………
カーネルにはそう思えた。
サーベルは空を切り、その直後……
「……死んだ」
「 ! 」
背後からキリノの声が聞こえた。
カーネルの首筋に、キリノの鉄扇が当てられている。
「……こいつは、教えられて身につくものじゃねぇ」
キリノは鉄扇を袖に収める。
「教科書に載ってるようなもんじゃねぇのさ。
うちの准将の場合、簡単に言えば型破りの喧嘩術だが、型破りってのは型を知っていてこそできる。
ようするに、実戦と実践を経てこそ、ってわけだ」
カーネルに背を向け、キリノは出口へ向かう。
ブリッツェンも後に続く。
「せいぜい精進しな」
「は、はい ! ありがとうございます、キリノ大佐 ! 」
……その日の夜……
「……なあ、お二方よぉ」
宿舎の中。
キリノ、ブリッツェン、ニヌファの3人が、丸テーブルを囲んでいた。
テーブルの中央には、数本の酒瓶が置かれている。
「俺たち大佐じゃん ? 」
「ああ」
「佐官の1番上じゃん ? まあ軍隊によっては、上級大佐とか代将とかいうのもあるけどよ、結構エライ階級だろ ? 」
「そりゃそうだ」
「なのになんで、近所のコンビニまで行って酒買ってきたり、使いっ走りにされなきゃならねえんだ ! ? 」
キリノが怒鳴ると、ブリッツェンが苦笑した。
「上官の問題だろう」
「というか、わん(一人称)はそもそも海兵隊の所属なのに、
どういうわけでおめえらに付き合わされとるのだ ? 」
ニヌファが言う。
「そう言えば、カーリー准将の『狂戦士の紋』の噂、知っているか ? 」
ブリッツェンはニヌファを無視し、話を切り出した。
「ああ、怒り心頭したとき、全身に刺青みたいな紋が浮き出すって噂だろ ?
俺も見たことはねぇよ。第一、見た奴は全員死んでるって話じゃねーか ? 」
「うむ、私も本人に尋ねたみたら、『見せてやってもいいが死を覚悟しろ』と言われた」
「でも噂が伝わってるなら、見た奴はいるってことじゃねえか ? 」
と、ニヌファ。
「何処かの部隊の二等兵が見たんだとよ。
ま、そいつももう戦死しちまったらしいが、さすがにそれは准将の仕業じゃあるめぇ」
キリノが言った。
「そういや、あの人は銃剣術の使い手らしいが、
腰に差しとるあの日本刀はなんなんだ ? なんか意味ありげだが」
「竜時雨(たつしぐれ)って言ってたな。相当な業物(わざもの)らしいが、使いこなせないんだとよ」
「あの人でも使いこなせない武器があるとは、信じられんが……
私の聞いたところでは、使い手の『心』がそのまま威力となる剣らしい」
「心…ねぇ……」
そんなことを話していると、部屋のドアが勢いよく開いた。
「みゃ〜、旅団ちょーが来まひたよぉ〜」
呂律の回らない口調で喋りながら、カーリーがふらふらと入ってくる。
「うわっ、既に酔っぱらってるし ! 」
……カーリーは軍人としては非常に優秀、指揮能力にも優れる。
数少ない、しかし最大級の欠点は、加減を知らないことと、酒癖の悪さだった。
「あう〜、迎え酒飲む〜」
カーリーが卓上に置かれている酒瓶を取ろうとすると、ブリッツェンが慌ててそれを制止した。
「准将、飲み過ぎは……」
「うるへー ! 軍人が酒飲んで寝てりゃ、世の中平和じゃー ! 」
「……あんたみたいな狂戦士(バーサーカー)が言うんじゃなけりゃ、名言にもなるんだけどな……」
キリノが静かにぼやく。
「にゃはははは、部下におごらせる酒は最高ーー ! ! 」
「……殺してぇ……マジで叩っ斬りてぇ……返り討ちになるのは目に見えてるけど……」
キリノの手が、愛刀の柄に伸びる。
「早まるなキリノ ! 私だって我慢しているんだ !
こんなところで上官相手にカミカゼ特攻して死んでどうする ! 」
その時、ニヌファがこっそり席を立ち、そろりそろりとした足取りで退室しようとした。
「何処へいくのかにゃ〜♪」
すぐさまカーリーの手が伸び、ニヌファの腕を捕らえる。
「おめーも付き合え〜」
「いやいやいやいやいやいや、わんは海軍所属なんで……」
「四海皆兄弟じゃ〜、飲みまくれ〜」
「ニヌファ、こうなったからには貴様にも道連れになってもらうぞ」
「悪魔かお前ら ! 悪魔だろ ! ? 」
……………
「と、まあそういう人だった」
キリノが話し終わると、聴衆一同の間に微妙な空気が流れた。
「俺はあの人を殺して“闘神”の称号を奪おうとしたんだが、見事に返り討ちにあった。
ブリッツェンの奴も同じだ。そして俺とブリッツェンはあの人のつてで士官学校に入り、
卒業後はあの人の率いるレプリフォース「最恐」部隊に配属させられた……」
「……キリノさんのお師匠って聞いて、仙人みたいな人を想像してました……」
フリージアの言葉に、キリノは微かに笑った。
「闘争本能の塊みたいな人だったからな。
俺も弟子というより、暇つぶしの玩具くらいにしか考えてなかっただろう。
ホログラムのビームナイフで頭を突かれたときは、本当に死んだかと思った……
いや、有る意味、俺はあの時死んだんだろう。だから今の俺がある」
「で……」
ゼロが口を開く。
「『狂戦士の紋』とかいうのは、結局本当にあったのか ? 」
「……あったさ。直接見て生きてる奴は、多分俺1人だろう……」
「そんなに凄かったの ? 」
ソニアが無邪気に尋ねる。
「ああ、お嬢ちゃんはそういう大人になっちゃ駄目だぞ」
キリノの言葉に、アイリスとゼロは苦笑した。
「……だが…俺はあの人の背中を守っていた。兵もみんな、あの人に付き従ってた。
滅茶苦茶で荒唐無稽で傲岸不遜で……それなのに、何故か人を惹きつける力を持っていた。
……不思議な人だったよ、全く………」
キリノは僅かに微笑を浮かべた。
「それで、その滅茶苦茶な上官は何処で死んだんだ ? 」
「ちょっと、ゼロ ! 」
デリカシーの無い発言を、アイリスがたしなめる。
「あの人は………
俺が斬った」
第二話・密命
「第11鐵鋼兵旅団 旅団長 カーリー准将」
威厳ある声が響く。
レプリフォース総司令官・ジェネラル。
その風格と決断力、時として自分自ら戦陣に加わり士気を鼓舞する勇猛さから、兵士達から厚い信頼を寄せられる男。
「わざわざ来てもらって、済まないな」
「いえ、丁度退屈していましたので」
そう答えるのは、“闘神”カーリー。
美しい外見の女性だが、その闘争本能は桁外れ。
一度戦場に出れば必ず屍の山を築く。
その両隣には、“暴れ馬”キリノ、“狂犬”ブリッツェンの2名が付き従っている。
「で ? 今回はどんな厄介ごとですか ? 」
「厄介ごと……まあそうなのだが……」
「ですよね。将軍が私の旅団を頼るときは、大抵厄介な任務ですものね」
カーリーのその言葉に、キリノは溜め息をついた。
(よく言うぜ……普段「ただの任務には興味ありません」とか言ってるくせに)
「さて、では本題に入るが……」
ジェネラルは咳払いを1回する。
「……『ジェネシス研究局』という組織を知っているかね ? 」
それを聞いて、カーリーの表情が一瞬強張った。
「確か、政府直下の特殊レプリロイド開発局でしたね」
ブリッツェンが答えると、ジェネラルは頷いた。
「そうだ。新技術を用いた革新的なレプリロイドの開発を目的とする研究機関だが……最近不穏な動きが見られた」
「と、いいますと ? 」
「違法な戦闘レプリロイドを、秘密裏に開発しているという話だ」
ジェネラルがテーブルのスイッチを押すと、彼らの目の前にホログラムの文章が現れた。
「既に政府の諜報機関が、その工場を発見している。
これは最優先極秘事項であり、レプリフォース内でもこの書類を見るは君たちが最初だ」
「なるほど、これが表沙汰になる前に、始末つけろってことですか。政府の体面にも関わるもんなあ…」
「こら、キリノ」
ブリッツェンがたしなめるが、ジェネラルは「いや、構わない」と言う。
