ろってぃーさんよりゼロアイ(っぽい)小説1「歴史の審判」



序章・軍神追憶

カーネル「准将…」 カーネルは目の前の男に呼びかけた。 その男の周りを、カーネルの部下が取り囲んでいる。 カーネル「投降してください。お願いします」 ? ? ?「レプリフォースはもはや賊軍に堕ちた。投降しようとここで斬り死にしようと、大して変わりはねぇよ」 男は、腰に下げた日本刀の柄に手をかけた。 カーネルは既にビームサーベルを抜いている。 カーネル「っ…攻撃 ! 」 ビストレオ「どおぉぉりゃあぁぁぁ ! ! 」 レプリフォースの先鋒役として知られるスラッシュ・ビストレオが、爪を振りかざして突進する。 しかし… ドスッ 鈍い音がして、ビストレオは地面に倒れる。 准将と呼ばれた男は、刀を抜くことなく、鞘の一撃でビストレオを鎮めてしまったのだ。 武器を構えて殺到しようとしていた他のレプリロイドは、その光景に呆然としていた。 ? ? ?「カーネル、道をあけな」 カーネル「…あけられません ! "武神"と呼ばれた准将でも、レプリフォースへの反逆は許されません ! 」 ? ? ?「カーネル、お前はまさに"軍神"よ…。俺はただ、今回のクーデターに異を唱えただけだ。 それによって罪人となった。俺はジェネラル将軍にすぐに謝ればよかったかも知れない。 だがそれができなかった。だから…」 男は、ついに刀を抜いた。 特殊金属製の日本刀がエネルギーを纏い、青く輝いている。 ? ? ?「お前を倒してでも、逃げ続けて生き延びてみせる。軍人の誇りが武器ならば、武人の誇りはその生き様さ」 数秒、互いに刃を向け合ったまま時が過ぎた。 そして… 神二人が、地面を蹴り 気合いを剣へとそそぎ込み カーネル「うおぉぉぉぉ ! ! 」 ? ? ?「チェェエストウゥゥ ! ! 」 カーネル「……はっ…」 カーネルは目を覚ました。 今の彼の仕事場である、ハンターベースの仮眠室だ。 カーネル「…今になって…こんな夢を見ようとはな………准将…」 カーネルはベッドから起きあがり、仮眠室から出た。 アイリス「あ、兄さん ! 」 そこへ偶然通りかかったのは、彼の妹・アイリス…。 アイリス「…顔色が良くないけど…大丈夫 ? もう少し寝てたら ? 」 カーネル「いや、大丈夫だ。…ゼロはどうした ? 」 アイリス「備品を壊したとかで、さっき総務課の人に連行されて行ったわ」 カーネル「備品を壊した…か。ライドメカ、戦場にある物、自分の体…いろいろと物を壊す奴だ」 アイリス「本当よ ! いつも無茶ばっかりして…それだけでも始末書を書かされていいくらいだわ」 アイリスは常にゼロやカーネルの心配をしている。 当然だ、カーネルにしろゼロにしろ、常に前線で戦わなければならない。 その危険は大きい。 カーネル「それにしても、総務課の奴がよくゼロを連れていくことができたな」 アイリス「うん、『若仙人』って呼ばれてる人が連れていったんだけど、 なんか不思議な人らしいの。中国から来たらしいんだけど、何千年も前の、 私達レプリロイドどころか機械すら無かった時代のことをまるで見てきたみたいに話すんだって」 カーネル「見た目は若いが何千年も前から生きているかのよう…それで『若仙人』か」 総務課 ゼロ「たかが鍋を駄目にしたくらいじゃねーか ! なんで始末書なんか書くんだよ ! 」 ?「鍋で済んだから始末書。火事やガス爆発なんかが起きていたら減給。 それをわざとやったという噂が立てば最悪の場合イレギュラー認定」 黒い髪の毛に紅い目のレプリロイドが、ゼロと論議している。 ?「第一、ゼロ隊長の特技と言えば、戦闘技術を除けば女性の目を引くことと何かをぶち壊すことだけじゃないですか」 ゼロ「…今の言葉、結構ショック受けたぞ、英鴻(えいこう)」 英鴻「おっと、ワタシの名前を日本語読みにしないでいただきたいですネ。ワタシの名前は趙 英鴻(チャオ イエンフォン)ですよ」 ゼロ「解ったよ、始末書の一枚や二枚書いてやらぁ」 英鴻「多けりゃいいってもんじゃないですって」 『若仙人』英鴻が続けて何か言おうとしたとき ビー ビー ビー 『ハンターベース前に、正体不明ののレプリロイド集団が出現 ! ビームサーベル、及び重火器等で武装 ! 』 ゼロ「お呼び出しだ。始末書は後でな」 ゼロはささっと部屋から出ていった。 英鴻「とか言っておいて後でトンズラする気かな… 今日という今日こそは始末書書いてもらわねば…よし、着いていこう ! 」

第一話・若仙人の献策

英鴻「えーと、キューンB、バットボーン、自走式小型ビームキャノンが4台、 レプリロイドはバスター、バズーカ、ビームサーベル…か」 英鴻は玄関の門の裏側に隠れながら、敵の数を見積もった。 英鴻「持ってるビームサーベルやバスターも型式がバラバラだし…何者だろう…」 リーダーのレプリロイド「イレギュラーハンターに告ぐ ! 」 集団の先頭にいるレプリロイドが、拡声器を使って呼びかける。 リーダーのレプリロイド「我々は日本レプリロイド解放軍である ! ただちに関東エリアのイレギュラー収容所に幽閉されているレプリロイド358名を釈放せよ ! さもなくば ! 」 そう言って、赤いスイッチを掲げる。 リーダーのレプリロイド「このスイッチを押せば、キョウト・シティのキヨミズ・テンプル付近で 待機させてある大型メカニロイドを暴走させる ! 」 スイッチから、巨大なメカニロイドのホログラム映像が映し出された。 四本足で、けばけばしいキャノン砲が5本搭載されている。 リーダーのレプリロイド「今から3時間以内に我々の要求を達成せよ ! その間にお前らの方からこのメカニロイドを攻撃すれば、その瞬間メカニロイドは暴走 ! お前達がハンターベースを出てキョウト・シティへ向かうようなことがあったら、その瞬間スイッチを押す ! 」 ハンターベース内は騒然となった。 シグナス「京都でテロ活動が起きるのは不味いな…」 アクセル「その町の人たちを避難させてから、メカニロイドを倒せばいいじゃん。 町の建物とかへの被害には目を瞑ってさ」 シグナス「その「建物」が一番問題なのだ」 京都には、今でも多数の歴史的建築物が残っている。 もっとも、その多くがイレギュラー事件で破壊され、最近復元された物だが、 それでも京都は今の日本人に潤いを与える場所となっている。 シグナス「その京都を守れなかったら、政府やイレギュラーハンターに対する信頼が薄れ、 不満がグッと強まるだろう…ましてや清水寺の近くでは…」 エックス「そうしたらまた大規模な反乱を誘発することになるかもしれない…ってことですか…」 ゼロ「…考えたもんだ…」 その時だった。 英鴻『アー、アー。解放軍の皆さん、ワタシはイレギュラーハンター交渉役の者です…』 ゼロ「英鴻 ! ? 」 アイリス「あっ、門の所にいるわ ! 」 英鴻が拡声器を使って、解放軍と交渉していた。 英鴻「皆さんの要求ですが、重大事ですので時間がかかります。 制限時間を2時間だけ引き延ばしていただきたい」 リーダーのレプリロイド「駄目だ ! 」 英鴻「なら1時間半でいいので長くしていただきたい」 リーダーのレプリロイド「…1時間だ ! それ以上は延長できない ! 」 英鴻「解りました。ただちに政府と交渉を始めます」 そう言って、英鴻は一旦引き下がった。 シグナス「総務部総務課・趙 英鴻 ! 何故かってに交渉などした ! ? 」 英鴻「すみません、つい出しゃばってしまいましてねェ…」 エックス「でも総監、時間を引き延ばしたのはお手柄ですよ。対抗策を考えましょう」 シグナス「…そうだな」 2時間後。 政府との話し合いは平行線のまま、時間だけが過ぎてしまった。 その時、犯人達から新たな要求が… リーダーのレプリロイド「腹が減った ! 何か食料を持ってこい ! ただし、持ってくるのは女性にしろ ! 髪の毛の長くて胸のある女に限る ! 」 〜ハンターベース内部〜 カーネル「…注文の細かいイレギュラーだな」 エイリア「チャンスよ、食料に睡眠薬を…」 英鴻「そんなのすぐに見破られますって。向こうだって命がけでやってるんですから」 ちなみにこの睡眠薬というのは、レプリロイドを強制的にスリープモードにするウィルスのことである。 シグナス「それはそうだ。…ところで、ハンターベースで髪の長い女性というと…」 全員の視線がアイリスに集中する。 アイリス「え…」 カーネル「駄目だ ! アイリスをそんなことに…」 ゼロ「当たり前だ ! エイリアで間に合わせろ ! そのくらいの髪で大丈夫だろう ! 」 エイリア「…あのねぇ…」 エックス「レイヤーは確か出張でいないんだっけ…」 英鴻「…いや、アイリスさんでいいでしょう」 英鴻がポツリと言った。 カーネル「貴様 ! 一体何を考えているんだ ! ? 妹を…」 英鴻「あるところに狐の妖怪がいました。その妖怪は絶世の美女と呼ばれた女性を殺し、 その女性そっくりに変身しました。妖怪はそのまま宮廷に取り入り酒池肉林、 贅沢三昧の生活をし、やがては国を滅ぼすことになったわけです。 美女に成りすましているのが狐だろうとなんだろうと、それがバレさえしなければ…」 エックス「早い話が、影武者を使うってことか」 カーネル「しかし、誰がアイリスに変装するんだ ? 」 アクセル「やっぱり僕なの ? でも相手を倒さないでDNAデータを取ることもできるけど、結構時間かかるよ」 英鴻「いや、ここは一つ…」 英鴻「えー、今からそちらに、弁当を持っていきます。そちらの要求通りの女性です」 エックス「大丈夫か… ? 」 カーネル「…うーむ」 やがて、門からアイリスが現れた。 食料の箱を持っているので顔は見えないが、赤いベレー帽、スカート、アイリスそのものだ。 …髪の毛の色を除いては…。 下っ端のレプリロイド「ヘッヘッヘ、上玉だなぁ…ちょっとくらい犯しても…」 リーダーのレプリロイド「今は「少し」にしておけ。目的が達成されたら好きなだけ (以下、健全なる青少年の発育に害がある内容のため省略)」 そして、リーダーのレプリロイドがアイリス(モドキ)に近づいていく。 …と、その時… ズバッ ! リーダーのレプリロイド「ぎゃあぁ ! ! 」 アイリス…いや、アイリスの服を着たゼロが、箱の中からセイバーを取りだし、 リーダーのレプリロイドの腕を切断したのだ。 メカニロイド起動スイッチを握ったままの腕を左手でキャッチし、ゼロはリーダーのレプリロイドにもう一撃くらわす。 レプリロイドA「リ、リーダーがやられたぁ ! 」 レプリロイドB「怯むな ! キューンB、バットボーン、行け ! 」 レプリロイドC「撃て撃て ! 撃つんだ ! 」 小型メカニロイド二種類の混成部隊が、一斉に襲いかかってくる。 しかし、同時に味方の弾に当たり、抗議の悲鳴を上げることもできないメカニロイド達はボタボタと落ちていく。 ゼロには一発も攻撃が当たっていない。 レプリロイドB「バ、バカ ! 」 レプリロイドA「キャノンだ ! ビームキャノンでハンターベースを…ぐあぁ ! 」 残ったメカニロイドを軽く刻んだゼロが、無言で切り込んでいく。 そして、エックス、アクセル、カーネルも出撃し、カーネルがビームキャノンを奪い取った。 しかし、エックスがバスターをチャージし始めた時、敵はゼロによって全滅していた。 エックス「ゼ、ゼロ…」 ゼロ「……………英鴻の野郎 ! 俺にこんなことさせやがって…ただじゃおかねぇ ! 」 ゼロはエックスにメカニロイド起動スイッチを渡すと、回れ右をして、ハンターベースに駆け込んでいった。 カーネル「お、おい待て ! 」 カーネルも追う。 喧嘩やって妹の服を破かれたりしたら困る。 ゼロ「英鴻 ! 英鴻 ! 何処にいるー ! 」 アイリス「あっ、ゼロ ! 」 ゼロ「アイリ…ってどわぁ ! 」 ゼロ、カーネルは豪快にずっこけた。 アイリスが赤いヘルメット、赤いアーマー、ようするにゼロのアーマー一式を着用していたのだ。 アイリス「英鴻さんに、「ちょっと着てみたらどうですか」って言われて。どう ? 似合ってる ? 」 カーネル「………ゼロ、私も協力しよう」 アイリス「え ? 兄さん… ? 」 ゼロ「ああ…助かるぜカーネル…」 アイリス「あ、あのー…」 ゼロ&カーネル「英鴻ーーーー ! ! 」 そして二人は英鴻を見つけ出した。 英鴻「ワタシの献策で奴らを倒せて、しかも戦利品としてビームキャノンまで手に入れられたんですよ ! それなのに…っていうかゼロ隊長、始末書…」 ゼロ「やかまし ! 」 カーネル「成敗してやる ! 」 英鴻「アイヤー、三十六計逃げるにしかず ! 」 英鴻は二本の足をフル稼働させて逃げ出す。 ゼロ、カーネルは後を追う。 と、その時… どかっ ? ? ?「うおっ ! 」 英鴻「のわっ ! ? 」 英鴻は、いきなり曲がり角から現れた少年とぶつかってしまった。 ゼロ「追いつめたぜ…」 カーネル「覚悟しろ…」 英鴻「あわわわわわ…」 英鴻はうろたえながら、腰に撒いてある紐に手を掛ける…

第二話・殺猫鼠

英鴻「こうなったら護身用のこいつで…」 少年「…なんかオイラまで巻き添えくらいそうだ…逃げよ…」 英鴻とぶつかった少年が、場の雰囲気を察知して逃げようとする。 その時… カラン 少年の持っている袋から、短刀らしき物が落ちた。 袋に穴が空いていたらしい。 ゼロ「…ん ? …この短刀…百足(ムカデ)のマークが…」 少年「やべっ ! 」 少年レプリロイドは猛スピードで逃げていく。 ゼロ「………あのガキ ! 」 ゼロは英鴻をほったらかして、少年の後を追う。 カーネル「ゼロ、どうした ! ? 」 カーネルがゼロに着いていきながら尋ねる。 ゼロ「あの短刀はシグマの反乱で死んだマグネ・ヒャクレッガーが使っていた物だ ! 」 カーネル「ヒャクレッガー…確かシグマの二回目の反乱の時、洗脳されて…」 ゼロ「ああ、奴の死は殉職ということで扱われている。 あの短刀は棺に入れられ、ハンターベースの埋葬されたはず…」 カーネル「ということは…墓荒らしか ! ? 」 ゼロ「そうだ ! あいつは俺の部下だったわけじゃないが、許してはおけない ! ! 」 カーネル「うむ ! 私がこのまま追うから、ゼロ、お前は…」 ゼロ「…なんだ ? 」 カーネル「着替えてこい…」 ゼロ「あ…そ、そうだな ! 」 そう言ってアイリス姿のゼロはUターンし、カーネルが引き続き少年を追う。 カーネル「くっ…速いな…」 少年「しつこい人だな…あらよっと ! 」 少年が地を蹴って跳躍し、天井の金網を外すと、そこから通気口の中へと入り込む。 カーネル「ちっ…」 カーネルの体は通気口の入り口に入るには大きすぎる。 不可能と判断したカーネルはすぐさま引き返し、仲間達にそのことを知らせることにした。 少年「ふう、ここまでくれば大丈夫かな…」 少年は通気口を通って尋問室へと出た。 少年「三ヶ月ここに住み着いていたけど、どうやらもう居られそうにないな…」 アクセル「へえ、三ヶ月もいたんだ」 少年「 ! 」 なんと、テーブルの下にアクセルが隠れていたのだ。 アクセル「若仙人に先回りしろって言われてね。さて、ネズミ退治といこうかな」 少年「ネズミはネズミでもただのネズミじゃないぞ。猫を殺すネズミ、殺猫鼠のラットグだ ! 」 そう言うなり、ラットグは腰に下げていたビーム小太刀を抜いた。 アクセルがダブルバレットを向け、発砲する。 数発のエネルギー弾を、ラットグは姿を低くして回避し、 ゼロ・カーネルから逃げ切ったその瞬発力で、一気にアクセルの懐に飛び込む。 アクセル「おおっと ! 」 アクセルはとっさに身をひねり、ビーム小太刀の切っ先を避け、地面を転がって間合いを取る。 アクセル「やるね…」 ラットグ「そっちもなかなかの身のこなしだな。けど、次に撃ったら手が吹っ飛ぶぜ」 そう言ってラットグがバレットの銃口を指さす。 銃口には金属製の、黒い棒のような物で栓がされていたのだ。 アクセル「あっ、何時の間に ! ? 」 銃口が塞がれたり、銃身が変形した状態で発砲すると、爆発が起きる。 銃の使用者は無事では済まない。 ラットグ「ついさっきだよ。お前が転がる直前にキュキュッと詰めておいた」 アクセル「さすが泥棒、手が速いや(マリノ並…)…けど ! 」 アクセルの姿が一瞬歪み、ピカリと光った。 そして… ラットグ「おっ、変身能力か ! ? 」 そう、アクセルはギガンティス島で戦った山猫型レプリロイド、ジャンゴーに変身していた。 アクセル「くらえ ! 」 爪を振りかざして攻撃すると、ラットグはビーム小太刀でガードする。 そのまま攻防、打ち合うこと十数合…と、その時… ラットグ「今だ ! 」 ラットグの手の中で、金属光沢がピカリと光った。 次の瞬間、アクセルの肩に流線型の、細長い手裏剣が刺さっていた。 アクセル「痛っ ! でも…このくら…い…で……うう…」 アクセルの視界がぼやけ始めた。 ラットグ「死にはしないけど、しばらく動けないぜ」 やがて天地がひっくり返り、変身が解除されたアクセルは床に突っ伏した。 アクセル「毒…か……」 ラットグ「安心しな、麻痺ウィルスさ。死にはしない。 手裏剣とか急所狙いの武器には、ウィルスが仕込んであることが多いから気を付けな」 そう言ってラットグは部屋を出る。 しかし… エックス「 !  いたぞ ! 」 ラットグ「おおっと、また見つかったか」 そう言って駆け出す。 エックス「止まらないと撃つぞ ! 」 ラットグ「やれるもんならやってみろ、アホウ ! 」 このお上品な返答には、さすがのエックスも少しムッときた。 しかし、エックスも室内ではむやみにバスターを撃つわけにはいかない (アクセルはそういうことはあまり考えないから撃ったが)。 ラットグはそういう事を見通していたのかは解らないが、とにかく逃げ続ける。 着替えを終えたゼロが加勢を連れて道を塞ぐも、ラットグはそれを軽々と跳び越え、さらに逃げる。 ラットグ「あっ、さっきのにーちゃん ! もう女装は止めたのか ? 」 ゼロ「好きでやってたんじゃねえ ! ! 」 その時、一同は行き止まりに突き当たった。 ラットグ「おっと、行き止まりか」 エックス「どうだ、追いつめたぞ ! 」 ラットグ「らしいね」 ゼロ「大人しく投降しろ ! 」 ラットグ「仕方ないなぁ」 ゼロ「投降するんだな ? 」 ラットグ「やだね」 ラットグは向きを変えると、またもや跳躍した。 空中で2回、3回と回転し、追ってきたエックスやゼロ、そしてその他のハンター達を跳び越えた…と思ったら… ばさっ ラットグ「のわっ」 ジャンプ中にいきなり飛び出してきた、巨大な虫取り網でスッポリと捕らえられてしまった。 英鴻「ゲットだぜ ! なーんてネ」 ラットグ「オイラはポ○モンじゃねーっつーの ! 」 英鴻が網を降ろすと、ゼロの部下達が一斉に飛びかかり、網の中のラットグを取り押さえる。 ラットグ「うう、オイラもここまでか…それにしてもこんな馬鹿馬鹿しい捕まり方って…」 ゼロ「さて、泥棒は片づいた。次は…」 英鴻「次はズバリ ! ゼロ隊長が始末書を…」 ゼロ「貴様の番だって言ってるんだよ ! 」 英鴻「ワタシがこいつを捕まえたのに ! 」 ゼロ「やかましい、覚悟 ! 」 英鴻「ふっふっふ、さっきは護身用の武器を使おうと思いましたけど、今はこれがありますからネ」 そう言うと、英鴻は背中に背負っていた物を降ろした。 エックス「…琵琶 ? 」 英鴻「左様、ワタシの中国琵琶の音色、とくとお聞きなされ ! 」 英鴻が弦を弾き、辺りに琵琶の美しい音が響く。 そして、英鴻は弾きながら、一同に背を向けて去っていった… ゼロ「………しまった ! ! つい黙って見送っちまった ! 」 エックス「っていうか、あんな楽器を背負って追いかけてきてたのか…結構重そうだけど…」 ゼロ「…意味のわからん奴…」

第三話・剣客対説客

シグナス「…で、三ヶ月間ハンターベースで、エネルゲン水晶を盗んだり、 墓泥棒をしたりして生活していたと ? 」 ラットグ「ああ」 手錠をされたラットグが、先ほどアクセルと戦った尋問室で、シグナス、エックス、ゼロ、カーネル、 そしてラットグを捕らえた英鴻に囲まれ、尋問を受けている。 なお、アクセルはただ今療養中である。 シグナス「光学迷彩や、変身能力などがあるのか ? 」 ラットグ「いーや、そんなものは無い。あるのはこの脚力と経験と度胸。 今日は運が悪くて捕まったけど、まさかあんな馬鹿馬鹿しい手段でくるとは…」 ラットグが苦笑いしながら、英鴻の方を見る。 英鴻「相手の虚を突く、これぞ兵法の基礎」 カーネル「お前が琵琶を弾いて逃げたのも、それか ? 」 英鴻「ふっ…」 ゼロ「…1つ聞きたい。お前は俺やカーネルから一度は逃げきり、ウィルスを使ったとはいえアクセルまで倒した。 何故、そこまで能力があるのに墓荒らしなどを…」 エックス「そうだよ、君の力なら、ハンターとして名を挙げることもできる ! なのに何で…」 ラットグ「……山に獲物がいなくなりゃ、獲物の代わりに猟犬が食われ、 良く飛ぶ弓矢はへし折って薪にされる、ってね。英雄になんてなるもんじゃない…」 英鴻「…解る気がする」 英鴻がポツリと言った。 エックス「英鴻… ? 」 英鴻「漢の名将・韓信は、建国後に反逆者の汚名を着せられ処刑。 南宋の武人・岳飛も、無実の罪で拷問の挙げ句に息子達共々処刑…」 カーネル「………」 止めてくれ、とカーネルは言いそうになった。 あの男の事と、殆ど同じだった。 ラットグ「漢だの南宋だの、そんな大昔の話は知らないけど、何にしろ英雄になったってろくなことはないさ」 ゼロ「…」 シグナス「…つまり、イレギュラーハンターの一員になる気はないのか ? 今は優秀な人材が少しでも多く欲しいところだ」 ラットグ「お断りだね。ま、泥棒からは足を洗うよ」 ゼロ「ずいぶんあっさりと止めるんだな」 ラットグ「誰かが俺を捕まえたら、もう悪いことは止めようって決めてたんだよ」 シグナス「そういうことなら…」 シグナスが英鴻の方を向いた。 シグナス「英鴻、しばらくこの少年の面倒を見てもらえるか ? 」 英鴻「え ? ワタシが ? 」 エックス「そうか、英鴻って誰かの世話とかに向いてそうだし」 エックスが、なるほどと頷く。 シグナス「うむ、お前の口の巧さを見込んでのことだ。ゼロをも丸め込んだのだからな」 英鴻「いやー、でもゼロ隊長って、一時は丸め込んでも少ししたらまたすぐに元に戻っちゃうんですよ。 最近新しい作戦考えましたけど…」 ニヤリと黒笑。 カーネル「お前もこの分じゃ、今に始末書書かされるな…(ひそひそ)」 ゼロ「ああ…こいつは意味不明の四文字で構成されているような奴だが、 頭の回転は尋常じゃないからな…(ひそひそ)」 カーネルとゼロ…アイリスのことでいろいろ衝突もあるにはあったが、今では立派な義兄弟である。 …いろんな意味で。 シグナス「で、どうなんだね ? 」 英鴻「…うーん……。まあ、この小朋友(子供に対する呼びかけの言葉)さえよければ、ワタシが面倒見ますけど」 ラットグ「捕まっちゃった身だからね、おまんまを一日三食食わせてくれりゃ…」 シグナス「よし、では決定だ」 その時、ドアがガチャリと開き、誰かが入ってきた。 ゼロ「お、ソニア」 そこにいたのは、まだ幼い少女型レプリロイドである。 で、彼女はゼロとアイリスの子供だったりする(晴嵐華様謝謝)。 ソニア「あ、英鴻さんもいる ! 英鴻さんが泥棒を捕まえたの ? 」 英鴻「左様、特性虫取り網でゲットしたのだ」 ラットグ「ポケ○ンじゃねーってば」 その時英鴻が、ソニアに近づいた。 英鴻「ソニアちゃん、始末書ってしってるかな ? 」 ソニア「知ってるよ。何か失敗しちゃったときに書くんでしょ ? 」 英鴻「そう、他の人に迷惑がかかるような失敗をしたら、書かなくちゃいけないんだ。 なのにねェ、君のお父さんってばねェ…」 ゼロ「わーわーわー ! ! 解った ! 書くよ、書けばいいんだろ ! 」 エックス「…そういう手を使うのか、お前は…」 英鴻「人の弱みにつけ込むのも兵法のうちです」 背後ではゼロがカリカリと始末書を書いている。 ソニア「お父さん、ちゃんと書かなきゃ駄目だよ ! 」 ゼロ「くっ…」 エックス「ところでソニアちゃん、何か用があったんじゃないの ? 」 ソニア「あっ、そうだ ! お父さん、レノン兄ちゃんが射撃訓練場で呼んでたよ ! 」 ゼロ「レノンが ? 解った。…ほらよ ! 」 ゼロは書き上がった始末書を英鴻の顔に叩きつけ、尋問室を出ていった。

第四話・英雄問答

ハンターベースのロビー。 英鴻「さてと、晩飯にはまだ少し早いな」 ゼロに始末書を叩きつけられて腫れた頬に、膏薬を貼りながら英鴻が言った。 周りにいるのは、彼の婚約者( ! )である、ゼロの子・ソニアと、その母アイリス。 英鴻が面倒を見ることになった"殺猫鼠"…ラットグ。 そのラットグの手裏剣に仕込まれていたウィルスを受け、先ほどその治療が済んだ、          "黒き新星"…アクセル。 ラットグ「あんたさ、兵法がどうこう言ってたけど、総務課なんだってな」 英鴻「ああ、戦闘じゃろくに腕が立たないし、事務なんかが好きなんでね」 ソニア「お仕事の他に好きなことは ? 」 ソニアが、無邪気な瞳で問いかける。 英鴻「友達の笑顔を見ること、本を読むこと、寝ること、お酒を飲むこと、          音楽を聴いたり楽器を弾いたりすること、何か策略を考えること、嫌いなやつの邪魔をすること…          いろいろあるネ」 英鴻はそう言うと、今度は琵琶の手入れを始めた。 アクセル「ねーねー、今思ったんだけど…」 アクセルが英鴻から借りた西遊記を読みながら言う。 アクセル「孫悟空と観音菩薩様の関係ってさ、ゼロとアイリスさんの今の関係にそっくりだね」 アイリス「えっ、そうかしら ? 」 英鴻「のはははは、全く持ってその通り ! 」 笑いながら、ポロン、ポロンと琵琶を鳴らす。 中国琵琶はバチを使わず、指で演奏する。 バチを使う場合に比べて雑音が少なく、細かい音を出せる。 その分音は小さくなるが、弦の素材や、「義甲」という爪を指にはめて弾くことでそれを補える。 英鴻「あ、そうだ…」 ラットグ「どうしたんだ ? 」 英鴻「ちょっと思いついたんだが…中国語では数の数え方は、1から順に一(イー)、二(アール)、          三(サン)、四(スー)、五(ウー)、六(リュウ)、七(チー)、八(パー)、九(チウ)、          十(シー)。でもって0は零(リン)って言う。だからゼロ隊長はリン隊長だネ」 ラットグ「ぷっ ! 」 アイリス「なんか可愛いー」 ソニア「リンかあ」 アクセル「そのネタで当分からかえる ! リン隊ちょ…痛っ ! 」 一同が英鴻の話で笑っているその時、空飛ぶヤカンがアクセルの頭を強打した。 ゼロ「何が当分からかえるだ ! 英鴻、お前も子供に中国語教えるだけならともかく、             変なネタまで教えるな ! 」 アイリス「ねえ、リン」 ゼロ「誰がリンだ誰が ! 」 アイリス「だって可愛いんだもん♪」 ゼロ「全く、射撃訓練に付き合って、その後茶でも沸かそうかと思っていたら…」 ?「やっぱり親父も英鴻には叶わないみたいだな」 ゼロのやや後ろにいるレプリロイド…ゼロとアイリスの第1子・レノンが呟く。 英鴻「ちなみに、ドイツ語ではヌル隊長だそうですぞ」 ラットグ「ヌルか…なんか嫌な感じ」 ソニア「リンの方がいいよー」 ゼロ「……」 レノン「ところで、そいつが例の泥棒か ? 」 アクセル「そ。とんでもなくすばしっこいよ」 アクセルが、ゼロにヤカンを投げつけられた後頭部をさすりながり言う。 ラットグ「"殺猫鼠"ラットグって者でござんす、一つ宜しく」 レノン「親父から聞いたけど、英雄になんてなるもんじゃない、って言ったらしいな」 ラットグ「ああ、その話か。そりゃ英雄って呼ばれる人ほど、最期は悲惨なことが多いからさ」 レノン「その話聞いて、俺ちょっと思ったんだよ。今の英雄って誰なのかな…ってさ」 レノンが椅子に腰掛けて、そう言った。 ソニア「お父さんじゃないの ? あとエックスお兄ちゃんとか」 レノン「うん、まあそうなんだけどさ、そもそも英雄って何なのか…って思ったんだ」 ゼロ「俺もエックスも、自分が英雄なんて思っていない。             ただやりたいことをやっているだけだ」 レノン「英鴻、お前は英雄って誰だと思う ? 今の時代でさ」 英鴻「フーム…」 英鴻は琵琶をかき鳴らし、少し考えた。 英鴻「考えてみれば、シグマも自分のことを英雄って思っていたでしょうネ。             と言っても、何回もやられては復活し、ちょっと前の戦いの時には             既に墓場の骸骨のようなものでしたから、どういう見方をしても、             もはや今の英雄ではありますまい。ルミネは新世代レプリロイドを重視しすぎた。             リディプスは相手を軽視しすぎた。そしてエックスさんですが…             英雄といってもそれは「ナイト」としての英雄ですね。             国を切り開いて君主になるタイプじゃないです。ゼロさんもほぼ同様」 ゼロ「君主になるタイプじゃない…か。ま、はなっからなるつもりなんて無いけどな」 英鴻「ま、真の英雄が誰かなんて、大して気にすることじゃないですよ。             正義も真実も、人の数だけあるんですからネ」 レノン「違い無ぇ。…ところで、さっき親父とも話してたんだけど…             キョウト・シティに置かれたメカニロイドって、相当な性能の軍用型だったらしいな」 アイリス「それがどうかしたの ? 」 レノン「あ、いや…」 レノンは口を濁した。 たかがヤクザに毛が生えた程度の小者集団に、手に入る代物じゃない。 …裏で、強大な力を持つ何者かが糸を引いている… レノンやゼロは、そう確信していた。シグナスらもそう思っているだろう。 しかし、誰よりも平和を望むアイリスの前で、言えるはずがなかった。 ラットグ「そうだ、俺の腹時計じゃ、そろそろ7時10分くらいだぜ」 アクセル「うわっ、本当だ ! 7時10分きっかり ! 」 携帯電話で時間を確認したアクセルが驚く。 ラットグ「どうだい、オイラの腹時計は正確なんだぜ ! 」 アイリス「みんなで晩ご飯食べに行きましょうよ」 英鴻「賛成賛成 ! 」 その頃 ハンターベースから遠く離れた土地。 赤茶色の土…器械の破片、オイル、人の骨などが混ざった土の上を、一人の男が歩いていた。 荷物は、腰に下げた長刀のみ。 日が暮れ、星が瞬き始めた。 ふいに、男は立ち止まった。 一人、二人、…全部で20人。 男は刀を抜いた。 たちまちに五人が血煙を吹き上げ、倒れる。 背後からバスターを撃ってきたレプリロイドは、それを回避された上に胸を貫かれ、             血だまりの中に伏した。 …まだ自分を狙う者がいるのか… …そういや、俺は英雄になろうとしたんだっけ… 15人目を刀の錆としたところで、ふと思った。 …あと何人殺すのだろうな… さらに4人を斬り、残り一人となった。 獣じみた叫びと共に銃剣を構えて突進してくるその一人の足を、男は無造作に払った。 倒れた最後の一人の頭に、刀を突き立ててとどめを刺す。 男は戦う前から相当疲労していたらしく、大の字になって地面に寝ころんだ。 …いやしない。英雄も、王も… 男の意識は、眠りの中に沈んでいった…

第五話・野狗子

解放団の事件から一週間後…。 ゼロ「ソニア、何読んでるんだ ? 」 ソニア「妖怪図鑑。英鴻さんがくれたの」 レノン「知らないぞ、そんな物読んで、寝る前にトイレに行けなくなっても」 レノンが笑いながら言う。 ソニア「そんなに弱虫じゃないもん」 ゼロ「ソニア、英鴻からあんまり変なことを教わるなよ。楽器や中国語とかならいいが…」 レノン「親父もあれからずーっと、リン隊長とか、ヌル隊長って呼ばれてるもんなぁ」 ゼロ「五月蠅い ! 」 その時、ゼロのメットに搭載された無線機が鳴った。 ゼロ「こちらゼロ。なんだ ? 」 エイリア『ゼロ、中国の黄河下流からSOS信号をキャッチしたわ!           エックスとアクセルは別の方へ出動しているから、レノンと一緒に調査に向かって ! 』 ゼロ「了解 ! 行くぞレノン ! 」 レノン「おう ! 」 ソニア「お父さん、お兄ちゃん、頑張ってね ! 」 と、その時… 英鴻「聞い〜ちゃった〜聞いちゃった〜」 ゼロ「うわあっ ! 」 いつの間にか、英鴻とラットグが背後に立っていた。 英鴻「ワタシの国で事件とあれば、ワタシも連れていっていただきたいですなぁ」 ラットグ「オイラはそのおまけということで」 ゼロ「…エイリア」 エイリア『現場にはイレギュラー反応は無さそうだから、大丈夫だと思うわよ。          連れていってあげたら ? 』 英鴻「さっすが、話が解る ! 」 何しろ「見ているだけじゃつまらない ! 」と言って、バスター装備で参戦したエイリアである。 英鴻の気持ちが解るのだろう。 レノン「別にいいんじゃねーか ? 親父。          英鴻は結構頭良いし、ラットグも偵察とかに役立つだろうし」 ゼロ「…しょうがない、足引っ張るなよ」 鬼神・ゼロは、身を翻し戦場へと向かった。 一同が転送装置で飛んだのは、黄河下流にある補給基地である。 今ではもう使われていない基地だが、資材は十分にある。 エイリア『ゼロ、聞こえる ? SOS信号が出たのはそこから西へ200メートルよ ! 』 パレット『ルート解析をしたいところですけど、             電波異常のせいでこちらからは詳しくサーチできません』 ラットグ「よっしゃ、それならオイラが偵察に行ってくるぜ! 」 レノン「一人で大丈夫か ? 」 ラットグ「無線機持ってくわ。5分経っても連絡がなかったら、後から来てくれよ」 そう言って、ラットグは基地から飛び出した。 英鴻「行っちゃいましたねぇ」 レノン「どうする ? 待つか ? 」 英鴻「どうなっているか解らない以上、実際に行って確かめるしかないでしょう。             それなら多いよりは少ない人数で偵察に行った方が、小回りが利きますからネ」 そしてラットグは、持ち前の脚力で、あっと言う間に現場に着いた。 しかし… ラットグ「…なんてこった…」 見渡す限り、レプリロイドの残骸、残骸、残骸… 屍の山だった。 ラットグ「こりゃあ一体…」 しばし呆然としていたが、その時、ラットグは何かが近づいてくるのを察知した。 ラットグは、近くに倒れている大柄なレプリロイドの体を押しのけ、その下に潜り込んだ。 ラットグ「 ! 」 トラックに乗って、数体のレプリロイド…らしきものが現れた。 二足歩行型で、狼の頭をしている。 そしてそのメカニロイド達は、死体を無造作に掴むと、それをトラックへ積んでいく。 ラットグはしばらくそのまま隠れていたが、レプリロイドの一体が、ラットグの足を掴んだ。 ラットグ「ちっ ! 」 ラットグは跳ね起きて、そのレプリロイドの顔面にキックを叩き込む。 しかし、レプリロイドは数歩よろけただけだ。 他のメカニロイド達も集まってくる。 ラットグはビーム小太刀を抜き、地を蹴って跳躍する。 落下する勢いで、レプリロイドの脳天にビーム小太刀を突き立てる。 さらにウィルスを仕込んだ手裏剣を、迫ってくるレプリロイドめがけて投げつる。 その時… ビュン ! 一瞬走った閃光と共に、並んでいたレプリロイド三体の頭が吹き飛んだ。 レノン「ラットグ、無事か ? 」 ミラージュの弓を構えたレノンが言った。 ゼロ「五分経って来てみたら…死体の山にメカニロイドの群…」 英鴻「…野狗子(イエゴーズ)だ…」 英鴻が言った。 戦場に現れ、死体の脳を喰らう妖怪で、             西洋で言うグール(食人鬼)に相当する、と付け加えた。 ゼロ「そういや、ソニアが読んでた本に載っていたな…それをモデルにして作られたのか…」 ゼロもセイバーを振るって戦う。 野狗子は見た目のわりに素早く、見た目通り力もある。 とはいえ、所詮ゼロの敵ではない。 瞬く間に3体を倒した。 その時、後ろにさがっていた英鴻は、野狗子の動きをじっと観察していた。 英鴻「…あの野狗子を狙ってください ! あいつがリーダーです ! 」 英鴻が一体を指さす。他の野狗子と違うようには見えない。 しかしゼロ達は英鴻の指示に従い、武器を手に飛び出す。 牙を向いて襲ってきた他の野狗子を、レノンとゼロが斬り捨てて、             ラットグが英鴻が指さした野狗子を狙う。 野狗子「死ネェェ ! 」 野狗子が口を開き、そこから光弾を発射する。 ラットグは身を低くして回避した。 光弾は黄河の黄褐色に濁った水へ、しぶきをあげて飛び込んだ。 ラットグ「死ぬのはお前だ…よっ ! 」 ラットグはもの凄い速度で野狗子の足下に接近して、伏せた状態からビーム小太刀を構えて一気に跳ね上がる。 閃光一閃。 野狗子は地に伏し、他の野狗子達もバタバタと倒れた。 レノン「英鴻の言うとおり、こいつがリーダーで他の野狗子を操っていたのか」 英鴻「他の野狗子が、こいつを守るように動いていたのでネ、もしや、と思って」 ラットグ「へー、よく少し見ただけですぐに解るなぁ…って、おい、あれ ! 」 ラットグが感心した声を出したとき、野狗子達が乗っていたトラックが走り出した。 レノン「逃がすかよ ! 」 レノンがミラージュの弓をキリキリと引き絞り、トラックのタイヤめがけて放った。 ミラージュの弓は、大抵のレプリロイドは簡単に吹き飛ばせる威力。 轟音と共にトラックが横転し、ラットグが飛び出して中を調べる。 英鴻も腰に巻いてある紐をほどきながら向かう。 ラットグがトラックの中をのぞき込むと、そこにいたのは金色の目をした、             少女型のレプリロイドだった。 ラットグ「子供じゃねーか…まあオイラも人のことは言えないけど、             よっこらしょっと…」 ラットグがドアを開け、少女の手を掴んで引っぱり出す。 少女「止めて ! 放して ! 連邦政府の狗 ! 」 少女はラットグを罵りながら抵抗する。 しかしラットグは、ビームナイフを振り回す少女の攻撃を余裕たっぷりに受け止める。 ラットグ「狗じゃねえよ、鼠様さ。             何にしろ、そんなセリフはあんたみたいな女の子が口にするもんじゃないぜ」 少女「私は兵士だっ ! お、お前達イレギュラーハンターと戦うんだ ! 」 ラットグ「んじゃ、覚悟はできてるな ? オイラの小太刀はよく切れるぜ ? 」 少女「うっ…」 少女がたじろいだ時、ラットグが少女の手を押さえつけて捕らえた。 ラットグ「捕手の得意な泥棒ってオイラだけかな ?             まあいいや、おーい、捕まえましたぜ ! 」 英鴻「ま、詳しい話はハンターベースで聞かせてもらうよ」 英鴻は黄河の流れを少し眺めて、少女にそう言った。 ?「ずっとここに居ても構わないのだかな」 中国風の寺の中に、灰色の目をしたレプリロイド…仮に「道士」と呼ぶことにする。 そして、その周りには、顔ぶれも体格も様々なレプリロイド達が控えている。 部屋の中央には、あの男がいた。 ? ? ?「どうも俺は疫病神に好かれているらしい。あんた達に迷惑がかかっても悪い」 ?「私のようなヤクザ者の所に、今更疫病神が居ようと大して変わりはない」 「道士」が笑ってそう言った。 ?「実際、私の所にいる者達は、故郷で疫病神呼ばわりされていた者が殆どだ。             …ところで…」 「道士」は、ふと真面目な表情をした。 ?「事を急くが、気づいているだろう。何かが起きようとしていることを」 ? ? ?「ああ。そうしたら、あんたはどうする ? 」 ?「私も今まで通りだ。賞金稼ぎだからな。             これから起こる「コト」で、私達の所に依頼が来れば一稼ぎするまで」 「道士」はそう言って、仲間達を一瞥した。 ?「依頼が無ければ、そのまま平穏に暮らすまでだ」 ? ? ?「そうか…。俺は旅を続ける。世界は広い、             俺のまだ知らない武術が沢山ある。特にこの中国大陸にはな…」 ?「貴方は『武』の本当の意味を知っている。             今より更に武術を極められるだろう」 「道士」の言葉に、男はふっと笑った。 ? ? ?「さてと…そろそろ行くか。機会があったら、イレギュラーハンターにも寄ってみる。             あんたが言っていた趙という男にも会ってみたいし、昔の上司の娘さんもいる」 ?「"軍神"には会わないのか ? 」 ? ? ?「カーネルか。いや、あいつは別に会わなくていい…。じゃ、あばよ」 ?「再見(さようなら)」 男が寺を出て振り向くと、門に書かれた文字が目に入った。 「忠義堂」 …忠義…か… …何も考えずに上に仕えることを言うのか、それとも… 男は何を思ったか、くすりと笑い、再び歩き始めた。

