ろってぃーさんより小説「暇人たちの冒険」
序曲・おめで隊出動
シンジケート・コスモとの戦いが終わった。
連邦政府はシンジケート・コスモの残党狩りのため、特務憲兵隊「アイゼンイエーガー(鉄の狩人)」を組織。
解体された特別捜査隊の隊員達は、大半が通常勤務に戻った。
「英鴻兄ぃ、備品の整理、終わったぜ」
「こっちも資料の整理、終わりました」
英鴻の下で遊撃隊として働くことになったラットグとフリージア。
普段はこのように総務の手伝いをしている。
「よーし、ご苦労様」
英鴻はフリージアからディスクを受け取ると、それを自分のパソコンに入れて中身を確認した。
「よし、OK」
「それにしても“若仙人”、えらい出世だよなぁ」
近くで作業していた総務課の同僚が、煙草を吹かしながら言った。
「総務所属で特A相当の権限をもらった奴なんて、イレギュラーハンター史上初めてじゃないか ? 」
ハンターベースでは非戦闘員でも、功績に応じた権限が与えられる。
英鴻はシンジケート・コスモとの戦いでその能力が認められ、
さらに特A級ハンターとして正式登録されたラットグと、
A級ハンターに認定されたフリージアを指揮するということもあって、
ハンターランクにして特A級相当の権限が与えられたのだ。
「確か総監から、参謀部に移転する話が出たんじゃなかったか ? 」
と、別の同僚が尋ねる。
「ああ。けど、ワタシは総務課の雰囲気や仕事の方が好きだからネ」
「嬉しいこと言ってくれるな」
と、総務課長が言う。
「お前の琵琶を他に取られるのは惜しいし、それにゼロ隊長相手に物怖じしないのはお前だけだからな」
その時、ハンターベース内にアナウンスが流れた。
『お呼び出し申し上げます。総務部総務課・趙 英鴻さん、至急司令室に来てください。繰り返します…』
「おっと、課長、ちょっと行ってきます」
英鴻はそう言って、席を立った。
……ハンターベース司令室……
「趙 英鴻、お呼びにつき参上いたしました」
英鴻がジルバ、シグナスの2人に一礼する。
「ご苦労様。それで本題なんだけど…」
と、ジルバが話を切り出す。
「独立多目的小隊に、調査して欲しいことがあるの」
「と、申しますと ? 」
「シンジケート・コスモの残党に、武器や弾薬を横流ししている者が、連邦政府内にいるらしい」
シグナスが言う。
「逮捕された人間の武器密売人が、刑の減軽を条件にリークした情報だ。信憑性は高いと思われる」
「その情報によると、近いうちに東ヨーロッパのR共和国で開かれるパーティーの裏で、
次の取引についての会合が行われるらしいわ。そこに潜り込んで、証拠を掴んで欲しいの。
内通の証拠があれば、アイゼンイエーガー隊が動ける」
「つまり、内通者の逮捕ではなく、証拠を掴むことを優先しろと ? 」
英鴻が尋ねると、ジルバとシグナスは首を縦に振った。
「容疑者の名簿はこれ。お願いできる ? 」
「承知しました。ラットグとフリージアを連れて、準備ができ次第参ります」
英鴻はそう答えた。
「頼んだぞ。状況次第では、ゼロやレノンを後から派遣する」
………
「『おめで隊』の最初の任務ってわけだな」
ハンターベースのロビーで、レノンが言った。
『おめで隊』とはラットグが特別捜査隊に勝手につけた愛称だが、今ではどういうわけか、
ラットグ達独立多目的小隊の愛称となっている。
「フリージアちゃん、気をつけてね」
「うん、頑張るね」
フリージアがソニアにそう答える。
「どんな任務かは知らないが、気を抜かないことだ」
ゼロがラットグに言った。
英鴻、ラットグ、フリージア以外の者に、任務の内容は知らされていない。
どこから敵方に情報が漏れるかわからないからである。
機密保持は諜報活動の基本、当然のことだった。
「わかっていまさぁ。じゃ、行くわ」
そう言って、ラットグとフリージアはハンターベースから出た。
外では既に英鴻とエアバスが待っていて、3人はエアバスで空港に向かった。
「ところで英鴻兄ぃ」
「なんだい ? 」
ジルバから渡された容疑者のリストを眺めながら、英鴻は言った。
「あの廬(ルー)っていう爺さんのところじゃ、何人くらい弟子がいたんだ ? 」
「全部で8人さ。巷では廬武館の“八傑”と呼ばれていた。中国出身者はワタシと英蘭と飛星だけ。
他には日本出身が2人、モンゴル出身が1人、トルコ出身が1人、あと出身地不明な奴が1人いたネ」
「英鴻さんの他に、イレギュラーハンターに所属している人はいないんですか ? 」
今度はフリージアが尋ねた。
「トルコ出身の奴は故郷でハンターをやっている。他の奴は自分でギルドを立ち上げた奴や、
何処にも属さずに旅している奴もいる…」
「みんなバラバラに散らばってるわけか」
「ああ。だがネ、英蘭がグレてしまった後だったが、残りの7人は誓った」
英鴻は、微かに遠い目をした。
「進む道は違っても、目指すところは同じ……とネ」
… … … …
広い部屋の中。
1人の男が、椅子に腰掛け、卓上に飾られた花を眺めていた。
切れ長の目に緑色の瞳、茶色い髪。
顔つきは一言で言うならヤクザのようであったが、それでもどことなく気品を感じる。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「入んな」
男がそう呟くと、「失礼します」と言って、量産タイプのレプリロイドが部屋に入ってきた。
「ご報告申し上げます。会長の読み通り、奴らは今度のパーティーに来るようです」
「そうか。絶対にしくじるな」
男は凄みのある笑みを浮かべ、そのレプリロイドに言った。
「はいっ ! 」
量産タイプのレプリロイドはそう答えると、部屋から出ていく。
その直後、部屋の電話が鳴った。
男は受話器を取る。
「もしもし ? …おう、お前か。そうか、もう少しで着くのか、うん。
……何 ? …パーティーで着ていく服ってお前、遊びじゃないからな。
まあお前のドレス姿は見たいけどな。……そうかそうか、わかった。
待ってるからな、まい・すうぃーと・はにー」
男は受話器を置くと、ポツリと呟いた。
「年貢の納め時だぜ、狗共が…俺たちの金儲けを邪魔するとどうなるか、教えてやらぁ……」
第一話・魔法陣と鬼とヤクザ達
東ヨーロッパ・R共和国
「いやあ、快適な旅だったネ。チケット取ってくれたジルバさんに感謝しないと」
空港の中、スーツケースを引きながら英鴻が言った。
その後ろに、ラットグとフリージアが付き従っている。
「オイラは貧乏性のせいか、ちょっと落ち着かなかったけどな」
ラットグが笑いながら言った。
3人がこれから行うのは諜報活動。
故に機密保持が重要である。
3人は普通の旅客機に乗り、R共和国入国後も一般の旅行者を装って任務を行う。
最も武器を持ち込む以上、入国手続きの際には自分たちがイレギュラーハンターであることと、任務のために入国したことを証明しなければならないが。
そして、それらの手続きを済ませ、3人はホテルに泊まる。
「ここはワタシの友人が経営している系列のホテルでネ、いざという時に何かと便利だろう」
そう言って、英鴻はフロントでサインをした。
ラットグ、フリージアもサインを行う。
部屋の鍵を渡され、3人は自分たちの部屋にそれぞれ荷物を置くと、英鴻の部屋に集まって作戦会議を始めた。
「さて、パーティーは1週間後だ。表向きは貴族のパーティーだが、その影で取引や会合が行われるらしい」
「その現場を押さえて、証拠を掴むんですよね ? 」
と、フリージア。
「左様、ワタシ達の内通者の逮捕ではなく、とにかく証拠を掴むこと。兵器横流しの仲介人と思われるのは…」
英鴻が卓上に、一枚の写真と資料を置いた。
「武器商人のラドファッド。前科4犯。人間だ」
「そいつもこの国にいる可能性が高いよな」
「その通り。これから2人はとりあえず街に出て、怪しい奴がいないか見てきて欲しい。多少観光もしていいからネ」
そう言って英鴻は、何枚かの紙幣を2人に渡した。
「え、いいの ? 」
「ああ、ジルバさんからも、少しは楽しんでこいと言われているからネ」
「よぉーし、それじゃ早速…行くぜ、フリージア ! 」
「う、うん ! 」
ラットグは席を立ち、フリージアもそれに従った。
……
街に出た2人は、とりあえず商店街を見て回ることにした。
この国はシグマの反乱やコロニー落下事件の際にもあまり損害を被らなかったため、街は活気にあふれていた。
「おっ、あそこ菓子屋か。あっ、向こうは果物屋…」
ラットグは物珍しげに周囲を見回す。
「ねえ、ラットグ…私たち一応仕事で来てるんだし…」
と、フリージアが不安そうに言う。
「大丈夫大丈夫、そもそも観光客のふりをして調査するんだろうが」
「そ、そうだけど…」
「じゃ、早速菓子屋行こうや。あとオモチャ屋行でソニアちゃんへのお土産でも…」
フリージアが(本当に大丈夫かなぁ…)と心の中で呟いたとき、
フリージアの横を10歳くらいの少年がすり抜けていった。
「 ! ちょっと待った ! 」
ラットグはさっと手を伸ばし、その少年の腕を掴んだ。
「ぼ、僕何もしてないよ ! 」
「じゃあ、これはなんだ ? 」
と、ラットグはその少年の懐に手を入れ、水色の財布を取り出した。
「あっ、私のお財布 ! 」
フリージアが叫ぶ。
ラットグはフリージアにその財布を返すと、影のある笑みを浮かべてその少年の方に向き直った。
「さて…」
「ゆ、許してよ ! 僕お母さんが病気で、治療費が…」
と、その少年はラットグの笑みに怯えつつ、なんとか逃れようとする。
「そうかそうか、そりゃ大変だな。似たような話を100回くらい聞いたことがあるけど…」
「ラ、ラットグ、もういいから許してあげようよ」
ラットグは「まあ待て」とフリージアを制すと、その少年に向かって次のように尋ねた。
「この街でヤクザ者とかが集まる所を知らないか ? 」…と。
「む、向こうの赤い看板の雑貨屋の裏通りで、よく変な人たちが集まってる…」
少年は一方向を指さしながらそう答えた。
「そうか。教えてくれてありがとよ」
ラットグはその少年の腕を放すと、懐から硬貨を1枚取り出して、少年の服のポケットに入れた。
「ほら、もう行っていいぜ」
ラットグがそう言うと、少年は軽く一礼して走り去った。
「……さて、その雑貨屋の裏通りとやらに行ってみるか」
ラットグが少年の指さした方向へ歩き出すと、フリージアは慌ててそれを追った。
… … …
「天地の精霊達よ…我らに加護をもたらさん…」
薄暗い路地裏。
白いローブを身に纏った男達が、円陣を組んで呪文を唱えている。
地面には怪しげな魔法陣が描かれ、その上には数本の蝋燭が並んでいた。
「……うん、確かに変な人たちが集まってるな」
建物の影からそれを覗いているラットグが呟く。
「でも、ヤクザとかとは違うんじゃ…」
そのやや後ろで、フリージアが言う。
「まあ、あの子は間違ったことは言ってないだろ。変な人たちだよ、十分」
「…変すぎると思うけど…」
