晴嵐華さんより小説「レノンの1日」



 ここは世界中のイレギュラーハンターが集まる、ハンターベース。  その中はあわただしく、多くのレプリロイド達で溢れ返っている。  レプリロイド達の外見は非常に様々で、人間に近い外見の者も居れば、いかにも機械という外見の者、動物の形をした者もいる。  そんな様々なレプリロイドが居るハンターベースの中、一人、視線を集める青年が居た。 「おいレノン! これ提出期限今日だ! 悪いけど総司令官に届けておいてくれ!」 「マジかよ!? フィラメント! お前いい加減にしろよ!」  金色に輝く髪に、ガラスのように輝く色の異なる青と緑の瞳。  細いボディに中性的な顔立ちが女性のように思わせるが、彼はれっきとした男性である。  名はレノン、外見からは想像がつかないがS級の凄腕ハンターである。  そんな彼に必死の形相でしがみつく青年型レプリロイドの名はフィラメント、起動して一カ月しか経っていない最新型のレプリロイドである。 「お前最新式のくせになんで失敗ばかりなんだよ、馬鹿!」 「しょうがねぇだろ! 俺は“成長”するレプなんだからよ!?」  数々の事件を解決してきた、あの英雄、“ロックマンX”。  彼はレプリロイドでは信じられない、成長をする機械だった。  研究者は数々の実験を重ねた結果、エックスには及ばないが、成長をするレプリロイドを作り上げた。  それが、フィラメントなのだ。 「黙れ、欠陥品! エックスの爪の垢でも飲んでこい! 少しはマシになるだろうよ!」 「あーあー、悪ぅございましたよ! 今度から気―をーつーけーまーすー」 「……反省してねぇなお前」  試作品故、とても不安定なので、彼は年も近いであろうレノンへと預けられた。  普段は彼の業務を手伝っている訳なのだが、たまにこうやって失敗をする。  まあ、初期に比べたら全然良くなったのだが。 「ていうかレプリロイドに垢はないだろう」 「ツッコミ、遅っ!?」  こうして文句を言ってるものの、フィラメントはレノンに対してとても従順だ。  預けられただけなので上下関係などは無いのだが、フィラメントは当然のようにレノンへ部下のように従っている。  理由は不明なのだが、これも人間に近い感情が芽生え始めているのではないかといって、目下研究者達の討論の種となっている。 「じゃあ、俺はジルバに書類届けにいってくるから……大人しく! サボらずに! 待ってろよ!」 「へーへー、いってらっしゃいレノン殿―」 「いちいちいらつくリアクションを取るんじゃねぇよ馬鹿!」  一昔までは、面倒を見られる側だったレノンだったのだが、今ではすっかり成長して面倒を見る側になったレノン。  その顔には、自然と楽しそうな笑みが浮かんでいる。  これが、彼の新しい日常である。  ハンターベースの廊下はいつも多くのレプリロイドで賑わっている。  慌ただしく走り回る者も居れば、同僚と談笑をしている者までいる。  だが、そんな状況がある人物の登場によって一瞬で変わる。 「総司令官殿! どうでしたか現場は?」 「まあまあね、復旧も大体終わったみたい」  銀色の髪を風に靡かせて、颯爽と登場した女性。  彼女こそ、この巨大なイレギュラーハンターの組織を纏める総司令官、ジルバだ。  先日起こった災害現場の事を語るその様子は実にさっそうとしていて、中には頬を染めて彼女を見つめる者まで居る始末だ。  実の所、彼女は人妻なのだがそれを知る人物は、一握りと言ってもいいぐらいしか存在しない。 「何か変わった事はなかった?」 「はいっ! 問題ありません!」 「そ、じゃあ後は仕事に戻りなさい」 「了解しました!」  故に、未だに彼女を狙っている人物は絶えない。  まぁ、彼女の地位と実力からしても、やすやすと手を出す度胸のある人物はそう居ないのだが。 「おっ、ジルバ! ちょうどいいところに!」 「あらレノン、どうしたの?」  そんなジルバにレノンは軽々と声をかける。  数々の戦場を共にくぐり抜けてきた同士なのだからそれは当然なのだが、周りはそれを大変驚いた様子で見つめている。  二人は、そんな視線に気づくことなく話し続ける。 「これ、フィラメントの野郎が出し忘れた書類。 提出期限今日なんだけど……大丈夫か?」 「まったく、最初の方に比べたらマシだけど……」  レノンから書類を受け取り、簡単に目を通す。  溜息をつきながらも、ジルバは書類を黙って受け取る。 「ま、レノンのお陰で段々と成長してきたわね」 「色々大変だけどな、結構楽しいぜ」  面白そうな笑みを浮かべてそうのべるジルバ。  そんな彼女の様子に一方のレノンは苦笑を浮かべながらも否定はしない。 「後の仕事は?」 「総務課に書類出しに行くついでに顔出してくる、このごろ忙しくてあいつらに会えてないからな」 「そ、じゃあまたね」 「おう、働きすぎるなよジルバ!」  ジルバがレノンの腕にまだ残っていた書類の束に視線を向ける。  