第六話・心理作戦

英鴻「さて、後はオペレーションルームの蛍光灯を付け替えれば終わりだ」 ラットグ「総務ってのも結構大変なんだな」 ラットグは、普段は英鴻の手伝いをしている。 総務課の仕事と言えば、電球の付け替えや、その他ハンターベース内で起こった問題の解決などだ。 ちなみに、ラットグは英鴻のことを「英鴻兄ぃ」と呼ぶようになった。 英鴻「ところで、あの女の子はまだ何も言わないのかい ? 」 ラットグ「ああ、まだかなり怯えてるぜ」 ラットグが捕獲した少女は、尋問室で取り調べを受けている。 少女がラットグに言った言葉と、殺されていたレプリロイド達が連邦政府軍の隊員であったことから          反連邦政府をかかげる組織だということは見当が付くが、それ以外には情報が少なすぎる。 英鴻「だろうねェ、なんせ「なら覚悟はできてるな ? 」なんて言われたんだから」 ラットグ「って、オイラのせいですか英鴻兄ぃ ! ? 」 ツッコミが思わず敬語になっていた。 英鴻「あんな脅し文句言わないでも、さっさと捕まえちゃえばいいのに」 ラットグ「悪かったね、ああいう台詞は師匠譲りでね」 英鴻「泥棒の師匠か ? 」 ラットグ「戦闘の方だよ。オイラの速い足も、お師匠さんがいなきゃ宝の持ち腐れだった」 ラットグが自分の足をちらりと見て言った。 その時、向かい側からゼロとエックスが歩いてきた。 英鴻「やあ隊長方、どうでした ? 」 英鴻の言葉に、ゼロは首を横に振った。 ゼロ「「知らない」「言えない」の一点張りだ。「絶対に何も言うな」          と自分に言い聞かせている感じだ」 エックス「あの子から少しでも情報が得られれば…          これから何か起こるにしても、早く手を打つことができるのに…」 英鴻「でも、ワタシの予想じゃあの子は大したこと知りませんよ」 エックス「なんでそう言い切れるんだ ? 」 英鴻が人差し指を立てた。 何かを説明するときの英鴻の癖だ。 英鴻「黙秘の原則は「とにかく黙っている」こと。そんなことも知らないようじゃ、          その道にはまだ全く慣れていないでしょう」 ラットグ「うん、戦闘能力も、言っちゃ悪いけどあれじゃメットール一匹も倒せないぜ」 ナイフ自体に慣れてなさそうだった、と加えて言った。 英鴻「そう、ですから恐らく、あの子は組織の詳しいことは知らないでしょう。             反政府とか、その手の組織は機密保持がモットーですからね。             第一あの子が重要な情報を知っているなら、その組織も助け出すか             刺客を放って処分するかするはずです」 ゼロ「なるほど、確かにその通りだ」 エックス「けど、せめて組織の名前と目的くらいは聞き出したいな…」 英鴻「そうだ」 英鴻がポンと手を打った。 また何か思いついたらしい。 英鴻「目には目を、女の子には女の子を ! 」 その後多少のやりとりはあったが、ゼロ、カーネル、アイリスらは承知してくれた。 そんなわけで十分後… ソニア「わたしはソニアっていうの。あなたは ? 」 留置所で監禁されている少女に、無邪気に話しかけるソニアの姿があった。 少女「わ…私は…フリージア」 自分より幼いソニアに、少女…フリージアは、少し警戒しながらも答えた。 ソニアは遊びのことや、自分の周りの人、英鴻から聞いた昔話などを、少女に話した。 組織のことについて聞いてくるように、などとは言われていない。 ソニアはただ英鴻から「仲良くするんだよ」と言われただけだ。 それが、"若仙人"英鴻の心理作戦だった。 英鴻「そうか、「忠義堂」の情報収集力でも時間がかかるか…」 英鴻は、蛍光灯の付け替えを終え、電話を使って誰かと話している。 ?『ああ。だが何とか探せるだろう。             ところで、うちに泊まった武人が、お前に会ってみたいと言っていた』 英鴻「ワタシにかネ ? 」 ?『機会があったらハンターベースに寄ってみると言っていた。             まあ、何時になるやら解らないが』 英鴻「どんな人なんだい ? 」 ?『武人だ。そうとしか言えん』 英鴻「そうかい。解った、有り難うよ」 英鴻は電話を切った。 その時、後ろから呼ぶ声がしたので、英鴻は振り向いた。 英鴻「おや、アイリスさんにレノン少年、それにシグナス総監も」 レノン「なあ、ソニアをあの女と二人だけにしていいのか? 」 英鴻「武器は取り上げてあるし、まあ問題ないですよ」 アイリス「あの女の子も、何か悲しそうな目をしていたけど…             いろいろ辛いことがあったんだと思う…」 アイリスが言った。 英鴻「あ、そうだ、総監」 英鴻がシグナスの方を向いた。 英鴻「友達に、広い情報網を持った賞金稼ぎがいるんですよ。             そいつに、反連邦政府をスローガンに掲げる組織に心当たりは無いか、聞いてみたんですが…」 シグナス「どうだった ? 」 シグナスは思わず身を乗り出した。 英鴻「「ありすぎて答えきれない」…だそうです」 シグナス「そうか…」 シグナスは頭を抱えた。 シグナス「速急に手を打つべきだが、情報が不足している…」 英鴻「さいですな。まあ、引き続き調査してもらうように言いましたので…」 レノン「その友達って、中国人 ? 」 英鴻「そうだ。大した策謀家でネ、昔、一緒兵法を学んだり、旅をしていたことがある」 レノン「策謀家か…お前と比べてどうだ ? 」 英鴻「うーん、そうだねェ…あいつはワタシと違って、戦闘能力も相当な物だ。             ワタシと一緒に旅をしていた頃は、関所なんかがあったときは、               まず二人で相談して策を練り、ワタシが交渉に行った。             イレギュラーにあったら、二人で相談して策を練り、あいつが戦った。             音楽を聴きたがっている人がいたら、二人で演奏した」 英鴻は懐かしそうに語る。 シグナス「ふうむ…」 レノン「なあ、そいつも入れようぜ」 レノンがシグナスに言った。 アイリス「そうよ、仲間は多い方がいいですし」 英鴻「え、何の話しですか ? 」 シグナス「うむ、犠牲者が出る前に事件を解決させるため、             特別捜査隊を組織することになった。             ゼロやエックス、そしてアイリスもオペレーターとして参加することになった」 英鴻「成る程、そしてその中にワタシの友達を ? 」 シグナス「ああ。そして英鴻、君にも参加してほしいのだが」 英鴻「ワタシが ? 」 英鴻は驚いている様子は無かったが、シグナスに問い返した。 シグナス「ゼロやレノンから、君の観察眼を聞いた。             それに博識だし、口も上手い」 英鴻は少し考えてから、答えた。 英鴻「解りました、特に断る理由も見あたりませんので、引き受けさせていただきます」 シグナス「そうか、ありがとう。それと、ラットグにも参加してほしいのだが…」 英鴻「ああ、ラットグなら今ソニアちゃん達の所に行かせましたよ」 その頃… ソニア「それでね、ソニアのお父さん…」 フリージアと話して10分ほど経った。 フリージアは、だんだんソニアに心を開いてきたらしい。 その時… ガシャン ! フリージア「わっ ! 」 天井から金網が落ちてきた。 そして通気口から、音もなくラットグが飛び降りてきた。 ソニア「ビックリしたぁ…」 ラットグ「いやあ、泥棒の頃からの癖でね、             どうも正門から入るのが苦手なんだ。ジュース飲むか ? 」 ソニア「飲む飲む ! 」 ラットグが、唐草模様の風呂敷からコーラやオレンジジュースを出した。 ソニア「フリージアちゃんも飲もう ! 」 フリージア「う、うん…」 フリージアは、まだラットグに警戒していたが、             ソニアに勧められ、ジュースを取った。 ラットグ「安心しなって、今は小太刀も持ってないしさ」 ソニア「この人ね、泥棒だったんだよ」 フリージア「え…イレギュラーハンターじゃ…ないの? 」 ラットグ「ああ、成り行きで協力してるだけだ。英鴻兄ぃに面倒見てもらってる」 フリージア「英鴻って、あの赤い目の人 ? 」 ソニア「そうだよ。凄く頭が良くて、物知りなんだ。楽器も得意なんだよ」 ソニアがオレンジジュースの缶を開けながら言う。 ラットグ「なんか風変わりなところもあるけど、結構みんなから好かれてるぜ」 フリージア「…そうなんだ…」 ラットグ「で、いきなり話が変わるけどさ」 ラットグの目つきが真剣になった。 ラットグ「あんたの組織のことだけど、何が目的なんだよ ? 」 フリージア「……」 ソニア「え ? 何の話 ? 」 ソニアはこの事件の事情を知らない。 そもそも、ゼロ達はソニアには心配をかけたくないという親心で、             ソニアに事件のことを伝えていないのだ。 ラットグ「反連邦政府の組織だとは思うんだけどさ。             そりゃあ連邦政府の今のやり方とかは、少し気に入らない面もある。             けど、あんなに沢山のレプリロイドが死んだりしてさ…」 フリージア「死んで…当然だもん…」 ラットグ「なんでだよ ? 」 フリージア「私の…私の家族を殺したんだ ! 」 フリージアはそう叫び、憎悪に満ちた目でラットグを睨んだ。 フリージア「私にとっては、何よりも大事な家族だった…それを勝手にイレギュラーに…」 ラットグ「で、連邦政府を倒そうってのか ? 馬鹿だねぇ…」 ソニア「フリージアちゃんをいじめないで ! 」 ソニアが止めにはいるが、ラットグは無視した。 ラットグ「戦いが起こって、それに巻き込まれて死んだ連中の家族は、             あんたが政府を怨むようにあんた達の組織のことを怨むと思うぜ」 フリージア「 ! 」 ラットグ「ま、そんなことは覚悟の上だろうから、オイラはもう何も言わねぇよ。けど…」 ラットグはキッとフリージアを見て、言った。 ラットグ「オイラは武術の腕には自信はあるけど、単なるこそ泥だし、             あんたの過去も知ったことじゃないけど、嫌いな物が三つだけある。             一つは、欲しくもないのに物を盗む奴、戦わなくても生きていけるのに無駄な争いを起こす奴、             関わり合いの無い奴を殺す奴。だから、お前達の組織を全力で叩きつぶす。               …じゃ、あばよ」 ラットグが跳躍して、通気口の入り口に掴まった。 フリージア「……待って ! 」 フリージアが叫んだ。 フリージア「組織の…シンジケート・コスモのこと…話すわ…」

第七話・結成

アクセルとラットグが立ち回りを演じた際の弾痕がまだ残っている尋問室。 その中心の椅子に、青紫の髪の少女…フリージアが座っていた。 シグナス「シンジケート・コスモ…それが、組織の名か ? 」 フリージア「はい…。今の連邦政府を壊滅させ、新しい、          完全な秩序を持った世界を作るのが目的です…」 英鴻「組織構成は ? 」 フリージア「詳しくは知らないけど…頭目と、その下に三人の幹部がいて、それぞれに親衛隊がいます。          その他にも、いくつか部隊が別れていました」 シグナス「ふむ…」 その翌日の夕方、ハンターベースの車庫にエア・トレーラーが十数台到着したという知らせが入った。 エックスやゼロ、それに英鴻らが車庫へ向かうと、そこには灰色の目をした男と、          その他十数人のレプリロイドがいた。 英鴻「飛星(フェイシン)」 英鴻が灰色の目をした「道士」に呼びかけた。 飛星「英鴻、元気そうだな」 飛星と呼ばれた「道士」は、英鴻といくらか言葉を交わし、再会を喜んだ。 飛星「楊 飛星(ヤン フェイシン)と申す」 飛星は、エックス達の方を向いて自己紹介した。 口元には微笑さえ浮かべていたが、静かなる威圧感を漂わせ、ただ者ではない風貌だった。 …貴人 エックスにはそうも見えた。 エックス「俺はエックスだ。来てくれて助かるよ。宜しく」 飛星「こちらこそ、依頼を受けたからには期待以上の働きをして見せよう」 そう言って、飛星は配下のレプリロイド達を呼び集めた。 子供もいれば、女も、異形のレプリロイドもいる。 飛星「この者達は私の配下の者達で、いずれも一芸に長けた優秀なレプリロイド達だ。宜しく頼む。          それと、途中でヒッチハイカーを乗せてきた」 そう言って、エア・トレーラーの方を顧みた。 そこには、四人のレプリロイドが立っていた。 緑色の鎧を纏った巨漢、ピンク色のアーマーで緑色の髪の毛をした女性レプリロイド、          白と水色の看護服型アーマを着用した少女、そして胸に「77」の数字が書かれたアーマーを着た、          ピンク色の髪をした女性。    エックス「マッシモ ! マリノ ! シナモン ! ナナ ! 」 そう、ギガンティス島の英雄達だ。 四人とも、あの戦いを経てそれぞれの分野でたくましく成長していた。 マッシモ「久しぶりだな、エックスにゼロ」 マリノ「また何かが起ころうとしてるんだってね」 シナモン「私達も協力します ! 」 ゼロ「お前ら…」 ナナ「みんなで協力して、平和を守りましょう ! 」 ゼロ「しっかし…」 廊下で、ゼロが英鴻、レノンと話していた。 ゼロ「薄気味悪い奴だ」 英鴻「飛星がですか ? それともその配下達ですか ? 」 ゼロ「両方だ」 飛星「薄気味悪い奴、ただいま参上」 いつの間にか、飛星が背後に立っていた。 ゼロほどの者が、接近に気づかなかったのである。 飛星「曹操の噂をすると曹操が来る(噂をすれば影、のことわざの中国版)…。             別に気にしてはいない、よく言われることだからな。             ところで、捜査隊の結成式があるとか。私も出席すべきかな ? 」 ゼロ「あ、ああ…場所は、大会議室だ」 飛星「謝謝。英鴻、結成式が終わったら、久しぶりに酒でも飲もう」 英鴻「いいネ、杯を片手に語り合おう」 そう言うと、飛星は歩き去っていった。 レノン「…確かに、少し薄気味悪いな…さてと、行くとするか…」 ゼロ「レノン、先に行ってくれ。俺はアイリスと話がある」 そして、結成式の直前。 ゼロ「アイリス」 アイリス「え ? 」 ゼロ「できれば、お前には参加して欲しくなかった」 大会議場のいくらか手前で、ゼロとアイリスが向かい合っていた。 アイリス「兄さんもそう言ったわ。けど、後方支援には変わりないし…」 ゼロ「それでも何があるか解らない」 アイリス「そうね。でもね、兄さんも戦ってる、ゼロも戦ってる、レノンも戦ってる…             私はソニアと一緒にただ見ているだけ…そんなの嫌。             ゼロや兄さんの役に立ちたいの。ソニアはまだ小さいけど、そう思っていると思う…」 ゼロ「…」 アイリス「だから、シグナス総監に頼んだの。             このアイリス、微力ながらも貴方の味方です ! 」 アイリスがそう言うと、ゼロは無言で大会議室の入り口へ向かい…そこで立ち止まった。 ゼロ「…とても心強い」 そう言って笑うと、ゼロは大会議室へと入っていった。 大会議室には、捜査隊に参加する精鋭ハンター達やギガンティス島の戦士、             オペレーターはエイリア、レイヤー、パレット、ナナ、アイリス、             そして英鴻や飛星、ラットグらが揃っていた。 エックス「俺は捜査隊の隊長に抜擢された。リーダー風を吹かすつもりは無いけど、             リーダーになったからには責任を持ちたいと思う。みんな、支えてくれ」 エックスが、前に出て挨拶をする。 その後、全員が自己紹介をしていき、英鴻の番になった。 英鴻「ニーメンハオ(みなさんこんにちわ)、総務部総務課で働いております、             趙 英鴻と申します。知っている方もいるでしょうが、             ワタシは全く持ってチャランポランな男であります」 この言葉には、ゼロやカーネルさえも吹き出した。 英鴻「その上ワタシにはよく切れる刀剣もないし、強力なバスターもありません。             かといって、重厚な鎧もなければ、瞬発力や回復能力などもありません。しかし」 英鴻はべろりと舌を出した。 英鴻「この舌先三寸さえあれば充分です。これで精鋭さん達に負けない活躍をしてみせます」 マリノ「ハンターにも面白い奴がいるんだねぇ」 ゼロ「ああ、一見変な奴だが、あいつの頭の回転は尋常じゃない。             自分で言っているとおり戦闘能力は低いが、敵に回すと厄介そうなタイプだ」 そして次に、飛星の番が来た。 飛星「今回共に行動することになった、楊 飛星と申す。             賞金稼ぎのチームを率いている。いきなりだが、我々が入手した情報を公開する。             シンジケート・コスモは既に活動中で、インドにある地熱発電所を占拠し、             地熱エネルギーを利用した兵器の開発を行っているとのことだ」 エックス「本当か ! ? 」 エックスは思わず叫んだ。 飛星「このことに気づいている者は現地の住民でも少ない。             イレギュラーハンターが捕虜を得たと聞き、計画を早めたものと思われる。」 英鴻「フーム、どうやら相当な手練れと見えるな」 そして、その後あれこれ議論したり、計画を立てたりした。 そして、結成式終了後… 英鴻「飛星は、この事件をどう思うかい ? 」 飛星たちが乗ってきたエア・トレーラーの中で、英鴻が飛星に言った。 飛星「さてな、実際敵とぶつかってみねば解らぬが…             相手がコスモ(秩序)などと、なまじ正義くさい名を掲げているのがたち悪い」 英鴻「むこうが秩序なら、こっちはカオス(混沌)とでも名乗るか ? 」 飛星「はっは、それはいい」 その時、楊大人(ヤンターレン)と呼ぶ声がした。 大人(ターレン)とは、自分より目上の人などを呼ぶときの敬称である。 レプリロイド「お酒をお持ちしました」 飛星「ご苦労」 杯を取り、酒を一杯注いだ。 飛星「ほれ、英鴻」 英鴻「謝謝」 英鴻が杯を受け取り、一口飲む。 英鴻「旨い…さすがにいいのを持ってくるねェ」 飛星「まあな。ところで、そっちの仕事の方はどうだ ? 」 英鴻「ぼちぼち、だネ。ゼロ隊長がしょっちゅう備品やら壁やらを壊すから、             始末書書かせるために奔走したり、同じ課の人に頼まれて琵琶を弾いたり…。             そうそう、ワタシに"若仙人"って渾名がついたよ」 飛星「"若仙人"…か。確かに、お前は何千年も前から生きているかのようだ。             私達レプリロイドどころか金属製のメカすら無かった時代のことまで知っている」 英鴻「それがワタシの作られた理由だからネ。で、そっちはどうだ ? 」 飛星「こっちは相変わらずだ。優秀な人材を見つければ獲得する、             好漢や豪傑と出会えば交友を結ぶ、敵と遭えば打ち倒す」 英鴻「武人としても兵法家としても、お前は見事なもんだ」 飛星「持っている知識じゃ、お前には叶わないさ」 そう言って、飛星も酒を呷る。 英鴻「昔はよく二人で酒を飲んで、夜が明けるまで兵法を論じたな」 飛星「うむ、明日から仕事になるだろうから、今晩はあまり飲むわけにはいかないがな」 英鴻「どうだい ? 久しぶりに二人で演奏しないか ? 」 英鴻が背中に背負っていた琵琶を降ろす。 飛星「私もそう思っていたところだ」 飛星も、懐から笛を取り出した。 英鴻「では…」 英鴻が指に義甲をはめ、ポロン、ポロンと琵琶を弾き始める。 そして飛星も、笛を吹き始めた。 ラットグ「なんとなく威厳があるな、あの人…」 隠れて見ていたラットグが、二人の奏でる音楽を聴きながら呟いた。 ラットグ「あの人は、ただ者じゃないな…             でもって、あの人が実力を認めてる英鴻兄ぃもただ者じゃないってことだ… ラットグは、優れた能力を持ちながらも、英雄になるのを拒んだ。 しかし、飛星は英雄とは違う、侵しがたい威厳を感じさせた。 その時、後ろから「おい」と声をかける者がいた。 レノンだった。 レノン「英鴻の奴が何処かへ行くから見に来たけど…             あの飛星ってやつが吹いてるのか ? この笛は」 ラットグ「ああ。ところであの飛星って人さ、なんか気配が違うよな」 レノン「ああ…普通じゃねーな」 ラットグ「ところで、いい子はもう寝る時間でないかい? 」 レノン「お前はどうなんだよ ? 」 ラットグ「オイラは泥棒で悪い子だし」 レノン「俺だって今更いい子ぶる気なんてねーよ」 ラットグ「いや、あんた母さんがいるし夜更かししてると何か言われないのかな、ってさ」 レノン「時々言うけど、もう子供じゃないしそんなにうるさくはないぜ」 ラットグ「そっか。せっかくおっかさんがいるんだから、泣かせちゃ駄目だぜ。             なんて、偉そうなこと言ってごめんな」 レノン「…いや…」 ハンターベースにいる者で、親が生きている者は少ない。 或いは、親にあたる人物はいても、父母と呼んだことが無いケースも多い。 …こいつも…肉親がいないのか… しばらく二人は、琵琶と笛の音を聴いていた。 対シンジケート・コスモ特別捜査隊隊員名簿 隊長・エックス 副隊長・ゼロ 参謀役・趙 英鴻(チャオ イエンフォン) カーネル レノン アクセル マッシモ マリノ シナモン ラットグ 楊 飛星(ヤン フェイシン) オペレーター エイリア レイヤー パレット ナナ アイリス

第八話・蛇王対閑人

特別捜査隊が最初にやることは決まった。 シンジケート・コスモに占拠された、インドの地熱発電所の攻略である。 ラットグ「…と、いうわけでオイラは行って来るぜ」 フリージア「うん…」 ラットグが、留置所のフリージアに告げた。 フリージア「ねえ、良かったらでいいんだけど…」 ラットグ「ん ? なんだ ? 」 フリージア「その…帰ってきたら、戦い方を教えて欲しいんだけど…」 ラットグ「俺が ? …ま、考えておくよ」 そう言って、ラットグは駆けていった。 飛星「では、作戦通りに」 転送装置でインドに到着して、一同は行動を開始した。 昨夜酒を飲んだのに、英鴻、飛星の思考能力は全く衰えていなかった。 二人が立てた作戦はこうである。 まず、英鴻、アクセル、シナモンは、救護隊員達を近隣の住民達を避難させる。 英鴻「この近くにイレギュラーの拠点が発見されました、至急避難してください。 はい、押さないで押さないでー」 アクセル「落ち着いて逃げないと撃ちまくるよ♪」 シナモン「それじゃ悪者ですよ…」 そして、前にレプリロイド解放軍から奪った自走式小型ビームキャノン四台を連射して、 発電所の分厚い扉を破る。 マッシモ、ゼロは敵の援軍に備えて扉の所で待機し、 エックス、カーネル、レノン、そして飛星が内部へ殴り込みをかける。 マッシモ「見張りは任せろ ! 」 エックス「頼んだぞ ! 」 飛星「では、参ろうか」 飛星はハンターベースに来たときは布製の軽そうな服を着ていたが、 今は「三国志」に登場するような中国の将軍風のアーマーを身につけ、 背には飛刀(中国の投げナイフ)の束を背負い、右手には硬鞭を握っている。 硬鞭とはいわゆるムチのことではなく、20センチほどの柄に、 刃の代わりに約70センチの金属製の棒がついた打撃系武器である。 棒には竹のような節がついているが、これは敵にぶつかる面積を少なくすることで、 より打撃を強化するための工夫だ。 そして、突入グループは発電所内部に入った。 エイリア『みんな聞こえる ? 多数のメカニロイドが向かってくるわ ! 』 レノン「それじゃ、一暴れするか ! 」 エックス「ああ ! 」 飛星「エックス殿のチャージショットで向かってくる敵を蹴散らし、             そこへ特攻する…それが効率的だろう」 カーネル「異論無しだ ! 」 さて、英鴻と飛星が立てた作戦は、単に正面から攻撃するだけではない。 飛星らが突入して暴れ、敵の主力をおびき寄せる。 そして内部の警備が薄くなった隙に、マリノとラットグが通気口から侵入し、             兵器の製造を停止させるのが、真の作戦である。 パレット『ルート解析はお任せを。サーチしたマップデータをそちらに転送しますね。             どうやら敵は地熱エネルギー採取メカを兵器製造装置に接続しているようです』 マリノ「地熱エネルギーを利用して作った兵器となると、かなりの威力だろうね」 ラットグ「どうしてその技術を良い方向に使わないんだろうなあ。             って、泥棒のオイラが言っても滑稽か」 二人は通気口の中を音を立てずに歩いていく。 その時、半分折れてぶら下がっていたパイプにラットグの足がぶつかり、ガタッという音を立てた。 警備員A「ん ? 天井裏から何か音が…」 下から残っていた警備レプリロイドの声が聞こえてくる。 マリノはビームナイフを抜こうとする。 しかし、その前にラットグがチューチューとネズミの鳴き真似をした。 警備員A「ネズミか…どこから入ってきたんだ ? 」 警備員B「どこからでも入ってくるさ、ああいう生き物は」 なんとか誤魔化せたらしく、警備員達は去っていったようだ。 そして、マリノとラットグは警備員のいなさそうな所まで行った。 ラットグ「ふう、オイラとしたことがヘマしちまったぜ」 マリノ「鳴き真似上手いね」 ラットグ「古風な技だけど、結構使えるだろ ? 他にもカエルやネコもできるぜ」 マリノ「帰ったらゆっくり聞かせてもらうよ」 やがて二人は、兵器製造器の所までたどり着いた。 マリノ「ビーム砲、ミサイルポッド…いろいろ作ってるねぇ」 ラットグ「さっさと装置を止めようぜ」 ラットグが製造器の停止装置を探し始めたとき、巨大な帯のような物が飛んできた。 ラットグ「おわっと ! 」 ラットグは宙返りして回避する。 ?「敵を迎撃に行くからと言って〜、内部の警備を雑兵に任せておくほど〜、うちの隊長は甘くない〜」 インド風の魔術師のような格好をしたレプリロイドが、機械類の影から現れた。 ラットグを襲った物は、そのレプリロイドが頭に巻いているターバンだった。 マリノ「何者だい ! ? 」 ?「この部隊を指揮するチャクラム・コブラッシュ様の副隊長〜。連邦政府の狗に本名を名乗る気はないが〜、 名前も知らない相手に殺されるのは不憫だから特別に〜、仮の名前を…」 レプリロイドが喋っている間に、ラットグは棒手裏剣を投げていた。 ?「おっと〜」 レプリロイドはターバンで慌ててたたき落とす。 ?「この特殊強化布製のターバン〜、守ればビームをも弾く魔法の盾〜、 攻めれば鋼鉄でも握りつぶす魔法の腕〜、そして世間はあたくしを〜…」 またもや喋ってる隙に、マリノとラットグは、それぞれ武器を構えてレプリロイドに突撃する。 ?「ヒンズーマジシャンと呼ぶ〜。ヒンズーロープ〜 ! 」 ヒンズーロープとはインドに伝わる手品で、 縄が一本の棒のようになって空に向かって伸びていくというものである。 そして、自称・ヒンズーマジシャンの背後から、何本もの特殊合金製のワイヤーロープが放たれた。 マリノ、ラットグが回避すると、ワイヤーロープは部屋の柱などに結びついていく。 ヒンズーマジシャン「どうだ〜、部屋中にロープを張り巡らせれば〜、やがて動きが制限される〜。 これがあたくしの基本形戦術〜」 ラットグ「…いや」 マリノ「かえって動きやすくなったよ ! 」 ラットグ、マリノは跳躍し、張り巡らされたワイヤーロープの上を伝って、 縦横無尽に部屋中を飛び移りながら、ヒンズーマジシャンに近づいていく。 彼らの運動能力なら造作もないことだ。 ヒンズーマジシャン「どどど、どこから襲ってくるか読めない〜 ! ならば〜、ターバンシールドなり〜」 ヒンズーマジシャンはターバンを外し、自分の周りで卵の殻のような形にした。 ヒンズーマジシャン「どうだ〜、これで360°完全防御の盾〜」 ラットグ「…アホかお前は。360°ガードしているってことは…」 マリノ「自分で逃げ道を無くしてるってことさ ! 」 ラットグとマリノは、卵状のターバンの布の隙間に武器を入れ、隙間を広げていく。 そして… ヒンズーマジシャン「なななななな〜 ! ? 」 ラットグ「ご披露いたす…『舞椿』…一文字 ! 」 椿の花は散るとき、花びらが一枚一枚散るのではなく花が丸ごと地面に落ちる。 そのため「首が落ちる」と言って、武士にとっては縁起の悪い花とされた。 そして、ヒンズーマジシャンの頭は椿のようにボトリと床に落ちた。 もっとも、かなり不気味な椿の花になるが。 マリノ「一瞬の早業だね、あそこまで素早く首を刎ねる奴なんて滅多にいないよ。 しかも刎ねたと思ったらもうビーム小太刀をしまってるんだもんねぇ」 ラットグ「そっちこそ、見事な身のこなしだぜ。さすが疾風のマリノさんだ」 互いを賞賛し、マリノとラットグは製造器を停止させに向かった。 一方、正面から突入した四人は… カーネル「てやぁぁ ! ! 」 四人が武器を一回振ったり撃ったりするたび、少なくて1体か2体、 多くて10体ほどの敵がまとめて蹴散らされる。 やがて、周りに敵はいなくなっていた。 飛星「何体殺った ? 私は63体ほどだが」 カーネル「私も60体前後だな」 レノン「俺は数えてない。エックスはチャージバスターでまとめて倒してるから解らないよな」 エックス「ああ」 広い部屋に差し掛かったその時…シュルシュルという不気味な音が近づいてきた。 カーネル「…来たな ! 」 現れたのは、コブラのようなレプリロイドである。 足はなく、手は頭の横に掌のみが浮遊している。 ? ?「我が名はチャクラム・コブラッシュ。シンジケート・コスモのエネルギー採取部隊長なり。 連邦政府の狗どもよ、人海戦術をくぐり抜けここまで来たのは褒めてやる。 だがお前達の剣はこの場でお前達の墓標となるであろう」 飛星「蛇型なら、大広間ではなく狭い通路で不意打ちすれば良かっただろうに」 コブラッシュ「我は決闘者なり。例え連邦政府の狗だろうと不意打ちなどはせぬ」 飛星「ふん、古くさい上に自信過剰にもほどがある」 レノン「同感」 コブラッシュ「無礼者 ! 」 コブラッシュは身をうねらせて襲いかかる。 四人は散開し、反撃体制を取る。 しかしエックスのバスターを、コブラッシュは柔軟な動きで回避し、高速でエックスに突撃する。 コブラッシュの毒牙を、エックスはかろうじて回避した…が、頭を回避した途端尻尾が襲ってきた。 エックス「ぐわあっ ! 」 エックスは避ける間もなく捕らえられてしまった。 レノン「エックス ! 」 コブラッシュ「我が牙に仕込まれしウィルスは、どんなレプリロイドでも数秒で殺す。さあ、死ね ! 」 コブラッシュの牙がエックスに近づいた時、飛星の手が閃いた。 コブラッシュ「ぐあっ ! ? 」 飛星の手から飛んだ飛刀が、コブラッシュの牙二本を切断していた。 飛刀の技術は曲芸より発したとされ、人間でも達人の放つ飛刀の最大射程は100メートルに達するという。 ましてや飛星のようなレプリロイドの腕力に、最新のテクノロジーが込められたレーザー飛刀である。 飛星「決闘者とかいいながら、私のような閑人(暇人)の飛刀も避け切れぬか。 これだからスポーツと戦争の区別がつかぬ者は困る」 コブラッシュ「お、おのれぇ…」 力がゆるんだその隙に、エックスは脱出し、コブラッシュの顔面に蹴りを入れる。 射撃戦が主といえど、その強力なバスターの反動に耐えるため、エックス自信の力もなかなか強いのだ。 そこへさらに、カーネルとレノンが殺到する。 コブラッシュ「く…ナーガチャクラム ! 」 コブラッシュの尾を中心に、エネルギーのリングが作り出された。 コブラッシュ「くらえい ! 」 インドに伝わる暗器・チャクラムのごとく、リングが飛んだ。 しかも一つや二つではない。 回転しながら、いくつものチャクラムが虫の大群のように部屋中を飛び回る。 レノン「ちっ…一つや二つじゃ当たってもどうってことなさそうだが…」 カーネル「このままではズタズタになる ! 」 エックス「くっ…締め付けられたときのダメージで体がギシギシいってる…」 ミラージュの弓は威力が高すぎて、発電所の中で使ったりすると大惨事を起こしかねない。 回避しきれず、レノン、カーネル、エックスはいづれもダメージを受け続けた。 飛星「…私が殺る。援護してくれ」 そう言うと、飛星は硬鞭を振りかざし、 自分にぶつかってくるチャクラムを全く無視してコブラッシュに接近する。 コブラッシュ「特攻か…この状況ではそれしかないだろうが…ハッ ! 」 なんと、切断されたコブラッシュの毒牙が生え始めた。 そして、前の倍ほどもある牙となった。 飛刀で切断するのは難しそうだ。 飛星「牙が再生するのか…しかし… ! 」 飛星はコブラッシュの尾に接近する。 飛星「殺(シャア)! 」 飛星の硬鞭が、したたかにコブラッシュの尾を打った。 硬鞭とは元来相手を鎧もろとも叩き潰す武器なので、尾は潰れ、中から機械がはみ出した。 コブラッシュは奇声を発し、苦痛に顔を歪めながらも牙を向いて襲いかかる。 しかしその時… ザクッ コブラッシュ「ぐあうああぁ ! ? 」 コブラッシュの背中に、飛星が先ほど投げた飛刀が突き刺さっていた。 飛星の飛刀は、投げた後手元や背中の鞘に引き寄せることができる。 それを利用し、先に投げた飛刀と自分が相手を挟み込んだような位置関係になれば、             硬鞭と相手の背後からの飛刀攻撃との挟み撃ちが可能になる。 レノン「よし、今だ ! 」 空中を飛び交っていたチャクラムが消滅し、レノン、カーネルが             サーベルを構えて、コブラッシュを斬りつけた。 それによりコブラッシュはとうとう力つきたらしく、息絶えた。 エイリア『みんな、今マリノとラットグから連絡が入ったわ! 兵器製造器を停止させたそうよ ! 」 エックス「英鴻と飛星の作戦が当たったな」 飛星「優れた能力を持った仲間あってこそだ」

第九話・交流の一時

コブラッシュを倒し、事後処理を勧めるハンター達。 しかし、コブラッシュが敗れた時、残っていたシンジケート・コスモの隊員達は逃げ去るか、          或いは自害してしまっていた。 残っていた者もいたが、それは元々発電所の職員だったのをコブラッシュが洗脳した者達で、          コブラッシュが死んだ時に洗脳が解け、洗脳中の記憶は全く残っていなかった。 飛星「捕虜を得られなかったのは残念だ」 ハンターベースの中庭で、飛星が言った。 場にいるのは、マッシモ、マリノ、シナモン、エックス、ゼロ、英鴻である。 マッシモ「捕虜がいれば、敵のことを詳しく調べられるのにな」 ゼロ「フリージアは、結局詳しい内情まではしらなかったからな…」 英鴻「そうそう、そのフリージアちゃんですが、ラットグ、ソニアちゃんと友情が成立たようで、          今訓練場でラットグから武術を教えてもらうのだそうな」 エックス「大丈夫かな ? ラットグにしてもフリージアにしても、逃げ出したりってことは…」 ゼロ「レノン達が見てる。大丈夫だろう」 マリノ「あのラットグって奴は凄い腕前だよ。動物の鳴き真似もできるし」 エックス「へえ、それは初めて聞いたな」 飛星「さて、私は部屋で本でも読んでいよう。何かあったら呼んでくれ」 そう言って、飛星はふらりと歩き出す。 シナモン「不思議な人ですよね」 飛星の後ろ姿を見送って、シナモンが言った。 マッシモ「初めて見たとき、とてつもなく偉い人のように思えた」 マリノ「なんか、いい奴なのか悪い奴なのかよく解らないな、あたしは」 英鴻「良い、悪いを決めるのは本人じゃなくて周りじゃないかな。ワタシはいい奴だと思ってるけど、          あいつを怨む者もいる。完璧な正義の味方じゃない。ワタシもあいつもネ」 シナモン「英鴻さんはいい人だと思います」 シナモンは微笑んで言った。 英鴻「そうかい ? 」 エックス「そうだよ、時々汚い手も使うけど、英鴻がいい奴だってことはみんな解ってるよ」 マッシモ「いい奴はいい奴でも、エックス達とはちょっと違うよな。          出会って2日も経ってないけど、なんか解るぜ」 英鴻「はは、ワタシの人生はネ…水を模範としています」 ゼロ「…水 ? 」 英鴻「水は古代より、生命であり哲学であり、兵法でもあります。             地形に沿って形を変える水のごとく、変幻自在に敵を取り巻き、臨機応変に対応する…             それが兵法の模範、孫子が説く不敗の戦術…」 孫子は中国の戦国時代(日本では縄文時代)の兵法家で、彼が書いた兵法書は中国のみならず、             武田信玄、ナポレオンなど、世界中の名将が愛読している。 孫子の時代、戦争は絶対に悪であるとする思想と、             国益のため積極的にするべきだという思想が対立していたが、             孫子はそのどちらでもなく、戦の無くならない現実を直視した不敗の戦術を編み出そうとした。 彼の兵法は戦争を超え、人生哲学とも呼べる。 英鴻「ワタシは兵法としての水も、哲学としての水も修めたいと思っております」 ゼロやエックスは納得したような気がした。 英鴻の性格も水と同じく掴み所がない。 ゼロ「英鴻、お前が水なら、俺達は何だ ? 」 英鴻「そうですな、みなさん宝石のような心をお持ちですネ」 エックス「そうかな ? 」 マリノ「そうキッパリ言われると、お世辞みたいに思えるね」 英鴻「いえいえ、本当に宝石のようですよ。             しかも一つ一つ繋がり、美しい首飾りのようになっている」 マッシモ「一つ一つ繋がり…か。確かに、俺達の結束は強くなってるはずだよな」 しかし英鴻は、ここで予想外の発言をした。 英鴻「しかし…皆さんは怯えている」 ゼロ「怯えてる ? …俺達が ? 」 英鴻「宝石というのは、少しでも傷が付けば価値は半減…             首飾りとくればはめ込まれている一つの宝石が傷ついただけで、首飾り自体の価値が半減する…。             皆さんは自分や仲間に傷がつくのに怯えている」 その言葉には、シナモンやエックスは「あっ」という声を出し、他の者達もギクリとした。 英鴻「宝石のような生き方もいいが、少しの傷に怯えることになる。             そこら辺の何の変哲もない石を見習って、ゴロゴロと生きることを覚えるべし」 その時、英鴻の涼しげな顔は、青年でありながらも周りに居た一同にはまさしく仙人のように見えた。 そのころ訓練場では… フリージア「柔道も得意なんだね、ラットグは」 ラットグ「武芸十八般、全部身につけてるからな」 ラットグはフリージアに、柔術や剣術などを教え、今は休憩中だった。 レノン、アイリス、ソニアの三人が見物している。 アイリス「武芸十八般…って ? 」 ラットグ「弓術、槍術、馬術、水泳術、剣術、抜刀術(居合い)、短刀術、十手術、手裏剣術、             含針術(口の中に含んだ針を吹き付け、目つぶしを狙う技)、薙刀術、             砲術(大砲・小銃などの射撃や製造法)、捕り手術、柔術、棒術、鎖鎌術、もじり術(袖がらめ)、             隠形術(忍術)。流派によって違いは多数あるけど、この18の武術を総じて武芸十八般っていうんだ」 レノン「馬術…お前馬にも乗れるのか ? 」 ラットグ「ああ、馬はいなかったから、代わりにライドチェイサーを片手で運転しながら             空いてる方の手で武器使う技を教わった。危ないから良い子は真似しちゃ駄目だぞ」 フリージア&ソニア「しないしない」 ハンターベースで最も無茶なライドチェイサーの運転をするというゼロですら、             そんなことはしなかった。 ラットグ「とにかく、まずは基本的な武術の動き身につけることだな」 フリージア「うん ! 頑張る ! 」 アイリス「エイリアさん、コーヒーどうぞ」 エイリア「あら、ありがと」 エイリアがコーヒーを受け取り、ミルクと砂糖をいくらか加えた。 アイリス「レイヤーさんもどうぞ」 レイヤー「どうも。ナナさん、そっちどうですか ? 」 レイヤーが感情の無い声と共にコーヒーを受け取り、ナナに尋ねる。 ナナは、発電所で作られた兵器の解析をしていた。 ナナ「いずれも違法な製造法で作られた物です。速急に処分すべきですね」 パレット「奪還されたら危ないですからねぇー」 パレットが紅茶にミルクと砂糖をたっぷりと入れながら言った。 エイリア「今回は英鴻と飛星の作戦が当たったけど、敵はかなり強大そうね」 アイリス「飛星さんが、いろいろと調査してくれているらしいです」 パレット「調査………まさかちょっとヤバイこととかやってるんじゃ…」 エイリア「…ヤバイことって…裏世界のマフィアとか…? 」 アイリス「だ、大丈夫だと思うけど…」 レイヤー「蛇の道は蛇、法律違反さえしていなければそれもありでしょう」 レイヤーがまたもや感情の無い声で言った。 ナナ「悪い人には見えませんでした。それにトレーラーに乗っているとき、             依頼主を裏切るようなことがあったら商売の信用を失う、とも言ってましたし、             第一腕の方は確かですから」 そう言って、ナナも紅茶を飲む。 その時扉が開いて、部屋の中にゼロが入ってきた。 アイリス「あっ、ゼロ」 レイヤー「……」 ゼロ「こっちの方ははかどってるか ? 」 パレット「はい、情報不足が問題ですが…」 ゼロ「そうか…ところで英鴻がな、「宝石みたいな生き方をしていると、             少しの傷に怯えなければならない。石のようにゴロゴロと生きることを覚えろ」って言ってた」 パレット「不思議な人ですよね、あの人も」 エイリア「休憩時間に琵琶を弾いてもらったりしてたけど、もの凄い物知りみたいだしね」 ナナ「腰に巻いてるあの紐、飾りに見えるけど武器ですよね ? 」 ゼロ「ああ、今まで何度か使おうとしていたが、結局使わなかった」 そう言って、ゼロもコーヒーを淹れる。 エイリア「戦闘能力は大したことないって言ってるけど、その分いろいろ器用よねぇ」 アイリス「何にしろ、心強い味方だわ」 ゼロ「ああ…汚い手も使うけどな」 レイヤー「汚い手を使っても、ゼロさんが必ず帰ってくることを望んでます。アイリスさんも、私も…」 今度のレイヤーの声には、心がこもっていた。 ゼロ「…ああ、必ず生きて帰るさ。何があっても、な」 ? ? ?「…おい、いつまで付けてくるつもりだ ? 」 長刀の男はそう言って振り向いた。 ?「あら、ばれてました ? 」 赤い目の、女性レプリロイドだった。 顔にはまだ子供のあどけなさが残っている感じもした。 ?「頭目が貴方に会いたいと仰っております。ご同行していただけますか ? 」 ? ? ?「俺が着いていかなかったら、どうする ? 」 ?「この場で自害します」 ? ? ?「くだらん死に方だな」 ?「頭目のご命令を全うできなかったなら、死ぬぐらい当然です」 ? ? ?「その頭目が自分で来れば会ってやる」 そう言って、男は足を早めた。 その時、ビームの刃二つが、男に襲いかかった。 男は刀を抜くことなく、鞘で受け止めた。 ? ? ?「…重いな。中国の双刀術か…」 ?「お気に召しませんでしたか ? 」 ビームサーベル2本を構えた女が言った。 ? ? ?「…会うだけ会ってやろう」

第十話・激闘戦斧

ゼロ「山が険しいな…」 捜査隊一同が今いるのは、中国…といっても、漢民族の土地ではない。 ここはチベット自治区である。 「シンジケート・コスモを名乗る集団がチベットとアマゾンで活動中」、との情報を飛星が掴んだのだ。 よって、部隊を二つに分けるて調査に赴くことになった。 ゼロ、レノン、アクセル、マッシモ、飛星がチベット。 残りのメンバーがアマゾンである。 その時… アイリス『メカニロイド、レプリロイドのエネルギー反応多数…接近して来ているわ』 オペレーターを努めるアイリスが言った。 ? ?「さて、イレギュラーハンターを片づけるか、ヤクラッシュ」 ひょろ長い体の、ずる賢そうな目つきのレプリロイドが、ライドアーマーの上から言った。 周りには、大量のレプリロイド、メカニロイドが従っている。 100以上はいるだろう。 ヤクラッシュと呼ばれたレプリロイドは、チベットに生息する牛の一種・ヤクをモチーフにしたボディで、 湾曲した角を持ち、全身が長い毛で覆われていた。 ? ?「ま、やりたくなければやらなくてもいい。その代わり、お前の村は消し炭だ…」 ヤクラッシュ「…解ってる、やるさ…」 ヤクラッシュはギリリと歯軋りをした。 ? ?「シンジケート・コスモに逆らった者はどうなるか、これから世界中が知ることになるだろうよ…」 ヤクラッシュ「フィアボマー…貴様… ! 」 フィアボマー「様を付けろ ! 」 そう言って、フィアボマーと呼ばれたレプリロイドはヤクラッシュに石を投げつけた。 その時、彼らが率いる部隊が谷の下に来たその時、前方に土煙が起こった。 フィアボマー「お、敵だな。おい無能共、戦闘準備だ ! 」 シンジケート・コスモの軍団は、土煙の中に突撃していった。 ヤクラッシュ「 !  あれは… ! 」 土煙の中に、「楊」と書かれたホログラムの旗が立っていた。 フィアボマー「楊…まさか…あの楊 飛星が…」 フィアボマーの表情がこわばった。 その時、土煙の向こうに別のホログラム旗が並んでいるのが見えた。 エックス、ゼロ、アクセル、カーネル、レノン、マッシモ、シナモン… イレギュラーハンターとギガンティスの勇者達の名がホログラム旗に書かれていた。 そして、その旗の周りに数名のレプリロイド達が立っているのが見える。 と言っても結構距離があり、どのくらいかは解らないが、そこに旗の主がいるのだろう。 と、その時… ズドォン ! 爆発音と共に、崖が崩れ、大量の岩が降ってきた。 フィアボマー「ひ、ひえぇー ! ! 」 フィアボマーとヤクラッシュは先へ進んで回避したが、部隊は蛇のような形になって 崖沿いに移動していたため、これで部隊の前後が分断されてしまったのだ。 飛星「まんまと罠にはまったようだな」 拡声器から飛星の声が響いた。 飛星「もはや逃げ場はない。覚悟しろ ! 」 飛星の声と同時に、四方からバスターやビームキャノンなどが発射された。 勇者達の名が書かれた端を見て士気を削がれた部隊は、ますます大混乱に陥った。 フィアボマー「ヤクラッシュ、何をぐずぐずしている ! 俺様のために退路を確保しろ ! 」 内心では勇者達と渡り合ってみたいと思ったヤクラッシュだが、仕方なく退却の道を探し始めた。 真正面にはエックス、ゼロ、レノンの旗、左側にはアクセル、カーネル、マッシモ、シナモンの旗… ヤクラッシュ(右側は空いている ! ! ) ヤクラッシュが右側へ進み、フィアボマーが後に続く。 ハンター達は追撃してこない。 フィアボマー「こ、ここまでくれば大丈夫…」 フィアボマーがそう言った途端、人影が彼らの前に立ちふさがった。 飛星「残念、ここは退路ではなく『死門』だ」 ゼロ、レノン、飛星の三人そしてヤクラッシュらの背後にはマッシモとアクセルがいる。 敵を包囲するときは逃げ道を開けよ、と孫子の兵法にある。 完全に包囲すると敵は死に物狂いで戦って、窮鼠猫を噛むの戒め通り、 予想外の力を出すこともあるからだ。 そのため、あえて敵の逃げ道を開け、それと見せかけ実は『死門』というのが、 敵を包囲して倒すときの常套手段である。 ホログラムの旗を持っていたのはエックス達本人ではなく、飛星の配下達だった。 そして、旗と落石で包囲し、唯一空いている道の先に本物のレノン達を伏兵として配置、 ゼロは落石の向こう側に取り残されている敵を殲滅する…。 飛星が編み出した、地の利、エックスやゼロに対する敵兵の恐怖心を利用した計略。 飛星「名付けて『旗幻牢の計』」 フィアボマー「こ、こらヤクラッシュ ! さっさとこいつらを蹴散らせ ! 」 ヤクラッシュ「ちっ……」 ヤクラッシュが動こうとすると、マッシモがその前に立ちふさがる。 マッシモ「おっと、お前の相手はこの鋼鉄のマッシモだ! 」 そう言って、マッシモは斧を振り下ろす。 すると、ヤクラッシュは二丁の斧でそれを受け止めた。 ヤクラッシュ「あんたが鋼鉄のマッシモか…こんな形で闘りたくは無かったぜ…」 その時、アクセルが銃を連射した。 しかし、エネルギー弾はヤクラッシュの毛皮にはじき返された。 アクセル「おっとっとっと ! 全くダメージ無し ! ? 」 跳弾したエネルギー弾をかわし、アクセルが叫んだ。 ヤクラッシュ「俺の毛は特殊鉄鋼の糸だ…そんな攻撃は通用しねえ ! 」 動物の毛や皮は、時には驚異的な攻撃力や防御力を発揮する。 サイの角も骨ではなく、体毛が固まってできた物なのだ。 また、特殊鉄鋼の糸ならただの金属の塊と違い柔軟さがあるため、ショックを吸収する働きもある。 マッシモは再び斧を振り上げ、ヤクラッシュは二丁斧を構え突進する。 今度はマッシモが受け止め、ビームの刃が火花を散らす。 マッシモ「くっ…ぬおぉぉぉ ! ! 」 ヤクラッシュ「でやぁぁぁぁ ! 」 ヤクラッシュは二丁斧を構え直して猛然と打ちかかり、 マッシモも斧を大きく回転させ、遠心力を利用して打ちかかる。 今度は、互いの攻撃がぶつかりあって阻まれた。 その後、双方奮闘すること約二十合。 レノン「長引くな…」 レノンが、ビームサーベルを構えて加勢に出る。 フィアボマー「そ、そうは行くか ! ! 」 フィアボマーがライドチェイサーの腕から、小型の爆弾を大量にばらまいた。 アクセル「そんなもの ! 」 アクセルが再びダブルバレットを連射し、相殺する。 フィアボマーはアクセルと飛星に任せ、レノンはマッシモに加勢する。 しかし、この二人の攻撃をヤクラッシュは受け止めつつ、 二丁斧を風車のごとく振り回し果敢に打ちかかる。 そして… ヤクラッシュ「黒…旋…風 ! 」 凄まじい旋風が巻き起こった。 ヤクラッシュの斧の衝撃波である。 レノン「くっ ! ! 」 マッシモ「うわっ ! 」 二人は何とか防ぎきったが、その隙にヤクラッシュは間合いを取り、 角を突きだし猛スピードでマッシモに突撃する。 マッシモ「ぐあああぁっ ! ! 」 アクセル「マッシモ ! 」 鋼鉄のマッシモともあろう者が、10メートル以上吹き飛ばされてしまった。 右胸と右肩の部分には、ヤクラッシュの角で開けられた穴から血(オイル)が流れ出した。 飛星「ほう、あの堅そうなアーマーに穴を…」 アクセル「感心してる場合じゃないって ! 」 マッシモ「くぅっ…」 マッシモは痛みをこらえて起きあがり、斧を握り直した。 ヤクラッシュ「その傷じゃもう戦えねーだろ。止めておけよ」 マッシモ「何言ってやがる…俺は鋼鉄のマッシモだ… もっととんでもない修羅場をくぐり抜けてきたんだよ ! 」 マッシモが再び斧を振り上げて マッシモ「そりゃあぁぁ ! ! 」 ヤクラッシュ「くっっ ! 」 ヤクラッシュは二丁斧でマッシモの一撃を受け止めるが、徐々に押され始める。 毛に覆われた顔に疲労が滲み始めた。 マッシモの方も、受けた傷は軽傷とは言えない。 そのまま力比べが続く。 フィアボマー「ヤクラッシュ、さっさとそいつを倒せ ! さもないとお前の村が吹っ飛ぶぞ ! 」 レノン「…村が吹っ飛ぶ ? 」 ヤクラッシュ「ぐ…うおぉぉぉ ! ! 」 ヤクラッシュがマッシモの斧を押し返し、今度はマッシモが押され気味になった。 飛星「いかん ! 」 飛星が背中の飛刀を抜き、ヤクラッシュに投げつける。 ヤクラッシュは咄嗟に斧で弾き落とすが、その隙にマッシモは再び反撃に転じることができた。 アクセル「ちょっとー、誰かこっち手伝って ! 」 アクセルはフィアボマーと戦っているが、 アクセルの攻撃力ではライドアーマー相手だと少々分が悪い。 飛星「心得た」 飛星は地を蹴って跳躍すると、「殺 ! 」の声と共に、 硬鞭でフィアボマーのライドアーマーを殴りつける。 派手な音がして、ライドアーマーのボディが潰れた。 フィアボマーは奇声をあげて操縦席から転がり落ちる。 アクセル「それでは、パパッとトドメを…」 フィアボマー「ま、待て ! 」 フィアボマーは懐から、黒いスイッチを取り出した。 フィアボマー「これを押せば、この近くの村が大爆発だぞ! 」 ヤクラッシュ「 ! 」 フィアボマーの言葉に、ヤクラッシュとマッシモも戦いの手を止め、フィアボマーの方を睨んだ。 フィアボマー「いいか、武器を捨てろ。さもないとスイッチを押…」 シュバッ ! リング状の閃光が走り、フィアボマーの右肘から先が消失した。 スイッチを掴んだまま宙に投げ出されたフィアボマーの腕を、飛星がキャッチした。 フィアボマー「な、何が… ! ? 」 フィアボマーは痛みすら感じていなかった。 ゼロ「全く、こういう手を使う連中が多いな」 現れたのはゼロだった。 手にはリング状に変化したゼットセイバーを握っている。 コブラッシュのデータから手に入れた技・「乾坤圏」である。 圏というのは中国のリング状の武器で、インドのチャクラムから生まれたという説もある。 飛星「さてどうするかな、爆弾魔」 フィアボマー「あ、あふそふひうよ…」 フィアボマーはもはや言葉らしい言葉が出せなかった。 ヤクラッシュ「ふう…これでもうお前の命令を聞かなくても済むってわけだ…」 フィアボマー「の、べぼばー ! 」 奇声を発し、フィアボマーはヤクラッシュに爆弾を投げつける。 しかし、ヤクラッシュの毛皮には傷一つつかない。 ヤクラッシュ「死ね ! 」 ヤクラッシュの角が、フィアボマーを貫いた。 フィアボマーは恐怖に引きつった表情のまま息絶えていた…。 ヤクラッシュが言うには、彼の村の地下にフィアボマーが爆弾を仕掛け、 ヤクラッシュを脅迫していたそうだ。 ヤクラッシュは前にシンジケート・コスモからの勧誘をはねつけたため、 シンジケート・コスモはそのような手段に出てらしい。 その後飛星は自分の配下の中から爆発物処理を得意とする何名かを村へ向かわせ、 マッシモの応急措置をし、ダークホーン・ヤクラッシュは 武器を捨ててハンターベースへ同行することとなった。 とあるスラム街の廃屋の中… ? ?「どうも、来ていただけて嬉しいですよ」 包帯を巻いて顔を隠したレプリロイドが、長刀の男と向かい合っていた。 傍らには、二本のビームサーベルを帯びた赤目の女性が立っている。 ? ? ?「…お前達の頭目が待っているとのことだったが? 」 長刀の男が低い声で言った。 ? ?「おや、小生が頭目ではないと解りましたか ? 」 ? ? ?「お前もかなりできると見たが…」 長刀の男は赤目の女性の方をちらりと見た。 ? ? ?「その女が頭目のことを言ったとき、その言葉には強い言霊が宿っていた… といってもわからんだろうが…。とにかく、俺が想像している中ではお前達の頭目は お前達より遙かに上…と見た」 ? ?「お見事な眼力。その通り、小生は幹部の一人にすぎません。ちなみにこっちもね」 そう言って、仮面の男は赤目の女性を指さす。 ? ? ?「頭目が会いたがっている、と聞いて来てみれば幹部だけか。不愉快だ、帰る」 そう言って、長刀の男は背を向ける。 ? ?「おっと、少々お待ちを」 そう言って、仮面の男が一本の剣を差し出す。 特殊金属製らしく、柄には見事な装飾が施されていた。 ? ?「この剣をご覧になってください」 ? ? ?「…俺をなめているのか ? 今まで刀剣を数多く見た。その剣に細工がしてあることくらい解る」 ? ?「またもやお見事な眼力。まあ、細工とは少し違いますが…。 しかし、これは地上最強の武器であることは間違いありませんよ ? 手に入れてみたいとは思いませんか ? 」 ? ? ?「武人の誇りは武器でも力でもない。生き様だ」 ? ?「その生き様を世に知らしめたい、とは ? 」 ? ? ?「思わないね。ただ自分で満足してるだけで十分だろう。…話すだけ話した。帰るぞ」 そう言って長刀の男は出口に向かって歩き始めたが、ふと赤目の女性の方を見た。 ? ? ?「お前、趙 英鴻という男を知らないか ? 」 ?「…知りませんが、何か ? 」 ? ? ?「いや…ある人からその男の容姿などを聞いたのだが、どうもお前と似ているのでな」 ?「…」 ? ? ?「今度は俺の方が失礼したようだな。これでおあいこだ。あばよ」 ? ? 「さすが"武神"だけあって、釣れないな…」 廃屋の周囲で待機していた部下達が長刀の男に全滅させられ、 長刀の男が帰っていくのを見届け、仮面の男が呟いた。 ?「…返してしまっていいのですか ? いつまでも幹部の席に穴が空いていては困るでしょう」 ? ? 「構わないさ、もともと何人か候補を決めて置いたしな。 それにしても、ティルヴィング、お前は本当に厄介な剣だな」 仮面の男が、剣に向かって話しかけた。 −しょうがねーだろ、俺様だってこんな剣になるはずじゃなかったんだからよ− 剣がそう答えた。 ? ?「次に狙ってみるのは"海神"だ。どうだ ? 」 −"海神"か…悪くねぇな、食い尽くし甲斐がありそうだ− 剣から舌なめずりするような音が聞こえてくる。 ?「ところで、コブラッシュが死んだそうですが」 ? ?「ああ。力任せの集団ではあいつの部隊は破れない。なかなかの知恵者もいるようだな」 ?「知恵者…もしや…」 ? ?「心当たりでもあるのか ? 」 ?「ええ…」 スラム街には、真夏だというのに冷たい風が吹いていた…

