「エックスの休日〜IRON・ARM」(作:ろってぃーさん)



「エックス、明日から休暇だっけ ? 」

コンピューターのキーを叩きつつ、エイリアが尋ねた。

「ああ、3日間ね」

「いいことよ、いつも火のように働いているんだもの」

エイリアの言葉に、エックスは苦笑した。

「俺たちの仕事が無くなったら、世の中平和なんだけどな…」

「そうね…」

数秒の沈黙の後、エイリアが再び口を開いた。

「休暇中、何処かに遊びに行くの ? 」

「それがさ、いつも忙しいからゆっくり休んでいたい気もするし、せっかくだから遊びに行きたい気もするし…」

腕を組んで考え込むエックス。
エイリアは微かに笑った。

「…どうしようかな、俺…」

「散歩でもしてみたら ? 都心部から離れたところも、大分復興してるし…」

エイリアがそう言うと、エックスは「なるほど…」と呟いた。


「いいかもな。よし、そうしよう」






…
	


…
そして翌日。





「…なるほど、確かに…」

都心からやや離れた郊外。
はれた空の下、冬の冷たい風が流れる中を、エックスは歩いている。

「結構、復興してるみたいだな…」

露店が建ち並ぶ中で、世間話をしている中年女性達や、露店の主に値下げ交渉をしている男、
そして駆け回って遊ぶ子供達などを眺め、エックスは自然と笑みがこぼれてきた。

自分たちの戦いは無駄では無かった…それが実感できたのである。



エックスは街の喧噪の中を抜け、人気のない旧市街地区に入った。
古びた建物が並び、所々からタンポポなどの野草が生えている。
数年前まではヤクザ者達のたまり場で、麻薬などの取引や窃盗事件が多発する無法地帯であった。
しかし厳重なパトロールと、イレギュラーハンターによる徹底した取り締まりが行われ、
今では野良猫だけが住む静かな場所となっている。

「人はいないけど、平和になってるみたいでよかった…」


そのとき、エックスの耳に音楽が聞こえてきた。
笛か何かのようで、曲はエックスも何処かで聞いたことのある曲だったが、何の曲かは思い出せなかった。

(こんなところで…誰が… ? )

エックスは曲の聞こえる方へ歩いていった。
そして、その主を見つけた。
物置だったと思われる小さな建物の上に、1人の少女が腰掛け、ハーモニカを吹いていた。
厚手のコートを着て、毛糸で編まれた帽子を被っている。

(人間の女の子だ…どうしてこんなところに… ? )

よく見るとその少女の近くに、数匹の猫がいた。
捨てられた野良猫などだろう。
曲が終わると、その少女はハーモニカをコートのポケットに押し込み、エックスの方を見て立ち上がった。

「 ! 」

少女が屋根の上から飛び降りた瞬間、エックスは反射的に足を踏み出し両手を差し出した。
「わっ」という声を出し、少女の体はエックスの腕に受け止められた。

「危ないじゃないか ! 」

「このくらいの高さだもの、大丈夫だよ」

エックスの腕の中で、少女はそう言った。
確かに低い屋根だし、人間でも多少運動神経が良ければ無事飛び降りられるだろう。

「ね、降ろしてよ」

「あ、ああ…」

エックスが左腕を少し下げると、少女はすとんと地面に降りる。
その後屋根の上から、野良猫たちも飛び降りてきた。


「…どうして、こんなところでハーモニカを吹いていたんだい ? 」

「なんとなく」

「昔よりはずっと治安もよくなったけど、人間の女の子がこんなところに1人でいるのは危ないよ」

エックスがそう言うと、少女はくすりと笑った。

「…どうしたの ? 」

「ううん、なんでもない。お兄さん、名前は ? 」

「俺は…エックス」

すると、少女は少し驚いたような顔をした。

「エックス ? イレギュラーハンターの ? 」

「ああ…」

「そっか、何処かで見たと思ったけど…あ、私、アヤカっていうの」

少女の反応がこの程度のものだったので、エックスはホッとした。
いつも名乗る度に「サインください」だの「握手してください」だのと言われるので、
エックスは少々うんざりしていたのだ。
捕縛したイレギュラーからもサインを要求されたことがある。