その時、儀式が終了したのか、その集団は蝋燭を片付け、魔法陣を消し始めた。
「では、××大学心霊科学研究クラブの今日の活動を終わります」
リーダーらしい男がそう言うと、彼らは引き上げていった。
「………学生さんの部活動だったんだね…」
「…ま、今の世の中ああいうことにハマる人って多いらしいしな。なんとなくわかるけど…」
ラットグは辺りを見回すが、他に人の気配はしない。
他を当たろうと歩き出し、表に出たとき、雑貨屋から2人の男が出てくるのが見えた。
手にはトランクを持っている。
「どうするんだ ? 「鬼」が本気になったら、俺たちは…」
(鬼 ? こいつらもオカルティストか ? )
ラットグがそう思いながら別へ移ろうとしたとき、次に耳に飛び込んできた言葉にラットグは驚愕した。
「“碧眼鬼”は“竜帝”と密接な関係がある…敵に回しのが間違いでは…」
(“竜帝” ! ? )
ラットグはフリージアの方を向いた。
「フリージア、聞いたか ? 」
「うん。“碧眼鬼”って言ってた」
「“竜帝”と密接な関係があると…楊さんと近しい奴なら、英鴻兄ぃが知ってるかもしれない。
オイラはこのまま尾行するから、お前は英鴻兄ぃと連絡取れ」
「尾行って…ラットグ1人で大丈夫なの ? 」
フリージアは心配そうに言う。
「やばいと思ったらすぐに逃げるさ。“碧眼鬼”が何者か判ったら、連絡くれ」
ラットグはそれだけ言うと、先ほどの2人の追跡に向かった。
フリージアはそれを見送ると、ホテルにいる英鴻と連絡を取るため、無線機を起動させようとした。
正式にハンターとなった後、イレギュラーハンターの標準装備である内蔵型の通信機を、
頭部内に取り付けたのである。
その時……
「すみません、お嬢さん…」
背後から声をかけられ、フリージアは振り向いた。
「ちょっと道をお尋ねしたいのですが…」
そこに立っていたのは、茶髪で背の高い男だった。
人間ではなくレプリロイドのようで、右手で目の辺りを覆っていた。
「銀行へは、どう行けばいいのでしょうかね ? 」
「あっ、すみません、私、この町初めてなので…」
フリージアはそう答えた。
「ああ、そうだったんですか。そりゃすみません。ところで…」
その男は、目元を覆っていた右手を少しずらす。
切れ長の目と、緑色の瞳が露わになった。
「“碧眼鬼”がどうとか言っていたが…俺のことを噂してたのかい ? 」
…………
ラットグは人混みの中、2人の男を尾行していた。
相手が振り返ったときに視線を合わせないように、相手の体よりもやや下に目線を向けて歩く。
スリで培った技と、キリノから授かった技の賜だ。
(おっ… ? )
2人の男は、小さな酒場に入っていった。
ラットグはその酒場の裏側に回り込む。
そして、裏口から中に入り込むと、見張りの目を盗み、周囲を警戒しながら奥へと進んだ。
(…ん ? ありゃあ…)
段ボール箱の積み重ねられた荷物置き場らしきところで、
先ほどの2人が、何人かの男と話しているのが見えた。
ラットグは段ボール箱の陰に隠れ、懐から超小型ビデオカメラを取り出した。
背後に気を配ることも忘れていない。
「ラドファッド様は…いらっしゃらないので ? 」
ラットグが尾行していた2人のうち1人が、遠慮がちに尋ねた。
ラドファッドの名を聞いたラットグは、心の中で(当たりだな…)と呟きつつ、カメラを回した。
「会長は今はいない。で、例の物は ? 」
「は、はい、ここに…」
そう言って、その2人はトランクを卓上に置く。
大柄な男がそれを僅かに開けて中身を確かめると、部屋の壁の一部分に指をかけてめくった。
その男の体に覆い隠されて、そこに何があったかはラットグには見えなかったが、
やがてテーブルの下の床が、音を立てて開いた。
そしてその中にトランクをしまうと、床を閉じ、リーダー格らしい男の、
「行くぞ」の一言で物置から出て行く。
ラットグは段ボールの後ろから、その様子をカメラに収めた。
「………さてと、家宅捜査と行きますか…」
ラットグは部屋の壁の、先ほど大柄な男がいじった辺りをめくる。
すると、そこにはパスワード入力用のパネルがあった。
ラットグはおもむろに、ポケットから小型電子機器を取り出すと、そのパネルに接続する。
数秒後、ロックが解除され、再び床が開いた。
イレギュラーハンター諜報部員の必需品、『エイリア特製ハッキングマスター』である。
そしてラットグは、その床下を覗いた…
第二話・ギブ・アンド・テイク
「ふーん、嬢ちゃんがイレギュラーハンターか…時代も変わったな」
喫茶店の中。
緑の目をした男…“碧眼鬼”は、フリージアを見ながら呟いた。
(落ち着かないと…)
向かい側の席に座るフリージアは、できるだけ無表情でいるように努めた。
(この人は多分、いきなり人を殺すようなことはしない…確信は無いけど。
任務のことは話さないようにして、できるだけ沢山のことを聴きだそう…自信は無いけど)
逃げ出したいという気持ちを懸命に抑え、フリージアは“碧眼鬼”と向き合っている。
「目を合わせられないような相手と戦っても、負けは必至」という、キリノの言葉を想い出していた。
「嬢ちゃん、何か注文しないのかい ? 」
と、“碧眼鬼”は喫茶店のメニューを差し出した。
「ここのコーヒーは美味いらしい。紅茶も種類が揃ってるぜ」
「結構です」
フリージアは無表情を崩さないようにして、そう答えた。
「遠慮するなって。俺が喫茶店に連れ込んだんだから、俺がおごるさ。…それとも、毒殺が怖いか ? 」
“碧眼鬼”はニヤリと笑みを浮かべる。
「いえ…ただ、飲み物に対する…礼儀、です」
「へえ。そりゃどういう意味だ ? 」
“碧眼鬼”は興味が有りそうな声で、そう尋ねた。
「気が合わない相手と飲むのでは、お茶を淹れた人や、葉を作った人に申し訳ないということです」
「成る程、良いこと言うな、嬢ちゃん」
と、感心したように“碧眼鬼”は言う。
「それよりも…貴方が何者なのかを教えてください」
「はっはっは、そうだな。嬢ちゃんをこれ以上怖がらせるのも何だからな」
そう言われて、フリージアはドキリとした。
「べ、別に…怖がってなんか…」
「民間の非戦闘レプリロイドには、人間的に見せるための機能がついている。例えば発汗…とかな」
その言葉で、フリージアは初めて、緊張により自分が汗まみれになっていることに気づいた。
純粋な戦闘用レプリロイドや、修羅場慣れしている者ならそのようなことは無い。
「で、俺はこういう者だ」
と、“碧眼鬼”はフリージアに名刺を渡した。
【ギルド昇陽会会長 シャン】と書かれたその名刺には、太陽のマークが描かれていた。
「…昇陽会 ? 」
「ああ、ギルドって書いてある通り、商人や職人の組合さ。
ま、今の世の中いろいろ物騒だから、武装もしてるがな」
「…この街には、なんの目的で ? 」
フリージアが尋ねると、“碧眼鬼”シャンはフンと鼻を鳴らした。
「ある武器商人を探してる。俺たちの商売を邪魔しやがった奴だ」
「武器商人… ? 」
それを聞いて、フリージアははっと思い当たった。
自分たちが捜している、武器商人のラドファッドである。
このシャンが率いるギルド・昇陽会が、
ラドファッドとギルド間での抗争を起こしているのではないだろうか。
しかし、自分たちの任務を簡単に明かしてしまうのは危険だ。
フリージアが思案している間に、シャンが次の言葉を発した。
「次は俺の方から質問だ。嬢ちゃんの連れは“竜帝”がどうの、
英鴻がどうのと言っていたが、あの連中を知ってるのか ? 」
やはり英鴻や飛星と知り合いらしい。
それを聞いて、フリージアはとりあえず、“竜帝”との関係について尋ねることにした。
「それに答える前に…もう1つ。楊家傭兵団とはどういう関係なのですか ? 」
「…楊家傭兵団の首領…“竜帝”楊 飛星とは同門なのさ」
「同門 ? 」
「同じお師匠様に学んだのよ。廬(ルー)というお人さ」
「それじゃ…廬武館の“八傑” ! ? 」
フリージアが叫ぶと、シャンはヒュウと口笛を吹いた。
「よく知ってるじゃねぇか…ん、待てよ…」
シャンは卓上で、ぽんと手を打つ。
「英鴻に電話して聞いてみりゃいいんだった。忘れてたぜ」
そう言って、シャンは照れ笑いを浮かべつつ、懐から携帯電話を取り出した。
この時代の携帯電話は、世界中何処にいても大抵の所へは通じるのだ。
フリージアは『鬼』の渾名を冠するこの男から、“竜帝”楊 飛星に似た気品、英鴻に似た柔らかさ…
そして、2人とはまた違った「何か」を感じていた。
………
「さてはて…」
英鴻は資料を見ながら呟いた。
武器商人ラドファッドが、今まで侵した罪に関する資料である。
「軽火器の密輸とかはともかく……戦略レーザー砲のパーツを売りさばいたというのは…」
戦略レーザー砲は主に大型人工衛星に搭載され、
一発で都市をまるごと「蒸発」させるほどの力を持った兵器である。
戦略兵器とは最大射程1万キロ以上の兵器をいい、
核兵器のように一撃で戦争を終結させるような強大な力を持つ兵器のことを言う。
大陸間ミサイルなどがこれに当てはまるが、核兵器一斉廃棄条約により
核兵器の製造・所有・使用が禁止された22XX年現在では、この戦略レーザー砲が最強兵器と言っても過言ではない。
故に各国の所有する戦略レーザー砲の使用コードなどは、連邦政府議会などによって厳重に管理され、
シグマやリディプス、ルミネのような大物イレギュラー達でさえ
戦略レーザー砲にハッキングすることはできなかった。
ちなみにシグマが宇宙コロニー・ユーラシアを地球に落とそうとした際、
まず地球にシグマウィルスをばら撒いたのも、
対小惑星用戦略レーザー砲による迎撃を封じるためだったのであろう。
もっとも、旧時代の戦略兵器であるギガ粒子砲「エニグマ」が、ウィルスの影響を受けず残っていたのだが。
「あんなもののパーツを取引しようとして逮捕されたと言うなら、極刑は免れないし、
良くても終身刑のはずだ…なぜ生きて商売をしている… ? 」
その時、英鴻の懐の携帯電話が鳴った。
「…あれ、シャンか。どうしたのかな。……もしもし ? 」
『英鴻、久しぶりだな』
「ああ、久しぶり。何かあったのかい ? 」
『俺よ、今喫茶店にいるんだ。フリージアっていう女の子と一緒にな』
それを聞いて、英鴻は珍しく目を見開いた。
「……お前、何か変なことしてないだろうネ ? セクハラ的なこととか…」
英鴻は極めて真剣そうな顔でそう聞いた。
電話の向こうでも、雰囲気は伝わったことだろう。
『…英鴻、てめぇ俺をどんな目で見てやがる …。で、お前…今何処にいる ? 』
「…R共和国B市だ。そしてそのフリージアちゃんはワタシの部下だ」
『やっぱりな。とにかく、居場所を教えろ。お前等が何を嗅ぎ回っているのか教えて欲しい。
電話じゃ盗聴されないとも限らない』
それを聞くと、英鴻は何かを思いついたらしく、
「ああ、わかった。今、ホテル○○にいる」