第十一話・水底悲華舞踏

−−−数年前、アマゾン・エリアで… 魚型レプリロイド「やっぱりお前の歌は最高だな、イアラ」 イアラ「ありがとう、ビラニアン」 水色の髪の、妖精のような女性レプリロイドが笑顔で言った。 魚型レプリロイド「なあ…今度の休暇に…良かったら……」 その時 悲劇の幕開けが起こった。 イアラ「キャアアァー ! ! 」 魚型レプリロイド「イアラ ! イアラー ! ! 」 エックス「ここから先が密林地帯か」 アマゾン・エリアにいるエックス、カーネル、マリノ、シナモン、ラットグ、そして参謀役英鴻。 幾度もの大戦で焼かれたアマゾンの密林も、環境再生プログラムにより次第に再生しつつある。 英鴻「昔バーナーマンとかいうロボットが、1日一つジャングルを焼かないと             自爆装置が作動すると言われ、ひたすらジャングルを焼きまくったそうな。             騙されていたらしいですが、それにしたって迷惑な話で…」 やがて、森が深くなってきた。 邪魔な茂みやツタをラットグがナイフでどけながら進む。 ラットグ「この手の植物は再生が速いからな、少しくらい切っても大丈夫だろ」 パレット『みなさん、そこから東の方へ向かってください。そうするとアマゾン川に出ます』 レイヤー『そこから強いエネルギー反応が出ています』 エックス「解った ! 詳しいルート解析を頼む ! 」 パレットのルート解析能力により、森の中を抜け、川へと向かう。 その時だった。 マリノ「あれ ? 何か聞こえないかい ? 」 エックス「…本当だ…歌声が聞こえる…」 次第に歌声は大きくなった。 女性の声だ。 エックス「…………」 英鴻「あれ、エックス隊長、どうしました ? 」 エックス、カーネル、マリノ、シナモン、ラットグ…次々と目がうつろになり、             見えない糸に引きずられるようにふらふらと歩いていく。 パレット『エックスさ……ザザ………』 通信機がいきなり壊れ始め、パレットやレイヤーの声も聞こえなくなってきた。 英鴻「…」 英鴻は財布から小銭を取り出し、近くの石の上に落とした。 チャリーン、という音が森の中に響き、その音にラットグがはっと振り向いた。 ラットグ「…あれ、オイラは一体… ? 」 英鴻「催眠術みたいなのにかかってたんだよ。小銭の音で正気に戻るとは             どこぞの少年忍者みたいだな。半分は冗談でやったんだけど」 ラットグ「いやあ、こそ泥生活長かったからねえ。…ところで…」 ラットグはまだ催眠術にかかっているエックス達をちらりと見た。 ラットグ「ほっといていいの ? 」 英鴻「うむ、通信装置がこの歌のせいで壊れてしまったらしいから、             これから進むルートが解らない。なのでワタシ達は催眠術にかかっているふりをして、             敵の居場所まで案内してもらおう」 ラットグ「なるほど、さすが英鴻兄ぃは悪賢いなあ」 英鴻「『悪』の一時は余計だ」 そして、ラットグと英鴻は催眠術にかかっているふりをしてエックス達に着いていく。 やがて一行は広大なアマゾン川へと出た。 ラットグ(この川の中から歌が聞こえてくる…) 英鴻(歌声の主は水中か) 催眠術にかかっているエックス達はふらふらと水の中に入ろうとする。 敵の居場所が水中だと解った以上、そろそろエックス達を正気に戻してやろうと思い、             英鴻が背負っていた琵琶を降ろして弾き始めた。 英鴻「歌声によって聴覚を刺激してレプリロイドを催眠状態にするなら、             同じように聴覚を刺激してやれば…」 英鴻の考えは正しかった。 マリノ「………………あれ ? 」 カーネル「…私達は…いつの間に川に… ? 」 ラットグ「催眠術だよ。この歌のせいで催眠術にかかっていたんだ」 正気に戻ったエックス達に、ラットグと英鴻が何があったかを説明する。 その時には、歌声が止んでいた。 エックス「なるほど、でも英鴻はどうして催眠術にかからなかったんだ ? 」 英鴻「ワタシの体は、わけあってあらゆる拷問や精神攻撃に耐えられる構造になっているんです」 その時、川に巨大な水しぶきがあがった。 そして、水中から巨大な青い物体が姿を現した。 エックス「で…でかい…」 マリノ「これが…あの歌声の主かい ? 」 英鴻「それは解りませんが…仲良くなれそうな相手じゃ無さそうですネ」 その物体は球状で、中央に一つの赤い目らしき物があり、             体全身がスライム状の粘液で構成されていた。 その時、別の方からも水しぶきが上がった。 カーネル「あれは… ! 」 エックス「密猟者取り締まりレプリロイド、フロック・ピラニアン…昔写真で見ただけだが…」 ピラニアンは、鋭い牙を持ったピラニアのような外見で、目は赤く光っていた。 ピラニアン「オ前達…生ケ贄ニナレェ…イアラヲ元ノ姿ニ戻スタメ…」 英鴻「…なんだか知りませんが、こっちも仲良くなれそうにないですネ」 ラットグ「確かに…」 エックス「完全にイレギュラー化しているとしか思えない…」 ピラニアン「死ネェーー ! ! 」 ピラニアンが叫ぶと、水中から魚型のミサイルが数発飛び出した。 エックス「英鴻、お前は下がって…」 英鴻「もうとっくに下がってます」 見ると、英鴻は10メートルほど後退して、木の影に隠れていた。 エックス達は一瞬だけ唖然としたが、すぐに気を取り直してミサイルを迎撃した。 しかし、ピラニアンは次々にミサイルを撃ち込んでくる。 エックスがミサイルではなくピラニアン本体にバスターを撃っても、難なく避けられてしまう。 英鴻「水に入っては魚型の敵の方が有利…しかし入らなければ攻撃を当てることもままならない…と」 ふむふむ、と英鴻が頷く。 英鴻「よし…ラットグ、あとマリノさん ! あんたらの機動力なら水の中に長い間留まらず、             接近して攻撃してすぐに地上に戻ってくることができるはずです ! 」 マリノ「ようするにヒット・アンド・アウェイだね ? 」 ラットグ「あいあい・さー ! 」 マリノが右から、ラットグが左から、得意の高速移動で             巧みにミサイルをかわしながら進み、岸辺で跳躍した。 ラットグ「舞椿 ! 」 マリノ「散華 ! 」 二人がそれぞれ技をかけようとした、その時だった。 ピラニアン「フロック…イリュージョン ! 」 ピラニアンの姿が、一つ…二つ…三つと別れ、一斉に二人に飛びかかってきたのだ。 マリノ「 ! ?  分身 ! ? 」 ラットグ「やべっ ! 」 ピラニアンの…分身か本体か解らないが、とにかく一体がマリノの肩に噛みついた。 マリノ「っ ! うあぁぁ ! ! 」 シナモン「マリノさん ! 」 ラットグは自分に接近してきた一体を蹴り飛ばし、もう一体をかわすと、             マリノに噛みついている一体に棒手裏剣を投げつけ、水の中に落ちた。 棒手裏剣で正確に目を刺されたのは分身だったらしく、マリノを放すと異様な音を立てて消滅した。 そしてマリノも水中へ落下する。 ピラニアン「ニ…逃ガサナイ… ! ! 」 ピラニアンも水中に潜ろうとする。 英鴻「隊長、射撃で攪乱を ! 」 エックスがバスターを連射し、ほとんど命中はしなかったが             ピラニアンの攻撃を妨害することはできた。 そのおかげで、ラットグとマリノはなんとか岸辺まで戻ってこられた。 シナモン「マリノさん、傷を…」 シナモンが駆け寄ってマリノを治療しようとするが、             その時巨大なスライムが体から大量の触手を伸ばした。 エックス「シナモン ! 」 シナモン「きゃあ ! 」 シナモンは回避しようとするが間に合わず、触手に捕らえられてしまう。 そして触手を伝わってシナモンの脳内に、とてつもない「負」の感情が入り込んできた。 シナモン「 ! !  …い、いや…い…や…」 カーネル「いかん ! 」 カーネルが跳躍し、触手を切断する。 しかし、そこへピラニアンが大量に分身して飛びかかってきた。 エックスはピラニアンの分身を何体か攻撃して消すが、             カーネルやシナモンに流れ弾が当たる危険があり、あまり連射はできない。 カーネル「ぐああっ ! ! 」 カーネルの体に大量のピラニアンが噛みつく。 ラットグ「それっ ! 」 ラットグはビーム小太刀を口にくわえ、両手で手裏剣を投げつける。 マリノも体制を立て直し、カーネルを助けに向かった。 英鴻「(水の中に入れば敵の分身やスライムに集中攻撃される…             しかし接近しなければ攻撃を当てるのはむずかしい。とすれば、             相手を陸に上げてしまえば機動力をそげる。もう一つ方法もあるけどそっちは結構危険…とりあえず…)             一旦体制を立て直しましょう ! 撤退 ! 撤退 ! 」 マリノとラットグは、大ダメージを負ったカーネルと昏倒しているシナモンを担いで退却する。 エックスはピラニアンに向けてバスターを連射しながら逃げる。 そして一同は川から離れた。 英鴻「さてと、敵の能力が解りました故、作戦を練り直して攻撃しましょう」 エックス「そうだな、通信機が麻痺していなければ、             レイヤーに敵の能力を解析してもらってから戦えたんだけど…」 ラットグ「とにかく、そっちの二人はもう駄目じゃないか? 」 ラットグがカーネルとシナモンを見て言う。 カーネル「わ、私はまだ…うっ ! ! 」 カーネルは立ち上がろうとするが、激痛に顔を歪めて倒れる。 英鴻が近寄って傷を眺める。 英鴻「あーあ、足の駆動回路食いちぎられてますネ。             回復役が気絶しているんじゃ治せないし…」 カーネル「す、すまん…」 エックス「一旦ハンターベースまで退いて、ゼロ達と合流して戦うか ? 」 マリノ「ここで撤退すると、ここら辺で働いてるレプリロイドに犠牲が出るんじゃないかい ? 」 英鴻「ふむ、カーネルさんとシナモンさん抜きで続行するしかありますまい。それにしても…」 英鴻は川の方を見た。 英鴻「相手を陸に上げてしまえばと思ったのですが、こっちが逃げても追撃してきませんなぁ。             もう一つ策があるのですが、結構危険がつきまといますネ」 エックス「危険なのは構わない。どんな策だ ? 」 英鴻「はい。奴に近づくなら水に入らなければなりませんが、             入ったら分身に集中攻撃される。そこで…」 英鴻がその詳細をエックスに話す。 ラットグ「なるほど ! じゃあオイラがエックスのダンナを援護するわ ! 」 英鴻「うむ、マリノさんはカーネルさんとシナモンさんを守ってください」 エックス「よし、じゃあ作戦開始だ ! 」 そう叫んで、エックスとラットグは再び川へ向かう。 そこにはまだ、巨大なスライム物体と、ピラニアンがいた。 ピラニアン「モ…戻ッテ来タカ…馬鹿メガァァァ ! ! 」 ピラニアンが攻撃する前に、ラットグが手のひらサイズの球体を宙に放った。 途端に球体から黒煙が吹き出し、辺りを包み込んだ。 その隙にエックスはバスターをチャージしつつ緊急加速装置を起動し、川に飛び込む。 そして川の底にくぼんだ所を見つけると、仰向けに寝転がるような形でそこに潜り込んだ。 ピラニアンがまたもや大量に分身してエックスめがけて襲ってくる。 エックス「(四方八方から集中攻撃されては対応できない…             けどこの状態なら、攻撃を一方向からに限定できる ! ! )」 多重分身したピラニアンを十分に惹きつけたところで、エックスはフルチャージしたバスターを放った。 途端に水面に巨大な水しぶきが上がり、ピラニアンの分身が消滅した。 そしてピラニアンの本体はチャージバスターによって宙に打ち上げられ、その衝撃で煙幕がはれる。 ラットグがスライムの攻撃を巧みに避けつつ、空中のピラニアンめがけて棒手裏剣を投じた。 手裏剣は電光のごとく飛び、ピラニアンの首の部分に突き刺ささり、             手裏剣にくくりつけられた小型爆弾が炸裂した。 ピラニアン「ギエェェェェ ! ! ! 」 ピラニアンが苦痛の叫びを上げたとき、スライム物体が動いた。 しかしその時、水中のエックスが水の中から飛び出した。 エックス「チェンジ…アルティメット ! ! 」 エックスの姿が光に包まれ、それがはれると、エックスはあの最強アーマー・             アルティメットアーマーを装備していた。 エックス「ノヴァ…ストライク ! ! 」 エックスが光の弾丸となり、スライム物体に突っ込む。 ズバシュッ、という音が響き、スライム物体に大穴が空いた。 ラットグ「よっしゃあ ! 」 ラットグがガッツポーズを決めたとき、スライム物体が溶けだした。 溶けた粘液は煙となって蒸発していき、最後に残ったのは… 一体の女性レプリロイドだった。 ピラニアン「イ…イア…ラ」 ピラニアンが水面に浮いている女性レプリロイドに向かって、最後の力を振り絞って泳ぎ、             女性レプリロイドの体をしっかりと抱きしめ、そして息絶えた。 エックス「………」 その時、茂みの中から音がした。 シナモン、マリノ、カーネル、英鴻の四人が現れた。 エックス「シナモン ! カーネル ! もう大丈夫なのか? 」 シナモン「はい、すみませんでした」 カーネル「私もシナモンの治癒能力で、なんとか歩けるようにはなった」 その時、岸辺に流れ着いたピラニアンと女性レプリロイドを英鴻が近寄って調べた。 英鴻「…体が結構劣化してる。こりゃあ、もう何年か前に機能停止してますネ」 英鴻が女性レプリロイドを指さして言った。 マリノ「それが、あの馬鹿でかい奴の正体だったのかい? 」 シナモン「……私が捕まったとき…頭の中にこの人の過去の記憶が入り込んできました…」 シナモンが女性レプリロイドを見つめながら語り始めた。 平和な時間 シグマウィルスによる悲劇 恋人を失った瞬間 その後、通信機能が回復し、エックス達は             ピラニアンと女性レプリロイドの遺体を伴ってハンターベースに帰還した。 女性レプリロイドはアマゾンの自然保護グループの一人で、名前はイアラといったことが判明。 コロニー落下事件の際に戦ったスパイク・ローズレッドと同じく             シグマウィルスによって突然変異を起こしたのだ。 ピラニアンはいつイレギュラー化したかは不明だが、             恋人を失った心からシンジケート・コスモに入ったと思われる。 英鴻「彼らも犠牲者ですネ。しかし、自分たちに都合良く、             悪人だけ全滅してくれるなんてことはあり得ない…」 エックス「……彼らのためにも…この戦いは負けるわけにはいかない物になってしまったな」

第十二話・隠密

特別捜査隊一同は、ハンターベースに合流した。 まだ傷が痛むカーネルとまだ精神攻撃のショックが残っているシナモンは、医務室で治療を受けている。 ヤクラッシュ「俺は詳しいことは知らねぇが…」 会議室で、ヤクラッシュがシンジケート・コスモの情報を話す。 ヤクラッシュ「奴らは新型のイレギュラーウィルスと、そのワクチン・プログラムを作っている… なんて話を立ち聞きしたぜ」 ゼロ「ウィルスに…ワクチン ? 」 エックス「ウィルスを作るのは解るが、なんでわざわざワクチンも…? 」 ゼロとエックスは首を傾げる。 英鴻「フーム…少々深読みしすぎかもしれませんが、もしかしたら…」 ゼロ「推測でもいい、言ってみろ」 英鴻「はい。奴らの目的は連邦政府の打倒+世界の支配。そこから考えますに、 ウィルスとワクチンを使って民衆の信頼を得るつもりかと」 飛星「ふむ、その新型ウィルスで世界中を大パニックに陥れる。          そこへシンジケート・コスモが救いの手をさしのべれば…」 エックス「人々の信頼は…」 英鴻「連邦政府を離れシンジケート・コスモに集まる…ということになるでしょうネ」 アクセル「へーえ、上手いもんだね」 アクセルが言う。 エックス「感心してる場合じゃないだろう」 飛星「問題はこちらの戦力低下だな。カーネル殿は足のシステムの中核をやられたらしい」 英鴻「シナモンさんが手当てしましたが、レプリロイド一体の治癒能力では          あそこまで深い傷を完治するのは無理。ハンターベースの医療設備でも時間かかるでしょうネ」 マリノ「しかもそのシナモンもしばらく動けない…結構キツイ状況だね」 その後あれこれ話し合い、一同は解散した。 ラットグ「と、いうわけで…オイラ達はカーネルさん達の見舞いに行こうや」 フリージア「い、いいのかしら、私まで行って…」 ラットグ「参謀役公認だ。構わないだろ」 ヤクラッシュ「んじゃ、医務室はどっちだ ? 」 ラットグ、フリージア、ヤクラッシュの三人が医務室に向かう。 フリージア「ところでさ、ラットグのお師匠さんてどんな人? 」 ラットグ「すげぇ格好いい人。なんていうか、飛星さんみたいな侵しがたい威厳があってさ」 ヤクラッシュ「強いのか ? 」 ラットグ「勿論 ! 睨まれただけで普通の奴なら逃げちまうな」 その頃、医務室の中では… アイリス「兄さん、大丈夫 ? 」 ゼロ、アイリス、ソニア、レノンが、先に見舞いに来ていた。 ライフセイバー「これはもう、足の駆動回路を丸ごと取り替えるしかない。             今ダグラスさんが作っているが…」 カーネル「すまないな、こんな時に…」 ゼロ「気にするな。お前は治療に専念しろ」 レノン「そうそう」 ソニア「早く良くなってね」 それぞれが暖かい言葉をかける。 ゼロ「シナモンはどうだ ? 」 シナモン「はい、大分気分がよくなってきました。さっき飛星さんが笛を吹いてくれて…」 と、その時、ナース型レプリロイドがティーカップを盆に乗せて歩いてきた。 ナース型「紅茶を淹れました」 アイリス「ありがとう」 ソニア「いただきまーす」 ゼロ「待て」 アイリス「え ? 」 一同がカップに口を付けようとするのをゼロが制止し、             自分のカップをナース型レプリロイドに差し出す。 ゼロ「お前が飲め」 ナース型「いえ、わたしは…」 ゼロ「いいから飲んでみろ」 ナース型「……」 ゼロ「どうした ? 」 ナース型レプリロイドの姿が消えるのと、             ゼロとレノンがビームサーベルを抜いたのはほぼ同時だった。 カーネル「消えた… ! ? 」 レノン「…気配も無い。逃げたみたいだな」 その時、ドアが開いてラットグ達が入ってきた。 ラットグ「あれ ? 剣なんか抜いてどうしたんだ ? 」 ゼロ「ラットグ、みんなに伝えろ ! ベース内に敵が潜入している ! 」 レイヤー『緊急事態 ! 緊急事態 ! 第3種警戒態勢発令 ! 警備員は担当地区の警備を強化せよ !             各隊員は隊長の指示に従って行動せよ ! 非戦闘員はそのまま持ち場を離れるな !             繰り返す、持ち場を離れるな ! 通路閉鎖によりA-1ブロックからB-3ブロックは孤立 !             その場にいる隊員は1分以内に別の場所に移ってください! 』 エイリア「オペレーションルーム周辺、異常なし」 パレット「玄関付近も異常…あれ ? 何これ ! ? 」 監視カメラの映像をチェックしていたパレットが驚きの声を上げる。 アクセル「どうしたの ? 」 パレット「こ、これ…」 パレットがモニターを指さす。 一同「…なんじゃこりゃあ ! ? 」 玄関内部 ? ? ?「さっさと正体を現しなさいよ ! 」 ? ? ?「それはこっちの台詞よ ! 」 銀色の髪に金色の瞳の、全く同じ容姿の女性レプリロイドが二名、激しく言い合いをしている。 ハンター総司令官・ジルバだ。 エックス「おい、これは一体… ! ? 」 エックス、ゼロ、飛星の三人と、飛星の配下数名が駆けつけてきた。 「これは恐らく敵の陽動作戦だろうから、少人数で調べに行った方がいい」ということで、             マッシモとマリノの二人が怪我人二名の護衛、残りが司令室の警備となっている。 ジルバ「あっ、みんな聞いてよ ! 出張から帰ってきたらこの偽者が…」 ジルバ「偽者はそっちでしょ ! 」 顔も身長も声の高さも完璧に同じ。 見分けがつかなかった。 飛星「ややこしいことになっているが…要するにどちらかが偽者というわけだ」 エックス「それはそうだ」 飛星「ならば…」 ゼロ「お、おい ! まさかまとめてやっちまおうってことじゃ…」 ゼロが制止するが、飛星が「殺れ ! 」と叫ぶと、飛星の配下達がレーザー銃を一斉放つ。 しかしジルバはかわした…いや、「当たらなかった」と言うべきか。 そして片方のジルバが懐からビームサーベルを取りだし、一同に襲いかかる。 飛星「攻撃してみて、反撃してきた方が偽者だ」 そう言って飛星は硬鞭を握って迎え撃つ。 敵のビームサーベルの速度は速いが、飛星ほどの者なら余裕で回避できる。 そして、ビームサーベルを握った手を硬鞭がしたたかに打った。 ジルバの偽者は悲鳴を上げてビームサーベルを取り落とす。 その痛みで化けの皮がはがれた。 ジルバに化けていたのは、忍者型のレプリロイドだった。 飛星「新世代レプリロイドか。いつDNAデータを盗み出した ? 」 忍者型「……」 飛星「ふむ、完全に黙秘か。さて…いつもなら無理やり吐いてもらうところだが…」 飛星はエックスとゼロの方を見た。 飛星「今回はイレギュラーハンターが雇い主…捕虜に拷問などしたら…」 エックス「ご、拷問 ? 」 ジルバ「楊 飛星…賞金稼ぎでその武勇と知謀から"竜帝"と渾名される。             しかし裏社会と繋がりがあるという噂が絶えない…こんなところだったかしら ? 」 飛星「ほほう、さすがイレギュラーハンター総司令官殿ですな」 飛星がむしろ満足げな声で言った。 ジルバ「さっき撃つように合図したとき、左足を後ろに下げたでしょ ?             あれが「わざと外せ」のサインかしら ? 」 飛星「いやはや、敵に回したくないお人だ」 ジルバ「とにかく、拷問は許されないわ。とりあえず連れていきましょ」 ジルバがそう言いながらエレベーターのボタンを押した。 ほどなく扉が開いた…が… ジルバ「 ! 」 扉の向こうは0と1の数字が並ぶ空間が、見渡す限り続いていた。 ゼロ「これは…サイバー空間か ? 」 忍者型「もう遅い…この空間は隊長殿の能力で完全に外から隔離された」 エックス「なんだと ! ? 」 忍者型「そして、お前達の後ろで指示を出している連中がいる司令室もな…             その間のサイバー空間を行き来できるのは隊長殿だけだ…             それ以外の者が中に入っても抜け出すことはできない…」 飛星「現実世界とサイバー空間を連結し、そこを自在に行き来する力を持っているのか」 ゼロ「医務室でいきなり消えたのも…」 忍者型「そう、隊長殿の力だ。もはや拙者の役目は…」 そう言うなり、忍者型は短刀を拾って自分の喉に突き刺した。 エックス「 ! 」 飛星「チッ、死んだか…。まあ、陽動だとは思っていたが…」 ゼロ「一つ一つの部屋を隔離し、一個ずつ殲滅していくという魂胆か。             奴らの狙いはシグナスや英鴻達らしいが、大丈夫か ? アクセル達がついていると言っても、             英鴻達を 守りながら戦うのは…」 飛星「私の秘蔵の宝剣を貸しておいた。あれがあれば大丈夫だ」 ジルバ「ところでカーネルが負傷したって聞いたけど ? 」 エックス「ああ、それが…」 その頃、司令室では… ラットグ「駄目だ、通気口までシャットアウトされてる」 隔離された空間から、一同が脱出を試みていた。 ソニア「お母さん…」 アイリス「大丈夫…きっと助かるわ…」 英鴻「うーむ、これは厄介ですネ」 英鴻が呟く。 ちなみに英鴻の格好は、紫色のゆったりとした布製の服である。 片手には飛星から借りた宝剣を抱えている。 剣は金属製で、鞘には細かい文字で「美之者是楽殺人             (之を美とする者は殺人を楽しむ者なり)」と刻まれている。 レノン「なあ、その剣…なんか凄い迫力じゃねぇ ? 」 英鴻「うん、飛星以外の奴が抜いたらとんでもないことになるネ。             鞘に納められた状態では防御専用だけど、まあそれで十分だ…」 その時だった。 突然空間の一部が歪み、そこにゲートが現れた。 シグナス「む ! 」 ラットグ「敵か ! ? 」 非戦闘員は後方に下がり、レノン、アクセル、ラットグ、ヤクラッシュ、             そして足が震えながらも槍を構えているフリージアが前方に出る。 そして、ゲートが開くと同時に緑色の影が飛び出してきた。 ? ? ?「…よし、ターゲット確認…」 巨大な目の、バッタのようなレプリロイドだった。 ラットグ「あっ、お前はサイバー・ホッパール ! 」 ホッパール「ほほう、鼠、貴様がイレギュラーハンターなどに荷担するとはな…」 レノン「知り合いか ? 」 レノンがラットグに尋ねた。 ラットグ「まあ、同業者さね。知り合いって言うほどの仲でも無いし…             あ、こいつサイバー空間経由してワープとかできるから気を付けて」 フリージア「…そんな余裕持った口調で話てる場合じゃないと思うけど…」 全く持ってそんな場合ではなかった。 次の瞬間、ホッパールが跳んだ。 空中にジャンプしたホッパールを、アクセルが撃ち落とそうとする。 しかし、ホッパールの前にサイバー世界へのゲートが現れ、ホッパールはそこに飛び込んだ。 レノン「ワープしたぞ ! 」 ヤクラッシュ「どこから来る… ! ? 」 フリージア「…逃げちゃ駄目…逃げちゃ駄目…逃げちゃ駄目…」 自分に言い聞かせているフリージアに、ラットグが             「いや、そもそも逃げ道無いから」とツッコミをいれる。 その時、後方にいた英鴻らの頭上にゲートが出現した。 シグナス「なっ…真上 ! ? 」 英鴻「みなさん伏せて ! 」 そしてゲートが開き、そこから猛スピードでホッパールが飛び出してきた。 ホッパール「趙 英鴻(ちょう えいこう)…その首もらった ! 」 英鴻「日本語読みするな……疾 ! 」 英鴻がそう叫んで、宝剣を頭上にかかげた。 次の瞬間、凄まじい「何か」が巻き起こった。 それは英鴻らを守るように包み込みつつ、ホッパールの体をはじき飛ばした。 ホッパール「のわあぁぁ ! ! 」 英鴻「アイヤー、これ反動が凄い ! 」 英鴻も数歩よろめく。 ホッパール「ちっ、なんだか知らんが厄介な物を持ち出してき…ぐおっ ! 」 目の前に突き出された光の槍…ビームスピアを、ホッパールは身をひねって回避した。 フリージア「えいっ ! えいっ ! えいっ ! えいっ ! 」 フリージアががむしゃらに刺突攻撃を連発しているのだ。 ホッパールはその強力な足でフリージアを蹴り飛ばそうとする。 ラットグ「おっと ! 」 ラットグが咄嗟にフリージアを突き飛ばすが、代わりにラットグが蹴りを喰らう。 ヤクラッシュ「ラットグ ! 」 ラットグ「大丈夫 ! 」 ラットグは蹴りを受ける瞬間にバックステップをとり、衝撃を吸収したのだ。 ホッパール「(趙 英鴻一人を討ち取れば後はどうでもいいと言われたからな…             他の連中は無視して、とりあえずあの厄介な剣を…)」 ホッパールの背後にゲートが現れる。 ゲートが開くと同時に、ホッパールはその中に片足を突っ込んだ。 すると、英鴻の背後にゲートが出現し、そこからホッパールの足が勢い良く飛び出してきた。 英鴻「んなっ ! ? 」 英鴻は太極拳の心得があるが、あくまでも護身の域であり奥義にはほど遠い。 飛星等なら完全に回避できただろうが、英鴻では急所を外すのが精一杯。 蹴りは英鴻の手に命中し、宝剣をはじき飛ばした。 英鴻「し、しまったぁ ! 」 英鴻は慌てて拾おうとするが… ホッパール「防御の要を奪ってしまえばこっちの物だ ! ハッ ! 」 ホッパールの触覚からもの凄い電撃が放出される。 英鴻「ぐあああ ! ! 」 英鴻は直撃を受けてしまい、その場に倒れ込む。 ソニア「英鴻さん ! 」 レノン「英鴻 ! 」 ソニアが飛び出そうとするが、アイリスに止められる。 英鴻は床に突っ伏し、赤い液体が流れ出していた…。 シグナス「な、なんということだ…」 ラットグ「こうなりゃ弔い合戦だ ! 」 ホッパール「ふん」 ホッパールが再び、ゲートを出現させてキックのみをワープさせる。 ゲートはラットグらの背後に現れた…が… ガシッ ! ホッパール「なっ…こ、こら ! 放せ ! 」 フリージアとヤクラッシュの二人が、足にしがみついたのだ。 フリージア「うううう…」 ヤクラッシュ「放すもんかぁ ! ! 」 ホッパールは足をゲートへ突っ込んだまま動けなくなってしまった。 レノン「ナイスだ ! 」 そこへレノンとアクセルが襲いかかる…が、それを阻むようにしてゲートが現れ、             その中から大量の虫型メカニロイドが沸き出す。 ホッパール「こいつらと遊んでろ ! 」 アクセル「うわっ、気持ち悪っ ! 」 ラットグ「くそっ、数が多すぎる ! 」 アクセル、レノン、ラットグが虫を撃ち、切り払うが、虫たちは一向に減らない。 エイリア、パレット、レイヤーも加勢するが、苦戦を強いられる。 と、その時…ゲートの向こうからもの凄い騒音が聞こえた。 何かがゲートを通ってきているらしい… ホッパール「な、なんだ ! ? 」 ズドォン ! 開いているゲートの枠が豪快に吹っ飛び、そこからジルバを先頭に             エックス、ゼロ、飛星が飛び出す。 ゲートが消えるのと同時に、虫型メカニロイドの大群も消滅した。 レノン「お、親父 ! 」 ホッパール「ば、馬鹿な、俺の跳躍力がなければあのサイバー迷宮を越えることは…」 ジルバ「私はハンター総司令官よ ? この程度のサイバー空間の解析なんてわけないわ」 ラットグ「よし、今だ ! 」 ラットグがその隙に乗じ、フリージアとヤクラッシュが抑えているホッパールの足に接近する。 ラットグ「舞椿…肢断(しだち) ! 」 ビーム小太刀が一閃し、ホッパールの片足が切り落とされる。 ホッパール「ぐわっ ! 」 ラットグ「跳躍力が無ければサイバー迷宮を越えられない…って言ったよな ?             片足一本で越えられるか ? 」 ホッパール「く…」 その時、エックスが英鴻に気づいた。 エックス「英鴻 ! 」 エックスが英鴻に駆け寄るが… ホッパール「隙有り ! 」 ホッパールがエックスめがけて、触覚の電撃を浴びせようとする…が 飛星「英鴻、いつまで死んだふりしている ? 」 発射の直前に、ホッパールの肩に短い矢が突き刺さった。 ホッパール「 ! ? 」 見ると、赤い液体にまみれた英鴻が起きあがった。 フリージア「きゃああ ! お化け ! ! 」 ラットグ「さすが英鴻兄ぃ、ゾンビ化して帰ってきたか! 」 英鴻「生きとるわい。ワタシの体はあらゆる拷問に耐えられるようになっている…             例えば熱とか…電気ショックとかにネ」 言いながら、英鴻の袖口から次々に矢が飛び出し、ホッパールの体に突き刺さる。 英鴻「暗器はワタシら中国人の得意とするところでネ」 飛星「袖箭(※1)か、さすがだな。ところでそのザマはなんだ ? 」 飛星が床に落ちている宝剣を拾って尋ねる。 英鴻「死んだふりするんで倒れた時にさ、懐に入れておいた             トマトジュースのパック押しつぶしちゃって…」 ホッパール「ふざけるなぁぁぁ ! ! 」 前進に矢を浴びたホッパールが片足のみで英鴻に突撃する。 英鴻は慌てず騒がず腰に巻いてある紐をほどいた。 英鴻「流星錘(※2)をくらえ ! 」 紐の先にくくりつけられている鉄球が、その名の通り流星のごとく飛んだ。 ホッパールは避けるが、その時アクセルが銃を連射した。 さらに、エックスがコブラッシュの特殊武器・ナーガチャクラムで攻撃する。 ホッパール「ううう…俺をこまで負かすとは…見事だ…だが…             ここで生き延びた事こそお前達の不運…頭目や三幹部達は…俺ほど優しくはないぞ……」 そう言って、ホッパールは息絶えた。 その後、出張から戻ってきたばかりのジルバを中心として事後処理が進んだ。 ちなみに、フリージアとヤクラッシュは今回の戦いで戦功が認められ…。 シグナス「特別捜査隊隊員、二名追加だ ! 」 ※1 袖箭 袖の中に隠し、筒から強力なバネにより矢を発射する暗器。 起源は不明だが一説によれば三国志の名宰相・諸葛孔明が発明したという。 種類はいろいろあるが、英鴻が使っているのは9連射可能の九宮袖箭である。 ※2 流星錘 ロープの先に小型の鉄球を付けた暗器。 前を向きながらも後ろに攻撃するなどの柔軟な動きが可能。 英鴻は武器だと気づかれないよう、腰に巻いて飾りに見せかけている。

番外編・武神伝

数年前 荒れ野に激しい剣のぶつかり合いの音が響き渡る。 一人はビームサーベルを使い、瞬間移動をしつつ攻めかかる。 敵に恐れられ、部下達からの尊敬を集める男、カーネルだ。 一人は長めの日本刀を使い、顔は被っている笠に隠れてよく見えない。 男はカーネルのような猛者相手に、両目をつむった状態で戦っている。 ? ? ?「チェスト ! 」 男の攻撃を、カーネルは距離をとって回避した後、ワープして男の横から攻撃する…が。 カーネル「ウッ ! 」 ワープした瞬間に、刀の一撃を受ける。 ? ? ?「ワープ時の空気の振動で、どこに現れたかは解る」 ワープして出現したときの空気の振動。 男はそれを感じ取るため、あえて両目を閉ざしていたのだ。 視覚としての目ではなく、その肌と心で相手を捉える武道の極み…「心眼」。 兵士「カーネル大佐 ! 」 周りで見守っていたレプリフォースの兵士達が叫ぶ。 ? ? ?「峰打ちだ。意識はあるだろうからよく聞け、カーネル。そしてジェネラル将軍に伝えな。          「貴方は己を見失っている。レプリロイドは人間に似せて作られた故に、人間の闘争本能も持つ。          ましてやレプリロイドはその金属の体自体が凶器となる。レプリロイドだけの世界が          完全な平和であるはずなどない」…とな」 カーネル「…准将…」 ? ? ?「あとカーネル、お前闘ってる最中に余計なことを考えていただろう ?          クーデターの最初の目標であるスカイラグーンにいる妹のことか ? 」 カーネル「 ! 」 ? ? ?「助けに行きたいが俺を追撃する任務の方が優先…か。          だが妹のことを心配しながら俺と闘っても俺には勝てない。先ほども言ったが、          お前の性格はまさしく"軍神"…だが本当は、妹想いの優しい奴なんだよ。自分に正直になれ」 その男は刀を腰の鞘に収め、カーネルに背を向け、          カーネルが乗ってきたライドチェイサーに跨って走り出した。 ………… ? ? ?「…あーあ…」 空を見上げて、男が言った。 ? ? ?「ファイナルウェポン陥落か…」 それ見たことか、という気持ちにはなれない。 当然だった。 ? ? ?「ジルバ…元気でやってるかな…」 その時… ? ?「なあ、そこのあんた…」 近くの瓦礫の影から疲れ切ったような声がした。 ? ?「エネルギー持ってない ? オイラ腹減ってさあ…」 男は無言で、そこにいた少年レプリロイドにエネルギーカプセルを渡した。 少年は礼を言って受け取り、中身を飲み始めた。 ? ? ?「…お前、怪我してるじゃないか」 少年レプリロイドの腹部の傷に気づき、男が言った。 ? ?「ああ、大して深くないよ。レプリフォースの基地にエネルギー盗みに入って失敗しちまって…」 ? ? ?「レプリフォースの ? なるほど、火事場泥棒か」 ? ?「オイラ、先の戦争で家族も家もみーんな無くしちまってさ。             誰も助けてくれないし、こうしなきゃ生きていけねぇんだ」 ? ? ?「…そうか、俺も似たようなものだ」 今まで自分がしてきた仕事を振り返り、男が言った。 -命(タマ)を盗るか、物を盗るかの違いだけだ- ? ?「あんたレプリフォースの軍人じゃないか ? 」 ? ? ?「何故解る ? 」 ? ?「これでも今までいろんな人見てきたからさ、ちょっと見ただけで大体解るんだ。             大体そんな長い刀持ってりゃその道の奴だって解るさ」 ? ? ?「成る程…」 ? ?「あんた、反乱には参加しなかったの ? 」 ? ? ?「いや、俺は人間への反乱など意味を持たないと思ってな…             そもそも俺はその戦争に参加したところで、所詮は村正だ」 ? ?「ムラマサ ? 」 少年は小首を傾げた。 ? ? ?「徳川家に祟ったと言われる刀だ。正確にはそれを作った刀匠の名だが…」 ? ?「どんな風に祟ったの ? 」 ? ? ?「徳川家の人間が切腹したときの介錯刀がその村正だったりとか…             そんなことが何回もあったらしい」 ? ?「ただの偶然だろ、そんなの」 ? ? ?「俺もそう思う。しかしその村正の切れ味が尋常でないこともあって、             村正は妖刀と呼ばれ畏怖された。幕末になると、徳川打倒を目指す倒幕の志士達は             こぞって村正を買い求めた。しかし、所詮村正は闇討ちの刀…光の当たる場所には出られなかった」 男は懐から何かを取り出した。 連邦政府のマークが描かれた、赤いカードだ。 少年レプリロイドの目が見開かれた。 ? ?「そりゃ…キルヒューマンライセンスじゃ…」 キルヒューマンライセンス。 レプリロイドは原則として人間を攻撃できない。 しかし人間が起こした事件で人間では解決できないような自体に陥った場合、             このキルヒューマンライセンスを持つレプリロイド達に、             特例として人間を殺傷する命令が下される。 ? ? ?「それにな…この反乱は「武」に反する」 ? ?「「武」って…ただ闘うための力じゃないのか ? 」 少年が尋ねると、男は近くの石を拾って、地面に「武」の一字を書いた。 ? ? ?「「武」の字には、「止」という字が含まれているだろう」 ? ?「ああ」 ? ? ?「これは、争いを止めるという意味だ」 ? ?「争いを… ? 」 ? ? ?「そうだ。争いを止め、世に安定をもたらすことこそ「武」の本質…             武術とは是即ちそのための術(すべ)也」 そう言って、男は小石を宙に投げた。 一瞬、空に済んだ音が響いた。 その後、刀を収める音、四つに斬れた小石が地面に落下する音が聞こえた。 ? ?「…お…オイラに武術を教えてください ! オイラをあんたの弟子にしてくれ ! 」 ? ? ?「……」 男はすぐには答えなかった。 ? ? ?「…何故武術をやりたい ? 」 ? ?「…解らない…解らないけど…あんたの話を聞いたら、やりたくてたまらないんだ ! 」 ? ? ?「…ま、動機より継続が大事だな。もし続かないようなら、             お前の気持ちはその程度だったということで即刻破門だ」 ? ?「じゃあ…教えてくれるんですか ! ? 」 ? ? ?「ああ。だが、まず「あんた」を止めな」 ? ?「はい ! お師匠さんの名前は ? 」 男は笠を外した。 その鋭く、光り輝く目が露わになった。 ? ? ?「俺の名は…キリノだ。レプリフォースでは准将の位にいた。お前は ? 」 ? ?「ラットグです ! "疫病鼠"って呼ばれてます」 その後キリノは、ラットグを連れて度重なる大戦で困窮している人々を助けるべく各地を歩いた。 その間、一日たりとも鍛練を欠かさなかった。 キリノは"武神"の名を持つほどの剣腕を持ちながらも、素手での格闘術にもこだわった。 ラットグ「なんでまた柔道なんて…」 キリノ「武術において素手での格闘術と武器術は車の両輪みたいなもんだ。             中国武術とかだとこれに加えて医学的要素まで入っている。たかが柔術と侮る無かれ、例えば…」 ゴキッ ! ラットグ「痛あぁぁぁ ! ! 」 肩を押さえてラットグが叫ぶ。 キリノ「どうだ、レプリロイドでも骨や関節はある。素手での格闘術の心得があれば、             逃げ道がないって時に獲物(武器)が壊れたりしても戦える」 ラットグ「解りました ! 真面目に特訓しますから肩の関節戻してくださぃぃ ! ! 」 ※危険ですのでこういう教え方はしてはいけません。 月日が流れ、地球上にシグマウィルスが大量にばらまかれた。 それでも、キリノはラットグに稽古をつけ続けた。 ラットグが剣術と柔術を身につけると… キリノ「今日から、武芸十八般の訓練をしてもらう」 弓術、槍術、馬術、水泳術、剣術、抜刀術、短刀術、十手術、手裏剣術、含針術、薙刀術、             砲術、捕り手術、柔術、棒術、鎖鎌術、もじり術、隠形術。 これを総称して武芸十八般と呼ぶ。 キリノ「いいか、武器ってのは、ただ腕だけで振り回せばいいというものじゃない。             腕だけではなく腰から足の動き、さらには目に見えない「気合い」を使って斬ったり、殴ったり、             投げたりする。武器は体全身で使う物。忘れるな」 ラットグ「はい ! 」 武芸十八般の中で、ラットグが特に才能を発揮したのが水泳、手裏剣、隠形術だった。 もともと身軽で足の速いラットグは、泳ぎや忍びの技も上手く会得した。 危険なウィルスを手裏剣に仕込んで殺傷力を高めるなどの忍びの技術にも、             キリノは通じていたのだ。 さらに馬術の代わりにライドチェイサーの運転技術も仕込み、             加えてライドチェイサーを片手で運転し、空いている手で武器を操る技も教えた。 こんな危険な修練も、ラットグは文句を言わずにこなした。 キリノ「(こいつは…)」 キリノは思った。 キリノ「(これ以外に生きていく道はない…そういうことなんだろうな)」 キリノは、旅の中でラットグから今までの話を聞いた。 生きるためには物を盗まなければならない。 ただ盗んでは逃げ、逃げては盗み… 「とにかく、死ぬのが嫌で、生き続けたかった」…ラットグはそう語った。 その中で、ラットグが見つけた唯一の、何もかも忘れて夢中になれること…             それが武術だったのだ。 キリノ「(こいつ…無鉄砲なように見えて、本当は一番命の大切さを知ってるんじゃないか…)」 キリノは死を恐れない…いや、死を身近な、すぐ側にある物として受け入れている。 そのくらいでなければ、彼の仕事は務まらなかった。 ラットグ「はぁっ ! 」 50センチほどのビーム小太刀(※1)が一閃し、イレギュラーの首が落ちる。 キリノ直伝の抜刀術だ。 抜刀術とは、日本刀を鞘から抜き放つ動作で敵を斬るか、或いはそれで敵の攻撃を受け流し、             二の太刀で敵を仕留めるという技を中心に構成された武術で、居合や鞘の内などとも呼ばれる。 抜刀術の利点は、「刀を抜く」と「相手を斬る」の動作を同時に行えるため、             機先を制することができるということだ。 キリノ「ふむ、見事だ。椿の花の如く首を落とす…             お前の抜刀術に、舞椿とでも名付けようか」 ラットグ「え、じゃあこれ今日からオイラの必殺技ですね! 」 キリノ「ああ。あと、そのビーム小太刀も今日からお前にやる」 ラットグ「ええーっ ! ? 」 ラットグの両眼が、極限まで見開かれた。 キリノ「そこまで大声出すほどのことか ? 」 ラットグ「だ、だって…オイラ、誰かからこんないい物貰ったことなんて…」 キリノ「いらねえならいいよ、返せよ」 ラットグ「い、いえ、ありがたく頂戴いたしますっ ! 」 キリノ「そう、それでいい。俺はどうも、刀は金属製の方が性に合ってるんだ」 そう言って、キリノは腰の長刀を抜いて見せた。 キリノ「見ろ、綺麗なもんだろ。ただの人殺しの道具という奴もいるが、武術の本質は…」 ラットグ「争いを止めること」 キリノ「…そうだ。もし争いが無くなって平和な時代が来たら、             俺は平和な世界で武術を楽しみたい。国家の意向や上の命令なんかじゃなく、             ただ自分の楽しみと信念で堂々と剣を振りたい。例え争いが無くなっても、             武術が無くなることはあってはならないと思う。             平和は取り戻すよりも、維持することの方が難しいからな」 ラットグ「……」 キリノ「さて…今日はもうこの辺りの町で宿を探そう」 月日はあっと言う間に過ぎた。 まさに悪夢の如く突然現れたナイトメアウィルス、そしてレッドアラートの反乱… その中で悲惨な光景を何度も目にしながらも、ラットグは成長していった…。 キリノ「…ここで別れよう。ラットグよ…お前は世に埋もれるような男じゃねぇし、             いつまでも人の下にいるような奴じゃない…。俺の下にいつまでもいるんじゃ、進歩はないからな」 ラットグは黙っていた。 キリノ「なんて顔してんだよ。卒業だぞ ? 免許皆伝だぞ ? ん ? 」 ラットグ「…お師匠さん…オイラ………」 キリノ「なんだ ? 言ってみろよ」 ラットグ「オイラ…まだお師匠さんの足下にも及ばない…             別れるのは辛いけど…いつかきっと……抜いて見せます ! 」 キリノ「よし、よく言った。ここで「お師匠さん"みたいに"強くなります」             とかぬかしたら、切腹してもらうところだった」 ラットグ「へへ…そうだと思ってましたよ。オイラ、これからまた泥棒始めて、             オイラ流のやり方でいろんな人を助けていこうと思います」 キリノ「義賊でも気取るのか ? それもなかなか面白そうだ。             これからは、"疫病鼠"改め、猫(追う者)を殺す鼠…"殺猫鼠"と名乗れ」 そう言って、キリノはラットグに背を向けた。 ラットグ「お師匠さん ! ! 」 ラットグが叫ぶと、キリノは振り向いた。 キリノ「ラットグ、俺を師と呼んでくれたこと、礼を言うぜ。弟子を持つってのも、悪くないもんだ」 キリノは歩き出した。 ラットグも、手で涙を無理やりせき止め、自分の道を歩きだした。 レプリフォース第一特殊遊撃部隊隊長、階級は准将。 それがキリノの肩書きだった。 その部隊はジェネラルや連邦政府の勅命によって動く特殊部隊。 仕事は諜報活動やイレギュラーの即時処分だが、それだけではなく、             表に公表できないような陰惨極まる仕事も請け負う。 そのため彼らの活動は極秘裏に行われ、彼らがシグマ派残党などの反乱を             幾度と無く阻止したというのに、一般人がそれを知ることは無かった。 隊員のほとんどが日本刀の使い手で、全員がキルヒューマンライセンスを取得していたことや             仕事内容から通称「人斬り部隊」とも呼ばれ、裏組織の者達さえも震え上がったという。 さらに月日は流れ、キリノとラットグが別れ、ラットグが英鴻に捕まって特別捜査隊に加わり、             シンジケート・コスモとの戦いが激しくなってきた。 その時、とある海の中に、一つの剣が沈んでいった。 華々しくも毒々しい装飾が施されたその西洋風の剣は、             水中に眠る一体のレプリロイドの元にたどり着いた。 -目覚めろ、海神- 剣が語りかけた。 --何者だ…お前は… ? -- まどろみの中から、"海神"…ポセイドンが答える。 -目覚めろ…そしてイレギュラーハンターを…連邦政府を倒せ…- --…俺は…もう戦いたくない…-- -思い出せ ! 人間達は水や海の恩恵を忘れ、お前の愛した海を汚し続ける…             も許すな…憎め…人間を…政府を憎め…- --…嫌だ…嫌…だ…もうソニアを…悲しませたくは…-- -俺を手に取れ ! 戦うのだ ! 憎き者を滅ぼせ ! - --止め…ろ…止めろおぉぉ ! ! ! -- ? 「ファウスト殿…ホッパールがやられました」 赤目の女が、仮面の男…ファウストに告げた。 ファウスト「そうか…イレギュラーハンター…エックスやゼロのような戦闘のプロだけでなく、             そこまでの謀略の徒がいるとはな…何故今までそのような者が埋もれていたのか不思議だ…             そしてまさかそれがお前の兄だったとはな、英蘭(イエンラン)」 英蘭「兄は臆病者です。他人の影に隠れるのみの…」 赤目の女…英蘭は、無表情でそう答えた。 ファウスト「ふむ…。さて、私は頭目のご機嫌を伺いに行く。             お前はティルヴィングが"海神"の体を乗っ取ってきたら、             イレギュラーハンターに顔見せに行って来い」 英蘭「…了解」 ※1 小太刀 30センチ以上、60センチ以下の日本刀をこう呼ぶ。 本来通常の長さの日本刀のサブウェポンとして使われるのだが、             ラットグのような忍びの者はこれをメインに使うこともある。 脇差の類なのだが、脇差とどのように区別するのかは多数説があるので、その辺は省く(爆)。