「アヤカちゃんか。綺麗な名前だね。…近くに住んでるのかい ? 」

少女は首を横に振った。

「お父さんを探しに来たんだ」

「お父さんを ? 」

「うん。この辺りに住んでるらしいんだけど」

話しながら、アヤカは足下にすり寄ってきた野良猫の頭を撫でる。

「3年くらい前に、いなくなっちゃったんだよね…」

「住んでる所は、大体わかるのかい ? 」

「うん、一応…」

「じゃあ、一緒に探すよ」

エックスの言葉に、アヤカは目を見開いた。

「本当に ? 」

「ああ。今日は仕事も休みだしね」

アヤカの顔に、笑顔がパッと広がった。


そして、エックスとアヤカは並んで歩き始めた。
旧市街地区を抜け、木々の生い茂る雑木林の脇に出る。
アヤカの足取りは軽く、一緒にいると何処までも歩いて行けそうな気がした。
	



「自然が戻ってきてるんだね。最近、森林再生技術とかも進んでるみたいだし…」

「そうだね…ねえ、エックスさん」

「エックスでいいよ」

「じゃ、私のこともアヤカでいいよ」

そう言って、アヤカは毛糸の帽子を脱いだ。
歩いていて暑くなってきたのだろう。

「で、エックスはさ…イレギュラーハンターやってて良かったって思うこと、ある ? 」

いきなり尋ねられて、エックスは「ええと」と口ごもったが、

「まあ、辛い仕事には違いないけど、やり甲斐はあると思うし、
誰かを助けられたりしたときはやっぱり嬉しいね」

と、答えた。

「じゃあさ、人間のことが嫌いになるときって、ある ? 」

「嫌いに… ? 」

「うん、レプリロイドばっかりに戦わせているとか…」

「そりゃあ、そういう風に考えるレプリロイドもいるかもしれないけど…
俺は、人間とレプリロイドが一緒に、仲良く笑って暮らせれば、それが理想だと思う。
どっちが上だとか下だとか、優劣をつけるのはおかしいと思うね」

「そっか…」

アヤカは自分の掌をじっと眺めていた。
そしてしばらくの沈黙の後、再び口を開いた。


「昔ね、お父さんが話してくれたんだ…『最高のロボット』のこと…」

「最高の…ロボット ? 」

アヤカはゆっくりと、語り始めた。

「そのロボットはね、人間を守って、沢山の敵と戦ったんだって。
自分よりずっと強いロボットや、強力な兵器と……。
そしてその子は、人間と一緒に歩んで、人間と一緒に生きて、
時々自分がロボットだっていうことに悩んだりしながら、成長していくんだって。
……エックス、なんかその子に似てる気がする」