『おいおい、俺ら昇陽会の持ってる系列のホテルじゃねーか。
それならチェックインの時に連絡入れてくれよ。そうすりゃすぐに会いに行ったのに』
「ごめんごめん、一応諜報活動なもんでネ。あ、ちょっとフリージアちゃんに代わってくれ」
『おう』
そしてその2秒後。
『英鴻さん、フリージアです』
「フリージアちゃん、大丈夫か ? 何かセクハラ的なこととかされてないかい ? 」
『いえ、大丈夫です…』
「そうか。…ラットグはどうした ? 」
英鴻がそう尋ねると、フリージアは「ええと…」とどもった後、
『ラットグは怪しい人を見つけたので、今尾行しています。詳しく話すとちょっと長くなるけど…』
「成る程…。それじゃ今からホテルに戻ってきてくれ。シャンを連れてネ」
『は、はい、わかりました…』
英鴻は電話を切ると、ポツリと呟いた。
「世の中とは面白い物だねェ。こりゃ、思わぬ味方が現れたかも知れないな…」
……
それから20分ほど経って、“碧眼鬼”シャンを伴ったフリージアがホテルに帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「お邪魔しますよっと…おう、英鴻。久しぶり」
フリージアの後に続けて、シャンが陽気に言う。
「久しぶり。昇陽会は儲かってるかい ? 」
「まあな。女房も元気にやってるよ」
「女房って、サラのことかい ? 」
「他に誰がいるよ ? まあ、まだ結婚式はあげてないけどな」
「そうか、もうそこまで進展してたのか…とりあえず座れ。ほら、フリージアちゃんも」
「あ、はい」
2人が席に着くと、英鴻は早速本題に入ることにした。
「…フリージアちゃん、本当にセクハラとかされてないかい ? 」
「…てめぇ、それのどこが本題だ ? 」
シャンは懐から、柄に赤い房のついた、銀色の短い棒を取り出し、英鴻に突きつける。
フリージアにはそれが何なのかわからなかったが、英鴻はそれが「十手」という、
日本の武器・捕り物道具であることを知っていた。
「俺は確かに女好きだが、変な偏見の目で見るのは止めてくんな。
俺は人妻とガキには手を出さねぇ主義だ」
英鴻は心の中で(ギクッ)と呟いた。
英鴻はかつて冗談混じりとはいえ、10歳にも満たないソニアに『求婚』したことがあるのだ。
「本当かどうか、この銀色の十手に聞いてみるか ? ええ ? 」
「いやいや、冗談冗談。お前がそこまでスケベとは思っていないさ」
笑ってシャンをなだめると、英鴻はフリージアに、どのような状況だったか詳しく話すように言った。
間接的ではあるが「ガキ」と言われて若干ムスッとしていたフリージアだが、
とりあえず何があったのかは正確に話した。
「ふむ…それでシャン、お前は何の目的で動いている ? 」
「おいおい、「怪しいこと企んでいるに決まってる」みたいな聞き方するなって。
まあ、とにかく…人を捜してる」
懐に十手をしまい込み、シャンはそう言った。
「ラドファッドって野郎だ」
「…ほう」
英鴻は微かに笑みを浮かべた。
「商売がらみかい ? 」
「ああ、あいつらの邪魔で、取引が失敗するところだった。
俺たち昇陽会の商売を邪魔する奴は絶対に許さねぇ」
シャンはそう言うと、表情を引き締め、英鴻に問いかけた。
「で、英鴻…遊撃隊の目付役になったんだってな ? 」
「ああ」
「何を嗅ぎ回っている ? 」
英鴻の赤色の瞳と、シャンの緑色の瞳の光が、空中でぶつかった。
その緊張感に、フリージアは息を呑んだ。
そして、数秒後。
英鴻が無言で、携帯用のホログラム・マシンを渡した。
今回の彼らの任務について、容疑者などの資料がインプットされている物だ。
それを部外者に見せるなど、歴とした職務規程違反である。
例え相手が親友であってもだ。
しかし、英鴻はそれを行った。
先の先を見越してのことである。
「……なるほど…」
ホログラム映像として映し出された文章を読み、シャンはニヤリと笑った。
「こういうことなら…俺とイレギュラーハンターと、利害が一致するな」
「そのとおりだ」
赤と緑の眼光が、ふたたびぶつかり合った。
しかし、今度は2人とも笑っていた。
「利害が一致すれば、やることは一つ……だよな ? 」
「そうだネ」
2人が力強く手を握り合った時…
シャンの握力の強さに英鴻が顔を歪めたその時、誰かが部屋のドアをノックした。
『英鴻兄ぃ、ラットグだ』
その声に、フリージアはすぐさまドアを開けた。
「ラットグ、お帰り」
「おう、ただいま」
ラットグはフリージアにそう言った後、シャンの存在に気づいた。
シャンはラットグを見ると、軽く口笛を吹き、
「お前さんか…『猫を殺す鼠』ってのは ? 」
と、ラットグに言った。
「…どちらさんで ? 」
ラットグが英鴻に尋ねると、英鴻は答えた。
「廬武館“八傑”の1人だ。ちょっと協力してもらうことになった。
女ったらしで強欲で金にシビアで大酒飲みだが、根は良い奴だから仲良くしてやってネ」
「大酒飲みはお前も同じだろうが。ま、とにかく…“
碧眼鬼”シャンって者だ。ギルド昇陽会の会長を務めている」
そう言って、シャンはラットグに名刺を差し出す。
「…ギルドってことは、商人の寄り合いっすか ? 」
「ああ。このホテルも、俺等が管理している系列のものだ」
「へえ、お金持ちなんですね」
ラットグは特に興味無さそうに、その名刺を受け取った。
そしてフリージアに、20センチほどの長さの物体差し出した。
それは桃色の衣装を着た、少女の人形である。
「お土産な」
「あ、ありがとう…」
「その人形の頭を時計回りに3回、回してみろ」
フリージアが1秒ほど戸惑った後、言われたとおりにすると、その人形の頭はぽろりととれ、人形の中が見えた。
シャンがそれをのぞき込み、中に詰まっていたビニール製の袋を取り出しす。
「…こりゃあ……」
ビニール袋に入っていたのは、白い粉だった。
第三話・商人
「…覚醒剤か」
ビニール袋に詰められた白い粉を見て、シャンが言った。
「シンジケート・コスモの大乱に乗じて、闇商人共が巷にばら撒いた種類だ」
「同じ人形が大量にあったぜ」
ラットグが言う。
「詳しくはこの映像を見てくんな」
英鴻はラットグから映像データを受け取ると、それをホログラム・マシンにセットし、再生した。
ラットグの撮影した映像が映し出され、それを見たシャンは低く唸った。
「…なるほど、ラドファッドの野郎…」
「薬物まで商っていたわけか」
英鴻が言う。
「…とりあえずご苦労様。このことはひとまず、ハンターベースに報告する。
しばらくラドファッドを泳がせておいて、様子を探ろう」
「了解」
「あ、待てよ英鴻…」
シャンが何か思いついたように言う。
「お前等、パーティーに潜入するんだよな ? 」
「ああ、そうだよ。偽の招待状は用意できてる。政府の機関が作った物だし、まずバレることはないだろう」
「裏ではシンジケート・コスモ残党とかが取引だの会合だのしてるにしてもだな、
表は貴族とかのパーティーだ。お前等、そういう所でのマナーとか大丈夫なのかよ ? 」
シャンがそう言った後、一瞬時間が凍り付いた。
「…ワタシは独学だが、それなりには」
「えーと、私は元々貴族の家で働くために作られたから…それなりには心得てます」
英鴻とフリージアがそう言うと、残る1人のラットグに目線が集中した。
「えーと、オイラは元々スラム育ちだから…ちっとも心得てないね。あっはっは」
「まあしょうがない、ワタシとフリージアちゃんが教えるしかないだろう。
シャン、お前もパーティーに行くんだろう ? 」
「おう、俺はテーブルマナーから社交ダンスまで完璧さ。お貴族様との取引もしょっちゅうだしな」
そう言って、シャンは腰を上げた。
「さて、俺は子分共と打ち合わせをしなきゃならない。そろそろ行かせてもらうぜ」
「ああ。また昔みたいに、宜しく頼むよ」
そしてシャンは部屋を出た。
その数秒後、ラットグが口を開く。
「…なんか、英鴻兄ぃとか楊さんとかとはかなり違う雰囲気だな」
「まあネ。廬部館の“八傑”は、いろいろな奴の集まりだったのさ」
「あの銀色の棒…あの人の武器ですか ? 」
フリージアが尋ねる。
「そう、日本の『十手』という武器だ」
「十手…ああ、時代劇で『オカッピキ』とか『ドーシン』とかが持ってるあれですよね ? 」
「お前、日本の時代劇とか見るのか ? 」
ラットグが意外そうに言う。
「う、うん、お父さんが時々見てたから…」
「あいつは『喧嘩』と『殺し合い』をはっきり区別している。『殺し合い』の時には十手は使わない」
そう言いながら、英鴻は心の中で呟いた。
(あいつの本当の武器と特殊能力は…言わないのがエチケットかな…)
その後、3人は今後の作戦をとりあえず話し合い、英鴻はハンターベースに調査結果を報告し、
ラットグとフリージアは一休みすることになった。
「一休みって言ってもなぁ…」
フリージアと一緒にホテル内をぶらぶらと歩きながら、ラットグがぼやいた。
夕食の時間にはまだ早く、特にすることも無い。
「とりあえず、ホテルの中見て回ろうか ? 地下にはボーリング場とかもあるみたいだし…」
「そうするか」
そんなことを話しながら、2人はホテルの1階まで降りてきた。
客や従業員の行き交う廊下を抜け、ロビーに出る。
と、その時…
「何度言ったらわかんだよ ! ? 」
野太い怒鳴り声が聞こえた。
「このガキの親に会わせろっつってんだよ ! 」
見ると、大柄な男数人がフロントに詰めかけ、その近くに泣き出しそうな顔をした、人間の少女がいた。
「ですからお客様、それは…」
「るせぇ ! 俺たちは客だぞ ! ? 言われたとおりにしやがれ ! 」
「何処へ行っても、品の無い奴はいるんだなぁ…」
ラットグが呟いた。
「品が無い」というのは、その男達の口調や顔、服装など全てを指しての発言である。
やや離れたところだったので、その男達には聞こえなかったようだ。
「ど、どうする ? 」
フリージアが尋ねる。
「目立つ行動は駄目だけど…あの女の子、助けないと…」
「いや…」
ラットグがフリージアを制した。
「その必要は無いっぽいぜ」
ラットグが一方向を指さす。
スーツを着込んだ1人の男が、フロントに近づいてくるのが見えた。
先ほど別れた“碧眼鬼”シャンだ。
「おい、何があった ? 」
フロントの係に、シャンが問いかける。
「あっ、会長 ! 」
良かった、助かったという表情を浮かべ、フロント係は事の次第をシャンに説明した。
要約すると、その男のコートに少女が飲み物をこぼしてしまい、コートに染みができた。
そしてその男達は、慰謝料を払わせるから、
このホテルに宿泊しているその少女の親に会わせろ、と言い出した。
…と、いうことらしい。
「お客様、クリーニング代は私どもがお支払いいたしますので、どうかこの場は…」
と、シャンは紳士的に話しかけるが、当然男達は聞く耳持たない。
「やかましい ! クリーニング代がどうのなんて問題じゃねぇんだよ !