第十三話・接触

第十三話・接触 ハンターベースの車庫に、笛の音が響いていた。 エア・トレーラーの中に、"竜帝"楊 飛星が座っていた。 笛を吹き終わると、飛星は笛を懐にしまった。 飛星「"虹"、戻ったか」 飛星が呼ぶと、一人のレプリロイドが現れた。 飛星の配下達は、その特技に応じて動物や妖怪、道具、 或いはその分野における過去の達人などの名で呼ばれている。 何故かというと、彼らの中には本名を知られると困る者…つまり元犯罪者が多いからである…。 飛星「首尾はどうだ ? 」 "虹"「は、シンジケート・コスモの幹部の名前が判明しましたが…それが…」 飛星「…どうした ?」 飛星は虹から走り書きを受け取った。 それを見て、「なるほど」と呟く。 "虹"「趙先生にはお知らせしない方がよろしいでしょうか ? 」 飛星「いや、英鴻も私もいつか英蘭が敵に回るということは解っていた。 私が自分で伝えよう。ご苦労だった、休んでいい」 "虹"「では、失礼いたします」 そう言って、"虹"はさがった。 飛星「あいつは礼儀正しくていい女だったのだが、 正義感の強さ故に闇に堕ちた…。さて、"木牛"よ」 飛星は、となりにいる箱のような姿をした大柄なレプリロイドに話しかけた。 一見するとメカニロイドのような外見だ。 "木牛"「ハイ」 飛星「兵糧は万全か ? 」 "木牛"「勿論デス」 飛星「そうか。では、忠義堂に残っている連中、 そして全世界に散っている仲間達全員にいつでも集まれるように連絡しておけ。そして兵を集めろ」 "木牛"「了解シマシタ」 そう言って、"木牛"は通信機へと向かって行った。 飛星「"鴆"、お前は毒(ウィルス)を用意しておけ。 飛星がそういうと、量産型作業レプリロイドと思われる男が「承知しました」と答えた。 飛星「…これは今までで一番の大仕事になるな」 そう呟くと、飛星は再び笛を吹き始めた。 英鴻「いいか、孫子曰く…」 英鴻の部屋では、英鴻がラットグとフリージアに兵法を教えていた。 英鴻の部屋には音楽関係の物や、書物などが多い。 ちなみにラットグの容姿は黒髪に黒い瞳で背はやや低め、 フリージアは薄紫色の髪に金色の瞳、身長はラットグと同じくらいである。 英鴻「百戦して百戦勝つは善の善なる者に非ざるなり…つまり、 戦わずして勝つ方ことが兵法の極意だ」 ラットグ「うんうん」 英鴻「なので、罠や火攻め、スパイを放ったり敵に賄賂を送ったりなど 巧妙な「奇計」を用いるのが重要だ」 フリージア「でも、それって卑怯じゃ…」 英鴻「うむ。けど、戦争ってのはとにかく勝たなければ意味を成さない。 勝たなければさらに多くの犠牲が出る。スポーツなら、 正々堂々と闘ったんなら負けても恥にはならんかもしれないが、 戦争ではそうはいかないんだ。だからこそ孫子も、戦は国家の大事なので、 軽々しく行うべきではない…と説いて…」 と、その時だった。 『緊急事態 ! 緊急事態 ! 対シンジケート・コスモ特別捜査隊隊員は大至急会議室に集合せよ ! その他の隊員は各自持ち場を離れるな ! 』 医務室 カーネル「召集だ。行かなければ…」 カーネルがベッドから起きあがろうとする。 ジルバ「駄目よカーネル ! まだ動いちゃ ! 」 カーネルはピラニアンとの戦いで、あしの駆動プログラムの中枢を失った。 ダグラスやライフセイバー達によって新しくつくられた駆動プログラムを装着されたが、 まだ上手く歩けない。 人間でも他人の腕や足を移植された場合、 まともに動くようになるには数年間リハビリを繰り返さなければならない。 レプリロイドの場合数年間とまではいかないが、慣れるまで時間がかかる。 カーネル「大丈夫だ…戦闘はまだ難しいが、普通に歩く分ならなんとか…」 シナモン「わ、私も…少し頭痛がするけど大丈夫です…」 そして会議室… 特別捜査隊全員が集まった。 エイリア「シンジケート・コスモからの通信が入ってるの ! 」 エックス「なんだって ! ? 」 エイリアが、大型モニターのスイッチを押した。 英蘭『初次見面(初めまして)、ハンターの皆さん』 モニターに、シンジケート・コスモ幹部・趙 英蘭の顔が写る。 英鴻「お前…なるほど、そういうことか」 エックス「英鴻…知ってるのか ? 」 アクセル「そういえば、なんか英鴻と似ているような…」 エックスやアクセルが困惑する。 英蘭『久しぶりね、兄さん。相変わらず他人の影に隠れてるのかしら ? 』 英鴻「そっちこそ、相変わらず周りが見えないようだな」 その時、飛星が進み出た。 飛星「英蘭よ、お前には英鴻を馬鹿にすることはできぬぞ」 英蘭『楊 飛星…"竜帝"と渾名されたあなたが、イレギュラーハンターに協力するとはね…』 ラットグ「英鴻兄ぃの…妹なのか ? 」 ラットグが英鴻に尋ねる。 英鴻「まあネ。いろいろあって決別したが…まあ敵になることは解っていたさ。で、用件はなんだ ? 」 英鴻が落ち着きを払って英蘭に言う。 英蘭『強がりだけは見事ね。まあいいわ…今日は挨拶に来ただけ。 さしずめ宣戦布告ってとこね。それと…』 英蘭はちらりと後ろの方を見た。 そこにいたのは… ゼロ「 ! 」 エックス「あ、あれは…ポセイドン ! 」 そう、かつてゼロと戦い、海の底で眠りについた"海神"…ポセイドンだった。 しかし、その目はかつての"海神"の目ではなかった。 レノン「どういうことだ… ? 」 ポセイドンを知らない者達以外全員が困惑する中、飛星が口を開いた。 飛星「…あの剣は…」 英蘭『気づいたようね。いかにもこの剣はティルヴィング… 自ら意志を持ち、レプリロイドに取り憑く魔剣よ』 レノン「なんだと ! ? 」 英鴻「それでポセイドンに持たせたわけか…」 エックス「英鴻、お前ポセイドンのことを知って… ? 」 英鴻「ええ、昔世話になりましてね…。ま、今はそれよりも…」 英鴻はモニターに向き直った。 英鴻「お前は戦闘の腕は立つが、軍師としては大事なものがポッカリと抜けている。ワタシには勝てない」 英蘭『…いつもいつも他人の影に隠れて自分は戦わないで… それでそんな偉そうな口が叩けるの ! ? 』 英蘭の顔に怒りが走った。 英鴻「『戦わずして勝つ』が兵法の極意。それがワタシのやり方だ。 必ずやポセイドンを助け出し、お前達の野望を粉微塵にしてやるさ」 英蘭『……』 英蘭は英鴻をきっと睨みつけると、通信を切った。 ジルバ「…で、これからどうする ? 」 ゼロ「とりあえず、ポセイドンのことはソニアには言わないでおこう」 レノン「ああ…なんとかして、ポセイドンを助け出さないと…」 マッシモ「敵の居場所さえ判れば今すぐにでも乗り込んでいってやるのに… ! 」 英鴻「皆さん、血の気が多いのは結構ですが、それでは敵の術中にはまります。 冷静に考えるべきですぞ」 マッシモ「…お前…自分の妹が敵にまわったんだろ ! ? なんでそんなに冷静でいられるんだ ! ? 」 マッシモが英鴻を睨んで言う。 先ほどからの英鴻の異常なまでの落ち着きぶり…何か不気味な物があったのだろう。 それに対し、英鴻は至って冷静に答えた。 英鴻「ここで冷静さを失えば、何万という人々が死ぬことになりかねません。 どうか、落ち着いていただきたい」 そう告げる英鴻の赤い目には、強い意志がこもっていた。 マッシモ「……すまねえ、お前の言うとおりだ…」 英鴻「こちらこそ、偉そうなことを言って申し訳ありません」 ジルバ「じゃあ、今から作戦会議ね」 エックス「(英鴻も本当は辛いんだ…)」 エックスにはそう感じられた。 勝つために、私情を捨てて冷静に戦おうとする英鴻… 英蘭が言うような臆病者などではないと、エックスは確信した。 そして、シンジケート・コスモに対する怒りもより強い物になった。 エックス「(勝たなければならない。ポセイドンを助けるためにも…絶対に… ! )」 その時、会議室の外から中の話を聞いている者がいた。 ソニアだ。 ソニア「…ポセイドンさん…敵になっちゃったの… ? 」 そう呟くソニアの声は、震えていた。 ソニア「大丈夫…ソニアが…絶対に…助けてあげるから……」 ソニアは涙を拭い、部屋に戻っていった…

第十四話・死霊都市

「見えてきたわ ! あれよ ! 」 砂漠に数台のホバーカーが走る。 乗っているのはジルバ、レノン、マリノ、ラットグ、そして楊 飛星とその配下達… 「あれがファントム・シティか…」 砂漠の中央に輝く灰色のドームを眺め、ラットグが呟いた。 「あそこに本当に、シンジケート・コスモの手がかりがあるのかい ? 」 「我が情報網に間違いはない」 マリノの問いに飛星が答える。 その街はかつては商業都市として栄えたが、やがて荒廃。 その後、野生化したメカニロイドやシグマ派の残党などが住み着いたため、 入った者は二度と出ることのできない魔の都市となった。 その付近で、シンジケート・コスモらしき集団が目撃されたという。 「じゃ、打ち合わせ通り、まずは私とマリノ、ラットグで偵察に行くわ」 「1時間経っても戻らなければ、私とレノン少年が突入する。では、気を付けて」 ジルバがホバーカーを走らせ、ドームに覆われた街へ向かって行った。 「なあ、あんたはあの街をどう思う ? 」 レノンが飛星に尋ねる。 「どう、と言われてもな。ただ、うかつに踏み込んでいいところではないのは確かだ。 さて、悪いがファントム・シティの様子を見ていてくれないか ? 」 「いいけど、あんたはどうするんだ ? 」 「寝る」 「え ? 」 「どうも頭の回転が鈍いと思ったら、ここ3日ほど一睡もしていなかった。 何かあったらたたき起こしてくれ」 そう言って、飛星はホバーカーの中に入って、そこで横になった。 「…3日も徹夜って…一体何をしてたんだ ? っていうかどんな神経してるんだ… ? 」 レノンは呆れながらも、ファントム・シティを見張り始めた。 さて、ドームの中に入ったジルバ達。 ファントムシティ内部には黒い建物が建ち並び、人の気配は無かった。 「不気味なところだなぁ…」 「まとまって進んだ方がいいわね」 そして三人がしばらく進んだとき… ゴゴゴゴ… なにやら不気味な音が近づいてくる。 「これは…」 「 ! ?  旦那、逃げ…」 ラットグが叫んだとき、ジルバの足下に黒い影が現れた。 マリノが咄嗟に手をのばすが、ジルバの体はあっと言う間に影の中に飲み込まれていってしまう。 そして、影も姿を消した。 「…しまった…」 「ジルバの旦那は簡単に死ぬような人じゃない。 あねさん、一旦レノンや飛星さんのところに戻ろう」 ラットグがマリノに言う。 「そうだね」 マリノとラットグは、来た道を引き返し始めた。 「ん ? 霧が出てきたぞ…」 周りを見回して、ラットグが言う。 「…なんかヤバイ雰囲気がする」 「オイラもだ」 長い間盗賊という職業を営んでいた二人には、危険を敏感に察知する勘が備わっていた。 と、その時… 風を切る音と共に、何かが接近してきた。 「 !  あんたは…」 ラットグが目を見開いた。 赤い目、腰に携えた中国刀型のビームサーベル… シンジケート・コスモ幹部の一人にして、英鴻の実妹…趙英蘭であった… その頃… "白神"ジルバは、ラットグやマリノと遙かに離れた場所に飛ばされていた。 周りには無数のレプリロイドやメカニロイドの残骸が散らばっていて、 周りには虫が飛び交っている。 「転送装置があらかじめ仕掛けられていたみたいね…」 ジルバがそう呟いたとき… ギイギイと耳障りな音を立てながら、ジルバの周りの残骸達が起きあがった。 「 ! 」 ジルバは、彼女の武器であるサイディフェンスダガーを手元に出現させる。 「…交声曲=カンタータ」 ジルバの体が光りに包み込まれたかと思うと、次の瞬間、ジルバが烈風と化した。 死者達は次々にダガーを突き刺れる。 しかし、死者達はそれでもジルバに向かって、錆び付いた銃口を向ける。 「やっぱり簡単には墓場に戻ってくれないみたいね…」 「その通り、死者の力を侮らん方がええで…」 やかましい羽音をさせながら、一体のレプリロイドが近づいてきた。 黒い体で蠅のような外見である。 「わいはシンジケート・コスモ部隊長の一人…ネクロ・ベルゼブドや。 まあ見ての通り蠅やけど…甘く見ると痛い目あうで、"白神"はん」 「私のことを知ってるみたいね。だったら降参したら ? 」 「はは、そうできればどれだけ楽やろうなぁ…けどこっちはこっちで引き下がれないんや…」 ベルゼブドがやや寂しげにそう言うと、さらに大量の残骸が起きあがる。 「…死者に攻撃しても駄目なら操ってる本人を狙うまでよ。歌曲=リード…」 ジルバは死者達の中を駆け抜け、一瞬でベルゼブドに接近し、 サイディフェンスダガーを突き出す。 ベルゼブドは上昇して回避、そしてジルバは自分の周囲に大量のサイディフェンスダガーを転送した。 「歌劇=オペラ」 ダガーの群がベルゼブドの周りに浮遊し、障害物となる。 さらにジルバは浮遊するダガーを足場にして飛び移り、ベルゼブドを狙う。 「やりまんなあ…せやけど…」 ベルゼブドがそう言うと、突然空中に浮遊しているダガーの刃がジルバの方を向いた。 「 ! 」 「意志の無い物全てが、わいの僕(しもべ)や」 ジルバめがけて、サイディフェンスダガーが襲いかかる。 ジルバは回避しつつ着地するが、ダガーはジルバを襲い続ける。 「…自分の武器で死ぬのは御免だわ」 ジルバは手に握っているダガーで、向かってくるダガーを払い落とす。 その時、あることに気づいた。 周りの動く残骸や、サイディフェンスダガーに黒い何かが付着しているのだ。 そうか…飛び回っているこのハエ型の小型メカニロイド… これが無機物に取り憑いて、操作しているというわけね ? 」 「うん、まあそーゆーこっちゃ。せやけど、それに気づいたからって…」 ベルゼブドが言い終わらないうちに、すさまじい閃光が辺りを包んだ。 「なっ ! ? 」 シュンッ… ベルゼルドの目が眩んだとき、ベルゼブドの触覚が切断された。 「残骸とダガーの動きが止まった… やっぱり、触角でハエ型メカをコントロールしていたみたいね」 「くっ…やりまんなあ…せやけど…」 そう言うなり、ベルゼブドは近くに落ちている壊れたメカニロイドを拾い、食いちぎり始めた。 「 ! 」 見ている間にベルゼブドの触覚が再生し、さらに体も膨張する。 「昔、わいの友達にメタモル・モスミーノスっちゅうのが居った。知っとるか ? 」 「モスミーノス…確か、シグマの二回目の反乱の時に…」 「そうや。…わいもあいつも、いわゆるカニバリズムっちゅーやっちゃな。 レプリロイドの死体を喰らって進化したり、体を修復できたり…」 ベルゼブドの周りの死者達が起きあがる。 「んで、世間から差別受けてなあ。 そもそもモチーフが蠅っちゅー時点で周りから軽蔑されてしもたし…」 死者達がジルバに向かって一斉に襲いかかり、 ベルゼブドも先ほどパワーアップした際に両腕に搭載されたビーム砲を撃つ。 しかし、ジルバは素早くベルゼブドに接近し、ダガーを突きだした。 周りに見ている者がいれば、何もしないのにベルゼブドが倒れたように見えたであろう。 全てのガードをすり抜け、敵の内部のみを貫く技。 ジルバが"白神"と呼ばれる由来である。 「…世から差別された事には同情するけど、私もここで死にたくないからね…」 そう言って、ジルバが倒れたベルゼブドに背を向けた瞬間… ビシュッ ! 「キャッ ! 」 ビームが、ジルバの体に命中した。 「わいの場合な…死にたくないんやなくて死ねないんや」 見ると、ベルゼブドが起きあがり、ジルバに向かってビームを連射してきた。 「電子頭脳を攻撃したのに… ! ? 」 「わいの体の中に修復ナノマシンが大量におってな… そのせいで脳味噌やられても生き返ってしまうんや。 ナノマシンはわいの意志と関係なく動くさかい、わいが死んでも数秒で治せてしまうんや」 ベルゼブドは攻撃を続ける。 ダガーを両手に構え、交声曲=カンタータを発動で今度は防御力強化をし、 ビームを凌ぎながらベルゼブドに連撃を叩き込む。 「無駄や ! 」 ベルゼブドがジルバを蹴り飛ばす。 ジルバは数メートル離れたところに着地する。 「…そろそろ終わりやで。ま、わいを一回死なせただけでも大したもんや」 「確かに、もう勝負は決してる……勝つのは私よ」 ジルバは高らかに叫んだ。 「集結しなさい…冥界の死者達 ! 」 地面に転がっていたダガーが、一斉に動き出した。 そして、ベルゼブドの背中の一点に向かって、濁流の如く突き刺さり、貫通する。 「ぐああぁ ! ! ! 」 「この技は敵に突き刺したダガー一本に向けて、他のダガーを一斉に向かわせる技。 さっき貴方がパワーアップしたとき、装甲も分厚くなった。 だからさっき、私が蹴られる寸前、 貴方のナノマシンの中核があるポイントにダガーを突き刺したのに気づかなかったみたいね」 「な、なんで…ナノマシンの中核の位置が解ったんや… ? 」 「貴方の内部を攻撃したとき、硬い装甲に覆われた物体があるのに気づいたの。 何処をやられても再生するのなら、動力炉などを装甲で覆う必要もないでしょ ? とくれば、それがナノマシンの中核かと思って。…じゃ、これで終わりね」 そう言って、ジルバは手の中のダガーをクルクルと回し、ベルゼブドの心臓部を突く。 「……すごいわ、あんた。なあ、ハンターにはあんたみたいな化け物があと何人いるんや ? 」 ベルゼブドが、最後の力を振り絞って喋る。 「さあね、私以上の化け物もいるかも」 「そうかい…。一人ずつ片づける作戦で…最初にあんたをわいの所に転送して…正解やったわ…。 自分でナノマシンの中核を破壊することもできたんやけど…… どんなに死にたいの思っていても、自分で死ぬのは怖くてできへんかった… 差別の中で生きていくのも辛かった…。はは、どうしょうもないヘタレやな…… あんたともう少し早く会って…その強さの10分の1でも…分けて……」 …それきり、ベルゼブドは二度と起きあがることは無かった。 「…誰だって…」 ジルバは呟いた。 彼女は「情」よりも「義」を尊び、父親に背いた。 それは強い意志の表れ。 しかし、誰もがジルバのようになれるわけではなかった。 「…誰だって、自分の弱さに負けそうになることはある…だからこそ私は… これからも生きていく ! 」 ジルバによってベルゼブドが倒された頃、マリノとラットグは… 「くっ…」 「ふう、思ったよりもしぶといわね…手加減しているとはいえ、なかなかのものだわ」 マリノとラットグは、体の数カ所を斬りつけられ、対する英蘭の方はほぼ無傷である。 まず正面から戦って無理と見た二人は、 建物の間を移動しながら不意打ちを狙うという戦法をとった。 『敵の十倍の兵力なら敵を包囲して料理する。 五倍の兵力だったら正面から押し出す。 二倍の兵力なら挟撃し、互角なら全力をあげて戦う。 相手よりやや劣性と見たら地の利を生かした遊撃戦や策謀で戦い、 かなり劣性と見たら退却して再起を図るべし』 英鴻から教わった孫子の兵法に従い、なんとか英蘭の猛攻を耐え、何発かは攻撃を当てたが、 どれも決定打にはならなかったのだ。 「さてと…そろそろ本気で…」 英蘭が双刀(※1)を構え直した。 「くそっ、アレがあれば負けないのに…」 ラットグが歯軋りをした。 と、その時… 一筋の閃光が、英蘭に接近した。 英蘭は咄嗟に跳躍して回避し、その閃光は英蘭の向こうにあった建物を倒壊させた。 見ると、ミラージュの弓を構えたレノンがいた。 「そこまでにしてもらおうか」 「ちっ、厄介なのが出てきたわね…」 英蘭が舌打ちしたとき、別方向から数本の飛刀が飛来した。 英蘭は双刀でそれを弾き落とす。 腰に宝剣、背に飛刀、右手に硬鞭を握った、"竜帝"楊 飛星がそこにいた。 「楊さん ! 」 ラットグが叫ぶ。 「二人ともよく頑張ったようだが、こいつは一筋縄ではいかん相手だ。私に任せろ」 「飛星…」 英蘭が飛星に話しかける。 「このまま戦いが続くと、貴方の配下達にも犠牲が出るわ。 それを望まないなら、私と組まない ? 」 「願い下げだな。シンジケート・コスモのやり方は気に入らぬし、 依頼主を裏切ったとあっては商売の信用に傷が付く。それに…」 飛星は硬鞭を構えた。 「賞金稼ぎという仕事上、私と配下達はいつ今生の別れになるかも解らぬ日々を送っている。 仲間が百人殺られたら、私は千人の敵を潰すのみ…。 さて、まずはそっちの二人を助けさせてもらうか。…昇雲救来来急急如律令…」 飛星が中国三大宗教(※2)の一つ、道教の呪文(※3)を唱える。 するとふわりと雲(のようなエネルギー体)が出現し、 マリノとラットグを乗せて上空へ飛んだ。 「す…凄い…飛んでる…」 マリノが感嘆の声を挙げる。 「飛星ってあんなこともできるのか…」 レノンもそう呟く。 「さて…いくぞ ! 」 飛星がそう叫んで、硬鞭を振りかざす。 英蘭も双刀を振り上げ、打ち合うこと数十合。 飛星が攻めれば英蘭がかわし、英蘭が攻めれば飛星は受け流して反撃に出る。 と、飛星は向きを変えて逃げ出す。 英蘭がそれを追うと、飛星は振り向きざまにヤッと叫び飛刀を放つ。 英蘭がかろうじてそれをさけると、飛星はその隙に、腰の宝剣を抜きはなった。 金属製の宝剣の刃には北斗七星が描かれ、全身を突き刺すようなただならぬ殺気を放っている。 「 !  その剣は… ! ! 」 「…我雷公旡雷母以威声、五行六甲的兵成、百邪斬断、万精駆逐、急急如律令 ! 」 力を解放し、使用するための呪文(パスワード)を詠唱し、剣を振り上げる。 雷鳴が轟き、稲妻がバリアのように飛星を包み込んだ。 「疾 ! 」 飛星が剣を振り下ろすと、大量の電撃弾が英蘭めがけて飛ぶ。 「くっ ! 」 英蘭が双刀で電撃弾を防御している隙に、飛星は右手の硬鞭を振り上げ、英蘭を攻撃する。 英蘭は咄嗟にバックステップをとったが、硬鞭は英蘭の護心鏡(胸当て)に命中する。 バックステップをとって衝撃を和らげたため、ダメージはそれほどでもないが、 護心鏡はいくらかへこみ、英蘭はダメージを受ける。 「…面倒なことになったわね……ハッ ! 」 英蘭は、双刀を旋風のごとく振るった。 途端に衝撃波が巻き起こり、辺り一帯が土煙に包まれた。 そして、それが晴れると既に英蘭の姿は無かった。 「逃げた…みたいだな」 レノンが言う。 「ああ、またいつか決着をつけることになるだろう。 あいつが本気を出せばこの宝剣があっても楽勝とは言えなかっただろうが、 恐らくここで私相手に深手を負ったところを、第三者が攻撃してくるのを警戒したのだろう」 その時、半壊した建物の影から、一人のレプリロイドがひょっこりと姿を現した。 ジルバだった。 「派手に立ち回りやったみたいね。土煙が上がってるから来てみたけど」 「おっ、旦那 ! 大丈夫だったのか ? 」 ラットグが雲から降りて言う。 「ええ、何発かビームを受けたけど。そっちは ? 」 「大丈夫、傷は浅いよ。でも、今回は役に立てなかったね」 マリノが申し訳なさそうに呟く。 「またいくらでも活躍してもらう機会はあるわよ」 「左様、今回は相手が並じゃなかったからな。さて、とりあえず帰還しよう」 用語など ※1 日本では剣も刀も同じ様な意味に使われているが、中国では剣と刀ははっきりと区別されている。 割と細身で両方に刃があるのが剣、刃の幅が広く片方のみに刃がついているのが刀である。 片刃の場合両刃よりも刃の幅を広く、折れにくく作ることができるため、 戦場では剣よりも刀が多く使われた。 剣を二本持てば双剣、刀を二本持てば双刀、槍二本なら双槍となる。 ※2 中国三大宗教 儒教、仏教、道教のこと。 儒教は現在では宗教とは認められていない。 道教はいわゆる神仙思想などで、日本の陰陽道の原型ともなった。 「非科学的な迷信の元」として現代では批判もされているが、それでも中国では信仰は根強い。 ※3 道教の呪文 道教の呪文では大抵言葉の最後に、急急如律令(急急として律令の如くせなり)をつける。 ちなみに、飛星が唱えていた「我雷公旡雷母以威声〜急急如律令」の呪文は、 雷法と呼ばれる実在する魔除けの呪文である。

第十五話・「防城戦」

「そうか、楊 飛星はそこまでやるか…」 ファウストの声が、薄暗い部屋に響く。 「申し訳ございません。飛星だけでなく、あのレノンも…」 英蘭が言う。 「まさかベルゼブドまでこうも早く倒されるとはな…。 よし、とりあえず、先ずはレノンから潰そう」 「レノンは、洗脳して利用する算段では ? 」 「最初はそのつもりだったが…あれほどの力、 そしてラフェスタに取り込まれながらも自分の意識を取り戻した精神力… 手には負えまい。使い物にならない道具は処分すべきだ。 『コスモ・ファイナル』を成功させるためにもな」 「では、どのような作戦で ? 」 「うむ、それはな…」 ファウストが、仮面の下から英蘭にその計画を告げた。 「…それは…卑怯なのでは ? 我々は完全な秩序の世界を作るという…」 英蘭の言葉に、仮面に隠れたファウストの顔が一瞬歪んだ。 と、その時。 -ファ…ウス…ト- 鐘のような重い声が、部屋の中に響いた。 「 !  頭目…」 英蘭の表情が一瞬引きつった。 「頭目、作戦は順調です。頭目がご心配なさる必要はございません」 -ファウス…ト…汝…に…全指揮権を…与え…る…必ずや…政府…を…- 「お任せください。必ず…」 しばらくの間沈黙が流れた。 「…聞いたであろう、英蘭。私は頭目より指揮権をお預かりしているのだ ! さあ、『焼光隊』に命令を伝えろ ! レノン抹殺作戦までの時間を稼ぐのだ ! 」 「…はい」 「よし、防衛設備もちゃんと動きますネ」 ジルバや飛星達がファントム・シティで激戦を繰り広げているとき、 他の者達も安穏を貪っていたわけではなかった。 シンジケート・コスモを名乗る集団から攻撃を受けている都市から救援を請われ、 ヤクラッシュ、マッシモ、アクセルをハンターベースの守備に残し、 エックス、ゼロ、英鴻、ナナ、アイリス、そして飛星が増加した楊家傭兵団員150名が向かった。 その都市は全体が城壁に覆われた都市で、 英鴻の指示で飛星の配下達が防御兵器の設置や整備を行っている。 「英鴻さん、ラットグ君達が来ましたよ」 ナナが言った。 「あ、はいはい、今行きます」 英鴻はその場の指揮を別の者に預け、城壁の司令塔へ入った。 「よっ、英鴻兄ぃ」 ラットグ、マリノそしてフリージアがいた。 「いやあ、無事でなにより。英蘭と戦ったって聞いて、 まあ、お前らなら逃られるだろうと思ったけど」 「オイラも今度ばかりはヤバイと思ったね」 「疲れているところ急に呼んで悪いけど、諜報活動は重要だからネ、頼むよ。 …ところで、フリージアちゃんはハンターベースの守備ということじゃなかったかい ? 」 英鴻がラットグの肩に手を置きつつ、フリージアに問う。 「あっ、はい…私も、もっと役に立ちたくて…」 フリージアは英鴻の赤い目が少し怖いらしく、時々目をそらしながら話す。 「ジルバさんに頼んで、こっちに回してもらったんです」 「なるほど。じゃあ、城壁の西側の守備を…」 と、その時、何もない空間から声が聞こえた。 「趙先生、敵襲です ! 」 「"虹"ですか。敵の数は ? 」 虹(こう)とは空にかかる「にじ」となる竜の一種である。 このレプリロイドは光学迷彩を使い、虹の如く姿を消すことができるのでそう呼ばれている。 「レプリロイドだけでも300はいると思われます。さらにメカニロイドもかなりの数です」 英鴻はスコープを手に取り、外を眺めた。 「ははあ、敵も遂に本気になったか…」 その時、エックスとゼロも駆けつけてきた。 「英鴻、どんな作戦で行くんだ ? 」 ゼロが問う。 「フーム、防城戦ですが、戦車やライドアーマーがいるのが厄介です。 まずそれらの大型兵器を沈黙させましょう。というわけで…」 やがて、シンジケート・コスモの軍隊が地を踏みならし現れた。 後方には戦車、ライドアーマー等の巨大な兵器の足音が続く。 そして、その部隊は城壁の前で停止した。 「イレギュラーハンターに告ぐ ! 」 一人のレプリロイドが、拡声器を手に呼びかける。 「我々はシンジケート・コスモ「焼光隊」である ! お前達に勝ち目はない ! 無用の流血を望まぬなら、ただちに降伏せよ ! 」 その頃、「焼光隊」の背後に、いくつかの影が動いていた。 マリノ、ラットグ、その他楊家傭兵団のメンバーが数名である。 「それにしても、おたくらの首領はとんでもない奴だね」 マリノが"虹"に語りかけた。 「あっと言う間に150人も呼んじゃうし、なんか妙な技使うし」 「この程度のこと、楊大人の力の5分の1程度さ。 あの人が本気出せば、千人の兵隊だってすぐに集められる」 "虹"はそう答えながら、持っている銃に消音器(サイレンサー)を取り付ける。 英鴻の計略は、ラットグやマリノなど隠密行動を得意とする者数名を 別働隊として密かに敵の背後に回らせ、大型兵器を破壊するというものである。 そして、別働隊がこっそりと「焼光隊」の背後に回り込んでいる間にも、交渉(?)は続いていた。 「繰り返す、ただちに降伏せよ ! さもないと皆殺しだ ! 」 「焼光隊」のレプリロイドが叫ぶ。 すると、城壁から英鴻の声が返ってきた。 『没那麼容易(そうは問屋が卸さない)』 「 ?  何言ってるのかわからん ! せめて英語で話せ ! 」 『壊蛋(悪党)、不是我的対手(貴方に私の相手は務まりません)』 「一人残らず消し炭にするぞ ! ! さっさと降伏しろ ! ! 」 『那句話応是我説的(それはこっちのセリフです)』 「…」 「聞くに耐えない会話だなあ…明らかに敵をおちょくってるよ」 英鴻から教わって、ある程度中国語の解るラットグがぼやいた。 「この様子じゃ、敵さんはいつキレるか解らないよ。さっさと済ませよう」 「よし、やるか」 そして、ラットグらは一斉に動いた。 ラットグはライドアーマーに後ろから接近し、こっそりとその足に爆弾を設置する。 マリノ、そして楊家傭兵団のメンバー達も、ライドアーマーの操縦士を気づかれないように倒したり、 大型の兵器に爆弾を設置して回る。 その手並みは見事なもので、「焼光隊」の中でそれに気づく者はいなかった。 そして… 「もーいいだろ、攻撃しちゃえよ」 拡声器を持ったレプリロイドの隣にいる、全身を棘で覆われた動物型レプリロイドが言った。 目は半分閉じたような状態で、やる気の無さそうな雰囲気である。 「し、しかしハリモーラ隊長…」 「何言ってるかわかんねーけど、どーせ悪口だろ。 今回の俺らの仕事はどーせ時間稼ぎなんだ、せっかくだから派手にやっちまえ」 「は、はあ…。全軍、攻撃開始 ! 」 副官らしいそのレプリロイドがそう叫んだとき… ズドオォン ! ! 陣の後方で爆音が起こった。 言うまでもなく、ラットグらが爆弾のスイッチを入れたのだ。 ライドアーマーなどの破片が次々と飛び散っていく。 さらに、ラットグらはいくつかのライドアーマーを乗っ取って暴れ始めた。 ライドアーマー隊の周りにいた歩兵隊が爆発に巻き込まれ、乗っ取られたライドアーマーに踏みつぶされていく。 「しまった ! 敵の奇襲だ ! 全軍、反転して後方の敵を…」 「待て待てフレア副隊長、そしたら敵は街から撃って出てくるだろうしー。 挟撃された状態で戦うのもだるいしさあ、 いっそのことこのまま城壁ぶち破って街の中に入っちまわねー ? 」 ハリモーラがやる気の無さそうな声で言う。 「は、はい ! 全軍、進撃 ! 城壁を制圧せよ ! 」 フレアと呼ばれたレプリロイドの声に応じ、「焼光隊」は前進し始めた。 やがて、激しい攻防が始まった。 大型兵器を失った「焼光隊」は、城壁を登って白兵戦で決着をつけようとする。 しかし、磁石を仕込んだスーツで城壁をよじ登る兵士達に向かって、 城壁の上から無数の弾丸、溶けた鉛や煮えたぎった油などが降り注いだ。 フリージアも槍を振るい、何人かの敵兵を突き落としている。 「はあ…はあ…」 「嬢ちゃん、少し休んだらどうだ ? 」 「そうそう、若いうちに死んだらもったいねーぞ」 "夜叉"と"羅刹"と呼ばれる双子のレプリロイドが言う。 「だ…大丈夫です」 戦場慣れしていないフリージアは、息を切らしながらも額の汗を拭って、槍を構え直す。 そして、城壁を登ってきた敵のメカニロイドに向けて、ヤッとばかりに槍を突き出す。 メカニロイドは壁から手を離し、仲間を巻き添えにしながら城壁を転がり落ちていく。 と、その時、城壁の下から爆音と共に、紅蓮の炎に包まれた物体が上昇してきた。 そして、城壁の上に着地する。 「「焼光隊」副隊長・フレア見参 ! 我が炎を受けてみよ ! 」 そう言うなり、そのレプリロイド…フレアは、両の掌の中心から強烈な炎を放出した。 「きゃあ ! 」 フリージアは身を伏せてなんとか回避し、巨大な爪を振りかざして"夜叉"と"羅刹"がフレアに襲いかかる。 フレアはフリージアを捨て置き、周りの楊家傭兵団を相手にする。 しかしフリージアは恐怖に駆られ、むやみやたらに槍を振り回しているうちに、 槍が手から滑り抜け、遠心力でそのまま飛んでいってしまった。 「 !  ぐあああ ! ! 」 そして、その槍は偶然にもフレアの右目に突き刺さった。 「今だ、殺れ ! 」 苦痛のうめきをあげるフレアに、"夜叉""羅刹"その他の団員が一斉に襲いかかり、フレアにとどめを刺す。 「敵の副隊長、討ち取った ! 」 城壁を登ってきたレプリロイド達は、副隊長が倒されたのを見て士気が低下し、次々と降伏した。 一方、エックス、ゼロ、アクセルは城壁を破壊して突入してくる敵に備え、内側を警備していた。 「毎度のことながら、英鴻の策略はよく効くな」 バスターを構えているエックスが言った。 「おい、アクセル」 「え、何 ? 」 「何か音が聞こえないか ? 」 ゼロがそう言ったとき、地面にわずかな亀裂が入った。 「 !  散れ ! 」 エックスの叫びと共に、ゼロとアクセルは素早く散開し、 地面の亀裂から「何か」が飛び出してきた。 「おやおや、お出迎えのようで。俺はイグニッション・ハリモーラ。 シンジケート・コスモ最強三部隊の…なんとか隊の隊長だ」 「自分の所属部隊の名前忘れてるし ! まあいいや、それじゃ片づけよっか」 そう言って、アクセルが発砲する。 「おっとっと……とりゃああ ! ! ! 」 半分閉じていた目をカッと見開き、背中の針を大量に発射する。 エックス達は回避するが、針は地面に突き刺さると次々と発火し、たちまち地面は炎で覆われる。 「フレイムパーティー・スタート ! 」 ハリモーラは毬のように丸くなると、体の針を全て発火させて三人に体当たりする。 「俺に任せろ」 ゼロがゼットセイバーを構え、姿勢を低くした。そして… 「黒旋風 ! 」 黒い波動を纏ったゼットセイバーを持ち、螺旋状に回転しつつハリモーラを斬り上げた。 ヤクラッシュのスキル・データをコピーしたものである。 黒旋風の波動で、ハリモーラの体は空中に高く打ち上げられる。 「エックス、アクセル ! 今だ ! 」 ゼロの叫びと同時に、エックスとアクセルが空中のハリモーラに照準を合わせる。 しかし… 「なんのなんのぉ ! ! 」 ハリモーラは空中でさらに回転しながら、炎を纏った針を飛ばす。 しかも、針の飛ぶ範囲はさっきよりも広い。 「いかん、城壁の上の連中が危ない ! 」 ゼロが叫んだとき、エックスは特殊武器を発動した。 「フロックイリュージョン ! 」 ピラニアンの特殊武器により三人の分身が現れる。 分身達は跳躍し、自分の体を盾として城壁の上へと飛ぶ針を防ぐ。 しかしその時、エックス本体の肩に一本の針が突き刺さった。 たちまちエックスの全身に炎が燃え広がる。 「うあああぁっ ! ! 」 「エックス ! 」 アクセルがエックスに刺さっている針を狙って発砲し、針は真っ二つに折れた。 そしてエックスの体を包む炎も徐々に収まってくる。 「くそっ…こいつは手強い…」 エックスはそう言いながらバスターを撃つ。 そして数発がハリモーラの体に命中した。 しかしハリモーラは着地し、もの凄い速度でエックスに迫ってくる。 エックスは地面の炎をなんとか避けつつ、その突進を回避した。 「ちっ…」 ゼロが舌打ちした。 高速の接近戦を得意とするゼロは、機動力が命である。 足場が悪ければ当然戦闘力は半減する。 城壁にも燃える針が突き刺さっているので、城壁に登ることもできないし、 高く跳ぶにも助走がつけられない。 とくれば… 「アクセル ! 俺を空中に引っ張り上げろ ! 」 「え ! ? でも僕、空中でそんなに速く動け…うわっと ! 」 アクセルが喉元に飛んできた針を回避しながら言う。 「いいから、さっさとやれ ! 」 ゼロがアクセルを怒鳴りつけ、画してアクセルはゼロを抱え空へ飛んだ。 その間エックスはナーガチャクラムを連発してハリモーラを攪乱する。 「アクセル、奴を狙って俺を放り落とせ ! 」 「う、うん ! そーぉれっ ! ! 」 ゼロの体が宙に放られた。 「よし…蹴天剣 ! 」 下を向いてセイバーを構えたゼロの落下速度が途端に増し、 もの凄い勢いでゼロはハリモーラめがけて落下していく。 「のわっ ! 」 ハリモーラは地面を転がるようにして回避するが、蹴天剣の威力は凄まじく、 着地時の衝撃で周りに突き刺さっていた針が飛び散り、ハリモーラを傷付けた。 「ホッパールから手に入れた技だ。下を向いて空中ジャンプをやることで、破壊力を増加させる。 アクセル、もう一発行くぞ ! 」 「くそう、それならば…」 ハリモーラはナーガチャクラムと飛ばされた針の傷をこらえつつ、 地面をもの凄い速度で掘り始め、地中に身を隠す。 そして地面の下から炎が沸き出してくる。 「よし、それならこれだ ! 」 ゼロは手元に巨大なハンマー・Tブレイカーを転送し、 地中を進行するハリモーラを追って地面を叩きまくり、地面に突き刺さっている針も叩き潰す。 何も知らない者が見ればなんとも楽しそうな光景に見えるだろうが、 ゼロ、そしてハリモーラもいたって真面目である。 「モグラ叩きやってる暇ないよ ! なんとか地中から引きずり出さないと ! 」 アクセルがそう叫んでバレットを連射する。 しかしその時、アクセルの足下にわずかな亀裂が入った。 ゼロが「避けろ ! 」と叫ぶが間に合わず、ハリモーラが地中から飛び出してきた。 そしてアクセルの銃をキックではじき飛ばしてアクセルを地面に倒し、アクセルの体を踏みつけた。 「アクセル ! 」 「さぁーて、地上で死ぬか地下で死ぬか…どっちがいい ! ? 」 「どっちも嫌だよ、僕はまだ若いし」 「ヘン、武器を無くした状態で何ができる ! ? 」 「こんなことができるよ」 アクセルは両足をさっと上げると、ハリモーラの顔面めがけて足のジェットを吹き付けた。 「ぐわほぁー ! 」 ハリモーラが怯んだ隙にアクセルは脱出し、エックスがチャージショットをお見舞いする。 ハリモーラは非音楽的な音と共に城壁に叩きつけられた。 「よぉーし、トドメだ ! 」 アクセルの体が一瞬光ると、ギガンティスで戦ったジェントラーに変身した。 そして疾風の如き速さでゼロを空中に持ち上げると、 起きあがったばかりのハリモーラめがけて投げつけた。 ズドオォォン ! ! 派手な音がした。 ジェントラーの機動力を手に入れたアクセルがあまりにも速く、強く放り落としたため、 ゼロはセイバーを構えるタイミングを逃してしまい、頭からハリモーラに突っ込んでいったのだ。 しかし、それでもハリモーラの胸にしっかりとセイバーがささっていた。 「やるならやると言え ! まったく…」 ゼロがアクセルに向かって怒鳴った時、すでにハリモーラは死んでいた。 『ゼロ、聞こえる ? 』 「アイリス ! 」 ゼロの通信機に連絡が入る。 『残っている敵は降伏したわ ! 城壁の中に戻ってきて ! 』 「解った ! 敵部隊の頭は潰したし、作戦成功だな」 エックス、ゼロらの武勇、英鴻の知謀により特別捜査隊は勝利した。 しかし、これはさらなる熾烈な戦いへの幕開けにすぎなかった…