レノンが簡単に説明を始めると、それに納得したのか笑みを浮かべて背を向けるジルバ。  いつも自分の身を省みずに働く彼女に釘をさしてから、レノンは総務課へと向かう。  場は変わってイレギュラーハンター総務課。  先ほどレノンが居た場所よりも、大分軽装のレプリロイドが多く見られる。  お目当ての人物を探すべく、辺りを見渡していると、お目当ての人物が目に入る。 「おいラットグ! 英鴻は今日居ないのか?」 「いんや、さっきまで居たんだけどな……何処いっちまったんだか……」  彼の名はラットグ、“殺猫鼠”の異名を取る凄腕の少年だ。  今はこうして総務課に身を置いてはいるものの、その実力は広くとどろいている。  本人はそれをまったくもってありがたいとは思っていないようだが。 「フリージアは?」 「あいつは切れた電灯の交換に行ったぜ」  いつもラットグと一緒に居る少女、フリージア。  元は反政府組織、シンジゲート・コスモに属していたのだが、今はここ、ハンターベースで働いている。  最初の頃こそはメットール一匹ですら倒せなかった腕前も上達し、日々精進している。 「しゃあない、これ英鴻が帰ってきたら渡しといてくれ」 「了解、それにしてもこりゃ一体なんの書類だ? ずいぶん分厚いけどよ……」 「……親父の始末書と壊した物の請求書だよ」  本来はあまり宜しくないのだが、英鴻当ての書類をラットグへと手渡す。  結構な量のそれを見て、訝しげにそれをめくっていく。  すると、そこには一人の人物が壊した物のリストが所狭しと書かれていた。 「ゼロの旦那も変わんないなー」 「……まったくだよ」  少々愉快そうに笑い声を出すラットグとは対照的に、レノンは沈んでいた。  “破壊神”とまで恐れられている自らの父親でもあるゼロ、それは一向に構わない。  だが、息子にまで自身の不始末の書類を処理させるのはやめてくれ、とレノンは語ったらしい。  ラットグとしばらく言葉を交わした後、レノンはまた人探しをしていた。  手に持っている最後の書類、これを渡す為に。 「さてと、親父は何処にいるのやら……」  探し人は、自らの父親、ゼロ。 腕を組んで辺りを見渡すが、遠目からも目立つ赤いアーマーを見つける事は出来なかった。 普段ならばロビーなどに居るのだが、今日に限っては珍しく居なかった。 (何かあったのか?)  少し考えを巡らせてみるが、今日は何も任務は入っていない。  しかも、出撃命令は誰にも出ていない。  だとすればこのハンターベースに居る筈なのだが……、とレノンが頭を抱えていると……、 「この野郎っ! 待ちやがれーっ!!!!!」 「アイヤーッ! 待てと言われて待つ人は何処にも居ませんよ、ゼロ隊長!」  何処からともなく、とても聞き覚えのある人物達の声が聞こえてくる。  思わず後ろを振り返ると、そこには何故かメイド姿のゼロと琵琶を弾きながらも見事な逃げ脚で彼を奔放している“若仙人”英鴻の姿が。  一瞬、そのあまりの出来事にレノンは茫然としてしまう。 「な、何やってんだ……」 「あ、レノン。 どうかした?」 「エックス、色々聞きたい事はあるんだけど……なんだこの状況?」  父親のあまりの姿にすっかりやる気を無くしていると、そこに救世主が。  青のボディが特徴的な“英雄”エックス、苦笑しながらレノンへと話しかける。 「あー……簡単に言うと、昔の日本の、何だったかな……“モエ”文化に関するデータファイルが見つかったから、 試しに英鴻がゼロで実験した結果が……あれかな?」 「……親父も着る前に気づけよ」 「アハハ、まあアイリスも関わってたから……しょうがないんじゃない?」 「まあいいや、これ親父が落ち着いたら渡しといてくれ」  どうやら、ゼロはアイリスにメイド服を渡され、それを疑う事無く着てしまったらしい。  ゼロはその後、首謀者が英鴻であると知り、自分の恰好を忘れてこうやって英鴻を追い回しているらしい。  今の状況では渡す事も不可能、という事を理解しているので、レノンはエックスへと書類を託す。  エックスは真面目でいて責任力がとても強いので、任せても安心だろう。  長年の経験でレノンはそう判断したらしい。 「うん、分かった、後で渡しておくよ」 「ん、またな」  少々名残惜しそうにその場を去るレノン。  本当はその場に残って、この出来事の終息が付くまで見物と行きたかったのだろう。  背後から聞こえてくる爆発音に時々足を止めながらも、彼はある処へと向かった。  ハンターベースの中でも、限られた人物しか入れないエリア。  そこには様々な事情で謹慎を食らったりしたレプリロイド達が窮屈そうにしていた。  若干知り合いも居るのか、軽く挨拶をしながら、そのエリアの最深部へと向かっていく。  その周りには水が張り巡らされ、水族館とも思える光景が広がっていた。 「ポセイドン、元気か?」  行き止まりの部分まで行くと、そこには静かな様子で一人のレプリロイドが佇んでいた。  