「確かにその通りだが……これは世界のためである。
既に違法な武装の施された殺戮用レプリロイド数10機が完成しているとのことだ。
さらにその中には、戦略兵器級の能力を持った大型の戦闘ユニットとの融合回路を持つ者がいるらしい」
「戦略兵器級…… ! ? 」
「その大型戦闘ユニットが既に完成しているかはわからないが、速急にこれを処分する必要がある」
ジェネラルがテーブルのボタンを操作した。
ホログラムが、文章から地形図らしきものに変わる。
「……研究所の規模などから考えて、標準装備のレプリロイド歩兵部隊1個師団があれば陥とせるだろう。
だが地形等からの関係上、それだけの兵力を輸送することは不可能。そこで……」
「少数精鋭での奇襲、ですか ? 」
「……そうだ」
ジェネラルが頷く。
「他の隊からも、メンバーを選抜する。カーリー准将、君にはそのチームの隊長となってもらいたい。
そしてブリッツェン大佐とキリノ大佐は、2人で副隊長を努めてほしい」
「……俺は構いませんがね」
「私も異存有りません。准将 ? 」
カーリーは少しの間沈黙したが、やがて、
「……承知しました」
と、答えた。
「よし。詳しい予定は追って連絡する。尚、ここでのことは一切他言無用。外部に漏らした場合は厳罰に処す」
……その後、3人は宿舎へ戻ることにした。
キリノとブリッツェンはどうも、カーリーの態度が気にかかっていた。
「なあ、准将よ」
「何かしら ? 」
「今度の任務、乗り気じゃなさそうだな」
「別に。ただ近いうちに休暇とって、どこか遊びに行こうと思ってただけ」
カーリーはそう答える。
「休暇ですか……私も一度、国に帰りたいですね」
と、ブリッツェン。
「祖国ねぇ。俺の所は……」
2人がそんな話をしていると、カーリーが再び口を開いた。
「……ねえ、あんた達」
「は ? 」
「アン ? 」
「あんた達は、何のために戦ってるの ? 」
突然の問いに、キリノとブリッツェンは一瞬沈黙した。
「……私としては、イレギュラーを駆逐し、民衆を安んずることを目標としておりますが」
ブリッツェンが言う。
「キリノは ? 」
「俺は剣を振るう場所がありゃ、どうだっていいよ」
「それだけ ? 」
「まあ、後は……」
キリノは面倒くさそうに答える。
「春秋左氏伝に曰く……『戈(ほこ)を止めるを武という』。
争いを止め、世に安定をもたらすための術(すべ)が武術。それを追い求めてみるのも悪かねーな、と……」
「『戈を止める』……あたしが聞いた話じゃ、『止』の字には『足』の意味もあるから、
『武器を持って行進する』という意味ととるのが正しい、ってことだったけど ? 」
「そりゃ、漢字の意味としてはそっちの方が合ってるんだけど……あー、もうなんつーのか……」
キリノは乱れた頭髪をがさがさと掻いた。
「そういうことを説明するのって、苦手なんだよなぁ」
「そんなんじゃ、自分が弟子を持ったときに困るわよ ? 」
カーリーが微かに笑う。
「ハッ。子分ならともかく、弟子なんて持ちたかねーな。面倒くさい」
「あんたなら、教える方が向いてると思うけどね」
「そりゃ、あんたよりは上手く教えられる自信はあるけどね」
キリノがそう言うと、カーリーはキリノの頬を抓った。
「そんな減らず口を叩くは、この口か〜 ? 」
「痛たたたたた ! ! 」
「まあまあ准将、その辺で……」
と、ブリッツェンが止めに入る。
「……で、あんたは何のために戦うんだ ? 」
キリノは逆に、カーリーに尋ねた。
「……私は……」
カーリーの顔に一瞬、切なげな影がよぎる。
「……戦うため、かな」
「はァ ? 」
「戦うために、戦ってるのよ」
それだけ言うと、カーリーは再び歩き出した。
キリノとブリッツェンは慌てて後に続く。
この頃、まだ2人は想像もつかなかった。
これから起こる死闘など……
……数日後の夜……
「キリノ大佐」
カーネルが、キリノの部屋に尋ねてきた。
カーネルも今では立派に成長し、自分の部隊を率いている。
「おう、久しぶりだな。入れよ」
レプリフォース将校の個室は基本的に洋室だが、キリノのように権力を行使し、和室に改造する者もいる。
「日本刀使いにはやっぱり畳と掛け軸が似合う」と、キリノは言っている。
ちなみにキリノの部屋には、『川中島』と書かれた掛け軸がかけられていた。
キリノ曰く、「特に意味は無い」らしい。
「で、どうした ? 」
カーネルを座布団に座らせ、キリノは尋ねた。
「実は……私も例のチームに参加することになりまして」
「そうか。今のお前の実力なら、足手まといにはならねぇな」
キリノは軽く笑う。
「それで、というわけではないのですが……少々気になることが」
と、カーネル。
「なんだ ? 」
「それが……カーリー准将が、ゴルドー少将と一緒にいるところを見かけまして……」
それを聞いて、キリノの目つきが変わった。
「ゴルドー ? 」
「ええ」
……レプリフォース陸軍のゴルドー=クラー少将は、野心家として知られていた。
先天将校としてレプリフォースに入隊後、主に戦略家として軍功を上げ、将官の地位まで上り詰めた。
しかし現在では、彼の近辺の者が不審な死を遂げたり、
イレギュラー化して同胞の手で処分されるという事件が多発している。
ゴルドーがジェネラルを失脚させ、レプリフォースを乗っ取ろうとしているという噂まで流れている。
ジェネラルも用心し、諜報部に探らせているが、未だ証拠を掴めていない。
「……何を話していた ? 」
「声がはっきりと聞こえる距離ではなかったのですが……唇の動きなどからして……」
カーネルは小声で言った。
「ジェネシス、と言っていたように思えます……」
「 ! 」
「大佐……もしかして、カーリー准将は……」
カーリーがゴルドー派についたということだろうか。
だとすれば、ジェネラル派にはかなり都合の悪いことになる。
「まさか……あの准将がゴルドーの傘下に入るとは思えねぇが……」
その時、部屋をノックする音が聞こえた。
キリノが立ち上がり、ドアを開ける。
そこにいたのはブリッツェンだった。
「…キリノ、この前借りた本を返しに……」
「ブリッツェンか、丁度良かった。入ってくれ」
キリノはブリッツェンを部屋に連れ込むと、カーネルの話をブリッツェンにも聞かせた。
「……准将が……いや、まさか……」
「カーリー准将は、ジェネシス研究所攻撃チームの指揮官です。
もしかしたら准将を通じて作戦を失敗させ、その不始末をジェネラル将軍に押しつけるという謀略では…… ? 」
「ゴルドーの考えそうなことだが、准将がゴルドー側に情報を流すってのは……解せねぇな……」
キリノはゴルドーとは何度か会ったことがあるが、「ただの小者」以外の印象は無かった。
かと言って、カーリーが甘い汁目当てでゴルドー側に付くとも思えない。
「………よし、俺が探ってみる」
キリノは言った。
「1人でか ? 」
ブリッツェンが驚いたように言う。
「この中で1番、隠密活動に長けてるのは俺だろ。それに俺なら、准将の行動パターンは大体解る。
ストーキングくらいわけないし、チャンスがあったら酒でも飲ませて、口を割らせる」
「しかし……それなら私も共に……」
「私もです、キリノ大佐。お手伝いを……」
ブリッツェンとカーネルの言葉を、キリノは手を前に付きだして遮った。
「馬鹿言うな。第一カーネルは鐵鋼兵旅団の所属じゃないだろ
諜報活動は、少人数の方が目立たない。
だが“闘神”カーリーを探るのに、1人だけではあまりにも不安だ。
「それにな、てめぇらみたいなお上品な連中に、勤まる仕事じゃねぇよ。完璧に足手纏いだ」
キリノはきっぱりと言い切る。
「何を言うか ! 私とて死地をくぐり抜け、“狂犬”と呼ばれる男 !