第十六話・「烈風・奔流」

「やはり、ここを爆破するか…」 暗い部屋の中、何人かのレプリロイドが額を寄せ集めて、何やら会議をしている。 人数はおそらく数十人と言ったところか。 外は深い霧に包まれ、白一色で染まっている。 その時、隣の部屋に通じる戸が開き、そこから誰かが入ってきた。 「フリージア、どうした ? 」 一人のレプリロイドが、その少女に問う。 「今、外に変な人たちが…」 その時、廊下に通じるドアがけたたましい音と共に破られた。 そして、日本刀を手にしたレプリロイド達がなだれ込んできた。 「御用改めである ! 神妙にしろ、シグマの残党共 ! 」 先頭の男が、そう叫んだ。 「人斬り部隊だ ! 」 「リーダーを守れ ! 」 部屋にいたうち何人かが、仲間を逃がすため立ち向かっていき、 何人かは窓ガラスを蹴破って地上に飛び降りる。 「兄貴、フリージアを連れて逃げろ ! 」 一人のレプリロイドが、サーベルを抜いて叫んだ。 「しかし…」 「兄貴がここで死んだら、誰がシグマ様の野望を成すんだ ! ? 」 躊躇する兄に檄を飛ばし、そのレプリロイドはサーベルを構えて敵に立ち向かっていく。 「くっ…死ぬなよ」 長兄は、少女を抱き上げ、窓ガラスから飛び降りる。 地上では日本刀を持ったレプリロイドが4人待ちかまえていて、 先に飛び降りた仲間達は全員斬り殺されていた。 長兄は敵の一人を突き飛ばし、逃走を図る。 走り出したその時、窓から何人かの敵が日本刀を構え飛び降りてくるのが見えた。 「残っているのはお前一人 !  観念しろ ! 」 敵の隊長らしい男がそう叫ぶ。 その恐ろしい殺気に、少女は目を堅く閉ざした。 長兄は町中を必死で走っていくが、敵の方が速く、たちまち距離は縮まっていく。 「フリージア、港まで逃げろ ! 」 そう言ってフリージアを降ろし、自分はビームサーベルのスイッチを入れる。 「で、でも…兄さんは…」 「必ず後から行く !  早く逃げろ !  逃げるんだ ! 」 …………… 「う……」 フリージアは目を覚ました。 「……また…あの時の夢か…」 ハンターベースに来てから、悪夢にうなされる回数は減った。 ラットグや、英鴻に会ったからだろう。 しかし… 憎しみを引きずるのは愚かなことだと、頭では解っていても… 「…いつか、戦わなくちゃならないのかな……」 フリージアはそう呟き、そして自分のその言葉にぞっとした。 ガチャッ 「あ、起きた ? 」 ドアを開けて、同じ部屋を使っているパレットが入ってきた。 「昨日の戦いで疲れてたのね。もう12時」 「えっ、もうそんな時間なんですか ! ? 」 フリージアはガバッと跳ね起き、大急ぎで身支度をし、廊下に出た。 すると、丁度そこにレノンが通りかかった。 「あっ、レノンさん、おはようございます」 「おそようございます、じゃないか ? ラットグが暇そうにしてたぞ」 の時、天井から声が聞こえた。 『伝令ー ! ! 』 「あっ、ラットグの声」 フリージアが上を見上げる。 「どうしたんだ、そんなところで」 『近道だよ、近道 !  それより、お前に伝えなきゃならないことがある ! 』 「なんだ ? 」 レノンが尋ねると、ラットグが天井裏のダクトから大声で答えた。 『お前の母ちゃんが、拉致されたんだよ ! ! 』 「ふーん……………ってなんだとおぉぉぉ ! ? 」 レノンの叫びが、廊下に木霊した。 「アイリスさんはカーネルさんと共に、商店街に買い物に行っていたところを、 カーネルさん共々敵に連れ去られたようです」 会議室で、英鴻が説明する。 周りには、特別捜査隊メンバーが全員集まっていた。 中でも、ゼロとレノンの顔は激情に震えていた。 「目撃した電気屋のおっさんがハンターベースに通報してくれて、 そのおっさんが言うには、『旋風が起こって一瞬で二人とも姿を消した』、とのことです」 「んで、ハンターベースの玄関に、こんな紙が大量に貼られてた」 ラットグが長方形の紙を見せた。 『レノンに告ぐ 母親と伯父を助けたければ 一人でエリアP-214の島に来い』 「考えられる状況としては… 1、二人は無事で、エリアP-214の島に捕らえられている。 2、二人はまだ生きてはいるが、エリアP-214にはいない。 3、二人はすでに殺されている。 4、二人はなんとかして逃げ出している。…この4つだ」 飛星が言う。 「そう。その中で、多分3は無いネ」 飛星の話を英鴻が受ける。 「何故、そう言い切れるの ? 」 「シンジケート・コスモには、英蘭がいます」 英蘭は姑息な手を嫌い、正々堂々を好む。 そのため、拉致したアイリスやカーネルを殺害するということには、絶対に反対するはず。 英鴻はジルバにそう説明した。 「なるほど。じゃあ…おそらく、2が一番可能性が高いわね」 「ええ、カーネルさんの足はもうほぼ完全に治ったそうですから、4もあり得るとは思いますが」 「それがベストだけどね…」 ジルバは冷静な性格ではあるが、やはりカーネルのことが心配なのだろうか。 いつもの彼女より、動作に少し落ち着きが無い・ 「で、問題は行くか行かないか…だろ ? 」 ラットグが言う。 「言っても骨折り損だろうし、行かなかったら行かなかったでどうなるか…」 「…いや、俺、行くよ」 レノンがそう言い、全員の視線がレノンに集中する。 「やっぱり、俺の責任もあると思うんだ。月を半壊させちまったし、 そして母さんとカーネルが連れ去られた。俺は、自分の中にまだ残っていると思うんだ。 …ミラージュが消してくれたはずの、シグマの印が…」 そう言って、レノンは英鴻の方を向いた。 「頼む英鴻 ! お前は、こんな無謀なこと絶対に反対するだろうけど… 今度ばかりは、俺が俺自身と決着をつけなきゃならないんだ ! 行かせてくれ ! 」 「…俺からも頼む」 ゼロも、英鴻の方を向いて言った。 「親父…」 「レノンなら必ず帰ってこれる。俺が保証する」 そう言って、ゼロは力強い目でレノンを見つめる。 「私も賛成よ」 ジルバも言う。 「さてはて…」 英鴻は懐から酒瓶を取りだし、飲み始めた。 「ふー、美味い…」 「英鴻 ! 」 ゼロが苛ついたように叫ぶ。 「ワタシは今、酔っぱらっている。今のうちにさっさと行くといい」 そう言って、英鴻はもう一口酒を飲む。 「あ、これオイラの宝物だけど、お守り代わりに持ってけ」 そう言って、ラットグがレノンに何かを手渡す。 レノンが見てみると、それはサイコロとビー玉だった。 「俺からはこれだ」 そう言って、ヤクラッシュは数センチくらいの小さな仏像を渡す。 「お、お前ら…」 「オイラは親の顔すら見たこと無いけど、親がいる奴はやっぱり親を大事にしないとな」 「その仏様、結構御利益あるぜ。お前は仏教徒じゃないだろうが…とにかく気をつけて行ってこいや」 「レノン、すぐに輸送機の準備をするわ。来て」 そう言って、ジルバが格納庫に向かっていく。 「死ぬなよ、ソニアが悲しむ」 「ハンターベースの守備は任せておけ ! 」 「…みんな…必ず帰ってくるからな ! 」 そう言って、レノンは実を翻してジルバの後についていった。 ………〜エリアP-214上空〜……… 眼下に蒼い海が見える。 輸送機は雲を分けて飛び、島へと近づいていく。 「…ここまでが限界でっせ。これ以上接近すると、レーダーに引っかかりやす」 楊家傭兵団の一員で、飛行機の操縦を得意とする、"鳥主"と呼ばれるレプリロイドが言う。 「大丈夫よ、この距離なら転送できるわ」 ジルバがコンピュータを操作する。 「じゃ、行って来るぜ」 そう言うレノンの体が、転送装置の電波に包まれていく。 「帰ってきなさいよ、必ずね」 「勿論」 レノンの体が光りに包み込まれ、島へと転送されていく。 「…死ぬんじゃないわよ、レノン…そして… ジルバはぐっと拳を握りしめた。 「無事でいてね…カーネル…」 ジルバは"鳥主"にハンターベースに戻るように指示を出し、"鳥主"は「イエス・サー」と答えそれに応じた。 「…さて、どうするか…」 地上に降りたレノンは、ビームサーベルを抜き、辺りを警戒する。 周囲は倒壊した都市で、隠れられるような瓦礫がいくつもある。 と、その時、風を切る音が近づいてきた。 レノンは咄嗟に、背後から飛んできた鳥のような形の物体を真っ二つにする。 その物体は二つに割れた後もなお飛び続け、周囲の瓦礫にぶつかって爆発した。 「さすがに…やるね」 上空から声が聞こえた。 見ると、鳥型のレプリロイドが空中を旋回していた。 「僕の名はウィンド・カササギール。 シンジケート・コスモ最強三部隊の一つ、『略光隊』の隊長さ」 「…母さんとカーネルは何処だ ? 」 「この島にはいないさ。そう予想した上で来たんだろう ? 君の母親と伯父は、『殺光隊』の方が預かっている」 冷たい声で、カササギールはそう言う。 その時、レノンは何かが自分に迫ってくるのを感じた。 「知ってるかい ? この島は最近、シンジケート・コスモの兵器試験場になったんだよ」 カササギールの言葉と共に、武装した人型のメカニロイドの群、 さらにそれに混じって大量のメカニロイドが現れる。 「量産型兵士・コスモトルーパー。今回は君の抹殺のために奮発して1000体用意した」 「1000体とは…質より量作戦か」 「まあね。ちなみに、コスモトルーパー以外のメカニロイドの量は含まれない。 …さてと、こんなことをいつまでも話していたって始まらない」 レノンを取り囲んでいたコスモトルーパー達が、レノンに向かって一斉に発砲する。 レノンはレーザー光線の雨をかいくぐり、同時にミラージュの弓をキリキリと引き絞る。 「例え1000人だろうと一万人だろうと…」 言いながら、レノンはミラージュの弓を放つ。 ズバシュウゥゥゥ ! ! 轟音と共に、レノンの前方のコスモトルーパー達が一斉に消し飛んだ。 「生き延びるのみだ ! 頼むぜ、ミラージュ ! ! 」 そう叫び、レノンは敵中に見を投じていく。 群がる敵兵を片っ端から叩き斬り、突き刺す。 コスモトルーパー達は大型の盾を装備しているが、レノンはそれも丸ごと切り裂いていく。 「そうはいかないよ」 カササギールがそう叫んで、翼から羽毛を飛ばす。 羽毛は特殊金属で出来ているらしく、レノンの周囲に大量に突き刺さり、 レノンの体にもいくらか傷が付いた。 「ちっ…」 レノンは背中の翼を開いた。 空を覆う雲の間から差し込む光りを反射し、白き翼は輝いた。 レノンは地を蹴って飛び立つ。 そしてセイバーを構え、カササギールめがけて突撃していく。 と、その時、地上のコスモトルーパー達も、 背中のジェットバックのスイッチを入れ、次々と飛び立ってくる。 「こいつらも飛べるのか…」 レノンは銃弾の中を縦横無尽に飛び回り、 すれ違いざまにコスモトルーパー達を斬り捨てていくが、何せ数が多すぎる。 地上のメカニロイド軍の射撃もあり、カササギールを狙うチャンスがなかなか来ない。 レノンが舌打ちした瞬間、コスモトルーパー2体が左右からレノンの腕に組み付いてきた。 レノンは咄嗟に振り払おうとするが… 「思ったより早いフィナーレだ」 いつの間にかカササギールが背後に回り込んでいた。 そして、動きの止まったレノンの体に、まるで豪雨のごとく大量の羽毛を発射する。 羽毛はレノンの背を埋め尽くすように突き刺さっていく。 「ぐあぁぁッ… ! 」 さらにコスモトルーパーからの集中砲火を受けながらも、 レノンは自分を掴んでいるコスモトルーパーを振り払い、横にまわってカササギールに斬りかかる。 「おっと ! 」 カササギールは急上昇して、レノンの鋭い一撃を回避した。 「さすがに防御力が高いね。攻撃が動力炉まで達しなかったようだ…」 そう言うと、カササギールは勢い良く羽ばたいた。 途端に周囲の大気の流れが変化し、レノンめがけて大量の風の刃…鎌鼬が襲いかかる。 レノンはなんとか回避するが、先ほど翼に傷を負ったため、機動力は格段に下がっている。 その時、カササギールの背中から、最初にレノンを襲った鳥型メカニロイドが数羽飛び出した。 そのメカニロイド達は、レノンの周りを高速で回転していく。 「 !  これは… ! 」 レノンは、凄まじい風の渦の中に、自分が閉じこめられたことに気づいた。 風の壁はさらに激しさを増し、レノンの体は木の葉のように回転し始め、体勢が崩れた。 「このまま何処かに叩きつけようか」 風の壁の外から、カササギールが言う。 「ちなみに、ゼウスアーマーとかいうのを使おうとしても無駄だ。 この島には、ファウスト様が開発した特殊フィールドが張ってある。 ゼウスアーマーの力をうち消す物だ。では…」 -くそっ…こんな奴にやられるなんて…- レノンは唇をかみしめた。 -いや…死ぬわけにはいかない……- ズドォン ! その時、一発の砲声がレノンの思考を中断させた。 「何事だ ! ? 」 カササギールの叫びが聞こえる。 レノンはかすかに見えた。 武装した船が、島に向かって波を分けて進んできている。 数は、恐らく十数隻といったところか。 『てめえら、俺らの通り道の島で何勝手にドンパチやってやがる ! ? 一人残らずぶち殺して、レプリロイドのちゃんぷるーにしてやらぁ ! 』 船から、拡声器で怒声が聞こえてくる。 そして、何発もの砲声がそれに続く。 「賊か ! こんな時に…」 その時だった。 レノンを囲んでいる風の壁に、砲弾が直撃したのだ。 その衝撃で、風の壁は晴れた。 その機を逃すレノンではない。 風の壁から解き放たれたレノンは、空中から落下しつつも、 カササギールに向けてミラージュの弓を数発放った。 連射のため、最大限まで引き絞った時よりも威力は低いが、一発目がカササギールの右翼を、 二発目が足をうち砕き、三発目は胸部を貫く。 「くあぁぁっ ! ! 」 カササギールは悲鳴を上げ、レノンを追うように落下していく。 そして、レノンは地面すれすれで翼を開いてブレーキをかけ、カササギールはそのまま地面に激突した。 「ぐっ…ううぅ…」 カササギールは苦痛の呻きを上げる。 「レ…ノン……私は死ぬが…その傷では…君も…帰れは………」 そう言ったきり、カササギールは二度と起きあがりはしなかった。 海賊達の砲撃は続き、コスモ・トルーパーやメカニロイドは砲弾から逃げまどいながらも、 レノンを攻撃、包囲しようとする。 「…確かに、苦しい状況には変わりない…けど…」 レノンは懐から、サイコロとビー玉、仏像を取り出した。 「…必ず帰るぜ ! 」 レノンはビームサーベルを握り直し、敵中に身を躍らせた。 ……………… しばらくすると、最早その島は血(オイル)の雨が降ったかのようになっていた。 その血だまりを抜けた先の丘に、レノンは一人立っていた。 ミラージュの弓に寄りすがって、自分の血と、返り血にまみれた体で、どうにか立っていた。 「…なんとか切り抜けたが…」 レノンは深手を負った状態で、500体を超えるコスモ・トルーパーを倒していた・ 丘の下の、数百メートル離れたところでは、上陸してきた海賊達が、 レノンが片づけ残したコスモ・トルーパーやメカニロイドと戦っていた。 「あの海賊達がここまで来たら…もう戦う余力は…」 その時、レノンの背後から、何者かが「おい」と呼びかけた。 レノンが反射的に振り向いた瞬間、レノンの腹部にその何者かの拳が叩き込まれた。 強烈なその拳に レノンの意識は 混沌とした闇の中に沈んでいった…

第十七話・「奇策(前編)」

「レノンを取り逃がしただと ! ? 」 ファウストの怒声が、闇の中に響く。 「は、『略光隊』は、後一歩でレノンを始末できたようですが、 突如現れた海賊に妨害されたようで…。コスモ・トルーパーやメカニロイド隊は、ぜ、全滅し、 今のところレノンの残骸は発見されておらず…」 配下の小者が、震えながら答える。 「ちっ…まあいい、アイリスとカーネルが我らの手中にある限り、 ハンター達も手出しはできまい…。レノンの捜索を急げ ! 」 「は、はい ! 」 ……(午前2 : 00)…… ハンターベースから遙か離れた地点。 レノンは目を覚ました。 「……俺は…」 レノンはベッドに寝かされていて、その部屋は他にテーブルと窓が一つあるだけの、小さな部屋だった。 そして、レノンは起きあがって、窓から外を見た。 外には、ただ黒洞々たる闇が広がっているのみである。 「…俺は確か…そうだ、誰かに殴られて…それで…」 その時、部屋のドアが開いた。 「ん、起きたのか」 低い声で、その男が言った。 その男はがっしりとした体格のレプリロイドで、背には亀の甲羅のような物と短槍を背負い、 右腰には鎖を、左腰には双節棍(ヌンチャク)を帯びている。 「手荒な真似しちまったなぁ。 やしが(けれど)、わん(俺)がああしなけりゃ、お前はどうなっていたか…」 その時、レノンは、自分の体の傷が全て治療されていて、所々に包帯が巻かれているのに気づいた。 「…あんたが ? 」 「やったのは子分共さ。あらい(凄い)傷だったから、苦労しとったぞ」 「…その声…あんた、あの時砲撃した海賊か ? 」 「おうよ。ここはわったー(俺達)の船の中だ」 「なんで俺を助けた ? 」 「イレギュラーハンターも好きあらん(じゃない)、 やしが、シンジケート・ゴズモのやり方はもっと嫌いだ」 「コスモ、だろ」 レノンは静かにツッコミを入れたが、男はそれを無視して話し続ける。 「お前さん、レノンだろ。シンジケート・コスポは今、血眼になってお前さんを探しとる」 「コスモ、だってば。それにしても、あんた一体何者なんだよ ? 」 「ただのケチな海賊…には見えねぇか ? 」 「見えない」 レノンはベッドから起きあがりながら答えると、男は少し笑った。 「全身に隙が無さすぎる。長い間、よっぽど特殊な戦闘を経験してきたとしか思えない」 「まあ、それなりにな」 「なんで俺がレノンだって判った ? 」 「そんな目しとれば、そりゃ気づくさ」 そんな目、とは、ようするにレノンの緑と青のオッドアイのことである。 「ちょいと、外出てみろや」 男がレノンを促す。 レノンは卓上に置いてあった自分のビームサーベルとミラージュの弓を手に取ると、男の後に従った。 船は海上を静かに走り、レノンの頬に冷たい風が吹き付けてきた。 見ると、周りにも何隻かの武装した船が従っている。 「わんはな、こう見えても、昔は大海の中で神と呼ばれた男だ」 男がそう言ったとき、レノンはふと思い当たった。 「"海神"の…ポセイドンのことを、何か知らないか ? 」 「…神威鳳衆・"海神"ポセイドン…か。名前だけは知っとる、 やしが、会ったことはない。わんも昔は連邦政府の下で戦ったが、 あいつとは戦う場所が違った。あいつは表で、わんは裏で…な」 そう言うと、男はレノンを操舵室に連れていった。 そして、レノンに向かって言った。 「お前さん、ハンターベースに帰るか ?  それとも、おっかさんが捕まっとる所へ行くか ? 」 「 !  知ってるのか ! ?  母さんの居場所を ! ? 」 「今おたくらが雇っとる、梁山泊忠義堂の楊家傭兵団ほどじゃないが、 わったーの情報網は広い。どうする ? 」 そう尋ねるその男には、どことなく威厳が感じられた。 −この男は信用できる− そう直感したレノンの答えは、既に決まっていた。 ……ハンターベース(午前2 : 20分)…… 「レノンはまだ行方不明か…」 夜更けのハンターベースの会議室で、エックスがぼやいた。 その場には、シンジケート・コスモに連れ去られたカーネル、アイリス、 そして行方知れずのレノンを除いた特別捜査隊全員が集まっていた。 「生きていたら、なんとかハンターベースに帰ってくるでしょうが… 我々も、ただ待っているわけにはいきませんネ」 英鴻が琵琶をかき鳴らして言う。 その時、会議室のドアが荒々しく開いた。 そして中に飛び込んできたのは、楊家傭兵団の"虹"だった。 「何があった ? 」 飛星は立ち上がって尋ねるが、"虹"は息を切らし、まともに喋れない。 飛星は会議室の水道からコップに水を汲むと、"虹"に差し出す。 "虹"はその水をゴクッと飲み込み、ようやく話し始めた。 「シンジケート・コスモの…都市の一つの場所が…判明致しました…」 「都市だと ! ? 」 マッシモが思わず叫んだ。 「奴らは…地球上に…すでにいくつかの都市を作っているらしく… その一つの位置と…そこに、さらわれた二人が…捕らわれていると… 先日捕らえた、焼光隊の隊員が…白状しました…」 「…どうやら、私達が思っていたよりも、シンジケート・コスモの計画は進んでいたようね」 ジルバが呟いた。 「場所は ? 」 飛星が"虹"に問う。 「デストロイ・ブルーです」 「デストロイ・ブルー ! ? 」 エイリアが驚愕の叫びをあげる。 デストロイ・ブルー。 幾度もの大戦や新兵器実験によって起こった、磁場の嵐に包まれた海域である。 その海域ではあらゆる機械類が狂い、誰も入り込めない魔の海域となっている。 「なるほど、巨大な都市を隠すには丁度いいってことか…」 ラットグが頷く。 「なら、愚図愚図している暇はない ! 」 「いや、でも…」 ゼロが立ち上がるが、エックスが止める。 「デストロイ・ブルーにはもの凄い磁場が渦巻いてるんだろ ?  船や飛行機じゃ行けないし、転送も…」 「いや、転送は可能だ」 飛星がそう言うと、全員の視線が飛星に集まった。 「あらゆる磁場や妨害電波などの影響をはね除ける、 最新のメガドライブ式転送機というものがある。政府からそれを借りよう」 「ちょっとちょっと、それって宇宙に三台しか無い装置だよ ?  簡単に貸してくれるのかい ? 」 マリノが尋ねるが、飛星は平然として答えた。 「政府の高官も、シンジケート・コスモを潰さなければ自分たちの命が危ないということくらい解るだろう。 ジルバ殿が強気に出れば、そのくらいは…」 「解ったわ、私が連邦政府と掛け合ってみる」 そう言って、ジルバは電話機を手に取った。 「ところで、その転送装置を借りられたとしても、どうやってカーネルとアイリスを救出するんだ ?  下手に動けば、二人は殺されるかも…」 「それは簡単」 英鴻が琵琶を鳴らしながら、エックスの問いに答える。 「向こうはカーネルさんとアイリスさんを拉致するという手段に出ました。 ならば、こちらはその倍卑怯な手でお返ししてやればよいのですよ」 「ふむ、"虹"よ、"鴆"、"蜃"、"千里眼"、"順風耳"、を呼べ。 それと、その他隠密活動に長けた者達を連れてこい」 「はっ ! 」 "虹"は飛星に一礼して退室した。 「ラットグ、あとマリノ殿にも一働きしてもらいますぞ。また工作だけど」 英鴻が言った。 「戦の主役は武士だ。けど、武士道だのなんだのきれい事並べてるだけじゃ、戦には勝てない。 勝ったとしても自軍の損害が大きい。そこで、武士がやらない汚い仕事を行う『裏方』が必要となった。 …ってなわけで、裏方なら任せとけ ! 」 「同じく」 ラットグが声高らかに応じ、マリノもそれに賛同する。 「よし、頼りにしてるよ」 その後、"若仙人"趙 英鴻、"竜帝"楊 飛星…二人の策士は策を導き出し、 それを他の者達に伝えた。 そして、ジルバがメガドライブ転送装置の使用許可を政府から得るまで、 さほど時間はかからなかった。 「今すぐ出発もできるようだけど、計画は綿密に練っておくべきね」 他の者達は武器などの準備に取りかかっていて、 その場にいるのはジルバ以外には、英鴻と飛星だけである。 「うむ。ところでジルバ殿…」 飛星がふとジルバの方を見た。 「これは想像以上に大きな仕事となってしまった。 依頼料は連邦政府からの特別報酬の3割ということだったが、それでは割に合わぬ。上げてはもらえぬか ? 」 「…あんまりお金にがめついと、女性からモテないわよ ? 」 「私が心底惚れた女性は、荀灌(※1)と花木蘭(※2)くらいだ。二人とももう数千年前の人物だ」 ふん、と鼻を鳴らして、飛星が答える。 「それはお気の毒に。英鴻、どうする ? 」 「さてさて、困りましたなぁ。依頼料を上げないと言ったら飛星との 刎頸の交わり(※3)に背くことになるし、かといって、 ここで飛星の味方をしては公私混同になってしまいますし…」 英鴻は琵琶をかき鳴らし、愉快そうに笑った。 「…やれやれ。じゃあ、依頼料のことはまた後でゆっくりと話し合いましょう。ところで英鴻…」 ジルバの声か、少し低くなった。 「貴方の妹…英蘭のことだけど…貴方はどうしたいの ? 」 「どうしたい…とは ? 」 「だから…」 「三国時代…」 英鴻はまた琵琶を鳴らして答えた。 「かの蜀の諸葛亮は目を掛けていた部下の馬謖が、街停の戦いで軍令違反を犯して大敗した時、 涙ながらに馬謖を処刑しました。 また、草原の覇者…チンギス・ハーンは少年時代に、自分の弟が魚を盗んで食べたとき、 容赦なく弓矢で射殺したといいます」 「…貴方は、その二人の例に習うと言うの ? 」 ジルバは再び尋ねるが、英鴻は笑って琵琶を奏でるだけだった。 その時、部屋に再び"虹"が入ってきて、準備が整ったことを告げた。 「それでは、詳しい打ち合わせをしますか」 そう言って、英鴻は部屋を出ていった。 飛星もその後に続く。 若き仙人の真意は、誰にも読めない… ………(午前3 : 00)……… 「アイリス」 暗い監獄の中で、カーネルが口を開いた。 「何、兄さん ? 」 「やはり、まだ起きていたか…」 カーネルの声は低かったが、弱々しい声ではなかった。 「敵の狙いは、やはりレノンだろう」 「…うん」 「あいつの力は強大だ。シンジケート・コスモも無視するわけにはいかなくなったのだろうな」 「でも大丈夫よ。レノンは必ず生きている。それに、私達もきっと助かる」 アイリスは、自分自身に言い聞かせるようにそう言った。 「ハンターベースには、ジルバさんもいるし、英鴻さんやエイリアさん達も…それに…それに何より…」 「ああ、ゼロもいる」 カーネルがそう言って、頷いた。 「信じて、待とう」 「…ええ」 用語など ※1 荀灌 西晋の女性で、三国志の魏の名軍師・荀イクの六代目の子孫。 父親の守る城が敵に包囲されて絶体絶命となったとき、 彼女は数十人の決死隊を率いて包囲網を突破して援軍を呼びに行き、城を救った。 この時、彼女はまだ13歳の少女だったという。 ※2 花木蘭 隋末の女性。 怪我をした父に代わり、男装して徴兵に応じ、戦場を駆け回った美少女。 彼女の物語を題材にした京劇は数多い。 姓は「花」の他に、「朱」「魏」など一定していないが、京劇などでは「花」が一般的。 「ムーラン」という題でディズニー映画の主人公にもなっているので、知っている人も多いと思う。 ※3 刎頸の交わり 相手のためなら首を刎ねられても構わない、という意味。 何があっても友であろうという、強い友情を表す言葉である。

第十八話・「奇策(後編)

第十八話・「奇策(後編)」 「ふう、ようやく転送座標捕捉…。転送準備、完了しました ! 」 額の汗を拭い、パレットが叫ぶ。 「それじゃ、頑張ってくれ」 メガドライブ転送装置で敵地に赴くのは、マリノ、ラットグ、 そして本人から志願したフリージアの他、楊家傭兵団の中から飛星が選んだ数名である。 ゼロは自分も行くと申し出たが、英鴻から「金髪が目立つ」と言う理由で許可されなかった。 しかし本当は、ゼロはアイリスとカーネルを思うあまり、 突っ走って行動してしまうだろうと英鴻は予想していたのだ。 ゼロは拳を握りしめ、自分も行きたいという衝動を抑えていた。 「ゼロ隊長は、ラットグにあまりいい印象を持っていないでしょうが…」 英鴻が、ゼロの隣から語りかける。 「あいつはなかなかの好漢です。あそこまで多数の武芸を、 それも高い領域まで身につけるのは、並大抵の心構えでは無理です。 …と、武術はまるで駄目のワタシが言うのもなんですが…」 「あいつの腕前は認めてる。他の連中だってただ者じゃないことくらい解る…しかし…」 「ええ、わかってますよ。しかし、ゼロ隊長には、もう少し我慢していてもらいます」 「ところで、フリージアを行かせるのは…どうなんだ ? 」 エックスが英鴻に尋ねる。 「彼女は覚悟を決めているようです。無理はさせずに、簡単な偵察などを行わせるようにと、 ラットグとマリノ殿に伝えてありますし。大丈夫ですよ…我が策を破れるのは、この世に飛星ただ一人」 自信満々で英鴻が呟く。 やがて、転送装置のステージ上に光が満ち、隠密部隊は転送されていった。 「ではみなさん、また打ち合わせをしましょう」 そう言って、英鴻と飛星が退室する。 ジルバは無表情で…いや、わずかに憂いを含んだ眼差しで、何もない宙を眺めていた。 やがてエックスに促され、ジルバも部屋から出ていった。 ……(午前4 : 00)…… その都市にはいくらかの人々が歩いていた。 建物の数も多い。 しかし、何かが「死んでいる」ように、ラットグには思えた。 「しっかし、あのパレットって娘はたいしたもんだ。 デストロイ・ブルーの磁場の中、これだけ上手く都市のすみっこに転送できるんだから」 飛星の配下でハッキングを得意とする、"電脳蟲"が言った。 「楊大人と趙先生の作戦通り、都市の水道にこいつを流すんだな ? 」 同じく飛星配下の"鴆"はそう言って、白い小型の球体を見せた。 「ああ。けど、まずは変装しなくちゃな」 そう言って、ラットグは建物の影になっているその場所から、街の様子を眺めた。 「戦争の難民が結構流れてきてるらしいな、それに紛れ込もうぜ」 「うん、それがいい」 マリノが頷く。 その時、ラットグの視界に、一体のレプリロイドが入ってきた。 青と緑の目、そして女性的だがどことなくたくましい雰囲気の顔… 「レノンだ ! 」 ラットグはさっと走り出してレノンに近づいた。 レノンはラットグの姿を見て口を開きかけたが、その前にラットグが、 「兄さん、こんなところで何やってるんだよ。早く行こう」 と、周りの歩行者に怪しまれないように、レノンを自分たちが隠れていたビルの影に引っ張り込んだ。 「お前ら…こんなところで何してるんだ ? 」 レノンがラットグ達に問いかける。 「そりゃあこっちのセリフだよ。生きているだろうとは思ってたけど、どういう経緯でここに…」 レノンは話し始めた。 自称「ただのケチな海賊」に船に乗せられ、アイリス達の居場所を聞かされたこと。 そして、その海賊達の船でこの海上都市まで送ってきてもらったのだという。 「デストロイ・ブルーを船で渡る… ?  そんなことができる奴がいるのか ? 」 "虹"が首を傾げる。 「あいつらも、こんなことができるのは自分たちだけだと言っていた。 リーダーらしい男は、なんか訛ってたな。自分のことを「わん」って言ってた」 「そりゃあ…沖縄弁だな。とすると、そいつが持っていた武器は、琉球武術の武器かも…」 ラットグが呟くように言う。 流れ者として各地を渡り歩いていたラットグは、方言にも通じていた。 「まあいいや、ちょっと予定が変わったけど、レノンにも参加してもらうぞ」 「参加って、何にだ ? 」 「決まってるだろーが、お前のおっかさん達を助ける作戦だよ ! 」 そう言って、ラットグが作戦の概要をレノンに話した。 「…なるほど、さすが英鴻だ。じゃあ、早速…」 「待て待て」 街に出ていこうとするレノンをラットグが止め、小さな黒いケースを渡す。 「お前の目は目立ってよくねぇ。カラーコンタクトを入れておけ。それと…」 ラットグは、用意してきた変装用具一式をレノンの前に置いた。 「女装でもするか ? 」 「ハァ ! ? 」 レノンが思わず叫んだ。 「おっと、騒ぐと人がよってくるよ」 マリノがサッとレノンの口を塞ぐ。 「化粧はあんまり濃くしない方がいいですわね」 「髪型はポニーテールが似合いそうですわね」 飛星の配下である、"千里眼"、"順風耳"の二名も、喜んでラットグ達に協力する。 「よっ、止せよおい ! 」 「これもおっかさんを助けるためだ、男らしく覚悟を決めろ ! 」 「男らしく覚悟を決めて、なんで女装するんだよ ! ? 」 もっともなツッコミである。 「いいかレノン、お前の顔は多分シンジケート・コスモの兵士とかにも知られてるだろ。 お前が町中をうろついてて、誰にも気づかれなかったのが奇跡的なくらいなんだぜ」 「そうだよ、変装するんなら女装が一番効果ありそうだしね」 ラットグとマリノ、さらに楊家傭兵団達にも同じ様なことを言われて、とうとうレノンは断念した。 「…くそっ…煮るなり焼くなりすきにしろ…」 「よし、ようやく覚悟を決めたか」 「男らしいよ」 「…だったら男として扱え…」 マリノに対するそのツッコミが、レノン最後の抵抗だった。 ……(午前10 : 00)…… 「連邦政府の連中の処刑だぞ ! 」 「斬首は生ぬるい、八つ裂きにしちまえ ! 」 「いや、火炙りだ ! 」 「硫酸にぶち込んでやれ ! 」 シンジケート・コスモの兵士や、都市の住民達が熱狂している。 「やれやれ、朝早くから物騒なことを…」 ボロ布を纏い、顔に泥を塗り、難民の扮装をしているラットグがぼやいた。 「アイリスさんとカーネルさんの処刑は、一時間後か…」 「俺を取り逃がしたから、処刑を早めたのかな…」 完璧に女装した…否、させられたレノンが、ラットグの隣で呟く。 ちなみにその姿は、ポニーテールの金髪のウィッグに、ピンク色の割と素朴な服である。 そして目には特徴であるオッドアイを隠すために黒いコンタクトレンズを入れ、 さらに頬にはわずかに化粧がのっている。 そして側にはフリージアもいる。 「とにかく、処刑実行の寸前に作戦を実行、そして混乱に乗じて…いいな ? 」 「ああ、予定が変わったが、むしろこの方が母さん達を助け出しやすいかもな」 言いながら、三人は爆弾を建物の影に設置する。 彼らはまず都市全体の地理を把握して、その上で作業をすることにした。 そして、シンジケート・コスモが処刑の時間を発表したため、その直前に作戦を実行することにしたのだ。 その時、後ろから"鴆"が駆けてきた。 鴆とは全身に毒を持つと言われる鳥で、その羽で酒をかき回しただけでその酒は猛毒になるという。 このレプリロイドは量産型の作業用だが、思考回路にバグがあり、 ウィルスについて異常なまでの才能を発揮するようになったため、こう呼ばれるようになった。 「おう、ハッキングの方の守備はどうだい ? 」 「今"電脳蟲"がやってる。セキュリティは気づかれないように解除できたらしいから、上手くいくだろう。 …それにしても…」 "鴆"はレノンをまじまじと見つめた。 「いやあ、べっぴんだ…」 「…おい、それ日本じゃ既に死語だぞ」 ……(午前10 : 50)…… カーネル、アイリスらの処刑は、都市の中心の大広場で行われることとなり、 都市の住民達がその大広場に集まった。 大戦から逃れ、流れてきた難民達の中に紛れ込んで、 ラットグはレノン、フリージア、"鴆"を伴って刑場へ向かった。 マリノも、別方向から刑場に入り込んでいる。 処刑の時間が近づくと、刑場の中央に、カーネルとアイリスが貼り付けた十字架が立てられ (古風なことだ、とラットグが呟いた)、そして、刑場の演説台で、ひょろ長いレプリロイドが演説を始める。 この都市の管理者している、『殺光隊』の副隊長で、名はカロンと言うらしい。 「無能なる連邦政府から逃れてきた民達よ ! この世界の汚れを全て浄化し、完璧なる秩序の世界を作るのだ ! 」 マイクに向かって、力を込めてそう叫ぶ。 「"鴆"、ああいう演説聞いてると耳が腐るから、そろそろ始めようや」 「おう」 ラットグの言葉に"鴆"が応じ、懐からスイッチらしき物を取り出す。 ラットグも懐から黒いスイッチを取りだし、カチリと押した。 その途端、轟音と共に街の建物の一つが吹き飛ぶ。 そして、さらに爆発音は続く。 「な、なんだ ! ?  何が起こった ! ? 」 カロンは周囲を見回す。 その時、"鴆"が自分のスイッチを押した。 「 !  ぐあああ ! ! 」 「い、痛たたた ! 」 処刑場のあちらこちらで、レプリロイド達が腹を押さえて呻き始めた。 その時、一体のレプリロイドが腹部を押さえながらカロンに向かって走ってきた。 「で、で、伝令ー ! 」 「な、何事だ… ! ?  痛たた…」 「この都市のコントロール・ルームが何者かにハッキングされ… この都市の緊急移動システムが作動してしまいました ! 」 「な、何ぃ ! ? 」 これぞ趙・楊の二策士の計略。 海上の都市なら、緊急事態に備えて移動する装置が組み込まれているはず。 そこで、ラットグやマリノ達に都市内に爆弾を設置させ、 さらに"鴆"が制作したウィルスを都市の水道に流す。 そして爆発とウィルスとの混乱に乗じ、カーネル、アイリスを救出。 さらにハッキングを得意とする"電脳蟲"が緊急用の移動装置を作動させ、 海上都市をデストロイ・ブルーの外に移動させ、 そこへイレギュラーハンター本隊が総攻撃を加える…。 「どいたどいた !  特別捜査隊、通称『おめで隊』のお通りだ ! 」 ラットグは小太刀を振るい、刑場を警備していた兵士達を斬り散らす。 ウィルスに汚染されていない兵士や、コスモトルーパーなどのメカニロイド以外は、 まともに抵抗できずに血の雨を降らす。 レノンは翼を開いて、刑場の人の壁を飛び越え、カーネルとアイリスのすぐ側まで一気に飛んだ。 「母さん !  カーネル ! 」 レノンが着地と同時に叫ぶ。 「レノン…レノンなのね ! ? 」 アイリスが歓喜の声を上げる。 「母さん…無事で良かった」 レノンは二人の体を固定している十字架の拘束具を素手で取り外し、二人を解放する。 「レノン…その格好は…」 助け出されたカーネルが、ポカンとした顔で呟くと、レノンはやや赤面した。 「これは…変装だよ、変装 !  とにかく、ここから脱出するぜ ! 」 そう叫び、レノンは周囲のコスモトルーパー達を切り払う。 そして群衆の中から紅い影が飛び出したかと思うと、それはレノンらの側に着地し、 周囲の警備兵らを切り倒した。 「一気に駆け抜けるよ ! 」 その紅い影…マリノがそう叫ぶと、自分が先頭に立って、舞うが如く斬り進み、 続いてアイリスを守りながらレノンが、そして倒れている敵兵からビームサーベルを奪ったカーネルが続き、 右側はラットグ、左側は意味の解らない叫びを上げながら槍を繰り出しているフリージアが固め、 ウィルスを仕込んだ武器を構えた"鴆"と、マリノと共に刑場に入り込んだホログラム使いの"蜃"が殿を固める。 敵兵は腹痛をこらえて追うが、"鴆"の使うウィルス兵器「鴆羽散弾」と "蜃"が操るホログラムの壁に阻まれ、一行はアイリスを守りながら刑場を脱出した。 …… ズドオォン ! 砲声が、蒼海に響き渡る。 海上都市がデストロイ・ブルーの外に出たのを見計らって、 待機していたイレギュラーハンターの艦隊は一斉に都市に接近した。 都市からは『殺光隊』の大艦隊が出撃し、天地を揺さぶる激しい砲撃戦が繰り広げられた。 「敵の艦隊は密集陣を組んでいる」 旗艦(艦隊の総司令官などが乗る戦艦)の司令室で、英鴻が言った。 「やるなら今だネ」 「ああ。火計船を放て ! 」 飛星が配下の者に命令し、さらに弾幕を放つように指示を出した。 飛星らの乗っている船の後ろから、やや小型の船が十隻ほど進みだす。 そして、数十隻のイージス艦がそれらを守るように砲撃を開始する。 イレギュラーハンターの艦隊はエネルギーシールドで前方を防御しているが、 シールドを越えてきた敵の砲弾が数隻に命中する。 「12番艦、13番艦が被弾、戦闘続行不可能のようです ! 」 「すぐに離脱するように言って ! 」 ジルバがエイリアに叫ぶ。 彼女はハンターベースの指揮権をシグナスに預け、自ら現場の指揮に赴いたのだ。 そして、シールドを張った小型船十隻は、敵の艦隊の密集陣形の隙間に入り込んでいく。 轟音と共に、蒼海が橙色に染まった。 炎に包まれた『殺光隊』の戦艦が次から次へと沈み、飛び散る破片が兵士達を殺傷していく。 火計用の小型船に積まれた、高性能火薬が作動してのだ。 「ファイア・シップってやつね。よし、全艦全速前進 !  敵の旗艦に乗り込んで白兵戦よ ! 」 ジルバの指揮に従い、イレギュラーハンターの艦隊は混乱する『殺光隊』の艦隊に突撃していく。 そして、マッシモ、ヤクラッシュが乗っているイージス艦が殺光隊の巨大な旗艦にたどり着き、 マッシモとヤクラッシュはその甲板に乗り移った。 「よし、行くぜ ! 」 「おう ! 」 マッシモは愛用の大戦斧、そしてヤクラッシュは二丁斧を構え、甲板の上のコスモトルーパー達を、 まるで草を刈るように薙ぎ払う。 コスモトルーパーのビーム攻撃は、二人の体には通用しない。 その時、甲板の床が揺れ動いたかと思うと、甲板のハッチが開き、 中からボリュームのある物体がせり上がってきた。 「で、でけえ…」 「これは…レプリロイドなのか… ? 」 二人が驚くのも無理はない。 それは首の長い、十数メートルはあると思われる恐竜型レプリロイドだった。 「連邦政府の狗共が」 悪意のトロンボーンのような声が、艦上に響き渡った。 「この『殺光隊』隊長、ギガサンダー・ブラキオンが、海底に沈てくれる ! 」 「マッシモの兄貴、こいつはただ者じゃねえ !  最初から本気で行こう ! 」 「おう ! 」 そう叫ぶと、マッシモの体が黄金の光を帯びた。 「ハイパーモード、ダイモニオン ! 」 マッシモは大戦斧を回転させ、正面から猛然と打ちかかり、 ヤクラッシュは左側から二丁斧を構えて打ちかかる。 その瞬間、凄まじい暴風のような衝撃が二人の猛将を襲った。 ブラキオンの長大な尾である。 分厚い特殊金属の装甲が張られたその尾は、遠心力により巨大なハンマーとなったのだ。 二人ははじき飛ばされながらも、さっと起きあがって武器を握り直す。 「やはりこの程度ではくたばらぬか。まあ、手早く始末するか」 ブラキオンがそう言うと、ブラキオンの胸のハッチが左右に割れ、中から巨大な砲口が現れた。 「ハァッ ! 」 ブラキオンの叫びと共に、全ての海を揺るがすような轟音が響き渡った。 とてつもない速さで接近してきたその弾丸を、二人は身を伏せて回避した。 そして、二人は背後に何かが砕け散る音を聞いた。 すさまじい速度で発射されたその巨大な弾丸が、接近を試みていたイージス艦に被弾したのだ。 「 !  あれはアクセルが乗っている船 ! 」 「兄貴、あの小僧は簡単にはくたばらない !  目の前の敵に集中しよう ! 」 ヤクラッシュがマッシモに叫ぶ。 マッシモは沈んでいくイージス艦から目を離し、ブラキオンの方に向き直った。 「高速超電磁破砕砲・リニアレールガン。磁力で弾き出される特殊金属製の砲弾だ」 「ちっ…凄まじい威力だ…だが、鋼鉄のマッシモを侮るな ! 」 マッシモとヤクラッシュは再び打ちかかる。 鋭く重い攻撃が、ブラキオンを襲う。 そして、ブラキオンの分厚い装甲をヤクラッシュの角が貫いた。 「勝機 ! 」 ヤクラッシュが角を抜くと、マッシモがその部分に斧頭の槍で突く。 それと同時にゼロが旗艦にたどり着き、二人に加勢した。 (くそっ…リニアレールガンは冷却時間に時間がかかる…連続使用は不可能だ…しかし) ブラキオンは口をカッと開いた。 そしてそこから稲妻が、一筋の閃光となってゼロに向かっていく。 「うっ ! 」 ゼロに命中はしなかったものの、ゼロのビームサーベルが空中に弾かれ、渦巻く海へと落下していった。 ブラキオンはさらに口から電撃を放ち、巨大な体で突撃する。 巨体というのはそれ自体が武器となるのだ。 「このブラキオンを破った者は今だいないのだ !  一人残らず海の藻屑に… ! 」 その時、ブラキオンの長い首の後ろに鈍い音が響き渡り、火花が飛んだ。 ブラキオンが振り返ると、そこには硬鞭を握り、 雲のようなエネルギー体に乗った飛星が、空中に浮遊していた。 「"竜帝"楊 飛星、見参。大人しく降伏するがいい」 「貴様が…貴様が楊 飛星か ! 」 ブラキオンの両眼に憎悪が過ぎり、ブラキオンは胸のハッチを再び開く。 リニアレールガンの砲身は、まだ真っ赤に焼けている。 それでも、ブラキオンは距離をとって離れていく空中の飛星めがけ、リニアレールガンを放った。 飛星は瞬時に腰の宝剣を抜き放ち、イヤッとブラキオンにむけ振りかざす。 途端に、巨大な渦巻くエネルギーがわき起こった。 その場にいる誰もが、本物の竜が天から降りてきたと思っただろう。 空中でリニアレールガンの砲弾とぶつかり合ったエネルギーは目も眩むばかりの閃光を放った。 そしてそれが収まったとき、ブラキオンと飛星の間で静止していた特殊金属弾は、 ゴトリと音を立て、甲板の上に落ちた。 飛星が放ったエネルギー波が、金属弾の運動エネルギーと相殺したのだ。 「"竜帝"…」 ブラキオンの体はオーバーヒートを起こし、真っ赤に焼けていた。 「な、なんたる力……」 ブラキオンは数歩よろめいたかと思うと、甲板の淵から海へと落下していき、 二度と浮き上がってくることはなかった。