「そう…かな ? 」

「テレビとかじゃ、エックス達のことを英雄とか言ってはやし立ててるけど、
実際に会ってみたら……なんとなく悩みやすい人に見えるよ」

そう言われて、エックスは苦笑せざるを得なかった。

「まあ、どうして戦うのか……結構悩むことは多いね」

「でも、やっぱり戦うんでしょ ? 」

「ああ…いつか、平和な時代が来るって…信じることにしたんだ」

「『最高のロボット』も、そう信じて戦ってたと思う。
いろんな意味で、日本のロボット研究者にとっては『最高のロボット』だったって、お父さんが言ってた」

「お父さん、レプリロイド工学関係者なのかい ? 」

エックスが尋ねると、アヤカは少し俯き、「まあね」と応じた。



その後、2人は雑談をしながらしばらく歩いた。
やがて日が傾き描けた頃、アヤカが言った。

「…もうすぐ…この、少し先に行ったところ…」

「そこに、お父さんがいるのかい ? 」

「…うん」

さきほどまでと打って変わって、アヤカの顔に哀しそうな影がよぎった。

「……どうしたの ? 」

「………人間は…いつか死ぬ…」

「…え ? 」

それっきり、アヤカは何も言わずにただ歩き続けた。


そしてやがて、ある場所へたどり着いた。

「ここは……」

…そこは墓地だった。
大小様々な墓石や、供えられた花などが並んでいる。

アヤカは墓石を見ながら歩いていき、ある1つの墓の前で立ち止まった。

「…レプリロイド学者・シンジョウ博士……これが、お父さんかい ? 」

墓石に刻まれた名前を読み、エックスは尋ねた。

「…解ってた」

アヤカは呟くように言った。
	



「研究所の人たちは隠してたけど、なんとなく解ってた…。
人間は私たちと違って、いつまでも生きられない。そして死んだら…もう会えない」

「アヤカ…まさか君…」

アヤカは哀しげな笑みを浮かべて、エックスの方を見た。

「レプリロイドだよ……とことん人間に似せて作られた、ね…」

そう言うと、アヤカは再び自分の掌を眺めた。

「さっき話した『最高のロボット』ってね…
元々、ある科学者が事故で死んだ自分の息子と、そっくりのロボットとして作ったの。
…けどね、そのロボットは心は成長しても、当然体は成長しない…
全部が人間と同じようにはいかない……なんか、私と境遇が似ている気がする…」

「じゃあ、君も… ? 」

「うん……お父さんの娘の身代わり…でもね」

アヤカは墓石の前にかがみ、右手でそっと墓石を撫でた。

「…結局、完全な人間にはなれない…お父さんはそのことに気づいた。
だから『最高のロボット』のことを話してくれたんだと思う。
私はその子みたいに戦うことはできないけど、レプリロイドとして、
人間と一緒に歩んでいくことができるって…人間にはできないことが、できるはずだって……」

「………」

アヤカの頬を涙が伝うのを、エックスは見た。

「……ごめんね、エックス…せっかくの休暇だったのに…」

「いや、そんなことないよ。アヤカに会えて良かった…俺の中でも、何かが変わる思う」

エックスはアヤカの肩に手を置いた。
驚くほど人間に似ている、華奢な体だ…。

「君は、君のやり方で目指してみなよ…お父さんが夢見た、『最高のロボット』を…」

「…うん ! 」

アヤカは袖で涙を拭い、立ち上がった。

「そろそろ帰らなくちゃね」

「お家はどこに ? 」

「京都。お父さんの研究所に住んでるの」

「京都……それじゃあひとまず、ハンターベースに寄っていきなよ。
お家に連絡した方がいいし、今日はもう遅い。」

エックスがそう言うと、アヤカは困ったような顔をした。

「なんだか、家出して補導されるみたいね…」

「ん…まあ、そうなるかもしれないけど…研究所の人たちの許可はもらってから来たの ? 」

「ううん、置き手紙は置いていったけど…」

「じゃあ、言っちゃ悪いけどほとんど家出じゃない」

「それもそっか。アハハ…」

アヤカは苦笑する。

「じゃ、そうしようかな」

「うん、それがいいよ」

そして、2人は墓地を離れ、歩き始めた。

「さようなら…お父さん」


歩きながら、アヤカはポケットからハーモニカを取り出し、吹き始めた。
出会ったときに吹いていたのと同じ曲だ。
そのときエックスは、それが何の曲なのかを想い出した。

( ! …そうか、『最高のロボット』って…)


『最高のロボット』…


それは確かに、日本の科学者達が目指し、理想としたロボットであった。




「……心優しい〜♪ ラララ科学〜の子〜♪…」

アヤカのハーモニカに合わせ、エックスはそう口ずさむ。
が、すぐに止めた。
元々歌にはあまり自信がない。
それに今は、静かにハーモニカの音を聞きながら歩きたい。

そんな気分だったのだ。









〜END〜	


  ELITE HUNTER ZERO