それに偵察や潜入などの経験も、多少はある ! 」
ブリッツェンは憤慨した様子だ。
「んじゃ、訊くけどよ……」
キリノは卓上に置かれていた酒瓶から、杯に酒を注ぐ。
「准将がゴルドーの野郎と通じていたとして、その証拠が収録されたデータディスクがあったとする」
「………」
「そしてそのディスクが、准将の部屋の下着入れに隠されていたら、てめぇらその中まさぐって調べられるか ? 」
「 ! ! 」
「そ、それは……」
2人は口ごもった。
確かに、場合によっては女性であるカーリーの部屋に忍び込んで、
隅から隅まで調べなくてはならないだろう。
「ほら見ろ。あの人は色香も武器にするから余計タチが悪いんだ。
お前らみたいな純情な奴らじゃ、とても無理だぜ」
「し、しかし……」
「いいか ? 」
キリノはさらに2人分の杯に、酒を注いで2人の前に置いた。
「俺が殺られたら、お前達がジェネシス開発局を殲滅させて、ゴルドーの企みを暴かなきゃならねぇ。
だからまずは俺1人で探りを入れて、お前達とも相談して作戦を練る」
「……わかった」
「ただの、我々の思い過ごしなら良いのですが……」
3人は酒を呷る。
………この時既に、運命は動き出していた………
第三話・発覚
……ある酒場の裏手に、キリノが以前から用意していた隠れ家があった。
キリノがいざという時のために、カーリーにすらその存在を知らせずに用意しておいたものである。
レプリフォースの佐官・将官クラスの者、特殊な任務に携わる者は、
大抵このような隠れ家や、隠し武器庫を持っている。
その隠れ家に、ブリッツェン、カーネル他、ジェネシス研究所攻撃チームのうち10数名が集まっていた。
全員がキリノ、ブリッツェンと親しい者で、海兵隊から攻撃チームに選抜されたニヌファの姿もある。
「とりあえず、集められるだけ集めたが」
「よし」
キリノは話を始めた。
「5日間ほど調べてみたんだが……こりゃどうも、アタリみてぇだ」
「やはり、カーリー准将はゴルドー派に通じて…… ? 」
と、カーネル。
「准将はまだ黒と決まってはいねぇ。だが、限りなく黒に近い灰色だ」
「証拠は掴めていない、ということか ? 」
集まった者の1人が尋ねる。
「准将の方はな。が………」
キリノは卓上に、1枚のディスクを取り出した。
「ゴルドーの不正……いや、謀反の証拠は掴んだ」
「謀反だと ! ? 」
部屋の中がざわめいた。
「俺はカーネルが言ったように、ゴルドーのクソ野郎がカーリー准将を通じて、
意図的にジェネシス研究所攻撃作戦を失敗させ、その責任をジェネラル将軍に負わせることで失脚させる……
そのつもりじゃないかと思っていた」
「違ったのか ? 」
「ああ。ジェネシス研究局を動かし、殺戮レプリロイドを製造させていたのが、他なるぬゴルドーだったのさ」
「何 ! ? 」
驚く周囲に、キリノは話を続ける。
「奴はシグマの残党共にジェネシス研究所の兵器、レプリロイド等を横流しして、大規模なクーデターを行わせる。
で、その混乱に乗じてレプリフォースを乗っ取るというつもりだったらしい。
その証拠が、このディスクに入っている」
「……だが、ジェネシス研究局の動きが察知されちまって、奴には予想外の事態となったわけだ」
「カーリー准将がゴルドー派についていたとしたら、発覚以前に、だろうな」
「ゴルドーはどう動くでしょうか ? 計画を早めるか、
それとも我々の初期の読み通り、カーリー准将を通じて攻撃作戦を………」
カーネルがそう言ったとき、ブリッツェンの目に、小さな蠅のような虫が見えた。
「…… ! 」
ブリッツェンがハッとその虫を手で握り、捕まえる。
「 ! 見ろ ! 」
「どうした ? 」
ブリッツェンの手の中で潰れたその虫……いや、本物の虫ではなかった。
潰れた箇所から、1ミリ有るか無いかの金属部品がはみ出ている。
「こいつは…… ! 」
「蠅型のスパイメカニロイド……の、様だ」
「これは……レプリフォースで使われている種類だぞ ! 」
その手の機械類に詳しい者が叫んだ。
キリノは他にスパイ用メカニロイドがいないか確認し、ディスクを懐に押し込むと、立ち上がった。
勿論、帯刀している。
「今すぐ此処を出て、バラバラに逃げろ ! しばらく何処かに身を潜めるんだ ! 」
「お前はどうする ? 他の隠れ家に行くのか ? 」
ブリッツェンが尋ねる。
「俺はこのディスクを持って、ジェネラル将軍に直訴しに行く」
「1人でか ! ? 」
「危険すぎるぞ ! 」
他の者は口をそろえて反対するが、キリノは首を横に振った。
「1人の方が目立たずに済む。俺1人の犠牲で済んだら、その時はお前等がゴルドーと研究局を潰せ」
そう言うと、キリノはブリッツェンの方を向く。
「……頼んだぜ、ブリッツェン」
「……承知した」
ブリッツェンは頷いた。
続いてニヌファが声を上げる。
「キリノ以外はバラバラに逃げて、港に来い。わんの軍艦に匿ってやる。
いくらゴルドーでも、海軍までには手出しできんだろ」
「そうだな、それがいい」
一同は隠れ家を出た。
それぞれが別方向へ逃げ散り、キリノはジェネラルが会議のために逗留している基地へ向かう。
勿論、周囲への警戒も怠らず、見つかりにくい経路を通る。
(……もし、カーリー准将と戦うことになったら……)
自分は勝てるのか……キリノはそんなことを考えたが、
すぐにそれを振りほどき、目的を遂行することに集中した。
しかし、最も会いたくない人物が、彼の前に立ちふさがった。
銃剣を携えて。
「キリノ……」
「 ! カーリー准将…… ! ! 」
キリノは反射的に、愛刀の柄へ手を伸ばした。
しかし、触れた瞬間に手はビクンと震えて止まった。
カーリーの威圧感と殺気が、キリノの全身を突き刺していた。
(……駄目だ……勝てる気がしねぇ……… ! ! )
「……キリノ、持っている物をこっちへよこしなさい」
カーリーは無表情で言った。
「断る ! 」
キリノは叫ぶ。
するとカーリーは、銃剣の切っ先をキリノに向け、ゆっくりと近づいてくる。
「無駄な意地を張らないで。貴方を殺したくはない」
「……あんた、やっぱりゴルドーと通じていたのか ! ? 」
「………」
カーリーは答えない。
「何故だ ! ? 何故あんたが、あんな小者の風下に立つ ! ? 」
「……今のままじゃ駄目なのよ、レプリフォースは。誰かが造り替えなければならない」