第十九話・静夜詩

「くそっ…まさかこんなことになるとは…」 『殺光隊』副隊長、カロンが呻いた。 空には星が瞬き、彼の立つ浜辺には風が吹き抜けている。 彼は海上都市がハンター達により陥落する直前に、 金目の物や武器を全て船に積み込み、近くの陸地に脱出したのだ。 「まあいい、行き先などいくらでもある…」 カロンは風見鶏な性格の男だった。 いざとなれば、持ち出した武器などを手土産にイレギュラーハンターに寝返ってやろうとも考えていた。 「果たしてそうかな ? 」 はっと後ろを振り向くと、そこに一人の男が立っていた。 背に亀の甲羅のような盾と短槍、腰には鎖とヌンチャクを下げた、レノンを助けたあの男だった。 しかし、カロンはそのことを知らない。 「な…何者だ ! ? 」 「ただの暇な海賊おじさんさ」 「…なあ、どうだ、俺と組まないか ? 」 ただ者ではないと見たカロンは、彼を味方に引き入れようと考えた。 それがどれほど危険な賭けかを知らずに… 「金なら、相当あるぞ」 「ほう」 そう言って、男は自分の短い顎髭を撫でながら、カロンに近づいていく。 そして次の瞬間、鈍い音が響いた。 男の脚が弧を描いてカロンの頭部に炸裂し、首の骨に当たる金属フレームを折ったのだ。 その後、男は倒れ伏すカロンに短槍でとどめを刺し、 カロンの乗ってきた船に摘まれた金品を漁る子分達の元へ歩いていった。 「アイリス !  レノン !  カーネル ! 」 ゼロの叫びが、艦内に響く。 「ゼロ ! 」 アイリスもゼロの名を呼び、駆け寄る。 「アイリス、頑張ったな」 ゼロは力強くアイリスを抱きしめ、アイリスは両眼から水晶のような涙を流した。 「アイリス、もう大丈夫なんだ、泣かなくていいんだぞ」 カーネルがそう言うと、横からラットグが、 「いやいや、もう大丈夫だから泣いていいんだよ」 と、口を挟み、 「こいつ、洒落たこと言って」 と、レノンが苦笑する。 「レノン、お前も無事で良かった。それと、その格好…」 ゼロがそう言ったとき、レノンは自分が女装したままだということを思い出した。 慌ただしく更衣室へ着替えに向かうレノン。 その様子を見て英鴻は愉快そうに笑っていた。 その後、ラットグやマリノ、カーネルは、ゼロとアイリスをその場に残し、 英鴻の後について医務室へ向かった。 ブラキオン戦いの最中、アクセルの乗っていたイージス艦が沈没し、 海に投げ出されたアクセルを見てエックスが海に飛び込み、何とか助け出したのだ。 その他の乗組員は、大勢が重傷を負い、三人が行方不明だという。 その三人はリニアレールガンが命中した付近にいたというから、 残念だが恐らく生きてはいないだろう、と英鴻は言った。 「参謀役・趙 英鴻、失礼します」 そう言って、英鴻が医務室のドアを開けた。 一つのベッドに、アクセルが横たわっていた。 「やあ」 ゼロ達を見て、アクセルが手を挙げて笑う。 アクセルは全身に傷を負っていたが、それほど重い傷は無さそうだった。 「ネズミ君、情けないところ見られちゃったね」 ラットグの方を見て、苦笑いを浮かべながら言った。 「なに、早いところ傷治せよ、バッテン」 アクセル、ラットグの二人は歳も近いので、今ではもう渾名で呼び合っている。 バッテン、とは勿論、アクセルの額の傷のことを言っているのだ。 その時、再び医務室のドアが開いた。 「…ジルバ ! 」 カーネルは嬉々として振り向くが、後ろにいたジルバの表情からは、わずかに怒気が感じられた。 「マリノやラットグや、楊家傭兵団のみんな、それに作戦を立てた英鴻や飛星に感謝しなさいよね。 黒子役の苦労が解らないようじゃ、三流の役者よ」 「ああ、解っているとも。命がけで裏方をやってくれたのだからな」 「なあに、お安い御用さ」 「では、ワタシ達は退室しますので、ごゆっくりとどうぞ〜」 そう言って、英鴻はラットグとマリノを促して医務室から速やかに出ていった。 「…気を使わせてしまったようだな」 カーネルがそう言うと、ジルバもふと顔を綻ばせた。 「全くもう、心配したんだからね」 「すまない。だが、もう大丈夫だ…」 そんな二人を、狸寝入りしているアクセルだけがニヤニヤと笑いながら眺めていた。 その後、ハンター達は戦死者3名とブラキオンの残骸を発見、回収し、 やがてやって来た連邦政府軍に事後処理を任せ、ハンターベースへと帰還していった。 翌日。 「あのギガサンダー・ブラキオンは…」 ハンターベースの会議室で、エイリアが言った。 その場には、ソニアを安心させるため作戦会議に欠席したカーネルとアイリス、 そして理由は解らないが欠席しているラットグとフリージアがいなかった。 「P共和国のある組織が造った軍事用レプリロイドだったと思うわ。 けど、その組織は数年前に壊滅、ブラキオンは行方不明ということになっているわ」 「私がやった」 飛星が口を開いた。 「別の組織からの依頼で、私がその組織を潰した。 その後ブラキオンがどうなったかは知らなかったが… おそらく私のような者を野放しにしている連邦政府への憤りから、 シンジケート・コスモに入ったのだろうな」 まあ、解らぬが、と言って、湯飲みに入った熱い烏龍茶を啜った。 「それにしてもとんでもない奴だったな。こちらにも、3人の他にいくらかの戦死者が出たし…」 エックスが腕を組んで、そう言った。 「全部で24名死亡だったな。その程度で済んだのが奇跡的なくらいだろう」 「けど、あのリニアレールガンは何かに応用できそうです。 上手くいけばエックスさんでも扱えるような小型版が作れるかもしれません」 ナナがパソコンを操作しながら言う。 「そう。じゃあ、今日はこれで解散。…ところで、ラットグとフリージアはどうしたの ? 」 ジルバが英鴻に尋ねた。 「ええ、また武術訓練ですよ」 「会議ぐらい、ちゃんと出席させろよ」 ゼロがそう言うと、レノンがふと思い出したように、 「そう言えば、あいつの宝物、まだ返してなかったな…」 そう言って、レノンが席を立つ。 そしてヤクラッシュに、 「ありがとう、お前のも返すぜ」 と言って、ヤクラッシュから預かっていた小さな仏像を返す。 「おう」 ヤクラッシュが笑ってそれを受け取ると、レノンはラットグを探しに出て行った。 「あっ、レノンお兄ちゃん ! 」 レノンが振り向くと、ソニアが駆けてきた。 「心配してたよぅ」 「アハハ、ごめんな、でももう大丈夫だ」 そう言って、レノンはソニアの頭を撫でた。 「レノン、本当にありがとうね」 「そして、お前も無事で良かった。本当に…」 ソニアの後方にいる、アイリスとカーネルが言った。 「みんなが協力してくれたおかげだよ」 レノンがそう言ったとき、背後から三つの足音が近づいてきた。 「おっ、ラットグにフリージア…」 レノンが振り向くと、そこには二人の他に、一人の老人がいた。 顔の皺や老眼鏡からして、恐らくレプリロイドではなく人間だ。 そもそも、老人型レプリロイドなど世界中に数えるほどしかいない。 帽子を被って白い髭を垂らし、すでに70歳は越えているかと思われる。 しかし、その目からは鋭い眼光が放たれていた。 「…この人は ? 」 アイリスが尋ねると、老人が口調を開く。 「廬(ルー)と申します」 流暢な日本語でそう言った。 「数年前まで、ここでお世話になっている趙 英鴻と楊 飛星に、 武術、兵法、医学などを指導しておりました」 「なんでも、英鴻兄ぃに用があって来たらしいんだ」 老人の横にいるラットグがそう言った。 その時、廊下の曲がり角の向こうから、英鴻と飛星、そしてアクセルの会話が聞こえてきた。 「ワタシ達の先生 ? そうだねェ、人の皮を被った悪魔のような御方だったネ」 「じゃあ僕は何の皮を被ってる ? 」 アクセルの声に、今度は飛星が答えた。 「子供の皮を被った魔王だろう」 「じゃあゼロは ? 」 あれは鬼神の皮を被った娘馬鹿だ」 そんな会話をしながら三人が歩いてくる。 そして、英鴻と飛星は、先ほどまで噂していた 「人の皮を被った悪魔のような」老人がそこにいるのを見て目を丸くした。 「廬先生 ! 」 飛星がそう叫んだ瞬間… 「チョァー ! 」 奇声と同時に老人の体が宙に浮いた。 そして、廬老師は英鴻の体めがけて、歳を感じさせない、 否、その前に人間であるかどうかすら疑いたくなるような速度で跳び蹴りを叩き込んだ。 「ぐはぁっ ! 」 英鴻は壁に叩きつけられ、そのままがっくりと崩れ落ちた。 「失礼な奴め、誰が人の皮を被った悪魔だ」 周囲で見ていたレノン達はしばらくの間呆然としていたが、ソニアが英鴻に駆け寄っていった。 「英鴻さん ! しっかりして ! 」 しかし、英鴻は無反応。 数秒後、ラットグが、 「へんじがない ただのしかばねのようだ」 と、何処かで聞いたようなナレーションを流した。 ………… 「廬先生、このご様子ではあと百年は生きられそうですネ…」 客間で、ソニアに持ってきてもらった冷たいタオルで頭を冷やしつつ、英鴻がぼやいた。 「で、何の御用でしょうか ? 」 ジルバが廬老師に尋ねる。 「陣中見舞いと言ったところですな」 そう言うと、廬老師は卓上の緑茶を一口飲み、英鴻の方を見た。 「英蘭が敵に回ったそうだな」 「ええ」 「最初に一つ尋ねる」 廬老師は一呼吸置いてから、言った。 「お前は、英蘭を殺せるか ? 」 鋭い眼光が、英鴻を直撃した。 「それも辞さぬ覚悟でおります」 英鴻は、すぐさまそう答えた。 「そんな…」 近くにいたアイリスの声が震えた。 「兄妹じゃない ! どうして殺し合わなくちゃならないの ! ? 」 「『泣いて馬謖を斬る』…例え兄妹でも…否、兄妹『だからこそ』。 ワタシが英蘭を止めなければならない」 英鴻は、廬老師の方を向いたままそう言う。 その後、また少しの間室内が沈黙したが、その重圧に耐えかねたラットグが口を開いた。 「何があったんだよ、英鴻兄ぃ。可愛い弟分のオイラにくらいは、教えてくれたっていいじゃないか」 ラットグは、レノンから返してもらったサイコロとビー玉を左手に握りながら言った。 「…そうだネ」 「では、私が話そう」 飛星がそう言って、語りだした。 … レプリフォース大戦の何年か前、中国のある科学者が二体のレプリロイドを制作した。 一人は、消えゆく人間の歴史や文化、そして過ちを後世に伝えるために制作された、 歴史情報保存用レプリロイド。 そのレプリロイドは機密情報も電子頭脳内に保管することも想定し、情報を守るため、 あらゆる拷問や精神攻撃を完全にシャットアウトするように造られた。 もう一人は、そのレプリロイドの妹として制作された戦闘用レプリロイド。 その二人の父親である科学者…趙 文宝(チャオ ウェンパオ)は、 ある友人にその二人の教育を依頼した。 … 「その友人というのが、この私だ」 廬老師が言った。 「私は二人に、他の門下生と同じように兵法や武術を教えた。 最も、兄の方は太極拳や流星錘を護身術の域まで収めたのみで、兵法と音楽に熱中していたがね」 「それが英鴻か…」 レノンが呟く。 「その後、趙 文宝がイレギュラーに襲撃された。 イレギュラーはその研究データを狙い、英蘭は父親を守って戦った」 「ワタシはイレギュラーハンターを呼びに行った。ハンターが駆けつけてきて、 イレギュラー達は逃げ出したが、父上はイレギュラーの撃った流れ弾に当たってすでに死んでいた…」 英鴻がそう言うと、少しの間、部屋に沈黙が流れた。 「飛星やその他の仲間達も、その後すぐに来てくれたのだが… 英蘭はワタシに刀を突きつけ、こう言った。 …『何故戦わなかった、臆病者』とネ。 …飛星達が止めてくれなければ、英蘭はワタシを殺していただろう」 「その後、英蘭は我々の前から姿を消した」 「ちょっと待った ! 」 ラットグが叫んだ。 「英鴻兄ぃは何も悪いことしてないじゃないか !  英鴻兄ぃは荒事向きじゃないから、助けを呼びに行くという行動をとっただけだろう ! ? 」 「私もそう思う」 飛星がそう答えた。 「英蘭は正義感が人一倍強かった。 そして、英鴻の「奇策を用いて勝つ」の精神が気に入らないと言う面もあったようだ」 「ワタシが普段から策士ぶっていながらも、父上が死んだときは、 イレギュラーハンターに助けを呼びに行く以外何の策も思いつかなかったというところで、 そういった葛藤が爆発したのだろうネ。そしてイレギュラーハンターが来てくれなかったという反感…と…。 まあ、ワタシは英蘭と、いつか戦うことになるだろうとは予測していた。 ある人から忠告も受けた…」 英鴻がそう言うと、またしばらくの間沈黙が流れた。 「なあ、英鴻兄ぃ」 ラットグが、何か決意を秘めた口調で口を開いた。 「もう一回、オイラに戦わせてくれないか ? 」 「…英蘭と…か ? 」 「ああ。勝算はある。オイラにはとっておきの秘密兵器があるんだけど、 ファントムシティの時にはそれを持ってなかったから負けたんだ。 アレがあれば、まあ、勝てないまでも負けることは無いと思う。この鼠に任せてくれよ」 ラットグは本気で言っていると、周りの者達にも解った。 「…解った。お前を信頼するよ、賢弟」 英鴻の赤い目も、また決意を秘めているようだった。 「頼りになる弟分を持ったようだな」 そう言って、廬老師は立ち上がり、ラットグの方を見た。。 「ラットグ君と言ったね…君は、今の世をどう生きようと思っているのだね ? 」 「オイラは一匹の鼠でさぁ。どうせ死ぬときは死ぬんだから、 いっそのことずる賢く生きてみようと思っておりやす」 「なるほど。よきかな、よきかな、はっはっはっ」 廬老師は愉快そうに笑うと、卓上の湯飲みを取り、底の方にわずかに残っている緑茶を飲み干した。 「これにて失礼させていただく。英鴻、飛星よ」 「「はっ」」 二人が同時に返事をした。 「小生の弟子だった頃に言ったことを忘れるな。過去にから学ぶことは有れど、過去に囚われるな。 大切な物に出会えど、それに縛られるな。縛られたら終わりだ」 横で聞いていたラットグは、その通りだと思った。 源義経は兄の頼朝を手助けしたが、その頼朝に殺された。 幕府に身を捧げた新撰組局長・近藤勇は武士として切腹することすら許されず、 罪人として斬首、副長・土方歳三も銃弾に当たって戦死… 今の世の中では人気のある英雄だが、その最期は無惨なものである。 (お師匠さんも、レプリフォースのために尽くしたっていうのに、 上の意向に一回反対しただけで反逆者だもんな…) 「後の世は予測できぬもの。歴史の審判を恐れるな。今を生き、信念を貫け」 廬老師はそう言うと、客間の扉を開け、荷物を持って外へ出ていった。 英鴻と飛星が、それを見送りに出ていく。 ジルバはふと、窓から外を眺めた。 時はすでに夕暮れ。 太陽は、ハンター達とシンジケート・コスモの戦いの結果を見てしまったかのように、西へ傾いていった。

第二十話・濁流

キリノは、瓦礫の中を歩いていた。 そして、コートの裏にしまってあった尺八を取りだし、吹き始める。 低い旋律が、辺り一帯に響いた。 その時、それに弦楽器の音が重なった。 「…生きてやがったか」 キリノは尺八を止め、背後で三味線を弾くその男に話しかけた。 「わんは簡単には死なない」 そう答えて、その男はにやりと笑った。 レノンを助けた、あの海賊である。 「…行くのか ? 」 「ああ」 そう言って、キリノはふと自嘲的な笑みを浮かべた。 「軍に逆らって反逆者となり、その後軍が滅び…何処か静かなところに隠居すればいいのに、 自然と刀挿して出歩いちまう。俺はもう、死地でしか生きられないのかもしれないな」 「俺も付き合うぜ」 男は言った。 「"海神"が今どうなっとるか、知っとるか ? 」 「ああ。日当たりの良い所で華々しく活躍する神威鳳衆は、俺達とはあまり縁の無い存在だが、 力はほぼ互角か…。着いてくるの構わないが、死ぬかもしれないぞ ? 」 「ここで沈むわけにはいかん。"海神"を沈ませるわけにもいかん」 男はそう言って、三味線を鳴らす。 「鈍ってはいないようだな、"船神"」 キリノがそう言うと、二人は肩を並べて歩き出した。 ……… 「ここで、間違い無いんだな ? 」 レノンが言った。 「そのはずよ」 ジルバがそう言って、辺りを見回す。 「"海神"は、ここにいる…」 そこは、数年前に廃墟になった港町。 かつては賑やかな町だったらしいが、事故によって町の半分が水没し、 今ではただ建物のみが並んでいる。 この町で、ティルヴィングに取り憑かれた"海神"ポセイドンの反応があったという。 「辺りを調べてみる必要があるな…」 カーネルがそう言って、周囲を見回す。 鉛色の曇り空が、人のいない町に見事に似合っている。 「…ん ? 」 レノンがふと後ろを振り向いた。 そこには、先刻自分たちが乗ってきたエアカーがある。 バタン 「 ! 」 エアカーのトランクが開かれる。 そして、その中から小さな影が飛び出してきた。 「 ! ソニア ! ? 」 カーネルが叫ぶ。 「お願い、連れていって ! ポセイドンさんを助けたいの ! 」 ソニアがレノンの腕にがっしりとしがみついて叫ぶ。 「いつの間に乗り込んでいたんだ… ? とにかく、連れて行くわけにはいかない」 「そうよ、気持ちは分かるけど、ここは私達に任せて…」 ジルバが諭すようにそう言ったとき、近くの酒場が吹き飛んだ。 かつて多くの船の船乗り達が賑やかに騒いだであろうその酒場は、 多数の破片をまき散らし、その土煙の向こうに、 "海神"は、いた。 「ポセイドンさん ! 」 ソニアが飛び出そうとするが、カーネルが抱き留める。 「ソニアを頼む ! 」 レノンは地を蹴って跳躍し、ミラージュの弓を最大限まで引き絞り、ポセイドンめがけて放つ。 ポセイドンは、一本の両手剣…ティルヴィングを構え、一閃した。 途端に黒いエネルギー波が生まれ、ミラージュの弓から弾き出された煌めきとぶつかり合い、 共に消滅する。 「ミラージュの弓の力と相殺しやがった… ! 」 その時、ポセイドン…いや、ティルヴィングが、ポセイドンの口を通して喋り始めた。 「お前達に、俺は倒せない…諦めろ…」 「シンジケート・コスモの好きにさせるわけにはいかない ! そして、ポセイドンは助け出す ! 」 レノンが叫ぶ。 「俺は…シンジケート・コスモに長居する気は無い」 「なんだと… ? 」 「俺はレプリロイドに取り憑き、その者を食らいつくし、また新たな獲物を探す… 乱世の世なら、それがやりやすくなる。シンジケート・コスモが世界を支配し、秩序をうち立てる寸前に、 奴らを滅ぼし、世界を完璧なる戦乱の世に変える…」 ティルヴィングに支配されたポセイドンが、ゆっくりとレノン達に歩み寄る。 「もう一つ教えてやろう。 最後に一欠片だけ残っていたポセイドンの意識が、お前達に思念を飛ばした… 俺はそれを止めることもできたが、見逃した。何故だか解るか… ? 」 ポセイドンの指が、ソニアの方に向けられた。 「その小娘をここにおびき寄せるためだ。 "海神"を喰らい尽くしたら、次はその小娘と決めていたからな…」 「なんだと ! ? 」 カーネルが叫ぶ。 「そんなことは、この私が許さん ! 」 「カーネル…お前は元はレプリフォースの軍人… それが何故、レプリフォースの仇敵・イレギュラーハンターの下で戦っている ? 」 「そのような理屈は、もう考えるのも嫌になった。 今の私はただ、目の前の大切な物を護るのみだ ! 」 そう叫ぶと、カーネルはポセイドンの体めがけて斬りかかる。 しかしその寸前、地下から激しい勢いの水が噴き出した。 「 ! カーネル、避けて ! 」 ジルバが叫ぶと同時に、カーネルは地面を転がって回避した。 「俺は取り憑いた者の能力も使える… その小娘に取り憑いて、これからどのような能力を手に入れられるか楽しみだ…」 水は生き物の如く動き、濁流となって襲いかかる。 さらに、ティルヴィングから放たれる黒い波動がそれに重なる。 「なんて力だ… ! 」 レノンが再び、ミラージュの弓を引き絞り、放つ。 ポセイドンがそれを防御した瞬間、ジルバとカーネルが背後に回り込んでいた。 しかし、二人が技を繰り出そうとした寸前、ポセイドンの体が溶けた。 「 ! 液体化能力…」 ティルヴィングは液化したポセイドンの体に包まれて移動し、そして周りの水がさらに増える。 「ウェーティング…」 ポセイドンの周りの大気が、水が、途端に渦巻き始める。 「アロー ! 」 凄まじい勢いで、無数の水の矢が放たれる。 「うあああぁっ ! 」 レノン、カーネル、ジルバは回避しきれず、数カ所に水の矢を受ける。 体のアーマーやパーツが次々と弾け飛んでいく。 「止めてえぇぇ ! ! 」 ソニアがそう叫んだ時、水の矢が止まった。 「小娘…お前は次の宿主と決めていたが… その前に腕の一本でも切り落としてみるのも悪くない…」 「貴方はポセイドンさんじゃない…」 ソニアは決心を秘めた声で言った。 「貴方なんかには負けない ! 」 「さて…泣き叫んでもらおうか ! 」 ティルヴィングの刃が、ソニアに向かって振り下ろされた。 「ソニアッッッ ! ! 」 レノンが絶叫した時、 金属がぶつかり合う甲高い音が響いた。 「な…」 ティルヴィングの声が震えた。 「何者だ、お前は ! ? 」 それは、突如現れ、ティルヴィングの一撃を受け止めた一人の男に対する言葉だった。 「ただの暇な剣客さ…」 「キリノ准将 ! 」 カーネルが叫ぶ。 「よう、カーネルにジルバ。元気そうだな」 ティルヴィングの攻撃を受け止めながらも、余裕でジルバ達に話しかけるキリノ。 その時、別方向から声がした。 「おいおい、再会を喜び合っとる場合じゃないぞ」 「 ! あんたは ! 」 それは、レノンを助けた海賊の頭…"船神"だった。 彼はさっと拳を固め、戦闘態勢を取る。 「成る程、こいつはでーじ(「とても」とかそういう意味)強いみてぇだ。気合い入れていこうや」 応(おう)、とキリノは答えると、ティルヴィングの刃を押しのけた。 「嬢ちゃん、退いてな ! 後は俺達に任せろ」 敵の方を向いたまま、キリノはソニアに言った。 「ソニアも戦う ! ポセイドンさんを助けるんだもん ! 」 ソニアはそう叫ぶが、カーネルがさっとソニアを抱きかかえ、そこから離れる。 「愚か者共が ! 」 ティルヴィングの叫び声と同時に、キリノ、そして"船神"の周囲に水が移動する。 超高密度に圧縮された水で作られた『水檻』。 脱出しようとすればその瞬間水圧で押しつぶされる。 しかし、キリノと"船神"はその檻を抜けた。 否、水の檻が出来上がる寸前に脱出したのである。 周囲にいた誰もが、キリノと"船神"が動いたことすら気づかなかった。 (ただの高速移動ではない…一体…) 琉球武術に伝わる歩行法、『縮地』。 体の重心をずらすことで、予備動作抜きで悟られることなく移動する技。 この技を使って接近すれば、どんな達人でも0コンマ数秒の隙ができる。 「チェストゥ ! 」 キリノがポセイドンの腕めがけて平突きを打ち出す。 平突きとは刃を地面と水平にして突きを放つことにより、 突きを敵に回避されてもすぐに次の攻撃に繋げられるというもので、 新撰組隊士が得意とした技である。 ティルヴィングに意志を奪われたポセイドンが回避しようとすると、 『縮地』で背後から回り込んできた"船神"が亀甲のような盾… ティンベーを左手に持ち、短槍…ローチンを突き出す。 液化が間に合わず、ポセイドンの体にローチンの一撃と、 突きを回避されたキリノの薙ぎ払いが見事に決まった。 液化していなくても、ポセイドンの体の防御力は高い。 だが二人は、ポセイドンの背中と脇腹に深い傷を与えた。 しかし、それは的確に動力炉を外していた。 「ウリヒャッカイ(それっ) ! 」 "船神"がポセイドンの顔面にティンベーを突き出す。 ティンベーとローチンは対で使われる琉球武術の武器で、 ティンベーを敵の顔面に近づけて目隠し状態にしたところをローチンで攻撃するというものである。 「身の当たり ! 」 そして、"船神"はそのままポセイドンの体に強烈なタックルを喰らわせる。 ポセイドンの体は、近くの釣具屋だった建物に激突した。 「く、そおぉぉ ! 」 ティルヴィングの刀身が黒いオーラを放ち、それが刃となってキリノを襲った。 鈍い音がして、キリノの左腕が宙に飛んだ。 回避しきれなかったのである。 しかしキリノは顔色一つ変えず、ポセイドンの体めがけて斬撃を打ち込む。 ポセイドンの体が液化して、刃は無効化される。 が、キリノはニヤリと笑みを浮かべた。 「今だ、やれ ! 」 キリノがそう叫ぶと、"船神"がティルヴィングめがけて強烈な回し蹴りを叩き込んだ。 「なっ… ! ? 」 液化した"海神"の手から、魔剣がはじき飛ばされた。 ティルヴィングは空中をくるくると回転し、やがて地面に突き刺さった。 キリノはわざとポセイドンの体を液化させ、ティルヴィングを切り離させたのである。 「よし…消え去れ ! 」 傷を負っているレノンが立ち上がり、ティルヴィングの刀身めがけてミラージュの弓を撃った。 それも極限まで引き絞り、一発、二発、三発、四発… 十五発以上撃ったところで、ティルヴィングの刀身はヒビだらけになった。 「これで終わりだな ! 」 カーネルが立ち上がり、忌まわしき魔剣にとどめを刺した。 その瞬間、地獄の悪鬼が一斉に叫んだような断末魔の悲鳴が中りに木霊した。 ティルヴィングの悲鳴であった。 「ポセイドンさん ! 」 ソニアが、倒れているポセイドンに駆け寄る。 「ソ…ソニア…」 ポセイドンが、ソニアを見て微かに微笑んだ。 「ごめんなさい…ソニアがポセイドンを助けようと思っていたのに…何もできなかった…」 「いや、違う…ソニアが俺を信じて、叫んでくれていたからこそ… 俺はこうして、元に戻って来られたんだ…」 「ポセイドンさん…」 「俺はまたソニアを悲しませてしまった…だがこれからは、また一緒に遊んだりできる…」 ソニアの頬を一滴の涙が伝わり、ソニアはポセイドンに抱きついた。 「"海神"よぉ、お前、あの剣の力に精一杯抵抗しておったろ」 "船神"が言う。 「ああ、そうでなきゃ俺達もあんなに楽に勝てなかっただろうな」 キリノも笑って言う。 「腕一本バッサリ切り落とされて「楽」かよ。あんたたち何者なんだ ? 」 レノンがキリノと"船神"に問いかける。 「キリノ准将、なんでこんな所に…それに、彼は… ? 」 カーネルが、キリノと"船神"を交互に見て言う。 「まあまあ、詳しい話はハンターベースで…ね ? 」 ジルバの一言で、話はまとまった。 やがてやってきたハンターベースの輸送機に、ジルバら4人とキリノ、 "船神"、そしてポセイドンも乗り込み、戦士達は帰還していった。 その間、ソニアはずっとポセイドンにしがみついたままで、ハンターベースに到着した際、 出迎えたゼロは複雑な表情をしたという。 ………… 「この力…」 英蘭が、自らの手の甲に装着された、光る金属を眺めて呟く。 「このフォースメタルがあれば、飛星にも負けはしない…」 その時、英蘭は背後に気配を感じた。 後ろに控えていたのは、英蘭の近衛兵である。 「趙将軍、ティルヴィングがやられました」 「なんですって ? 」 英蘭はそう言ったが、それほど驚いているようでもなかった。 飛星の七星の宝剣か、レノンの持つミラージュの弓を使えば、 ティルヴィングを破壊することは可能だろう。 「それで、ポセイドンは ? 」 「はい、意識を取り戻したらしく、イレギュラーハンターに奪われました」 「そう…」 英蘭は、再び自分の手の甲を眺めた。 (連邦政府を廃し、完全なる秩序を完成させる ! ) 英蘭は近衛兵に命じた。 「明朝、連邦政府の要、国際宇宙ステーションを攻撃する。全部隊に伝えるように」 「はっ ! 」

第二十一話・因縁の決着

「お、お師匠さん ! 」 ラットグの顔が、歓喜と驚愕の混じった表情で固まる。 「よう、ラットグ。まさかお前がイレギュラーハンターの密偵になっていたとはなぁ」 その時、別方向から飛星が歩み寄ってきた。 「"武神"殿、やはりあの時連絡先を交換しておいて正解だった」 「"竜帝"殿、またお会いできて嬉しい」 「ようするに、飛星が准将を呼んだワケね」 ジルバが言う。 「いかにも。余計なことをしたかな」 「いーえ、助かったわ。ところで…」 ジルバは“船神”の方を向く。 「もしかして貴方は、ニヌファ准将では ? 」 「おうよ、あんたがジルバさんかい。会ったことは無いが、わんの名は知っていたようだな」 「ええ、琉球武術の達人で、船の操舵、船上での戦いを得意とし、水練にも長ける。 海を部隊に武器、麻薬、動物などの密輸取り締まり、反乱分子の処分を行う レプリシーフォース特殊警備船団…通称『鉄海嘯』(海嘯=巨大な津波)の団長・“船神”のニヌファ。 大戦の前に行方不明になっていたって聞いたけど…」 「ああ、今は気楽に海賊稼業やっとるわ。ほんじゃ、わんはこれで…」 そう言って、ニヌファはジルバらに背を向ける。 「えっ、もう行っちまうのかよ ! ? 」 「海賊もなかなか忙しくてなぁ。 それにイレギュラーハンターが賊と協力したなんて世間に知られたら、おたくらの立場がなくなる」 レノンの問いかけにそう答えると、「んじちゃーびら(さようなら)」と言って さっさと駅に向かって歩いていく。 「やれやれ、あいつは昔からああいう奴でなぁ」 「しょうがないわね…ところで、ラットグはキリノ准将と知り合いだったの ? 」 「へい、日本武術をいろいろと学びやした」 「成る程、やっぱただの泥棒にしては強いと思った」 レノンがうんうんと頷く。 「ところで、腕がもげたままだから治療して欲しいところなんだが…」 「へい、オイラが案内しやす、こちらへどーぞ」 ラットグが珍しくはしゃいでいる。 その光景を眺めながら、ジルバ、カーネル、レノン、 そしてポセイドンを担架に乗せて救急隊員二名とソニアが後に続いた。 …… 「ねえ、ラットグのお師匠さんが来たって本当 ? 」 夕方、英鴻の部屋で、フリージアがラットグに問いかける。 「ああ、今医務室で治療を受けてる。いやあ、久しぶりに会えて本当に良かったよ」 「私も会ってみたいな」 「怪我の治療が終わったら会えるさ」 「ふむ、ワタシも会ってみたいネ。…さて、今日は孫子の用間篇をやるぞ」 そう言って、英鴻が兵法書を開き、読み始める。 「孫子曰く、凡そ師を興すこと十万、出征すること千里なれば…」 ラットグとフリージアは、毎日暇を見つけては英鴻から兵法や諸子百家の思想などを教わっている。 この日も二人は、寝る前まで授業を受けた。 …翌朝、4 : 30… 『緊急事態、緊急事態 ! 国際宇宙ステーションが襲撃を受けています ! 』 レイヤーの声がハンターベース内に響き渡り、隊員達はガバッと起きあがった。 そして、特別捜査隊隊員は全員会議室に集まった。 「現在、シンジケート・コスモと思われる大量の宇宙戦艦が、国際宇宙ステーションを襲撃しているわ !  すぐに出撃するように ! それから、英鴻…」 ジルバは英鴻の方を向いた。 「送られてきた映像によると、どうやらその艦隊を指揮しているのは英蘭のようだわ」 「…ほう」 英鴻はニヤリと不適な笑みを浮かべた。 「では、ワタシも行くとしますか」 「おい、大丈夫なのか ? 」 エックスが心配そうに問いかける。 「何、大丈夫ですよ。ワタシも『剣』を振るって英蘭を止めます」 そう言うと、英鴻は他のメンバーと共に格納庫へ向かっていった。 「…『論』という剣でネ…」 ……そして、特別捜査隊メンバーはハンターベースの宇宙船に乗り込み、宇宙に飛び立った。 『こちらパレットです。敵軍は国際宇宙ステーションに乗り込み、現在白兵戦が行われています』 「よし、突入しよう ! 」 メンバーはそれぞれ宇宙空間用ライドチェイサー・ペルセウスに乗り込み、 宇宙ステーションに開けられた侵入口から中に乗り込んだ。 ステーションの内部には、シンジケート・コスモの兵士に破壊されたと思われる警備メカニロイドや、 レプリロイド、さらには人間の死体もあった。 「こいつはひでえ…」 マッシモが呟いた。 その時、近くから「ハンターが来たぞ ! 迎え撃て ! 」叫び声が聞こえた。 やがて敵兵が現れ、白兵戦が繰り広げられた。 接近専用に改造されたと思われるコスモトルーパーが、 電磁ブレードを手に次々と襲いかかってくる。 しかし、殆どがエックスのバスターや飛星の飛刀を受けて倒れていく。 「お前達の指揮官はどこだ ? 」 殴り倒した敵レプリロイドの首を掴み、飛星が尋ねた。 「し、知らない…」 「そうか」 飛星はそのレプリロイドの腹を三回蹴りつけた。 レプリロイドは低いうめき声をもらす。 「もう一度聞く。指揮官はどこだ ? 」 「…こ、コントロールルームに…」 「英鴻、聞いたか ? 」 「ああ。ワタシはそこに向かうとするよ」 英鴻は神獣の絵が描かれた団牌(円形の盾)で顔を庇いながら、そう答えた。 「おし、英鴻兄ぃ、オイラが先行する」 ラットグがビーム小太刀を抜いて応じる。 背中には武器と思われる金属製の棒を背負っている。 「英鴻 ! 」 襲いかかる敵をサーベルで真っ二つにしたカーネルが、英鴻に叫んだ。 「お前の国の詩で、豆殻を焚いて豆を煮たら釜の中の豆が泣いた、と言うものがあったな」 「ええ、魏の曹植の作と言われる詩ですね」 「血の繋がった者同士が争うのは悲惨なものだ。絶対に終わらせろ」 「必ず」 英鴻はそう言うと、ラットグの後に着いて駆けていった。 フリージアがその後ろに着いて、ルート解析をしているパレットと無線機で連絡を取りつつ、殿を固める。 そして、やがて三人は、扉の破壊された巨大な部屋にたどり着いた。 「…行くか ? 」 「ああ」 三人が中に入ろうとしたとき、一つの衝撃波がフリージアの持っていた無線機をはじき飛ばした。 「…飛星はいないの ? 」 部屋の中で、双刀を手にした英蘭が言った。 「…お前の相手は飛星ではない」 「あら、じゃあその乞食のような子と、そっちの足震えている子が相手をするとでも ? 」 乞食のような、とはラットグのことである。 ラットグの格好は、軽い簡単なアーマーの上から、 ツギハギだらけのちゃんちゃんこを纏っているというものである。 「だ、だからラットグ、も、もっとちゃんとした、か、かか格好で…」 フリージアは無理して余裕があるようなことを言おうとするが、舌が上手く動かない。 「やかましい、これは友達からもらったもんなんだよ」 ラットグはそう言って、懐にしまってあった袋を取りだし、中身をポリポリと食べ始めた。 「まあ、まずはワタシが相手をしよう」 「兄さんが ? 笑えない冗談ね」 「ワタシは『力』でお前に挑むのではない。『論』で挑むのだ」 「ふん、もう無線機は破壊して、あなた達が今と追ってきた通路のシャッターを閉めたわ。 もう逃げられないわよ」 「お前はこのステーションにいた、罪無き人々も殺した」 英鴻はそう言って、左手の団牌と、右袖に隠し持っていた袖箭を捨てた。 「逃げられないのはお前の方だよ、英蘭」 「…私は抵抗してこない者は殺すなと命じたわ」 「だが、民間人の死体もあったぞ。兵卒がそのような行いをするのは、 それを押さえることのできない将の責任だ」 そう言って、英鴻は英蘭を指さした。 「国や政府なんていくら滅びてくれてもワタシは構わないが、 そのために大勢の罪無き人々が犠牲になるのは無視できない」 「多少の犠牲は仕方ないわ。犠牲無しには何も得られない」 「いかにも、犠牲無しには何も得られない。 だが、関わり合いのない者を平然と犠牲にできるような主君からは、やがて民心は離れていくぞ」 英鴻がそう言うと、英蘭は言葉に詰まった。 「力で手に入れた国は長続きしない。世界史の教科書をちょっと読めば解ることだ」 「五月蠅い ! 」 英蘭は怒鳴った。 「これは…父上のため…いえ、連邦政府に虐げられし全ての者のための戦いよ !  それに、この宇宙ステーションを占領したのも単なる時間稼ぎ。 『コスモ・ファイナル』が発動すれば…」 「『コスモ・ファイナル』…ウィルスを使った計画のことか ? 」 「情報が漏れていたようね。そう…北極の地下深くから全世界にウィルス入りのミサイルを発射し、 世界がウィルスで覆われたとき、そこに私達が救いの手を差し伸べる… あんまり好きなやり方じゃないけど、それで世界はシンジケート・コスモの手に収まるわ」 「いいのか ? そんなことを堂々と言ってしまって」 「通信機を二個以上持っていたとしても、さっきここから数十メートル以内にフィールドを張ったから、 今の話は外には伝わらないわ。そしてあなた達はここで死ぬ…」 「…哀れな奴よ…」 英鴻はふと溜息をついた。 「何ですって… ? 」 「お前は所詮、父上の幻影に取り憑かれているだけだ。 いや、ただ父上のためだの虐げられた者のためだの、そんなもっともらしい理由を付けて、 自分の行き所のない狂気を振るっているだけだろう ! 」 「…ッ ! ! 」 英蘭はグッと唇を噛みしめた。 そして、双刀を構える。 「今更何を言われようと、退くことはできない ! 今ここであなた達を殺して、世の中を変える ! 」 「英鴻兄ぃ、後は任せてくれ」 ラットグはそう言うと、袋を捨て、小太刀を振りかざして英蘭に斬りかかった。 ラットグの最初の一撃を英蘭は受け止めたが、 次の瞬間にはもうラットグが後ろ側に回り込んでいた。 「前に戦ったときより、力も速さも上がっている… ! ? 」 英蘭が振り向きざまに斬りつけると、ラットグはそれをかわし、 部屋の中を縦横無尽に跳び回り始めた。 ラットグの残像が幾重にも重なって見える。 「さては…さっき食べていたのは強化剤 ! ? 」 「ま、好きなように想像しな」 ラットグはちゃんちゃんこの継ぎ接ぎを一つ引き剥がすと、 その中に隠してあった毒薬の塊を英蘭めがけて投げつけた。 「うっ ! 」 英蘭は咄嗟に腕で鼻と口を覆って、バックステップを取った。 ラットグが追撃しようとすると、英蘭の手の甲に仕込まれたフォースメタルが光った。 「対飛星用に手に入れたんだけど…しょうがない ! 」 英蘭が「殺 ! 」の叫びも高らかに刀を振るい、ラットグの小太刀と衝突した。 「ぬ…っ ! 」 ラットグは数合打ち合うと距離を取り、ウィルスが仕込まれた棒手裏剣を打つ。 「こんな物 ! 」 英蘭は左手の刀で手裏剣を弾き、フォースメタルの力をチャージして斬りかかる。 巨大なメカニロイドを即死させることも可能であろう激しい斬撃だったが、 今のラットグの機動力なら回避できる。 しかし、攻撃力はフォースメタルを装備した英蘭の方が分があった。 (長期戦になるとパワーの差が出てくるし、 オイラのパワーアップって長続きしないからな…やつぱりこの勝負は…) ラットグは姿勢を低くして、目標を確認した。 「一気にカタをつけるしかないな ! 舞椿…脱兎 ! 」 ラットグが烈風と化した。 英蘭は咄嗟にフォースメタルの力を解放し、正面からラットグの一撃を受け止めた。 凄まじい衝撃が発した。 次の瞬間、英蘭の両手のフォースメタルが砕け散り、双刀も粉々になった。 ラットグのビーム小太刀も破損する。 ラットグ自身も反動でダメージを受けたが、破損した小太刀を懐にしまうと、 背中の棒を手に取り、英蘭に打ちかかった。 「ラットグ ! 」 同時にフリージアも槍を握って英蘭に突撃する。 しかし英蘭は足で槍を蹴り上げ、フリージアの腹部に回し蹴りを叩き込む。 「うっ… ! 」 吹き飛ばされたフリージアの体を、英鴻が飛び出してなんとか受け止めた。 英鴻にしては上出来だが、フリージアのダメージは大きい。 そして、ラットグはフリージアの方に気を取られた瞬間に連続で蹴りを受け、壁に追いつめられてしまう。 「ふう、随分手こずらせてくれたわね…」 英蘭が、ラットグに迫る。 「でも、そろそろ始末させてもらうわ。これも運命と思って諦めてほしいわね」 「…オイラは運命なんて信じねぇ」 ラットグが口から垂れた血を拭って、そう言った。 「運命だからしょうがない、とかいうのは単なる言い訳だろ…もし運命がオイラの邪魔をするなら… 運命だろうと何だろうと…切り開いて進む。そのために刀持ってんだよ」 「さすが兄さんの友達だけあって、口だけは達者なようね」 「あんたも相当口数多いが…な ! 」 ラットグの口の中から、何かが飛び出した。 それは銀色の針で、勢い良く飛び出して英蘭の右目に突き刺さった。 「うっ ! ? 」 日本の武芸十八般の一つ・含針。 口中に針を仕込み、敵の目めがけて飛ばす技である。 その時、英蘭の背後から気合いと共に槍が繰り出された。 フリージアがなんとか立ち上がり、渾身の力を込めて刺突を放ったのである。 英蘭はとっさに対応しようとするが、間に合わず、フリージアの槍は英蘭の腹部を貫き通した。 「……ッ ! 馬鹿な… ! 」 「や…やっ…た……」 フリージアは突き刺さったままの槍を手放すと、その場で失神した。 精魂使い果たしたのであろう、だからこそ英蘭にここまでのダメージを負わすことができたのだ。 「窮鼠猫を噛む、ってなァ…」 ラットグは棒を大きく振りかぶった。 「あんた、世の中を変えるだのなんだのほざいてたが… そんな夢物語言ってる暇があったら、自分の中から変えてみろや ! 」 ラットグが棒を振り下ろした瞬間、棒の先端から金属球が飛びだし、 それに繋がっている鎖がジャラジャラと飛び出した。 中が空洞になった棒の中に鎖分銅を仕込んだ、千鳥鉄(ちどりがね)と呼ばれる武器である。 鎖に繋がれた分銅は弧を描き、英蘭の眉間に直撃した。 そして、英蘭はその場にバタリと倒れた。 ラットグも、膝を着いて座り込む。 「全く、とんでもねー女だ…」 「ラットグ…」 英鴻がラットグに駆け寄る。 「謝謝…本当に…本当にありがとう…」 「なんでお礼言われるのか解らないって…それに、多分こいつ、 相手が楊さんじゃなくてオイラとフリージアだから油断していたんだろうな…」 ラットグは、ゼロやエックスなどはある程度親しいので「〜の旦那」などと呼ぶが、 飛星のようにそれほど親しくは無い目上の人物には「さん」をつけて呼ぶ。 鼠などと言っているが、礼儀はわきまえているのだ。 その時、コントロールルームに続く通路の向こうで、何かが破壊されるような音が聞こえた。 「英鴻、無事か ! ? 」 飛星の声が聞こえてくる。 そしてやがて、飛星、マッシモ、ゼロ、シナモンが駆けつけてきた。 「無事だったか ! 他の所の敵はほとんど殲滅したんだが、通信機は通じないし、 向こうのシャッターがなかなか壊れないし、心配したぜ」 マッシモが言う。 飛星はフリージアと英蘭の方を見ると、まだ息があると言った。 シナモンが医療ユニットを起動させ、ラットグとフリージアの傷を治療する。 「シナモンさんは、もう体の方は大丈夫なので ? 」 「はい、これからは私も戦えます。…こちらの人の傷は、私の能力では完全に治すは無理ですね」 シナモンが英蘭の方を見て、言う。 「フォースメタルを使った形跡があります。体の方に相当負荷がかかっていると思います」 「応急処置だけお願いします。後はハンターベースに連れて帰って治療を…」 「わかりました」 「救護班を呼んでくる」 そう言って、ゼロはコントロールルームから出ていった。 「む、これは…」 飛星が、床に落ちている袋を拾い上げた。 「ああ、それオイラのです。中身は全部食っちゃったけど」 「何が入っていたのだ ? 」 「好物の金平糖(こんぺいとう)です。 何故だか解らないけど、糖分摂るとしばらくの間異常に身体の調子が良くなるもんで」 「ほう…それにしても英蘭を倒すとはな。どうだ、うちの傭兵団に入らないか ? 」 「こらこら、こんな時にスカウトは止せって」 英鴻が笑いながら言って、自分の袖箭と団牌を拾う。 やがて救護班が到着し、今だ失神しているフリージアと英蘭を担架に乗せて、搬送していった。 「しかしよ、」 マッシモが英鴻に言った。 「もしかしたらお前って血も涙もない奴なんじゃないかと疑っちまったが、 なんだかんだ言ってやっぱり妹は助けるんだな。ホッとしたぜ」 「そりゃあ…」 英鴻は少し笑って、答えた。 「手の掛かる妹ってのは、特別可愛いものですから」

第二十二話・全面戦争(前編)