このガキの親呼んできて謝らせろ ! 」
「他のお客様のご迷惑になりますので、大声で叫ぶのはお止めください」
男達に囲まれた状態で、シャンがあくまでも冷静にそう言う。
すると男達はその態度が癪に障ったらしく、
「てめぇ、なめんじゃねぇぞ ! 」
「会長だかなんだか知らねぇが、俺たちを馬鹿にすると承知しねぇぞ ! 」
男達の台詞に、シャンは呆れたようにため息をつくと、フロント係に向かって言った。
「おい、警察呼べ」
「警察ぅ ! ? そんなんで俺等がビビるとでも思ったのかよ ! ? 」
「こちとら客だぞ ! ? 」
すると、シャンの目つきが明らかに敵意を帯びたものに変わった。
「最低限の礼儀と良識をわきまえていない方は、失礼ながらお客様とお呼びしかねますね…」
「ンだと、こらぁ ! ! 」
逆上して殴りかかってきた男の拳を、シャンは軽く払いのけた。
「正規の武術も修めて無いくせに…」
シャンの右手の指が、男の腹部にめり込んだ。
その男は悲鳴を上げる間もなく、白目をむいて倒れる。
「おとといお越しくださいませ」
「て、てめぇ ! 」
「この野郎 ! 」
他の男達が殴りかかってくるが、シャンは横から襲ってきた男の顔に裏拳をたたき込み、
正面の相手に対しては正面蹴りで顎を粉砕した。
その2人が無様に倒れるのを見て、残った1人は少女の肩に手をかけた。
「ち、近寄るな ! このガキがどうなってもいいのか ? 」
しかしシャンは、容赦なくその男に接近し、男の額に向かって手を突き出す。
「レディに臭い息がかかるだろ。失せな」
シャンの人差し指が、男の額を弾いた。
ただそれだけだった。
所謂『でこピン』一発で、その男は仰向けにひっくり返った。
「……お嬢さん、大丈夫かい ? 」
シャンは一転して優しげな笑みを浮かべ、少女に話しかける。
少女が上目遣いで頷くと、「また何かあったたら、力になるよ」と言い、部屋に戻らせた。
「おい、警察は呼んだのか ? 」
シャンにそう言われ、フロント係は慌てて電話機に手をかけた。
「いやー、お見事っすね」
ラットグがシャンに声をかけた。
「ん ? 見てたのかよ ? 」
「失礼かな、とは思いましたけどね。悲鳴も上げさせない鋭い一撃…さすが楊さんの兄弟弟子っすね」
ラットグの言葉に、シャンは軽く笑った。
「弱い奴に限って、悲鳴だけはやたらとでかい。お客様に迷惑だろ」
「あはは、確かに。ところで、ちょっと訊きたかったんですが…」
ラットグがそう言うと、シャンはおもむろにそれを制した。
「訊きたいことがあるなら、今夜の晩飯を一緒に食おう。
俺もお前さん方に、ちょいと訊きたいことがあるからな」
「そうっすか。それじゃ、お言葉に甘えて…」
戸惑うことなく、ラットグはそう答えた。
「な、フリージア」
「う、うん」
フリージアが躊躇いがちに頷く。
「よし、決まりだな。夜7時半に、レストランで待ってるぜ」
再びシャンと別れた2人は、部屋に戻って英鴻にそのことを伝えた。
「そうか。ワタシはまだ調べ物があるから、行けないだろうネ。
これから協力して捜査するわけだから、お互いのことを知っておいた方がいいだろう」
英鴻はそう言った。
そしてラットグとフリージアは約束の時間の10分前に、ホテルのレストランへ向かった。
「…ラットグ様と、フリージア様ですね ? 」
レストランの入り口で、タキシードを着た男が尋ねた。
「え ? あー、はい」
ラットグは珍しくどもった。
『様』という敬称を付けて呼ばれたことなど無かったからだ。
「どうぞこちらへ」
その男性に案内され、2人はレストランの中に入った。
上品な美しさ、気品の漂う景観…
突然、ラットグは背中を掻き始めた。
「ど、どうしたのラットグ ? 」
「いや、こういう雰囲気、初めてなもんだから…」
「あ、あははは…」
フリージアは周囲を気にしたが、他の客はいないようだった。
「おう、こっちだこっち」
シャンがテーブルから手招きする。
2人はシャンに一礼して着席した、
「…すげぇレストランっすね」
「まあな。シェフも素材も揃ってる」
シャンは微かに笑みを浮かべる。
「で、訊きたいことってのは ? 」
「はい…」
ラットグは慣れない豪華な椅子に座り直しつつ、尋ねた。
「まず、どうしてギルドを作ろうと思ったんですか ? 」
「そりゃあ、金が世界を動かすからさ」
シャンは即答した。
「武力で天下取りなんざ、もう古いんだよ。俺たち商人が世の中を変える」
「…金の力で世を造りかえる、と ? 」
「金というか、利益よ。武力よりもよっぽど合理的だろ ? 」
シャンのその言葉に、ラットグは答えなかった。
しかし、ラットグは結構人を見る。
このシャンという男はただの欲望の塊ではないということ、
そして飛星のような気品を持っていることを、なんとなく感じていた。
「……時代劇とか見ると、悪代官と結託して悪巧みする商人とか、よく出てくるよな」
ラットグもフリージアも喋らないのを見て、シャンが再び口を開いた。
「今の時代でも、そうやって暴利をむさぼる連中がいる。
だから商人に対して、いい印象持ってない奴も多いだろう」
シャンの顔つきが、途端に真剣になった。
「実はな…俺は昔、シグマ軍に在籍していたことがある」
シャンのその発言に、ラットグとフリージアは目を見開いた。
「俺は元々、新技術のテストタイプとして作られた。だが結局その計画は中止され、
路頭に迷った俺は、流行というか…ファッションみたいな気分で、シグマ軍に入った」
「ファッション… ! ? 」
ラットグの表情に、怒りがにじみ出た。
ラットグはシグマを、というよりも、非道な真似をしたシグマ軍を恨んでいる。
その後クーデターを起こしたレプリフォースに対しても、多少なりとも嫌悪感を抱いている。
もっとも、アイリスやカーネル、ジルバ達の前では、それを表に出さないが。
「ああ。気まぐれで、だ」
シャンは自嘲的な笑みを浮かべた。
「…さて、どこから話そうかな…」
第四話・鬼の出発点
雨の中、俺たちの乗る輸送車は、泥水を跳ねさせながら走っていた。
他の連中は、人間をどうやって殺すだの、武器がどうだの、そんな話をしていたが、
俺は自分の持つレーザー機銃を眺めているだけだった。
(逃げ出すなら今のうちか…)
俺は心の中で呟いた。
「Σ」のマークが刻まれたアーマーを着てみたものの、「着たからどうした」という気持ちの方が強かった。
だが逃げ出したところで行く当てもないし、追っ手からも逃れられる自身がない。
ただただ、時を過ごすだけだった。
その時、輸送車が停止した。
目的地に着いたんだろう。
俺も他の連中と一緒に、輸送車から降りて外に出た。
そこは他の部隊が既に壊滅させた都市。
生き残っている人間や、イレギュラーハンターを探し出して殺せという命令だった。
俺もレーザー機銃を構えて、廃墟の中を探索する。
元々真面目にやる気がなかったから、適当にだが…
半壊した建物に近づいたとき、ある音が俺の耳に飛び込んできた。
赤ん坊の泣き声だ。
瓦礫の物陰を覗くと、一人の女が小さな赤ん坊を抱えて震えていた。
「…お、お願い……こ…この子だけは…」
母親は呂律の回らない口調だったが、はっきりとそう言った。
その時俺は確信した。
間違っていた、ってな。
自分より弱い奴を痛めつけて、自分より弱い奴を苦しめて威張っている…
それがシグマ軍の正体だった。
俺はとりあえず、その母親を安心させようとした。
「大丈夫だ、心配しないで…何処か…何処か安全な逃げ道を…」
「おい ! 」
後ろからの叫び声に、俺は反射的に振り向く。
部隊の仲間…いや、『同僚』が4人近づいてきた。
「何かいたのか ? 」
「ん ? 人間じゃねーか ! 」
そいつらが母子にレーザー機銃を向けたので、俺は慌てて制止した。
「待て、無抵抗じゃないか ! 」
「あん ? だから面白いんだろーがよ」
「その通り、人間を殺すためにここにいるんだからな」
「一発で殺すなよ。時間をかけて苦しめろ」
「わかってらぁ。まずは足…」
…次の瞬間、俺は自分のレーザー機銃のトリガーを引いていた。
発射音と閃光が響き、母子を撃とうとしていた奴の体が焼けこげ、首がもげた。
レプリロイドを殺したのは、それが最初だ。
「貴様、血迷ったか ! ? 」
「裏切り者だ ! ぶち殺せ ! 」
他の同僚が俺に迫ってくる。
「早く逃げろ ! 」
俺が叫ぶと、母親は赤ん坊をしっかりと抱きかかえ、俺の後ろをすり抜けるように走り去った。
「死ね ! 」
俺はレーザー機銃が自分に向けられた瞬間、
先ほど自分が射殺した同僚の体を持ち上げ、それを盾にして身を守った。
そしてさっと地面に倒れつつ、2人をレーザー機銃で射殺した。
自分にこんな器用な真似ができると知って驚いたが、
元々戦闘用新技術の実験型として作られたのだから、当然といえば当然だな。
残った1人は接近戦に自信があったらしく、
俺が起き上がる前に殺そうと思ったのか、俺の横から回り込んできた。
俺は寝返りを打つようにしてそいつのビームサーベルによる刺突を回避し、跳ね起きた。
悠長に機銃を発射態勢に構えられるような距離ではなかったので、
俺は撃つ代わりに、銃床でそいつの頭を一撃する。
さらに、メットに覆われていない顔面にも一撃。
そのあと3、4回ほど銃床を叩きつけてやると、そいつはもう動かなくなった。
…が。
「なんだ、何があった ! ? 」
「裏切りだ ! 」
部隊の他の連中が駆けつけてきやがった。
レーザー機銃やバスターの集中砲火を、俺はなんとか回避したが、自分のレーザー機銃が損傷した。
俺は使い物にならなくなったレーザー機銃を捨てると、地面に転がっていた紅いビームサーベルを手に取る。
もちろん、今撲殺した奴の武器だ。
そしてレーザー機銃の雨をかいくぐり、自分でも意味の解らない叫びを上げつつ、
先頭に立っていた奴を袈裟に斬り捨てる。
さらにそいつの体を盾にして銃撃を防ぎ、2人、3人と斬った。
だが敵の数が多い。
俺が自分の『能力』を使おうとした、その時だった…
空中に銀色の影が舞い、兵士が何人か、首筋から鮮血を吹き出して倒れた。
「な、何事だ ! ? 」
「う、うわあぁぁ ! ! 」
次から次へと、かつての同僚達は倒れていった。
俺は宙を舞うその銀色の影が、投げナイフ…飛刀だと解った。