カーリーは更に近づいてくる。
銃剣の尖端が巨大な障壁となり、キリノを圧迫してくるようだった。
逃げ切ることもおそらく不可能。
キリノは刀に手をかけた。
覚悟を決めたというより、自棄(ヤケ)になったと言った方がいい。
キリノが最も得意とする抜刀術(居合い)の利点は、「抜刀」と「斬撃」を同時に行えることと、
片手で刀を持つためリーチが伸びることにある。
しかし、それでも銃剣の間合いには不利だし、片手持ちのため通常よりも威力が劣る。
考えた結果。
まず抜刀すると見せかけてカーリーの攻撃を誘う。
それが銃剣による刺突だろうと射撃だろうと、体を沈ませて回避、一気に懐に飛び込む。
そして、抜きつけの一太刀で首筋を切り上げ、人間で言えば頸動脈に当たるパイプを切断し、殺す。
それしかない。
「……私を斬るつもり ? 」
「斬る」
「斬れるわけがないわ」
「斬れるさ」
「斬ってみなよ」
「斬るとも」
キリノは慎重に、間合いを計る。
居合いは抜刀の速さと、踏み込みが命なのだ。
そして、抜刀のフェイントをかけた。
その瞬間、銃剣からビームが放たれる。
キリノは紙一重で回避。
姿勢を低くして、銃剣の間合いをくぐり……
「無影剣 ! 」
目にも映らぬ、神速の一太刀。
通常のレプリロイドならば、自分が斬られたことすら知らずに死ぬだろう。
しかし、カーリーは避けた。
首を僅かに逸らしたのだ。
キリノは、すぐに次の技につなげた。
「抜刀術は一撃必殺の技で、初太刀をかわされると大きな隙ができる」などとよく言われるが、これは誤りである。
流派によって違いはあるが、大抵は抜刀後、相手を全て屠るまで、一瞬たりとも動きを止めないのだ。
愛刀の柄に左手も添え、両手持ちで切り下ろす。
威力は倍増する。
「チェストォォ ! ! 」
が……
「 ! 」
キリノの白刃は止められた。
カーリーは左手1本で、キリノの強烈な斬撃を受け止めたのである。
「言ったでしょ。斬れないって」
次の瞬間、キリノの腹部にカーリーの膝頭がめり込む。
彼の口から、血液(オイル)が少量こぼれた。
「が……ッ…… ! 」
「最初の一太刀……踏み込みが浅かったわよ。情が移ったんじゃない ? 」
……その言葉を聞きながら、キリノの意識は闇に飲まれていった……
…………
……
どのくらい時間が経っただろうか。
キリノは目を覚ました。
手足が拘束されている。
牢獄のようだ。
「………気分はどうかね ? 」
目の前に、太った体型のレプリロイドが立っていた。
嫌らしい目つきで、キリノを見つめている。
「ゴルドー…… ! ! 」
「“暴れ馬”も、こうして繋いでしまえば無様なものだな。
“狂犬”や他の馬鹿共は逃がしたが……すでに私の野望は成ったも同然だ」
ニヤリと笑い、ゴルドーは話を続ける。
「ここが何処かわかるかね ? ジェネシス研究局の開発所だよ」
「 ! 」
「既に殺戮用として作った、ジェネシス・ナンバーレプリロイドは、実戦配備ができている。
レプリフォースを乗っ取るぐらい、容易いこと……」
「………俺をどうするつもりだ ? 」
キリノの問いに、ゴルドーは不気味に笑ってから答えた。
「本来ならワシの部下に、アジアの山猿など必要ないが……
カーリー准将が、君の能力を惜しんでいてね……。彼女は実に役に立ってくれた。
ジェネシス・ナンバーの開発は、彼女が自分の戦闘データを提供してくれたからこそできたのだよ」
「 ! そういうことか……」
戦闘レプリロイドのOSは、そのレプリロイドの活動する環境を想定して組まれる。
しかし今では、優秀な戦闘レプリロイドの戦闘データをコピーし、
それを元にしたプログラムが組まれることも多くなってきた。
殺戮用のレプリロイドの戦闘プログラムを作るために、カーリーの戦闘データを利用したのだ。
「彼女は自分の意思で、ワシの方についたのだよ。
つまりジェネラルよりワシの方が、レプリフォースを牽引する者に相応しいということだ」
「…………」
「諦めることだな。ワシの配下になりたければいつでも言ってくれ。
カーリー准将とも話し合って、な……クククク……」
ゴルドーは去っていった。
「……………准将……あんたは………… ! ! 」
……………
……
………1体のレプリロイドが、日本のある研究所で生まれた。
彼が起動して初めて見たのは、血の海に倒れ伏す研究員達………
そして、シグマのマークをボディに刻んだ、武装レプリロイド達だった。
そのレプリロイド達が、彼を捕らえようとした瞬間。
彼は近くにおいてあった日本刀を握り、気がついたときには、その場にいた全てのレプリロイドを斬り捨てていた。
彼はその後、裏世界で刺客の仕事をして生きた。
既に日本の武術の動きが脳内にインプットされていて、戦う中でさらにそれを改良していった。
生活費を稼ぐために、辻斬り紛いの行為も行った。
そんな中聞きつけた、“闘神”の噂。
自分こそが最強と信じていた彼は、“闘神”を探しだし、戦いを挑んだ。
……何だ、女か……
そう思った次の瞬間、自分の刀が折られた。
何が起きたか理解できぬうちに、彼は叩きのめされた。
喧嘩と戦争は違うのだ。
そのことを、嫌というほど思い知らされた。
彼女は何を思ったのか、彼を自分のつてで士官学校に入れた。
『キリノ』という名前も、彼女から授かった。
さらに、自分と同じような境遇の者達にも巡り会った。
ブリッツェン、ニヌファ達である。
やがて正式に軍人とキリノは、剣を振るうことに、何かしらの意義を見つけ出しつつあった。
所詮は殺し合い。
所詮は戦争の狗。
しかし、キリノはその中から、己の剣を見つけ出せるような気がしていた。
「……カーリー准将………あんたは一体…………」
キリノは歯ぎしりした。
その時、カーリーの言葉が脳裏に浮かんできた。
……戦うために、戦っているのよ……
「………… ! もしかしたら………」
キリノはゆっくりと呟いた。
「…………そうか…………そういうことなのか……… ? 」
ガチャリ、と音がする。
独房の扉が開き、2人の牢番が中へ入ってくる。
「ブツブツうるせえ野郎だな」
「悪く思うなよ、少しくらい痛めつけてやれって命令でなぁ………」
2人がキリノに近づいてくる。
「……………戈を止めるを武と言う…………」
「あん ? 何を……」
……次の瞬間、拘束具が音を立てて弾け飛んだ。