薄暗い部屋の中。 コンピューターに囲まれたその場所に、ファウストはいた。 「くっ……」 ファウストの表情は仮面と包帯で見えないが、彼は必死でコンピューターを操作していた。 「この私の力で…御せぬはずが…」 その時、コンピューターの周囲に水色の稲妻が走った。 「ちぃっ… ! 」 ファウストはキーボードを叩き続けた。 稲妻は勢いを増していく。 「止まれ…止まれ…止まれぇぇ ! ! 」 パチッ 稲妻は次第に弱まり、やがて消えた。 「…『fの脳』…触れてはいけない力だったのか… ? 」 ファウストは再び、コンピューターの画面を見つめた。 その時、コンピューターに一件の報告書が届いた。 『国際宇宙ステーション攻撃、失敗。趙 英蘭は捕縛、他の隊員は全員死亡』 「…ふん」 ファウストは大して気にもしなかった。 国際宇宙ステーション攻撃など、所詮時間稼ぎの一端に過ぎない。 「そろそろ…だな」 ファウストはそう呟いて、再びコンピューターを操作し始めた。 …ハンターベース医務室… 「失礼しまーす」 ラットグがそう言いながら、医務室のドアを開けて中に入る。 後ろには英鴻が着いている。 「お師匠さん、具合はどうですかい ? 」 「ああ、腕も治ったし、もう大丈夫そうだ」 医務室にいたキリノが、そう答える。 英蘭との戦いを終えたラットグは、ハンターベースに帰還し、 治療や休憩などを済ませ、キリノの見舞いに来たのだ。 フリージアは英蘭戦で疲労困憊し、今だに医務室で眠っている。 「えーと、こっちが学問を教えて貰ってる英鴻兄ぃ」 ラットグがキリノに英鴻を紹介する。 「おお、趙殿か。楊殿から、『現世の太公望』と呼べる人物とうかがっていた」 「いえいえ、それほどではございません。単に人を騙すのが好きなだけですよ」 この時ラットグは、英鴻がもしイレギュラーハンターにならなかったら、 絶対に一流の詐欺師になっていただろうと確信した。 「さてと、フリージアの様子も見ないと…」 「ああ、昨日運び込まれてきた嬢ちゃんか。まあ疲れているだけで大したことはないらしいぞ」 キリノがそう言うと、ラットグはホッと胸をなで下ろした。 「そうっすか。あー、良かった」 「しかし可愛い娘だったな。どこで引っかけたんだ ? 」 「やだなぁ、お師匠さんてばすぐそういうことを」 そう言って、ラットグはフリージアが寝ているベッドのカーテンを開けた。 フリージアは白いベッドの上で、スースーと寝息を立てている。 英蘭戦で受けた傷は、シナモンによって既に治療されていた。 「大丈夫そうだな」 ラットグがそう言った時、フリージアがうっすらと目を開けた。 「おっ、起きたか ? 」 フリージアはそのままゆっくりと目を開け、ラットグの方をじっと見た。 そして… 「…きゃあああ ! 」 叫び声と共に、ラットグの顔面目がけてパンチを打ち込む。 「うわっと ! お、おい、どうした ! ? 」 ギリギリでラットグが避けると、フリージアはハッとした表情で停止した。 「…ラットグ ? 」 妙に間の抜けた声でそう言う。 寝ている間も、夢の中で敵と戦っていたのだろうか。 「寝ぼけてるんじゃねーよ、あの女との戦いはもう終わった」 「…あ…そうなの ? 」 「そうだよ。全く…」 ラットグは呆れたように溜息をついた。 「…ま、いいや。フリージア、こっちがオイラのお師匠さんだ」 そう言って、ラットグがキリノを紹介する。 「キリノだ。ラットグがいつも世話になってるな」 「い、いえ…」 フリージアは初対面の人物に会うと、少し緊張する。 元々警戒心が強いこともあるようだ。 その時、フリージアはハッと目を見開いた。 「………」 自らの兄二人を奪い 居場所を奪い 一度ならず悪夢に見ているあの男 (間違いない…この人だ… ! ) 「…どうかしたのかい ? 」 英鴻が尋ねた。 「い…いえ…」 フリージアは口を濁した。 「内気な子だな」 キリノが呟くように言う。 「ええ、でも剣とか持たせるとがむしゃらに振るうんですよ」 「剣 ? お前が教えているのか ? 」 「へい、オイラは弟子を持つような器じゃないので、あくまでも友達として、ですが」 「成る程…。で、上達したのかい ? 」 「それが剣は滅茶苦茶なもんで…でも刺突だけは妙に上手から、 槍を使うように言ったんですよ。な、フリージア」 ラットグにそう言われ、フリージアは「う、うん」と少しどもりながら答える。 「そうか…故郷(くに)は ? 」 「い、イギリスです」 「イギリスか…はて…」 キリノは僅かに眼を細めた。 「…以前、会ったことがないか ? 」 「い、いえ…」 フリージアは首を振って否定する。 「そうか…おかしいな、何処かで会ったような…」 「そうだお師匠さん、訓練場行きましょうよ。久しぶりに稽古つけてください ! 」 ラットグがキリノの袖を引っ張って言う。 「ワタシも、日本の刀術には興味がありますな。 “武神”と呼ばれたお人の太刀筋、是非拝見したい」 英鴻も言う。 「はは、趙殿、おだてないでください。では、馬鹿弟子がどれだけ腕を上げたか見るとしよう」 そう言って、キリノは座っていた丸い椅子から腰を上げた。 「フリージアは、まだ寝てるか ? 」 「あ…うん、そうする」 フリージアは、できるだけ自分の動揺を気取られまいとして言う。 「顔色悪いネ、大丈夫かい ? 」 …が、“若仙人”英鴻の眼は誤魔化せなかった。 「え、だ、大丈夫です…少し寝ていれば…」 「そうか、夕方にまた特別捜査隊の緊急会議があるらしいから、 それには出られるようにしろよ」 「緊急会議…また何かあったの ? 」 フリージアがそう尋ねると、ラットグは呆れたような顔をした。 「なーに言ってるんだよ。 シンジケート・コスモのウィルスミサイル基地が北極にあるって解ったから、そこに総攻撃をかけるのさ ! 」 「総攻撃…」 「フリージアちゃんはラットグと一緒に、飛星の指揮下に入ってもらおうと思ってる」 「あの人の…」 フリージアは飛星も苦手だった。 日頃の飛星の雰囲気に加え、焼光隊との戦いで、 飛星の配下達の非情で残忍ともいえる戦いを見たことがその主な原因だった。 もっとも本人達からすれば、 「いつ死ぬか解らない時に、残忍だのなんだの言ってる暇があるか ! 」 ということになるのだが。 「ま、体の調子が悪ければ無理にとは言わないよ」 「んじゃ、行ってくるわ。さ、お師匠さん」 「ああ。じゃあ、お大事に」 そう言って、三人は医務室のドアを開け、訓練場に向かっていった。 「…どうしよう…」 一人残ったフリージアは、毛布の端をぐっと掴んで、そう呟いた。 いつも冷めた眼をしたラットグが、キリノの前でははしゃいでいた。 キリノが自分の仇だなどと言えば、ラットグはどう思うだろうか…。 「……もう、やだよ…」 フリージアは、毛布に顔を埋め、そして嗚咽した。 ……… 「葡萄美酒夜光杯  欲飲琵琶馬上催  酔臥砂上君莫笑  古来征戦幾人回」 唐の詩人・王翰の「涼州詩」を口ずさみながら、 英鴻が琵琶を弾きつつ、ラットグとキリノの稽古を眺めている。 「涼州詩」を口語訳すると、 「美味そうな葡萄酒にガラスの杯。飲むのを促すように馬上で琵琶が鳴る。 酔いつぶれてこの砂上に倒れてしまっても、君よ、笑わないでおくれ。 古来より遠くに戦争に行って、無事に帰って来れた者は何人いるのだろうか。 生きて帰ってこれるのはほんの数人。明日の命も知れない身なのだから、 大いに飲み明かそうではないか」 様々な解釈ができるが、概ねこのような意味になる。 「趙殿は、酒はお好きか ? 」 キリノか刀を鞘に納め、英鴻に尋ねた。 「ええ、大好きです」 「そうか。…俺は今まで、相手を斬るのを躊躇ったことは無い。 だが、それでも時々、アルコール無しでは眠れない夜もあった」 「我々レプリロイドは人間を真似て作られたもの。それも至極当然のことでしょうな」 「趙殿、楊殿に会うまで貴殿の名を聞いたことはなかったが、 貴殿ほどの人が何故今まで埋もれていたのだろうか ? 」 キリノは英鴻の隣に腰掛け、そう問いかける。 「『狡兎死して走狗煮らるる』という言葉があります故…」 『狡兎死して走狗煮らるる』とは、山にウサギがいなくなれば、 用済みになった猟犬がウサギの代わりに煮て食われてしまう、という意味である。 権力者に仕えて一時は寵愛を得ても、用済みになればどうされるか解らないぞ、という戒めなのだ。 「成る程…俺という狗はウサギを捕るのを嫌がって、飼い主に向かって吠えた」 「そうしたら煮られたわけですかい」 ラットグが吐き捨てるように言う。 「ああ…」 「ワタシがイレギュラーハンターに務めているのは、単なる気まぐれに等しいです。しかし…」 英鴻はくすりと笑った。 「ギガンティス、ヤコブ…これらの戦いを見ている内に、 ワタシもそろそろ動かなければと思うようになってきましてな」 「ふむ」 「『戦争とは全てを盗むことのみを目的とする』と言った西洋の哲学者がいました。 盗む側だろうと護る側だろうと、一番迷惑するのは庶民です。将兵が勝ち鬨を上げている時、 戦争で疲弊した庶民は泣き声を上げているというのが世の常です。 そして、その泣き声は戦が長引くほど大きくなります」 「兵は拙速を貴ぶ、っていうのも、 国民の負担が増えない内に戦争を終わらせるという意味もあるんだよな」 ラットグが言った。 「よく覚えていたネ。左様、多少やり方が拙くても、早く戦争を終わらせるべきである、ということだ。 どんなに卑怯で残酷な手を行使してでも、罪無き者達のために、戦争は早急に終わらせなければならない。 そして戦って勝つよりは、犠牲を減らすために戦わないで勝つべきだ」 「俺も同意見だ」 キリノが頷く。 「どんな手を使ってでも勝たなければ、罪無き人々が死ぬ」 「…お師匠さんや英鴻兄ぃの哲学は、オイラにはよくわからないけど…」 ラットグが再び口を挟んだ。 「庶民に迷惑をかけるのは絶対によくないと思いやす。 軍人なんて死ぬのも仕事の一つだろうけど、巻き込まれる庶民にしてみりゃたまったもんじゃねぇ」 「死ぬのも軍人の仕事の一つか。はは、違いない」 「戦争さえ無けりゃ、オイラのおとっつぁんとおっかさんもオイラを捨てたりはしなかっただろうし…」 ラットグの過去を、キリノも英鴻も本人から聞いていた。 ラットグは作られた後、製造カプセルに入れられたままスラム街に放置されていたという。 そして同じ様な境遇の人間やレプリロイドの集まりに拾われ、 彼らと共に物乞いや万引き、スリなどをして生き延びた。 やがてシグマの反乱によって、その仲間達とも離ればなれとなり、 キリノと会うまで一人で各地を渡り歩き、盗みを働いていたのだ。 「今思えば不思議な連中だったなぁ。オイラをそのまま闇市場に売り払えば金になっただろうに、 わざわざ起動させて仲間にいれてくれるなんて…」 ラットグはそうぼやいた。 そんな光景を、訓練場の入り口の影から見つめている二つの影があった。 「ね、判ったでしょ ? 」 ジルバは、隣で車椅子に座っている女性…英蘭に向かって言った。 「英鴻はね、臆病者でも弱虫でもないのよ」 「…判ってた」 英蘭はポツリと呟いた。 フリージアに刺された傷がまだ痛むらしく、脇腹を手で押さえている。 「判ってましたよ…そんなこと。でも…」 英蘭は、唇を噛みしめた。 「認められなかったんです…私は…」 その時、英鴻の琵琶の音が聞こえてきた。 そして、英鴻はその音に合わせて中国語で唄った。 「我が妹は喧嘩好き  世話のかかる馬鹿な奴  だけど自分もまだまだ未熟  泣いて馬謖を斬れなかった  先人達に笑われるだろう  でもまだワタシは賭けてみたい  いつかあいつと心を開き  昔のように語り合えることに  我が妹は喧嘩好き  世話のかかる馬鹿な奴  だけどやはり放っておけない  今はまだ無理だろうが  いつか共に故郷に帰ろと  心に祈って戦に赴く」 その歌が聞こえたとき、英蘭は涙を流して嗚咽した。 自分の狭量に対する恥、そしてやはり兄には敵わないと言う気持ち、そして喜び。 「…さ、そろそろ戻りましょ」 ジルバはそう言って、英蘭の乗る車椅子を押して隔離治療室へと向かっていった。 ……その三日後…… 連邦政府より、全世界のイレギュラーハンターと、連邦政府軍に命令が下った。 北極の地下にある、シンジケート・コスモのウィルスミサイル基地への総攻撃命令である。 『コスモ・ファイナル』が発動すれば世界中は大パニックに陥るだろう。 その前に、一刻も早くシンジケート・コスモを潰す必要があったのだ。 無論、エックス達のいるイレギュラーハンター本部にも出撃命令が下った。 討伐軍はイレギュラーハンターの隊員4万、連邦政府軍6万の他、協力者として楊家傭兵団3万。 「随分と張り切ったもんだなぁ…」 北極に向かう輸送船の中で、レノンが呟いた。 「ああ、この兵数…連邦政府も、とうとう必死になったってとこだな」 ゼロがレノンの隣で呟く。 「そういや、エックスは ? 」 「ああ、なんでもダグラスとエイリアが新しいアーマーパーツを開発したらしい。今、その説明を受けてる」 「ねー、ゼロー」 アクセルがゼロの隣に来て、尋ねた。 「敵はどのくらいいるのかな ? 」 「情報部の見解じゃ、向こうも数万はいると見ているらしい」 「何人だろうと、叩き潰すのみだぜ ! 」 マッシモが叫んだ。 「秩序の世界を作るとか言いながら、自分たちで争いを起こしやがる !  そんな奴らは許せねぇぜ ! 」 「俺も、奴らを懲らしめるまではチベットに帰らねぇ」 ヤクラッシュも言う。 今回、マッシモは先陣指揮官、ヤクラッシュはその補佐を務めることになった。 二人とも突撃力があり、またヤクラッシュは寒さに強いからだ。 右軍指揮官はエックス、補佐役にアクセル。 左軍指揮官はゼロ、補佐役はレノン。 そして中軍には、全部隊の総司令官としてジルバ、参謀役に英鴻。 中軍指揮者護衛役はカーネルとシナモンである。 そして飛星は別働隊の指揮を執る。 マリノ、ラットグ、フリージア、キリノは、楊家傭兵団員達と共にこの別働隊に編入された。 「今までの中で一番大規模な戦闘になるな、親父」 「ああ。……あ…しまった、ソニアに『行ってくる』って言うの忘れちまった」 「父親失格ですネ」 「ほっとけ英鴻 ! 」 その時、ゼロのメットに内蔵された通信装置が鳴った。 『ゼロ、聞こえる ? 』 「アイリスか、どうした ? 」 アイリスは今回も、ハンターベースからゼロのサポートをすることになっている。 『ソニアから伝言。『行ってきますも言わないで行っちゃったんだから、 帰ってきたら遊園地に連れていってね ! 』だそうよ』 「…判ったよ…」 ゼロは溜息と共に言った。 そして、やがて討伐軍は北極に到着した。 イレギュラーハンターと政府軍の兵士達が船から降りると、 楊家傭兵団員も『楊』の一字が書かれた旗を掲げて上陸した。 「敵の基地の入り口は、偵察によって判明しているわ。まずはそこに向かって進軍するのよ ! 」 ジルバの号令に従い、討伐軍の本隊は動きだし、飛星旗下の別働隊も動き始めた。 そして、周囲に警戒しつつ、目的地に向かう。 『前方から敵部隊を確認 ! 数は…凡そ9万 ! 接近中です ! 』 ナナの声が、通信機を通って聞こえてきた。 「ここから少し向こう側に移動し、敵軍を迎え撃ちましょう」 装甲車に乗った英鴻が、方向を指で指し示しつつジルバに言う。 「そこは氷山が多く、待ち伏せに適しています。そこに移動して敵をおびき出しましょう」 「そうね。全軍に通達、進路を2時方向に取れ ! 」 ジルバの号令の元、合計10万の討伐軍は動き始めた。 戦場に先着することにより、地の利を生かして敵に当たるのが兵法である。 そして、討伐軍は目的地に到達して体制を整え、やがて敵軍が接近してきた。 「いよいよ始まるみたいだな…」 楊家傭兵団達と共に氷山の影に身を隠して、ラットグが言った。 マリノとフリージア、そして飛星もいる。 キリノは別方向を偵察している。 「フリージア、無理するなよ ? 」 ラットグが、フリージアの肩に手を置く。 「う、うん…」 「ところでさ…」 マリノが口を開いた。 「今度の敵の大将って、どんな奴なんだろうね ? やっぱり頭目ってのが出てくるのかい ? 」 「それは判らぬが…」 飛星は硬鞭を片手に握り、言った。 「いざとなれば、私がハイパーモードを使おう」 そう言って、飛星は腰に帯びた七星宝剣をチラリと眺めた。

第二十三話・全面戦争(後編)

「来るぞ、兄貴」 二丁斧を手に陣頭に立つヤクラッシュが、隣のマッシモに言った。 「よし、迎え撃つぞ ! 」 マッシモが大斧を振り上げて叫ぶと、周囲の重装兵達が一斉に鬨の声を上げた。 彼らはギガンティス総督府所属のレプリロイド達で、マッシモの直属の装甲部隊の兵士達である。 そして、総司令官・ジルバから、迎撃の命令が下り、ここに連邦政府とシンジケート・コスモの最終決戦の幕が上がった。 討伐軍 司令官…ハンターベース総司令官“白神”ジルバ 本隊10万 別働隊3万 シンジケート・コスモ軍 指揮官…シンジケート・コスモ宰相・ファウスト 本隊9万 …右軍… 「よし、新型アーマーを試すか」 エックスが言う。 「えっ、もう ? 」 アクセルが意外そうな顔をしながら、銃を構える。 「今回の新型アーマーは、ギガサンダー・ブラキオンのリニアレールガンを撃つためのアーマーだ。 敵味方入り乱れての混戦状態では使いづらい」 「成る程。今なら敵は100メートル以上は離れたところにいるから、使えるわけだね」 「ああ。エイリア、アーマーの転送を頼む ! 」 『了解、ブラストアーマー転送 ! 』 そして、エックスの体が一瞬光りに包まれたかと思うと、 次の瞬間、エックスは茶色のアーマーに身を包んでいた。 右腕のバスターは一回り大型の物になり、左肩には小型のガトリング砲、 両腰には4連装のビーム砲が、そして踵には衝撃に耐えるためのアンカーがついていた。 「よし。こちらエックス、右軍の自走砲台の一斉射撃、並びにリニアレールガン発射用意します ! 」 『こちらジルバ、了解 ! 派手にぶっ放して !  遠距離砲撃で敵を攪乱して、戦力を削ぐのが、あなた達の任務だからね ! 』 無線機からジルバの声が返ってくる。 エックスは片膝を着いてしゃがみ、バスターを構えた。 「エイリア、砲身転送頼む ! 」 『了解よ、1.7メートル砲身転送 ! 』 エイリアの声と共に、エックスのバスターに長い砲身が装着された。 レールガンは物体を電磁誘導で打ち出す兵器で、戦闘機などのカタパルトにその技術が使われている。 その誘導レールとなる砲身が長いほど、弾丸に加速が着く。 ブラキオンは10メートル以上あるその巨体を砲身代わりにしていたが、 エックスの場合バスターに砲身を増設するしかない。 無論、威力はブラキオンの物より劣るが、その分ある程度連射が効くし、 冷却時間も短くて済む。 エックスは踵のアンカーを降ろして足を固定すると、 ヘッドパーツに搭載されているスコープで照準を合わせた。 「目標、敵軍右部分 ! 砲撃開始 ! 」 叫ぶと同時に、エックスはリニアレールガンを放った。 凄まじい反動と共に打ち出された特殊金属製の弾丸は、 ほぼ同時に放たれた自走砲の砲弾を追い越し、敵軍に突っ込んでいく。 敵の陣頭に立っていた兵士達が、悲鳴を上げる暇もなく消し飛んでいった。 『エックス、今ので敵軍に相当な損害を与えたわ ! アーマーの方は問題無い ? 』 「っ…反動が相当きついけど、大丈夫だ ! 可能な限り連射を続ける ! 」 エックスはそういいながら、背中に搭載されている放熱フィンを開き、熱を空中に逃がした。 『解ったわ ! でも5発撃つごとに砲身を交換しないと、オーバーヒートを起こすわよ ! 』 「解ってる ! 」 そう言って、エックスはもう1発放った。 アクセルも、ダグラスが開発した新型のエナジーアサルトライフルをセミオートで放つ。 …左軍… 「親父、突撃命令だぜ」 ビームサーベルを構えたレノンが言う。 「エックス達も派手にやってるみたいだな…よし、行くぞ ! 」 ゼロはそう言うと、その周りにいるレプリロイド達と共に、鬨の声を上げて敵陣に突っ込んだ。 ゼロとレノンを護衛するのは、ゼロ直属の歴戦のハンター達である。 彼らはコスモトルーパーを切り倒し、その残骸を踏み越え、陣の奥へと突入していく。 敵の下士官クラスのレプリロイドは、相手が赤き鬼神・ゼロであることを確認し、 戦功目当てに襲いかかるが、ゼロの体にかすり傷一つ負わすこともできずに斬り捨てられていく。 「ちょっと数が多くて面倒だな…レノン、お前ら、ちょっと離れてろ」 ゼロはそう言うと、地を蹴って跳躍し、敵のまっただ中に躍り込んだ。 「ゼロだ ! 倒せ ! 」 敵兵が一斉に銃器を構えるが、それよりもゼロの動きの方が速かった。 ゼロはさっとかがむと、地面に向かった拳を振り上げた。 「天絶陣 ! 」 ゼロが地面に拳を叩きつけた瞬間、その辺り一帯に電撃が走った。 そして、次の瞬間には凄まじい光と轟音と共に、周囲の物全てが吹き飛ぶ。 ブラキオンからラーニングした技である。 「よし、突き崩すぞ ! 」 レノンがゼロの後について敵兵を斬り散らしていく。 そして、その通った後には屍の山が築かれた。 そして、その後数分間そのまま戦闘が続いた。 討伐軍もシンジケート・コスモ軍も次々と兵士が倒れていき、 流れ出た鮮血が北極の氷の大地を赤く染める。 「…そろそろ、かしら ? 」 「そうですネ」 ジルバの隣にいる英鴻が言う。 二人の周りは精鋭のレプリロイドで厳重に固められ、蟻の入る隙間もないほどである。 「第1別働隊に通達。敵軍の斜め後方から攻撃せよ」 英鴻がそう言うと、近くにいた通信兵がそれを伝えた。 …別働隊… 「了解した、ただちに攻撃を開始する」 氷山の影に潜んでいた飛星はそう言って、通信を切った。 飛星の身にまとっているアーマーは、京劇に出てくる武将が着るような物で、 黄色と赤を基調とした甲冑である。 下手すれば野暮ったい色遣いとなってしまうが、飛星が着ていると見る物を圧倒する気品と風格を放つ。 「いいか、我々の役目は敵を別方向からかき回し、混乱させることにある !  戦功目当てに勝手な行動に奔る者は斬る ! 」 そう言うと、飛星は硬鞭を構えて陣頭に立った。 その場にいるのは、楊家傭兵団員3万の内の一部と、キリノ、マリノ、ラットグ、フリージアの四人である。 「フリージア、大丈夫か ? 」 顔色の悪いフリージアにラットグが声を掛けるが、フリージアは何も答えない。 「おい、フリージア ! 」 「えっ…」 「え、じゃねーよ。どうしたんだよ、具合悪そうだぞ」 「あ…大丈夫…」 そう言って、フリージアも槍を構えた。 「行くぞ ! 」 飛星がそう叫んで突撃すると、ラットグやマリノ達も続き、その後ろから 『楊』の一字が書かれた旗を掲げて傭兵団員達が鬨の声を上げ突進する。 飛星の硬鞭が振り下ろされ、コスモトルーパーが木っ端微塵に砕ける。 キリノもスッと刀を抜き、一瞬で敵兵を斬り散らしていく。 「敵の奇襲だ ! 」 「あいつが“竜帝”だ ! 倒したら勲章物だぞ、迎え撃て ! 」 「体勢を立て直すんだ、退け ! 」 早速敵部隊は混乱した。 様々な命令が飛び交い、統率が緩んだ敵兵を、別働隊は容赦なく始末していく。 「よし、向こう側に進む ! 」 飛星が叫び、進路を変えて進む。 しかしその時、フリージアが一人だけ、別方向に直進していた。 飛星やラットグ達の姿が見えていないかのように、目の前の敵を槍で突き刺しながら進んでいく。 「おい、何処へ行く ! ? 」 「あの馬鹿…すみません、すぐに連れ戻してきます ! 」 ラットグは修理されたビーム小太刀を構え、地を蹴って跳躍し、フリージアを追っていく。 「楊殿、あいつは簡単にはくたばらない。任せて作戦を続行しよう」 キリノが飛星にそう言った時、ラットグの姿もフリージアの姿も、 入り交じる敵・味方の兵士の中に消えていた。 「うむ。行くぞ ! 」 飛星はそのまま、敵を打ち倒しながら駆けていった。 そして、その他散らばっていた楊家傭兵団員達が四方八方から奇襲をかけていく。 別働隊によりシンジケート・コスモ軍が混乱すると、討伐軍本隊が渦巻くような陣形に変形し、 シンジケート・コスモ軍を飲み込み始めた。 …シンジケート・コスモ軍… 「ファウスト様 ! 」 ファウストの近衛兵が叫んだ。 「敵軍の攻撃力は圧倒的です ! 我が軍は大混乱に…」 「うろたえるな」 ファウストは、片手を空にかざした。 「…そろそろやるとするか…」 ファウストの掌から、一筋の光が生まれた。 そして次の瞬間、辺り一帯がその不気味な光に包まれた。 … 「ふん、大したことないな ! 」 マッシモとヤクラッシュの周囲には、無数の敵兵の残骸が山を成し、その数はどんどん増えていく。 「このまま大将首も頂くか、兄貴 ? 」 「それも悪くないな ! 」 その時だった。 「 ! ? 」 紫色の不気味な光が、彼らの周りを包み込む。 「な…なんだこりゃ… ? 」 その場にいた誰もが、その動きを止めた。 そしてその時、彼らの周りに倒れていた敵兵が起き上がった。 さらに、シンジケート・コスモ軍の兵士たちの体が、 バキバキという異様な音を立てて変形し始めた。 「な、何が起こっているんだ ! ? 」 マッシモが狼狽した。 「来るぞ、兄貴 ! 」 ヤクラッシュが叫んだ。 異形の形となった敵兵が、この世のものとは思えない声を上げて襲いかかった来る。 それはまさに、地獄の鬼が一斉に吠えるようであった。 周囲の兵士たちも、ある者は怯まずに戦い続け、ある者は逃げ腰となり、 またある者は、錯乱してやたらに武器を振り回している。 「どうなってるんだよ、もう ! 」 右軍のアクセルが叫んだ。 戦闘の経過で、すでに右軍でも近距離での戦闘が始まっていた。 「撃っても撃っても… ! 」 アクセルはエナジーアサルトライフルをフルオートに切り替え、 引き金を引きっぱなしにして敵兵を薙ぎ払う。 ダグラスが開発したエナジーアサルトライフルは高威力で、命中した相手は次々と砕け散っていく。 しかし、その度にその破片が集まって合わさり、再び立ち上がってくるのだ。 「何なんだよ、こいつらは ! 」 近くで戦っていたはずのエックスの姿も、いつの間にか消えている。 その時、一人の敵兵が弾幕をかいくぐって接近してきた。 コスモトルーパーのようだが、先ほどの妖しげな光の影響か、体のあちこちが変化している。 そしてそのコスモトルーパーが、右手の巨大な爪を振りかざしてアクセルに襲いかかった。 その速度はあまりに速く、両手でアサルトライフルを握っているアクセルは対応できなかった。 「う…うわああぁぁ ! ! 」 … 「ふふふふ…」 逃げまどう討伐部隊の兵士達と、それを追う異形の兵士達を見て、 ファウストは仮面の下に満足げな笑みを浮かべた。 「これで我が野望は成就される…」 ファウストがそう言った時だった。 眼前に一筋の閃光が走り、異形化したコスモトルーパーが7、8体、一瞬で消し飛んだ。 「 ! ? 」 次の瞬間、ファウスト目がけて3本の飛刀が飛来した。 ファウストが手をかざすと、そこに生じた力場によって飛刀は弾かれた。 そして、草を刈るように兵士達を斬り散らし、それは姿を現した。 「…“竜帝” ! 」 右手に硬鞭を握り、背には飛刀の束を背負うその男… それはまさしく、楊家傭兵団首領・“竜帝”楊 飛星であった。 「貴様が大将のようだな」 飛星が言った。 「お前が“竜帝”だな」 「いかにも。貴様はシンジケート・コスモの幹部クラスと見たが ? 」 飛星はそう言って、硬鞭を構えた。 「その通りだ。私はファウスト。シンジケート・コスモ幹部だ」 「やはりな。お前の首の値打ちは高かろう、私が頂く」 「…楊 飛星、お前は何故政府に味方するのだ ? 金のためだけか ? 」 ファウストは、高ぶり始めた精神を鎮めつつ問うた。 「契約金ももちろん欲しいが…それ以上に、貴様らの泣き面が見たいからだ。 罪なき庶民を殺戮するような輩に、秩序を語る資格などない ! 」 「言ったな ! 」 ファウストは、手元のエネルギーをチャージした。 空気中に再び稲妻が走る。 「楊 飛星 ! 貴様とて幾多ものレプリロイドを殺しただろう !  貴様もその罪から逃れることはできない ! 」 そう叫び、ファウストはそのエネルギーを解放した。 途端に辺り一帯が闇に包まれた。 そして、その中にポツリ、ポツリと、不気味な色合いの炎が灯っていく。 「死ね、“竜帝” ! 罪と憎しみの炎に焼かれてな ! 」 ファウストの声とともに、その炎が一声に飛星に向かって飛んだ。 炎は入り交じり、濁流となって飛星に直撃した。 途端に凄まじい爆発が巻き起こり、飛星の姿がその中に消えた。 「いかに“竜帝”と雖も、これには耐えられまい…」 ファウストがそう言ったとき、爆炎のなかで何かが銀色に光った。 「…む… ? 」 「確かに、その罪からは逃れられまい」 爆炎の中から、飛星の声が重く響いた。 「そして逃げるつもりも無い」 爆炎が少しずつはれていき、その中から飛星の姿が現れた。 しかし、それは今までの飛星の姿ではない。 アーマーは北極の大地と同じ白銀の物に、メットは竜の頭をあしらったかぶり物に変わり、 飛星の白髪が宙にたなびいていた。 そして、手に握られているのは、怪しい輝きを放つ七星宝剣である。 「超越形態(ハイパーモード)・飛竜咆哮 ! 」 飛星が高らかに叫んだ。 「…“竜帝”の真の姿… ! 」 ファウストは戦慄しながらも、周囲の異形の兵士達に命令を下した。 その兵士達はファウストの力によって既に自我を失い、死からも解放されている。 何度破壊されようと、何度でも蘇るのだ。 「行けっ ! 」 ファウストの号令とともに、異形の兵士達は飛星に襲いかかる。 飛星と雖も、死なない兵士達には手こずるはずだ。 そこをファウストが仕留める算段だった。 しかし、“竜帝”の力は、ファウストの想像を遙かに超えていた。 「……殺 ! 」 飛星はそう叫び、七星宝剣を兵士達に向けた。 刃には、光り輝く北斗七星が描かれている。 途端に、異様な音とともに兵士達の体が痙攣した。 そして、次の瞬間、ファウストは信じられない物を見た。 飛星の七星宝剣から紅い光りが迸る。 そしてそれを受けた兵士達の体から煙が吹き出し、それと同時に兵士達の体が、次々と消滅していくのである。 そして、最後にはわずかな紫色の煙を残し、飛星を攻撃しようとした異形の兵士達が完全に消滅した。 「北斗七星は死を司る星。この剣の征く先には死しかない」 そう言って、飛星はファウストにゆっくりと歩み寄る。 多少の疲労は感じているのだろうが、顔にはそれを出していない。 「すべての者に完全なる『死』を。この姿になったとき、私はこの剣の力を100パーセント操れるのだ…」 「…」 そう言って、飛星は宝剣を掲げて呪文(パスワード)の詠唱を開始した。 同時にファウストもエネルギーをチャージする。 「我天覇竜帝、七星下百邪斬断、急急如律令 ! 」 飛星は七星宝剣を構え、打ちかかる体制を見せる。 「いくぞ。七星剣舞…赤髪鬼 ! 」 飛星が七星宝剣を振り下ろすと、空中に多数の赤い刃が現れた。 そしてその刃は飛星の周囲を旋回する。 「疾 ! 」 飛星の声とともに、その刃はファウストに向かって殺到した。 「ハァッ ! 」 ファウストも負けじと、掌から先ほどの炎を放つ。 それも、先ほどより高出力の。 通常のレプリロイドなら一瞬で蒸発させ、跡にクレーターを残すであろう。 しかし、飛星が放った赤い刃の群れは、次々とそれを切り裂いていく。 そして、地を蹴って跳躍した。 「七星剣舞…立地大歳 ! ! 」 飛星は七星宝剣を振り上げ、上空からファウストに斬りかかる。 恐ろしく鋭い斬撃だった。 空気中の分子すら真っ二つになったかもしれない。 ファウストは手を掲げ、エネルギーを集中させてそれをなんとか受け止めようとする。 重い音と共に、ファウストはどうにかその「死の一撃」を受け止めた。 「ぬおぉぉぉ ! ! 」 「ハアァァァ ! ! 」 飛星はファウストを斬るために、ファウストはそれを防ぐために渾身の力をひねり出す。 その時、飛星がサッと剣を持ち上げた。 力対力の勝負を諦めたのか ? ファウストがそう思ったその時だった。 「…殺ーッ ! 」 飛星の叫びの後に、隕石でも落ちたかのような音がした。 ファウストの脇腹に、七星宝剣が食い込んだのである。 「ぐ、ぐああぁっ ! ! 」 「ちっ、一刀両断できなかったか。だが動力炉にもダメージがいっただろう。 すべてのエネルギーを手に集中させれば、他の部分の守りは薄くなるのが道理だ」 そう言って、飛星はファウストに七星宝剣の切っ先を突きつけた。 「この辺りで諦めろ。お前達の秩序は、この私が参戦したときにすでに崩壊していたのだ」 「何を言うかーッ ! ! 」 そう言って、ファウストは再び炎を放った。 それも、今までのより遙かに巨大で、濃い炎を。 「私の残りの力…すべてをこの一撃にッ… ! 」 そう叫んで、ファウストはその巨大な炎は飛星に向けて放った。 飛星は舌打ちすると、呪文を詠唱した。 「雷公霹靂来焼悪急急如律令 ! 五雷帝君 ! 」 そして、飛星が宝剣を振るった。 途端に凄まじい、青白い雷光が視界を覆った。 雷光と炎がぶつかり合い、その閃光が北極の氷に乱反射する。 その時、ファウストは見た。 自分の胸に向かって、飛星の七星宝剣が迫ってくるのを。 “竜帝”は閃光の中を突っ切り、ファウストの胸に剣を突き立てたのである。 「…急急として律令の如せなり」 “竜帝”はそう言って、ことの終わりを宣言し、ハイパーモードを解いて元の姿に戻る。 (やはりこれは疲れるな…しばらくこのような大仕事が無かったせいで、 少し腕が鈍ってしまったのかもしれぬ…まあ、今の戦いである程度取り戻せたが…) そう心の中で呟きつつ、その場に倒れ伏しているファウストに向かって語りかけた。 「私は常に『死』とともにある。傭兵という仕事上、私の仲間達もいつ死ぬかもわからぬし、 すでに戦いで多くの仲間を失った。たとえ自らの罪により死す時が来ようと後悔はせぬ。 私は今の命を最大限まで燃やして生き、我が信条を貫く。…竜の様にな」 飛星がそう言うと、ファウストは半分ほころびた包帯の下で、わずかに笑った。 「…やはり、お前は正に…本当の竜だったようだな…お前のような奴に殺されたのなら…悔いはない…」 「では、最後に一つ尋ねる」 飛星は冷静な目つきで、ファウストに問いかけた。 「お前達の頭目とは何者だ ? 」 「ふん…」 ファウストは再び笑った。 「頭目など、おらぬわ」 「……なんだと ? 」

第二十四話・鎖を断つ者

「シンジケート・コスモ…それは、もともと私とその仲間の研究者達と共に結成された…」 七星宝剣で胸を貫かれたファウストは、鮮血を流しつつ言った。 その時、飛星の側に何者かが駆け寄ってきた。 「飛星 ! 」 エックス、ゼロ、そしてレノンだった。 彼らは飛星の側まで来ると、倒れているファウストに目を向けた。 「…エックスに…ゼロ…お前達も来たなら丁度いい…」 「お前は何者だ ? 」 ゼロが尋ねた。 「ファウスト…元科学者だ…」 そう言って、ファウストは話し始めた。 〜〜 かつてロボット研究の双璧と呼ばれた二人の科学者がいた。 その片方はやがて自分のロボットによる私兵団を結成し、幾度となく世界征服を目論むが、 その度にもう一人の科学者が製作した、青いロボットによって阻止された。 しかしその戦いによって、ロボットの技術は急激に進展していったと言っていい。 世界最初の水中専用人型ロボットや、瞬間的だが時間を制御できるロボット…。 そして、ロボットを効率よく破壊できる兵器の開発も進歩した…。 やがて、二人の科学者は行方不明となったが、 世界征服を目論んだ科学者は、一つの究極の電子頭脳プログラムを制作した。 『fの脳』 それは彼の作った中で最高傑作のロボットのデータを詰め込み、拡張したもの。 その力は計り知れず、彼は自分が未来に残す大つづらとして作ったレプリロイドに、 その電子頭脳を搭載する予定だった。 しかし、そのとてつもない力を畏れたその科学者はそれを断念し、『fの脳』を厳重に封印。 そのレプリロイドには代わりに製作した電子頭脳プログラム・『bの脳』に、 『fの脳』のデータの35%を組み込み、搭載することになった。 〜〜 「そしてできあがったのが…ゼロ、貴様だ」 「 ! ! 」 ゼロの目が見開かれた。 ファウストは語り続ける。 「…それから長い年月が過ぎ去り、私とその仲間がその『fの脳』を発見したのだ。 当時連邦政府の科学者チームに所属していた私は、これを政府の高官達に発表し、世界のために利用しようとした。 …ところが、奴らは私に、『fの脳』を処分しろと言ってきおった… それどころか、私がそれを拒否すると、政府直属の特務機密部隊に我々チームの暗殺を命令したのだ…」 「……」 「私は仲間達と共に、政府の手の届かない場所まで落ち延びた。そしてそこで、『fの脳』を育てた…」 「…育てた ? 」 「『進化する電子頭脳』であったのさ、『fの脳』は… 我々が手を加えると、次々とそれを吸収していった… そして私はその『fの脳』から力を得、『fの脳』を頭目に仕立て上げることで、 強大になった組織を動かしていたのだ…」 そう言うと、ファウストは顔を少し上げた。 顔を隠していた仮面と包帯は飛星との戦いで数カ所が剥がれ落ち、ファウストの素顔がわずかに見られた。 その顔は、エックスとゼロにはどこか見覚えがあった。 両目から下に向かって伸びる紫色のライン、そして凶悪な目つき… 「『fの脳』の因子を組み込んだときにこうなった…貴様らには見覚えがあろう… これが『f』の顔だ…。さて…『fの脳』…ブレイン・フォルテはこの北極の地中… 正確に言えば氷の下の海の中だが、そこの基地にいる…。 それを破壊すればウィルスミサイルの発射装置は止まる。 …だが、あれは既に、私でも制御しきれない者になった… 止められるものなら、止めてみるがいい………」 そう言うと、ファウストの頭はマリオネットの糸が切れたかのように崩れ落ちた。 「止めてみるがいい…か」 レノンがぽつりと言った。 「止めてやるさ。飛星、お前、まだやれるか ? 」 「さてな、こいつとの戦いで消費したからな。雑魚ならいくらでも片付けられるが、こいつを超える敵となると…難しい」 「そうか、じゃあお前は、まだ戦っているみんなの方を頼む」 「承知した」 飛星はそう応えると、硬鞭を握り、乱戦の中に再び飛び込んでいく。 エックス達はそれを見送ると、ジルバ達に今の状況を伝え、エイリアの指示に従い、秘密基地の入り口に向かった。 …… 「…なんだったんだろう、さっきの光りは… ? 」 アクセルは、息を切らしながら呟いた。 アクセルの隣には、マリノがいた。 孤立して危機に陥っていたアクセルは、咄嗟に横から飛び込んできたマリノに救われたのである。 そして、2人の周囲には、大量の敵兵の残骸が山を成していた。 彼らは知らなかったが、飛星がファウストを殺したとき、異形化した敵兵達は、 姿は元には戻らなかったが、不死ではなくなっていた。 アクセルがアサルトライフルをフルオートで撃ちまくり、 片付け残した敵をマリノが素早く仕留めるという戦法で、2人は周囲の敵兵の殆どを平らげたのだ。 「他のみんなはまだ戦ってるはずだからね、早く探して合流しよう」 「うん」 そう言って二人が歩き始めたとき、近くで爆発音がした。 2人がはっとその方向を向くと、そこには動力炉を貫かれ大破した、 小型の戦車メカニロイドと、それを破壊した者がそこにいた。 「あっ、フリージア ! 」 アクセルが叫ぶが、フリージアはそれが聞こえていないかのように、槍を握ったままふらふらと歩き出す。 フリージアは血の池に飛び込んだのではないかというくらいの返り血を浴び、 槍も血留め(※1)を越えて柄まで血が伝ってきていた。 その時、それを追ってくる影が見えた。 ラットグである。 「フリージア、止まれ ! 止まるんだ ! 」 ラットグはフリージアに駆け寄り、その腕をつかむ。 「ネズミ、どうしたのさ ! ? 」 アクセルとマリノが2人に駆け寄る。 「こいつ、いきなり1人で戦い始めたんだ ! 」 「なんだって ? どうしたっていうんだい ? 」 マリノがそう問いかけると、フリージアはポツリと呟いた。 「…みんな、壊れちゃえばいいんだ…」 「…え ? 」 フリージアらしからぬ重い口調の言葉に、ラットグは一瞬唖然とした。 「敵も味方も…それに私も…みんなみんな、壊れて無くなっちゃえばいいのよ…」 「お前…何言って…」 「ラットグには解らないよ ! 」 フリージアは叫んだ。 「私は…兄さん達を殺された……ラットグがお師匠さんだって言った、あの人に ! 」 「…何だって ? 」 ラットグが聞き返した。 「間違いない…私の家族を襲ったのは、レプリフォースの『人斬り部隊』だった… その先頭に立っていたのは…間違いなく…」 「……お師匠さんだった…ってのか ? 」 ラットグがそう言ったあと、しばらく沈黙が流れた。 そして、ラットグが再び口を開いた。 「…あねさん、バッテン、先に他の連中の所に行ってくれ」 「…あんたはどうするのさ ? 」 「オイラもすぐに戦いに戻る。誰にも迷惑はかけないさ」 ラットグがそう言うと、マリノはアクセルを促し、背を向けて去っていった。 「…ありがとよ、あねさん」 ラットグはそれを見届けると、フリージアの方に向き直った。 「えーと……早い話が、アレだ。お前、死のうとしただろ ? 」 ラットグはいくらか躊躇したが、フリージアの目をしっかりと見て、言った。 「……関係…ないよ…」 「……なんだと ? 」 「ラットグには関係ないよ !  …私、もう嫌なの…私さえ死ねば、憎しみの連鎖はそこで止まるじゃない !  もう私のことなんて放っておいて…」 フリージアがそこまで言ったとき、軽い衝撃音が響いた。 ラットグの掌が、フリージアの頬を一撃したのである。 「女の子だからってみんなにチヤホヤされて、電子頭脳温まっちまったのか ! ?  そんなつまらねえ死に方してどうする ! 」 …つまらない ? … ラットグのその言葉に、フリージアの中で何かが切れた。 「…ラットグになんか解らないよ ! 何も憎い物が無くて、幸せそうに生きてる人になんか ! 」 「阿呆か、お前は ! 憎しみを全く持たない奴なんて、いるかってんだ !  いたとしたら、それこそ仙人みたいな超越者だけだろ ! 」 そこまで言うと、ラットグは一息置いてから、言った。 「オイラにも、憎い物がある。その憎しみは永遠に消えない… いんや、消えちゃならねぇと思ってる」 「消えちゃ…いけない… ? 」 フリージアの声が、小さくなった。 ラットグの目に、哀愁が漂ったからである。 「ああ、絶対に消さない。この憎しみが消えたら、オイラはオイラじゃなくなる」 そう言うと、ラットグはフリージアの肩に手を置いた。 「憎しみを捨てろなんて言わないし、言えないさ。 それが簡単にできたら、みんな苦労しないもんな。けどな…」 ラットグの手に、力がこもった。 「憎しみに振り回されて生きるなんてのは、単純に損なんだよ。 しかも振り回された結果があの世行きじゃ尚更だ。 そんな生き方するために、お前は生まれてきたのか ? 」 「……違う…」 「な、そうだろ ? 」 そう言って、ラットグはフリージアの肩を抱き寄せた。 「 ! 」 フリージアの体がぴくりと震えた。 嫌悪ではなく、自分の体に付着した返り血を気にしたのである。 「オイラの友達は、みんなどんどん死んでいった。医者になりたいって言ってた奴、 イレギュラーハンターになりたいって言っていた奴…スラムのゴミ溜めの中から空を見上げて、 いつかそこから這い上がれる日を夢見ていた。そりゃ盗みもしたさ。 でも、あいつらは直向きな奴らだった…なのに死んじまったんだ。 オイラはそれを、ただ見てることしかできなかった…」 「……ラットグ…」 「だから頼むよ、軽々しく死ぬなんて言わないでくれよ。 オイラは親に捨てられた…だから、今の友達だけでも守りたいんだ…」 ラットグがそう言うと、フリージアはラットグの胸に顔を埋めた。 「お、おい…」 「…ごめんなさい…本当に…ごめんなさい…」 「いや、あの…ええい ! 」 ラットグは強引にフリージアを引きはがした。 さすがにいきなりあんなことになっては、無頓着なラットグでも緊張したのだろう。 「さあ、背筋しゃんと伸ばせ ! 」 「…うん ! 」 そう言って、フリージアはぴしっと背伸びをした。 「深呼吸しろ ! 」 「うん ! 」 フリージアは思い切り息を吸い込み、はき出した。 北極の氷点下の空気が、フリージアの鼻と口から喉を通り肺に入り、そして抜けていった。 「肩の力ちょっと抜け ! 」 「うん ! 」 「そんで前向いて生きてりゃ大丈夫だ !  憎しみってのは武器と同じで、手放せなくても振り回されちゃ駄目なんだよ ! いいな ! ? 」 「はい ! 」 フリージアは元気よく返事をした。 その金色の瞳には、先ほどにはない強い光りが宿っていた。 「よし、じゃあお前はいったん退却して休め」 「ううん、まだ戦える ! 」 フリージアは槍を握り直し、力強く言った。 「大丈夫なのかよ ? 」 「大丈夫よ。だって、ラットグと一緒だもの ! 」 フリージアはそう言って、槍を一回振った。 ひゅん、という小気味の良い音が、冷気の中に響いた。 「…解った、ならとことんやろうぜ」 そう言って、ラットグは懐からハンカチを取り出し、フリージアの槍の柄に付いた血を拭った。 その時フリージアは、ラットグの体がかすり傷だらけだということに初めて気がついた。 考えてみれば、自分を追ってここまで走ってきたのだから、 ラットグでもダメージを受けておかしくない。 「…ラットグこそ…大丈夫なの ? 」 「大丈夫に決まってるだろ」 そう言ってラットグは、ハンカチをフリージアの足に巻いた。 フリージア自身気がついていなかったのだが、戦っている最中にいつの間にか負傷していたらしい。 考えてみれば、ラットグでさえかすり傷を負ったのだから、 フリージアが怪我をしていないわけがない。 しかしその傷は浅く、戦うのに支障は無さそうだった。 「お前と一緒だからな、大丈夫さ」 そう言うと、ラットグは小太刀を取り出した。 「行くぜ。まずは他の仲間と合流しなくちゃな」 「うん ! 」 そう言って、2人は駆けだした。 もう、何も恐れる必要が無くなったのである。 フリージアの心の中には、まだキリノに対する憎しみは燃えていた。 しかし、フリージアは自らの憎しみに焼かれるという最悪の事態を回避した。 これなら大丈夫だろうと、ラットグは思った。 そして2人は、再び乱戦の中へと身を投じて行った。 …… 「ここが敵の本拠地の入り口、か…」 そう言うエックス達の目の前には、巨大な氷山があった。 彼らの周りには敵兵の残骸が散らばっている。 「氷山で偽装しているわけだな。ミラージュの弓なら破壊できるぜ」 そう言うなり、レノンはミラージュの弓を構え、狙いを定めて目一杯引き絞った。 そして次の瞬間、轟音と共に氷山は倒壊した。 エックス達がそこを覗いてみると、地下トンネルと思われる巨大な穴が見えていた。 「よし、さっそく突入し…」 「いや、待て ! 」 エックスが穴に入ろうとするのをゼロが制止し、後ろを振り返った。 同時に、エイリアから通信が入る。 『敵の1隊が接近してくるわ ! 兵数はおよそ2千 ! 』 「2千…こんな時に…」 ゼロが舌打ちする。 『大丈夫よ、こういう時のために、エックス用の超重武装アーマーを作っておいたから ! 』 エイリアの明るい声が聞こえる。 「超重武装…だが、連隊(大隊以上、旅団以下の部隊)クラスの兵力相手に…」 「大丈夫だ、行ってくれ ! 」 エックスがゼロに言う。 「なんとか食い止めるし、それに他のみんなもすぐに応援に来てくれるさ ! 」 「…大丈夫なのか ? 」 「俺はこんな所では死なない。まだやらなきゃならないことがあるからな ! 」 エックスがそう言うと、ゼロはかすかに笑った。 「レノン、行くぞ」 「…ああ。エックス、死ぬなよ ! 」 そう言うなり、レノンとゼロは共に穴の中に身を投じた。 「お前達もな ! 」というエックスの声が聞こえたかどうかわからない。 そしてエックスは、敵軍が迫ってくる方角を向いた。 …ここが正念場だ… ! ※1 血留め 蕪巻(かぶらまき)とも言う。 槍で敵を刺した際の血が柄に伝ってくると、手が滑って上手く使えなくなるので、 この血留めの部分で血が伝わるのを止めるようになっている。 フリージアはあまりにも滅茶苦茶に槍で刺しまくったため、 敵の血(オイル)が柄本まで伝ってきていた。 本来は麻を巻いて乗りで固め、その上から金箔や漆を塗って作るのだが、 フリージアのビームスピアはこの血留めも金属製である (他のレプリロイドが使うビームスピアも同様ってことで)。