そして、その飛刀を投げた奴の姿も見えた。
カンフー服を身に纏った、軽装のレプリロイド。
灰色の目、白い頭髪…
そいつが投げる飛刀を避けられた奴はいなかった。
俺には、そいつの殺気がそのまま刃となって飛び、敵を仕留めているように思えた。
「う、うおおお ! ! 」
ビームサーベルを握った兵士2人が、そいつに斬りかかっていった。
しかし…
一瞬だった。
一瞬の内に、そいつの指が2人の喉を貫いた。
その後、そいつは動いた。
舞うが如く流麗なそいつの拳術により、兵士達の息の根を止めていく。
俺ははっと我に返り、ビームサーベルを握り治し、敵を手当たり次第に斬り捨てた。
全てが終わったとき、俺とそいつは向かい合って立っていた。
俺の手から、スイッチを切ったビームサーベルが滑り落ち、地面にぶつかって乾いた音を立てた。
「……片付いたか」
その時、人間の男の声が聞こえた。
老人だ。
もう70は過ぎているように見えたが、その眼光は突き刺すように鋭く、俺はたじろいだ。
灰色の目をした修羅はこの爺の連れらしいと思ったが、俺は何をするでもなく、呆然と立っていた。
その爺は俺をまじまじと見つめ、微かに笑みを浮かべた。
「…精進することだな」
…それだけ言って、その爺は歩き始めた。
灰色の目をした奴もそれに続く。
俺は自分の体が震えているのが解った。
同時にそれが、恐怖ではないことも…
… … … …
シャンが語り終えた後も、ラットグとフリージアは、
自分たちの目の前に料理の前菜とスープが置かれていることも忘れ、ただ沈黙していた。
「……食いなよ。冷めちまう」
シャンに言われ、ラットグとフリージアはナイフとフォークを手に取った。
フリージアのテーブルマナーは見事なものだったが、ラットグの食べ方は少し品がない。
しかし腹に物を入れて気分が落ち着いたらしく、ラットグは口を開いた。
「それが…廬老師と…」
「ああ、飛星だ。なんというか、格の違いを見せつけられた。いろいろな意味でな」
そう言って、シャンは自分も前菜を口に運んだ。
言うだけあって、完璧なテーブルマナーである。
「情けないと思うかも知れないが、その後俺はその爺さんの前に土下座して、
弟子にしてくれって泣きながら頼んでた」
「…オイラにも、なんとなく解る気がしますよ」
ラットグが言う。
「オイラにも…師と呼べる人が何人かいますからね…」
「…そうか……」
シャンはグラスに注がれた白ワインを一口飲む。
「ま、俺は金勘定が上手かったから、廬武館の金庫番をやってた。
そして自分でいろいろ考えているうちに、商人が自分に一番合ってると思ったのさ。
敵を打ち砕いて世を照らす光よりも、誰かを助けて世を潤す水として生きてみようかってな
…おっと、こいつはちょっとクサかったか」
シャンは微かに照れたような笑みを浮かべる。
一見ヤクザやマフィアのような風貌だが、
このような人なつっこい面が人を惹きつけるのだろうと、フリージアは思った。
「…さて、そろそろメイン・ディッシュが来る。その前にさっさと食っちまおう」
…………
丁度同じ時刻。
ホテルの玄関を、1人の少女がくぐる。
紺色のコートを羽織り、背中で結わえてある青い長髪と、アメシストのような紫色の瞳が印象的だった。
整った顔立ちで、例えて言うのなら高品質のアンティークドール、と言ったところだろうか。
作り物のような、という意味も含めてである。
彼女は真っ直ぐにカウンターまで歩いていき、係に尋ねた。
「…シャンは ? 」
「会長でしたら、今お客様とお食事中ですが…失礼ですが、どちら様でしょうか ? 」
「サラヴィエィ」
彼女が無機質な声でそう答えると、フロント係はいささか慌てたように、
「し、失礼しました ! 408号室にてお待ちになるようにと、会長が仰っておりました」
「ありがと」
彼女は部屋の鍵を受け取ると、エレベーターに向かった。
丁度エレベーターが1階に到着して扉が開き、中に乗っていた赤目の男が降りてきた。
英鴻である。
「おっ、サラじゃないか」
「…軍師さん」
彼女…サラヴィエィは作り物のような表情のままで、英鴻に歩み寄る。
「久しぶり」
「ああ、元気だったかい ? 」
「うん。忙しいけど、凄く楽しい」
サラヴィエィは、口元を僅かに綻ばせる。
「軍師さん、任務で来たんだよね ? 」
「そうさ。“神策軍師”、“碧眼鬼”、そして“染血鷹”サラヴィエィ…
廬武館“八傑”のうち3人が、また一緒に戦うわけだ。よろしくな」
「軍師さんこそ、無理しないでよね」
「はは。じゃ、また後で」
「うん」
そう言って、英鴻はカフェテリアに、サラヴィエィは上の階に上がるためエレベーターに向かう。
「さてさて…賑やかな諜報活動になってきたな…」
第五話・刺客、来る
「どうも、ご馳走になりました」
「なに、これから宜しく頼むぜ」
そう挨拶を交わして、ラットグとフリージアはシャンと別れた。
「あの人とは、上手くやっていけそうだな」
「うん、そうだね」
そんなことを話しながら、2人はカフェテリアに向かった。
英鴻から、カフェテリアにて待つという連絡があったのだ。
そして2人がカフェテリアに着くと、英鴻が窓際のテーブルから手を振った。
「どうだった ? ああ見えて根は良い奴だろう ? 」
「ああ。上手くやっていけそうだぜ」
そう言いながら、ラットグは着席する。
英鴻は「それはよかった」と答えつつ、コーヒーを一口すする。
「2人も何か、飲み物でも頼むかい ? 」
「んじゃ、オイラはホットミルクでも」
「私は紅茶を何か…」
…その頃、シャンはフロント係からサラヴィエィの到着を聞き、部屋へと向かっていた。
「………さて、と…」
宿泊客のいない階の廊下で、シャンは立ち止まった。
そして、さりげなくスーツの懐から、左手で十手を取り出す。
「……おい…そろそろ、出てきたらどうだ ? 」
シャンが言ったとき、彼の背後の曲がり角で何かが動いた。
黒いアーマーを着た『それ』は、目にも映らぬ速度で飛び出し、シャンに襲いかかる。
「ぬん ! 」
繰り出された一撃を、シャンは紙一重で回避する。
そして十手を突き出すが、そのレプリロイドは後方に跳躍してかわす。
「…刺客…か」
そのレプリロイドは顔の上半分をバイザーで隠し、短いビームサーベルを両手に1本ずつ握っていた。
腰にはビームサーベルを携帯するためのホルダーが4つあり、
そのうち2つには3本目、4本目のビームサーベルが装着されている。
(人を殺し慣れてるな…恐らくプロ中のプロだろう。
やれやれ…屋外でなら、殺し合い用の武器を使うんだが…)
シャンがそう考えていると、刺客はシャン目がけて右手のビームサーベルによる刺突を放った。
シャンは空いている右手を背中に回しつつ、左手の十手で下からすくい上げるように、
刺客の右手を弾いて軌道を逸らす。
その直後、刺客は左手のビームサーベルで切り上げてくる。
「ふん ! 」
シャンは後ずさって回避すると同時に、後ろに隠した右手を突き出した。
「セイヤァッ ! 」
その瞬間、刺客の腕から僅かに血が吹き出す。
シャンの右手の全ての指先から、黒い爪のような形状の物体が発生していた。
金属ともビームとも違い、液体とも気体とも似つかない、奇妙な黒い物質だった。
「攻めの手・暗黒手爪(イービルネイル)…いくぜ ! 」
刺客は少し警戒したらしく、ビームサーベルを構え直しつつ距離を取った。
と、次の瞬間…
「 ! 」
背後から、別の何者かがビームサーベルを手に斬りかかってきた。
シャンは左手の十手を捨て、左手からも黒い爪を発生されてそれを受け流す。
「暗黒物質(ダークマター)か…やるねぇ」
後ろから斬りかかってきた男が言った。
青い長髪に、赤い半透明のバイザー。
見る者が見れば、それだけでその男の名が解るだろう。
「……ダイナモか」
シャンが言った。
「あ、俺のこと知ってるの ? 」
その男…ダイナモは、飄々とした口調でそう尋ねる。
「裏の情報を集めるのも得意でな。ましてや、シグマに手を貸したんだろ ? そりゃ有名にもなるさ」
「なるほどね。ま、そういう世界だからな」
シャンはダイナモにそう言いながら、右側にいる黒いアーマーの刺客に対する警戒も怠っていない。
彼もまた、修羅場慣れしているのである。
「てめぇら、誰の差し金だ ? 」
「訊いたら答えると思うかい ? 」
「思わねぇな。一流の殺し屋なら、依頼主のことは絶対に他言しない」
そう言いつつも、シャンは勿論、今このタイミングで自分の暗殺を企む人物に心当たりがあった。
言うまでもなく、武器商人のラドファッドだ。
「依頼主からは、いくらもらったんだ ? 」
「500万…ってとこかな」
「10倍払う。そいつを殺せ」
「うーん、ありがたい話だけど、無理だね。
こっちも一応ビジネスでやってるわけだからさ、金で依頼主を裏切ったりすると、商売の信用に傷がつく」
「そうかい。ビジネスマンとして敬意を払わせてもらうぜ」
シャンは両手の黒い爪を振りかざし、ダイナモを襲う。
そして黒いアーマーの刺客の攻撃を防ぎ、挟撃された状態からの脱出を試みた。
「よっと」
ダイナモが刺突を繰り出す。
シャンは軽く跳躍し、床にバタリと倒れた。
無論、刺されたのではない。
中国武術の1つ・地功拳。
地面を転げ回りながら戦うのに適した武術である。
「せいッ ! 」
シャンは腰をバネにしてダイナモの胸付近を蹴りつけ、床を転がってダイナモの背後へ抜けた。
起き上がって、両手の爪を構える。
「ちっ…」
蹴りによるダメージはそれほどではなかった。
ダイナモは反転してシャンを追撃しようとする…が、
「…うっ ! ? 」
突如、激痛に顔を歪めて立ち止まる。
「…縛り手・暗黒荊針(イービルローズ)」
見ると、黒い数本の茨が、床から生えてダイナモの右足に絡みついていた。
ダイナモは振りほどこうとするが、茨はさらに伸び続け、棘が食い込む。
「下手に動くと、足がズタズタになるぜ」
シャンが少し距離をとった直後、今度は黒い刺客が凄まじい速さで突貫してきた。
このような状況で、まずダイナモを助けるなどという愚は犯さない。
シャンが迎撃しようとした、その時だった。
「シャン、伏せて ! 」
後方からの叫びに、シャンは身をかがめた。
シャンの頭上を、青白い光が通りすぎていく。