キリノはゆっくりと歩き出す。
「なっ ! ? 」
「ば、馬鹿な ! ライドアーマーでも拘束できる強度だぞ…… ! ? 」
慌てふためく牢番の1人を、キリノは無造作に殴った。
ぎゃっ、という悲鳴を上げ、その男は吹っ飛んだ。
頭蓋がひしゃげている。
「……俺の刀を、返せ………」
「ひ、ひぃ ! ! 」
残った1人は慌てて、独房の外に置かれていた、キリノの日本刀を取り、震えながら手渡した。
キリノはそれを受け取ると、抜き付けの一刀でその男の首を刎ねた。
納刀すると、その牢番が身につけていた拳銃を奪い、懐へ押し込む。
そしてそのまま独房から出て、走り出した。
「カーリー准将……あんたが狂戦士(バーサーカー)でしか無いのなら……」
目の前に現れた別の牢番を、キリノは一刀の下に斬り捨てる。
「 ! だ、脱走……」
出会う相手をキリノは片端から斬り捨てる。
流麗な、舞いの如き動き。
そして彼の目は、覚悟を決めた剣客の目だった。
「あんたの戈は…………俺が止める ! ! 」
キリノは一筋の閃光となり、銃声と悲鳴の中を駆け抜けた。
第四話・武士道
キリノは地下牢から上の階へ上がり、そこでも手当たり次第に斬りまくった。
狙うはゴルドーの首、そして……
“闘神”カーリーだ。
途中、下士官を1人締め上げ、ゴルドーの居場所を吐かせたが、カーリーの居場所は分からなかった。
その時、キリノはかなり広い部屋に出た。
壁には4つほどのシャッターがあり、壁も特殊素材で作られている。
《残念だ、キリノ大佐》
スピーカーから、ゴルドーの声が響く。
その直後、キリノの背後でシャッターが閉まった。
《君にはここで死んでもらわねばならん。謂わばジェネシス・ナンバーの最初の実戦テスト。光栄に思いたまえ》
「………」
キリノは無言で、刀の柄に手を添える。
やがて、4つのシャッターが開いた。
多数のレプリロイドが、部屋になだれ込んでくる。
いずれも青い髪の毛、紫色の瞳の、少年・少女型レプリロイドで。
右手にビームサーベル、左手にビームガンを握っていた。
「…………レプリフォース鐵鋼兵旅団大佐キリノ、閥式斬機剣術……」
呟きつつ、キリノは腰を落とし、抜刀の体勢をとった。
ジェネシス・ナンバー達が一斉に群がってくる。
「………推して参る ! 」
放たれたビームの雨をくぐり抜け、キリノは先頭に立っている1人の膝元に、抜きつけの一刀を喰らわせた。
出鼻を挫き、続いて横にいた別の1人を逆袈裟に斬り上げる。
ビームサーベルによる斬撃、ビームガンによる銃撃を、キリノは縫うようにかわしながら、片端から斬りまくった。
(なるほど、こいつらの動き……確かにカーリー准将と似ている…… ! ! )
通常のレプリロイドを凌駕する戦闘能力。
カーリーの戦いをいつも間近で見てきたキリノだからこそ、見切ることができた。
(だが如何せん……数が多い ! )
脱出して先にゴルドーの首をとった方が良いか。
しかし厚い包囲網を、簡単には突破できないだろう。
ビームガンの一斉発射。
キリノは1人の懐に飛び込んで逆袈裟に斬り捨てる。
しかしそのすぐ後ろに、ビームサーベルを構えた別の1人がいた。
「 ! 」
キリノは辛うじて、首筋を狙った斬撃を避ける。
「ちィッ ! ! 」
その時。
突如、キリノの背後でシャッターが吹き飛んだ。
続いて鬨の声と共に、10数名の兵士達がなだれ込んできた。
先頭に立つのは、黒いアーマーの騎士型レプリロイド……ブリッツェンだった。
「キリノ ! 無事か ! ? 」
ブリッツェンは叫びながら、両手剣……ツヴァイハンダーを一閃させる。
派手な音と共に、ジェネシス・ナンバー2体がまとめて胴を両断された。
「ブリッツェン ! ? 」
「ゴルドーの謀反の証拠が、他ルートからも見つかったのだ ! ジェネラル将軍は我々に、正式にゴルドーの討伐を命じられた ! 」
「そうか…… ! ! よし ! 」
キリノは更に2人を斬り捨てる。
「俺はカーリー准将に会いに行く ! こいつらとゴルドーは、お前達に頼む ! 」
「准将相手に、1人でか ? 」
ブリッツェンの問いに、キリノは頷いた。
「……わかった。だが1つ誓え ! 必ずや生きて勝ち鬨を上げ、共に帰ると ! 」
「誓う ! 生き残ろうぜ、戦友 ! ! 」
キリノがそう叫ぶと、ブリッツェンの傍らに、別の影が駆け寄ってきた。
ニヌファだ。
短槍・ローチンと盾・ティンベーを手に、周囲の敵を薙ぎ払う。
「“狂犬”の、わんが他の連中と一緒にここを引き受ける。ゴルドーは陸軍参謀、陸軍のおめぇが始末せい」
「うむ ! 貴様も絶対に死ぬな ! 」
ブリッツェンは気合いと共に、更に3人を斬り伏せる。
強烈な剛剣だ。
更に、カーネルも部屋の中で奮戦していた。
「カーネル ! 貴様は私と共に来い ! 」
「はっ ! 」
「ゴルドーは三階らしい ! 逃げられる前に行け ! 」
キリノ、ブリッツェン、カーネルの3人が、閃光の如く駆け、部屋から抜け出す。
「また、な ! 」
「ああ ! 」
「必ず ! 」
短く言葉を交わし、ブリッツェンとカーネルはゴルドーを、キリノはカーリーを探して駆けていった。
キリノは立ちふさがるゴルドー配下兵士やメカニロイドを更に斬りまくる。
既に体は、返り血で赤く染まっていた。
……そして広い通路に出たとき。
反対方向から、足音が聞こえた。
キリノが何度も聞いた、足音だった。
「…………准将…いや……カーリー」
キリノの声は、むしろ穏やかだった。
刀も納刀している。
「……会いにきたぜ」
「キリノ……」
カーリーもまた、無表情だった。
手にした銃剣も、切っ先をキリノには向けず、ただ肩に担いでいる。
「………貴方は、本当にこれでいいのね ? 私にここで殺されても ? 」
「あんたこそ、本当にそれでいいのか ? 」
「…………シグマの反乱の原因を作ったイレギュラーハンター、
そして解決案を見出せない政府……今のままでは駄目なのよ」
「……違うな」
キリノは、カーリーとの距離を詰める。
「何が違うって言うの ? このままで、平和な世界が来るとでも思って……」
「平和な世界が望みじゃないだろ」
その言葉に、カーリーの表情が一瞬強張った。
「……あんたが欲しいのはその逆だ。もっと大規模な戦いを望んでいるんだろう ? 」
「………」