第二十五話・混沌

北極の氷の上を、2千の戦闘レプリロイドが疾走する。 そして、それを待ち受けるエックス。 「エイリア、アーマーの転送を頼む ! 」 『了解よ、フォートレスアーマー、転送 ! 』 エイリアの声と共に、再びエックスの体が光りに包まれた。 その場に誰かがいたなら、そのアーマーの姿に愕然としたことだろう。 全身を…頭頂部からつま先までを重火器が覆い尽くし、胸からも巨砲がつきだしていた。 そして踵にはアンカー、目元にはスコープ、背中には放熱フィンと、まさに兵器の固まりであった。 『コンセプトは「付けられるだけ銃を」、「動く要塞」 ! どうかしらエックス、感想は ? 』 「………動けないんだけど」 武器に包まれた中で、エックスが呟くように言った。 『……え ? 』 「だから、重くてまともに動けないんだけど…」 敵が接近しているというのに、通信機越しに会話している2人はしばらく沈黙してしまう。 …考えてみれば当然である。 エックスに搭載されている武装は、ほとんどがレプリロイドではなく、 戦車やライドアーマーに装備するような巨大なものだったからである。 が、やがて、 『…とりあえず、ぶっ放しましょ』 エイリアがそう言った。 「…了解。…どうにでもなれ」 やや投げやりな口調で、エックスがそう応える。 そして、敵兵がエックスのスコープに写った。 エックスは踵のアンカーを降ろす。 『行くわよ ! 照準あわせは私がやるわ ! 頭部30mmレーザー砲、両肩150mm無反動砲、 右肩超高初速ガトリング砲、左肩5連装ミサイルポッド、右腕6連装インパクトバスター、 右肘鐵甲機銃、左腕大口径マグナムバスター、左肘90mmレーザー砲、胸部180mm荷電粒子ビーム砲、腹部5連装ローリングキャノン、両腰6連装ミサイルポッド、 両腿4連衝撃砲、両膝8連装マイクロミサイル、両足3連装展開式レーザー砲 ! 全て準備良し ! 』 「フォートレスアーマー…フル・バースト! ! 」 エックスの叫びと共に、全砲塔が一斉に火を噴いた。 次々と飛び出した光線、実態弾、ミサイルなどが、遠距離から敵兵を蹴散らしていく。 あっという間に、その場は地獄絵図となっていく。 (…もう使いたくないな……できれば二度と…) 撃ちながら、エックスはそう思った。 第一使い勝手が悪いし、このようなアーマーを乱用すれば、やがてそのデータを元に、 さらに強力な武装を施したレプリロイドが開発されるだろう。 そして何よりも、自分が単なる兵器になってしまいそうだということであった。 その頃、ジルバ、英鴻は、マッシモ、ヤクラッシュらの部隊と共に、 エックス達の向かった本拠地を目指していた。 「…またとんでもない物を作ったわね…」 ジルバが、100メートルほど先の、フォートレスアーマーの閃光を眺めて呟いた。 「開発許可出したのはジルバ司令官でしょう」 英鴻がジルバのやや後ろで言う。 「確かに出したけどね…英鴻、あの光りが何だか解る ? 」 ジルバが、エックスの発射したと思われる閃光を見やって言う。 「あれは…荷電粒子ビームでしょうネ」 荷電粒子ビームとは、空気中の電荷を帯びた素粒子やイオン化原子などを吸収し、 加速器を用いて超高速で撃ち出すことで破壊力を得る兵器である。 空気中を進むにつれて拡散してしまうため、遠距離からの砲撃には向かないが、 レーザービームなどの光線にくらべ強い衝撃力を持つ。 「その通り。でもエイリアとダグラスが提出した開発プランには、 あそこまで大型の荷電粒子砲なんて無かったわ」 「アイヤー、それじゃ許可無しに勝手につけたってことですか」 「そう、職務規程違反。帰ったら始末書書かせておいて。 ……まあ本当は懲罰物だけど、非常事態だしね……」 「了解…でもそうした場合、ワタシの命は保証されるのですか ? 」 「いえ、保証できないわね」 (これでよく統率とれてるよなぁ、イレギュラーハンターは…) と、マッシモは思った。 その時、ジルバがエックスに通信を入れた。 「エックス、聞こえる ? もう近くまで来てるから、あんまり撃ちまくらないでよね ! 」 『あっ、了解 ! 助かった、さすがに残りエネルギーが少なくなってきて…』 「そりゃ、これだけ撃ちまくっていればね」 そう言うと、ジルバは今度は自分たちの周りの兵士達に告げた。 「全員、突撃 ! 」 兵士達はマッシモとヤクラッシュを先頭に、敵の真っ直中に切り込んでいく。 敵兵は既に大混乱に陥っていたため、討伐隊側の方が有利に戦闘を進めた。 ……… 「薄気味悪いところだな…」 飛び込んだ穴の底で、ゼロがぼやいた。 そこは薄暗く、周囲の壁には太いコードが張り巡らされていた。 『そこから通路を真っ直ぐ。その先から、強いエネルギーが出ているわ ! 』 「わかった ! 」 アイリスのナビゲートに従い、2人は暗い通路を進んでいく。 「…敵がいないな…」 『ええ、レプリロイド・メカにロイドの反応は全く探知できないわ』 アイリスが通信機でそう言った。 2人は不気味に思いながらも、その通路を進んでいく。 すると、やがて広大な部屋に出た。 そこには数々の機械類が並び、かなり大きなスペースがある。 そして、上を見上げれば、そこには球状の水晶のような物体が浮遊していて、 制御装置と思われる太いコードが大量に接続されている。 『エネルギーは、あの物体から出ているわ ! 』 「あれが『fの脳』…ブレイン・フォルテ… ! 」 ゼロは戦慄した。 その水晶状の物体に、確かに見覚えがあったのだ。 ファウストの言ったとおり、ゼロの電子頭脳の中にも、 このブレイン・フォルテの一部が組み込まれているのだろう。 (……破壊しなければ ! ) ゼロは、片腕をゼットバスターに変形させた。 『あっ、ゼロ待って ! 無闇に攻撃したら…』 アイリスが止めるのも聞かず、ゼロはブレイン・フォルテめがけてバスターを乱射した。 バスターのエネルギー弾が、制御装置を破壊し、ブレイン・フォルテ自体にも何発か命中する。 その時、部屋の中のゼロとレノンを振動が襲った。 それは、ブレイン・フォルテから放たれる波動だった。 ファウストにすら既に制御しきれなくなっていたブレイン・フォルテが、 ゼロの攻撃に刺激され、完全に覚醒したのである。 「…しまった ! 」 ゼロが自分のやったことの重大さに気づいたときには、もう遅かった。 ブレイン・フォルテから、無数の赤い光りの粒子が、シャワーの様に降り注いだ。 そして、それらの粒子が集まり、積み重なり、次第に1つの形になっていく。 「……これは…」 やがて形成された物の形を見て、2人はまたもや戦慄した。 その赤い光りで構成された物体…それは、まさしく… 《魔王》 …そう呼ぶにふさわしい姿だった。 《魔王》は巨大なかぎ爪を振りかざし、ゼロを狙う。 ゼロは咄嗟に横へ回避するが、その際の風圧が、ゼロの体を強かに打った。 「がはッ… ! ! 」 「親父 ! 」 レノンがミラージュの弓を引き絞り、《魔王》目がけて放つ。 その一撃に、魔王との体は一瞬砕けたかのように見えたが、 すぐにまた赤い光りが集まり、元の形が形成される。 「ちっ…親父、俺は本体の方を狙ってみるから、その間、このデカブツを引きつけてくれ !  こうなったからには、なんとかしてブレイン・フォルテを破壊するんだ ! 」 「…解った ! 」 ゼロはセイバーをしっかりと握り、床を蹴って跳躍した。 《魔王》の頭に向かって。 そして《魔王》が左腕の爪を振り上げ、空中のゼロ目がけて振り下ろした。 その時オペレートをしていたアイリスは、愕然とした。 跳躍したゼロの体が、《魔王》の爪に抗うことなく、 一瞬で真っ二つに切り裂かれてしまったのである。 しかし、アイリスは絶叫する前に、それが幻影であると気づいた。 フロック・ビラニアンの能力チップからDNAラーニングした技・幻波剣。 2体の分身を作り出し、分散攻撃する技である。 ゼロは分身の1体を囮として頭部目がけて跳ばせ、自分は《魔王》の右足に、 もう1体の分身を左足に向かわせた。 (どこを斬ってもどうせ再生するだろうが、再生には1、2秒時間がかかるだろう。 その間、少しでもバランスを崩せれば…) ゼロは《魔王》の脚部に到達すると、左から右へと、大きく横薙ぎに斬りつけた。 途端に《魔王》の体がぐらりと揺らぐ。 「今だ、やれ ! 」 ゼロのかけ声と同時に、レノンがミラージュの弓を最大限まで引き絞り、 頭上のブレイン・フォルテ本体目がけて放った。 …が、しかし… 「 ! 」 ゼロが驚愕した。 《魔王》の体が浮いたのである。 両足を切断された状態で。 そして、レノンの放ったミラージュの弓の行く手に立ちふさがった。 轟音と共に《魔王》の体は四散したが、再び光りの粒子が集まり、《魔王》の姿を形成する。 「 ! レノン、避けろ ! 」 ゼロが叫ぶのと同時に、《魔王》の掌からレノン目がけて粒子ビームが放たれる。 レノンは咄嗟に右へ跳んで回避するが、ビームは床に30センチほどの穴を開けた。 「ちっ…」 さすがの2人も、背に冷や汗が伝った。 さらにレーザーが撃ち出され、2人は跳躍しながら回避する。 加えて、《魔王》はその巨大な鉤爪で、暴風の如き衝撃波を巻き起こす。 回避しきれなくなるのも時間の問題。 これだけの行威力の攻撃、一発でも喰らえば、ゼロとレノンのアーマーでも危ない。 その時ゼロは、ふと頭上を見上げた。 ブレイン・フォルテの本体が、そこにある。 どんな手を使ってでも、それを破壊しなければ… 「……これしか無い…か」 ゼロは、決意を秘めた口調で、そう呟いた。 『…ゼロ… ? 』 オペレートをするアイリスが、やや不安を帯びた顔で、言う。 「レノン、お前の飛翔能力で、ここからあの本体の所まで、どのくらいで行ける ? 」 「この高さなら…2秒あれば」 「2秒か…だったら楽勝だ」 ゼロはゼットセイバーのスイッチを切り、背中のホルダーに挿すと、 腕に装備された転送システムを起動させ、手元に新たな武器を転送した。 シグマのサーベルのデータから作られた、ゼロの武器の中で最大の威力を持つ剣…Σブレードである。 「レノン、俺があいつの攻撃を、体当たりしてでも食い止め、囮になる。 その隙に本体のところまで飛んで、破壊しろ ! 」 「正気か ! ? 親父 ! 」 レノンが、色の異なる目を見開いて叫ぶ。 『無茶よ、ゼロ ! ! 』 「…戦争だからな…誰かが無茶をしなければならないこともあるだろ」 アイリスにそう言うと、ゼロがΣブレードを握り、技を繰り出す構えを取る。 「安心しろ、俺は死なない。俺の中には、死とか、絶望とかに負けない部分がある」 ゼロは《魔王》の胴体に狙いを定めた。 「悲しみや恐怖を何度も超えた…俺自身にも解らない力がな ! ! 」 次の瞬間、ゼロは《魔王》の懐に飛び込んだ。 ハイパーモード『ブラックゼロ』による、漆黒のアーマーに身を包んで。 武器に炎を纏わせ、敵の一点目がけて刺突を繰り出す『刺焔閃』。 ハリモーラからのラーニング技である。 それが《魔王》に届いたとき、レノンも覚悟を決め、翼を広げて飛翔した。 ゼロは《魔王》の爪やレーザーを避けつつ、さらに攻撃を繰り出す。 わずか1秒足らずで、数十発の斬撃を叩き込む。 その全てが、通常のレプリロイドなら即死させられるであろう激しい斬撃であった。 しかし、《魔王》にとっては軽傷である。 その間に、レノンはサーベルを構え、自分の飛翔能力を最大限まで使用し、急激に上昇していた。 人間だったら、強烈なGでとっくにブラックアウトしている速度だ。 その時だった。 「ぐはっ ! 」 地上…といっても、北極の氷の下にある基地なので、この表現は可笑しいかも知れないが… とにかく、《魔王》と戦っているゼロが、苦痛の声を上げた。 《魔王》がゼロを床に叩きつけ、その足でゼロの体を踏みつけたのである。 『ゼロ ! 』 通信機を通してアイリスの叫びが聞こえたが、レノンは下を見ることなく、更に速度を上げた。 《魔王》の腕が、伸びたのか、はたまた本体から切り離されたのか、 レノン目がけて下から向かってきていることを、肌で感じたからだ。 そして、レノンは空中で体の位置をずらし、かろうじて《魔王》の爪から逃れる。 「喰らえっ ! ! 」 レノンは叫ぶと同時に、ブレイン・フォルテ本体にサーベルを突き立てた。 そして次の瞬間、《魔王》が苦しそうに咆哮した。 レノンはサーベルを引き抜くと、尚も迫ってくる《魔王》の腕を回避しつつ、 ゼロを助けるために下へ降りていった。 《魔王》は悶え苦しみながらも、ゼロの体に体重を乗せた。 ゼロはなんとか脱出しようとするが、《魔王》の足はゼロのアーマーをメキメキと砕いていく。 と、その時だった。 『お父さん ! 』 ソニアの声が聞こえたのだ。 それは果たしてゼロが苦しみの中で聞こえた幻聴だったのか、 それともオペレートをしているアイリスの傍らでソニアが叫んだのか。 いずれにせよ、ゼロに力を与えるには十分だった。 「うおおおおぉっ ! ! 」 ゼロは《魔王》の足を両腕で掴み、全身全霊を込めて、その足を押し返した。 そして《魔王》がバランスを崩した瞬間、ゼロは抜け出した。 それと同時に、ブレイン・フォルテの制御装置が爆発を始めた。 『ゼロ、レノン ! 早く逃げて ! 』 アイリスの声と同時に、急降下してきたレノンが素早くゼロを抱きかかえ、床近くを滑るように飛びながら、脱出路へと向かって行った。 ……… 「もう少しだな…」 ラットグはさっと後ろに跳び、前方のコスモトルーパー目がけて爆弾を投げつけた。 閃光と共に爆弾は炸裂し、数体のコスモトルーパーが木っ端みじんになる。 格闘武器を多数装備したレプリロイドがラットグに迫ってきたが、 ラットグのやや後方から繰り出されたフリージアの槍により、あえなく倒れた。 と、その時だった。 「 ! フリージア、後ろだ ! 」 「えっ ! ? 」 フリージアの背後で、氷が音を立てて割れた。 そして、その砕け散った氷の中から、巨大なチェーンソーを装備したコスモトルーパーが、 フリージア目がけて襲いかかってくる。 「きゃあっ ! 」 悲鳴を上げつつも、フリージアは反転し、槍をそちらに向けようとする。 しかし、次の瞬間。 澄んだ音を立てて、そのコスモトルーパーが真っ二つに割れた。 そしてその先に、北極の氷よりも怪しい輝きを放つ、白刃が顔を出していた。 「 ! 」 フリージアは背筋がぞくりとした。 フリージアの苦手なものの1つに、日本刀がある。 それは兄たちの命を奪った凶器が日本刀ということもあるのだが、それ以前に、 日本刀の持つ雰囲気が苦手だった。 刃物の中で最高の完成度を持つという日本刀は、柄や鍔は西洋や中国の剣に比べて質素。 それゆえ、白刃の輝きがより一層増すのだ。 そしてその刃は、フリージアの兄たちの命を奪った日本刀に違いなかった。 「大丈夫か ? 」 その刀の持ち主…キリノが、フリージアに向かって言った。 「あ、は、はい ! 」 フリージアはそう答えた。 「お師匠さん、ご無事で何よりです ! 」 「何言ってやがる、俺が簡単に死ぬか」 キリノはラットグにそう言うと、別のレプリロイドの喉の部分に照準を合わせた。 そして次の瞬間、目にもとまらぬ…否、目にも映らぬような速度で、刺突が放たれる。 相手に悲鳴を上げる暇すら与えないほど、超高速の刺突が。 フリージアの目にも、ラットグの眼にも、それが一回の刺突のように見えたが、 そのレプリロイドは額、喉、胸の3カ所を貫かれていた。 幕末の武装集団・新撰組の一番隊組長・沖田総司が得意としたという技『三段突き』。 高速で3カ所を突くとも、突く、引く、また突くという技とも言われている。 何にしろ、達人だからこそできる早技だということはほぼ間違いない。 その時、北極の氷の大地が一瞬、ぐらりと揺れた。 「 ! な、何 ! ? 」 フリージアが叫ぶ。 「落ち着けよ。…お師匠さん、これは一体… ? 」 ラットグの問いを、キリノは「知るか」の一言で一蹴すると、笠の下に隠れた眼を僅かに細めた。 「……何か…来るな…」 キリノはそう言うと、刀を鞘に収めた。 彼らの周囲の敵兵は、残り10数人ほど。 しかし、その後方から、多数の敵兵が次々と迫ってきている。 「早いところ主力部隊…ジルバの旦那達と合流した方がいいっすね」 「ああ」 キリノはそう言うと、愛刀の柄に手をかけ、腰を低くし、抜刀の構えを見せる。 「3人だけじゃあ、強引に突破するしかあるめぇ。…できれば、道を開けてもらいたいんだがね」 キリノはそう言って、敵兵達を睨み付けた。 しかし、シンジケート・コスモの兵士達は、ファウストの力により、すでに恐怖という感情を無くしていた。 次々と襲いかかってくる敵兵に、キリノはため息をついた。 「兵数はざっと見積もって300ってところか…ちょっとした軽業を披露しよう」 “武神”の眼が、敵を捉えた。

第二十六話・天地大乱

「んじゃ、行くぜ…」 キリノがそう言った瞬間。 フリージアは信じられないものを見た。 一瞬。 本当にそれは、一瞬の出来事。 キリノに襲いかかろうとしていた敵兵達の首が、音もなく一斉に落ちた。 キリノは、1歩も動いていなかった。 いや、動いてはいたのだが、フリージアにはわからなかったのだ。 「縮地」をさらに昇華させた、キリノ独自の歩法である。 そして、キリノが抜いた刀すらも、フリージアには見えなかった。 「《無影剣》…」 ラットグは生唾を飲み込んだ。 「簡単に言えば、もの凄く速い抜刀術… けどそれは、ただ単に「高速」という言葉とは次元が異なる… ! 」 ラットグは身震いしながら言うと、呟くように言った。 「お師匠さん、前よりもっと強くなってた…」 「当たり前だ。俺は“武神”だぜ ? 」 そう言うなり、キリノはさっと姿勢を低くし、大群の中に飛び込んだ。 次から次へと、敵兵達の首が、吹き出した鮮血と共に氷の上に落ちていく。 キリノの振るう刀の周囲に、とてつもない「力」が渦巻いていた。 並べたドミノが倒れるが如く、あまりにも一方的に、キリノは敵を殺し続ける。 染血の舞踏 そう形容できる光景であった。 (あれが…) フリージアも息を呑む。 (あれが……武神 ! ) その時だった。 氷の大地が大きく揺れる。 そして轟音と共に、巨大な物体が氷を突き破り、せり上がってきた。 「な、なんだありゃ ! ? 」 ラットグが目を見開いた。 30メートル以上あると思われるその物体。 巨大な牙。 怪しく輝く銀色の爪。 巨木のような尾 黒い装甲。 「あれが敵の…最終兵器ってか…」 300の敵兵の最後の1人を切り伏せ、キリノが呟いた。 ………… 「……どうも、やばい状況みたいね」 ジルバは、前方の巨大なドラゴンを見て、そう呟いた。 周囲の兵士達も、その禍々しい姿にたじろいでいる。 そして、次の瞬間。 そのドラゴンが吠えた。 途端に前方の兵士達が、ドラゴンの口腔から放たれた無数のレーザーにより蒸発する。 そしてドラゴンの咆哮は尚も続く。 次から次へと、味方の兵士達が蒸発し、シンジケート・コスモの兵士達も、次から次へと消滅していく。 何人かがドラゴン目がけて砲撃を開始するが、高層ビルを一撃で倒壊させられる 45cmハイパービームキャノンも、そのドラゴンの装甲にかすり傷一つつけられない。 「司令官 ! 」 英鴻が叫ぶ。 彼は普段はジルバのことは名前で呼ぶが、公の場では上司・部下の関係をわきまえ、役職名で呼ぶ。 「ここは撤退した方が宜しいかと ! 」 「けど、まだゼロやレノン、それにエックスも… ! 」 ジルバがそう言ったとき、レーザーの雨をかいくぐって、 1体…否、2体のレプリロイドが、地面近くを滑るように飛んできた。 ゼロと、それを抱えて飛行するレノンである。 「ゼロ ! レノン ! 」 「ジルバ、すまねぇ」 レノンがジルバの近くに着地すると、ゼロがそう言う。 「少しばかり、無茶しちまったぜ…」 「ジルバ、エックスは戻ってきたのか ? 」 レノンの問いに、ジルバは首を横に振った。 『私たちの方からも、エックスさんの反応をキャッチできません ! 』 パレットの悲鳴に近い声が、通信機を通して聞こえた。 「ジルバ司令官、やはりここは、これ以上犠牲の出ないうちに撤退を」 英鴻が強く勧める。 「一般兵士や怪我人を安全地帯に退避させ、一度体制を立て直し、 比較的傷の浅い精鋭のみで攻略をかけるのが上策かと思われます」 英鴻の提案を聴きながら、ジルバは、レーザー光線が雨のように降り注ぐ、前方を見た。 その向こうで、エックスはまだ戦っていることだろう。 しかし、数万の部隊に指令を出す立場である以上、エックスのためだけに、 数多くの一般兵達の命を捨てさせるわけにはいかない。 「ジルバ ! 」 叫び声のする方を見ると、ラットグとフリージアを連れたキリノが、後方から駆けてきた。 「准将 ! 」 「ジルバ、殿(しんがり)は俺一人でやる。兵を退却させろ ! 」 キリノはそう言って、前に進み出る。 やがて、ジルバは言った。 「…全軍に通達。速やかに安全地帯まで撤退するように」 その言葉により、討伐軍は撤退を開始する。 「ラットグ、フリージア嬢ちゃん、お前達も逃げろ」 自ら殿を買って出たキリノは、2人にそう告げる。 「けど、お師匠さん…」 「足手まといだと言うのがわからないのか ! ? 」 キリノが、ラットグと目を合わせずに一喝した。 「……お師匠さん…」 「…撤退しろ。これは師命だ。お前の情報収集、破壊工作などの能力は、 イレギュラーハンターの本隊が反撃に転ずるときに必ず必要になる」 キリノはそう言うと、刀の柄に手をかけ、姿勢を低くし、突撃の構えを見せた。 「それと、嬢ちゃん」 フリージアは、はっと目を見開いた。 「嬢ちゃんにも、言っておきたいことがあった…」 「…な…なんですか ? 」 そう問い返すと、キリノは言った。 「強かったぜ。嬢ちゃんの兄さん達は」 同時に、キリノは前方へ走り出した。 「−− ! ! 」 フリージアの叫びは、言葉にならない。 そもそも、叫ぶべきなのか、沈黙しているべきなのかすら、フリージアにはわからなかった。 ただ 兄たちを殺した男。 憎い男。 しかしその実像は、あの時見たものとは、明らかに異なっていた。 それは強く、美しく…そして…… どこか哀しい、“武神”だった。 やがて、“武神”キリノの姿は視界から消えていく。 「……フリージア、撤退だ」 ラットグが、フリージアの手を引き、ジルバや英鴻達の後を追う。 「…お師匠さん、どうかご無事で…」 「エックス隊長は、奇跡を呼び寄せる力を持っております」 ジルバの隣で、共に退却する英鴻が言った。 「彼の力は、神謀鬼策を極めたこのワタシでも、計りきれません」 「ええ、きっと…」 ジルバは、後方…ドラゴンの暴れている方角を仰ぎ見る。 「大丈夫よね…絶対……」 と、その時、楊家傭兵団の兵士が、英鴻の元へ血相を変えて駆け寄ってきた。 「ち、趙先生 ! や、や、楊大人(ヤンターレン)がっ ! ! 」 〜〜〜 エックスは目を開けた。 辺りに見えるのは、何処までも広がる闇ばかり。 「……俺は…」 エックスは乱戦の中で、巨大なドラゴンが目の前にそびえ立ったのを見た。 そして次の瞬間、エックスは激しい光の渦の中に飲み込まれていたのである。 「死んだ…のか ? 俺は………」 そう呟いたとき。 エックスの目の前に、青白い光りが現れた。 そしてそれは、少しずつ、人の形に変わっていった。 《エックスよ…》 「 ! 貴方は ! 」 Dr.ライト。 ロボットの父と呼ばれる、今や伝説となった科学者。 エックスは今まで、彼の姿を何度か見たことはあった。 《エックス……あの龍は、フォルテ・ドラゴン。Dr.ワイリーが、最終兵器として設計したものじゃ。 どうやらその設計図が、ブレイン・フォルテの中に組み込まれていたらしい。 ブレイン・フォルテは周囲の機械類を取り込んで、その形態に進化したようだ…》 Dr.ライトは、エックスにそう語る。 《エックスよ……まだ戦う勇気はあるか ? 》 そう問われて、エックスはやや俯いた。 今まで人々を守るために、数々の敵をバスターで葬ってきたエックス。 だが、いつになったらこの戦いは終わるのか。 永遠に戦い続けることが、自分の運命なのだろうか。 しかし 「一つでも多くの命を守れるなら… ! 」 エックスは決心を秘めた瞳で、Dr.ライトを見つめる。 「戦います、博士 ! 」 《お前がそう言うのなら……授けよう。アルティメットアーマー・ジェットを ! ! 》 次の瞬間、エックスの体が光りに包まれた。 《これはアルティメットアーマーに更に改造を加えたもの… ヘッドパーツのハイパーエネルギーシールドはありとあらゆる攻撃に耐えられる。 ボディパーツのプラズマスラスター、フットパーツのギガブースターによる機動力、 そしてアームパーツのツインランサーの攻撃力。シールドを展開した状態でのノヴァストライクは、 通常のノヴァストライクの20倍の威力じゃ。それを使って、フォルテ・ドラゴンの頭を砕け》 そして、Dr.ライトの声と姿は、次第に薄れていく。 《エックスよ…お前にこんな運命を背負わせてしまい、謝罪の言葉も見つからない…》 「博士…」 《お前はまだ、苦しまなければならぬだろう…だが……》 〜〜〜 「エックス、しっかりしろ」 エックスが目を開けると、その前にはキリノがいた。 「………みんなは ? 」 「ジルバと趙殿の指示で撤退した。俺は殿に残ったのだが…そのアーマーは ? 」 そう言われて、エックスは自分の体を見た。 形状はアルティメットアーマーに近かったが、全てのパーツが黒(ジェット)で塗られ、 さらに背中には、4機のスラスターが搭載されている。 その時エックスは、天に向かって咆哮するフォルテ・ドラゴンを見た。 しかもその周囲には、オレンジ色の幕のようなものが張り巡らされている。 「俺も攻撃しちゃみたんだが、あのバリアは簡単には破れなくてな… 本体の装甲も、恐らく核シェルターの数十倍の防御力があるだろう」 見ると、キリノの脇腹から血(オイル)が流れ出していた。 決して軽傷ではないはずだ。 「…このアーマーなら、奴を倒すことができるはずなんだ。 最大出力のノヴァストライクで、奴の頭を打ち砕けば…」 「……よし、なら俺が、なんとかしてあのバリアを突破する。そこに突っ込め」 キリノはそう言って、刀を握り直す。 「だが、その怪我じゃ…」 「こんなもんは、怪我の内に入らないさ」 キリノは立ち上がり、フォルテ・ドラゴンの方を向いた。 「んじゃ…行くぜ ! 」 “武神”の脚が、勢いよく地を蹴った。 フォルテ・ドラゴンはその存在に気づき、キリノに向けて無数のレーザーの雨を降らす。 キリノはそれを縫うように回避しつつ、刀を構えて跳躍する。 (俺はやはり、死地でしか生きられなくなったのかもな…) ふと、そのようなことを考える。 キリノのレプリフォースでの階級は『准将』だった。 本来なら旅団(連隊以上師団以下。つまり1500名〜6000名の兵力)を指揮する階級でありながら、 キリノは少数精鋭の長として闇に生きる道を選んだ。 英鴻のように戦略・戦術専門ならともかく、刀の腕でその階級まで上り詰めてきたキリノにとっては、 自分自ら陣頭に立たぬ戦など意味を成さなかったのである。 その時から、キリノの生き方は決まったのだ。 (どんなに手を汚そうと、俺は信念のために戦い続ける。それが俺の武士道だ ! ) 「毘沙門…」 キリノの目が、目標…バリアの一点を捉える。 「破軍刃 ! ! 」 キリノの刺突が炸裂した。 キリノの愛刀は、強靱なバリアに深々と突き刺さり… 次の瞬間、バリアは卵の殻の如く、砕け散った。 「今だ、行けっ ! 」 空中から落下しつつ、キリノがエックスに叫んだ。 その時、フォルテ・ドラゴンはエックスの存在に気づいた。 『ロ……ロッ…クマ………ン…… ! ! 』 「 ! 」 エックスは、フォルテ・ドラゴンと向かい合う。 『…オ…マエ…ダケハ……タオス ! ! 』 その瞬間、エックスは跳躍した。 フォルテ・ドラゴンの頭部に照準を合わせ、両腕の槍状の武器…ツインランサーを前方に向け、 ハイパーエネルギーシールドを展開、そして計6つの推進装置を起動する。 「ハイパーノヴァストライク ! ! 」 エックスの体は、光りの弾丸となって宙を翔た。 同時に、フォルテ・ドラゴンも、口腔から凄まじい出力の粒子砲を放つ。 それも、ターゲットをエックスのみに絞って、集中的に。 「うおおぉぉぉ ! ! 」 エックスの纏うエネルギーシールドは、その粒子砲を分散させ、 エックスは光の海を切り裂くように突き進む。 しかし、あまりの出力に、シールドジェネレーターが悲鳴を上げ始める。 それでもエックスは、止まるわけにはいかなかった。 プラズマスラスターとギガブースターを最大限まで吹かし、尚も突き進む。 粒子砲はレーザービームなどよりも打撃力が強い。 エックスはその光の濁流に逆らい、渾身の力を振り絞って飛ぶ。 その時、スラスターの出力がやや低下するのを感じた。 粒子砲の圧力に、背中のプラズマスラスター4機のうち2機がショートし始めたのだ。 他の推進器も悲鳴を上げる。 (このままじゃ…勢いが死んで……押し返される… ! ) その時だった。 後方から、凄まじい不可視の力が、エックスの体を押し始めた。 「ここが正念場、諦めてはならぬぞ ! 」 「その声は…飛星 ! 」 後ろを振り返って確認する余裕は無かったが、それは確かに飛星だった。 体力も限界に近づいていたエックスだが、スラスターをさらに吹かす。 アーマーから火花が散るが、飛星の力のおかげで勢いは保てた。 「絶対に…絶対に…」 エックスは今までの戦いを思い起こした。 次々と現れる強敵…。 散っていく仲間達…。 「ここで……終止符を打つ ! ! 」 その時だった。 粒子砲が弱まり始めた。 フォルテ・ドラゴンのエネルギーが尽きたのだ。 「勝機だ ! 行け ! 」 飛星が叫ぶ。 エックスは更に加速する。 そして、粒子砲が切れた時、エックスのエネルギーシールドジェネレーターも限界に達し、ショートした。 もはやエックスの身を守るシールドは無い。 それでもエックスは、フォルテ・ドラゴンの頭目がけて、加速を続けた。 このままぶつかれば、エックスも無事では済まない。 いや、むしろエックスの体の方が、粉々になる可能性が高いだろう。 そして …キリノと飛星は、フォルテ・ドラゴンの頭が砕け散るのを見た…

第二十七話・凱旋

「今回のシンジケート・コスモの反乱は、イレギュラーハンター達により鎮圧されました。 しかし、今回の戦いでもまた、おびただしい数の犠牲者・戦死者が出てしまいました。 今このハンターベースで、彼らを弔う慰霊会が行われます」 ハンターベースの前で、テレビ局のリポーターが言う。 鉛色の空の下。 イレギュラーハンター隊員、そして連邦政府軍代表者達の前で、戦死者を弔うため、10発の空砲が放たれた。 その銃を放った兵士達の中に、アクセルの姿もあった。 ……レプリロイド中央病院…… 「エックス、入るぞ」 ゼロが、病室のドアを開ける。 「やあ、ゼロ」 ベッドに横になったエックスが片手を上げる。 その近くには、女性隊員達から送られた大量の花束が飾られている。 「具合はどうだ ? 」 「もう少しすれば、動けるようになるそうだ。ジルバには怒鳴られまくったけどね。 ……慰霊会に出られないのが残念だよ」 少し哀しげな目をして、エックスは言った。 「無理はするな。ダグラスやケインのじじいが言うには、お前が無事だったことは最早奇跡らしい。 お前があのとき装備していた…アルティメットアーマー・ジェットだったか ? 」 「ああ…」 「あれは原形を留めないほどに壊れ、今ダグラスやエイリアが解析をしている。 まあ、さすがのあいつらでも、なかなか難しいらしいが…」 その時、病室のドアが再び開き、アイリス、レノン、ソニアの3人が、部屋の中に入ってきた。 「お待たせー」 「エックスお兄ちゃん、大丈夫 ? 」 「ああ、ありがとう。大丈夫だよ」 ソニアの無邪気な問いに、エックスは笑顔で応じる。 「これでようやく……終わったのね」 アイリスが、ゼロの傍らで言った。 「そうだな…」 「まさかここまで、とんでもない戦いになるなんてな……あ、そうだ」 レノンがふと想い出したように言う。 「特別捜査隊は、これからどうなるんだろうな ? 」 「まあ、役目が終わったなら、解体されると思うけど…」 「まさかシンジケート・コスモの残党狩りまでやらされることはないよね ? 」 エックスが言う。 「ああ、それは連邦政府が特務憲兵隊を組織して、残党狩りを行うらしい。 捜査隊が解体されたら、俺たちは通常勤務に戻るだろうが…」 「そりゃ、俺や親父達はそうなるだろうけど…」 と、レノンが言う。 「英鴻も、総務課に戻るのか ? 」 「そういえば、どうなんだろうな」 「あのね、確かハンターベースの参謀役になるかもって話を、オペレーターのお姉さん達がしてたよ」 ソニアが言う。 「なるほど、やっぱりそうなるのかな」 「とすると、ラットグ君とフリージアちゃんは… ? 」 アイリスの問いに、ゼロが少し首をかしげた。 「ラットグは事件の前から、英鴻の管理下で総務の手伝いとかやってたが、フリージアは…」 フリージアは元々シンジケート・コスモの下級兵卒。 シンジケート・コスモの情報をイレギュラーハンター側に話し、加えて戦場で功績も挙げたことだし、 「処分」などということはないだろうが、戦いが終わった後どうなるのかは決まっていない。 「フリージア自身、どうするつもりなんだろうな…」 すると、またもや病室のドアが開いた。 「おっ、噂をすれば」と、レノンが言う。 入ってきたのは、ラットグとフリージアだ。 エックスのベッドの横に並んだおびただしい数の花束に、2人とも一瞬目を見開いたようだ。 「こんちわっす、お見舞いとご報告に参りやした」 ラットグが、いつもの無頓着な声で言う。 「ありがとう、俺は大丈夫だ。で、報告っていうのは ? 」 ベッドの中から、エックスが尋ねる。 「特別捜査隊員の今後でさぁ。ジルバの旦那、エックスの旦那、ゼロの旦那、カーネルの旦那、 レノン、それからオペレーターの人たちは通常勤務に戻るようにとのことです。 ギガンティス島から来た人たちも、ギガンティス島に帰るらしいっす。 でもって英鴻兄ぃもとりあえず通常勤務…つまり総務課の仕事に戻るらしいっすね」 「なんでも、また有事の際には参謀役をやるだろうっていう話です」 フリージアが言う。 「なるほどな。で、お前等は ? さっきそのこと話してたんだけど」 レノンの問いに、ラットグはやや笑って。 「オイラとフリージアは、英鴻兄ぃの下で遊撃隊をやることになったんだ」 と、答えた。 「遊撃隊 ? 」 「正式名称は『イレギュラーハンター独立多目的小隊』。 なんかこう、『何でも屋』みたいな感じらしくてよ、普段は総務の手伝い、 でもって事件の時にはイレギュラーハンター本隊と連携しつつ、偵察や破壊工作なんかを行うって話だ」 ラットグは淡々と説明をする。 「良かったぁ。フリージアちゃん、これからもハンターベースにいるんだね ! 」 「うん、イギリスに帰ってもしょうがないからね… みんなと一緒に頑張ることにする。これからも、宜しくお願いします」 フリージアがエックスやゼロ達に頭を下げる。 ハンターベースになかなか馴染めなかったフリージアだが、 彼女も戦いを通じて信頼関係を築けたようだ。 「こちらこそ、宜しく」 「で、飛星やヤクラッシュ…それからお前の師匠はどうするんだ ? 」 ゼロがラットグに尋ねる。 「楊さんは報酬を受け取り次第、仲間連れて中国に帰還。 ヤクラッシュもチベットに帰るらしいでさぁ。 で、お師匠さんは多分、また旅に出ちまうと思います」 「旅って…どうして ? 」 アイリスが不思議そうに尋ねる。 「せっかくラットグ君とまた会えたんじゃない。 それに、ジルバさんや兄さんとも友達だったっていうし…」 「いや、お師匠さんにとっては、そういうのは割とどうでもいいんでさぁ。一概に『大切な人と一緒にいれること=幸せ』とは言えませんしね」 「……あの人の境地は、俺達には解らないな…」 エックスがポツリと言う。 空では雲が晴れ始め、金色の太陽が顔を覗かせていた。 … … … 「それにしても…」 言いながら、“竜帝”楊 飛星は「兵」の駒を進めた。 対する英鴻は、「馬」の駒で飛星の「兵」を取る。 これは象棋(シャンチー)と呼ばれる中国の将棋で、古代の将軍が、 兵士の暇つぶしと戦術眼の育成のために作り出したと言われている。 「“武神”殿、あのような良い弟子を何故手放した ? 」 飛星のその言葉は、二人の勝負を隣で観戦していた“武神”キリノに対してのものだった。 フォルテ・ドラゴンとの決戦の後、キリノは飛星と共に傷ついたエックスを救出し、 本陣に帰還、自身も手当を受けた。 そして先日、ハンターベースに凱旋したのである。 「この世に同じ刀は二振りもいらない」 キリノはそう答えた。 「いつまでも俺にひっついていたところで、あいつに良いことなんて無いのさ。 何もかも俺の真似しかできない、そんなつまらない奴になってほしくなかった」 「ふむ」 「それに、最高の刀には最高の鍔や鞘が必要。俺はあいつという鉄を鍛え、 磨いて刃とした。だが、鍔や鞘まで面倒は見きれない」 「つまりキリノ殿は…」 英鴻が「卒」の駒を進めつつ、口を挟んだ。 「ラットグに、自分の力で鍔と鞘を見つけさせようと思ったわけですな」 「その通り。そうすれば、天下無二の名刀ができあがる」 そう言って、キリノは自分の愛刀を前に出した。 「鍔とは守りの要。鍔迫り合いという言葉が生まれたように、鍔の使い方一つで戦いの流れは変わる。 趙殿から兵法を教われば、あいつにとって最高の鍔となることだろう」 「はは、ご期待に添えれば宜しいのですが…」 「鞘はどうだ ? 」 と、飛星が尋ねる。 「鞘は……まあ、候補はあるが…」 そう言うと、キリノは立ち上がった。 「さて、身支度を済ませてくるかな…」 「…どうも、昔を想い出すねェ」 キリノが立ち去った後、英鴻はポツリと言った。 「ああ」 そう言いながら、飛星は駒を進める。 「廬老師の下で修行をしていたころ…私はまだ“竜帝”ではなく“飛天竜”と呼ばれていた」 「ああ、そしてワタシは“神策軍師”と……。よし、この勝負はワタシの勝ちだね」 英鴻は象棋の駒を指さしてそう言う。 「……ふむ、そのようだ。お前とは何百回も勝負をしたが、勝ったり負けたりだな…。 思えば、お前は廬老師の下に入門するなり、いきなり私を象棋に誘い、打ち負かした」 「その次はワタシが負けたがネ」 「“八傑”の中で、お前だけは武術をやらずに兵法にのみ熱中していたな」 飛星はそう言いつつ、駒を片付け始めた。 「ま、でも他にやることはお前達と変わらなかったはずだよ。 いじめられている人を助けたり、悪党をやっつけたり、廬老師の酒を盗んでしばかれたり…」 「…最後のはお前と他の奴らが連んでやったことだろう。少なくとも私はやった覚えはないぞ」 「そうだったかな ? ……まあとにかく、またあのころの仲間達と『全員揃って』酒を飲みたいネ」 『全員揃って』 この言葉が何を意味しているか、飛星には解った。 「……大丈夫だ。必ず、また会える。廬武館の“八傑”全員でな…」 飛星は英鴻を励ますように、そう言った。 それも、ただ元気づけるためだけではない。 自分が『何か』を『実行』することを、暗示しているのだ。 …翌日… 「英鴻兄ぃ」 ラットグが、英鴻の部屋に入ってくる。 「連邦政府の護送用飛行機が来た。あの女を連れて行くみたいだぜ」 『あの女』とは、つまり英蘭のことである。 連邦政府はフリージアのイレギュラーハンター入りは認めたが、英蘭については断固『処分』の体制だ。 当然のことだろう。 フリージアは下級兵卒だったし、大した罪を犯したわけではない。 しかし英蘭は反連邦政府組織の幹部として、国際宇宙ステーションの襲撃まで指揮した。 政府が許しておくはずがない。 「英蘭の電子頭脳から記憶を抹消して、イレギュラーハンターに配属させては」という案もあったらしいが、 それは英鴻が絶対に許さないだろうと、ラットグは思った。 ラットグ自身、英蘭をこっそり逃がそうかと考えたが、 そうすればジルバやシグナスの責任問題になるだろうし、英鴻が真っ先に疑われることになるだろう。 「行かなくていいのか ? 」 「……行ったところで、あいつに何を言うのか」 英鴻はかすかに笑みを浮かべつつ、そう答えた。 やがて、飛び去っていく飛行機が、部屋の窓から見えた。 護衛の戦闘機や空戦メカニロイドを引き連れ、空の彼方へと飛んでいく。 おそらく、英蘭が乗っていることだろう。 連邦政府の本部で処刑されるのだ。 英鴻はただ、琵琶を弾きながらそれを見つめているだけだった… ……その頃、フリージアはハンターベースの廊下を駆けていた。 今日の昼頃に、楊 飛星は報酬を受け取って中国へ発つという。 ヤクラッシュもそれに同行してチベットに帰り、キリノも同行して、また旅に出るのだそうだ。 その前にフリージアは、キリノに話しておかなければならないことがあったのだ… 訓練所、ロビー、食堂と探し回り、そしてようやく、廊下を歩いているキリノを見つけた。 「キリノさんっ ! 」 フリージアが駆け寄ると、キリノは振り向いた。 「…1つだけ、お願いしたいことがあるんです…」 「…なんだ ? 」 キリノは無表情で答えた。 フリージアはキリノの鋭い眼光に、一瞬目を逸らしてしまう。 「ええと…その…」 「……ラットグから戦い方を教わっているらしいが…」 キリノはフリージアの言葉を遮り、言う。 「戦うときには相手と目を合わせろ、と教わらなかったか ?  目を合わせられない相手と戦っても負けは必至だと、俺はあいつに教えたがな」 それを聞いてフリージアははっとし、キリノの目を真っ直ぐに見た。 「…いつか…私にその自信ができたら……私と戦って欲しいんです ! 」 「…嬢ちゃんと ? 」 「はい」 「兄貴達の仇討ちか ? 」 「…いいえ。確かに私は、兄さん達を殺したキリノさんが憎かった…いえ、今でも憎いです」 フリージアははっきりとした声でそう言う。 「でも本当に一番憎かったのは、キリノさんじゃなくて、何もできなかった自分だって気づいたんです。 だからいつかキリノさんを超えられれば……弱虫の自分を、超えられるんじゃないかって…」 「……俺は殺人剣しか知らない」 キリノはフリージアの金色の瞳を見ながら、言った。 「『春秋に義戦無し』…戦場には善も悪もない。いや、区別できないと言った方がいいかな。 誰もが自分の正義を信じて戦うが、美か醜かを選ぶ権利はない。 どんな汚い手を使ってでも、相手を殺さなければ自分が死ぬ、仲間が死ぬ、民が死ぬ。それが戦場だ」 キリノは刀を抜き、フリージアの顔の前に切っ先を向けた。 フリージアはごくりと生唾を飲み込む。 「…そんな世界で生きていく自信、あるか ? 」 「……戦場では、勝つために逃げなきゃならないこともありますよね…けど…」 体の震えを懸命に抑え、フリージアは答えた。 「自分から逃げちゃ、その時点で負けだと思います。 …ラットグは私のことを、守ってくれるって…そう言ってました。 だから私も、友達を守れるようになりたい…それが、私なりの騎士道だと思うんです」 フリージアのその叫びを聞いて、キリノは確信した。 この嬢ちゃんなら、ラットグのいい鞘になってくれるだろう…と。 「…わかった。いつでもかかってこい」 キリノは刀を鞘に収めると、微笑を浮かべた。 そしてフリージアに背を向けて、歩き去っていく。 キリノは自分の収まるべき鞘を失った。 自分の征く道は、既に予想できていた。 だからこそ、ラットグとフリージアという新しい刃達には、全く新しい道を切り開いて欲しい… そう思ったのである。 ………… その日の正午、飛星ら楊家傭兵団は報酬を受け取り、帰ることとなった。 飛星は出立直前に、ラットグに「何かあったら訪ねてこい」と言った。 キリノはジルバと英鴻に、「ラットグを宜しく頼む」と言って一礼し、 ラットグとも簡単に言葉を交わした後、飛星の後について飛行機に乗り込んだ。 カーネルは「ハンターベースにいてくれませんか ? 」と頼んだが、 「お前は俺の事より、妹のこととジルバのことを考えてろ。 もし2人を幸せにできないようなら、俺がジルバをもらうからな」と一蹴された。 ヤクラッシュもマッシモらとの別れを惜しみながら、飛行機に乗り込んでいく。 そして彼らが飛び去った後、英蘭が護送中に脱走したとの情報が入った。 ラットグもジルバも、それ以外の全員も、飛星が裏に手を回してやったのではないかと思ったが、 誰もそのことを口にはしない。 ただ英鴻が、琵琶をかき鳴らしながら呟くのみだった。 「再見」……と。 ………… 荒涼とした大地の上に、彼女は立っていた。 腰に双刀を下げ、日本のある方角……兄のいるであろう方角を、ただ眺めていた。 ふと、あの少年の言葉が想い出される。 『あんた、世の中を変えるだのなんだのほざいてたが…そんな夢物語言ってる暇があったら、自分の中から変えてみろや ! 』 自分が『乞食のようだ』と馬鹿にした、あの少年の言葉。 それを想い出すと同時に、彼女は自嘲の笑みを浮かべた。 「………次会うときには…私も変われてるかもね。そして多分、貴方達も変わっている……」 英蘭は歩き始めた。 当てのない道を。 何処に通じているかも解らない道を。 しかしその道も、どこかで英鴻や飛星達の道と繋がっているような、そんな気がした。 「……再見………兄さん…」 〜完〜
  ELITE HUNTER ZERO