黒い刺客が2本のビームサーベルでそれを防ぐと、シャンの背後からサラヴィエィが飛び出した。
「殺(シャア)ッ」
サラヴィエィは、左手に握ったビームライフルを構え直しつつ、空中から旋風脚を繰り出す。
黒い刺客がバックステップで避けた時、ダイナモが黒い茨から抜け出した。
「痛ててて…しょうがねぇ、退くか ! 」
茨の棘により無惨な傷を負った右足を引きずり、
ダイナモはシャンとサラヴィエィから離れると、簡易転送装置を起動した。
黒い刺客も、同時に転送装置を起動する。
ホテルは防犯のため、外からの転送はシャットアウトされるが、
火災などの際迅速に避難できるように、内部から外への転送は可能なのだ。
かくして、2人の暗殺者は光の中へと消えた。
「…やれやれ、油断ならねぇな」
そう呟くと、シャンは両手の黒い爪を消し、サラヴィエィの方を向いた。
「サラ、助かっ…うおっ ! 」
シャンは後方に数歩よろめいた。
サラヴィエィが、突然シャンに抱きついたのである。
「シャン…会いたかった…」
「…ハハ…寂しかったか ? 」
シャンは軽く微笑み、サラヴィエィの肩を抱いた。
「またお前にも、頑張ってもらわなきゃならないが…」
「大丈夫、できるよ。何だって…」
「おし、2人でラドファッドの野郎をぶちのめしてやろうぜ」
……その後、シャンはホテルの警備を厳重にさせ、英鴻、ラットグ、フリージアの3人を自分の部屋に呼んだ。
「刺客を送り込んできたか…」
「ああ。お前達の方には来なかったってことは、奴らはまだイレギュラーハンターの動きには気づいていないってことだな」
シャンと英鴻が、今後の作戦を話し合う。
再び襲撃される可能性があるため、全員が武装している。
ラットグと、槍を持ったフリージアが扉の前に立ち、侵入者に供える。
サラヴィエィは膝にライフルを置き、左手に鞘に収められた日本刀を握り、シャンの隣に座っている。
シャンも懐に武器類を隠し持っているし、英鴻も荒事には向かないとはいえ、拳銃くらいは持っているだろう。
「任務は続行するとして、ハンターベースの方に増援と、
特務憲兵隊がすぐに動けるように段取りをとってもらおう。
とりあえず、我々はパーティーでは、武器取引の会合現場を押さえる。
ラドファッドが麻薬の密売もやっていることがわかったのは、好都合だ。
ラドファッドとその一味は麻薬密売の現行犯としてこの国で捕らえ、
政府の内通者、シンジケート・コスモの残党は特務憲兵隊に任せることができる」
「なるほど、その政治家共がこっちの動きに気づいたら、
内通の証拠なんてすぐに揉み消しちまうだろうからな」
「ホテルの警備を厳重にしたのはいいが、保安システムがハッキングされることは ? 」
「“小旋風”特製のファイアウォールだからな。簡単に破れはしねぇ」
シャンが言う。
「“小旋風” ? 会社の名前か何かですかい ? 」
ラットグが尋ねると、英鴻が答えた。
「八傑の1人さ。電子戦・電脳戦のスペシャリストでネ…」
「“飛天竜”、“碧眼鬼”、“神策軍師”、“紅夜叉”、“大旋風”、“小旋風”、“月焔刀”、“染血鷹”……
今思えば、いろんな奴らが集まっていたもんだ」
シャンがしみじみと言う。
「よし、とにかくパーティーまでは各自身辺に気を遣い、十分用心しよう」
こうしてこの場は解散し、一同は眠りについた。
それからパーティーまでの間、情報収集や作戦会議を続ける。
また、ハンターベースから増援として、ゼロ、レノン、アクセルの3人が派遣されることとなった。
…そして、パーティー当日…
「準備はいいかい ? 」
スーツを着た英鴻が、ラットグとフリージアに言った。
英鴻のようにあまり大柄でない方が、
「は、はい」
フリージアは淡いピンク色のドレスを着て、気恥ずかしそうにうつむいている。
「顔上げろって。怪しまれるだろ ? 」
そういうラットグは、慣れない服を窮屈そうに着ていた。
英鴻、ラットグ、フリージアの3人がパーティーへ潜入し、内通の証拠を見つけ出す。
シャンとサラヴィエィはラドファッドの網戸付近にて待機、
英鴻達が会合の現場を押さえた後、ゼロ、レノン、アクセルらと合流し、網戸に踏み込んで制圧する。
そして後は、特務憲兵隊に任せれば良いのである。
「よし、行くとしようか」
第六話・War Patry !
「…貴族、王族、政府の要人…いろいろ集まってるネ…」
「そうですね…テレビとかで何度か見かけた人もいます…」
「おっ、あの料理美味そう…」
パーティー会場の宮殿内。
豪華な料理が湯気を立て、良質な服を着た人々が雑談している。
主催者などの挨拶も行われ、一見優雅なパーティーが始まった。
「あ、英鴻兄ぃ、あの男…」
ラットグが目立たないように、1人の男を指さした。
一見すると、口髭を生やした立派な紳士だが、細長い目には狡猾そうな光が潜んでいるようにも見える。
「付けひげと付け黒子で上手く変装してるけど…ラドファッドだ」
「確かか ? 」
「ああ、間違いない。あ、ほら、見ろよ…」
その男の背後に、スーツ姿の屈強なレプリロイド2人が付き従っている。
自然に振る舞っているつもりのようだが、仕草などからして、
いかにも暴力団の用心棒のように見えた。
何人かの貴族達も、不審な目を向けている。
「なんでまた、あんな明らかに堅気じゃなさそうな奴ら連れてくるんだか…」
「人がいないんだろうネ」
その時、ラドファッドとその護衛2人は、会場から出て廊下へと向かっていった。
「んじゃ、英鴻兄ぃ、ちょっくら探ってきます」
「ああ、頼む」
「行くぜ、フリージア」
「う、うん」
ラットグとフリージアは、その3人の後を追って廊下に入った。
無論、気づかれないように距離を取りながらである。
そして3人が曲がり角を曲がると、ラットグはフリージアに待つように言って、自分1人で曲がり角の先をのぞく。
その先にはいくつかのドアがあり、ラドファッドはその中の1つの部屋に入っていく。
護衛2人はドアの前に立って周囲を伺う。
元々何のための部屋かはともかく、その中で会合が行われていることは確かだ。
(宮殿の見取り図を見たけど、あの部屋へ入るドアは他に無かったな…)
ラットグはフリージアを側に呼ぶと、なにやら耳打ちした。
「…いいな ? 」
「…わかった」
フリージアができるだけ自然に、護衛2人の前を歩いていく。
相手は一瞬身構えたが、子供、それも少女なので多少戸惑ったようだ。
「あの、すみません、おトイレはどちらでしょうか ? 」
ラットグのいる地点とは反対側に達したとき、フリージアは護衛達に尋ねた。
「トイレなら、確か…」
護衛の片方が親切にも場所を教えようとしたとき、彼らの背後からラットグが襲いかかった。
フリージアの方を向き、しかも体格差からフリージアを見下ろす形となっていた2人は、
ラットグの接近にすら気づけなかっただろう。
一瞬で手刀をたたき込まれ、気を失うその2人。
倒れる体をラットグとフリージアがそれぞれ受け止め、音を立てないようにゆっくりと床に横たえた。
さすがに今の時点で殺すわけにはいかない。
ラットグは懐から、紐のような物を取り出すと、それをドアの鍵穴に差し込んだ。
内視鏡の技術を応用して作られたファイバースコープ、それも盗聴器付きの代物である。
『……それにしても、なんでまたこんな所で会合など…』
『しかたありますまい。逆に言えば、誰もこんな所で武器横流しの会合が行われるとは思わんでしょう』
小型モニターに映る映像、そして音声を聞いて、ラットグはほくそ笑んだ。
『で、例の流体装甲はいつ流してくれるのだ ? 』
『あれはまだ実験段階故、もうしばらくかかるな。しかし衛星ビーム砲の方は、近いうちに…。
ラドファッドのおかげで、パーツをいくつにも分割して、ばれないように送ることができる。
戦略レーザー砲事件の時に助けてやった甲斐があったという物…』
『この程度、造作もありませんよ。大臣閣下』
『わかった、金は用意できている。そして我らの手で政府を裏から乗っ取った暁には…』
『ああ、我々が世界を廻すのだ…』
(…スラムのゴミ溜めより汚い奴らだ…)
ラットグは今まで、傍目には「卑怯」「姑息」と見える手段を幾度となく行使した。
どんなに他人から蔑まれようと、果たさなければならない約束と信念のために。
そして、そのために無関係の人間を巻き込んだこともない。
しかし、他人を足蹴にして私腹を肥やすやり方…反吐が出そうだった。
「……さてと、英鴻兄ぃに伝えるか………」
「シャン、軍師さんから連絡」
喫茶店の中。
サラヴィエィが、隣にいるシャンに言う。
「攻撃命令か ? 」
「うん。ぶっ潰せって」
「へへっ、それじゃ、一暴れしようかな」
そう言うのは、援軍としてハンターベースからやってきたアクセル。
その隣には、勿論ゼロとレノンもいる。
「よし、行くか」
「ああ」
「宜しく頼むぜ、ハンターさん方」
ゼロ、レノン、アクセル、シャン、サラヴィエィの5人が席を立つ。
喫茶店の支払いを済ませ、ラットグの発見したラドファッド一味の網戸へ向かう。
表向きは普通の酒場。
裏は、麻薬の貯蔵庫…いや、それ以上に何かあるかもしれない。
「さて、どう攻める ? 」
「悪いがアクセルはここに残って、逃げ出してくる奴がいたらぶちのめしてくれ」
「ええー ? …まあしょうがないか」
アクセルが渋々見張り役を引き受ける。
作戦は、ゼロが正面から乗り込んで酒場を制圧。
レノン、シャン、サラヴィエィは裏口から突入し、問答無用で敵を殲滅、麻薬を押収するのだ。
「よし、作戦開始だ」
レノンら3人は裏口に回り込み、突入の構えをとる。
「行くか ? 」
「おうよ」
シャンが薄ら笑いを浮かべて応ずる。
サラヴィエィは右手に抜き身の日本刀、左手にビームライフルを握り、既に戦闘態勢を整えている。
レノンが裏口のドアを蹴破る。
中にいたレプリロイド達が、ぎょっとしたように振り向く。
ラドファッドの配下のようだ。
「イレギュラーハンターだ、大人しく武器を捨てろ ! 嫌だって言うなら、首と体が別れるぜ ! 」
「ちくしょう、嗅ぎつけてきやがったか ! 」
体格の良いレプリロイドが、近くにあった鉄パイプを手に取り、レノンに殴りかかる。
しかし鉄パイプの長さや天井の高さを考慮せず、上段から殴りかかったため、鉄パイプの尖端が見事に天井にぶつかり、動きを止めた。