「……平和な時代になって、自分の居場所が無くなるのが怖いんだろう ! ? “闘神”カーリー ! ! 」
キリノはさらにカーリーに詰め寄ると、歩を止めた。
カーリーの、銃剣を握る手が小刻みに震えている。
真意を突かれたのだ。
「………キリノ……貴方も所詮……ただの兵器……平和な時代には、無用の長物……」
「戈を止めるを武という」
キリノは言い放った。
「俺は『道』を求める。殺人剣しか知らなくても、俺は自らの道を切り開く。
その先にあるのが泰平の世かどうかはまだわからねぇ。だが俺は、俺の武士道を信じる」
「貴方だって用済みになるわよ ! ? 戦争が無くなったら…… ! 」
カーリーは悲鳴に近い声を上げる。
「泰平の世が来たら………その時は……俺は………」
キリノは自分の中で言葉をまとめる。
そして、結論を導き出した。
「……『抜かずの剣』………として世に在りたい。それが………俺の武士道だ ! ! 」
数秒、沈黙が流れた。
そして、カーリーの静かな嗤い声で、その沈黙が破られた。
「ふふ……ふふふふ……」
カーリーは俯き、嗤い続ける。
自らの心を見透かされた怒りか、刺すような気配を放っていた。
「……そう……なら………」
そんな言葉が、カーリーの口からこぼれる。
カーリーの胸の中心から、黒い刺青のような紋様が浮き出す。
やがてそれは、腕や足へと伸び、首を通って頬、額へと達した。
(狂戦士の……紋 ! ! )
キリノは戦慄した。
もしかしたら、カーリーは既に電子頭脳のイレギュラー化が始まっていたのかも知れない。
「キリノ……その武士道とか言うのに………何ができるか……見せてよ……… ! ! 」
空気が微かに振動していた。
しかしキリノの目は、既に覚悟を決めていた。
……ヒンドゥー教の最高神の1柱であるシヴァは、破壊を司る神。
その妻の1人に、破壊と流血を好む女神がいた。
戦い、血をすすり、その女神は勝利に酔って舞う。
しかし、そのあまりに激しい舞踏に、大地が崩れ始めた。
仕方なく、夫である破壊神シヴァが、自らの腹で彼女の舞踏を受け止め、
大地への衝撃を和らげなければならなかったという。
そのため、その女神はしばしば、夫の腹の上で踊っている図で描かれる。
……その女神の名を、カーリーと言った……
「……さあ………始めましょう、血の宴を…… ! ! 」
第五話・決死
「ウリャアァ! ! 」
ニヌファの回し蹴りが、ジェネシス・ナンバーの頭部を吹き飛ばした。
「ちっ、数が多い……が、大分減ってきた……」
銃撃をティンベーで防ぎつつバックステップをとる。
そして接近してきた別の1体の視界をティンベーで塞ぎ、ローチンを突き刺す。
が、その時。
ジェネシス・ナンバーの1体が、ニヌファの横に回り込んだ。
「 ! 」
咄嗟に蹴りを繰り出す。
その1体は吹き飛んだが、その直前にニヌファの脇腹にビームサーベルが食い込んだ。
「ッ ! ! ! 」
「ニヌファ大佐 ! 」
近くで戦う仲間が叫ぶ。
「……大丈夫、大丈夫さぁ… ! 」
ニヌファはそのまま、体当たりするかのように突っ込んでいく。
「必ず……生きて帰るんだよ ! ! 」
…………
「チェストオォォ」
キリノが上段から斬りかかる。
カーリーは恐ろしい反応速度でそれを回避し、銃剣で薙ぎ払う。
キリノは身を捻ってかわすが、続いてのカーリーの連撃に防戦一方となる。
「ッ ! ! 」
「ふふ……必死ね、キリノ」
対して、カーリーは余裕の表情だった。
全身に浮き出した、狂戦士の紋。
間違いなく彼女は、殺戮の女神と化していた。
キリノが僅かな隙を狙い、逆袈裟に切り上げる。
しかし、その一撃もまた空を切った。
「ふふふ……あははは…… ! ! 」
カーリーは距離を取り、ビームを連射する。
キリノは対ビームコーティングの施された刀身で防ぐが、1発が脇腹に命中した。
「ぐあっ ! ! 」
高出力の荷電粒子により、脇腹が深くえぐられ、血が迸る。
さらにその隙に、銃剣の切っ先がキリノに迫った。
( ! 回避……無理………防御…… ! ! )
キリノは喉に向かって突き出された刺突を、左腕を犠牲に防いだ。
「チェェイ ! ! 」
そしてそのまま、右手一本で平突きを繰り出す。
片手持ちなので、間合いが伸びる。
その刺突はカーリーに紙一重で回避され、彼女の左腕を僅かに掠めるだけだった。
しかし刃を水平にして繰り出す平突きは、回避されてもすぐさま横薙ぎに派生できるのだ。
キリノは狙いをカーリーの首筋に定め、斜めに斬り上げる。
だが金属音と共に、キリノの刃は銃剣の銃身を利用して受け流された。
「あら、おしかったわねぇ ! 」
カーリーは狂気じみた笑みを浮かべつつ、更に連撃を放つ。
キリノは次第に、壁際へ追い詰められる。
「く……ッ ! ! 」
左に横転して抜け出す。
そして後方に跳ぶと同時に、カーリー目がけて小柄を投げつける。
カーリーは手を振って弾いたが、その間に素早く納刀したキリノが、抜きつけの1刀を浴びせた。
鈍い音と共に、カーリーの肩口から血が噴き出す。
同時に、カーリーもキリノの右胸に銃剣を突き刺していた。
「……へぇ……やる…じゃん……」
カーリーは薄ら笑いを浮かべる。
(浅かったか…… ! )
キリノの方は重傷だが、戦闘の続行はできる。
カーリーが動いた。
凄まじい速度。
キリノでさえ、目で追うのがやっとだった。
( ! これが……准将の本気か… ! ? )
「……そろそろ、終わりにしちゃう ! ? 」
傷を負った脇腹に、カーリーのつま先がめり込む。
さらにキックの嵐。
防御の間も無く、キリノは地に伏す。
「ッ……まだだ…… ! 」
出血が激しい。
それでもキリノは起き上がり、刀を構える。
そして銃剣による一撃を、峰で防御する……が
金属音と、壁に何かが刺さる音。
「…… ! 」
キリノの刀が、刀身の中程から折れていた。
折れた切っ先は弾き飛ばされ、壁に突き刺さっている。
「……バイバイ」
次の瞬間、カーリーの掌がキリノの腹部を打った。
「ぐ……ほぁ…… ! ! 」
キリノの口から、どす黒い血がこぼれる。
彼の体は後方へ吹き飛んだ。
そして突き当たりの壁に叩きつけられた瞬間、キリノの意識は闇に飲まれた……。
……………
一方その頃。
研究所の緊急用避難通路を、ゴルドーは走っていた。
周囲に完全武装のレプリロイドが数人従っている。
「くぅ、まさかもう攻めてくるとは…… !