腰まで伸びた緩やかなウェーブがかかった青い髪、海と同じ輝きを放つ青い瞳。  独特な装飾が施されたアーマーが特徴的。  彼こそ、連邦政府が誇る、“神威鳳衆”が一人、海神ポセイドンだ。 「レノン、今日も来てくれたのか」 「窮屈じゃないか?」 「いや、その点はジルバ達がよく配慮してくれているよ」  来訪者を見て嬉しそうな優しい笑みを浮かべる。  エリアから言うと、ポセイドンは此処へ幽閉されている。  彼は神威鳳衆という立場にあり、多くの功績を残している。  だが、人間に対して反乱をおこし、次は操られていたものの反政府組織に加担した。  流石に政府もこれを見逃すわけにはいかず、彼を処分しようとも検討されたが、それは現総司令官ジルバの説得により回避された。  それで、政府はポセイドンを長期謹慎に処したのだった。 「それはよかった、なんか必要なもんがあったら行ってくれよ!」 「ありがとうレノン」  これは特例中の特例と言っても良いくらい寛大な物だった。  だが実際は一日の大半をこの狭い水槽のような所ですごさなければならず、結構苦痛なのである。  なので、レノン達はなるべくポセイドンの元を頻繁に訪れ、負担を減らしているのである。 「ソニアは元気か?」 「ああ、もうこれでもかっ! って言う程な」 「それはよかった……」  ポセイドンはソニアの事をとても大切に想っている。  自身を二度も救ってくれた恩人として、そして、自分の娘の様に。 「また来るよ、今度はソニアも連れて」 「ああ、待ってるぞ。 気をつけてな」  お互いにしばらく言葉を交わし、レノンが立ち上がる。  その様子を見て笑顔で見送りをするポセイドン。  とても、穏やかな光景だった。  レノンの一日は長いようで短い。  ポセイドンと別れたのち、アクセルと組み手をした。  アイリスにも出会い、メイド服を着せられそうになってあわてて逃げた。  訓練をしているカーネルに付き合い、一緒に剣を振って色々と語り合った。  ハンターベース内を歩いていたら、見覚えの無い赤髪の男を見かけ、後を追ったら捲かれてしまった。  その事をジルバに話したら放っておいていい、と言われて悩んだり、レノンの一日は忙しく過ぎ去ってゆく。  気づけばもう空は青から橙色に。  そんな一日の終わり、レノンは一人人気の無い丘へと来ていた。  手にはミラージュの弓を持って。 「なぁミラージュ、俺、沢山大切な奴が出来たよ」  弓を木へと立て、語りかけるような口調でそう続ける。  すると、何処からか風が吹いてきた。  風はレノンの髪を揺らし、木々を包んだ。 「毎日が楽しくて、嬉しくて、とても大切なんだ」  目を瞑り、自らが身を置いていた環境を思い出す。  忘れてはいけない、過去の自分が犯した数々の罪を。  仕方がなかった、という言葉では済まされない、自分はどんな形であれシグマに加担して、破壊と殺戮をした。  それは許されざる事だ、だが仲間達はレノンを受け入れてくれた。  その姿を見て、レノンは過去に立ち向かう勇気を貰った。 「新しい仲間も出来た、ミラージュにとって俺もあんな感じだったのかな?」  忌まわしいシグマの呪縛。  自らに秘められた凄まじい力、購う事の出来ない宿命。  何も知らなかったレノンを、ミラージュは優しく包み込んでくれた。  イレギュラーに囲まれた闇の中、たった一筋、ミラージュが道を照らしだしてくれた。  いつしかレノンは、彼女に淡い想いを抱いていた。 「俺はさ、お前に貰ったこの命で、これからも生きていきたい。 今はまだ弱いし、ガキだけど。 時間をかけて、本当の意味で強くなるから。 その時、お前はきっと俺の元へ帰ってきてくれるんだよな」  そのミラージュは、自らを守る為に戦った。  何度も、自分の窮地を救ってくれた。  レノンは彼女の為に、強くなろうと固く決心をしたのだ。 「その時に……俺の本当の気持ちを伝えるからさ、待っててくれるか?」  こぶしをきつく握りしめ、視線を地面に向けながら声を出す。  その声は、とても小さくこの場に誰かが居たとしても聞こえない程だった。 (うん、待ってるからね。レノン)  しばらく沈黙が場を支配した後、嬉しそうな少女の声色が響いてくる。  声を聞き、咄嗟にレノンが顔を上げる。  だが、そこには人の姿は無く、ただ一つの弓があるのみ。  色の異なる瞳を見開いた後、眩しい笑みを浮かべる。 「ありがと、ミラージュ」  木に立てていた弓を手に取り、優しく撫でる。  少年の傍に少女の姿は無い、だが、彼女は誰よりも近くで彼を守っている。 「お兄ちゃーんっ! そこで何してるのー? 一緒に帰ろうー!」 「……おう!」  ハンターベースに居ないレノンを探しに来たのか、ソニアが一生懸命に手を振りながら声をかけてくる。  それを見たレノンは、目を細めて笑みを作る。  そして弓を持ち、思いっきり手を振る。  これが、レノンの一日。
  ELITE HUNTER ZERO