「…素人は引っ込めよ」
半端呆れたような声と共に、レノンはその男の腹をしたたかに殴った。
男はうめき声を上げると、仰向けに倒れる。
「てめぇ、こんちきしょう ! 」
他の者達も、拳銃やナイフを手に襲いかかってくる。
「怪我だけですませてやらぁ」
シャンは余裕たっぷりに言うと、突き出されたビームナイフをかるくかわし、顔面に手刀を撃ち込む。
鼻を打ち砕かれて絶叫する男をそのままに、さらに1人を回し蹴りで倒した。
サラヴィエィはビームライフルを構えると、3発連続で発射する。
3発の青白い光が、拳銃を握った3人の男達の手を撃ち抜く。
3人は悲鳴を上げた直後に、それぞれレノンのボディーブロー、
シャンの肘打ち、サラヴィエィの正面蹴りによって沈んだ。
「…雑魚だね」
サラヴィエィが相変わらずの無表情で言う。
「だが、傭兵も雇ってるからな。全部がこんなトーシロばかりじゃないだろう」
「ダイナモとかいう奴と、例の…黒いアーマーの暗殺者か ? 」
レノンの問いに、シャンは頷いた。
「調べてみたんだが、あの黒い奴は恐らく、『クレーエ』と呼ばれている殺し屋だ」
「クレーエ ? 」
「ドイツ語でカラスのことを言う。どうもそれはコードネームらしくてな、本当の名前はわからねぇ。
だが、恐ろしく腕の立つ殺し屋で、一瞬で敵の息の根を止める。
奴が何処で誰を殺したかって記録も、ほとんど残っていない。
だが4本のビームサーベルを使うって話だ、あいつはそのクレーエに間違いないだろう」
言いながら、シャンは指をポキポキと鳴らす。
「そいつは強敵だな…」
「だが、俺と戦ったとき、どうやら本気を出していなかったみたいだ。原因はわからねぇが…」
「…血が見たいんだ」
サラヴィエィが、呟くように言う。
「…血 ? 」
「あいつは、血が見たいだけ。そのために、自分の技を使いたいだけ」
抑揚の無い口調で語るサラヴィエィに、レノンは何か不気味なものを感じた。
飛星のように侵しがたい威圧感があるのではない。
昔はイレギュラー達の中で育てられ、その後ゼロ同様に様々な戦いをくぐり抜けてきたレノンだからこそわかる、
『血生臭さ』が感じられるのだ。
その時、奥の方から足音が聞こえる。
がちゃがちゃという金属音も聞こえ、それが武装したレプリロイド達だと解った。
「…傭兵共がやってきたようだ」
「どうする ? …って、決まってるか」
「ああ…」
レノンとシャンが前へ出かけたとき、サラヴィエィがそれを止めた。
「私が殺(や)る」
「サラ…よし、わかった。頼りにしてるぜ」
シャンの言葉に、サラヴィエィはこくりと頷くと、前へ走り出した。
レノン、シャンも後に続く。
そして、端に下り階段の有るやや広い部屋で、ラドファッドの雇った傭兵達が待ちかまえていた。
「“碧眼鬼”が来たぞ ! 」
「ぶち殺せ ! 」
ビームサーベル、バスター、アサルトライフルなどで武装した傭兵レプリロイドが、総勢12名。
3人からしてみればさほど驚異ではないが、敵も歴戦のエキスパートだろう。
サラヴィエィはビームライフルのグリップにあるスイッチを押した。
ライフルの銃口の下部から、緑色のビーム銃剣が発生する。
そして傭兵達のただ中に、サラヴィエィは躍り込んだ。
速い。
先頭のビームサーベルを持った傭兵を、日本刀で逆袈裟に斬り捨てたかと思うと、
横にいた1人の喉元をビームライフルの銃剣で切り裂き、そのまま薙ぎ払うようにビームライフルを3連射。
奥の方にいた3人が、たちまち額を撃ち抜かれ、仰向けに倒れる。
そして斜め後ろの傭兵を振り向きざまに切り伏せつつ、ビームライフルを逆方向の敵に向けて2発撃つ。
早くも7人を片付けると、跳躍して反転、空中からさらに1人を射殺し、着地と同時にもう1人斬殺する。
横から斬りかかって来た敵をビーム銃剣で刺殺して突き倒し、
そのままその後ろでバスターを構えていた敵にビームをお見舞いする。
最後に残された1人は自棄になって、アサルトライフルをフルオートで連射しようとする。
しかしそれよりも早く、サラヴィエィの日本刀が、音も立てずにその首を落としていた。
刀とビームライフルを遠近で使い分けるのではなく、同時に使いこなし、全方位の敵を一掃する。
それが、“染血鷹”サラヴィエィの戦闘スタイルだった。
「すげぇな…あんたやっぱり、戦闘用に作られたのか ? 」
レノンの問いに、サラヴィエィは首を横に振った。
「戦闘用じゃない。…殺戮用レプリロイド」
「殺戮… ! ? 」
「少年よ、レディにいろいろ聞くのは野暮ってもんだ」
シャンがレノンの肩に手を置く。
馴れ馴れしい奴だなあと思いつつも、レノンは女に間違えられなくて少し喜ぶ。
その時、何者かが部屋の反対側のドアを蹴破る。
3人は反射的に構えるが、入ってきたのはゼロだった。
「酒場には暴力団らしい奴らがいたから、全員叩きのめした」
「そうかい、こっちも大体片付いただろう」
「ラットグの奴が探り当てた倉庫は…」
レノンが、部屋の端にある階段に目を付ける。
「この下か」
「恐らくな。倉庫の他にも、儲けをため込んでる金庫や、取引のデータが保管されているだろう」
「…よし、降りるか」
ゼロが先頭に立って階段を降り、その後ろにレノン、サラヴィエィが続く。
殿を固めるのはシャンだ。
地下に降り、4人はその通路を歩いていく。
割と広い通路なので、4人が十分な間隔をとり、横に広がって歩くことができる。
そして、曲がり角を曲がると、見覚えのある顔が待っていた。
「おーっす、久しぶりだな、ゼロ」
「…やっぱりいたか」
そこにいたのは言うまでもなく、ダイナモであった。
ビームサーベルを手に、既に臨戦態勢である。
「ダイナモ、悪いことは言わない。そこをどけ」
「そうは問屋が卸さない。…行くぜ ! 」
ビームサーベルを中段に構え、ダイナモが打ちかかってくる。
「下がっていろ ! 」
ゼロはセイバーでそれを防ぐ。
が、このとき予想外のことが起きた。
ゼロは防いだ直後に返し技を繰り出そうとしたのだが、それよりも前に、ダイナモが後方に倒れてしまったのである。
「うわー、やーらーれーたー ! 」
ダイナモが棒読みで叫ぶ。
「くそ、参ったぜ。まさかここまで強くなっているとはね」
「…お前、何の真似だ ? 」
誰の目にも、ダイナモがわざと負けたようにしか見えない。
ダイナモはそんな4人を無視し、語り始める。
「ここから先は俺の独り言なんだけどな、この先にはデータ類や金なんかが保管してある金庫がある。
けどその中にはまだ傭兵が1人残ってる。
クレーエって呼ばれてる野郎だ、あいつは手強いだろうなぁ。
それ以前に、あの超合金製の金庫のドアを簡単に破れるかねぇ ? 」
そんなことをぼやきながら、ダイナモはゼロ達の脇を通り抜けていく。
サラヴィエィがその喉元に白刃を突きつけるが、シャンが刀を降ろさせる。
「雇い主は裏切らねぇんじゃなかったのか ? 」
「残念ながら、俺はあんたが敬意を払うほど、ビジネスマン魂を持ってるわけじゃない」
シャンに向かって、ダイナモは軽く苦笑する。
「金で雇い主は裏切れないけど、割に合わない仕事をするのも御免でね」
「クク、そうかい、そういうことかい」
シャンも苦笑で返した。
ダイナモはそのまま、4人の来た道へ去っていった。
「……さてと、やっぱりクレーエって傭兵がいるわけか」
「クレーエ…名前は聞いたことがある…」
ゼロが言う。
「ま、ここまで来たら進むしかないだろ」
「そうだな」
4人はそのまま、周囲を警戒しつつ進んでいく。
そしてとうとう、ダイナモの言っていた大型の金庫室の前に辿り着いた。
「この中…か」
「ああ、クレーエがいるのもこの中だ」
「なるほど、このドアを破るのはちょっと骨が折れるかもな」
レノンが言うと、シャンが微かに笑った。
「下がってな、俺がやる」
「どうやって ? 」
「殺し合い用の武器だ。でかすぎて屋外じゃないと使いづらいが、ドアをぶち壊す程度ならな…」
シャンの手元が光る。
武器を手元に転送したのだ。
4メートルほどもある巨大なその武器を、シャンはビリアードのキューのように構えていた。
「鬼の武器って言ったら、やっぱコレだろ ? 」
「…金棒…か」
シャンは水平に構えた巨大な金砕棒を、腰を使って思い切りドアに叩きつけた。
抗議の悲鳴と共に、ドアは砕け散る。
次の瞬間、ドアの破片の向こうから、黒い暴風が飛び出してきた。
レノンとサラヴィエィが、同時に刃を突き出す。
黒いアーマーを着たその男は、レノンのビームサーベルをかわし、サラヴィエィの白刃を手甲で受け流した。
「出たな…クレーエ… ! 」
第七話(最終回) ・任務完了
2丁のビームサーベルを構え、伝説の殺し屋とまで呼ばれる、その男は立っていた。
バイザーで顔の上半分を隠し、静かに獲物を狙っていた。
「…来る ! 」
クレーエがゼロに斬りかかる。
ゼロは疾風怒濤の連続攻撃を、セイバーを使ってなんとか防いだ。
「ちっ、速いな…」
シャンは金砕棒を手元から消すと、両手に暗黒物質の爪を発生させた。
「ヤーッハーッ ! 」
シャンは軽く跳躍しつつ、右手の爪で上段から斬りかかる。
レノンも姿勢を低くし、クレーエの背後から斬りかかった。
クレーエは両手のビームサーベルでそれを防御、
ゼロがそこへすかさず袈裟に斬りかかると、後方へ宙返りして回避する。
さらにクレーエの足のつま先からビームサーベルが発生し、後転しつつゼロの喉元を狙う。
「 ! 」
ゼロは驚異的な反射神経で、上半身を後方に反らして回避した。
「…一筋縄じゃいかねぇな… ! 」
続いて、サラヴィエィがビーム銃剣を突き出す。
クレーエは身を捻ってかわす。
今まで無表情だったクレーエが、ニヤリと笑った。
ぞっとするような笑みだが、サラヴィエィは何の反応も示さずに回避する。
「ニオイで解る…お前が見たいのは、血…」
言いながら、サラヴィエィは日本刀で、逆袈裟に切り上げる。
クレーエが紙一重でかわし、ビームサーベル2本を十字に交差させ、斬りかかってくる。
「それもただの血じゃない。手を血に塗らし、血のニオイ、血の衣を纏って生きている者の鮮血…」
日本刀とビームサーベルがぶつかり合うと、特殊コーティングが施された刀身から火花が散る。
その時…
「暗黒荊針(イービルローズ) ! 」