かくなる上は、ジェネシス・ナンバーのデータを持って、シグマの残党の所へ落ち延びるしかあるまい ! 」
しかしその時、背後にいた兵士が悲鳴を上げて倒れた。
否、胴を両断されたのだ。
「な……ブリッツェンだあぁ ! ! “狂犬”が来たあぁぁ ! ! 」
別の兵士が叫んだ。
目を血走らせたブリッツェンが、立て続けにツヴァイハンダーを閃かせる。
まさしく狂犬の如き同猛さ。
3人の兵士達がビーム機銃を撃とうとするが、
ブリッツェンの背後から飛び出してきたカーネルのサーベルにより、血だまりに伏した。
「ゴルドー=クラー少将……」
最後の護衛兵を斬り捨て、ブリッツェンはゴルドーに迫る。
「ひ、ひぇぇ……」
「貴様をイレギュラー、及び反逆者と見なし……軍規に則り、処刑する ! 」
腰を抜かしてへたり込んでいるゴルドーに、ブリッツェンはツヴァイハンダーを掲げる。
「まままま、ま、待て ! 金なら……金ならある…… ! 」
「黙れ ! 」
カーネルも、ビームサーベルを突きつける。
「貴様はやってはならないことをした ! 」
「死ね ! ! 」
ブリッツェンがツヴァイハンダーを振り下ろした。
刹那、鮮血が迸る。
「……わ……儂を……殺しても………貴様等……は……生きて……帰……れな……………」
白目をむいたまま、ゴルドーの体は血の池の中に倒れた。
その直後。
轟音と振動を、2人は感じた。
「……何かが動き出している」
「もしや、自爆装置でしょうか ? 」
カーネルの言葉に、ブリッツェンは応えない。
ただ、「行くぞ」とだけ言って、来た道を戻り始めた。
(戦友よ……キリノよ……ニヌファよ…………無事でいろ ! ! )
キリノは意識を取り戻した。
頭上には曇り空が、そして目の前には、自分が先ほどまで中にいた研究所の、穴の空いた壁が見えた。
カーリーの一撃を受け、一瞬失神し、壁を突き破って外へたたき出されたのである。
周囲は岩山に囲まれていた。
そして、壁に空いた穴から、カーリーが姿を現した。
「ふふ……生きてるみたいね」
銃剣を肩に担ぎ、カーリーは倒れているキリノに歩み寄る。
「どう ? まだやれる ? 」
……キリノの刀は折られた。
最初に戦ったときと同じように。
しかし、今回は1つだけ、違うことがあった。
「………俺の………心は………闘志は……………」
キリノはゆっくりと起き上がる。
「まだ……折れちゃいねぇ ! ! 」
キリノは腰に差してあった鞘を右手で掴む。
そのまま抜刀術の要領で引き抜き、カーリーの頭頂部へと打ち下ろした。
鈍い打撃音。
特殊金属製の鞘は、見事にカーリーの脳天をとらえた。
……が。
「……バーカ……」
キリノの体を、今度は肘打ちが襲う。
そして空中に浮いたキリノに、カーリーはビーム銃を放った。
「………ッ……ァ…… ! 」
体中に傷を負い、地面に叩きつけられるキリノ。
それでも、懐からレーザー拳銃を抜いた。
牢から脱出する際、門番から奪った物だ。
だが発砲の前に、カーリーの足がキリノの腕を踏みつける。
「しつこい男は嫌われるのよ…… ? 」
キリノの腕が軋み始めた。
薄れかけた意識の中で、キリノは見た。
狂戦士の紋に覆われた、カーリーの顔を。
ただ戦うのみの存在。
そのためだけに生み出された存在。
……俺は……この人の戈を止めなきゃならねぇ……
……だが……
……剣を……誰か、俺に剣を……
…
「じゃ、今まで楽しませてくれて、ありがと……」
カーリーの銃剣が振り下ろされる瞬間。
キリノは、目の前に刀を見つけた。
「く……ぬ……チェストオォォ ! ! 」
叫ぶと同時に、キリノは自分の腕を押さえるカーリーの足を、力ずくではね除けた。
カーリーの顔に、驚愕の影がよぎる。
その隙を逃さず、キリノはカーリーの腰に提げられた、日本刀……竜時雨の柄に手を伸ばした。
「しま……っ ! 」
直後、閃光が一閃。
カーリーの銃剣が、真っ二つに切断された。
そして、キリノは竜時雨を握っていた。
殆ど抵抗を感じず、銃剣を切断できた切れ味。
ぞっとするほど美しいその刀は、キリノの手にぴったりと馴染んだ。
初めて手にするのに、まるで自分の体の一部のように感じられた。
(持ち主の心が……威力となって炸裂する剣……だったな……)
全身に傷を負い、まさしく満身創痍のキリノ。
しかし、不思議と意識だけははっきりとし、落ち着いていた。
「……貴ッ様ァァ ! ! 」
カーリーが怒りを露わにし、アームパーツに仕込まれていたビームサーベルを起動させ、袈裟に斬りかかってくる。
(……見える ! )
キリノは下段に構え、逆袈裟に斬り上げた。
まさしく、無念無想の打ち。
キリノとカーリーの体がすれ違ったかと思うと、動きを止めた。
突如、カーリーの体全身に浮かび上がっていた、狂戦士の紋が消え始めた。
そして彼女は、そのまま仰向けに倒れる。
きょとんとしたような、そんな顔をして、キリノを見上げていた。
「………“闘神”、敗れたり」
第六話(最終話)・結末
雨が降り始めた。
地面に流れた血を洗い流すほど、勢いよく。
キリノの手から、日本刀……竜時雨が滑り落ちた。
目の前に倒れているカーリーは微かに笑う。
先ほどまでの面影など無い、穏やかな笑みだった。
「…………貴方の……武士道……確かに……」
傷は深い。
動力炉まで達しただろう。
もうカーリーは助からない。
「准将……俺は……」
キリノは何かを訴えようとするが、言葉が見つからない。
その時、後方から彼を呼ぶ声がした。
「 ! ブリッツェン ! カーネル ! ニヌファ ! 」
戦友達が、傷だらけの姿でそこにいた。
ジェネシス・ナンバーの大群とたたかっていたニヌファや、
他の兵士達は全身傷だらけで、仲間達に支えられて立っている者もいる。
ブリッツェンとカーネルも、ここへ来るまでに消耗したらしい。
「無事だったか、キリノ……」
ブリッツェンが、キリノとカーリーに歩み寄る。
他の者達は、それを呆然と眺めているだけだった。
………突如、轟音と共に、研究所の一部が吹き飛んだ。
「 ! あれは……」
カーリーがそこへ目を向けた。
全員の視線も集中する。
……グオ…オ…ォ……ォ……
不気味なうなり声と共に、姿を現した巨大な兵器。
30メートル近くはあるだろうか。
大量の砲塔を持ち、獣のような姿をしたそれは、キリノ達の方へ歩み始めた。
「あれが……ジェネシス・ナンバーの、融合型戦闘ユニットか…… ? 」
「な、なんて物を……」
兵士達は呆然となる。
ゴルドーが研究所ごと討伐部隊を消し去るため、起動させていたのだろう。
キリノ、ニヌファを含め、全身に傷を負った彼らに、最早これほどの強大な敵と戦う余力は無い。
絶望、の二文字が、一同の頭をよぎった。
だが。
「……私……の………」
カーリーが立ち上がった。
脇腹から肩までを深く斬られながらも、竜時雨を拾い、構える。
「…… ! ? よせ、そんな傷で…… ! ! 」
「私の子分は……守らなくちゃ……ね…… ! ! 」
カーリーが跳躍した。
そして、巨大兵器の頭部に狙いを定める。
「……毘沙門破軍刃 ! ! 」
……次の瞬間、凄まじい音が轟いた。
頭部を完全に失ったその兵器は、ゆっくりと地に倒れ伏す。
土煙が視界を覆い尽くす。
キリノはすぐさま、そこへ駆け寄ろうとした。
しかし傷のせいで足下がふらつき、ブリッツェンに肩を支えられた。
「キリノ、大丈夫か ! ? 気をしっかり持て ! 」
「………大丈夫だ……」
ブリッツェンに肩を借りて、キリノは残骸となった巨大兵器に歩み寄った。
キリノの目に、キラリと光る何かが見えた。
地面に突き立てられた、竜時雨だ。
そしてその傍らに、カーリーは倒れていた。
「准将 ! 」
「カーリー准将っ ! 」
キリノとブリッツェンが駆け寄る。
カーリーは既に虫の息だった。
当然だ。あれだけの重傷を負いながら、大技を出したのだから。
「キリ…ノ……ブリッツェン……」
「………カーリー……あんた……」
キリノもブリッツェンも、言葉を見つけることができない。
今正に命尽きようとしている彼女を、ただ見守るだけだった。
「……“闘神”の……狂戦士の力は……貴方たちに……敗れた…………」
「准将……俺は……俺は………」
キリノの目から、水滴がこぼれ落ちた。
人間のそれを真似た、その雫が。
「………振り向いちゃ……駄目……。進みなさい……“武神”……」
カーリーは残された力を振り絞り、キリノの頬に手を伸ばした。
熱い雫が、カーリーの手に触れる。
「……いいなぁ……私も一度………。涙……流して……みたかった………」
それが、彼女の最後の言葉となった。
マリオネットの糸が切れたかのように、カーリーの手はぱたりと地面に倒れた。
まるで憑き物が落ちたかのような、安らかな死に顔だった。
キリノはただ、泣いた。
彼女の亡骸を抱きかかえ、ひたすら……
………数週間後………
「……まず、君たちの武功に敬意を表すと同時に、謝罪せねばならない」
キリノとブリッツェンは、再びジェネラルの部屋に呼ばれた。
今回はジェネラルの他に、数名のレプリフォース首脳陣が集まっている。
「私がもっと早く、ゴルドーの謀反の証拠を手に入れていれば、このようなことにはならなかっただろう。
カーリー中将を失い、突撃作戦に於いて数名の犠牲者が出た……」
「今……『中将』と仰いましたか ? 」
ブリッツェンの問いに、ジェネラルは頷いた。
「彼女の謀反は明らかだ。しかし彼女の死は、部下達……兵士達を守っての死。
故に、我らレプリフォースのため戦い、散った戦死者である……
政府に認めさせるのは、手間がかかったがな」
「将軍……」
「……寛大なるご処置……心より感謝申し上げます……」
キリノとブリッツェンは、深く低頭する。
「よい……私も、な……軍人として、彼女の気持ちがわからんでもない。だが……我らの役目は違う」
ジェネラルは近くの将校から、ホログラム映写機を受け取り、スイッチを入れる。
ホログラムの文章が表示され、ジェネラルは読み上げた。
「ブリッツェン大佐。貴官の功を称え、准将への昇進を認定する。
同時に、戦死したカーリー中将に変わり、『第11鐵鋼兵旅団 旅団長』に任命する」
辞令だった。
続いて、ジェネラルは別の文章を読み上げる。
「キリノ大佐。貴官の功を称え、准将への昇進を認定する。
同時に、新たに結成された隠密機動隊、『第一特殊遊撃部隊 隊長』に任命する」
高らかに読み上げる。
ジェネラルと、キリノ・ブリッツェンの2人は、互いに敬礼をかわした。
………退室後を出た後。
キリノもブリッツェンも、しばらく口をきかなかった。
だが、やがてキリノの方が口を開く。
「………これから俺は、闇に生きる」
「……ああ。だが、本当に良かったのか ? 」
……カーリーの地位は、キリノが受け継ぐ予定だった。
しかしキリノはそれをブリッツェンに譲り、
自らは少数精鋭で新たに構成された隠密機動隊に身を投じることにしたのだ。
海軍の方でも似たような部隊が組織されるらしく、ニヌファがその指揮官となる予定らしい。
「俺は大軍を率いるよりも、こっちの方がいいのさ」
「………私は戦うために作られた。故に涙を流すなどという機能は無い。
だからカーリー准将……否、中将の死にも、泣くことができない……
それが、無性に………」
ブリッツェンの目に、寂しげな影がよぎった。
涙を流さずに泣いている、という表情だ。
「………無性に、辛い……」
……キリノは懐から、1本のビームナイフを取り出した。
カーリーの持っていた、ホログラムの玩具だ。
「……これ、預かってくれねぇか ? 」
「………わかった」
ブリッツェンは玩具のビームナイフを受け取る。
キリノの左手は、腰に差した刀……竜時雨に添えられていた。
カーリーでさえ使いこなせなかったというその刀で、キリノはカーリーに勝った。
これからこの刀と共に、戦っていくことになるのだ。
“武神”の戦いは、これからだった。
………………
「………その後は……まあ、お前達なら大体知ってるだろう」
キリノはそう締めくくった。
ゼロ、ジルバ、フリージアら聴衆は沈黙している。
そして、腰を上げる。
「……そろそろ、行くとしよう」
「これから、何処へ ? 」
ジルバが尋ねる。
「とりあえず、西の方へ………。達者でな」
そう言って、キリノはジルバ達に背を向けた。
「……待てよ」
ゼロが声をかけた。
「あんたは、争いを止めるために戦ってるのか ? 」
「………そのつもりだ」
「だが、今のあんたはどこにも属さず、ふらふら旅をしながら戦ってる。
前の戦いだって、飛星やジルバ、ラットグの縁が無ければ、俺たちに協力しなかったかもしれないだろ ? 」
「ちょ、ちょっと、ゼロ……」
アイリスが止めに入る。
しかしゼロはそれを無視して、言葉を続けた。
「あんたのその有り余る力は、西へ東へと彷徨いながら戦い、
結局戦場を混乱させているだけじゃないのか ? 」
「………ああ。そういう見方も有るな」
キリノは苦笑すらしなかった。
だが、その顔は不思議と穏やかだった。
「だが、いろいろな視点にたって物事を観察してみると、レプリフォースにいたころ見えなかった物が見えてきた。
そうやって、自分が本当に斬るべきものは何か、模索しているところさ」
「……」
ゼロはそれ以上、何も言わなかった。
「………キリノさんは………」
今度はフリージアが口を開いた。
「………戈を止める、武士道を信じて……いつまで、戦うつもりですか ? 平和な時代が来ても、戦うんですか ? 」
「それは……」
キリノは上を見上げた。
どこまでも高く、青い空が広がっている。
「自分の戈が折れるまで、かな」
……キリノは「達者でな」とだけ行って、歩き始めた。
ジルバも僅かに微笑んだだけで、キリノに背を向ける。
続いて、ゼロやアイリス、カーネルもジルバに続いた。
フリージアはキリノの後ろ姿に、深々と礼をしてから、仲間達の後を追う。
ソニアが、その後からついてきた。
「……ねえ、ゼロ……なんであんなに、キリノさんに絡んだの ? 」
「そうよ、貴方らしくなかったわよ ? 」
アイリスとジルバが、ゼロに問いかける。
「………俺は、イレギュラーハンターの一員だ。そのことに不満を覚えたことは無い」
ゼロは言う。
「けどあの男は……どの派閥にも属さず、俺と全く違う生き方をしてる。
戦闘レプリロイドなのに、涙を流すことができる」
「…………」
「ま、嫉妬さ。気にしないでくれ。俺はいつまでも、イレギュラーハンターのゼロだ」
それだけ言うと、ゼロは早足で歩いていく。
他の者は、慌ててその後を追った。
「…………フリージア……」
離れていたラットグが、いつの間にかフリージアの側まで来ていた。
「……ラットグ………やっぱ、凄いよ……あの人」
「……そうか」
それっきり、2人とも何も言わなかった。
そんな彼らを、蒼い空と日輪だけが見守っていた。
……戦終わりて、戦場の華は安らかに眠るか
……或いは死して尚、戦場を駆ける夢を見るか
〜完〜
ELITE HUNTER ZERO