シャンの腕から発生した暗黒物質の茨が、クレーエの体を狙う。
クレーエがそれを回避して体勢を崩した時、サラヴィエィが銃剣を突き出した。
「お前の体を…私が血で染める ! 」
神速の刺突。
誰もが、勝利を確信した。
しかしクレーエの体が、突然後方に下がった。
地面を滑るようにして、体勢を変えることにく瞬時に、クレーエは4人に囲まれた状態から脱出した。
「足の底に何か仕込んでやがる ! 」
シャンが叫んだ直後、サラヴィエィがビームライフルを発砲した。
今までのように敵1体を狙う光線ではなく、広範囲に拡散するビームショットガンだ。
クレーエは辛うじて最初の1発を回避すると、2本のビームサーベルの柄同士を向かい合わせ、連結させる。
「 ! 」
クレーエは両側に刃の発生したビームサーベルを回転させ、散弾ビームを防御する。
連結させたことで出力が向上したのだろう、
先ほどまでより長くなった両頭状態のビームサーベルを下段に構え、
クレーエは低い姿勢からゼロとレノンを切り上げる。
「くっ ! 」
「おっと ! 」
それぞれが自分のビームサーベルでガードしている間に、
クレーエは腰に帯びた残り2本のビームサーベルも連結させ、スイッチを入れる。
「うっ ! 」
「親父っ ! 」
ゼロの脇腹に、ビームの刃が食い込む。
クレーエはゼロを蹴倒すと、両頭状態のビームサーベル2本をめまぐるしく回転させ、
サラヴィエィ目がけて斬りかかる。
「弾き手…」
シャンがサラヴィエィの前に飛び出し、手をかざす。
「暗黒障壁(イービルウォール) ! 」
シャンとクレーエの間に、楕円形の暗黒物質の壁が出現した。
「おらよォ ! 」
クレーエの動きが一瞬止まった瞬間、シャンが壁に体当たりする。
正面から暗黒物質の障壁を叩きつけられ、クレーエは支えきれずにバランスを崩す。
「そこだっ ! 」
レノンのサーベルが、クレーエの胴を一閃。
クレーエは斬撃を受けるが、右に横転して体勢を立て直す。
「浅かったか ! 」
レノンのビームサーベルを受け、クレーエの胴の装甲が溶解し、赤い傷口ができていた。
しかし、動力炉までは食い込まなかったようだ。
レノンが二の太刀を加えると同時にサラヴィエィが斬りかかると、
クレーエは先ほどと同じように、床の上を滑るように動き、レノンの脇をすり抜けた。
「いい加減にしやがれっつーの ! 」
シャンは暗黒物質の壁を分解し、手元に戻す。
そしてそれを再び練り上げ、凝縮させ、バスケットボール大の球体にした。
「壊し手・暗黒球槌(イービルハンマー) ! 」
シャンが球体を投擲する。
ロープ状になった暗黒物質が、シャンの掌と球体を繋いでいた。
クレーエが後転して避けると、球体は轟音と共に、床に半分めり込む。
…クレーエが立ち上がった、その時。
伝説の殺し屋の背中に、2本のダーツが突き刺さった。
「アイゼンイエーガー隊だ。大人しくしろ」
見ると、クレーエの後ろに、騎士型のレプリロイドが立っていた。
クレーエ同様、漆黒のアーマーに身を纏い、
僅かに金色の装飾の施された兜から、淡い色の赤髪がはみ出している。
その背後には、武装したレプリロイド達が付き従っている。
「貴様の雇い主も、既に捕らえられている」
「……」
少しの間の後、クレーエはビームサーベルのスイッチを切った。
しかし、その直後…
強烈な光と煙が、全員の視界を遮った。
「うっ ! ? 」
「閃光手榴弾か ! 」
…それらがはれた時、伝説の殺し屋クレーエは、すでにそこにはいなかった。
「見事な引き際…ってやつか」
シャンはそう呟くが、すぐに特務憲兵隊に向かって叫んだ。
「昇陽会のシャンだ、援護感謝する ! 救護班を頼む ! 」
「承知した」
騎士型レプリロイドは部下達に、重傷を負ったゼロを搬送するように命じた。
「…すまねぇ、俺としたことが…」
「喋るなって、親父」
「大事丈夫だ、貫通はしていないし、動力炉は無事だ」
ゼロが運び出され、レノンはそれに付き添う。
こうして、戦いは終わった。
宮殿の前では、ラドファッド一党と内通者、シンジケート・コスモ残党達が、護送車に乗せられている。
地元の警官隊もかり出され、群がる報道陣を押さえていた。
「ゼロさんが負傷するとはなぁ…」
宮殿の壁に寄りかかり、ラットグがぼやいた。
「暗殺者クレーエ…お師匠さんから聞いたことはあったけど…」
その時ラットグの頬に、冷たい感触が当てられた。
「お ? 」
「はい、お疲れ様」
見ると、フリージアがラットグの頬に、缶ジュースをあてがっていた。
「ありがとよ。お前も、お疲れさん」
「とりあえず、任務は成功…なんだよね ? 」
「ああ。ヤクも押収されたらしいし、これでひとまずは安心だ」
ラットグは夜空を見上げる。
街の明かりが多いため、星は殆ど見えない。
「こっちは夜だけど、日本は今何時くらいかな…」
「えーと、どうだろう…。確か、帰るのは明日の朝って言ってた」
「そうか。ソニアちゃんにはぬいぐるみ、アイリスさんとジルバの旦那には髪飾りも買ったし、
後は何か美味いもんでも食って帰りたいな」
そんなことを言っている2人の元へ、近づいて来る者がいた。
あの、騎士型の男だ。
「…君が、ラットグ君かね ? 」
「…ええ、そうですが ? 」
ラットグが答えると、騎士の方も名乗った。
「特務憲兵隊アイゼンイエーガー隊長、ブリッツェンだ。“シュバルツ・リッター”と呼ばれている」
「そうっすか、どうもお疲れ様です」
「うむ。で、君に少々訊きたいことがあってね…」
「何でしょうか ? 」
ラットグは尋ねる。
「それはな…」
ブリッツェンの左手には、掌に収まるほどの小型ビームナイフが握られていた。
フリージアがその事に気づくか気づかないかという時、ブリッツェンはそのスイッチを入れる。
「 ! 」
フリージアが行動を起こしかけるよりも一瞬早く、ブリッツェンはナイフをラットグに突きだしていた。
「……」
…が、それはラットグの鼻の先で停止した。
ラットグは無表情で、その尖端を眺め、続いてブリッツェンの濃紺の瞳に視線を移した。
「…失礼。深くお詫びしよう」
ブリッツェンは自分の手を、そのビームナイフで切る仕草をする。
しかし、手には全く傷が付かない。
そのビームナイフは、ホログラムによる玩具だったのだ。
「君が本当にキリノの弟子か…確かめたかったのでね」
「お師匠さんをご存じで ? 」
ラットグはやや驚いたような様子だ。
闇の世界に生きたキリノの名を知る者は少ない。
「ああ…私も昔はレプリフォースにいてね…奴とは士官学校時代の同期で、配属されたのも同じ部隊だった」
「じゃあ…貴方も『人斬り部隊』に… ? 」
「いや」
ブリッツェンは軽く苦笑する。
「『人斬り部隊』が結成される前の話だ。思えばあれから随分と経ったのだな…
あの“暴れ馬”が弟子を持つようになったか…」
「“暴れ馬” ? 」
「士官学校時代の、キリノの通り名だ。私は“狂犬”と呼ばれていたよ」
“暴れ馬”に“狂犬”…
ラットグやフリージアの知る冷静沈着なキリノと、
騎士の気品溢れるブリッツェンのイメージからは、遠くかけ離れた名だった。
「そう言えばお師匠さんが、ドイツ出身の喧嘩友達がいたって言ってましたね…」
「はは、そうか、私のことを話していたか。この玩具、奴からもらった物なのだ…」
ブリッツェンは懐かしげな目で、玩具のビームナイフを眺めた。
「奴は人斬りの剣のその向こうに、何らかの『悟り』を見出したようだ…サムライとはそういうものらしいな」
「悟り…ですか」
「うむ…」
ブリッツェンは軽く頷く。
「君もいつか、悟りを開くだろうな。精進したまえ」
「あ、ありがとうございます」
ブリッツェンは踵を返し、部下達の元へ向かっていく。
「…シュバルツ・リッター…ドイツ語だよな ? シュバルツは確か『黒』で…」
「リッターは、ナイトの意味だったと思う」
「ナイト…騎士…“黒騎士”か…」
ラットグが呟くように言う。
「…なかなか、立派な御仁だネ」
いつの間にか、英鴻が近くまで来ていた。
そこら辺の自動販売機で買ったらしい、缶コーヒーを飲んでいる。
「英鴻兄ぃ、いつからそこに ? 」
「だいたい、27、8行前辺りからかな。空けてある行は除いて」
「私も昔はレプリフォースに…の所か」
「…27、8行前って…何のことですか ? 」
英鴻はフリージアに「気にしないように」とだけ言うと、ホテルに戻って祝杯をあげることを伝えた。
「2人は酒は飲まないように。ジュースやお茶で我慢してネ」
「へーい」
……その頃、シャンとサラヴィエィは、人混みから少し離れたところにいた。
何をしているのかと言えば、2人でベンチに座り、シャンがサラヴィエィの肩を抱き、サラヴィエィが頬を寄せ…
……要するに、イチャついているわけだ。
「やっぱお前の技、すげぇよ。攻撃の避け方も冴えてるし、瞬時に照準定めて、次の瞬間には血の雨だ」
「シャンのダークマター(暗黒物質)も凄いよ。普通の奴なら、見た直後に死んでる」
2人とも、話していることは物騒だった。
「あのクレーエのこと…何か解るのか ? 」
「なんとなく…多分あいつ、私と同類」
「…殺戮用…ってことか ? 」
サラヴィエィは頷いた。
「私みたいに、大型ユニットの装備機構はないと思う。けど多分、殺戮用レプリロイドの初期型」
「ハッ。同類なんて言わせないさ。今のサラには俺がいるからな」
「うん…ありがと」
サラヴィエィはシャンに、さらに顔を寄せる。
「ねぇ、シャン」
「何だ ? 」
「私、シャンや、みんなのおかげで…運命や宿命なんて、いくらでも変えられるって知った…。
楽しくすることができるって知った」
「ああ。俺とお前…最初は敵同士だったが、サラと会えてよかったよ。
お前が一緒にいてくれなかったら、ここまでこれなかった」
シャンはそこまで言うと、ふうっと息をついた。
「サラ……これから英鴻や、イレギュラーハンターの連中と祝杯だが…
明日は暇だ。遊びに行かねぇか ? …2人っきりで」
その言葉に、サラヴィエィの顔がパッと明るくなった。
「行く ! 」
「よし、決まりだ ! 今日は飲むのもほどほどにしとくか」
2人は立ち上がり、英鴻達の方へと歩いていく。
空からは、金色の月が見下ろしていた。
ELITE HUNTER ZERO